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≪夜の底≫風の覇者

<オープニング>

●風の覇者
 蒼天を鳥が翔ける。
 大地を獣が駆ける。
 獅子の威厳と虎の勇猛さを併せ持ち、猛禽のそれを思わせる翼をも持ったその巨大な獣が強靭な四肢で大地を蹴りつけた瞬間、自由気侭に砂塵と戯れていた荒野の風が変わった。
 猛る奔流となって前方から一気に吹きつけてくる逆風、闘風とも呼ばれる激しい向かい風が強かに叩きつけては耳元で荒び唸って渦巻いて、遥か後方へ勢いよく翔け去っていく。けれど大地を駆ける巨大な獣はまったく意に介する風もない。それもそのはず、この鮮烈な向かい風は獣がその強靭な四肢と力で荒野を疾駆するからこそ生まれ来るものだ。
 躍動する獣の筋肉が撓やかにたわむ。
 崖だ、と巨大な獣の背にしがみついた巨人の少年が思った瞬間、獣が跳んだ。
 飛翔ではなく跳躍。だが広げられた翼は荒野を翔ける風を捉え、巨大な体躯は荒野に黒々とした影を落として蒼天と大地の狭間を悠々と翔ける。
「すっ……げえええぇぇぇ!!」
 乾いた荒野を駆ける大きなガゼルの群れを一瞬で跳び越し、付近の獣を統べる王として生きるとも言われる巨獣、スカイライガーは再び大地を疾駆し真っ向から叩きつけてくる闘風を突き抜けた。
 屹立する奇岩の間を駆け抜けたなら大きく跳躍し、怒涛の勢いで流れる黒き大河のように駆ける野牛の大群に、まるで水遊びでもするかのごとき風情で躍り込む。王者の乱入に驚いて散り散りに逃げ出す野牛達。
 黒き大河の水飛沫のように野牛を散らせば愉しげに咆哮ひとつ。
 強靭な王者の四肢が更に大地を蹴りつければ、今度は巨人の少年が風になった。
「……っ!!」
 巨大なスカイライガーの背から放り出された宙。
 背から強かに大地に叩きつけられたけれど、
「はは、あはははは!!」
 視界いっぱいに広がる蒼天は突き抜けるほど鮮やかな青。
 気持ちいい。
 何もかもが、腹の底から笑いが湧きあがってとまらないくらいに――気持ちがいい。

●風の挑戦者
「っしゃああ! 風になろうぜべいべー!!」
 熱い気合いを漲らせた泥濘の輪郭・アンブローズ(c00259)はそう叫んだが、暑さで脳がやられたわけではないので心配御無用。何しろ偶々視たエンディングが熱すぎた。
 骸殻荒野ガルシェン近くの荒野。
 崖から足を滑らせたら偶然スカイライガーの背に落ちた、という奇縁に恵まれることになる巨人の少年のエンディングを語れば、その光景に感じた高揚が再びアンブローズの裡で熱を持つ。
 獣の王者ともなれば、突然背中に巨人の少年が落ちてきたとて木の葉が落ちてきたのと変わらぬ瑣末事らしい。勿論気づかぬわけでも重さを感じぬわけでもないだろうが、王者の度量がそれ以上ということだ。
 巨人の少年が背に乗っても『まあどうでもいい』とそのまま構わず王者が大地を駆けるなら、
「俺らが背中に乗っても構わない……そう思わねぇか?」
 自然と口許が刻む笑み。
 荒野を駆けに行こう。
 岩や崖でスカイライガーを待ち伏せその背に乗るのでも、荒野を駆ける獣の王者を追いかけその肢に飛びついて背までよじ登るのでも、何でもいい。巨人ならともかく小さきひとの身では逆風で吹き飛ばされたり巨獣の体躯の躍動で振り落とされたりするだろうが、そのたびに何度でも王者を追ってその肢に取りつきよじ登る。
 荒野を駆け、獣の王者の背に乗り鮮烈な逆風闘風を突き抜け翔け抜けて。
 ただひたすら――王者か此方が飽きるまで。
「アンジュも! アンジュも連れてってー!!」
「もうディノに乗ってんのか! 気が早すぎるだろ!!」
 荒野を突っ走る気満々でディノスピリットへと飛び乗った扉の狩猟者・アンジュ(cn0037)の様子に笑って、皆もどうだと男は改めて仲間を見回した。
 荒野を駆けに行こう。
 獣の王者を追って駆けるのでも、その背に乗って翔けるのでも、感じる風はきっと格別。
 一心になれたなら、己自身が風になれた心地さえするだろう。


