ステータス画面

崩れゆく追憶のルイーネ

<オープニング>

「ねえ見て、お城がある! 行ってみましょ!」
「ま、待ってよう……!」
 壁の向こう側に広がっていたのは、色褪せたセピアの世界だった。
 この空間が人の手を離れてから、どれほどの時間が経ったのだろう。踏み板が水に浸った浮橋の先には、崩れかけた城が寂しそうに佇んでいた。不釣り合いなほど楽しげな子供の声が高い天井に反響し、小さな足が歩を進める度、溜まった水がぱしゃりとはねる。
 清らかな流れに抱かれ、生命の水に愛されて息づく都市、アクエリオ。しかし美しく栄える姿だけが、この国の全てではない。人の住めない場所もあれば、かつて誰かが暮らしていた頃の記憶を克明に留めながら打ち捨てられた区域もある。
 放棄領域。
 そう呼称される都市の影は、時に壁一枚を隔てて街の裏側に重なり合っていることがある。そしてその壁が崩れた時、封じられた境界線を超えて迷い込む者もある――丁度今の、彼らのように。
 かつてはこの一帯が、花咲き鳥の歌う鮮やかな庭園だったのであろうか。好奇心旺盛な子供達は、浮橋を渡り水の庭を抜けて、城跡に入ってゆく。
 不意に、奇妙な音がした。水を散らし駆け回っていた二人は足を止め、顔を見合わせる。
「何か言った?」
「ううん、何も――」
 がちゃ、がちゃ。
 今度はより、はっきりと聞こえた。何か硬質のものがかち合っている、そんな音だった。
 誰かいるの? 問い掛けに応える声はなく、芽生えた違和感は次第に不安へと形を変えてゆく。
「ね……ねえ、もう帰ろうよ、ここ、なんだか怖いよ」
 弱気な少年がおずおずと切り出した。しかしそれを聞いて、少女は不満そうに唇を尖らせる。
「せっかく来たのに、つまんない。もっと探検したいわ!」
「でも……!」
「……? どう、し」
 首を傾げた少女の意識は、そのままぷつりと途絶えた。驚愕に見開かれた少年の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
 少女の胸を貫いたのは、一振りの剣。崩れ落ちたその背後に立っていたのは、白骨の剣士だった。
 助けて――悲痛な叫びが声になる前に、少年の喉を鈍色の一閃が切り裂く。その剣を振るう肩口で、白い仮面が笑っていた。

●忘却の水辺にて
「よう、遅かったじゃないか」
 一同を迎えたナイフのデモニスタ・ロズヴィータ(cn0103)は、既に酒場に馴染んでいた。まるで以前からの常連ででもあったかのように堂々とテーブルに陣取って、訪れたエンドブレイカー達を手招きする。興味を示した一同がテーブルにつくと、彼女は手にしたグラスを弄びつつ切り出した。
「崩れた壁の向こう側が、放棄領域になってる場所があってさ……」
 迷い込んだ子供がスケルトンに殺される。このスケルトンがマスカレイドなのだと、ロズヴィータは続けた。
 現場となるのは人々の記憶から失われて久しい小さな城の跡。
 スケルトン達は全部で五体いて、うち一体、立派な剣を持ったものがリーダー格らしい。他の四体はそれぞれ二体ずつ、斧と槍で武装している。
 元はその城を守る戦士だったのであろうか――事実関係は定かでないが、スケルトン達は城跡に踏み入る者を許さず、城跡のどこからか現われては襲いかかってくるようだ。
「全く人騒がせなガキどもだよ。けど、ほっとくワケにもいかないだろ?」
 幸い事件が起きるまでは、まだ数日の猶予がある。城跡の空間にはスケルトン以外の脅威はないため、予めこれを排しておけば、子供達が城跡に踏み入っても危険はないだろう。
「今回はアタシも一緒に行く。アクエリオでの初仕事だ……ぬかるなよ」
 幼い子供達の未来を、亡者の剣などで断たせてはならない。グラスの中身を一息に空けて、女は不敵に笑って見せた。


