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水底に愁える

<オープニング>

 跳ねる水音、響く歌声。
 彼の瞳に映ったのは、泉に半身を浸した一糸纏わぬ少女の姿だった。
 腰に緩く絡まる長い髪は透き通るような蒼の色合い、滴る雫が伝う真白な肌は酷く美しい。
 新緑の木漏れ日が射す森の中、女性の水浴びを覗いているという背徳に駆られるよりも前に、猟師の青年はその少女に見惚れてしまっていた。
(「なんて綺麗な声だろう。でも……何だか悲しそうだ」)
 狩りの最中、森の奥から聞こえる歌に誘われて辿り着いたのがこの泉。村から離れた場所に少女が一人でいるという事に不信も覚えたが、歌声にはそれ以上に惹かれる何かがあった。
 刹那、青年が動いた拍子に木から舞い落ちた葉が、水面に小さな波紋を生む。
 どこか憂いを帯びた甘い声色を紡いでいた少女は人影に気付くと、不意に唄う事を止めた。
 ――此方に来て。
 笑みを浮かべて手を差し伸べる少女の唇が動き、そう告げた気がした。魅惑を誘う声に操られるように彼はふらりと水辺へ踏み出す。しかしその傍まで近付いた時、青年は気が付いてしまった。
 この娘は……ヒトではない。水に浸かる下肢を覆うのは淡い虹色に光る鱗と、魚の如き尾びれ。
 その姿はまるで、おとぎ話に出てくる人魚そのもの。
 だが、気付くのが遅すぎた。
 人魚――否、ピュアリィは青年の脚を掴むと、彼を水中へと一気に引き擦り込んだ。
「やめろ、離してくれ……ッ!」
 必死の抵抗も虚しく、少女は泉の深みへ青年を引っ張ってゆく。相手の鋭い爪は脚に喰い込み、水面に血の色を滲ませた。次第に息も切れ、足掻く身体にも力が入らなくなってくる。
 ――共に、水底へ参りましょう。
 もがき苦しむ様子をくすくすと嘲笑うピュアリィは、青年を死に導く行為を楽しんでいた。
(「嗚呼。僕は……こんな所で死ぬのか」)
 遠退く意識の中で青年が最期に見たものは、水底から見上げる泡沫だった。

「歌声に誘われて、行き着いた先は死の淵……これが、その男の人のエンディングだよ」
 自分が視た終焉を語った杖の星霊術士・アミナは、ティーカップに角砂糖を落とした。紅茶にふわりと広がった波紋に思わず沈み行く青年の姿を思い出し、少女は小さく俯く。
 しかしこれは未来の話。事が起こる前に元凶を倒してしまえば、事件は未然に防げる。
 マスカレイドが関わっているわけではないが、放って置く訳にはいかない。アミナは気を取り直し、人魚の姿をしたピュアリィについての説明を始めた。
「そのピュアリィは好戦的でね、少しでも敵意を感じると襲って来るんだ。悲しげな歌で惑わしたり、大きな尾を使って叩きつける攻撃をしてくるみたいだよ」
 戦場となる泉は中心部以外は浅く、畔だけならば一般的な大人の腰ぐらいの深さしかない。故に、エンドブレイカー達は水中で戦う事も出来る。敵もこちらを殺そうと向かって来るため、相手が水中に潜ったまま攻撃が出来ないという状況にはならないはずだ。
 ただ下半身が魚の尾になっているだけあって、水中での人魚ピュアリィの動きは素早い。それを不利と考えるならば、何らかの策を使って地上に誘き寄せる作戦を行っても良いだろう。
 けれど敵の本来の領分は水の中。うまく作戦を立てなければ誘導が失敗に終わる可能性もある。
「陸に引き寄せて戦うか、最初から水中で戦うか。どっちにするかはみんなにお任せするよ。それと、戦闘になると近くに潜んでる毒蛙も出てくるから、そっちにも気を付けないとね」
 毒蛙は素早く、粘着質な舌を振り回して暴れる。蛙は一体しか現れないが、油断していてはその毒に冒されて苦戦を強いられてしまう。人魚に蛙、どちらにも十分な警戒が必要だ。
「危険な相手だけど……あんな終焉は、絶対に壊さなきゃいけないよね!」
 不幸なエンディングは叩き潰す。それがエンドブレイカーたる者の由縁。
 だからこそ頑張って、と。エールを込めて両手の掌を握るアミナは、エンドブレイカー達を見送った。


