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≪Un salone fortunato≫雪の蝶と暁の蝶

<オープニング>

●雪の蝶と暁の蝶
 幸せの音色が優しく降り積もる。
 橄欖石の色した三角屋根のおうちの、書物の表紙みたいな姿の扉。歌劇の台本を思わす柔らかな象牙色のそれを開けば、晩鐘みたいに穏やかなフォルテピアノの音色と、優しく透きとおった歌声が聴こえてくるだろう。
 時の栞のベルベル・フロウリィの館で出逢ったアンティークのフォルテピアノの鍵盤に指を躍らせ、歌声を響き合わせているのは勿忘草・ヴリーズィ(c10269)。姿勢も綺麗なその背にぽふっと感じた温もりは、そっと耳を押し当てた暁蝶の狩猟者・アンジュ(cn0037)のものだ。
 この親友はヴリーズィがフォルテピアノに出逢った時からこの聴き方がお気に入り。
「えへへ、こうやって聴く音と歌はアンジュが独り占め。リズちゃんは自分じゃ無理だもんね」
「そう言われると何だか悔しい気がしてくるんだよ! アンジュずるい……!!」
『ぴよ! ぴよぴよ!!』
「ああっ!? 独り占めじゃなくなった……!!」
 けれどぴよぴよ弾んできたヴリーズィのゆずひよこも彼女の背中にぴよっとくっついたから、二人は顔を見合わせ、弾けるように笑い合った。
 夏の盛りだけれど、ヴリーズィが親友とのティータイムのために淹れた紅茶は飛びきり熱い。
 何故ならお茶に添えるのは菓子でなく、鮮やかな黄の琥珀、夏陽の黄金に輝くような、砂糖の宝石――先日砂月楼閣のオアシスのバザールで手に入れてきたサフラン砂糖だから。
 夏陽の黄金に輝く、サフランで色づけされた砂糖結晶。それを直接口に含んで、熱い紅茶を飲んで溶かしながら楽しむというのが現地風なのだ。
 香りの良い花をたっぷり使ったフレーバーシュガーが大好きで、実はサフランがとても好きだというアンジュは親友のこのお土産に大喜び。夏陽の煌きを幸せそうに味わっていたけれど、
「そう言えばアンジュ、何か見せたいものがあるって言ったよね?」
「あ! そうなのそうなの、サフラン砂糖の御礼にねこれ買ってきちゃったの!」
 水を向ければ優しくまぁるい煌きがころころ詰まった硝子瓶を取り出した。
 磨り硝子の珠のような、ふうわり揺蕩う朝靄の滴のような、小指の先ほどの小さな煌きは、
「花砂糖屋さんの新商品! ジャスミンの花砂糖、ジャスミンドロップだよ!!」

●約束の木
 磨り硝子の珠のような、ふうわり揺蕩う朝靄の滴のような、ほんのりと透ける小さなその珠は、飛びきり甘く華やかに香るジャスミンのリキュールを閉じ込めたシュガーボンボンだ。
 朝靄を珠にして磨き上げたようなそれを齧れば、砂糖の殻のなかから甘い香りがぎゅうっと濃厚に詰まったジャスミンのリキュールが溢れだすという。
 そのまま食べるのも楽しそうだけれど、飲み物に落として溶かすのもきっと楽しい。
「あのねあのね、きりっと辛口の林檎発泡酒に入れると美味しそうな気がするの!」
「いいかも! きっと綺麗だよね、淡い金にきらきらする中にしゅわっと融けて……」
 淡やかな金色に煌く林檎の発泡酒、そこに朝靄の滴を磨いたようなジャスミンドロップを落とす様を思えば、ふふ、と自然に笑みが零れてヴリーズィの眦が緩む。
 ね? と楽しげに笑んで瞳を覗き込むアンジュも胸に燈した光景はきっと同じ。
 永遠の森で泡沫の林檎を抱いて氷唄を唄う森。
 冬に聴いた氷の唄、春に聴いた水の唄。夏にもとても綺麗だろうけど。
「――あ、ねぇアンジュ。同じ永遠の森なら、ウェンディの森に行ってみない?」
 氷唄の森の水は水鏡、薄く大地に広がっているけど、ウェンディの森には綺麗な泉があるという。
「夏だもん、水遊びとかしたいよね。林檎発泡酒とジャスミンドロップ持って、ピクニックに行こうよ! 勿論お弁当も作ってくの!」
「きゃー行くよ行きたい行きますともー!!」
 眩くきらめく水飛沫をたっぷり躍らせる水遊び、気泡がしゅわっと弾ける辛口の林檎発泡酒に合う料理やお菓子のお弁当を楽しんで、きらきら揺れる木漏れ日のもとでお昼寝もしてみようか。
 お互い作っていくお弁当の中身は当日まで内緒。
 涼やかな風が心地好い早朝から出掛けてたっぷり遊んで、そして日が傾きかける頃には――。
「えへへ。嬉しいね、楽しみだね、しあわせだね」
「ん、めいっぱい楽しんでこようね」
 楽しい計画を立ててきゅっと頬を寄せ合い笑い合う。それがとても自然で、とても幸せ。

