ステータス画面

≪璃乃香≫百年の魔法 夢の涯ての、その先へ

<オープニング>

●百年の魔法
 愛おしさも幸せも溢れてしまいそうで、胸詰まるような幸福感に涙も溢れそうになる。
 遠のく夏の気配がさみしくて、滲む黄昏の向こうがせつなくて。
 沁みるさみしさせつなさが悲しくて、どうしていいかわからなかったひととせ前。
 ――まためぐりきた夏をこんな風に過ごせるなんて。
 あの時には欠片も想像できなかった。
 万感の想いが胸に満ちて溢れる心地で、陽凰姫・ゼルディア(c07051)はそっと瞳を瞑る。
 ゆうるり手を伸ばせば、すぐ傍で優しく笑む気配。
 言葉で願うまでもなく奏燿花・ルィン(c01263)のあたたかな手が己の手を掬ってくれたから、瞳の奥に新たな、そして優しい熱が生まれた。
 ――逢えない遠くにいかないでね。
「約束、守ってくれてありがとう」
「約束もあるけど、何より俺がゼルディアの傍にいたいからでもあるんだぜ?」
 翠の瞳を瞬き、ゼルディアはすぐ傍で微笑む、世界で一番大切なひとを見上げた。
 優しく心へ触れてくれる彼の言葉が、心が、とても好き。
 未だ識らない唄を、閉じた門の先を望む旅へ、一緒に行こうと言ってくれたひと。
 ね、と咲き初めの笑みでゼルディアは、柔らかにルィンの手を握り返して語る。
「今年も夏の終わりの蒼い月光の降る夜にね、夏の宮殿がひっそり開放されるのが視えたの」
 夏の宮殿。
 それは夏空の街でひっそり眠る、かつては大貴族の別荘であったという館の名だ。
 普段は閉ざされているけれど、夏の終わりの深夜にこの宮殿が開放されることがある。街の中にひっそり隠された楽園みたいなところ。壮麗な漆喰彫刻の柱が作るアーチや艶めくモザイクタイル、明るいターコイズブルーに煌く水の流れに彩られたその地を二人は識っている。
 望めばきっと、百年でも迷っていられる。
 そんな心地さえしてしまう、夢の現の境を蕩かす迷宮めいた館。
 天蓋付き寝台の傍らに小さな淡桃色の睡蓮が咲く泉のある部屋、優美なナツメヤシの木陰に籐の長椅子を置いたパティオ、その更なる奥を、二人は識っている。
 街で見つけたエンディングで知った、今夏あの楽園が開放される日付を囁いて、
 ――旅に出る前に、もう一度魔法にかかりにいかない?
 あの夏の百年の魔法の息吹を識るひとへ、ゼルディアはそう願った。

