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愛玩の檻

<オープニング>

●鎖と檻
 繋がれた鎖が硬質な音を立てた。
 手足を縛り上げる縄は肌にきつく食い込み、身動ぎをする事すら阻んでいる。朦朧とした意識を辛うじて保つルッツが囚われた檻の中は冷たく、元より病弱な彼が安らげる場所には成り得ない。
 寒さに震える青年は激しく咳き込む。然し、咳き込めば咳き込む程に縄が身体を締め付けた。
 不意に扉が開き、地下室に僅かな光が射す。
「あら、今日も具合が悪そうね」
 僅かに顔を上げたルッツの視線の先には、豪奢なドレスを身に纏う妙齢の女性が居た。若いながらもこの館の主人だ。胸元から取り出した鍵で檻を開けた女主人ヘレーナは、怯えに染まった青年の瞳を見遣り、口元を笑みの形に歪めた。具合の悪さを理解しながらも、彼女がルッツを看病したりはしない。
「勘違いしないでね、私はお前を嫌っている訳ではないの。その哀れな姿が好きで堪らないだけ」
 ヘレーナは青年の傍に歩み寄り、首輪に繋がれた鎖を手に取った。
 指先で冷たい肌に触れれば長い爪がルッツの頬に血の紅を滲ませる。彼の身体にある無数の傷痕は何れも治りきっていない。恐らく、その全てが彼女に付けられた傷なのだろう。
 そして、ヘレーナは恍惚の表情を浮かべながら唇を開いた。
「貴方の相棒さんが死んでくれて本当に良かったわ。そのお陰で私は貴方という玩具を手に入れる事が出来たんだもの。うふふ……獣に襲われたパートナーを、貴方は助けなかったんでしょ?」
「ちが……助け……たかっ……」
 混濁する意識の中、青年は頭を振る。
 違うと言いたかった。だが、幾ら自分に戦う力がなかったとはいえ、相棒を助けられなかった事は事実だ。だからこそ、ルッツは『パートナーの後を追い自殺したダークエルフ』という非合法な処理をされ、無理矢理に女主人の所有物にさせられた。
「でも大丈夫。そんな貴方でも、私が愛してあげるわ。例え此処で朽ち果てても……ね」
 そういって彼女は爪を深く突き立てた。それは決して正当な愛などでは無い筈だ。
 然し青年はこの状況から脱する手段を持ち合わせておらず、抗う力さえ奪い取られている。冷たい檻の中、与えられる痛みと苦しみに喘ぐルッツの微かな声が響く。

 そんな時、再び地下室の扉が開かれた。
「失礼致します、ヘレーナ様。地下室前に潜んでいた侵入者を捕えました」
 黒服を纏ったエルフの二人の従者が、恭しく礼をして報告を告げた様子にヘレーナは溜息を吐く。
「……そう。此処に連れて来なさい。そうだわ、この子の前で処刑するのがいいかしら」
 良い事を思い付いたとばかりに、従者たちに命を下した女主人は残虐さの交じる表情を浮かべる。その笑みは胸元に浮かんだ仮面のように、全てを嘲笑するかのように酷く歪んでいた。

●救出作戦
 活動を続けるレジスタンスは新たな作戦を開始した。
 それはパートナーを失い、表向きは死んだ事となっているダークエルフを捕えて非人道的に扱っている有力者から、彼らを奪還するという作戦だ。
「でもね、救出に向かったレジスタンスの人に死の終焉が視えたの」
 このままでは作戦が失敗してしまう。杖の星霊術士・アミナ(cn0004)は見えた未来を語り、エンドブレイカーが代わりにその作戦を引き受け、ダークエルフを救出しに行くべきだと仲間達に告げた。
「ダークエルフの男の人が捕えられているのは、ヘレーナ・ドレヴァンツ邸の地下室だよ。ルッツさんは元々身体が弱いのに、寒くて狭い檻に囚われて酷い扱いを受けているみたい……」
 アミナは告げた事意外の扱いの詳細については深く語らず、辛そうに口を噤んだ。
 だが、冷たい檻の中で酷い屈辱と病の苦しみに耐える彼を放っておく事など出来る筈がない。
 屋敷は郊外に建てられており、街の人々が通り掛かる事はあまりない。
 その上、屋敷で働く使用人は多いわけではない。裏庭から続く階段の下に有る地下室の存在を知る者も少なく、隠密を心掛ければ誰にも気付かれずに地下室前まで辿り着くことが容易だろう。
 アミナは隠し階段がある位置を皆に伝え、向かう時は十分に気を付けてねと告げた。