 ねぇ、アンジュ。
 五年前の春、七花の湖のほとりで初めて言葉を交わした時には、きっとお互いこんなに仲良くなるなんて思ってなかったよね。けれど気がつけば、ちょっとした日常の小さなかけらから幾つも幾つも想い出が息を吹き返して咲き誇るくらいに、たくさんの時間を一緒にかさねてきたね。
 幸せだったね、わくわくしたね、切なかったね。
 でも――どれもが愛しいね。
 ねぇ、アンジュ。
 水のほとりでまた想い出をかさねて、日が傾きかける頃には約束の木にいこうね。
 あなたはわたしのたからもの。
 この友情は、生涯唯一の奇跡だから。


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参加者
雪蝶・ヴリーズィ(c10269)

<リプレイ>

●蝶の戯れ
 夏緑の梢からは眩い朝の光が斜めに射し、流れる風は森と水の香りを運ぶ。
 朝の輝き、水辺の風。大好きなそれらを二人でたっぷりと受けとめて、弾む心そのままの足取りで大好きな親友と手を取り合ってウェンディの森をゆく。
 雪蝶・ヴリーズィ(c10269)と暁蝶の狩猟者・アンジュ(cn0037)が初めて言葉を交わしたのも、光が降る水のほとり、七花の湖でのことだった。
 ――ねえ、アンジュ。
 最初に逢った時はアンジュが眩しすぎて、違う世界に生きるひとだと思ってたの。
 ――ねえ、リズちゃん。
 アンジュはね、お洒落で洗練されてるリズちゃんを、遠い世界のひとだなぁって思ってた。
「そうだったの!?」
「そうだったの!!」
 見合わせた瞳を瞬いて、次の瞬間にはきゅっとほっぺた寄せて弾けるように笑い合う。あんな風に思ってたのが今はもう嘘みたい。お互いが同じ世界で同じ時を生きている存在なのだと初めて実感出来たのは、きっと――この永遠の森で、蝶の渡りを護るため一緒に戦った時のこと。
 朝の光跳ねる泉を見つけたなら、あの蝶達の旅立ちのように二人で駆け出した。
 女の子らしい甘やかな装いも好きだけれど、ショートパンツ姿で駆けたり飛んだり跳ねたりするのが大好きなのもこの二人の共通点。裸足になればそれぞれ腕と足にミモザ咲く銀環煌かせ、水飛沫の花めいっぱい咲かせて泉へ飛び込んだ。
 跳ねて煌く水飛沫、素足で膝上まで浸かる透きとおった泉の水。
 それらは飛びきり冷たくて、
「そうだ、この泉で林檎発泡酒冷やしておこっか」
「待って待ってリズちゃん、アンジュのプラムも一緒に冷やしてー!」
「薔薇色プラムだ! わたしはターキーハム持ってきたよ!!」
「きゃー楽しみ楽しみー!!」
 岸辺の荷からヴリーズィが林檎発泡酒の硝子瓶を取り出せば、アンジュもいそいそ熟れたプラムを取り出してきた。森梟のプラム狩り、楽しい想い出にきゃあきゃあ笑って硝子瓶と果実を入れた籠を泉に沈めれば、