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参加者
風になろうぜべいべ・アンブローズ(c00259)
宵菫・ラカ(c01106)
星蝕・ロットバルト(c01303)
妬く呉藍・クラーラ(c01391)
漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)
風を抱く・カラ(c02671)
藍淡・クロッツ(c06522)
蜻蛉・セイイチロウ(c08752)

<リプレイ>

●風の王者
 蒼天を鳥が翔ける。
 乾いた荒野の風越しに蜻蛉・セイイチロウ(c08752)がそれを仰ぎ見た次の瞬間、空一面の視界が巨大な影に遮られた。
 ――ご機嫌よう、荒野の王者。
 空翔ける船をも思わす大翼に風孕み、大地で待つ者たちを悠然たる跳躍で跳び越した獣の王者、スカイライガー。赤茶けた大地を揺るがす着地の震動、巻き上がる砂塵ごと吹きつける風に身も心も揺さぶられれば、男も考えるまでもなく大地を蹴った。
「ディノの足にも負けませんよアンジュさん」
「んじゃ、誰が先に背中に登れるか競争ってことで!」
「そりゃいいね、望むところだよ!」
 丸眼鏡を懐に収めて駆けるセイイチロウの傍らをちびっ子ギャング系狩猟者・アンジュ(cn0037)が金の恐竜で加速すれば、愉しげに牙剥くよう笑った風を抱く・カラ(c02671)は芯から沸き立つ高揚を解き放つ心地で、己が身を原初の獣へと変える。
 視点が獣のそれに変わった瞬間、荒野の彩帯びた黒の雌豹は四肢で大地を蹴りつけた。
 唸りをあげて躍動する巨大な蠍の尾めがけてセイイチロウが跳ぶと同時、大樹のごとく太く逞しく、けれど強靭な撓やかさも持つ獅子とも虎ともつかぬ獣の脚へカラも飛びついていく。
 荒野に聳える巨岩の頂からその光景を見下ろし、星蝕・ロットバルト(c01303)は双眸を薄めた。
 脳裏をよぎるのは赤毛の娘のにやける顔、彼奴のほうが好きそうな催しではあるがと思いつつも、鋼の双眸は獣の王者との距離と機を計る。
 巨岩の頂を吹きぬける風は、重いローブや金属類から解き放たれた藍淡・クロッツ(c06522)にはひときわ自由気侭に感じられた。瞳を細めればふと感じた漆黒ノ竜・リューウェン(c02487)の視線、
「リューウェン、跳ぶのに一番大事なのは好奇心だ」
「そうそう要はイキオイよ!」
「好奇心と勢いに、あとは――勘だ!!」
 彼と瞳を合わせたクロッツが頷いてみせれば軽やかな声を風に乗せた宵菫・ラカ(c01106)が頂を全力疾走、一片も躊躇いなく宙に舞えば、風になろうぜべいべ・アンブローズ(c00259)も一声叫ぶと同時に巨岩から飛び降りる。続けてクロッツも勢いよく宙へ身を躍らせたなら、
「成程、つまりは思いきりというわけだな」
 皆の勢いに乗るよう笑んで、リューウェンも力一杯跳んだ。
 馴染みの薄い地と遊戯、だが荒野を愉しげに駆ける伴侶の姿を思えばロットバルトの口の端にも微かな笑みが刻まれる。あの瞳に映っていたのは、果たしてどのような光景だろう。
「まァ、土産話くらいはやれるかね」
 呟きひとつ、まずは試しとばかりに男もまた巨岩の頂を蹴った。
 聳える高みからの急速落下、くるり回れば流れるラカの視界で空と獣が廻って混ざる。
 降り立った処は巨大な獣のうなじ、王者が駆ける勢いに煽られ転がり込んだ背で身を起こすけど、
「暴れ馬より手強いけれど、そこが素敵よ王様……って、わぁ!?」
「ラカ! ――っと!!」
 硬くも撓やかな背の毛並みを撫でた途端、鮮やかな逆風がラカの身体を攫った。思わず振り返った瞬間、猛烈な風でクロッツも宙に投げ出される。
 流石は王者。
 得心しつつ咄嗟にエアクッションを蹴った空駆けは再び王者の背に舞い戻ったが、
「……王と言われるだけあって、なかなか難しい」
「けど――負けるもんですか」
 綺麗に背を捉えつつも巨体の躍動で足が浮いたロットバルトは落とされた大地で受け身を取って、数と経験かと腹を括って闇夜の上着を脱いだ。
 王者を待ち伏せた大地で強気に笑んだのは妬く呉藍・クラーラ(c01391)、獣が大地を蹴る一瞬に機を合わせ巨大な肢に飛びつくけれど、想像以上に力強い躍動が手を緩ませる。
「おらおらどうした、そんな調子じゃ置いてかれるぞ!」
「難しいわねコンチクショー! 今笑った人! 笑ってる場合じゃないわよ!!」
「どわぁ!?」
 王者の首筋の毛に辛うじて掴まりつつ囃し立てるアンブローズを、落ちた大地からクラーラがきっと睨みつければ、つるり手を滑らせた男も落ちてきた。
「うわーんお父様の腰がー!!」
「腰なんて全然ぶつけてない! 上から誰か降ってきても大丈ぶごぎゃっ!!」
「……悪いなアンズ、肘が入った」
 暁色の叫びに男がそう返すのと同時、人の身に戻ってよじ登った王者の背から転がり落ちたカラの肘が彼を直撃。謝りつつも王者の背から贈られたクロッツのグッジョブにサムズアップは忘れない。
 大きく撓った蠍の尾に跳ね上げられた宙で数回転、威勢良い浮遊感と躍動感に悲鳴とも歓声ともつかぬ声をわひゃあと上げて、セイイチロウは天地を掻き混ぜる視界の中で鮮やかに肘が決まった瞬間を見た。
 風を切って翻った大翼の端を何とか掴み、直撃を受けた人に片合掌。
 轟と耳元で唸る風の奔流に全身を煽られながら、遥か先に見えてきた地の切れ目に笑う。

