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蝶の渡り

<オープニング>

●蝶の渡り
 暁の目覚めを待つばかりの空に吹く風は、深い森の奥に湧く泉のように冷涼で、清しい甘さを微かに孕んでいた。
 深く澄み渡る風が戯れのように撫でるのは、天を恋うように差し伸べられた巨大樹の枝の先。
 常磐の緑葉に包まれた梢には、明け初めの空にも似た柔らかに霞む桔梗色の花が咲き群れて、梢をさざめかせる風にひらりひらりとそよぐ。花にしては軽やかすぎると目を凝らしてみれば、咲く花と見えたのは仄かな光を抱くように霞む桔梗色の翅をそなえた蝶の群れ。
 秋を迎え遥か南を目指す蝶達は、旅立ち前の一夜を巨大樹の梢ですごす。
 街の大きな通りほどの幅がある巨大樹の枝に集い、旅立ちを控えた蝶達を見守るのは、巨大樹の周りに集落を構えるカルナラの村人達だ。蝶達が翅を休める梢よりも幹に近い側で、村人達は蝶が旅立つ瞬間を待っている。
 森の果樹に畑の作物、カルナラの村を支えるこれらの受粉を助けてきたのがこの蝶達。
 だから村人達は感謝をこめて、遥か南を目指す渡りの旅へと蝶達を送りだす。
 濃藍に桔梗をかさねた夜の色は空の涯てに萌しはじめた曙光を受けて、澄んだ湖を思わす淡青に透きとおっていく。刷毛で軽くひと塗りしたような薄雲は白花の色を抱いて流れ、泣きたくなるほどに切ない薄紅の色に染まる。――春に咲き溢れる花の、花霞のような。
 薄紅に甘やかな杏の色が滲み、やがて雲の端が眩い金の光で縁取られる。
 空の涯てからひときわ鮮やかな光条が射しこめた、瞬間。
 ふわり、と桔梗色の翅が羽ばたいた。
 ――ありがとう。行ってらっしゃい、気をつけて。
 ――きっとまた、春にはここに戻っておいで。
 薄紅に杏に咲き初める桃花の色。花の色で彩られた暁の空に桔梗色の蝶達が飛び立っていく。
 柔らかに霞む桔梗の色が空に美しい流れを描きだす。カルナラの村人達が祈るような想いでそれを見守っていると、頭上の枝が不意にがさりと音を立てた。
 振り仰いだ彼らの瞳に映ったのは、ひとの背丈ほどの大きさを持ったカマキリ達。
 村人達の瞳には捉えられぬ仮面を得た蟲達は、感情の窺えぬ眼で獲物を捉え、鋭い鎌を振りあげ躊躇うことなく村人達へと襲いかかった。

●さきぶれ
 樹上のツリーハウス達を繋ぐ吊り橋から身を乗りだすようにして、扇の狩猟者・アンジュ(cn0037)が天を突くようにそびえたつ巨大樹のひとつを指し示す。
「あそこ。あの巨大樹にね、カマキリのマスカレイドが現れるの」
 金の瞳に意志の光を湛えた狩猟者の娘が語るのは、この先に訪れる暁の終焉だ。
 どうかお願い、力を貸してと彼女は同胞達の手を求める。
「向こうも狩人、相手にとって不足はないの。彼らがカルナラの村人達を狩る前に――アンジュ達で、仮面のカマキリ達を狩りに行こう?」
 暁を血で染める終焉を断ち切り、村人達が渡りへ旅立つ蝶達を何事もなく見送ることができるよう。