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参加者
闇抱く星奏・アゼリア(c01813)
森牙・イルヤナ(c02439)
追い風・エッジ(c02443)
神翼の天剣士・ティエン(c03259)
音無の暗殺者・ニヒト(c05909)
求道の愚者・ヘセベール(c06001)
恋する少女・ラーラ(c13184)
翠緑の筆跡・シフィル(c17537)
赤眼の魔想紋章剣士・アセルス(c20955)

NPC:ナイフのデモニスタ・ロズヴィータ(cn0103)

<リプレイ>

●去りし日の庭
 水の色さえ淡く消え入りそうな廃墟は、滅びゆく物に特有の美しさを備えていた。
 崩れた壁の隙間を抜けて踏み入ればそこには、時に置き去りにされた城跡。その全景を見渡せる浮き橋の袂に、一行は半ば呆然と立ち尽くしていた。
「美しいけれど、どこか……物寂しい場所ですね」
 闇抱く星奏・アゼリア(c01813)がぽつりと呟く。それほどに目の前の廃墟は、閑寂とした空気に包まれていた。華やかなアクエリオの裏側に、こんな場所が在るのか――翠緑の筆跡・シフィル(c17537)は無言のまま辺りを見回した。一面が鏡のように滑らかな湖面には水上の景色がぼんやりと映り込み、かつて施された星霊建築の効果であろうか、高い天井は僅かに黄ばんだ白光を降らせている。
「幼い命が奪われぬよう……必ず、完遂致します」
「そうよ! 子供達のエンディングなんて実現させないわ、絶対破壊してやるんだから!」
 静かに城跡を見据えるアゼリアに、恋する少女・ラーラ(c13184)も力強く同意した。
 罪なき命に降り掛かる災厄。ラーラの言葉に、求道の愚者・ヘセベール(c06001)はかつて自らも目の当たりにした理不尽な惨劇を思い出す。力の及ぶ限り決して繰り返させまいと誓えば、武器にかけた右手にも自ずと熱が篭った。
「この都市で最初の戦いか……張り切って行こうかね」
「だな。出来るだけしっかりした足場で戦いてぇが……」
 気合を入れる神翼の天剣士・ティエン(c03259)の横で、追い風・エッジ(c02443)は周辺の状況にさっと目を走らせる。現在地である浮き橋の付近には壁を背にした僅かなスペースしかなく、橋は足場としては不安定なため、戦場には適さない。そうなるとやはり、あの城跡へ向かうしかなさそうだ。
「んじゃ、行くとすっか」
 エッジの言葉に一同は頷き、橋の上へと踏み出した。薄らと水を被った踏み板は一歩進むごとにゆらりと揺れて、もう長い間動きを止めていたのだろう水面に波紋が連なり、広がってゆく。
 俄かに波立った水の中に異常は感じられないが、ここは既に敵の領分――気を抜くわけにはいかない。耳を澄ませ、鋭い瞳で周囲を伺いながら、森牙・イルヤナ(c02439)が足を進め、赤眼の魔想紋章剣士・アセルス(c20955)、音無の暗殺者・ニヒト(c05909)らも、注意深くそれに倣う。
 間近に迫った廃墟は、目測よりも随分大きく、存在感を増して見えた。
 建物の上層は一部で崩れ落ち、城跡内部に散乱した柱や壁の残骸には、天井から漏れた光が点々と落ちている。
 この中のどこかに、スケルトン達が潜んでいるはず。一層耳を済ませる一同であったが、今の所、自分達以外に動くものの気配は感じられなかった。
 一体どこから現れるのか――未だ見えない敵の出現に備えて、アゼリアは神経を研ぎ澄ませ、ニヒトはそっと崩れた柱の影に身を隠す。時を止めた空間に息苦しい沈黙が満ちる中、エッジが声を張り上げた。
「せっかく訪ねてやったのに、出迎えもナシかよ!」
 挑発は高い天井にわんわんと反響し、木霊のように廃墟を渡る。しかしやはり、反応は返って来なかった。
「おかしいね。この辺にいる筈なんだが……」
「しっ、ちょっと待って」
 首を傾げたナイフのデモニスタ・ロズヴィータ(cn0103)の言葉を遮って、ラーラは両耳に手を添えた。かちゃ、かちゃんと、どこからか金属の擦れる音が聞こえてくる。
「来てる、近いわ……!!」
 少女の円い瞳が、更に大きく見開かれた。次の瞬間ガラガラと派手な音を立てて、壁の一部が崩れ去る。そしてその向こうには、武器を携えた白骨の騎士達が並んでいた。
「……来たようだね」
 眼窩に宿す暗赤色の光は、死して尚忘れえぬ責務への想いなのか。迫り来るスケルトン達を見据えて、アセルスは表情を引き締めた。
「城に門番っつーのは付きもんだが……もう此処には必要ねぇだろよ」
 冗談めかした言葉から一転真剣な表情で、イルヤナも身構える。亡者達がそれぞれの武器を振り翳すのと同時に、水没の床に溢れた小波が一斉に跳ねた。