●風の覇者
 王者の疾駆が巻き上げる砂塵はまるで一瞬の砂嵐。
 勢いよく突き抜ければカラも風の獣になった心地、巨大な王者へじゃれるよう飛びつきよじ登っては落とされて、また駆けては飛びついて。
 雌豹から人に変わって登った王者の背中、その毛並みを確り掴んだリューウェンと猛る逆風の中で笑み交わす。
 よじ登る程度なら高所が苦手な彼女を案ずる必要もなさそうだ、と彼は思ったが、
「けれどカラ殿、この先は下を見ないほうが」
「え。何でさ」
「崖なのだ」
 短く伝えると同時、身体の下で躍動する巨獣の体躯が強く撓やかにたわんだ。
 大地の切れ目の如く広大な崖から、獣の王者が跳躍する。
「行こうよクラーラちゃん! 一緒に!!」
「ええ!!」
 王者を追ってクラーラも跳んだなら、加速から跳躍した金の恐竜の背でアンジュがその手を掬って更なる高みへ連れていった。
 限りない青空、地平まで続く荒野。眼下では巨大な翼を広げ四肢を伸ばした獣の王者がガゼルの群れを跳び越していく。雄大な光景がクラーラの胸を躍らせる。
 ――なんて圧倒的な、世界。
 藍と金の瞳を見交わして笑い合い、金の恐竜が消える直前にその横腹を蹴らせてもらって思いきりダイブすれば、風に抱きすくめられた心地。
 刹那の風の抱擁経て招かれたようにクラーラは、王者の背へ飛び込んだ。けれど一瞬遅れてその傍らに降りた暁色の娘が叩きつけられる逆風に浮く。
 だが、咄嗟に手を伸ばしたラカが彼女のそれをはっしと掴んだ。
「アンジュ! ふぁいとー!!」
「いっぱ……んきゃー!!??」
「大丈、夫!!」
 握り返そうとしたアンジュの手が滑りかけるが、気丈に笑んだラカは渾身の力で娘を引き戻す。
 王者の背で一息ついた暁色が、ラカちゃんかっこいい! と破顔した――次の瞬間。強烈な闘風が二人を吹き飛ばした。
「「きゃああぁぁああっ!?」」
 景気良く吹っ飛ばされつつも心底楽しげな娘達の様子に笑みひとつ。巨大な翼を伝って王者の背に辿りついたセイイチロウは、途端に感じた強い躍動に慌てて身を伏せ、大地が跳ねるようなそれをさらりと受け流した男へ悪戯な笑みを向けた。
「やあ、ロットバルトさんも結構やるじゃないですか」
「まァ、な」
 背を捉えては落ちての繰り返し。
 だが乗馬の嗜みにノソリン騎乗、果ては大蛇に乗った経験まで総動員して掴んだ呼吸が満たした達成感に、ロットバルトは口角を上げる。けれどその爽快さを削ぐ、誰かの視線。
 ――風になるスモモちゃん……!!
 興味津々、熱い眼差しを注ぎつつアンブローズはニヤリと笑って、