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参加者
大剣の城塞騎士・フィルナーグ(c00148)
剣の魔法剣士・リーシャ(c01056)
ナイフのスカイランナー・ベルファ(c01267)
ハンマーの群竜士・クエロゥリネッタ(c01373)
鞭の星霊術士・ハサン(c01623)
大鎌のデモニスタ・シエラ(c01666)
太刀の魔獣戦士・シドニウス(c02977)
アイスレイピアの魔法剣士・ティア(c03318)

<リプレイ>

●畔の歌声
 透き通った青を湛える水面。そこに響くは、憂いを帯びた歌声。
 歌を頼りに森を進んだエンドブレイカー達は泉の近くで足を止め、木陰から様子を窺う。
 其処で水滴を身に纏い、半身を泉に浸す人魚は、ただ静かに悲しげな歌を紡ぎ続けていた。
「本当に、あの方がピュアリィ……?」
 大鎌のデモニスタ・シエラ(c01666)は、ピュアリィの美しい容姿に思わず呟きを漏らす。こんなに綺麗な人が、と驚きを隠しきれない様子でシエラはじっと人魚の姿を見つめた。
「聞いていた通り実に美しいな。しかし、あれは人ではない」
 仲間と同様に鞭の星霊術士・ハサン(c01623)もピュアリィの姿に感心したように視線を向ける。
 だが、その表情はすぐに冷酷にも映る笑みで満たされた。幾ら美しく在ろうとも、人に害を為す以上は相容れぬ存在。ハサンの言葉に、大剣の城塞騎士・フィルナーグ(c00148)も静かに頷いた。
「鎧がないと落ち着かないな……」
 ふと、フィルナーグが髪を掻き上げながら呟く。普段は甲冑に身を包んでいるのだが水中で戦う可能性がある以上、今は着ていない。違和感を紛らわす為、少女は携えた大剣の柄を握り締めた。
 そしてエンドブレイカー達は泉のほとりへ踏み出す。かさり、と葉が擦れ合う音に人魚が気付き、歌う事を止めて顔を上げると、その視線とエンドブレイカー達の視線が交差した。そこから彼らの覇気を感じ取ったのか、人魚も徐々に敵意を露わにしてゆく。
 波打つ水面から視線を外した太刀の魔獣戦士・シドニウス(c02977)は、毒蛙が草の陰や樹の上から出て来ないかと森の方角を警戒している。反面、ハンマーの群竜士・クエロゥリネッタ(c01373)は泉を静かに見つめ、何処から毒蛙が現れても良いようにと備えていた。
 そこで剣の魔法剣士・リーシャ(c01056)が、はっとして泉を指差す。長い髪を揺らめかせる人魚の傍ら、水中から巨大な蛙が姿を現したのだ。
「皆さん、来ますよ。準備はよろしいですか?」
 リーシャが敵を睨み付けながら鞘から剣を抜き放ち、仲間に呼び掛ける。
 頷くまでもなく、エンドブレイカー達は其々の武器を構えて泉を見据えた。

