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≪縹屋≫天の卵に孵る空

<オープニング>

●地中の空
 街道沿いの丘のうえに、白くて古い街のあとがある。
 街が栄えていたのはもう昔のこと。けれど石灰で塗りかためた紙粘土細工のような家々には、今もまばらにひとの暮らしが息づいている。そこに流れる時間はまるで眩い夏の陽射しが作る木陰での午睡にも似た、心地好い気だるさと、不思議な安らぎと穏やかさに満ちたもの。
 眩い陽射しに白く映える石灰には時折青の色粉が混ぜられていて、白い紙粘土細工めいた街が淡い水色の雪や氷河から削り出された氷で作られたもののように見えることもあるけれど――燦々と降りそそぐドロースピカの光は、あくまで強くて眩い夏の陽射しだ。
 こぢんまりとした広場に面した街のひとびとの共同パン焼き窯、そこに程近い日陰で昼寝していたぶち猫がのっそり起き上がって歩き出せば、興味を引かれたのか、丸くて平たいパンを頬張っていた幼い少年がその後をついていく。
 幾らか長毛種の血が入っているらしい、ふてぶてし……もとい、威厳ある顔つきのぶち猫は、一度睥睨するように幼い少年を振り返り、『ついて来たいなら好きにしな』とでも言いたげにぱたりと尾を揺らして、再び何処かへ向かって歩き始めた。
 緩やかな坂道や摩耗した石の階段、入り組んだ路地。
 白と青の紙粘土細工の迷宮めいた街を猫の後についていけば、何時しか辿りついたのはこの街のある丘陵の頂、かつて領主の館があった場所。
 普段はひとつ上の階層で家族と暮らし、この街に残った曾祖母のもとへ偶々遊びに来ていた少年はもちろんこの坂道や階段の多い丘の街に慣れておらず、今は館の柱や礎石が残るばかりとなった丘の頂へ辿りついた頃にはすっかり身体が熱を持っていた。
 遮るものなく照りつける夏の陽射し。熱い己の呼気。
 暑さに耐えつつ辺りを見回せば、礎石の合間で突然ぶち猫の姿が消えた。
 驚いて駆け寄ったが、何のことはない。礎石の下にちょうど猫が潜り込めそうな穴がぽっかり口を開けているのだ。落ちたのではなく、自分から潜り込んだのだろう。
 中で何してるのかな、と礎石に手をかけ穴を覗こうとすれば、ずり、と不思議な手ごたえ。
「あれ? この石動く……って、わあ!?」
 力いっぱい押してみた瞬間、少年はがばりと大きく開いた穴の中へ転がり落ちた。
 垂直落下ではなく斜面を転がり落ちるかたちだったのが幸いか。
 叫びながら落ち、あいたたたと呟いて、ようやく再び肺に空気を取り込んだ彼は、ひんやり涼やかな大気が胸に満ちる感覚に瞬きをした。落ちた穴から射す光の条が辺りを淡い青に煌かす。
「氷――じゃないや、宝石……!?」
 神秘的な光景だった。
 地底、というより丘の内部にぽっかり空いた空洞は、淡く涼やかな空色に煌く無数の鉱石の結晶に満たされていた。明けたばかりの空のように、春の空のように優しい淡青を湛えた結晶達が、空洞の壁から中心へ向け競い合って成長したかのごとく群生している。
 神殿の柱を思わす巨大な結晶が勝手気ままに空洞を満たす様は、光の乱反射にも、遺跡となって崩れた神殿の柱が傾き重なり合ったようにも見えた。その奥からぶち猫が顔を出す。
 美しい淡青の彩は晴れ渡った空の、透明感ある煌きは水のよう。
 落ちた穴だけでなく他からも幾つか射し込む細い光に、淡く優しくも美しい空色の煌きがきらきら、きらきらと、群生する結晶達に無限に広がっていく。
 すごいやと呟けば、な〜うと何処か自慢げに猫が鳴いた。
 少年が落ちてきた際に欠けたらしい結晶の断面を、虹色の煌きが渡る。