 醒めない夢をみているような今だけど。
 一緒に世界をめぐる旅に出るのにこの街ほど素敵な街はないと思うから――。
 ここから、始めたいの。

●百年の魔法 夢の涯ての、その先へ
 世界をめぐる旅。
 だから勿論、これまでに縁を結べた地への再訪もあるわけで。
 屋根裏で生まれる森梟と触れあう機会は捨てがたかったから、ずっと貯めてきたダルクは時の栞の借り住まいの纏まった家賃として大家さんに渡してきたの、と語れば。
「もし良ければアンジュ時々お掃除とかしにいくよ! いくよ!!」
「いいの……!?」
 ずっと借りておくんだね、と嬉しげに笑った夏空の狩猟者・アンジュ(cn0037)の言葉に瞳を瞠って、ゼルディアは破顔した。そう。ひととの縁だってこれからも続くもの。
「あのねゼルディアちゃんとルィンさんに改めておめでとう! ずっと傍にいてあげてね」
「おう、言われるまでもねぇさ。ありがとな」
「んでね泣かせちゃダメだよ泣かせたらだんでーがルィンさんの前に立ち塞がりにいく!」
「そっちも心配無用だぜ、けど万一の時は受けて立つさ」
 暁色の娘の真っ向からの言葉にかんらかんらとルィンは笑って、感動の涙とか嬉し泣きとか、そういうのは除外してやれと砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)が突っ込む様にまた笑う。
「嬉し泣きさせるほうがルィンは得意な気がするんだよな。 ――だろ?」
「なっ……! …………ハイ、私もそんな気がシマス…………」
 さらっと水を向けられれば途端にゼルディアは耳まで薔薇色。
 ――確かにルィン君てば私を嬉しがらせるのも甘やかすのも上手いけど……!!
 語尾が食え入りそうな答えに愉しげに笑って、ナルセインは言を継いだ。
「俺からもおめでとう、ルィン、ゼルディア。二人の顔見て言えるのが堪らなく嬉しいね」
「おう、ナルセインもありがとな。そういや逢うのもしばらくぶりか」
「だよな。――けど、なんでだろな。あんまり久しぶりって気もしない」
「奇遇だな、俺もだぜ」
 何処か眩しげに瞳を細める悪友の祝辞にルィンは眦緩め、続いた言葉に弾けるように笑い合う。
 楽しい笑い声の絶えない、幸せなひととき。

 旅立つ前のひとときも愛おしくてしあわせだから、大切に、大切にすごそう。
 朝に窓を開けば夏空の青を湛えた湖からの風を存分に楽しめるコテージでゆっくり朝寝坊をして、起きたら美味しいブランチを楽しんで。
 午後のお茶ものんびりしたいな、アンジュさんやナルセイン君とおしゃべりもしたいかも。そうして、うっとりするような菫色の宵がくれば宵の市でお買い物デートもきっと素敵。
 大切に、大切にすごして、蒼い月光が降る夜が訪れたなら。
 ――もう一度、魔法にかかりに行きましょう?
 夢の中で咲き、そして夢から醒めても美しく咲く。
 そんな花のように笑んで、ゼルディアはルィンと手を重ねた。
 夢に迷った涯てで手にした、幸せな現。
 もう一度それを確かめるようにすごして迎える――旅立ちのとき。


マスターからのコメントを見る
参加者
奏燿花・ルィン(c01263)
陽凰姫・ゼルディア(c07051)

