ステータス画面

鬼教官

<オープニング>

 もう何度目だろう。荒らされた畑を眺め、村人は溜息をついた。
 事の起こりは数ヶ月前。村のほとりの森にいつの間にか住み着いたボアヘッドが、度々村を襲うようになっていた。収穫を待たずに畑が荒らされてしまっては、生活がままならない。今のところ村人に被害は無いが、それもいつまで続くか解らない。倦怠感と不安が、村全体を包んでいた――その日までは。

「全員、せいれぇえつ!」
 凛とした号令が響く。汗だくの男達は顔に疲労の色を滲ませながらも、背筋を伸ばして直立していた。

 その日、役場に村の中でも屈強な男達が集められていた。自衛の為の自警団を結成する為だ。農作業や樵の仕事で鍛えられた逞しい肉体は、しかし戦闘の為に磨かれたものではない。そこで村長は、集団戦闘のプロフェッショナルを呼んでいた。
「先生、どうぞ」
 扉が開かれる。高い靴の音を響かせながら、金糸の様な長いプラチナブロンドの髪が靡く。
「……女?」
 感嘆の溜息と戸惑いの声が男達から漏れた。
「今口から汚物を吐き出したのは貴様か?」
「え?」
 思わぬ問い掛けに戸惑う男の腹を、女の拳がめり込む。
「いいか、便所コオロギども! 貴様らは便所を這いつくばる虫だ! 私はそんな薄汚い虫どもを、戦士にする為にここに来た!」
 身体をくの字に曲げ呻く男を無視し、女――ノシラは大声で宣言した。
「それまで貴様らは虫だ! 飯を食ってるときは蝿だ! 水に浸かってる時はタガメだ! 良いかこのゴキブリどもがっ!」
「結局なんの虫なんだ……?」
 余計な突っ込みを入れた哀れな男は、この直後ノシラの膝を鳩尾に食らう事になる。
「これからは私の許可無く口を開く事は許さん! また、語尾には必ず『大先生』とつけろ! 解ったか!?」
『はい! 大先生!!』
「おらぁっ!」
 声を合わせて返事をした男達を次々ひっぱたくノシラ。
「貴様、名は!?」
 男達の一人が名を問われる。戸惑いながらも答える男。
「そうか。今日からは『ウニまみれ』だ! 脳がウニ程度の貴様にぴったりだろう!? さて、ウニまみれよ。何でひっぱたかれたか解るか!?」
「解りません! 大先生!」
「しょあらあ!」
 再度炸裂するびんた。
「『大先生』の前に、『美しき』が抜けている理由があるなら、答えてみせろ!」
 要は、求めにはそれ以上で応えろと、そういう事らしい。

 かくして、男達の訓練が始まったのだった。そして、3日後――。
「来ました! ボアヘッドが4体です! 美しき大先生!」
「そうか。準備は出来ているな? 貴様らは最早便所コオロギではない! ……上等な便所コオロギだ! ようやく二足歩行を覚えた程度の豚に遅れを取る事は許さん! 便所で死んだような生を営むなら、戦って死んで来い!」
『はい! 美しき大先生!!』

 ノシラは優秀な教官だった。しかし、たった3日では農夫を戦士に変える事は出来なかった。これまでは作物しか襲わなかったボアヘッドだったが、手向かう相手に容赦はしない。人の味を覚えてしまったボアヘッドによる、村にとって最悪の結果が、訪れようとしていた。