 幼い少年もぶち猫も知る由はなかったが、その空洞に群生する結晶達はセレスタイト。
 別名、天青石とも呼ばれる石である。

●天の卵に孵る空
 その空洞はさながら巨大な晶洞石。
 涼やかな空色の氷を細かく砕いて、それをころりとした卵型に固めたようなセレスタイトの結晶――セレスタイトエッグを見たことがあるけれど、まるで己がその中に迷い込んだ心地になれた。
 そう。それが、幼い少年の瞳に視えた幸せなエンディングの光景であっても。
 なら己自身の瞳で見ればさぞや、と思えば自然と足取りが軽くなる。
「――にしても、厳さんもいいとこ知ってますねぇ」
 ぶち猫の名を口にしつつ通るのは、紙粘土細工のような街にさらさら水音を響かせるちいさな噴水の広場。そこから脇道をほんの少し入った処で入り口に空のような花のような青色の布をふうわりと揺らす店、縹屋の店主たる蜻蛉・セイイチロウ(c08752)は揺れる布を潜って、店で寛いでいた皆に視たばかりのエンディングを語った。
 美しい空色の結晶で満ちたその空洞は、さながら丘の中に抱かれた天のたまご。
「そりゃあ綺麗でしたよ。大きな天青石の結晶がびっしりにょきにょき群生してましてね」
「……うん、今すごくセイチロの話聴いてるなぁって実感した」
 語られた神秘的な光景と『びっしりにょきにょき』の落差に笑って、風を抱く・カラ(c02671)は松脂の風味づけが楽しい白ワインを傾けオリーブの古漬けをつまむ。呑んで食べ、食べて呑めばますます美味になる組み合わせ。
 無限ループになってやしませんかカラさんと呟き、なかなか涼しそうでしたし、厳さんが通ってるなら相当過ごしやすい処だと思うんですが――とセイイチロウが続ければ、酒精はまだ遠いがアップルサイダーでオトナの一歩を踏み出していた翠龍姫・シャルティナ(c05667)が小首を傾げた。
「うや、そう言えばまだ逢ったことないのですよ〜。厳さんってどんな猫さんです?」
「こんな猫さんだよ! 猫さんだよ!」
 途端にしゅびっとテーブルに現れたのはただいま雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)が鋭意制作中のシュークリーム厳さん。シュークリームに三角のシュー皮でネコミミをつけ、綿菓子や毛糸のようと言われる砂糖菓子・ピシュマニエをちぎって飾りつけたそれは、成程ちょっと長毛種の猫っぽい。
「猫の常じゃろうが……この毛ではより一層涼のある処に詳しくなるのも道理じゃな」
 目敏く見つけた白チーズをありがたく味わって、翠狼・ネモ(c01893)も得心したように頷きひとつ。このぶち猫は街によくいるが思えば芋畑でも見た記憶がある。様々な場所を知っていそうだ。
 何故だかいつのまにやら指に嵌まっていた輪切りパイナップルを頬張ったなら、ほっと息つくようにセイイチロウの笑みが深まった。果実の瑞々しさが殊更美味に感じられるのは、夏が盛りを迎えた証のひとつでもあるのだろう。
「幸い、このうえない近場ですし――どうです、探検がてら涼を求めに行きませんか?」

 この街の丘にひっそり抱かれた、天のたまごの中へ。
 秘められたその空間には水のように透明感ある煌きと、空のように美しく優しい彩が満ちている。
 天青石、セレスタイト、空の色の石。
 宝石と呼ぶにはあまりに脆く、水にも光にも弱く、夏空の青ほど鮮やかな色は持ちえず――だが、それがいい。
 春の空、明け初めの空、雲間の青、ひとひらの彩雲。
 天のたまごの裡で無数に咲く空の中、己だけの空模様に出逢えたなら――。
 己のてのひらに、ちいさな空を。


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参加者
翠狼・ネモ(c01893)
風を抱く・カラ(c02671)
翠龍姫・シャルティナ(c05667)
蜻蛉・セイイチロウ(c08752)

