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花砂糖の憧れ

<オープニング>

●花砂糖の憧れ
 眠たげな目蓋がとろりと落ちるよう眩い楕円に蕩けた夕陽が、柔らかになめらかにうねる砂の褥の彼方へ沈んでいく。振り仰ぐ空は輝く残照や棚引く雲がまるで画家が気紛れに筆を躍らせたような、出鱈目なくせにやけに劇的で強く心を打つ光と影の芸術を描き出していた。
 同じものは二度と見られぬ空の芸術が艶めく夜闇のベルベットで覆われたなら、ひんやりと砂漠を照らす白い月が、自身の周りへ淡い淡い虹色に透けるぼんやりとした光の環を広げていく。
 流れる風が美しい風紋を描く砂丘の合間、砂漠を渡るキャラバンが張った幾つもの天幕の真ん中に焚かれた焔が月より明るく輝いて、眩く暖かなオレンジ色に輝き踊る。
 とんがり帽子を思わす鍋の蓋を開けば熱い湯気がぶわりと溢れだし、覗けば甘酸っぱいプルーンと牛肉をジンジャーやコリアンダーで煮込んだ彼らのもてなし料理。隣の鍋を開けば刻み玉葱や卵と一緒に煮込まれた真っ赤なトマトがふつふつ唄う。もっちり柔らかで香ばしい平パンと一緒にそれらに舌鼓を打って、存分に食べたなら続けて彼らは壺にラクダの皮を張ったこの辺りの伝統的な太鼓を掌と指で打ち始めた。
 楽しげに跳ねるリズムに音色、金属のカスタネットを上下につなげたような伝統楽器も持ち出され、豊かな波のようにうねる彼らの歌声まで重なれば、雄大な楽と唄の波の中に身も心に委ねる心地になるだろう。
 楽と唄の波も存分に堪能したなら、翌日バザールが開かれるオアシスまでの道程を彼らに確認し、今夜は彼らの天幕に泊まらせてもらって。
 砂の褥の彼方から朝陽が顔を出したなら――。
 鮮やかな黄の琥珀、夏陽の黄金に輝くような、砂糖の宝石を手に入れにいこう。

 砂月楼閣シャルムーンのとある砂漠で恐らくそんな夜をすごすことになるだろう、砂漠のオアシスで開かれるバザールを目指す、二、三日程度の短い旅。
 砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が酒場に居合わせた同胞たちをその旅へと誘ったのは、水神祭都アクエリオで花砂糖屋という店を営む女性、ブランシュが瞳を輝かせ、
「砂の国にサフラン砂糖ってのがあるって風の噂で聴いたのよ!!」
 ――と、情報屋で冒険商人なこの男を捕まえたことが発端だった。

●さきがけ
 花砂糖とは、香りの良い花をたっぷりと使ったフレーバーシュガーのこと。
 桜砂糖に菫砂糖、薔薇砂糖にカモミールシュガーやラベンダーシュガーなど、何種類もの花砂糖を扱う花砂糖専門店の主がブランシュというその女性だ。
 彼女の花砂糖屋で売られている花砂糖はすべて彼女が創りだしたもの。だが勿論――花で砂糖に香りをつけるという発想が、世界で彼女だけのものであるはずもない。
 砂の国にはサフランで色と香りをつけた砂糖があるらしい、と聴いた彼女は、
「何とかして手に入らないかしら! 別に輸入して売ろうってわけじゃないのよ、一度それをこの目で見て、香りをかいで、味わってみたなら、新商品のヒントになるんじゃないかしらって思うのよ」
 とナルセインに訴えたのだ。
「で、調べてみたら確かにサフラン砂糖ってのがあるって話なんだが、これが砂月楼閣のごく一部の地域でしか作られてない結構ローカルな品でな、シャルムーンなら何処でも買えるってもんでもないらしい。けど、ある砂漠のオアシスで開かれるバザールで手に入るって話が運良く聴けてね」
 だが当然、アクエリオの住人がシャルムーンのバザールへ出向くわけにもいかない。
「そこで俺達の出番だ。そのオアシスのバザールに、サフラン砂糖を手に入れにいこうぜ」
 彼女が試食する程度の量なら、手に持って世界の瞳を通ることもできるだろう。