 だが問題がふたつある。
 まずひとつ、配下マスカレイドである使用人が檻の前で見張りをしていると云う事。
 そしてふたつめは、ルッツが囚われた檻を開ける鍵はヘレーナ自身しか持っていない事だ。
「先に地下室に入り込んだら、問答無用で配下さんとの戦いになると思う。上手く片付けられるといいけれど、下手をすると戦闘に気付いたヘレーナさんが来て乱戦になるかもしれないの」
 見張りの配下従者は二人。そして、マスカレイドが常に連れている従者は一人。
 何にせよ、マスカレイドを倒して鍵を奪わなければ青年を助ける事は出来ない。仮面憑きも配下も棘の力を得て相当な力を持っている為、ただぶつかるだけでは苦戦を強いられるだろう。
「ヘレーナさんが地下室に行く夕刻まで待ってから地下室に行くのも手だけど、そうするとルッツさんがどうなるか分からないの。……でも、どういう作戦で行くかはみんなにお任せするね」
 彼女は既に残忍な棘の力に心を支配されている。
 最悪、檻から出したルッツを盾にして自分の身を護るといった行動も取るかもしれない。其処まで話し終えたアミナは仲間達に真剣な眼差しを向けた。
「エルフの戒律が正しいかは今は別。人を平気で虐げるマスカレイドは絶対に許しちゃ駄目だよね」
 強い口調で言い切った少女は掌を握り締めると、依頼の成功を祈って瞳を閉じる。
 理不尽な状況に置かれた青年を助ける為。そして、エンドブレイカーとしての使命を果たす為にも。
 ――今、自分達が力を尽くさなければいけない。


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参加者
意を以って威を駆る者・ガルヴズ(c02903)
白衣の書生・クラウス(c03723)
太刀の狩猟者・リーリア(c04032)
春恋・ジゼル(c04939)
暁烏・キーツ(c06089)
慈雨・アデリシア(c06596)
ソラ翔る三日月・インコ(c07742)
青花弁の冠・ロベリア(c11708)
奇妙奇天烈摩訶不思議・フェレス(c12687)
青藍・オデット(c13378)

<リプレイ>

●黒の牢獄
 震えるほどに冷たい空気が身に滲みる。
 地下へ続く階段は、自分達までもが闇の底に沈んでいくかのように暗く重い雰囲気に満ちていた。
 この場に灯りでもあれば、まだマシだったかもしれないと慈雨・アデリシア(c06596)は思う。けれど、この先に待ち受ける者達の事を考えれば暗闇の中を進む他無い。
 暗い階段は下へ下へと続き、やっと途切れた段の先に仄かな灯火が見えた。
 聞こえるのは弱々しい呻き声。それはきっと、痛みと寒さに耐え忍ぶルッツのものだ。
(「必ず救い出すわ。どうか、諦めないでいて」)
(「……もうすぐ、もうすぐによ。寒くない場所へお連れするから」)
 囚われの青年を想い、春恋・ジゼル(c04939)と青藍・オデット(c13378)が頷き合う。
 その視線を合図に、エンドブレイカー達は一気に地下室に踏み込んだ。