<リプレイ>

●白の街に青の夢
 空のような花のような青色の布を庇のごとく上げたなら、天頂へと向かう夏陽の輝きが眼鏡越しに蜻蛉・セイイチロウ(c08752)の瞳を射た。石灰で塗り固められた白い紙粘土細工めいた街は今日も眩い夏の陽射しに照りつけられている。
「いやはや、今日も暑いですねぇ……!」
「セイチロ、顔に『僕らはこれから涼みに行きますよ!』って書いてある書いてある」
 墨色の双眸を眩しげに細めた男は風を抱く・カラ(c02671)の指摘どおりもうすっかりほくほく顔。
「誰も知らない涼み処ってときめき倍増なのですよ〜♪ あ、厳さんは知ってるですね!」
「厳さんに『連れてって!』ってお願いしようねしようねー!」
 まだ見ぬ威厳あるぶち猫に想いを馳せながら、こちらも御機嫌で翠龍姫・シャルティナ(c05667)は雁渡の狩猟者・アンジュ(cn0037)と手を繋いで縹屋の暖簾を潜って外に出た。真夏の陽射しに白く映える石灰には時折青の色粉が混ぜられていて、紙粘土細工めく街並みは時に淡青の雪や氷河の氷を固めてつくったようにも見えるけれど、
「やはり暑い、な」
『ぴよ!』
 暑さを顔には出さず、けれど翠狼・ネモ(c01893)が熱籠もる呼気をつけば、背に垂らしたフードの中から彼のゆずひよこが肩に飛び乗ってきた。
 爽やかな水音と飛沫を振りまくちいさな噴水の広場を通り、眩い白に輝く光と涼やかな青に染まる影に彩られた街を往けば、こぢんまりとした広場に面した共同パン焼き窯が見えてくる。
「あ! お小遣いゲットしてきたです!」
「アンジュは貯金箱持ってきたー!」
「……わしも追加じゃ」
 おやつは3ダルクまで、のつもりがうっかり300ダルクと口にした男の財布にシャルティナが素直に300ダルクを足し、アンジュが仔ブタのぷーちゃん貯金箱から50ダルクを追加、そして事前に150ダルクを渡していたネモが更に100ダルクを滑り込ませれば、セイイチロウが感涙に咽ぶ。
 溜めていた宿賃じゃとは言い出せず、そっとネモが目を逸らしたのはさておいて。
「こちらにカンパ込み900数ダルクがあります、何でも好きなもの買うといいですよ!」
「そりゃおやつどころか夜も宴会できちゃうんじゃないの。じゃ、行こうかシャルティナ」
「はいですよ〜♪」
 曖昧にされた端数で年上の矜持を保ちつつ、カラは笑って少女と駆けだした。
 甘い蜂蜜パンにオレンジの花香るアーモンド粉のクッキー、香ばしい平パンはたっぷり、そしてその幾つかにはレモンチキンや、夏野菜のトマト煮込みを挟んでもらって。
「ほら、火が空いたよ。茹で卵作るんだろ?」
「そうなのです! お屋敷御用達の高級卵も現物支給のお小遣いでもらってきたです!」
 顔見知りの婆様にディル香るポテトオムレツを分けてもらったカラに手招きされて、シャルティナが鍋にごろごろ高級卵を入れていく。
「シャルティナさんとこは御領主様ですから裕福でしょうけど、それにしても豪勢ですね……!」
「実は『お父様』って呼べたら、って条件つきでもらえたのですよ。初めて言えたです!」
 それはきっと、養父と養女がほんとうの父娘になれた瞬間でもあったのだろう。良かったですね、と眦緩めたセイイチロウは高級卵をわけてもらいつつ、窯のほうを覗いて壮年の男に声をかけた。
「窯おやじさん、厳さん来ました?」
「ほれ、そこだ」
 暁色の娘が付けた猫の名ももうすっかり馴染みのもの。
 窯からパンを取りだした窯おやじさんのパンスコップ、長いその柄が揺れた先を見遣れば、日陰でくわぁとあくびをする幾分長毛種っぽいぶち猫の姿。おでかけタイムまではまだ猶予があるらしいと見れば、セイイチロウものんびり団茶を削って茹で卵と茶卵作りに勤しんだ。
 街にゆったり流れる時間は、眩い夏の陽射しが作る木陰での午睡にも似た、心地好い気だるさと、不思議な安らぎと穏やかさに満ちたもの。
 快い気だるさに身も心も浸しつつ、ネモが昨夜から熾火に潜ませていた鋳鉄の深鍋を引きだして、柔らかにじっくり火を通した煮込みを瓶詰めにして腰の鞄へ収めたなら、前脚を突っ張るようにして大きく伸びをした厳さんと眼が合った。ふさふさだった。
 ――……成程、甘い毛を纏ったシューという妙なものが生まれるわけじゃ。
 しみじみ納得すれば、てててっと厳さんに駆け寄るシャルティナの姿。
「ホントにアンジュさんのシュークリームそっくり……あ、シュークリームがそっくりですね!」
「あはは、それくらい厳さんは気にしたりしないよねー?」
 慌てて言い直しつつ初めましての挨拶をする少女とその隣で猫の前にしゃがみこむ暁色の様子に小さく笑って、ネモは大人達に声をかけた。
「そろそろ出立のようじゃぞ」
 のっそり起き上がって歩き出したぶち猫は一度彼らを振り返り、『ついて来たいなら好きにしな』とでも言いたげに『な〜う』と鳴いて、再び何処かへ向かって歩き始めた。