 夜明け頃に巨大樹の枝に現れるカマキリ達が何処からやってくるのかはわからない。
 判っているのは漠然とした方向のみ。
 恐らくは、エンディングで視た枝よりももっと上からやってくるのだろうということだけだ。
「だからねアンジュ達は蝶達が翅を休めている枝の上……視えたエンディングでカマキリ達が現れた枝で相手を待ち構えるべきだと思うの」
 仮面の蟲達が村人を襲うよりも前に、確実に彼らを捕捉できる場所はそこだけだ。
 遥か昔からずっとこの時期には必ず蝶達の旅立ちを見送ってきたのだというエルフ達に来るなとは言えないし、たとえ村人達を足止めできたとしても、蝶のいる枝へカマキリが降り立ったなら、彼らは蝶達をも狙うだろう。自分達が待ち構えることになる枝が最終防衛ラインだとアンジュは語った。
「万が一にも絶対下には落とせないの。だから上からやってくるカマキリ達が見えたらね、も、速攻で仕掛けて上に上に追いやりながら倒したいのね」
 不意打ちを喰らえばカマキリ達も反射的に退くはずだとアンジュは言う。そこに畳みかければ蟲達は更に上へ上へと逃れるだろう。だが彼らも棘にもたらされた殺戮衝動には抗えない。不意打ちの衝撃から立ち直れば反撃に出るだろうが、それは巨大樹の上方であればあるほど望ましい。
「アンジュ達が待ち構える枝より上はね、ちょっとした通りくらいの幅がある枝が密に茂ってるの。少し隙間がある階段を駆け上がってくみたいな感覚で上に登っていけると思う。カマキリ達もね、跳躍はできても翅で飛ぶのはできなくなっちゃってるみたいだから、アンジュ達と条件は同じ」
 敵は群れのリーダーと思しきひときわ大きな個体と、それに従う個体が4体。
 いずれも大鎌のアビリティに似た力を持ち、リーダーは更にデモニスタに似た力を持つという。
「大人の男のひとくらいかな、結構大きな敵だし数も少ないとは言えないよね。不意打ちをかければ向こうは多少なりともバラバラになると思うし、巨大樹の枝と枝を駆け回る戦いになるはずだから……こっちも陣形を保ったままってのは無理な気がするの」
 全員の戦況を一瞬で把握するのは難しい。味方の癒しが間に合わないという事態も十分ありうる。
 それなりに経験を積んだひとでないとキツいかも、と彼女は続けた。
「もし他にも手が空いてそうなひとを見つけられたら、カマキリ達が下に降りてこないよう援護射撃をお願いしてみるね」
 駆け回ってカマキリを倒して、そして蝶達の旅立ちを見られればいいよね。
 ふと瞳を緩めたアンジュがそう紡ぐ。
 花の色差す暁の空を、遥か南を目指して渡りゆく蝶の群れ。
 清冽な光の匂いが微かに入り混じる澄んだ朝の大気を胸に満たし、旅立ちを見送れたなら、きっと言葉にできない何かが心にも満ちるだろうから。
「あのね、蝶達の渡りを見送れたなら、また逢おうね」
 再び逢えた時には瞳に映った旅立ちを、心に満ちた何かを語り合えればいい。
 暁の空に描かれる柔らかな桔梗色の流れが、胸に萌した何かが。
 ――幻ではないと、確かめたいと思うから。


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参加者
アンブルーム・アリア(c00236)
空の宅急便・カナタ(c01429)
非花・アド(c01837)
スカイランサー・レティシア(c01915)
茉莉銀針・リィェン(c04345)
勿忘草・ヴリーズィ(c10269)
皚牙・オルテア(c11837)
汎愛の詩・ティトリリア(c12769)
蜜契・エミリア(c12784)

NPC:扇の狩猟者・アンジュ(cn0037)