<リプレイ>

●百年の魔法 ラーラマーレ・リデンテ
 朝の幸せを迎え入れるよう開かれた窓の彼方、夏空の青を湛えた湖に光の雫が煌き踊る。
 眩い朝の光と共に窓辺のレースを踊らせる涼やかな風、光と湖の匂いにオレンジの香りが混じる、夏空の街ラーラマーレならではの風に誘われ、陽凰姫・ゼルディア(c07051)は眠りの波間にふわりと浮かびあがった。
 昨夜から開けたままの窓を見れば、頬も眦も柔らかに緩む。
 ――きっと初めから、私の鳥籠もこんな風に開いていたのよね。
 ふふ、と吐息の笑みを洩らして傍らに瞳を向ければ、優しい夜を思わす奏燿花・ルィン(c01263)の瞳と間近で目が合った。
 途端に彼女の目元に薔薇色が差す様に愛おしげに瞳を細めて、その存在を確かめるよう掌で頬を包み込んだルィンは、おはよう、と紡ぎかけた歌姫の唇に親指で触れる。
 二人で迎える朝がこんなにも幸せだから、
「な、おはようはもう少し後にしねぇか?」
「――うん。今はもう少し……このままで」
 離れがたい互いの温もりに融け込んで、もう少し夏の終わりの陽が高く昇るまで。
 世界で一番鮮やかな夏空の天頂近くまで陽が昇る頃には、その恵みをたっぷり受けたオレンジを氷いっぱいの硝子杯にぎゅうっと搾り、差し向かいでブランチを。
 夏野菜と魚介たっぷりのスープはサフランとトマトで煮込まれた鮮やかな夏の黄昏色、スープがめいっぱい染みた白身魚の揚げ団子を頬張れば、
「白身魚の甘味と旨味たっぷりのスープがじゅわっと溢れてきて、もうね、もうね……!」
「うわああんそのレシピ教えてゼルディアちゃんー!」
「そうそう、ガーリック塗って焼いたバゲットをスープに浸して食うのも絶品だったぜ」
「ルィンのそれ分かる分かる、そういうの止まらなくなるんだよな」
 午後のお茶に招いた友人達に自慢したくなるほど幸せな美味。
 食後に籐の寝椅子で二人うつらうつらとするのも幸せだったけれど、小さなコテージが友人達との賑やかな語らいで満ちるのも幸せなひとときだ。
 振舞うのはオレンジ香るアイスティーに、夏蜜柑のウィークエンドシトロン。愛おしいこのひとときを一緒に楽しむために焼いた菓子を切り分けて、
「あのね、時の栞の家の鍵、アンジュさんに預かってほしいの」
「うん、大切に預からせてね。ちゃんとおうちのお掃除もしとくよ! しとくよ!」
 今があるのはいっぱい助けてもらって背中を押してもらったから、と切り分けたケーキと一緒に鍵を差し出せば、三つ瞬いた夏空の狩猟者・アンジュ(cn0037)が、また逢えるね、と嬉しげな笑み燈し、受け取った鍵をそっと掌に握り込んだ。
「んでねゼルディアちゃん達が帰って来る時はゆずすふれ用意して待ってるから!」
「……! 帰る! ちゃんと絶対飛んで帰るんだからー!!」
 柑橘娘達の笑みが弾ける様に男達も笑って、夏の宝石めいたウィークエンドシトロンを口へ運ぶ。菓子を彩る砂糖の雪解けみたいなグラス・オ・シトロンからもその下のバターケーキからも溢れ来る甘酸っぱい夏蜜柑の香りと風味がこのうえなくゼルディアらしくて、自然と笑みを深めながらルィンは砂鷲の魔想紋章士・ナルセイン(cn0172)と笑い合った。
「ナルセインの持ってくる終焉に何度一緒に行ったんだろうな」
「色々行ったよな、天幕酒場やら霧の古城やら、そしてルィンがレッサーデモンを誘」
「おっとその先は禁句だぜ」
 余計なことを言いかけた悪友の口をばふっとクッションで塞げば、たちまち弾ける互いの笑声。
「でもさ、それはずっと変わらねぇ気がするのな」
「だな。俺も変わらない気がする。再会が数ヶ月先でも、数年先でも、きっと」
 次に逢うのがいつであろうとも、まるで昨日別れたばかりのように屈託なく笑い合い、視えた終焉を語って、それが理不尽な悲劇であれば共に砕きにいくのだろう。
「そういやアンジュ、いつから俺らが恋人同士にならないんだろうって思ったんだ?」
「実はねズバリ二人が百年の魔法にかかりに来た時からだよ! からだよ!」
 ふとルィンが訊ねれば、ゼルディアと菓子の食べさせあいっこをしていたアンジュが破顔する。実はあの夜が初めて二人で出掛けた日だと明かせば『そうなの!?』と思いきり驚かれた。
 二人が二人でいるのがすごく自然に見えて、いつか恋人になるんだろうなって、何の疑問もなくそう思ってた――。
 なんてアンジュの言葉に、ゼルディアは擽ったい心地で笑みを零す。
 あの頃の彼への気持ちは『頼れる皆の旅団長さん』だったから、本当に不思議。
「秘密の箱舟での話もね、流石商人さんは作り話が上手ねって笑ってたのに……」
「いや、白状すると俺も二人はいずれそうなるだろうなって思って語ってたんたぜ?」
 籠の鳥のごとき歌姫を磊落な剣士が外の世界へ連れ出す話。
 剣士が歌姫に求婚するくだりでナルセインが締めくくったあの夜の作り話は、しっかり現実のものとなったのだ。
「ところでルィンさんには遺跡にいたっていう綺麗なキノコについてお伺いしたく!」
「そうなのアンジュさんがマジックマッシュちゃんに妬くの良く解った! ルィン君ったらその遺跡でね」
「おう、キノコ達にはばっちり嫁さんのこと惚気てきたぜ。そういやナルセインの祝い事はいつだ?」
 だんでーな鼻眼鏡と某報告書を手にしたアンジュの詰問をルィンはかんらかんらと何時ものように笑って受けて立ち、華麗に話をそらせばナルセインが爆笑した。
 近いうちに、とさらりと言ってのける大事な悪友へ、ルィンは感謝を込めて笑み返す。
「その時にはちゃんと呼んでくれよな」
「勿論。ルィンやゼルディアがいなきゃ始まらない。――彼女もそう思ってるさ」
 楽しい会話は尽きなくて、愉しい笑い声も絶えなくて。
 なのに、このひとときには限りがあることが切なくてたまらない。
 気の利いた言葉が思い浮かばないのが歯がゆくて、けれどゼルディアは一番大切なことはしっかり口にした。
「あのね、ずっとたくさんありがとう」
 こっちの台詞だ、と眦緩めたナルセインにぽふっと頭を撫でられる。
 泣きそうな顔で笑ったアンジュにはぎゅうっと抱きしめられた。
「ずっとずっと大好きだよ。――また逢おうね」
 再会はきっと、それほど遠い日のことではないはずだ。