●棘の屍
 ヒュッと鋭く、口笛が鳴った。瓦礫の陰から飛び出した光る鷹は、ニヒトの指示に従って槍を捧げる白骨を貫き、アゼリアの胸をすり抜けて、その身体に力を分け与える。
「……参ります」
 深紅の瞳に燃えるのは、静かな覚悟。手にした杖を握り締めて突きつけると、先端付近の空間がぐにゃりと歪み、現れた漆黒の剣が亡者達を目掛けて殺到する。
「この都市の古き歴史と戦う訳か。どれほどのものか、楽しみだね」
 ティエンが言って、床を蹴った。瓦礫を足場に高々と跳躍し、金髪の後姿が真っ直ぐに敵の群れへと飛び込んで行く。刃連なるその斧剣は、骨ばかりの身体に連撃を刻んだ。
(「いい風が吹いてる」)
 きっと全てが上手く行く――鋭い槍の一突きを上体を逸らしてかわし、エッジは自信の笑みを浮かべる。しかしそこで、ある事実に気がついた。
「……ん?」
 一、二、三……四。戦場のスケルトン達の数を数えてみると、明らかに一体、足りない。どこに居る――警戒を呼び掛けたその時、アゼリアが叫んだ。
「危ない!」
「!?」
 いつの間に回りこんだのだろう。剣を携えた一体は廃墟の外からぬっと顔を出すと、後衛に立つロズヴィータの背に一閃を浴びせた。
 警告がなければ、危ない所だったかもしれない――どこからか駆け寄ったスピカの頭を軽く撫で、女はチッと舌打ちする。怪光を湛えた瞳が白骨の動きを捉えると、その間にヘセベールが割って入った。
「眠りについたものを無理矢理起こし、惨劇を引き起こす棘……赦されるものではありませんね」
 速やかに駆除しなければ――冷静に努める表情の下に棘への憎しみをそっと抑えて、青年はピシリと鞭を鳴らす。
「私がいる限り、この先は通行止めです」
 目的を果たすまで、仲間の元へは行かせない。頼もしげな言葉と共に振るう鞭は電流を帯びて、剣のスケルトンを強烈に打ち据えた。白骨に青白い電流が走り、周囲には焦げたような臭気が立ち昇る。
「貫け、神速の槍」
 剣を握る腕を下げ、アセルスはもう一方の手を宙に翳した。指先の軌跡が騎士槍を描き出し、完成した紋章は瞬く間に眩い光を放つ。
「クイーンランサー!」
 飛来する魔法の風槍が、一体の胸を貫いた。弾けた光の中から飛び出したシフィルが更に氷の剣戟を重ねて行けば、弱った骨は脆くも崩壊する。水溜まりの床に兜が落ちて、グワンと鈍い音を立てた。
 まずは一体――手にした細剣をクルリと回して、シフィルは自分自身に頷いてみせる。
 しかし敵も、黙ってやられるだけの相手ではない。肉の削げ落ちた腕で振るう斧は意外にも重く、小柄な体は吹き飛ばされて、細い背が崩れかけた壁に打ちつけられる。別の一体も負けじと動けば、大きく振り被って叩きつけた斧撃に、ティエンも表情を歪ませた。
 敵が五体に、対するは十――戦力差は倍もあるのだが、城跡を守るスケルトン達は中々の強敵らしい。
「こわくなーい、こわくなーいぞ♪ それっ!」
 ワン・ツー・スリーとリズムを取って、ラーラは水を纏い舞う。無邪気に踊る姿には、しかし隠した決意があった。
 絶対に、負けない。
 孤児であった彼女にとって、親と子を引き裂くエンディングはこの世で最も許し難いものの一つだ。子供が犠牲になるというのなら、どんなことをしてでも止めてやる――円い目をキッと細めて扇を一振りすれば、溢れ出した水が大きな波となって敵を襲った。
 波に翻弄されふらつく一体のスケルトンのその隙を、イルヤナは見逃さない。鉄をも裂く鋭い蹴撃は、兜ごと敵の頭蓋を叩き割った。名も知らぬ白骨は仰向けに倒れこみ、足元を浸す水が盛大に弾ける。
 棘に支配された、眠れぬ躯。崩れたその身体に一瞬哀れむような視線を向けて、青年は次の標的へと向き直った。