<リプレイ>

●暁の狩り
 眠りの底から浮かびあがるようにして、闇色の空は深い群青色に透きとおっていく。
 空の涯てには菫色に霞む淡い光の層が覗く。深山の湧水を連想させる清澄な風が空を渡り、深い樹の香を抱く巨大樹の梢を撫でて吹き抜けた。街の大きな通りほどもある巨大樹の枝で息を潜める狩人達の間にあるのは、鏡を思わす湖面のごとく張りつめた緊張感。ひらり舞い降りた一葉が波紋を生めば――張りつめたそれはまるで水柱があがるようにして爆ぜた。
「行きまショウ! 狩りの始まりデス!!」
 振り仰いだ枝葉の合間に大きな蟷螂の姿を認めた瞬間、茉莉銀針・リィェン(c04345)の展開する紋章から巨大な破城槌が放たれた。上方の枝に叩きつけられた蟷螂に間髪入れず襲い掛かるのは巨大な枝の合間を翔けて突撃する幻の黒鉄兵団、続け様に上へと翔けた羊の星霊や光の鷹を追うようにして、電撃が迸り竜気の弾丸が翔け邪剣の群れが乱れ舞い、遥か上方から降りてきたらしい蟲達を一気に押し留める。
 逸る心そのままに蜜契・エミリア(c12784)が放ったマジックマッシュはひときわ大きな蟷螂を捉え、力を奪う煙を振りまき鮮烈な火花を散らして盛大に爆ぜた。
「行ける……!」
「エミリア、ナイス!!」
 爆発音とともに飛び出したのはスカイランサー・レティシア(c01915)、茂る巨大樹の枝々を一気に駆け上がり、反射的に退いた敵を追って透明な印を撃ち込み刻む。斜めに交差する枝で一匹の蟷螂を捕捉したのは勿忘草・ヴリーズィ(c10269)、熾烈なハルバードの突きを喰らわせて、更に上方へと仮面の蟲を追い上げる。
「絶対逃してなんかあげないんだよ……!」
「でも何だか愛の逃避行みたいね、リズちゃん!」
 幼い少女ならではの身の軽さを活かし、汎愛の詩・ティトリリア(c12769)が即座に蟷螂を追撃した。こんにちはと花咲くように笑み、凛冽な煌き渡る細身の刃で鋭く蟲の腹を斬り払う。
 これは狩人と狩人の鬼ごっこ。
 あなたの命尽きるまで、何処までも追いかけてあげるから。
「そういうわけだから、一緒に上まで行ってくれる?」
 視界の端に捉えた少女達の様子に小さく笑んで、非花・アド(c01837)は緑葉茂る梢で己の標的と定めた相手に対峙した。枝を蹴り一瞬で距離を殺し、狙い澄ました拳を胸へと叩き込む。斜め上方の枝に飛び退った蟲の翅を閃光が掠めていった。
「こっちは任せな、落ちんなよ!」
「うん、頼りにしてるね!」
 雷撃を放った天藍映す瞳の青年に頷いて、扇の狩猟者・アンジュ(cn0037)も巨大樹の枝々を駆け上がる。追うのは皚牙・オルテア(c11837)の姿、彼女の気配に笑みを刷き、前方の獲物を見定めた魔獣戦士は楽しげに声をあげた。
「行くよアンジュ、ぼくらが狙うのは――あいつだ!」
 瞬時に腕を獣化させたオルテアが蟷螂へと襲い掛かる。翅を脚を爪で抉った獣の腕はその勢いのまま喉元へと喰らいついた。遥か下からは桃色の髪の少女が唄う魔曲が届く。蝶達の渡りを励ます優しい詞に芽吹きの色の瞳を細めた青年は、旅立ちへの羨望を乗せ矢の雨を撃ち上げた。
 誘惑の調べと鋭い驟雨に退いた蟲を更にアンブルーム・アリア(c00236)が追い上げる。
「アリアさん!」
「任せや! 投げたらそのまま即追うで!」
「はいっ!」
 下方から跳ねた羊の星霊が眠りの霧を振りまくと同時、口の端に笑みを刻んだ群竜士が跳躍した。上に逃げた蟷螂の足を払い胸部を掴んで、巨大な枝に叩きつける。弾かれたように跳ね起きた蟲が飛び退るのを追って、空の宅急便・カナタ(c01429)も更に上へと駆け上がった。
 胸の奥底から湧きあがるのは不思議な高揚感。
 確かな絆で繋がれた『仲間』だと思えるから、皆とならきっと何処までも翔けていける。

