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飛竜騎士戦記:空と銀と翼と

<オープニング>

●飛竜騎士戦記
 蒼穹に翼を広げ、何にも縛られず、風よりも自由気侭に空を翔けめぐる。
 天地の狭間すべてを思うさま飛翔できる自分たち飛竜とは異なり、大地から飛び立つこともできぬ人間という生き物を、なんとちっぽけな存在なのだろうと思っていた。
 だがある日――銀の鱗の飛竜は、己よりも随分と身体の小さなその生き物の中に、己よりも大きな心を持つ者がいることを識る。
 天頂に太陽輝く上空から一気に急降下してくる飛竜の牙と爪、自身の何倍もの巨躯を持つ相手のそれを、男は臆することなく笑顔で迎え撃った。飛竜はその男の剣技に興味を持ち、強大なる飛竜という存在に畏縮することなく、それでいて矛盾することなく敬意も持ち合わせる男の心に興味を持ち。
 そして――。
 男がまっすぐ己に向けてくれた言葉と想いを、心の宝石とした。

 彼と絆が結ばれた時のことを飛竜は忘れない。
 その力と心を認め、彼を背に乗せれば、世界が変わった。
 空の色が違う、陽の輝きが違う、風の爽快さが違う。
 心通わせた人間を背に乗せ、望まれて翔ける空はこんなにも青かったのか。望まれて翔けあがる空はこんなにも輝かしかったのか。望まれて翔け降りる空の風はこんなにも心地好かったのか。
 満ち足りた。誇らしかった。
 だから、飛竜騎士となった彼とともに彼の国のために戦うことに迷いはなかった。
 彼を喪うまでは。

 禍々しい闇のような何かに汚染された飛竜。街へと襲いかかったそれを迎撃するために出撃した飛竜騎士隊はすべての騎士を殺され壊滅した。己が背を許した飛竜騎士の命が潰えた瞬間のあの喪失感を、なんと呼べばいいのだろう。
 心に虚ろな穴が空くような、なのに心が押し潰されてしまいそうな喪失の絶望に耐えかね、飛竜は堪らずその場から逃げ出した。騎士を喪った飛竜すべてが同じだった。
 何も感じられなかった。
 空の青さも陽の輝きも、風の心地好さも感じられぬままめくらめっぽうに翔けた先に海が見えたが、心通わせた騎士を背に乗せた時には限りなく青く美しく思えた海も、喪失の絶望ゆえに完全に輝きを失って見えた。
 空も海も褪せたよう。
 だが、鮮やかさを喪ってしまった飛竜達の視界に、ぽつり、と鮮やかな闇が現れた。
 月も星もない夜から滴り落ちたようなそれは禍々しい獣の姿となって最も近い飛竜へ襲いかかり、紙にインクが滲むように、大地に雨が染み込むように、その身体へ融け込んでいく。
 禍々しい闇のような何かに融合され汚染され、その飛竜がすべて冒されてしまえば――そこには、飛竜達の騎士を屠ったモノと同質の存在がいた。
 悪しき飛竜。
 飛竜騎士を背に乗せず、人々を殺戮し、やがてこの世界を滅ぼすだろうモノ。
 もはや飛竜のそれとは呼べなくなった翼を広げ、悪しき飛竜は他の飛竜達へと襲いかかる。
 それを識る者が見ていたならこう言っただろうか。
 まるで、デモンの翼のようだ、と。

 ――それは、空を自在に翔ける飛竜と、心通わせた飛竜の背に乗ってともに戦う、飛竜騎士がいる世界の物語。けれどその悲劇の終焉の光景は世界を超えて、終焉を砕く者達のもとへと届く。