「そんじゃ行くよ! アクアフィオーレ!!」
「きゃー!? それじゃわたしも、アンジュにお返しアクアフィオーレ!!」
 鮮やかな冷たさと一緒にヴリーズィの鼻先で煌き弾けて咲いた水と光の花。迷わず両手に掬った水を木漏れ日に踊らせれば、いっそう眩く煌き弾けた水と光の花を浴びてきゃーとアンジュの歓声があがる。夏空の街で水と光の花を幾つ咲かせてきただろう。技と力を駆使して咲かせる大輪の花も、今ここで戯れ合って手で掛け合い咲かせる花も、飛びきり幸せな笑みを一緒に咲かせてくれた。
 笑顔も水もきらきらで、二人で咲かせ合うのが楽しくてたまらない。
 冷たい泉の水も爽やかな涼気もめいっぱい満喫した頃には、木漏れ日踊らす夏陽も天頂近く。
「そろそろフィナーレ行こっか!」
「うん! せーの!!」
 悪戯な眼差し交わした娘達はきらきらと光揺れる水面に肘まで浸した両腕を思いっきり跳ね上げ、掬いあげた水を梢越しに見る夏陽にも届けとばかりに躍らせる。
 鮮烈に煌いて降る、水と光の花。
 眩く涼やかな夏の幸せ浴びて、二人できゃーと歓声をあげれば一緒にきゅるるるる〜とアンジュのはらぺこタイマーも鳴ったから、弾けるように笑って手を取り合って水から上がる。ふかふかタオルでほっぺた包むように拭いてあげればくすくす零れるアンジュの笑み。リズちゃんも、とアンジュにふかふかタオルで頬を包まれれば、柔らかい擽ったさにヴリーズィの笑みも零れて風に踊った。
 泉に沈めた籠も引き上げたなら、透きとおる水滴を滴らせた林檎発泡酒と薔薇色プラムもたっぷり涼を満喫してお待ちかね。
 淡やかな金に煌き気泡がしゅわしゅわ躍る林檎発泡酒にジャスミンドロップを落とせば、しゅわりと沸き立った気泡の林檎の香りとともに甘く華やかなジャスミンの香りが溢れくる。
「わあ……! やっぱり花砂糖はいいよね、かくべつとくべつ!!」
「だよねー! かくべつとくべつ!!」
 お気に入りの言葉を合図代わりに乾杯、森の梢から注がれるような木漏れ日の煌きごと呷れば、程好く冷えて威いよく弾ける林檎発泡酒の風味の奥から甘く濃密なジャスミンの香りが花開く心地。
 知らずヴリーズィが零した至福の吐息も花の香りに染まる。
 頬を緩めたアンジュの囁きに眦が下がって深まる笑み。
 ――ねえ、リズちゃん。
 アンジュ達ってね、花砂糖の香りと甘さに惹かれた蝶なんだなぁ、って思うことがあるの。
「ああ、ほんとうだね」
 少しずつ親しくなっていった二人。その心の距離が急速に縮まり始めたのは、きっと初めて一緒に花砂糖を味わった夏の朝がきっかけだった。香りと甘さに惹かれて花砂糖のもとにつどい、そうっと翅を寄せ合うように心を寄せ合って、そこからまた飛び立って。
 そんな風に幸せを紡いできたよね。――幾度も、幾度も。