 問題はそのオアシスが比較的わかりにくい場所にあるらしいということだが、
「その砂漠を渡るキャラバンが使うルートは判ったんでね、どのみちオアシスに着くまでには砂漠で一晩すごすことになるらしいから、そのキャラバンの天幕に立ち寄って道を訊こうと思うのさ」
 砂漠の民は概して客好きでもてなし好き。
 立ち寄れば歓迎してくれるだろうし、天幕に一晩泊めてもくれるはずだ。
 翌日には問題なくオアシスへ辿り着けるだろう。

 柔らかになめらかにうねる砂の海のただなか、濃く鮮やかな緑を茂らすナツメヤシや強い陽射しで葉を銀色に煌かせるオリーブの木々に囲まれたそのオアシスで開かれるバザールで売り買いされる品はすべて、乾燥させた、あるいは始めから乾燥している食材や調味料だという。
「けれどなかなかどうして、これがまた結構華やかな眺めらしいんだな」
 甘く官能的に香る薔薇やジャスミンの花を混ぜた紅茶の茶葉、甘い香りだけでなく味わいも紅茶にほんのり染みだす林檎やアプリコットなどのドライフルーツを刻んで混ぜた茶葉。削り出したばかりの宝石にも似た色とりどりの煌きを放つ様々なドライフルーツだって籠に山盛りで売られている。
 鮮やかな赤のパプリカパウダー、黄のターメリック、濃褐色のコリアンダーパウダーに、薄緑色したタイムのパウダーといった、香辛料や香草のパウダーを量り売りで売る店はカラフルな砂丘の連なりを見るかのようで、薄紫から薔薇色まで、不純物によって様々な色合いに煌く岩塩の店はそれこそ宝石の原石が並ぶよう。
 そして、肝心なサフラン砂糖は――。
「まさに、明るい黄や金色に煌く宝石みたいだって話だ」
 鮮やかな金色にサフランで色づけた砂糖を小指の先ほどに結晶化させ、その結晶を幾つも固めたようなサフラン砂糖は光に透かせば華やかに煌き、そして黄金の煌きの中に、紅色をしたサフランのめしべが混ざる様がその華やぎに彩りを添える。
 使い方も少し独特で、紅茶の杯に入れるのではなく、サフラン砂糖を口に含みそのまま熱い紅茶を飲んで口の中で溶かして楽しむのだとか。
「多分紅茶と一緒に試食させてくれると思うから、興味があるなら試してみるといいさ」
 愉しげに笑って、男は何処か悪戯に煌く瞳で同胞達を見回した。
「さあ御照覧、オアシスのバザールで甘い黄金の宝石が手に入る」
 折角だ、色々愉しんでこようぜ――と続け、冒険商人は話を締めくくった。


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参加者
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
風を抱く・カラ(c02671)
蜻蛉・セイイチロウ(c08752)
勿忘草・ヴリーズィ(c10269)
花守蜜蜂・スズ(c24300)
プレニルニオの雫・ジェルゾミーナ(c34864)
馥郁・アデュラリア(c35985)

NPC:砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)