●枝の撓り
 巨大樹の枝から枝へと翔ける狩人達は二人一組となって其々の獲物を追い上げていった。
 たとえ深く茂る巨大樹の枝葉の中に蟷螂達が散ろうとも、これなら決して逃がしはしない。彼方から射す曙光に緑葉が煌き、梢がさざめけば枝葉の上を光の波が渡る。その波と共に翔けながら上方を目指せば、まるで空を目指しているかのような心地にすらなれた。
「さあさおてて鳴らしてお逃げなさい、鬼ごっこは始まったばかりよ!」
 撓る枝先の反動に弾みをつけてティトリリアが跳躍すれば、あたかもその声に誘われたかのごとく蟷螂が反撃に転じた。けれど狙いは彼女よりも更に近いヴリーズィ、だが甘い色合いの瞳に鋭い光を湛えた娘は、振り下ろされた鎌を隙なく構えたハルバードで弾き返した。
「残念だね。わたしもリアも、絶対退いたりしない!」
「うん……!」
 反撃とともに叩き込むのは爆ぜるような無数の突き、蟲の体に穿たれた傷を目掛けて翔けるのは霊魔の力を帯びたティトリリアの邪剣。淡緑の後翅を裂いた邪剣はそのまま梢の中を乱舞する。
 茂る枝葉を刈り取るように鎌を揮った蟲が呪詛の塊を撃ちだした。けれど凝る呪いがアドの胸元へ喰らいつき毒を滲ませた瞬間、上方から飛来した邪剣が蟲の背を刺し貫く。
「なんて素敵なタイミングなの……!」
「チャンス到来デスね!」
 楽しげに声を弾ませたアドは扇のひと振りで胸元を払い、短い呼気ひとつで毒をも払って、僅かによろめいた蟲へと鮮烈な肘の一撃を喰らわせた。敵が大きく傾いだ瞬間に攻勢をかけたのはリィェンの紋章から生み出された黒鉄兵団、殺戮そのものを体現した幻影は仮面の蟲を蹂躙し、再び破城槌を重ねて巨大な幹へと打ちつける。
「っしゃ、その調子でガンガンお仕置きしたれや!」
「勿論、そのつもりデス!」
 城壁にも思える巨大樹の幹に叩きつけられた蟲を横目にアリアが更なる上方を目指す。追われた蟷螂は優美に反る枝を蹴って方向転換し、宙に弧を描くように回転させた鎌で襲い掛かってきた。
「傷は!?」
「掠り傷や!!」
 肩を斬り裂かれつつカナタの声に気丈に応え、アリアは護りの構えを取る蟷螂の前肢を掻い潜って蟲の背後へと回り込む。そのまま蟲を抱え上げ仰け反る勢いで叩き落とせば、カナタが招来した羊の星霊が緑の体の上でぽんっと跳ねた。蟲の複眼を蹴りつけた眠りの羊は更に梢を翔けていく。
「オルテアさん! 出張羊さんと鷹が行くよ!」
「あはは、頼もしいなそれは……!」
 柔らかな光を孕んだ羊の跳躍に併せてアンジュが光の鷹を放った。輝ける猛禽は背からオルテアを貫いて、彼女の正面に対峙する敵の中肢を喰い破る。ぎちぎちと呪文の如く顎を鳴らした蟲が放つのは四連の黒死弾、アンジュを庇い脇腹と腿に喰らいつかれたオルテアは傷の痛みに昂揚するかのごとく不敵に笑んで、光が膨れ上がるように満ちる力のまま幾重にも獣爪を乱舞させた。
 軽く細めた凍て空の瞳の端に映るのは、遥か高みへ続く光の足跡。
「枝の上でも屋根の上でも、ボクにとっては一緒だよ!」
 梢を吹き渡る風のように枝を駆け上がるのはスカイランナーの少女、目指す標的はひときわ大きな蟲達の群れのリーダー。最も強力と思しきその個体を追うのは、仲間内でも耐久力に優れた鋼鉄の乙女組ことレティシアとエミリアだ。
 頭上に茂る枝葉へと押し込むようにレティシアが幾重もの突きを炸裂させれば、時を重ねた斧槍の穂先が前翅を突き破る。途端、菩提樹に蝶を抱いたエミリアの棍が抉るようにして傷を貫いた。更に捻じ込めば乙女達より一回り以上も大きな蟷螂は威嚇するように翅を震わせ、虚無から呼び寄せた邪剣で二人を斬り裂き精気を吸い上げる。
「くッ……鋼鉄の乙女を甘く見るなよ〜!」
「皆が来るまで持ち堪えるって、約束したんだから!」
 元より長期戦は覚悟の上、古槍アドラステイアを構え直したレティシアは更に激しい突きを見舞い、至近距離でマジックマッシュを叩きつけたエミリアは噴出した惑わしの煙に微かに笑んだ。
「さあ、暫くつきあってもらうわよ?」