●蝶の憩い
 夏色の木漏れ日模様揺れる木陰に広げたヴリーズィ特製のお弁当は、旨味たっぷりジューシィなターキーハムと瑞々しいグレープフルーツのサンドイッチ。その強力タッグは思ったとおりアンジュの心を鷲掴み、けれどサイドディッシュの二品は予想以上に暁色の胃袋を鷲掴みにしたらしい。
「はいアンジュ、あーんして? 好きなだけ食べていいからね!」
「わあんサンドイッチもだけど、このカポナータとサーディンポテトとまんないんだよ……!」
 差し出す傍から親友のおなかに消えていく料理達。
 程好い塩気のターキーハムに瑞々しいグレープフルーツの果汁と果肉が弾ける様に金色の瞳が輝くのは当然で、茄子大好き娘は甘酸っぱいカポナータにもすっかりめろめろ、塩気と大蒜利かせたサーディンポテトの味わいにはついつい林檎発泡酒に手が伸びてしまう模様。
「ってかね、てかね、アンジュ自分でオイルサーディン作るの夢なんだよ!」
「いいね、ローズマリーオイルで一緒に作ろっか!」
 ちょっとした日常のかけらからも幾つも零れて咲き溢れる想い出達。ローズマリーの記憶に万感を籠めた眼差し交わし、そうして再び今日の新たな想い出を紡ぎだす。
「ね。わたしにも、アンジュのお弁当、頂戴?」
「勿論だよ! はいリズちゃん、あーんして?」
 きっとヴリーズィは知らないだろうけど、アンジュは彼女に料理やお菓子の師匠とか先輩みたいな気持ちを抱いている。今ではパンも自家製酵母で焼けるアンジュだけれど、そもそもレーズン酵母を起こすのを教えてくれたのがヴリーズィだ。
 だから手作りのものを食べてもらう時は、いつもどきどき。
「わ、金蓮花が綺麗だね!」
 親友の微かな緊張を知ってか知らずか、ヴリーズィは差し出されたサンドイッチに歓声をあげた。挟まれているのは新鮮なサラダ菜にローストビーフ、そして鮮やかな黄の金蓮花――ナスタチウムの花。アンジュらしいねと笑み零して頬張れば、甘めのソースを合わせたローストビーフに金蓮花のぴりっとした辛みが心地好い。
 続く夏野菜のキッシュはチーズが利いていて、セロリのスイートピクルスは爽やかで。
 そして最後は、ローズマリークッキーに皮を剥いて半割りにしたプラムを乗せたデザート。蝶の形に切り抜かれたミントの葉が飾られる様にヴリーズィはへにゃりと笑み崩れた。
「えへへ、すごく嬉しいな。でね、あのねわたしもデザートあるんだよ!」
「わあいわあいきらきら! あ! もしかしてこれ菫砂糖!?」
「そうだよ! シロップで潜ませてみたの!!」
 木漏れ日に煌くヴリーズィの紅茶ゼリーのなかには揺らめく光と一緒に咲く菫。紅茶と菫の香りを一緒にふわりと咲かせるデザートも存分に堪能したなら、手早く荷物を片づけて、きらきら木漏れ日踊らす風が心地好い木陰にころりと寝転んだ。
「気持ちいいね、幸せだね」
「ほんと、いっぱい幸せだね」
 隣に寝転ぶ親友の気配を傍に感じながら、眩い光のかけら躍る梢に向けて手を翳す。
 指の間から零れる強く眩い光。
 けれどそっと重ねられる手に、眩しさでなく嬉しさにヴリーズィの眦が緩む。
 眩しすぎて違う世界に生きるひとだと思っていたアンジュ。
 けれど仲良くなるうち見えてきたのは弱さも脆さも抱える一人の女の子で、識れば親近感が湧き、支えたいと自ずから手を伸ばした。ああ、だけど。彼女のほうからも伸ばされた手に自分もどれだけ助けられたことだろう。
 巧く言葉にはならず、けれど隣を向いて微笑めば、それだけで通じる気がした。
 小さな頷きと燈る、柔らかな笑み。
「あのね、リズちゃん。覚えてる?」
 夏空の街と初めての別れを迎えた朝。戦いの日、只管走る背中が泣いているように見えたから、と愛するひとに言われたアンジュがその胸で泣きじゃくったその後に。
 ――アンジュがちゃんと泣ける場所があって、ほっとしたの。
 こっそりリズちゃんがそう言ってくれたこと。
「実はね、あれでアンジュまた泣いたの」
 そんな風に想って、伝えてもらえたことが嬉しくて。
 あれからリズちゃんは、アンジュが苦しかったり泣きたくなったりした時には、飛んできてぎゅうっと抱きしめてくれるようになったよね。
「リズちゃんがくれた優しさも笑顔も、全部覚えてるよ」
「わたしも、光を注いでくれたこと、ここにいるよって言ってもらえたこと、全部覚えてる」
 アンジュの優しい温もりも。
 梢に翳していた手を柔らかな草の上にぱたりと落とし、どちらからともなく手を繋ぎ合えば、ふわり心地好い眠気に包まれる。銀葉館の夜を思い出すね、とヴリーズィが囁いたなら、見合わせた瞳が同じだけ緩んだ。ミモザが咲き零れる木陰で一緒に眠りについた夜。
 初めて『親友』と呼び合った夜。
 微風みたいに交わした笑みも、優しくすこやかな寝息に変わり始めて。
 ――夢の中でも、アンジュと一緒だよ。