 咆え猛る獣にも似た雄叫びを上げ、意を以って威を駆る者・ガルヴズ(c02903)が駆ける。同時に揮われた大剣は声に不意を突かれた配下の男を薙ぎ払い、壁側に叩き付けた。
「貴様ら、何者だ!」
 即座に傷を癒し、身構える配下達の奥には、明らかな衰弱が見られる青年の姿がある。
「名乗る名なんて持ち合わせちゃいねぇ。唯、胸糞悪ぃ……」
 首下に提げたゴーグルを装着し、暁烏・キーツ(c06089)は忌々しげに舌打ちをした。地下室を照らす幽かな灯りの下でさえも、青年の身体に残る傷痕は痛々しく映って見える。その経緯を詳しく知りたいとは思わない。今、胸に燻ぶるのは怒りだけ。
 配下達が此方を排除しようと動く前に、壁に寄り掛かる青花弁の冠・ロベリア(c11708)は唇を開く。
「ねぇ、見張りは退屈だったしょう。一曲いかが?」
 紡がれた魔曲は相手の動きを封じる事は出来ずとも、確かに魅惑の音色を響かせた。弱い立場の者を虐げる相手に感じるのは嫌悪。戒律も何も関係ない、それはロベリア自身の感情だ。
「ルッツさんですね!? 今助けますので、もう少しだけご辛抱下さいませ!」
 仲間が斬り結ぶ間にアデリシアは檻の前に走り込み、ルッツを守るように陣取る。鍵が掛かっている以上は男達にも手出しは出来ない筈だが、それは彼を救いたいと願う気持ちからの行動だった。
 衰弱した青年は満足に反応も出来ぬまま。だけどその瞳に僅かな光が宿ったような気がして、ジゼルは魔の音色を紡ぐ。広がる魔曲は敵の警戒心を奪い、其処へオデットがすかさず焔矢を打ち放つ。
「……待っていて」
 燃え盛る火が煌々と地下室を照らし、同時に彼女が掛けた言葉にルッツが僅かに頷いた。その燈が、青年にとっての希望の火になるように。床を蹴り上げたキーツの掃撃が男達の身体を穿った。

●愛玩の赤
 地下に仲間達が下りてから暫く、裏庭では残る者達が辺りを見張っていた。
 草色のマントを羽織り、白衣の書生・クラウス(c03723)は、緑に融け込むように息を潜める。同様に木々の合間に隠れる太刀の狩猟者・リーリア(c04032)が耳を欹てれば、地下室から諍う音が聞こえ、戦いが始まった事が感じ取れた。そして、響く物音を察知したのは女主人達も同じ。
 やがて配下を引き連れたヘレーナも屋敷内から現れ、階段前で訝しげに様子を窺う。
「ヘレーナ様、如何致しますか」
「そうね……あの子の様子を見に行くわ」
 地下階段へ足を踏み入れた女の背を確認し、ソラ翔る三日月・インコ(c07742)は仲間に目配せを送る。奇妙奇天烈摩訶不思議・フェレス(c12687)が頷き、その後ろ姿をすぐに追った。
 然し――暫し階段内に響いていたマスカレイド達の足音が急に途切れる。
「ねぇ、あなた達。誰の許しを得て此処に入ったのかしら?」
 後行班の耳に届いたのは、此方に向けられたであろう彼女の声。
 そして、此方を敵と見做して即座にナイフで斬り掛かって来た配下の斬撃だった。
「――!?」
 銀の軌跡が頬を掠め、リーリアは咄嗟に後退する。階段上で戦闘が始まりそうな事は、云う迄もなく誰の目にも明らかだ。しまった、とインコが頭を振って後悔するも既に遅かった。
 そう、自分達は彼女が地下に向かってすぐにその後を追った。ヘレーナが地下に降り切ってしまう前に階段に足を踏み入れれば、気取られる可能性は非常に高い。挟み討ちを狙うなら、その機をどう窺うかが重要であり、狭く隠れ場所もないと思われる階段を如何にして下りるかも頭に入れておくべきだったのだ。
「下も騒がしいようだけれど、まずはあなた達の始末を付けるべきかしらね」
 マスカレイドの本性を露わした女主人の爪が紅く光り、咄嗟にフェレスが身構える。
 然しその衝撃は身を抉り、得意の笑みを浮かべる余裕さえも与えられないまま、彼は酷く咳き込むしか出来なかった。見遣る前方に地下室の入り口は見えていても、彼女達を乗り越えて行くには未だ遠い。クラウスは此処での戦闘は避けられないと感じ、青水晶の杖を手に意を決する。
「お相手しよう。君の趣味も余興も……今日で終わりにさせて貰う」
 高圧的な仮面憑きの態度に負けぬよう紡いだ言葉と共に、邪剣が闇の中に舞い躍った。