●さきぶれ
 何処までこの手を伸ばせるだろう。
 何処までこの手に掬えるだろう。
 次元を斬り裂き、星々の狭間を、虚空を飛翔して数多の世界を滅ぼして続けて来た、巨大な槍の如き次元移動存在『ムシュマフ』。それに滅ぼされ破壊された世界から脱出したひとびとが縋る文字通りの希望、『希望の星』へも襲いかかった軍勢と三日に渡って戦いを繰り広げ、エンドブレイカーは軍勢のみならず次元移動存在『ムシュマフ』をも撃破してのけた。
 悲劇の終焉を砕くエンドブレイカー達の手は、自分達の世界の外までも届いたのだ。
「みんなみんな、お疲れ様……!」
 世界を超えての戦いの高揚を残した声音で紡ぎ、扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)は一呼吸置いてすうっとその余韻を消した。まだ、戦いは終わらない。
「世界の扉にまた新しい扉が生まれたの。その扉の先にあるのはね、滅びの危機が迫る世界」
 どうやら次元移動存在の一柱『ムシュマフ』を撃破したことで開いたらしい新たな扉は五つ。
 そのそれぞれが別の外世界へと繋がっているらしいという。
「――ね、その内のひとつへ向かってくれるひとはいる? 空を自在に翔ける飛竜と、飛竜に騎乗した飛竜騎士達が世界の守護者であった世界へ」

 その力と心を認めたものしか背に乗せない、強大な飛竜達。
 飛竜に認められ、心通わせることができるようになった者は飛竜騎士となり、騎乗した飛竜と力を合わせて戦う世界。強大な力を持ち空を自在に翔ける飛竜と心を通わせられる飛竜騎士は人々の尊敬を集める存在であり、その数そのものが国家の軍事力を量るものとなる。
 空を翔け、上空から攻撃してくる飛竜騎士に対抗できるのは、同じ飛竜騎士だけというわけだ。
「その飛竜をね、汚染する存在が現れたの」
 汚染、侵食、融合。
 どの言葉を使うのが正しいのだろう。それともそのすべてなのか。
 突如現れた、デモンのような闇のような何かに飛竜が汚染され侵食され融合されて、悪しき飛竜と化し、その悪しき飛竜によって世界が滅びへと向かっているのだと暁色の娘は語る。
「今すぐその世界を丸ごと救うってのは無理だと思うのね。んでも――視えた悲劇のエンディングを打ち砕くことなら出来ると思うんだよ」
 騎士を喪い、耐えがたい喪失の絶望に堪らず逃げ出した空と海の狭間で――悪しき飛竜と化した仲間に襲われることになる飛竜達。
 悪しき飛竜と化してしまう一体を救うのには間に合わない。
 けれど他の飛竜達を救うのには間に合うの、と告げて、どうかお願い、力を貸して、と暁色の娘は同胞達に願う。
「亡くなった飛竜騎士の代わりに新たな飛竜騎士になって、一緒に戦ってあげて」

 転移できるのは、闇のような何かに融合された一体が悪しき飛竜と化した直後。
 世界の瞳を扉を抜ければ――残る飛竜達の上に降り立つことになるという。
 もちろん飛竜の上に転移しただけでは飛竜騎士になることはできない。
 だが、別の世界の者であろうとも、その力と心を飛竜が認めたなら、その飛竜の新たな飛竜騎士となれる。
「飛竜騎士達はね、その世界のひとびとの中じゃもちろん最強なんだけど、ある程度鍛錬を積んでるエンドブレイカーなら彼らよりも実力は上。だから力を認めてもらうのは難しくないと思う」
 となると、いかにして心を認めてもらうかだ。
「綺麗な言葉だけ並べてもきっとダメだよね。嘘や小細工はきっと通用しない」
 行動で示すか、心からの想いを語りかけるか。
 皆が同じでなくてもいいだろう。
 その時いちばん心に強くあるものを、自分らしく伝えればいい。
 押し潰された心を再び鼓舞してくれる勇気に応えてくれるかもしれない。
 喪失の痛みに寄り添い慰撫してくれる優しさに応えてくれるかもしれない。
 見知らぬ世界の悲劇をも見過ごせぬという高潔さに応えてくれるかもしれない。
 あるいは、もっと異なる想いでも。
「そうして飛竜に認めてもらえたなら、心を通わせ飛竜騎士として一緒に戦える」
 飛竜は騎士に応え、騎士に望まれるままに空と海の狭間を飛翔するだろう。
 元の飛竜騎士が乗っていた鞍に乗り、飛竜を駆りつつ遠距離攻撃を放つもよし。
 飛竜の頭や翼に乗り、飛竜が敵に突っ込むの合わせて近接攻撃を叩き込むもよし。
 飛竜騎士の望みのまま、己に叶う限り飛竜は応えてくれるはずだ。
 戦場となるのは人里離れた海辺のあたり。空と海の狭間。
 派手に戦っても、向こうの世界のひとびとに被害が及ぶことはない。
「悪しき飛竜はかなり強いみたいだけどね、みんなが飛竜騎士になって飛竜と力を合わせて戦えば、勝てない相手じゃない」
 飛竜と心を通わせ、ともに全力で臨めば――きっと。