●雪の蝶と暁の蝶
 閉じた目蓋にも木漏れ日を感じる午睡の中で夢を見た。
 ――アンジュ、『ひとのマスカレイド』にとどめを刺すのは、初めて?
 肝心な処は口にしなかったはずなのに、迷いなくヴリーズィに看破された冬の黄昏。彼女は自分が学んだ覚悟と責任を教えてくれた。一緒に翔けてくれた。
 一緒に楽園の娘を送ったね。
 一緒に孤独な月の少女を送ったね。
 愛しさも切なさも、全部胸に抱えてきたね。
 嵐の青を、灰の薔薇を、桜色のローズマリーを。覚悟と責任を胸に、命を抱いて、ともに翔けた戦いの記憶を幾つも夢に見た。そして、一緒に戦うこと叶わず、報告書で読んだだけのはずの戦いも。
 世界の瞳の扉をめぐる二つの戦い。
 霊峰天舞で神祇清浄姫アマニータに、砂月楼閣でマスターデモンに。強敵に相対しても怯まずに、相手をまっすぐ見据えて立ち向かったヴリーズィの姿。そう言えば伝える機会がなかった気がする。
 報告書で見た彼女の勇姿に、とてもとても胸を打たれたこと。
 ――リズちゃんはね、アンジュの自慢の親友。
 だいすき。
「……アンジュ?」
「あれ? リズちゃん? 夢じゃない?」
 閉じた目蓋にひときわ眩い光を感じた瞬間、ヴリーズィは隣の親友に抱きしめられて目が覚めた。けれど相手もゆめうつつ、こんな夢見たよと語られれば、面映ゆさと擽ったさに頬も眦も緩まずにはいられない。
 瞳の奥に熱を感じるわけは、傾き始めた陽射しの眩しさだけではないのだろう。
 胸の奥に細波のように切なさ寄せるわけは、黄昏の気配だけではないのだろう。
「行こう、アンジュ」
「うん、リズちゃん」
 何処へとは言わずとも通じ合えた。
 きゅっと手を握り直して向かった先、辿りつくのは――金色を帯び始めた木漏れ日の中、白い花を溢れんばかりに咲かせる大樹、約束の木のもと。
 程なく黄昏を迎える光の中、振り仰ぐ梢の花々は金色の輝きに縁取られているかのように眩くて、そして何処か神々しくさえあった。永い時の間、幾多の誓いを聴いてきた約束の木。
 胸に迫る感慨は、この木のもとで誓いたいと思えるだけの絆を紡いで来れたこれまでの道程から生まれ来るもの。だからこそ深い感慨にどうしようもないほどの愛おしさを覚え、
「アンジュにこれを贈るよ。――いつでもここにいるよって、聴こえるように」
「リズちゃん……! あの夜のこと、覚えててくれたんだね」
 親友に、花霞の彼方で見出したラリマーが三つ連なる、鈴蘭のイヤーカフを贈る。
 ヴリーズィの耳にも揃いの空と海と鈴蘭が咲く。そう、片割れはここにある。対のイヤーカフを親友と分かち合いたくて。
 耳に着けてやれば三つ瞬いたアンジュが、ありがとう、とはにかむような笑みを燈し、荷からふわり取り出した柔らかなものをそっとヴリーズィの首にかけた。
 涼やかな白に透け、時折淡い金に煌く薄手のサマーストール。淡い勿忘草色の蝶と淡い暁の桃色の蝶が織り込まれたそれは、彼女が織ったものとすぐに識れた。
「急に冷え込んでもね、喉を冷やしたりしないように。リズちゃん、歌劇女優なんだもの」
 そう言った途端、アンジュの眦からぽたぽたと涙が零れ落ちた。
「アンジュ? どうしたの!?」
「だって、だって――」
 ランスブルグで芸術振興協会長の地位に就き、自らも舞台に立ち始めたヴリーズィ。親友が歌劇女優として羽ばたいていくことを、彼女が何処か遠い世界に行ってしまうことのように感じていた。
 けれど。
「遠い世界なんかじゃないんだよね、同じ世界の、同じ空のもとだもんね」
 いっぱいいっぱい、リズちゃんの舞台に通うから。
 そう続いた言葉でヴリーズィも理解した。生まれた時から歌劇を身近に育ってきたヴリーズィ。だが辺境に生まれ育ったアンジュには、歌劇とは物語の世界にだけ存在するような、己とは違う世界のもののように感じられていたのだろう。
 生まれも育ちもまるで違う二人が出逢って、親友と呼び合う絆を育めたこと。
 きっとそれも、奇跡のひとつ。
「大丈夫だよ、心が凍えそうな時は飛んでいく。正面から抱きしめて熱を運ぶよ」
「アンジュも、アンジュも飛んでいくからね……!」
 同じ世界に生きる奇跡にとめどない感謝を抱き、互いに言の葉紡げばヴリーズィの眦からも涙が溢れてきたけれど、それさえ誇らしく思えたから、拭わずまっすぐ親友と向き合った。
 自信と自負と絆。そのすべてと共に。
「生涯かけてこの友情を大切にすると誓うよ」
「アンジュも生涯かけて、この友情を大切にすると誓うね」
 ――大好き。
 約束の木のもとで誓い合い、同時に同じ言の葉紡いでまっすぐ抱きしめ合ったなら、対の空と海と鈴蘭も触れ合った気がして、擽ったさと面映ゆさで頬も寄せ合い笑みを零す。大好きとありがとうを繰り返す親友を、ヴリーズィは存分に抱きしめ、その背を撫でてやった。

 ねぇ、アンジュ。
 アンジュはリズを幸せに導いてくれた光と熱の天使。アンジュがいなかったら、今のわたしは絶対違う形になってたよ。
 出逢ってくれてありがとう。
 ――わたしはあなたと出逢えて、とても幸せ。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:1人
作成日:2015/08/13
  • 得票数:
  • ハートフル6 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
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