●蟲の終り
 蟷螂が蝶を狩るだけならそれは自然の摂理のうち。
 摂理に従いめぐる連鎖に触れるつもりはないけれど、相手が摂理の環からはみだしたというのなら話は別だ。棘に侵された存在を狩ることに――躊躇いはない。
 腰から胸へ斬りあげんとして揮われた蟷螂の脚を押さえ込んだのは蓮花戴くリィェンの杖、そのまま叩き伏せれば咲き初める蓮花から糸が迸り、レース織を広げるように一気に蜘蛛の巣が広がった。
「このまま大人しくしててくだサイ!」
「行ける! もらったわ!!」
 軽やかに枝を蹴ったアドが拳を打ち込めば、蜘蛛糸に包まれた蟲の腹が破れてそこに現れていた白い仮面も粉々に粉砕される。早く鋼鉄の乙女達に追いつかないとねと振り返れば、視線の先には乙女の行方を示す光の足跡が連なっていた。
 斜め下方から音もなく奔った蜘蛛の巣が眼前の敵を絡め取る。
 今や、と快哉にも似た声を上げたアリアは、すぐさま蟷螂を掴んで渾身の力を乗せて投げ落とした。派手な音とともに巨大樹の枝に叩きつけられれば蟲に憑いていた仮面が砕け散ったが、跳ねた骸はそのまま枝の端から滑り落ちる。
「しもた!」
「大丈夫! 下には皆がいるから!!」
 皆を信じてボクらは上へとカナタが促した。大丈夫、心配することなんか何もない。
 遥か上方から緑色の蟲の骸が降ってくる様を目にして、淡い金の髪の青年が咄嗟に枝を蹴った。手を伸ばせば落下地点には銀の髪束ねるよく見知った青年の姿。これもシンクロかなと二人微かに苦笑しあい、こっち、と手招きする紅い瞳の少女に従って、受けとめた骸を茂る葉の中に隠す。
 デモニスタが選んだ隠し場所なら、骸が村人達の目に触れることもないはずだ。
 見上げれば幾重にも交差する枝葉の彼方に薄紅の花が舞った。
 癒しを秘めた桜吹雪に包まれながら、オルテアは巨大な枝の付け根へ敵を追い詰める。
「悪いけど、狩られる側はお前達だよ!」
 揮われた魔獣の腕は獲物を捕捉した猛禽さながらの勢いで仮面の蟲へと襲い掛かった。蟲の顎を殴打した獣腕は鋭い爪で首元を抉り緑の体を大きく引き裂いて、胸に憑いていた仮面をも打ち砕く。呼気ひとつついて頭上を振り仰げば、ティトリリアの放った邪剣で胴をまっぷたつに裂かれた蟷螂の姿が見えた。
「皆で狩りの仕上げと行こうか」
「うん、最後まで気は抜かない。行けるよねリア!」
「平気よリズちゃん!」
 枝を駆け上がってきたオルテアの笑みに頷き返し、ヴリーズィとティトリリアも仮面の消滅を確認して更なる高みを目指す。道標はレティシアが残した光の足跡だ。
 暁の星のごとく連なるしるべを追って翔ければ――鋼鉄の乙女達と最後の敵の姿が見出せた。
「逃がすもんですか!」
 梢を蹴って跳躍した巨大蟷螂を追い、エミリアが蜜の記憶絡めた棍を突き込んだ。練りあげた闘気の一撃が右前肢を叩き落とせば、蟲は残った左の鎌をまるで出鱈目のように揮って幾重にも乙女を斬り裂いた。衝撃波に腕と脇腹を抉られながらも、止まることなくレティシアが駆ける。
「皆が来るまで、ボクらは倒れない!」
「格好良いデス! 鋼鉄の乙女組サン達!!」
 痛みを堪え歯を食いしばった少女が凄まじい勢いの突きを喰らわせた瞬間、二つ下の枝で射線を確保したリィェンの紋章から眩い癒しの力が迸った。
「後もう少し、皆で頑張ろう!」
「ええ、皆がいれば百人力よ!!」
 梢の間を翔けてエミリアに抱きついたのはカナタが喚んだ星霊スピカ、踊りで励ましてくれた星霊に彼への分まで感謝のキスをして、エミリアは満ちる力を闘気の渦と成し、楔のごとく打ち込んだ棍を捻って仮面の蟲の胸から背を貫いた。
「すごいね、全然負ける気がしない」
「ほんまにな! 押し切るで!!」
 駆けつけた皆が間断なく攻撃を叩き込んでいく。一気に枝を駆け上がったヴリーズィもその勢いを乗せたままハルバードを繰りだして、激しい突きに仰け反った蟲の足を払ってアリアが叩き伏せる。
「これで……ボクらの勝ちだよ!!」
 機を逃さず跳躍したレティシアが全身の力を乗せて蹴りを叩き込めば――蟲の胸部が砕けて、白い仮面も粉々に打ち砕かれた。