<リプレイ>

●月砂漠の憧憬
 朱金に橙、眩い金の輝き。光と薄墨の影を帯びる薄い雲。
 天上世界の画家が気侭な熱情で絵筆を揮ったように劇的な夕暮れの空のもと、雄大な砂の海の波間で風のともがらに再び出逢う。
 抗い難く肌に馴染む砂漠の風、髪や衣服の間に入り込む砂の感触さえも風を抱く・カラ(c02671)の胸を躍らせて、砂丘の谷間に幾つもの天幕を張るキャラバンに再会すれば、カラは考えるよりも先に破顔していた。
「やあ、またこうやって縁を紡げるのが嬉しいよ」
 思い起こすは金砂砂漠の岩窟宮殿で夏夜に結んだ交誼、
「礼には及ばんさ、縁ってのはあんたや俺にも財産だが――」
「儂らにとっても財産ってことだ! ようこそ、そしておかえり、異郷のはらからよ!」
 再びそれを繋いだ砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)と両腕広げ迎えてくれたキャラバンの長に礼を述べれば、頭から顎にまで巻いた青いターバンから皺深い褐色の顔を覗かす男が豪快に笑ってカラの背を叩く。
 陽も残照も姿を消せば天には深い濃藍の夜闇。ひんやり砂漠に満ちていく静寂も夜涼も破るよう、煌々と燃える焔が夜空へ火の粉の星をまけば素朴でささやかで、
「けれど何処か絢爛たる賑わいを纏った宴の始まり、よね?」
 悪戯な少女めく好奇心を瞳に煌かせた馥郁・アデュラリア(c35985)が眼差しめぐらすのを合図に、柘榴の果実水やそれで割った干し無花果の蒸留酒で――乾杯!
「わあ、なんて言うんでしょう……何だか鮮やかな気分ですっ!」
 甘酸っぱい果実水をくーっと呷り、花守蜜蜂・スズ(c24300)は乾いた砂漠の中で瑞々しく息を吹き返した心地で瞳を輝かせた。巨大な砂丘の連なりも風が砂に描く波模様も、火にかけられたとんがり帽子みたいな鍋も、少女には初めてのものばかり。
「夜は眠りに落ちるまで長いもの。まずはこちらからどうかしら」
「はぅ……すっごくいい匂いです!」
 手招いたアデュラリアが蓋を開けて見せれば、香辛料絡めた牛肉とふくふく煮えたプルーンの香りが熱い湯気と一緒に溢れだした。頬張れば口いっぱいに広がる、後引くような干果の甘味と生姜を利かせた肉の旨味のハーモニー。
「ここに住みたいくらい美味しい……!!」
「甘辛くて不思議な味……ジンジャーの風味がまたいいよね!」
 美味にぎゅうっと瞳を瞑って感激するスズの様子に勿忘草・ヴリーズィ(c10269)も頬を緩ませ笑み咲かす。眦も緩めた瞳に映るのは、音も色も吸い込むような静寂の砂の世界に焔が暖かな彩と影を添えて、深い濃藍に艶めく夜闇にひんやり輝く白い月が、淡い淡い虹色に透けるぼんやりとした光の環を広げていく姿。
「砂漠の夜って、綺麗」
「ほんと、格別よね」
 思わずヴリーズィが零した声に感嘆の吐息を重ね、プレニルニオの雫・ジェルゾミーナ(c34864)も陶然たる心地で砂漠の夜空を振り仰ぐ。けれどトマトがふつふつ唄うのが聴こえたきたらいそいそと居住まいを正し、手を合わせて――いただきます。
 溢れる湯気の中に覗くのは鮮やかなトマトの赤に卵の白と黄、漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)も相好を崩し、とろりと卵も崩しながら熱々のトマトを口へと運べば、濃厚なトマトの甘味と旨味に卵のまろやかさが蕩ける幸せの味。
「トマトは煮込むと本当に甘くなるな」
「玉葱もそうよね! ああ、いくらでも入っちゃいそう……!」
 香ばしくて柔らかな焼きたて平パンをもっちり割って、卵やトマトに透明な玉葱たっぷりの煮込みを乗せた幸せにジェルゾミーナも舌鼓。異国の煮込みも満喫しながら蜻蛉・セイイチロウ(c08752)は、喉奥へ落とした余韻に干し無花果の味わいが乗る酒に瞬いて、
「こりゃまた面白い風味ですね……!」
「だよねぇ、土地ならではの酒ってのはほんと、どれもこれも面白い」
 上機嫌なカラと一緒に砂の海渡る隊商の旅物語に聴き入った。