●地の空に氷の森
 幾重にも細く折れ曲がる路地、緩やかな坂道や摩耗した石の階段。
 摩耗した石の階段はまさに雪で固めたそれが溶けはじめたかのごとき風情で、青い路地の影から眩い夏の陽射しのもとへ出るごとに体感する暑さは増す心地。
 白と青の紙粘土細工の迷宮めいた街を時折飾る緑は葡萄の樹、紙粘土細工みたいな家々の間に涼しげな葡萄棚の天蓋を織り成す様にほっと息をつき、美しい葉の影揺れる木陰で語らう婆様達に軽く挨拶をして猫を追う。
 やがて辿りついたのは、この街のある丘陵の頂、かつて領主の館があった場所。
「うわ、このままここにいたら湯立っちまいそうだね」
「ですねぇ……って、ああ、そこですか厳さん」
『な〜う』
 館の柱や礎石が残るばかりとなった丘の頂に真夏の陽射しを遮るものはなく、陽炎さえ立ちそうな様に思わず手扇ぐカラへ星招く扇で風を送りながら、セイイチロウは礎石の下へと潜り込む厳さんの姿に顔を綻ばせた。
「あ、ホントに空気がひんやりしてる気がするのです♪」
「どれ、これを押せば良いのじゃな」
 猫が潜り込んだ穴に差し込んだ手をひらひらしてみるシャルティナ、力を込めて礎石を押すネモ。大きく穴が開けば、汗ばむ肌をひんやりとした空気が撫でた。斜面を滑り降りれば涼やかな大気の流れが一気に全身を包み込む。
 涼気の底へ降り立てば、射し込む光条に淡い青が煌く世界。
「わ、ぁ……す、ごいです」
「――これは、見事じゃ」
 丘の内部にぽっかり空いた空洞を満たす無数の天青石の結晶は巨大な氷の森のよう。
 暗い空洞へ射し込む光で林立する結晶達が煌く様にシャルティナが息を呑み、崩れて折り重なった神殿遺跡の柱を思わせる巨大結晶達に、淡く優しくも美しい空色の煌きが広がっていく様にネモが翠の双眸を瞠る。
「澄んだ湖水の底……いや、空の底か」
 淡やかな青が潤むような透明な煌きを帯びる様は、夜を越えた明け空の青みを増す前の淡い光に似る心地。
「ああ、ほんとだ。まるで空が凝ったみたいだね」
 廻る季節の空が役目を終えて、そっと地中に憩うような。
 灯りはかえって惜しいな、と火を燈さぬままランタンを片づけたカラは得たりと頷き、黎明のそれを思わす涼やかな大気を胸に満たして破顔した。
「直に目にするとますます夢のような光景ですよね……!」
「ねー、空の氷みたい……って、綺麗な音がする!!」
 幾重にも交差する巨大結晶達、けれど足元には細かな天青石の砂礫が満ちていて、しゃらしゃらと涼やかに唄う空色の小川をぴょんぴょん、弾む足取りで渡ってセイイチロウは、楽しげに音を立てるアンジュに笑って、淡青の空に薄雲がかかった色合いの結晶柱に抱きついてみた。
 天然石特有の、優しいひんやり感。
「触ることのできる空も悪くないですね、カラさん」
「うん。心にも身体にも染みるみたいで、気持ちがいいね」
 結晶柱に身を預けるように寄せたセイイチロウの頬が無邪気に笑み崩れる様にカラも相好を崩し、交差する結晶柱へと身を委ねて頬を寄せる。火照った身にも夏の気だるさに染まった心にも優しいひんやり感が染み渡るよう。
 澄んだ湖水の透明感、夜を越えた明け初めの空のほのかに青みが差し始めたひかり。
 それらを凝らせたような結晶にネモが掌を当てたなら、空と語り合い、心通わせていくような心地になれた。涼やかな空気に満たされた肺から、身体の芯から、指の先、髪のひとすじまで透きとおっていく感覚は――きっと錯覚で、けれどある意味真実のものなのだろう。
「びっしりにょきにょき、ですね」
「ね。まだまだ育ってるみたいな気もする」
 空のかけらを撒いたような空洞の底にころりと転がったなら、シャルティナの下で細かな天青石のかけらが星屑が零れる様を思わす澄んだ音を立てた。隣に転がったアンジュと笑いあって見上げてみれば、空洞の中心めざして競い合うように伸びた巨大な結晶柱達。
 外から射し込む陽光は輝く光の紗や糸めいて、天青石――セレスタイトを透かして暗い空洞内に淡く優しい空色の煌きを揺らす。
 明け初めの空へ、澄んだ湖の水面へ。
 吸い込まれていくような、浮き上がっていくような、不思議な心地。