●眠り与う者達
「くっ」
 錆びた剣の一突きが、青年の肩を貫いた。白いコートを鮮やかな朱に染めて、ヘセベールは重なる痛打に顔を顰める。今、どう動くべきか――呼吸を整えながら、青年はそれでも冷静だった。風を裂く鞭をしならせば、舞い散る幻想の花弁が僅かに、ヘセベールの腕に力を呼び戻す。しかしそれでは足りずと見て、アゼリアは癒しの円陣を描き出した。
 死して尚操られるなど、考えただけでも胸が痛む。一刻も早く彼らを棘の呪縛から解放してやりたい、願いを込めて魔法陣を突くと、溢れ出した青い光は青年の傷をたちまちのうちに癒してゆく。
「悪い、こっちも頼む」
「ボクに任せて!」
 傷口を拭うイルヤナに、アセルスが応じた。
 仲間を守る為、そして子供達の未来を繋ぐため。消えた自身の記憶を重ねながら、アセルスは癒しの紋章を描く。子供達の今と未来、それはいつの時代も、どんな場所でも、楽しく希望に満ちたものでなければならないのだ。
「頼むぞカシフ」
 短く礼を述べたイルヤナは、隣に控えた銀色の獣の頭をくしゃりと撫でた。勇ましい吼え声で応じたコヨーテは、一陣の風の如く敵に向かって突進する。鋭い牙が首元に突き立てられれば弱った骨はぼろりと砕け、兜の頭蓋がまた一つ、転がり落ちて飛沫を上げる。
 スケルトン達の力は拮抗しており、戦闘は長期戦の様相を呈していた。しかしここへ来て数を半数以下に減らしたことで、状況は一気に進展を見せる。
 踵を鳴らせば、カツンと硬い音。足下が氷結したことを確かめて、シフィルが動いた。自ら創り出した氷の道を滑り一直線に飛び込めば、細く冷え切った切っ先が臓腑なき肋を貫いた。落ち窪んだ眼が宿した不気味な光がフッと消え、四体目のスケルトンが膝を折る。
 残るは、一体のみ。戦場にあって眉一つ動かさないまま、ニヒトは両手の爪を振るった。カシャカシャと、奇妙な音を立て擦れ合う爪は虚空の刃を生み出し、一人残された亡者を襲う。
 しかしそんな窮地に追い込まれても、白骨の騎士は逃げる素振りを見せなかった。長い攻防の間に受けたダメージは既に深く蓄積されているにも関わらず、寧ろ今まで以上に攻めに転じるその姿勢は、侵入者への強い敵意を伺わせる。
 守るべきものはもう、とっくに朽ち果ててしまったというのに。それでも眠ること叶わずに振るう剣が、エンドブレイカー達の身体に次々と傷を穿ってゆく。
「フレーフレー! がーんーばーれっ!」
 終焉はすぐそこに迫っている。ここぞと歌いきったラーラの声に鼓舞されてティエンが敵の頭蓋に一撃を叩き込むが、屈強な骨戦士は尚もその場に踏みとどまった。
「しぶてぇな、ったく」
 小さく舌を鳴らして、エッジは大剣を構えた。次が、最後になる。決着の予感を誰もが感じ取る中で、少年の大剣が空を裂いた。
「眠れよ。お前らの役目は、終わったんだ!」
 巻き起こった竜巻が白骨を飲み込み、噛み砕いた。霧が散るように仮面は消え、錆びた剣は主の手を離れ高々と弾き飛ばされて、瓦礫の山へと突き刺さる。そして暴風が収まった時、湖上の廃墟に立っていたのはエンドブレイカー達のみであった。
 灰のように崩れ去った白骨を前にして、アゼリアは天を仰ぐ。
「どうか、安らかに空に還れますよう……」
 崩れた天井から覗くのは、また天井。
 しかしその覆いを遥かに超えた先で、本物の青空が笑っているような――そんな気がした。