 希望の星を救う戦いに参加した者ならその身で体験しただろうが、悲劇の終焉を打ち砕いたなら、自動的に世界の瞳の力が働いて元の世界に帰還するようになっているらしい。
 今回は眼前の悪しき飛竜に勝利すれば帰還となるはずだ。
 戦いが終われば即座に、というわけでもなさそうだが、それほど猶予があるわけでもないだろう。
 そうして、無事に帰って来たなら。
「あのね、また逢おうね」
 あなたが騎士となった飛竜の話を、きっと聴かせて欲しいと思うから。


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参加者
命の騎士・ロータス(c01059)
眩暈の尾・ラツ(c01725)
翠狼・ネモ(c01893)
昏錆の・エアハルト(c01911)
戯咲歌・ハルネス(c02136)
静謐の花筐・サクラ(c06102)
陽凰姫・ゼルディア(c07051)
冰霄・セラ(c07574)

<リプレイ>

●空と銀と翼と
 眩い光が爆ぜた瞬間、世界が変わった。
 蒼穹と蒼海の狭間に悪しき翼を広げた飛竜が解き放った痛烈な光の驟雨、それよりもっと輝く光が翠狼・ネモ(c01893)の魂の芯から弾けたと彼が感じた刹那、知らず纏っていた薄紗を剥がれたかの如く、空も陽も風も鮮烈な輝きを増した。
 識らない空、識らない陽、識らない風。
 けれど世界のあまりの鮮やかさに心射抜かれるこの感覚は識っている。
「……往くぞ」
 ――私ハオ前ノ翼ダ、ねも!!
 空翔る銀竜と心繋がれた瞬間、ネモも光の翼となって蒼穹を翔けた。
 ――唄エぜるでぃあ! 心ノママニ!!
「ええ! やっと掴めるかもしれないんだもの、絶対手繰り寄せてみせるんだから!!」
 眩い青空に夜色の翼広げる竜が迸らせる光に穿たれつつ翔る銀竜とネモ、その高空から一気に降下する竜の背で己にだけ届く彼の意思に鼓舞され、誓いを叫んだ陽凰姫・ゼルディア(c07051)が絶望も諦観も吹き飛ばさんばかりに力強い戦歌を唄いあげる。
 翠狼と銀竜へ一気に力を漲らせる行軍歌、
「けれど鼓舞されたのはネモさん達だけじゃない。そうですね!?」
「ほんとに。けど君も鼓舞するのが上手いね、ラツ君!!」
 銀竜の飛翔で加速する風、それに髪の尾を躍らせながら眩暈の尾・ラツ(c01725)が張る殊更強く明るい声。金の唄姫の諦めぬ意志にも彼の声にも背を押される心地で、戯咲歌・ハルネス(c02136)は祈りも力もその手に握り込んだ。
 ――どうかこの糸の先が、あの子と繋がってますように。
 奔流めく向かい風を斬り裂き翔けたラツの戦闘光輪、輝ける環が悪しき飛竜のこめかみで爆ぜた直後、制約を刻まれた闇竜の眉間へ撃ち込まれたのはハルネスのマジックマッシュ。脱力と幻覚の煙の濃霧が竜の眼前を覆い尽くした一瞬の隙に、
「サクラ君! 頼んだよ!!」
「――任せて」
 静謐の花筐・サクラ(c06102)を乗せた銀竜が海面すれすれから一気に上昇、闇竜の無防備な喉元へ体当たりした。