●天の卵に孵る空
 ぽん、と小気味良い音を立てて、アップルサイダーの瓶の蓋が宙に躍った。
 光の糸に淡い金色に煌いたそれも、グラスに注いで掲げれば無数のセレスタイトを透かして空色に煌き、爽やかにしゅわっと弾けた気泡が跳ねて躍る。皆で杯を鳴らしたならひときわ賑やかに跳ねる気泡、呷れば身の裡で煌きが弾ける心地。
「うきゅ〜。けどこのしゅわしゅわオトナな味がセレスタイトの透明感にピッタリですね!」
「あはは、慣れてくるとクセになるよ」
 炭酸の刺激ですっぱいものを食べたような顔になるシャルティナに目元を和らげ、カラも空の煌き弾ける林檎発泡水を呷る。しゅわしゅわ弾ける泡音が空洞に響けば淡い青煌く結晶達まで唄う気がしますね、なんて言うセイイチロウの声音もより弾んで跳ねる様に、ひときわカラの眦も緩む。
「はい、ネモさんのぱいなっぽーも! この指とまれしたい人ー?」
「「はーい!」」
 誰より童心に返っている気がしないでもない男が取りだすのは芯を抜いた輪切りのパイナップル、迷わず挙げた手の指に瑞々しいパイナップルの環を嵌めてもらったシャルティナとアンジュが、歓声あげてそれを頬張る様に、
「……本当に、その食い方で良いのか」
「最初にやったのが言ってりゃ世話ないねぇ。行儀良くないけどこっちのが美味いよ、多分」
 思わずといった態で呟いたネモの背を軽く叩いて、カラもパイナップルをこの指とまれ。
 良い具合に水平になった巨大な結晶の上に広げる昼餐は、街で買った蜂蜜パンにアーモンド粉のクッキー、香ばしい平パンや、それにレモンチキンや夏野菜のトマト煮込みを挟んだもの。そして、
「どうですか、アンジュさん? 高い卵って黄身の味が濃い感じがするですよ〜♪」
「あ、ほんとだ何だか濃厚な味〜!」
「うん、ちゃんと黄身も真ん中に来てるね。ばっちりだ。ほらこっちもどうぞ」
 共同パン焼き窯近くの調理場でシャルティナがカラに手伝ってもらって作った茹で卵に、街の婆様特製ポテトオムレツ。刻んだズッキーニとチーズを茄子の挟み揚げにしたのはカラのお手製だ。
 白チーズだけでも美味いが、これも美味そうじゃ、と平パンにレタスと挟み揚げを挟んで頬張って、次いでネモが皿に取るのは二度挽きラムに香辛料を利かせて焼いたもの。
 さて柑橘を搾るか、と手を伸ばせば掴んだ柚子色はほわほわで、
「……なんじゃ、おぬしじゃったか」
『ぴよぴよ、ぴよー!』
 嬉しげに鳴いてネモの膝でぴよぴよ跳ねた。
「ネモくんがゆずひよライフを満喫してる……!!」
「!! 見て、おったのか……」
「ばっちり見てたよ! 見てたよ!!」
「アンジュさんとこの子じゃなかったんですね、そのゆずひよこさん」
 微笑ましい想いで笑み零し、セイイチロウが皆の皿に並べていくのは飾り茹で卵。
 今ここに、皆の在ることへ感謝を籠めて。
 茹で卵へと乗せた人参サラダに香るシナモンにカラが顔を綻ばせて、白マッシュルームと三つ葉の帽子を被せた茹で卵にわぁとシャルティナが笑み咲かせ、朱と黄の金蓮花二輪を挿した茹で卵にはアンジュが三つ瞬いて、きゃーと歓声をあげる。