 4体のボアヘッドは村のふもとの森に生息しています。村に被害をもたらすのは数日後。村に現れる前に倒してしまいましょう。
 木はそれほど密集はしていないので、戦闘に支障はありません。
 ボアヘッドとは、人間と同程度の身長で、頭がイノシシになっているバルバです。ボアヘッドの多くは筋肉質、あるいは肥満体型をしており、体には皮鎧を身に着けています。
 今回倒すべきボアヘッドは4体。いずれも剣を装備しており、近距離で『十字剣』、『ソードラッシュ』のアビリティを使用してきます。
 もともと村を襲う習慣を持ったボアヘッド達ですので、1体でも残してしまうと新たな悲劇を生んでしまう恐れがあります。4体とも倒して、後の憂いを払拭して下さい。
 日々の生活を慎ましく営んでいただけの村人に。村の為、農具を武器に持ち替え、慣れない過酷な戦闘訓練をひたむきにこなした村人達の血の滲むような努力に、虚しくも残酷な悲劇は見合いません。
 この村には、皆様の力が必要なのです。どうか、罪の無い清貧の徒にこれ以上の理不尽が降り掛かることの無いよう――。
 ついでに先生も助けてあげて下さい。


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参加者
那由他刀・ルーン(c01799)
アストライアー・リアン(c01810)
星霊格闘士・エレンシア(c03152)
斧の狩猟者・アイシャ(c03582)
黒焔・グレン(c09850)
刻まれた暗兵・デュラン(c13445)

<リプレイ>


 茂った葉から漏れる陽光がキラキラと輝く。優しい風が葉を揺らす。程よい暖かさと程よい静寂さ。この森は、村人にとって憩いの場でもあったのだろう。ボアヘッドが住み着くまでは。
「農夫さん達も色々な意味で大変ね……」
 アストライアー・リアン(c01810)が呟く。森に入った6人のエンドブレイカーは、敵の探索に当たっていた。見つけ次第速やかに殲滅する為に。
「その努力が無にならない様に、今回の危険は排除してあげないと」
 リアンはアメジスト色の瞳に決意の輝きが灯る。
「鬼教官、か……いっその事、私達が鍛え上げるってのも面白そうよね。
 尤も相手が相手、三日程度じゃ同じ結果になるかもしれないから、素直に倒した方がいいかしら? きっちり片付けておかないとね」
 リアンの呟きに答える様に言ったのは、星霊格闘士・エレンシア(c03152)。美しく健康的な脚は、軽やかに森を往く。それは、一刻も早い解決を望むが為。
「鬼教官……鬼教官か……」
 余り聞きたくない言葉だな。黒焔・グレン(c09850)は子供の頃を思い出していた。生家で戦い方を厳しく叩き込まれた時を。
「どうかしたの?」
 両サイドに結った黒髪を揺らしながら尋ねるエレンシア。グレンはいつの間にか顰めてしまっていた顔に気付き、なんでも無いと言うと普段の理性的な表情に戻った。
「いや、なかなかに厳しい訓練をしている様だ。その努力が報われん事などあってはならんな」
 努力の重みを誰よりも知っているグレンだから。
「人の味を覚える前に始末してやる」
 理不尽な結末を食い止めたい気持ちも強かった。
「えと、生兵法はケガの元って美しき大先生は知らないのかな」
「自分の教え方に自信があったのでしょうが心構えだけが変わってもそう簡単に強くなれるわけが無いでしょうに……」
 斧の狩猟者・アイシャ(c03582)と那由他刀・ルーン(c01799)が呆れた様に言うと、刻まれた暗兵・デュラン(c13445)も、
「気の強ぇ女は嫌いじゃねえが、その大先生とやらは無謀と勇敢をはき違えてるな。戦いは精神力じゃねえし、死ぬ為に戦うんじゃねえさ。それに、村人は手駒じゃねえんだからよ」
 と渋い表情で呟く。
「そうですね。それに、死んでしまったら強くなる機会も得られませんし。出さなくてよい犠牲は最小限に抑えるとしましょう」
 デュランの呟きに応えたルーンの涼やかな瞳には、強い想いが宿っていた。


