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花絵師ラッテと春色の贈り物

<オープニング>

●雪色の桜
 とある町の片隅に、芸術家たちが好んで集う地区がある。そこに慎ましく暮らす姉弟は近所に住む仲間のうちでも評判になっていた。
 花絵師ラッテと染色師アッセ。彼らが作品の素材として扱うのは、植物だ。
 姉弟は町の一角の小さな工房で起き伏しし、芸術家仲間にもかわいがられて気ままに暮らしていた。
 そんな早春のある朝のこと。
「もう桜の時期か、早いな」
「そんなことない、遅すぎるくらいだわ。早く行かないと花の命が本当に終わっちゃう」
 話す時間も惜しいとばかり、ばたばたと道具をかき集めてせわしなく工房を出て行ったラッテは、目的の村で不思議なものを見た。
「何、あれ……白い桜?」
 少女の頬のように上気して、やわらかく煙る桜の林。その奥で、他の木々に隠れるように小ぢんまりと枝を広げた数本だけが、雪でも積もったように真っ白なのだ。
「こんな色の桜もあるのね……きれい」
 瞳を緩めて木に近づくと、ラッテは慈しむように幹を撫でた。ところが、
「えっ……?」
 穏やかな笑みが驚愕に凍りつく。
 風もないのに、触れた木の幹がむずかるように大きくしなった。土に埋もれていた根が波打ちながら這い出して、ずい、とこちらへ踏み込んでくる。見れば両隣の木までもがつられて背伸びをし、枝の先に咲かせた白い花を震わせている。
 思わず後退りしたラッテは、桜の絨毯を蹴って駆けだした。白い桜はのしん、ともう一歩踏み出すと、いっぱいに広げた枝を、ラッテの上へ鋭く振り下ろした――。

●桜が散る前に
 そういう訳なの、とあらましを語った剣の城塞騎士・フローラ(cn0008)に、エンドブレイカー達の心配げな視線が先を促す。
「幸いにもラッテさんは、逃げる拍子に転んで作ったすり傷ひとつで帰って来られたけれど……彼女はどうしても、その村の桜を採取しに行きたいそうなの。依頼された絵を描くために」
 その村に住む小さな少年から託された仕事は、わけあって村を離れることになった友達に、大好きな桜の絵を贈りたいというもの。
 小さな手に大事に大事に握り締めてきたのだろう、温かくなった金貨を一枚受け取ったラッテは、出来上がった絵は少年の心に出来る限り近いものでなければならない――と考えた。
 そして考え抜いた結果、少年と『友達』が見慣れた桜で描くのが一番良いと思ったのだ。
「でも、白い桜がある限り、ラッテさんどころか村の誰も桜林へ近づけない。力を貸してあげてくれないかしら」
 白い桜はマスカレイドではなく、歩行樹と呼ばれるモンスターであるという。
 枝ぶりや花の形は桜によく似ているものの、背たけは低く、大人の男性より一回り大きい程度。幹も両手で抱えこめる太さらしい。
 林の奥にぽかりと空いた広場に、三体の歩行樹が平然と枝を伸ばして待ち受けている。他の桜と同じように、風にそよいでみせる以外にはぴくりとも動かず、遠目にはただの木としか映らないだろう。しかし、ひとたび獲物が近付けば、枝や根で器用に捕え、打ちすえて殺してしまうのだ。
「苦戦することはないと思うけれど、油断しないでね。根を足のように使って移動もできるし、自在にしなる枝は冷気を帯びていて、こちらの動きを封じようとするわ」
 ただし、動きは決して素早くはない。三体いるのが厄介だが、上手く攻撃を集めれば早々に決着をつけられるだろう、とフローラは見立てた。
「白い桜を倒したら、村で待っているラッテさんを迎えに行ってあげてね。彼女は桜林で絵を描くつもりみたい」
 花絵師ラッテは花の命を引き延ばす。
 そう噂されるとおり、彼女は草花と糊とを絵具に、自身の指先を筆にして、絵という形で花を生かすのだ。もちろん瑞々しさはやがて薄れていくけれど、彼女の手にかかれば褪せてすら美しい絵画が出来上がるという。
「とても親しみやすい娘さんだから、一緒に桜を楽しみたければ歓迎してくれると思うわ」
 満開の桜の屋根の下、一緒に絵を描いてみるもよし、ゆっくり春色に身を浸すもよし。一緒に行けないことを惜しみながらも、いってらっしゃい、と声を掛けるフローラの青い瞳は、空を覆う春の花色を思い描いて柔らかく緩められていた。