●百年の魔法 ラーラマーレ・セラータ
 ――幸せになってくれ。
 ――もっともっと幸せになってね!
 そう願ってくれた友人達を名残惜しく見送った夏の黄昏。
 眩くも心地好い気だるさを抱くそれを越えれば、夏空の街ラーラマーレには甘やかな菫と薔薇色に蕩ける宵が訪れた。
 世界が菫のリキュールに溺れるような宵、蜂蜜酒にオレンジの滴落としたような色合いのあかりが街に燈れば、白い街並みがほんのり甘いローズピンクに染まる。
「不思議よね、この服すごく解放感があるの」
「ほんとだよな。風通しがいいからか……極上の着心地だ」
 肌の上を流れるようなカフタンドレス、陽の名残と夜の涼しさ融け合う宵風がゆったりと生地を通り抜け、金の髪を遊ばせていく様にゼルディアが陶然と瞳を緩めれば、柔らかなカフタンの心地好さと宵風がくせっ毛を撫ぜていく感触に、ルィンも上機嫌で瞳を細めた。
 月光めく真珠色から淡い薔薇色へと色づくゼルディアのカフタンドレスが宵の街を映したものなら、同じ真珠色から深い菫の宵色に色づくルィンのカフタンは宵そのものを映したよう。
 うなじから鎖骨にかけ、そして、中指から手首にかけてを彩る夕陽色のメヘンディは、南国の鳥の羽模様。羽飾る手を繋ぎ合えば宵空へも羽ばたける気がして、二人は自然と微笑み合った。
 ――きっと初めから開いていた鳥籠。けれど外に出る勇気はなかったのに。
「いつの間にか籠の外にも大切なものがたくさん……大変、何て幸せなことなのかしら」
「大切なものも幸せもまだまだ増えるさ。一緒に見つけていこうな」
 絡め合う眼差しも甘く融け合う、幸せ。
 真珠色にビーズの花咲くバブーシュの歩みのまま、明るい金色煌く黄銅細工に薔薇水や橙花水、華やかな茉莉花やイランイラン香る量り売りのソープと様々な彩り溢れる宵の市を通り抜け、夏空の街の奥の奥、二人で秘密のサロンへ潜り込む。
 甘い煙を薫らす水煙草、華やかな金彩が美しい翠硝子を彩るそれを迷わず選び、ルィンが味わうフレーバーはチョコレートブランデー。
 心酔わせるショコラの風味は秘密の箱舟の夜を思わせる甘やかな夢。けれど、
「ルィン君、水煙草が魅せてくれる夢はいかが?」
「なかなかだぜ。……けれど」
 ――ゼルディアと一緒に溺れる夢のほうがいい。
 葡萄酒のグラスふたつを手に戻ってきた彼女を抱き寄せれば、ルィンの腕の中で彼だけの歌姫がさえずるようにくすくすと笑う。
 ひつとひとつ手に取るグラスに揺れるワインはこのうえなく淡い淡い薔薇の色。けれど、
「二人きりの時間に、乾杯」
「お互い独り占めの時間に――乾杯」
 澄んだ音を鳴らせば、硝子の杯に踊ったワインがあえかな灰色に煌いた。
 程良く冷えているはずなのに、喉の奥へ落とせば身体の芯に燈る、甘い熱。
 誰よりも傍で秘めやかに笑み交わし、互いの耳に触れ合って、そっと嵌め合うのは先程宵の市で買い求めたイヤーカフ。一目でゼルディアが心奪われ、彼女が迷うよりも先にルィンがダルクと引き換えたそれは金色の鳥の意匠、比翼のそれを片割れずつ分け合って。
 互いの薬指に煌く指輪も勿論大切だけれど、
「剣士さんはいつも着けてられないかもしれないから、もうひとつ揃いの印が欲しくて」
「いいぜ。ずっと一緒に着けてような」
 貴方が私のである印。
 彼女のそんな独占欲が愛しくて深まる笑み。同じ欲なら彼の中にだってある。
 比翼の鳥となり、世界の何処までも二人で羽ばたいていこう。