 干果の蒸留酒や伝統紋様の織物を商いラクダを連ねて砂の海渡る彼らの語りに浸れば、潤む虹孕む水底のたまごから孵った夢がふうわり翅を広げてゆく心地。
 陽気な賑わいに絶えぬ笑声、それらの中心で眩い橙に輝く焔がとんがり帽子の鍋から解放され、夜闇へ思うさま身を躍らせれば、何時の間にやら焔を囲んでいた幾つもの民族楽器が力強く跳ねる音色を紡ぎ始めた。
「この雰囲気をまた味わえるとは……!」
「ふふ、待ってましたって感じね?」
 瞳を輝かせたリューウェンが壺にラクダの皮を張る太鼓の輪へ加わる様にアデュラリアはころりと笑みを転がして、今宵の月めいて煌くジルを指先で躍らせる。
 彼女のフィンガーシンバルのリズムが高く深く跳ねる太鼓の音色に一旦呑まれ、軽やかに高らかに浮かびあがってくれば、誘う眼差しに心得たとばかりにカラが、すっかり身に馴染んだウードを抱え琥珀色の蜜にも似た音色を律動に絡め溶かして、砂の波底からリズムを掬いあげたセイイチロウの葦笛の響きが、遠く、近く、空と砂の狭間を渡る。
「いいなあいいなあ、スズはアマツの楽器しかできないから――」
「鼓がお出来になるなら此方もすぐ慣れるかと」
「そうなんですか!? じゃ、ちょっとお借りして……!!」
 霊峰天舞生まれの身には馴染みのない、けれども魂そのものを揺さぶる律動にそわそわしながらそっと鼻歌を乗せていたスズを隣の太鼓へと招いてリューウェンは、ヴリーズィが夜風を胸いっぱい吸い込む様に顔を綻ばせた。
「プロの方の唄をここで聴けるのも嬉しいことだな」
「まあ、そうなの!?」
「えへへ、これでも歌劇女優なの。駆け出しだけど!」
 眼を閉じ律動に心を委ねていたジェルゾミーナが興味津々に瑠璃花の瞳を瞬かせれば、甘く瞳を和ませた娘が足元から空へ昇るような律動に合わせ幸せの音色を声音で響かせる。人前で唄うのは久しぶり、と控えめに歌声を重ね始めたジェルゾミーナも、愉しげに追いかけ追い越すような皆の音色や歌声にいつしか全身で唄を共鳴させ、満面に笑みも咲かせて豊かな楽の波のなか。
 魂を揺さぶり命を目覚めさせていく力強く民族的な律動にまだ見ぬ世界を開かれ、
 ――ああ、またひとつ広がっていく。
 全身全霊を浸してヴリーズィは想いを馳せた。
 後悔だけは、しないほうがいい。そう教えてもらったから。
 歩み続けていくのだ。これからも。
 仄かな光の環を纏う月が天頂を越える頃にはゆるり静寂が寄せてきたけれど、
「まだ身体の中で音楽が躍ってる心地です……!」
 砂に褪せてなお鮮やかな異国の織物の褥にころり転がったスズの芯では、今宵の興奮と明日への期待がふつふつ沸きたつよう。
 幾重もの垂れ幕の中で心のまま彼の胸へ飛び込んで、憧憬叶えて貰えた心地でアデュラリアは、眦を淡い薔薇に染めつつ男の頬へと触れる。
「……ナルセイン様、一緒に眠ってくれる?」
「そりゃ、訊くまでもないだろ?」
 夜の砂漠に重ねる、花のころも。
 空往く月を追えぬ寂しさに身を震わすよう幾分小さくなった焔のあかりで、何れまた来るやも知れぬ道程の地図を記しつつセイイチロウは、ぱちり焔が爆ぜたのを機にそっと静寂を破る。
 僕がまた砂漠や荒野やまだ見ぬ土地に憧れたなら、
「一緒に来て……いや、攫って行っていただけますか?」
 楽の余韻を抱いてウードを撫でていたカラの肩が、微かに震えた。
 唆すんじゃないよと緩く笑む女の裡には、肌で識る砂漠や荒野の命あるものへの苛烈さ過酷さが息づいている。それなのに、
「地に根ざした安寧も日常も全部断ち切って、セイチロを攫ってしまいたくなるじゃないか」
「もとよりそれを。遠慮はもはや無用です」
 渇望と遣る瀬なさを押しやるよう己が額の髪を掻きあげたカラの瞳をまっすぐ捉え、違えようもなく男がうけがえば、柔く紐解くのにも似た吐息が女の唇から洩れた。砂の花籠の底から芽吹く欲。
 幸福の影に澱む苦い現実も、自分勝手な思惑も渇望も、避け得ない喪失の痛みも――。
 彼女のそれらを掬ったかの如く、彼が吐息の笑みで続ける。
「僕のもたらすもの全て、差し上げますから」
「……ああ、やっぱりセイチロは――」
 馬鹿だよ、と明け渡すよう笑んだなら、カラの裡から躊躇いが消えた。