「流石に今日は仏頂面も崩れるかい、スモモちゃん」
「……アンブローズ、(視線が)ウルセェ」
「おわっ! 腰蹴るな!!」
 鋭い蹴りを一発もらった。
 荒ぶ闘風を突き抜け屹立する奇岩の間を駆け抜けたなら、その前方には土煙をあげて流れる黒き大河の奔流。野牛の大群を認めれば巨大にして強大なる王者は今まで以上に四肢へ力を込め。
 大きく――飛翔と錯覚するほどに大きく跳躍した。
 雄大な躍動、容易く全身を攫っていきそうな浮遊感に、誰もの顔にも広がる笑み。
 激しく強かに真っ向から吹きつけてくる風はまるで、天地の狭間を駆けて翔ける、靭き生命溢るる世界の息吹。幾人かが吹き飛ばされ、落ちた途端に跳ね起きて駆けだして。
 ――ああ。皆、風になっている。
 軽やかな麻の袖振れば今にも飛べそうな誘惑をこらえ、セイイチロウは全身全霊で王者の躍動と世界の息吹を呼吸も忘れて享けとめた。ふと笑みが零れた刹那、彼も風に攫われる。
 愉しげに王者が躍り込んだ途端、野牛達が散り散りに逃げ出した。
 空に放り出されたセイイチロウの落下地点は地響きを立てて逃げ惑う獣達の真っ只中、間一髪で宙返りを打った男は野牛の背を蹴り、黒き背から背へ古の武芸者思わす八艘跳び。
「楽しんでますよ! ますよ!!」
「……楽しいなら助けは野暮か」
「待ってロープ放棄しないでクロッツさん!!」
 必至の形相ながらも彼がそう叫ぶから、王者の背でクロッツは、生み出した魔法のロープを手放し翔け去る風に躍らせた。けれど思わずセイイチロウが涙目になった瞬間、
「やぁ、楽しそうなとこ邪魔するよ」
 黒き大河を馳せ来た雌豹がその牙で彼の襟元を引っかける。
 原初の獣に変じても、翠の瞳を悪戯に煌かす存在は――カラそのもの。
「わたし飛びすぎ! そしてカラは素敵すぎ!!」
「お見事!!」
 またも逆風に飛ばされた宙で空と風に抱かれて舞いながら、ラカは逆さになった視界に映った魔獣の妙技に拍手喝采。王者の背から賞賛贈ったリューウェンも、ぶらり仔猫のポーズなセイイチロウに相好崩した拍子に闘風で煽られる。
 鮮烈な浮遊感の後に訪れる落下、けれど腹の底から突き上げてくるような楽しさに、彼は思いきり声をあげて笑った。
 投げ出された空での風の抱擁は刹那の永遠、気づけば転がっていた大地でクラーラが呆けたのも一瞬のこと。泉のごとく湧き溢れる高揚が広げた四肢の指先まで満ちれば彼女も存分に笑って、
「さあ、王者の背にひっつきむしリベンジよ!!」
 勢いよく跳ね起きて駆けだす世界。
 駆けて駆けて手を伸ばす。
 その先に何があろうと――怖くない。