●百年の魔法 ラーラマーレ・アンマリアーレ
 深い瑠璃と紺青融け合う夜闇に溺れて、夏空の街が眠る。
 夜空には皓々と輝く白い月、限りなく淡い青藤色に透ける月光に導かれ、街中にひっそり隠された楽園めいた夏の宮殿に辿りつく。
 壮麗な漆喰彫刻の柱、色鮮やかなモザイクタイル、涼やかに噴き上がる噴水からはじまる明るい水色に光輝く流れを追い、巨大な鳥の羽根めく葉影を落とすナツメヤシ茂るパティオを抜けて。
 繰り返す幾何学模様と夢の波の涯て、鮮麗な珊瑚色の花の許へと至る。
 燈火のあかり揺れる絨毯と柔らかなクッションにゆったりと身を委ねれば、あの夏の魔法が暖かな光の波となって寄せ来るよう。けれどあの夏夜と同じく梢を揺らした夜風が、二人の間を吹き抜けていくことはない。
 熱くて苦くて、蕩けるほど甘いミントティー。
 異国情緒薫る吐息も身体に燈る熱も融け合うような、それが今の二人の距離。
「暖簾に腕押しだなと思った時には、もう既にゼルディアに落ちてたのかもしれねぇな」
「暖簾って……っていうか、何時から腕押ししてたの?」
 抱き寄せられたゼルディアの膝でルィンが目元を和ませる。柔らかなくせっ毛を梳く彼女の指先も、こめかみやつむじに唇が触れる感触も甘くて、心まで甘い光に融けていくかのよう。
 気がつけば落ちていて、芯まで溺れて。
 ――なんでだろうな、でもそれでいいって思える。
 眩さを愛しむように笑って、柔く持ちあげた腕でさらり金の髪揺らす頭を抱き寄せる。
「俺のお姫様」
「――……!」
 甘く唇を重ね、味見、と囁けば、ゼルディアの頬が一気に薔薇色に染まった。
 真っ赤になった頬も美味しそう、なんて頬にも口づけられれば甘い熱が爪先にまで広がるようで、眩い幸福に溺れる心地できゅっとゼルディアは目を瞑る。
 眼裏に強い光が射せば、胸にカナルグラスの黄昏が甦った。
「あの時、貴方の優しさのままに甘えたら、一人で立てなくなると思ったの」
 けれど、不安を拭いさられる程に貴方に溺れて。
 ――もう引き返せない。
「一人じゃねぇさ」
 掌で頬を包めばゼルディアの目蓋が開いた。覗き込んだ翠玉の瞳の奥に揺れる不安がルィンには確かに感じられたけれど、それをも愛しく包み込む想いで穏やかに笑ってみせる。
 憂いのすべてをすぐに拭いされないなら、ゆっくりと時間をかけて。
 頬から耳へと伝った手で比翼の鳥に触れる。
 互いの薬指に対の指輪きらめく手を重ねる。
 ――離れない。
「ずっと俺の隣にいてくれ」
 願いと共に再び口づければ、ゼルディアが微かに身を震わせた。
「離さないで、そばにいて」
 貴方の腕の中は私だけのものにして――。
 吐息で紡がれた願いを叶えるべく、広げた腕の中に彼女を迎え入れる。抱きしめたままクッションの波間にぽふりと沈み、その感触に二人で笑えば、ゼルディアの強張りが柔らかに融けた。
「あのね、貴方に触れるのが好き。温もりが一緒になるのがとても幸せ」
「俺だって幸せなんだぜ。こうやって二人で幸せ作っていこうな」
 温もりも心も融け合う心地で、もう一度唇を重ね合う。
 そっと離れた唇は、どちらからともなく同じ言の葉を紡いだ。
 ――愛してる。