 ――喪失と無力さゆえの絶望は、よく知っているわ。
 ――誰かが誰かを失って哀しむのを黙って見ているのは、嫌なの。
 銀の飛竜に証したその心は竜を想っての、そしてゼルディアやハルネス達を思ってのもの。異界に封じられたマスターデモンたる少年を取り戻したいと彼女達が希うなら、望みを繋ぐ一助となる。
 己が分身と敵を抉り、闇竜の顔を仰いでサクラはデモンワードで反応を探る。が、
『我等に敗北したマスターデモン。どこまで逃げるつもり?』
 封印されたデモンと繋がりがあるなら――と思ったが、答える声も目に見える反応もない。
 通じていないのか関係がないのか、それとも反応するに足りぬのか。そもそも、遭遇してからずっと鳴き声ひとつ上げぬのだ。
「手応えが掴めない。通じていないわけではない気もするけど、確証は、もてない」
「了解! なら、その先へ行くだけだ!!」
 ――ソウダ! 翔ケ抜ケロ!! 
 諦める気など毛頭ないが眼前の敵からの情報収集に固執する気もなかった。サクラの報告の声を耳にすると同時、昏錆の・エアハルト(c01911)を乗せた銀竜が高加速で敵へと迫る。銀の翼が竜の横腹を裂く――と見えた時にはもう、時を突き破った空駆けが夜色の翼も突き破っていた。
 この世界の滅びの脅威が彼の識る少年と関係あろうがなかろうが、今眼の前にいる闇竜は恐らく先兵の一に過ぎない。ならば撃破してその先へ手を伸ばすまで。
「せめてバトルトークで何か感じられれば……!」
 貫かれた夜色の翼も宙で身を翻したエアハルトも高空から視界に収め、絆を結んでくれた銀竜の背から跳んだ冰霄・セラ(c07574)は、自らも天の龍と化し極大の竜気を凝らせ一気に空を落ちた。急降下の勢いごと夜色の鱗を破砕し肉へめりこんだ拳で感じたのは。
 ――……邪魔? 私達のこと?
 微かに眉寄せたその瞬間、蒼穹から蒼海まで乱反射せんばかりに放たれた魔光が黒宵のドレス纏う華奢な肢体を幾重にも抉った。
 威を増して荒ぶ光。
 空と海の青を乱舞したそれに撃ち抜かれた娘が宙に投げ出されたが、すかさず彼女の銀竜がその身を掬い、迷わず扇を舞わせたサクラが癒しの月光招けば、
「やっぱあんたは分かっとると思ったんよ!」
 ――当然ダ!!
 命の騎士・ロータス(c01059)が望むまでもなく、彼と心通わせた竜が天頂へ舞い上がる。水平線の彼方までも見渡せそうな高空から遥か眼下の敵を急襲するその攻撃の狙いは、
「術を強化されたままじゃ厄介ですからね! 早々に潰させてもらいましょうっ!」
 螺鈿煌く刃へ儀式魔法陣を凝らせたラツと、彼を背にやはり天高く翔けた竜と同じ――破魔の技。
 天頂に君臨する陽の逆光さえ味方につけて、高空から急襲する二人と二竜。高圧で夜色の翼へと融け込んでいた魔力が砕けた次の瞬間、
「これ以上好き勝手にはさせんからな!!」
 一気に背の翼を透きとおる氷へ変えたロータスが、感覚が麻痺するほど強烈な冷気を迸らせた。