●急転の散
 戦いを続ける先行組の耳に、階段上からの物音が届く。
 挟撃を危惧しての逆挟撃作戦が失敗に終わった事を察知し、ガルヴズは加減を解いた。
「ええい、雑魚に構って居る暇など無いわ!」
 後続が到着する迄耐えると決めていたが、戦場が分断されたこの状況では配分して戦う訳にはいかない。荒々しく振るわれた剣が男の胴を打ち、その体勢を大きく揺らがせる。
「勇壮なる戦士よ、来たれ!」
 其処に追い打つように身を躍らせた黒鉄兵は、アデリシアが召喚したものだ。
 突撃の中で陣形を整えた黒兵の力は仲間へと恩恵を齎すと、静かに召喚陣に戻る。
 恩恵を受けたロベリアが衝撃波を放つと、闇を裂く虚空の刃はその力を奪い取るかのように迸った。重なる攻撃に倒れまいと配下の男は己を癒そうと力を収束させる。だが、オデットの放つ焔が其れを阻害し、その間にジゼルが奏でる魔曲がじわりと男達の闘志を奪ってゆく。
「ナイフが使えねぇのが残念だが……」
 キーツは襲い来る男の一撃を受け止め、口元を僅かに緩める。揮う棍の一撃は的確に急所を捉え、配下の男を床に伏した。彼に被さっていた仮面も完全に崩れ落ち、残りは一人。
『――……ッ!』
 瞬間、階上から劈くような悲鳴が聞こえた。聞き覚えのある声は恐らく、後続班の誰かの声か。
「みんな、いそぎましょう」
 ジゼルの言葉に一同も頷く。此方は六人で辛うじて戦線を保っていたが、向こうはたった四人で強大な力を持つマスカレイドを相手取っている。彼等だけで戦い続けるには拙い状況だ。
 加減はしないわ、とオデットから放たれた毒針が男を蝕む中、ロベリアが傷を受けた仲間へ魔鍵の呪力を注ぐ。そしてアデリシアが揮う氷結の刃が敵の動きを苛めば、続くガルヴズがひといきに畳み掛ける隙が生まれた。
「貴様等に最早用は無し、悉く散れぃ!」
 全力で振り下ろすガルヴズの両断が男に最後の一撃を与え、男は崩れ落ちる。
 然しその最期を見遣る暇もなく、エンドブレイカー達は階上に向けて駆け出した。未だ戦いは終わってなどいない。今一度耐えてくれ、とキーツは檻の中に囚われた青年に告げて仲間達の後を追った。
 絶対に助け出す。仲間も、仕打ちに耐えた青年も――この瞳に外の光を再び映す為にも、必ず。