 魔法が解けても解けなくても、貴方とならどんな場所も越えていける。
 優しい光が揺蕩うのにも似た微睡みへとゆるゆる漂いだしながら、ゼルディアが夢心地で囁けば、柔らかにその背を撫でていたルィンが吐息の笑みで囁き返す。
 これから長い長い時間をかけて魔法を掛けるのさ。
 ――百年経っても、解けない魔法を。

 蒼い月光が明け初める空に消え、群青に透きとおる黎明の彼方から陽の光が射した。
 瑠璃の夜闇で淡い勿忘草色に色づいていたラーラマーレの街並みも、朝の陽射しを受け眩い白に輝き始める。光の雫跳ねる湖は夏空の青、振り仰げば頭上にも、眩いほどに鮮やかな夏空の青が広がっていた。
 始めるのにはいい朝だ。
 世界の眩さに瞳を細め、二人はちょっぴり増えた旅の荷を手に取った。
 増えたのは昨日『消耗品だから使い潰しちゃってね! 次逢った時にまた贈らせて!』とアンジュが持ってきた彼女手織りのワッフル織りのリネンタオル。そして、『美味かったから分けてもらってきた。日持ちもするしな』とナルセインが差し入れたオリーブグラッセ。誰が作ったものかは訊くまでもない。
 顔を見合わせれば幸せ溢れるように、互いに自然と笑みが零れてくる。
「いっぱい色んなトコめぐろうな。ずっと一緒に」
「まだ行ったことの無い土地も、縁があった土地へも、ルィン君の故郷にも行こうね」
 差し出したルィンの手にも、その手をきゅっと握り返すゼルディアの手にも、夕陽色した南国の鳥の羽根模様が夢の名残のように息づいていた。
 荒野を染める夕陽のようなメヘンディは、十日あまりをかけてゆっくりと消えていく。
 夢が醒めるように消える頃には、二人での旅暮らしも身に馴染んでいるだろう。
 そして、百年経っても解けない魔法は。
 二人一緒に、世界の何処までも――夢の涯ての、その先までも連れていく。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:2人
作成日:2015/09/14
  • 得票数:
  • ロマンティック5 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。