●空と海と翼と
 壮絶というより、壮大な光景だった。
 敵味方すべて空と海の狭間を自在に翔ける戦場に広がるのは、蒼穹からラツが駆る銀竜とともに焔と氷の星々が降り、蒼海の波間で即興歌を唄ったゼルディアが駆る銀竜とともに、熱き焔と大地の代わりに砕けた海の波濤が噴き上がる光景だ。
 飛竜のそれだけでなく、己の身も心も翼を得た心地がする。
 ――空に融けるようじゃ……。
 星々が降り波濤が躍る青空を翔ける銀竜の翼が光の軌跡を描けば、それへ飛び込むよう躊躇なくネモが宙へ身を躍らせた。海から吹きあげる風を突き抜ける感覚は高揚そのもの、だがそれを殺すことなく頭の芯は冴え渡る。
 彼が降り立ったのはサクラの竜の背、
「頼りにさせてもらうぞ」
「ありがとう。全力で、支える」
 惜しみない癒しで仲間を支える彼女へ確実に己が光の軌跡を繋ぐため、ネモはそのすぐ傍らから輝ける翼で敵へと馳せた。
 眩い青を翔けた翠翼が闇竜を裂けば、その光の軌跡を辿って花鳥風月が世界に満ちた。舞う花、鳥の囀り、雲払う風。真っ青な空は胸が痛くなるほど綺麗で、命で心で生きるほどに輝いていく。
 目覚めた心で見た世界。
 あんたもこんな気持ちやったんやろ。
 あんたも見つけたそれを絶対失わせない。
 ――あんたが大切な人と生きた証を無にしてはいけない。
「な? そう言うたやろ!?」
 飛竜と絆を結んだ想いを再び解き放つよう爆ぜるは淡青煌くロータスの妖精の嵐。銀竜の疾駆ごと押し寄せた嵐が闇竜の意識を乱せば、夜色の翼から迸る光が狙い定まらずに荒れ狂った。
 制約と麻痺で抑え込んでなお侮れぬ力、その狙いを乱したことが吉と出るか凶と出るか。
「取り逃がしにくくなる分だけでも僥倖じゃ!」
「ええ、退路なんて……あげない!!」
 激しくも不規則に迸る魔光の乱反射をネモやゼルディアの竜が潜り抜けていく。彼らへ、飛竜達へ無差別に襲いかかる闇竜の力はあまりにもデモニスタのそれに酷似している。
 だがサクラが「わからない」と首を振る。
 飛竜に融合し悪しき飛竜としたモノがデモンと繋がるものなのか断定できない。けれど、
「あいつの手を掴む前に――やられてたまるか!!」
 不意に夜色の竜の眼差しがエアハルトを捉えた瞬間、その力が全開放される前に彼は時を突き破った。静止した時の世界に突入してなおあの日の後悔は疼いてやまない。
 あまりに突然であまりに理不尽な終わり。
 だからこそ、突然で理不尽な終わりに慟哭する竜の心にも添えた。
「もう後悔はしたくねぇんだよ!!」
「エアハルト君……!!」
 一切の前触れなく彼の叫びが轟いた途端、闇竜の巨大な左翼が海に落ちた。
 海から爆ぜる盛大な水飛沫、時を突き破ったエアハルトが夜色の片翼を断ち落としたのだと察してゼルディアも声を振り絞った。お願い、どうか、どうか……!
 ――もうあんな想いはしたくないし、して欲しくないの!!
 掛替えのないモノを失う痛みは暗くて寒くて冷たくて。
 世界が色を喪うほどだった貴方のそれが私と同じ、だなんて言えないけれど、辛さや遣る瀬なさは識っているから。私も貴方も互いの大切な存在の代わりにはなれないけれど。
 一緒に翔けることはできるから。
 そう心を重ねた飛竜が、ゼルディアの即興歌から迸る疾風とともに空を翔け上がる。対する闇竜の背からは新たな左翼がずるりと生えた。デモンのそれに似た、夜色の――。
「君の力を貸して欲しい。ともに夜を越えていく力を」
 ――アア! ソノタメノ、絆ダ!!
 一度目も、二度目もこの願いに応えてくれた飛竜の意思が心に触れる感触にハルネスは微かに眦緩め、眼前の巨大な夜の色へと真っ向からマジックマッシュを叩き込んだ。幻覚の煙が夜を染めた瞬間、馳せた銀の翼がねちゃりと体液に濡れた新しい左翼の付け根を裂き。
 大きく引きちぎられた左翼が辛うじて背に繋がっていた場所へ、その完全に真上からセラと彼女の竜が襲いかかった。
 死角から夜色の鱗を貫いた銀閃のナイフが再び夜色の左翼を海へと落とせばやはり盛大な水飛沫があがり、それらを強く煌かせて迸った魔光がセラの竜を撃ち抜いて。
 飛竜達の傷も増えて来た――と何気なく思った途端、胸に引っかかるものがあった。
 暴走させるまで敵は主に自分達エンドブレイカー……否、新たな飛竜騎士を狙っていた気がする。そう、邪魔だと言わんばかりに。
 ――ソノ通リダ、せら。心通ワセタ飛竜騎士ガイル限リ、アノ闇ハ我ラ飛竜ヲ侵食デキナイ。
「それで……真っ先に騎士達が殺されたわけですか!」
 胸裡に芽吹いたそれに答えをくれたのは絆を結んだ竜の心だった。
 ああ。真実、騎士との絆は竜達の心の宝石だったのだろう。
「ならますます私達は倒れるわけにいきませんね。貴方を、支えるために」
 絆を結んだ誓いを新たに胸に刻んで、娘は空翔る銀の翼をそっと撫でた。
「成程そういうわけでしたか! 道理で!!」
 ――ソウイウワケダッタノダ。サア、往クゾ!!
 セラから皆へ伝えられた情報に破顔すれば、ラツの竜は彼だけに聴こえる笑声を心へ響かせた。成程、出逢い頭に竜の眼を捉え『褪せている』と言った自分が海へ振り落とされるわけである。
 けどそれすら受け入れ変わらぬ笑顔で誘ったラツを、飛竜は認めてくれた。
 色褪せて見えても空にも海にも竜自身にも、騎士と竜の耀きが刻まれている。
 忘れえぬそれらが断片となって褪せた世界に沈んでいるなら――。
「拾い集めに行きましょう、私と!!」