●花砂糖の憧れ
 渇いた煉瓦色の砂が眩い白銀にも見えるほどに鮮烈な朝の光と砂漠を渡り、瑞々しい緑の羽根を空へ広げるように葉を茂らすナツメヤシと、強い陽射しが風にそよぐ葉に銀の煌き躍らすオリーブの樹々に抱かれたオアシスへ至る。
 眩い陽光も濃い葉影も際立つ鮮やかなコントラストの先に開けた広場は賑やぐバザールの活気と熱気に満ちていた。色とりどりのスパイス砂丘、籠盛りの宝石めいたドライフルーツの山に、それこそ宝石の原石としか思えない荒削りの岩塩達。
「何処を見ても目が回りそう……! ま、迷子にならないようにしないとですねっ!」
「ふふ。惹かれるに任せた、迷子の先の出逢いもすてきなものよ?」
 膨らんだ好奇心が今にもぽんっと弾けそうなスズに姉のような眼差しで囁くアデュラリア、仲の良い二人を微笑ましく見遣ってスパイス砂丘の合間を渡るカラの傍らで、セイイチロウの眼差しは珍品を求め砂丘の稜線をなぞっていく。
「こういうの詳しいですよね? カラさん」
「確かにうちの一族は香辛料を扱ってたけど、あたしの知識はだいぶ偏ってるよ」
 錆び釘に似たクローブの花蕾、柑橘香るようなコリアンダーの実。
 それらを迷わず買い求めた彼女が、特に好きだというシナモンスティックの山々の前で迷いに迷い始める様子に笑ってふと振り返れば、セイイチロウの瞳に橙がかった黄の彩が飛び込んできた。
 乾燥させる前は深紅だったろうと思わせるそれは、ナツメグの種子をレースのように包む仮種皮。仄かな気品をナツメグの香に乗せたように香る、メースと呼ばれるそれを買い、悪戯に瞳を煌かせた男は先頃永遠の森に菓子店を開いた知己に手を振った。
「リューウェンさん、この香りで何か作ってくださいよ」
「あ、美味しそう! ナツメグ入りスパイスクッキーとかも美味しいもんね」
「成程……デーツのパウンドケーキに加えるのは如何だろうか」
 気づけば薔薇水晶めいた岩塩や干し無花果にデーツを買っていたというヴリーズィが楽しげに声を弾ませれば、彼女の抱えた紙袋の中身が瞳に入ったリューウェンが思案顔。
 やはりデーツはこの辺りが本場だろうが、自分で世界の瞳通ってちまちま運ぶのが一番安上がり、とナルセインが言ったように、辺境を越える隊商に仕入れを頼めばそれこそ一粒が宝石同様の値になりかねない。都市間の街道が完成すればまた変わるだろうか。
「アデュラリア殿も何かお気に入りがあれば、それで菓子を焼いてみるが――」
「それがね、ジャックフルーツがあればと思ったのだけれど……」
 彼女もまた悩ましげに溜息ひとつ。
 けれど思いのままにならないからこそ人生は面白い。
「ね、小鳥さんはどんな洋酒浸けを食べたい?」
「あんたが浸けてくれるなら、干し無花果にマディラ酒がいいね」
 女王然と香るカルダモンに、桃や杏に葡萄と数多の干果を抱いてアデュラリアが訊けば、意味深に瞳を細めてみせた男が薄緑のレーズンをスズの掌に降らせながら笑う。
 ぱくり、と頬張った少女が、
「甘くて濃厚で、おひさまの味までする感じですねっ!」
「ほんと、乾燥させるって一種の知恵だよね」
 それこそおひさまみたいに笑うから、ヴリーズィも釣られて笑みを零した。甘い芳香で誘惑してくるアニスシードに、パンに練り込んでみたいキャラウェイシードと興味は尽きなくて、フレッシュハーブはおうちで摘み放題だけど、乾燥させればより香る香草、と見渡せばどんどん欲張りになっていく。
 たとえば――。