●闇に沈む
 地下から仲間がその場に辿り着いた時、其処は血の色に染まっていた。
「あらあら、お仲間さん? 随分と遅かったわねぇ」
 くすりと微笑んだヘレーナが振り返る。その奥には無惨な傷を負って倒れるフェレスを庇う様に立つリーリア達が息を荒げていた。誰もが大きな痛みを抱え、立っている事さえも儘成らない様子だ。
「悪いな、不覚を……取ったよ……」
 仮面憑き達の注意が先行組の仲間に向いている隙を突き、クラウスが魔法円で癒しの力を解き放つ。それでも尚、ヘレーナ付きの配下は疲弊した彼等を狙っており、ナイフを振り翳す。
「させるか……! 仲間が来たからには、あんたらも終わりや」
 決死の覚悟で立ち向かい、その斬撃を振り払ったインコは己の息を整え、ヘレーナに言い放った。
 浮かべる笑みと言葉は強がりではなく、これから巡る真実を言い当てるかのように強く紡がれる。お返しにとインコは身を翻し、脳天を砕かんばかりの蹴撃を配下に見舞う。
 其処にガルヴズが突撃し、配下へと回し蹴りを放った。クラウスから施された癒しを受けたリーリアも男の身体が傾いだ機を見逃さず、振り上げた太刀でしかと弧を描く。
 未だ倒れてなどいられない。そう、額の髪飾りにも誓った――全力で戦い抜くと。
「……負けないわ」
 満月の形にも似た一撃は吸い込まれるように男へと。これまでに彼女達が蓄積させた衝撃の分もあり、短い悲鳴を上げた男はそのまま倒れ込むようにその生を終えた。

 残るはマスカレイドのみ。
 然しヘレーナは余裕綽々に己の指先を舐め取った。滴る血は力尽きたフェレスのものか。人を人とも思わぬその所業を思い、キーツは迷わず階段の床を蹴り上げて跳躍を重ねた。
「其の綺麗な顔に蹴りを喰らわせてやるぜ」
 皮肉を交えた言葉と同時に回し蹴りが女主人を掠める。避けられた事に舌打つキーツを見遣り、煩い子達ね、とヘレーナは呆れ顔で呟く。其処へ不意に、オデットが問いを投げ掛けた。
「苦しい、って言ってるひとを、いじめるのがお好き?」
「ふふ。そうね、痛みに喘ぐ声ほど愛しいものはないわね」
 毒針と共に投げ掛けられた言葉を返し、女主人は呪言の力を放つ。狭い階段上に響く不協和音はエンドブレイカー達の身を蝕むが、アデリシアが負けじと蒼鳥の紋章を描いて対抗した。仮面憑きの力に打ち勝つため、懸命に仲間を支える少女の癒しが広がってゆく。
「愛しい、ですって?」
 女の答えにロベリアが眉を顰める。果たしてそれは真っ当な愛と呼べるだろうか。そっと頭の髪飾りに触れた彼女は放つ奪命の爪の一撃に沸々と湧く怒りを籠め、衝撃を舞い飛ばし続ける。
 紡ぐ魔曲に想いを秘めてジゼルは唄った。
 自分とて、本当の愛の正体は未だ識らない。
 けれど、己の事しか考えられないヘレーナのそれはきっと、愛にも満たないものだと感じた。
「ひとの心を虐げるあなたの愛を、ジジは否定するわ」
「私もよ。あなたは、とても可哀そうなひと、だけど……」
 凍てついた心を持つひとには、教えてなんかあげない。そう告げるようにオデットが放った焔の矢が幾重にも打ち放たれ、相手の身体を魔炎で包み込んでゆく。
 彼女に弄ばれる命が増やさぬ為にも此処で決着を。フェレスを庇ったまま後方に下がったクラウスは黒霊の剣を召喚し、指先で標的を示す。漆黒の煌めきを映した邪剣は女を壁に縫い付けるようにして斬撃を見舞った。
「その歪んだ欲望を見過ごすわけにはいきません」
 軽やかに身を躍らせたアデリシアは刺突剣を抜き放つ。霞む春月を思わせる青白の刀身に氷を纏わせると彼女は舞うように斬り抜け、冷気を帯びた斬撃は女の腕を見る間に凍り付かせてゆく。
「欲に溺れし其の力、今此処で己に返ると知れ!」
 そして、大剣を斬り上げたガルヴズの一太刀が仮面憑きの体勢を大きく崩させる。
 次第に彼女の余裕も消え去り、振るわれる爪の軌道も大振りなものへと変わった。わなわなと唇を噛み締め、痛みに耐える女主人はやがてヒステリックに喚き散らしはじめる。
「欲に走って何が悪いのよ。私には力があるの! 選ばれた素晴らしい力が……!」
 流れる血で赤く染まった腕を振り翳し、ヘレーナは身構えたインコへと爪撃を揮う。重い一撃を受け、痛みと衝撃に意識を手放しそうになるが、彼は強く掌を握り締めてしかと堪えて見せた。
 違う、と呟いて向けた紫の瞳は冷たい色を映していたが、その口元は笑みの形を作る。
「あんたは選ばれてなんかない。……かわいそぉにな」
 哀れむような瞳に彼女を映したインコは身を宙に躍らせると、容赦のない蹴撃を放った。受け切る事が出来ず、衝撃と痛みに喘いだヘレーナの力もあと僅か。リーリアは地を蹴り、よろめく女の背を追って一気に距離を詰めた。
「嫌、よ……嫌。私は確かにあの子を愛し――」
「悪趣味な時間は終わりよ」
 紡ぎ掛けた言葉を絶ち斬るが如く、煌めく月を描いた刃がマスカレイドの身体を貫く。
 女の身体はその場に崩れ落ち、胸元を覆っていた歪んだ仮面が真二つに割れた。静まり返る地下の階段に落ちた仮面は砂のように、さらさらと微かな音を立てて消えてゆく。