●絡み付く毒
 歌声が水辺に響く。しかしそれはただの歌ではなく、此方を攻撃せんとして歌われる魔曲だ。
 アイスレイピアの魔法剣士・ティア(c03318)に向けて紡がれたメロディは、彼女の身体に衝撃を与え響き渡った。
「なんて綺麗な声……つられて一緒に踊りたくなっちゃう。でも、そういう訳には行かないのよね」
 堪えたティアは反撃とばかりに人魚に向け電光を収束させ、息つく間もなく連続で打ち込んでゆく。
「皆さん、無理はしないで下さいね!」
 シエラが仲間に呼びかけ、リーシャも攻撃に加わる。二人が放った黒炎と電光が水面へと舞い飛び、それらを同時に受けたピュアリィは短い悲鳴を上げた。だが、未だ大打撃には至っていない。
 一方の毒蛙は水中を泳ぎ回りながら鳴き声を上げたと思うと、地上の標的へ目掛けて跳躍した。
「そっちは任せたぜ シドの姐さん!」
 ナイフのスカイランナー・ベルファ(c01267)が逸早くその動きを察知し、シドニウス達に声を掛ける。ベルファ自身は人魚に対する為、袖のホルダーからナイフを取り出す。素早くジャグリングをして人魚の気を引くその手付きは、さながら手品のようにも見えた。
「攻撃は私が受け持ちます」
 突如、ハサンが前に躍り出る。自分が強敵の攻撃を受けて他人のダメージを減らす、それが彼の狙いだった。襲い来る巨大な蛙の舌はハサンの身体に直撃し、予想以上の衝撃を与えた。伝わる毒がじわりと身体を蝕み、彼は思わず膝を付く。
「無理をするな。ハサン殿は一度下がっていてくれ」
 駆け付けたクエロゥリネッタが大きく踏み込み、毒蛙を睨みながらハンマーを叩き付けた。彼女は更に武器を振るい、体勢を崩した蛙目掛けて上下二段の攻撃を仕掛ける。
「毒塗れで捌けど食えぬとはつまらぬ蛙だ、精々もぐらの様に叩かれていけ!」
 彼女の言葉と共に熾烈な衝撃が蛙を襲い、続いてシドニウスが援護として居合い斬りを放つ。
(「へぇ、こうやって動くのかい」)
 仲間の動きを見て心中で呟くシドニウスの太刀は横一文字に薙がれ、蛙の苦しげな声が響いた。
 だが蛙も負けずに目前のクエロゥリネッタの身体目掛けて舌を伸ばす。粘着質な舌はその腰に絡み付き、きつく締め上げていく。そこへ、割り込むように斬りかかったのはフィルナーグだ。
「その面倒な舌、斬り落とさせて貰う」
 迷いなく振り下ろされたその一撃は舌を斬り裂き、蛙は苦痛にじたばたと悶えた。隙だらけになった敵へ目掛け、フィルナーグは再び大剣を振り被り、渾身の一撃を与える。
「これで、終わりにしましょう。……消えろ!」
 標的を人魚から蛙へと移したリーシャがレイピアを掲げ、残像を纏いながら向かって行く。敵に向ける言葉は、普段の丁寧な彼女の口調とは打って変わって冷たく、そして凛々しい。
 華麗な突きは見事にその喉元を貫き――毒蛙の体は何度か痙攣を見せた後、地に伏せた。

●揺蕩う旋律
「深き森の泉にて悲しく歌い誘う人魚、か。確かにこれだけなら詩になるな」
 ベルファは小さく呟き、手にしたナイフを次々に泉へ投げ付ける。続けて紫色に光る毒短剣を放つも、水中で身じろいだ相手の尾で運悪くも叩き落とされてしまった。
「なかなか、向こうは陸に上がってきてくれないね……」
 ティア達は陸の上からでも届く遠距離攻撃でピュアリィを攻撃し続けるが、相手の歌声とて陸まで響き渡る。どちらも動かぬ攻防、このままではじわじわと体力が削られていくだけだ。
 その上、挑発をするにも具体的な言葉と行動が伴わなければ、それはただの攻撃と同じ。この状態が続き、人魚ピュアリィが自分の不利を感じたならば、容易に逃げられてしまうかもしれない。
 エンドブレイカー達は誘き寄せる事を止め、水辺へと足を踏み入れる。そんな中、警戒を強めたピュアリィがより一層声量を上げた歌声を紡いだ。
「くっ……なんて声だい」
 シドニウスがたじろぎ、その歌声の効果はシエラにまで拡散していく。
「歌声を、悪用してはいけませんよ」
 愁いの音色は二人の闘志を奪い、更に魅惑に誘う。ピュアリィの表情は愉悦に歪み、相手が苦しむ様を楽しんでいる様に映った。
「如何に外見が美しくとも、性根の醜さは隠しきれていないようだな」
 眉を顰めたフィルナーグが踏み込み、大剣を振り上げて薙ぐ。半身の動きを水に制限されている戦い辛さはあるが、戦えない訳ではない。
 クエロゥリネッタも拳を構え、人魚まで駆けた。尚も響く歌声の衝撃が襲い掛かるが、それにも耐えて竜の力を纏う正拳突きを見舞って行く。
「全員でかかれば流石に相手の動きが早くても大丈夫でしょ!」
 ティアも自ら水中に入りアイスレイピアを振りかざす。くるくると舞うように高速で繰り出される斬撃は、剣舞の如く人魚の肢体を貫いた。苦しみに呻いたピュアリィは即座に水中へ潜ると、自らの尻尾で円を描き、クエロゥリネッタに叩き付けた。
「く、ぅ……ッ」
 激しい衝撃に彼女は水中に倒れ込むが、すぐさま立ち上がってハンマーを構える。
「癒せ、サフィーヤ」
 そこへ、後方からハサンの召喚した精霊スピカが舞い飛ぶ。サフィーヤはきゅっきゅっと可愛らしいダンスを踊ると、水に濡れたクエロゥリネッタの身体をぺろぺろ舐めて癒した。
 人魚ピュアリィは、忌々しげにエンドブレイカー達をきつく睨み付ける。しかしその身体には、明らかな疲弊が見て取れた。