「サナは岩塩や花薄荷の粉末が気になりますっ!」
「オレガノね? ふふ、岩塩もそれだけでお料理が美味しくなりそう……!」
 戦利品で一緒にお料理しませんか! と誘う玄冬の蕾・オクサナ(c24966)に頷き大好きな友と手を取り合って、ジェルゾミーナも乙女心を刺激してやまない宝の園へと足取り軽く旅立った。
 さて、肝心な品は、と改めて眼差しめぐらせたリューウェンは、
「サフラン砂糖はこの先みたいっすよ!」
「これはありがたい……! ところで、良ければその茶葉の店も教えて頂けるだろうか」
 地元民に聴き込んだ空追い・ヴフマル(c00536)に手招きされて破顔する。
 薔薇色の果皮と金の果肉が煌く林檎紅茶が彼の目に留まれば、後で御案内しますねとヴフマルも何処か擽ったそうに笑って。
 鮮やかな黄の琥珀、夏陽の黄金に輝くような、砂糖の宝石にめぐり逢う。
 ――花を含んで虜になるなんて、ずっと甘い罠と想っていたの。
 けれど砂漠の夏陽に翳せばひときわ眩く華やかに黄金の砂糖結晶が煌き、紅のサフランの花糸も鮮やかに艶めく様に笑み咲かせ、アデュラリアは恋焦がれる気持ちごと試食のそれを含んだ。
 熱い紅茶にも口をつければ、
「――……」
 甘い飴、陽なたに広げた干草、それらを思わせどれとも違う独特の香りが紅茶のそれへと溶けて広がって、熱い紅茶がサフランの香りごとカラの喉を滑り落ちていく。
 冷たい水より渇きを癒してくれる心地がするのは何故だろう。
 余韻もなんだかおひさまっぽいですね、とスズがへにゃりと笑み崩れれば、ほっとする味だよねと愛おしい心地でヴリーズィは硝子瓶入りのサフラン砂糖を手に取った。
「自信を持ってブランシュに届けようね。アンジュとお茶する分も買ってこうかな」
「そりゃあいい、きっと大喜びですよ。そういや――」
 夏空の街のオレンジフラワーで花砂糖、なんて店主さんにリクエストできませんかね、と思い立った風にセイイチロウが続ければ、ナルセインが振り返る。
「それなんだがな、白い花はなかなか難しいんだと」
 彩りにもこだわってこそ花砂糖屋の花砂糖――らしい。
 香り椿の花砂糖を味わった春を思い起こし、ヴリーズィとリューウェンも顔を見合わせた。
「そう言えば……梔子やジャスミンの花砂糖をどう作ろうか悩んでるって言ってたっけ」
「仰っていたな。先日花砂糖屋へ伺った際、ジャスミンは目処がついたとお聞きしたが」
「ジャスミンの花砂糖? きっととても素敵でしょうね」
 水神祭都にあるという花砂糖屋に想い馳せれば、ジェルゾミーナの胸はひときわ高鳴る心地。
 桜に菫、椿に薔薇。まだ見ぬ花砂糖達にも憧れるけど。

「……あのね、ここに来たいと思ったのは」
 サフラン砂糖がサナのね、いろだと思ったからなのよ。
 秘密を明かすよう囁けばオクサナが金の瞳をぱちりと瞬き、ほわり笑みを燈してジェルゾミーナへ囁き返してくれた。
 ――黄昏に蕩ける落暉のように、愁う貴女の心を温められたら幸せ。
 その囁きがあんまり優しくて愛しくて、眦を震わせ、彼女の手をきゅっと握りしめる。
「ありがとう、サナ」
 夜色の娘は黄昏色の友へ、潤みかかった声でもうひとつの言の葉を囁いた。
 ――だいすき。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:7人
作成日:2015/07/12
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