●忘れずに、忘れて
 幼い指先が弦を弾けば、無音の世界に一重の旋律が流れ出す。風をはらんだラーラの髪とドレスは身動きの度にふわりと膨らんで、小さな歌声は忘れられたこの場所を悼むように、美しく、そしてどこか哀しげに響いた。
 崩れ落ちた白骨の前に膝をついて、イルヤナは静かに目を閉じ、祈る。
「きっと人々に愛されて生きてたんだろうな」
 ほんの少し儚げな笑みを見せて、青年は呟いた。戦いを終え、改めて周囲を見回してみれば、在りし日の湖城の姿が忍ばれる。
「お前らが輝いていた姿、出来るならこの目で見てみたかったぜ」
 今はここにない魂に、優しい言葉は届いたであろうか。イルヤナの祈りを見届けて、ティエンはバラバラになった骨片を集め、深い水の縁へ放つ。もう動くことのない亡者達は永久に、彼らの愛した水辺に眠り続けることだろう。
「これで当面は大丈夫だと思いますが……」
 人々の暮らしに寄り添うように存在する放棄領域の危険。それを除くために何が出来るのか、今はまだ判然としないけれど――いつかその時が来たならば、努力は惜しむまい。沈み行く残骸を見送りながら、ヘセベールは誓った。
 透き通ったブルーグレイの水中には、失われた過去の残影が沈んでいる。静寂に支配された世界はまるで時の流れを抜け出したようで、何故かは解らないけれど居心地がいい。光揺れる湖面を目指して立ち昇る気泡を追いかけ、ニヒトが水上に顔を出した。
「本当に美しい場所、ですね」
 遊泳に興じる仲間の姿を視界の片隅に収めて、アゼリアが言った。同意を求めるように振り向けば、エッジは笑い、努めて素っ気なく応じる。
「景色で腹は膨れねぇよ」
 しかし口ではそう言いつつも、少年らしい好奇心に満ちた瞳は満更でもないらしく、色褪せた空間をなぞっている。その視線の行く先を追いかけながら、女性は言葉を重ねた。
「この場所で……どんな人々が、どんな想いで過ごしていたのでしょう」
 今に残るものは、記憶の残滓のみ。この城跡の過去を知る術は残されていないけれど、一度思い巡らせれば想像は尽きることなく、胸に過ぎっては消えてゆく。
「何してんだい?」
 水辺に足を投げ出して何事か書き留めているシフィルに気付き、ロズヴィータは少女の手元を覗き込む。白いスケッチブックには、廃墟の見取図が描かれていた。その脇に、シフィルは更にペンを走らせる。
『放棄領域は見慣れた光景ですか?』
 走り書きされた文字にロズヴィータは一瞬目を瞬かせたが、やがてぽつりと、空虚な呟きを返した。
「別に慣れちゃいないさ。珍しくもないけどね……」
 好きなのかと問われれば、嫌いではない。眠り息づく『誰か』の記憶、その糸を手繰り遠い日々に想いを馳せるのも、たまには悪くないだろう。
(「時間に取り残され、片隅に消えゆく風景……か」)
 過去とは、斯くも美しくあるべきか。
 浅瀬に分け入ったアセルスは、湖面に突き出す折れた円柱に腰を下ろして、朽ちゆく庭を眺める。
 この地には過去の記憶しかなく、記憶を失した自分には今、この時だけが全て。皮肉なことだと、少女はルビーの瞳を伏せた。
 やがて滅びの世界に別れを告げ、一行は今を生きる街への帰路に就く。廃墟を望む壁の縁には、無用の立ち入りを禁ずるための小さな張り紙が揺れていた。
 とうの昔に、忘れられた場所なのだ――忘れられたままでいい。そうして静かに眠ることが、何よりの安らぎになるはずだから。
 セピアの廃墟は今も過去を抱えたまま、都市の内側に眠っている。



マスター:月夜野サクラ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2011/04/17
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冒険結果:成功!
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