●風の勝者
 力強い獣の躍動に僅か身体が浮けば、猛る逆風がクロッツとラカを王者の背から攫った。
 抗えぬ浮遊感にくるまれるこの瞬間がいっとう風を感じさせてくれるから、大翼の端を掴み損ねてもラカの笑みは咲いたまま。手玉に取られるのも楽しいもの、王者に取りつき損ねた腕だって。
「ほら、空を抱いているの!」
「ああ、ほんとだ」
 翻った視界に映った白い腕、そしてひときわ眩い空の青がクロッツにも柔い笑みを燈した。大人しく背中から大地に叩きつけられれば、見上げる視界は涯てなき空の青一色。
 これは確かに気持ちがいい、思わず呟いた言葉と洩れる笑い声。何もかも全てが清々しい心地で彼は胸いっぱいに風を満たす。
 ――なんて好い風日和だろう。
「まだまだ!」
「当然だね!」
 着地の衝撃を膝で殺し、屈めたそれをばねに駆け出すラカ。
 菫の瞳と眼差し重なれば互いに溢れる笑い声、めいっぱい笑ったついでに一声吼え、カラは獣の四肢で跳躍した。もう駆けるのが楽しいのか王者の背で感じる風が気持ちいいのか落とされるのが愉快なのか判らない。
 けれど――きっと、全部だ。
 辿りついた背中で感じる雄大な強風。カラを酔わせたそれがロットバルトの手元を狂わせる。
 久々に落ちた大地の、そして身体が土に塗れる感覚は、暫く離れていた戦場を思い起こさせたが、胸裡に湧くものは戦いのそれとは違う何か。
 鋭く大地を蹴って、再び王者の背を目指す。
 巨獣の背に己が身を運び上げれば逆側から辿りついたロットバルトと瞳が合って、リューウェンは彼と微かな笑みを交わした。彼らが、そして仲間の誰もが楽しげな様子を見遣ればアンブローズの顔には満面の笑み。
「何処まで駆けられるだろうな?」
「そりゃいけるところまでだろ、リューウェン!」
 強い金色帯び始めた陽射しに紅の瞳細める仲間にそう応え、風の先までも連れていってくれそうな王者の躍動に身を任せる。
 途端、強大なそれに跳ね上げられたけれど、振り落とされた地面を削り砂礫を散らす風になれた気分で悪くない。楽しげな笑み湛えた口から気勢を吐くより先に、アンブローズは王者の足をめがけて大地を蹴った。
 落ちては登って吹きつける風に笑い、仲間の笑みに釣られてまた笑う。
 何度もそれを楽しみ、やがて空に茜やオレンジの光の波が寄せる頃。
「擦り傷の数だけ風になれたな」
「ええ、なれましたね……!」
 熱く輝く夕陽を悠然と目指す王者を名残惜しく見送ったクロッツが言葉を生んだなら、あいたたたとあちこち擦りながら眼鏡をかけたセイイチロウも笑みに言葉を乗せた。
 知らない世界へ、美しい世界へ。
 風に攫われて見たものは、このうえなく愛おしい世界。
 新しく触れるたびに愛おしさを覚えるのは、きっと傍らの人のせいだから。
「――おはよう」
「おはよう、クラーラちゃん」
 瞳を合わせた途端とびきり幸せそうに笑う暁色と密やかに言葉交わし、面映ゆい心地でクラーラもふわり笑みを咲かせた。
 ――眠っていたわけではないけれど、夢から覚めたらこう言うでしょう?
 大地にどっかり身体を投げ出したまま、アンブローズが拳を突き上げる。
「楽しかったな!」
「ああ、楽しかったねぇ」
「ええ、楽しかったですねえ」
 心からそう応えて笑うカラとセイイチロウを皮切りに次々と重なる同意の声。四方から突き出されて来た幾つもの拳を軽くぶつけ合ったなら、クロッツの腹の虫が目を覚ました。
「帰ったら何処かに食べに……」
「けどみんなボロボロだよ!」
「では、行くのではなく何か作るとしようか」
 言いかけたリューウェンに、己も含め土埃まみれな皆をはたいて回るラカから返る笑みの声。私もおなかすいたわとクラーラが呟けば、顔を見合わせた彼女とリューウェンの胸裡にいつかの秘密のまじない歌が甦る。
 ペンネフジッリコンキリエ――。
「パスタは如何だろうか?」
「ええ、とっておきをお願い」
「勿論みんなに振舞ってくれるんだよな!?」
 悪戯っぽく笑み交わす二人の言葉にアンブローズが跳ね起きた。巻き上がった土埃を払いつつ、パスタ賛成と笑ってカラは何気なくめぐらせた瞳に映った姿に目元を和ませる。
「ロットバルトの瀟洒さも今日は形無しだね」
 戦いから離れた身には久しい肉体疲労、しかし周りに疲労感を見せぬよう体裁を保とうとしていた男は、癒しにふかっとヒュプノスを抱え、そうかね、と短く応じた。
 この疲労も帰りを待つ伴侶への土産話に、と思えばその姿が恋しくなったが、ロットバルト殿も是非ご一緒にと今宵のシェフに招かれたなら、
「まァ、馳走までは付き合ってやっても良いかね……」
 彼の口から微かに笑みが洩れ、その様にクラーラも眦緩めて笑みを燈す。

 ――こうして皆と記憶を重ねていけることが、とても幸せ。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2015/08/29
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