「見つけた、ようやく二足歩行を覚えた程度の豚共だよ〜」
「アイシャさん、大先生の口調がうつってます……」
 アイシャとリアンののんびりとした遣り取りだが、その内容に否が応にも一同の緊張感が増す。アイシャの報告に依れば、目の前の木々の茂みの向こう側に、4体のボアヘッドがいると言う。既に剣を構えている事から、こちらの存在には気付いているのだろう。
「バルカン、お願い!」
 星霊を呼ぶリアンの声が、戦闘開始の合図となった。木々を分け入って現れたボアヘッドを、尾に火を灯した黒猫が焼き払う。顔を焼かれたボアヘッドが怒りに任せて剣を振るう。
「当たらねぇよ」
 怒りに任せた一撃なんざ。
 前衛に躍り出たデュランは敵の攻撃を斧槍で受け流すと、更に一歩踏み込み敵を突く。
 続いてアイシャが竪琴を掻き鳴らす。
「えと、お前ら蛆虫にも劣る低能の豚が勘違いで二足歩行をしている様だが、所詮は豚、今すぐ地面に這いつくばって豚の様に許しを請うなら、せめて豚扱いしてやるぞ、この豚共♪」
「アイシャさん……」
 リアンは何かを言いかけたが、すっかりノリノリのアイシャを見て何かを諦めた様だ。
 心を掻き乱す不協和音のせいか、笑顔で放たれた心を抉るえげつない言葉のせいか、もう1体のボアヘッドも怒り狂っている。
「蹴り潰してあげるわ」
 一層鼻息の荒くなった敵を、エレンシアの舞う様な蹴りの嵐が襲う。
「さて、と……一気にいくわよ。覚悟はいい?」
 不敵に微笑むエレンシアを、ボアヘッドは目に怒りを滲ませながら睨み付けた。

 1体のボアヘッドが突進してくる。
「来い。退屈させるなよ」
 冷厳な眼差しで敵を見据えるグレン。濁った目を鈍く光らせた敵の攻撃を剣で弾く。
「こんなものか? 退屈させるなと言ったろう」
 挑発する様に微笑むグレンに、ボアヘッドは唸り声を上げ襲い掛かってきた。

 残る1体にはルーンが向かった。ボアヘッドも近づく彼に気付き、低い音で威嚇する。
「相手になろう」
 放たれた殺気さえ受け流し、しなやかな刃を静かに構える。その構えには一分の隙もない。場を張り詰めた空気が支配する。が、元より本能のままに生きているボアヘッドだ。焦れて先に仕掛けてきた。
 強靭な膂力から繰り出される一撃を刃をしならせて受け、返す刀が弧を描き敵を斬り付ける。

「なかなかやるわね……」
 敵の剣戟を受けるエレンシアの額に玉の汗が浮かぶ。しかしその表情には余裕が伺って取れた。
「速度を上げるわ。ついてきてみなさい」
 風の様な軽やかさが彼女の本領だった。振り下ろされる剣を潜り抜け、敵の懐へと飛び込むエレンシア。
「避けられるかしら?」
 至近距離から放たれた水流がボアヘッドを飲み込んだ。
「リアン! 今よ」
「任せて下さい!」
 エレンシアの後ろで隙を伺っていたリアンが呼び出した眠りを誘う雲が敵を包む。
「これで終わりよ」
 苦しげに呻くボアヘッドの一撃を受けながらもエレンシアの瞳の輝きは揺るがない。敵の間近で呼び出した水の星霊が、主の呼び掛けに応え大量の水流を解き放つ。水が引いたとき、残されていたボアヘッドが動く事は二度と無かった。
 振り返り、満面の笑みで片手を挙げるエレンシアに、リアンも微笑んで片手を挙げる。軽いステップで距離を詰めるエレンシア。軽快なハイタッチの音が戦場に響いた。

 何度目かの斬撃を受けたデュランの、何度目かの突きがボアヘッドを穿つ。
「ったく、しぶてぇな……」
 激しい雄叫びを上げながら、剣を振り回すボアヘッド。
「こんだけ戦えるならよ、狩りでも何でもしたら良いんだ。それを人が丹精込めて育てた畑を襲おうたぁ、短慮に過ぎるんじゃねぇか!?」
 義憤のこもった一撃が敵を貫く。ボアヘッドの口から泡の混じった血が零れる。一度大きく目を見開いたかと思うと、狂気を宿した目から急速に光が失われていった。
「…………」
 無言で次の目標に向かおうとするデュラン。今の戦闘で受けた傷から血が滴り落ちるのも気にせずに。
「余り無茶しないで」
 デュランの傷を見て留めたリアンが輝く魔法円をデュランの足元に出現させた。光がデュランを優しく包み込み、傷を癒していく。
「……すまんな」
 穏やかに微笑むリアンに礼を言うと、デュランは次の目標へと向かった。