●みちゆく光
 そして檻の鍵は開かれる。
 縛められていた鎖や縄をインコが解き、立てるかと問えば青年は申し訳なさそうに首を振る。身体に付けられた幾つもの傷は眼を逸らしたくなる程だったが、ジゼルは彼を励ますように歌を紡いだ。
「もうだいじょうぶよ。かえりましょう」
「ありが、と……。嗚呼……僕、は……」
 礼を告げて口を開いたルッツだが、ロベリアは何も話さなくて良いと首を振る。
 痛みの痕も、瞳に映る後悔も、今は何も考えずに身を癒す事に専念して欲しい。此処を出れば後はレジスタンスの保護下に入る事が出来るから、と告げてアデリシアは彼の手を取った。
「余り自分を責めなくていい。まずはここを出て、生きよう」
 クラウスから渡されたスープを口に含んだ矢先に安堵を覚えたのか、青年は緩やかに意識を手放した。緊張の糸も解けたのだろう、眠りについたルッツは此方に身を任せ静かな寝息を立て始める。
「貴方は戦ったわ、勇敢なルッツ。あのひとに屈しなかったこと、誇って良いの」
 やさしく青年の髪を撫でたオデットが囁き、そうして仲間達は青年を支えて地上へ向かう。
 意識を取り戻したフェレスも立ち上がり、共に暗い地下階段を上ってゆく。その際、彼は倒れた女主人に頭を下げて微かに笑みを漏らす。それは、最期の最後に彼女にだけ向けられた微笑みだった。

 永く暗闇の中に居た所為か、夕焼け色の滲む外の光は普段より一層眩く思える。
 燻ぶる思いは零さずに、唯真っ直ぐに。これで己の志は決まったのだとガルヴズは感じた。
 ――為れば、唯其の道を突き進むのみ。
 光に目を細めた彼は後の事は任せたと仲間達に告げ、其の場から歩み去ってゆく。
 裏庭を出たキーツは煙草を咥えて紫煙を燻らせた。胸に残る苛立ちは消し去れない。一瞥した屋敷や仮面の最期に思う事も幾らか有れど、彼もまた言葉にする事は無く、舌打ちをして踵を返した。
 仲間の後に付くリーリアはふと天を仰ぐ。今は唯、穏やかに眠る青年の生を繋げた事が嬉しかった。喩え生きる事が辛くても、陽や風や緑が生きている喜びを教えてくれるようにと彼女は願う。
 痛みも傷も、心を侵した闇も、いつかきっと癒える。
 この世界に満ちる光が、彼のみちゆきを明るく照らしてくれるはずだと信じて。



マスター:犬彦 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2010/11/28
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