●水底に沈む
「恨むなら、自分を恨みな」
 水中に分け入ったリーシャが冷たく言い放ち、ピュアリィに斬撃を喰らわせる。
 悲鳴を上げて水飛沫を散らす相手は、苦しげに息を吐く。そこから紡がれようとする歌声を止めるべく、ベルファがすかさずナイフを構えた。
「アンコールは無しだ さっさと舞台裏に引っ込みな!」
 目にも止まらぬ速さで投げ付けられた五本のナイフは敵の身体に命中し、体力を奪い取っていく。
 詠唱を始めたシエラも掌からデモンフレイムを生み出し、大きく振り被る。同じエンドブレイカーとして、仲間達の戦う姿を目に焼き付けながら、己の全力を込めて。
「見て、随分弱ってるみたいだよ。一気にやっちゃおう!」
 動きの鈍った人魚を見て、ティアが仲間に声を掛けた。エンドブレイカー達は相手に逃げられぬ様に周囲に陣取り、じりじりとピュアリィを追い詰める。
 足掻く人魚は力を振り絞り、傍のフィルナーグへと尻尾を薙ぐ。だが防御を固めた少女の大剣に遮られ、その攻撃は意味を成さなかった。衝撃を散らした後、フィルナーグは静かに相手に告げる。
「人魚は人魚らしく、泡沫の如くに消え去るが良い」
 同時に真正面から向けられた大剣が振り下ろされ、両断された人魚の身体は水面に倒れる。
 最期に伸ばされたしなやかな指は、何かに縋るようにして水を掻き――。
 そうしてピュアリィは悲しげな声を微かに漏らした後、二度と動かなくなった。

 ベルファが蛙の死体を水際に埋め、その冥福を祈る。
 腕を組んで泉を見遣るシドニウスの簪が、降り注ぐ陽射しに反射してきらりと光った。
 その隣で、シエラは水面に揺らめくピュアリィの身体から瞳を背けてそっと瞼を瞑る。
「来世では是非、本当に美しい人魚さんになって欲しいですね……」
 綺麗な姿に見合うような、美しい人になって欲しい。願うのは、そんな小さな想い。
 水辺に入ったハサンは、無言で人魚の身体を泉の中心へ押し出した。蒼い髪はゆらゆらと揺蕩い、やがてその肢体は揺らぎに飲まれ、澱みの深い青を孕んでいく。
(「美しいものが壊れた姿は、悲しいものですから」)
 そして、歌と生を失った人魚は水底へ音もなく沈んで逝った。この場所で、愁いを帯びた悲しい歌が紡がれる事はもう無い筈だ。エンドブレイカー達は最後に泉に視線を遣ると、踵を返して去り往く。

 平穏を取り戻した森の泉――全てが終わった後の水面は、何処までも穏やかだった。
 



マスター:犬彦 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/03/22
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