「どうしたこの程度か薄汚い豚共、せめて豚並みの根性位は見せてみろ〜♪」
 鼻息も荒くアイシャへと襲い掛かろうとするボアヘッドを、グレンの魔力を帯びた斬撃が捉える。
「どっちを見ている?」
 静かな、しかしよく通る声が敵を射る。グレンは我を失っているボアヘッドとは対照的に、冷静に戦場全体を見渡していた。木々の位置と援護してくれているアイシャの位置を考えながら敵を手玉に取りつつ、ルーンが対峙しているボアヘッドに光の印を付与していた。
 グレンは敵を巧みに誘う。ボアヘッドが剣を振り下ろそうと踏み込んだとき、金属が激しくぶつかる音が響き渡った。
「獣用の罠は豚には上等過ぎたな、どうだ嬉しいか、喜べこの豚♪」
 アイシャの仕掛けた罠が敵に噛み付く。にこやかに辛辣な言葉で罵られ、苦悶と憤懣に顔面を歪めているボアヘッドを、グレンは若干哀れに思いながら剣を振るう。
「終わらせてやろう」
 黒衣が翻るや、刃が三度の閃きを放ち、ボアヘッドは声も無く崩れ落ちた。

 ルーンは相変わらず静かに構えていた。時がゆっくりと流れ、周囲には何の喧騒も無いかの様に。対するボアヘッドは、細かいながらも数多の傷を受け息も荒い。絶え絶えな唸り声を上げ、振り絞る様に振り下ろした渾身の一撃は、刃のしなりにいなされ、翻る刀で新たな傷が刻まれる。ボアヘッドの目から戦意が消失するのが見て取れた。
「逃げられると思うか?」
 逃げようとする方向に、デュランが立ちはだかる。豚を潰した様な悲鳴を上げ、逆の方向に逃げるボアヘッド。木々を盾にして追撃を避ける様に。
 最後の力を振り絞り、懸命に走った……積もりだった。ボアヘッドの視界がずれる。疑問に思いそして、理解した。自分が既に絶命している事を。
 木がゆっくり倒れた。その後ろにいたボアヘッドも分断されて倒れていた。
「我が太刀は森羅万象を切り裂く、樹を盾にしようが何の意味も成さない」
 刀に付いた血を拭くと、ルーンは刀を鞘に納めた。周囲にざわめきが戻る。


「敵は始末したが……鬼教官とやらのしごきはまだ続くんだろうか」
 グレンは相変わらず顔を顰めている。
「えと、もしかしてこれで村が平和になっちゃったら、村の人はシゴかれ損?」
 アイシャも素朴な疑問を口にする。
「脅威が去った事を知らないわけですから……」
 困惑した表情と言葉の中に、肯定の意を含ませるリアン。
「まあ、今後に備えて訓練するのは悪い事じゃねぇがな」
 デュランは自分を納得させる様に呟いた。
「せめてその訓練が、実りのあるものである事を祈りますよ……」
 少し諦めた様にルーンは言った。
「ちょっと村を遠目にでも覗くのも面白いかもしれないわね」
 興味津々で言ったのはエレンシア。
 それぞれ思いはあれど、深刻な様子ではなかった。悲劇の終焉は間違いなく破壊したのだから。他ならぬ自分達の手によって。

「ふざけるな! このカマドウマやろう!」
『はい! 美しき大先生!』
 今日も元気な声がこだまする。村の平和を象徴する様に。
 いつかその光景が村の名物となるのだが、それはまた別のお話。



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作成日:2011/04/27
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