●空と夜と翼と
 吹きつける風を貫く感覚に、ロータスは己自身で空を翔ていた頃を思い出した。
 眩い夏の青空を翔け、遥か高みから波煌く水面めがけて一気に落ちる。無論海に突っ込むわけでなく、銀竜とともに夜色の敵を攻め立てるため。
 遥か高みから花環の騎士めがけて落ちた瞬間を、夏空の青のもとで過ごした日々を、大切なひとと過ごした日々を思い出す。それらもひとつひとつが真夏の太陽のような、
「宝石なんよ! 俺にも、あんたにも!!」
 愛しくて愛しすぎて、今にも慟哭してしまいそうな。
 歯を食いしばっても零れる涙すらいつかそんな宝石なるのだろう。だから今は、すべての想いを、力に変える。
 魔法力ゆえか右翼のみとなっても飛翔能力を失わぬ悪しき飛竜が氷の翼に貫かれた。鮮やかな夜の色に白い霜が降りる。途端にそれを再び鮮やかな夜が塗り替えたが、
「この『夜』はわたし。心配ないわ」
 ――勿論、何モ心配ナドシテイナイ!!
 完全なる『夜』となって敵を呑みこんだサクラの声に、心繋いだ竜が迷わぬ意思で応じて空と海の狭間を翔けぬける。大きく裂かれた横腹を、真下から翔けあがってきたネモと彼の銀竜が輝ける翼で縦に斬り裂いた。
 そのまままっすぐ昇った天頂で竜が身を翻す。重力も加えて一気に落ちる急降下に背筋を高揚が翔け昇る。おぬしとともに、誰よりも疾く。絆を結んだ誓いの通りに。
「そろそろ、仕舞いじゃ」
 知らず笑んで呟いたその言葉は、数十秒を待たずして現実となった。
 片翼を断ち落とされてなお巨大な夜色の竜が分身とともにハルネスへ襲いかかる。巨大な夜と夜との挟み討ち、一気に呑まれ押し潰されそうになったなら、苦悶の代わりに言の葉が溢れた。
「――夜に呑まれては駄目だ」
 出逢って初めに飛竜へかけた言葉。
 今は誰へ向けてのものだろう。飛竜へか、己へか、それとも――。
「はるちゃん!!」
 ロータスの声が届くと同時に、淡桃の蓮花めく世界樹の花がハルネスを抱いて咲き誇る。柔い光に彩られた花が瞳に映れば自然と口許に笑みが生まれた。
 ――ああ、夜を越えて咲く花に良く似てる。
 届くなら、叶うのなら。
 夜を越えて、もう一度、この手を伸ばして掴みたいんだ。
 瞳を閉じたまま刃を抜き放ち、男は己を押し潰さんとした夜のすべてを斬り払った。
 空と海の狭間へ、それぞれの飛竜騎士だけが理解できる飛竜達の歓喜の声が響き渡る。