 翠の香菜を飾られた茶卵にネモはゆるりと笑み融かし、セイイチロウへ瓶を手渡した。熾火に一晩鋳鉄の深鍋を潜ませて、豆と野菜をオリーブ油で煮込んだもの。
 受け取ったセイイチロウの頬も緩む。
「鍋、使ってくれてありがとさんです」
「……三年越しの目標を、今更じゃが習得してみようかと思ってな」
 そりゃあいい、とセイイチロウが破顔した。趣味を持つにはいい時代だ。
 あたしもそれ食べたい、と豆と野菜の煮込みを摘まむカラ。交換こしようですよ〜とシャルティナが差し出した茹で卵は、ネモが買った甘くキャラウェイ香る焼き菓子と取り換えっこ。
「皆で食べるご飯はとっておきのご馳走ですね」
「確かに、この上なく贅沢な昼食じゃな」
 言い交わす二人を微笑ましく見遣っていると、はいカラさん、とアンジュ作シュークリーム厳さんが掌にぽふり。翠の瞳を悪戯に煌かせ、
「ほら、厳、お前だよ」
『な〜う』
 当人、もとい当猫に見せてからぱくりとカラが頬張れば、厳さんが応えるよう鳴いたから、皆の間に楽しい笑みが弾けた。
 おなかもこころも幸せに満ち足りたなら、再びゆうるり地中の空に浸る。
 足元で煌いた空のかけらを手に取って、シャルティナは傍らの人影を見上げてみた。
「カラさんは持って帰らないのです?」
「ん。あたしは皆と過ごした時間ごと、この空を心に焼き付けていくよ」
 天の青抱く石は壊れやすいと聴いたから、この彩をたっぷり心に蓄えていく。
 いつか旅立った後にも、何処かで空に同じ色を見つけるたび、胸に幸せ満ちるだろう。
 彼女の選択に得心しつつセイイチロウは、巨大な結晶柱の陰できらり煌いた母岩付きの天青石を光に翳した。墨色の瞳に映ったのは、潤むような煙るような、灰白の雲の晴れ間に沁みる青。そこに羽のように翅のようにひらり煌くひとはけの彩雲。
 いつでも眼は心を映すものを見出す、と思えば自ずと笑みが溢れた。
 ――かたちあるものは崩れても、消えず在り続ける僕の空。
 もう少しゆっくりしていきますか、と声をかけたなら、地中の空の真ん中に寝転んだネモが頷いた。懐に抱くのは小さな卵めいた石。欠けた処から覗いてみれば、この場所そのものを閉じ込めたような淡い空の色煌く晶洞石。
 何時の間にか馴染んでいた、古びた白い街に眠る空。
 ――いつか縹の暖簾を離れても、面影とともに持って往こう。
 知らず笑みを浮かべていたネモの口許が、ちいさなあくびを生んだ。
 もう少しだけ、ゆうるりと。

 天の卵が孵るまでの、一眠り。



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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:4人
作成日:2015/08/09
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  • ハートフル6 
冒険結果:成功!
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