●蝶の渡り
 深い藍色に凪いだ湖面に細波が渡るようにして、夜の名残を残した空は澄みわたる朝の淡青色に透きとおっていく。仄かに煙る薄雲は清流に落としたミルクの流れ。春の水面に花吹雪が降るように優しい薄紅の色が雲に触れれば、水に花の色が映るかのごとく春の色がさぁっと流れて広がった。
 甘やかな杏色が薄雲に映る。
 雲の端を縁取る暁光が射せば、まるで光の道に滑りだすようにして、桔梗色の蝶達が飛び立った。
 ――いってらっしゃい。
 迫る想いは旅立ちに乗せるあたたかな愛しさにくるまれて、アドは祈りと期待をこめて羽ばたく蝶達を送りだす。また逢えた時にはきっと、おかえりなさいと言えるよう。
 両親が街を渡るから、渡りはティトリリアにも慕わしいもの。
 旅立った街を振り返る時の寂しさも、旅路の先に輝く眩い希望すらも。
 世界は出逢いと別れに満ちていて、だからこそ。
「愛にも満ちてるって、知ってるわ」
「……うん」
 薄紅に杏に咲き初める桃花の色。花の色の空に柔らかに霞む桔梗色の流れが描かれる。
 肌が粟立つほど切ない幸福感にヴリーズィは自らの肩を抱いて、瞬きを忘れた眦から零れる涙にも構わず蝶達を見送った。
 頑張ってね。
 頑張ろうね。
 頑張るね。
 ――お帰りなさいって言ってもらえるように。
 彼女の頬を伝う滴には気づかぬふりをして、リィェンはふわりと金木犀香り立つ温かな茶を少女へと差し出した。眩しげに緩めた瞳に光の粒子を孕んだ桔梗色の流れが映る。
 儚くて、けれど、強くて。
「厳かで……見事デスね」
「……ほんまにあるんやなぁ、こんな綺麗なもん」
 知らずアリアの唇から零れたのは感嘆の吐息。
 渡りゆく蝶の群れは空に虹をかけるような弧を描き、彼方へと向かう。
 遥かな過去から幾度も幾度も、きっと、遥かな未来までも。
 旅立てば何処までも行けるのだと背を押されたような心地になって、カナタは口元を綻ばせた。
「ねぇアンジュちゃん、あの蝶はどこまで行くのかな?」
「翔ける心が満ちるところまで、かな」
 満ちるまで、かぁ。
 梢に腰掛けるアンジュの傍らで呟いて、レティシアも暁の空を翔ける蝶達を見送った。
「また、次の春に逢おうね!」

 今度こそ一緒に見られて嬉しいわと微笑めば、覚えててくれたの、とアンジュが瞳を輝かせた。
 ――生きてきて良かった。
 今の自分なら、己自身の意志で生きていると思える今ならそう言える。
「……あ」
 生きている証ねとお腹を押さえ、カルボナーラ食べていかない? とひっそりエミリアは囁いた。
 聴こえていたのか違うのか、命も世界も美しいな、と紡いでオルテアが笑みを零す。
 暁の彼方に霞む蝶へはまた逢おうと言葉を贈り、仲間達へは瞳をめぐらせ笑みを深めた。
「ぼくらも、帰ろう」

 行ってらっしゃいと、おかえりなさいを言ってくれるひと達のところへと。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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いまいち
参加者:9人
作成日:2010/10/24
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