「少しくらいは私にも惚れてくれました?」
 ――マア、2号ニナラシテヤッテモ、イイ。
 愛人ですか! と思いきりラツは破顔して、銀竜の鼻先から彼の瞳を覗きこんだ。
「求めて、呼んでください。私はラツ、飛んできますからね!」
 そう。眼前の悲劇を打ち砕いたからには帰還の時が近い。
 別離を思えばセラの胸にも寂しさが募る。まだ滅びの一端を砕いただけだと識るから、大丈夫とも言えなくて。けれど。
「翔ることをやめないで。無理に忘れずとも、疵ごと愛して生きて行けると良いですね」
 心についた喪失の疵を。貴方も、私も。
 ありがとう、また必ず会いに来る、とサクラが竜を撫でる様子に頷いて、
「ね、私の剣を託していっていいかしら。そして――また一緒に翔けよう」
 天地開闢の聖剣を手に銀竜の鼻先にぎゅうっと抱きついたゼルディアは、遥か頭上に広がる蒼穹を振り仰いだ。眩い青を、二条の銀が何処までも何処までも翔けていく。
 翔る天風も輝く雲も突き抜けて、銀の二竜はひときわ鮮やかな青の世界へ飛び出した。
 限りなく鮮やかに澄み渡る青の天穹、遮るものなく照りつける陽光。
「帰ったら君のことを私の家族に自慢するよ。ハンカチかみかみするくらいにね!」
 ――アア、チギレルクライ、噛マセテヤレ!
 ひとつの銀は思いっきり高く飛んでみて、とハルネスに望まれた竜。
 そしてもうひとつの銀は、鮮やかな闇のもとへ連れて行ってくれとエアハルトに望まれた竜。
 悪しき飛竜を生みだしている闇の元凶の存在は、遥か彼方の高空にいるのだと彼の竜は言った。だが此処からは遠すぎて、恐らく世界の瞳の帰還の力が発動するまでの時間では辿りつけない。
 途中までしか行けないかもしれない。辿りつけても何も掴めないかもしれない。
 けれど、それでも。

 ――俺はまだ諦めたくない、それだけだ……!!



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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いまいち
参加者:8人
作成日:2015/07/13
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