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参加者
ハルバードの魔法剣士・レギネー(c00311)
弓の狩猟者・ランシェ(c00328)
剣の城塞騎士・ヴィヴィス(c01449)
アイスレイピアの魔法剣士・ムーン(c03212)
弓の狩猟者・カノン(c03340)
弓の狩猟者・ピニア(c03721)
太刀の魔法剣士・サリシェス(c04546)
杖の星霊術士・セルジュ(c06673)

<リプレイ>

●相容れぬ花
 村の外れの桜の名所。
 特に捜索の必要もなく、ピンク色のこんもりとした林は情報通りエンドブレイカー達の前へ現れた。
 出迎えるように左右に居並ぶ桜の陰。弓の狩猟者・ランシェ(c00328)は、奥に何食わぬ顔で枝をそよがせている三本――いや、三体の白桜を発見する。
「確実に仕留めましょう!」
 絵の為にも、村人の憩いの為にも。
「うむ、森の平穏を脅かす者は、峠の狩人として許さぬのじゃ!」
 身の丈に余る大弓を抱きかかえ、弓の狩猟者・ピニア(c03721)が命じる。
「ピフよ、敵の攻撃を制動せよ!」
 名を呼ばれ現れ出でたファルコンスピリットは、青空に溶けるように舞い上がり、中央に佇む白桜の枝一本、勢い任せに掻き切った。
 ざわり――悲鳴の代わりに幹が左右に揺れ、枝が鳴る。振り払おうと暴れる別の枝を広げた翼が切り裂くと、
「戦いもまた芸術」
 それをお目に掛けましょう、と杖の星霊術士・セルジュ(c06673)が掲げた杖が、中央とその右に添い立つ白桜を標的に選び取る。息つく間に、魔法の矢は三度射ち込まれた。
 仲間をやられたと思ってか、無傷の左の白桜が地面からずぶりと根を引き抜こうとしている。土にまみれたその足を、
「一見、綺麗なのがとても残念ですが……」
「そっちには行かせへんよ!」
 弓の狩猟者・カノン(c03340)が飛ばした針が刺し留め、その隙に分身を伴った太刀の魔法剣士・サリシェス(c04546)が斬りかかる。
「おっと、こっちもだ」
 アイスレイピアの魔法剣士・ムーン(c03212)の切れ長の瞳が、いち早く右の白桜の動きを捉える。細い刀身を優雅に差し向け飛び出せば、残像を伴ったステップで、中央の白桜をも続けざまに刺し貫いた。
 右の白桜一体に狙いを定めたランシェの弓が、四本の矢の雨を降らせ意識を逸らす。左右を牽制し一体へ攻撃を集める作戦は、見事に功を奏した。
 嵐のような集中攻撃に晒された中央の幹の懐へ、守りを固めた剣の城塞騎士・ヴィヴィス(c01449)が飛び込む。
 相容れない存在に困る者がいるならば、助けるのが騎士の努め――それが女性なら猶のこと。
「恨みは無いが……許せ」
 振り下ろした剣が縦ざまに幹を裂く。そして閃く花に彩られた美しいハルバードは、ハルバードの魔法剣士・レギネー(c00311)のもの。
「さあっ、目に物見せてくれよう!」
 体を軸に振り抜かれた武器はレギネーの手を離れ旋回しながら飛び、白桜の胴を今度は横に切り裂いた。
 白い桜の下には骨がとは聞くけれど、その骨を生むエンディングを打ち砕くため、彼らはいるのだ。
 孤を描き主の元へ返り来た刃を、ずん、と倒れた白桜が散らした花弁が飾る。横目に盗み見たレギネーがふふんと楽しげに笑んだ。
 まずは一体。

●春の吹雪
 左の白桜が振り翳した枝の先、綻んだ花房が霜の煌めきを帯びる。
「きゃあっ!」
 ざん、と風を鳴らし振り下ろした枝は、回避しようとしたサリシェスの足をかすり凍りつかせると、返す勢いで細い体を薙ぎ払った。助け起こすカノンの紫の瞳がきゅ、と細められる。
「此処は、貴方がたが咲き誇るには害が多過ぎます」
 散るもまた一興――放った毒針は次々と幹に突き立って、白桜の身を捩らせる。
「妾も加勢するのじゃ!」
 手に余るほどの弓を精一杯引き絞り、ピニアの射撃が、緩慢に這い伸ばされようとしていた根を射ち抜いた。その隙に踏み込んだヴィヴィスの突きで、木全体がぐらりと揺らぎバランスを崩す。
 凍りついた足に感覚がない。汗を握った手で強く一撫でし、よろりと立ち上がったサリシェスは眼前の白桜の根元へ身を転がした。受け身を取っての下段の構えに、白桜が倒れかけながらも防ごうと枝を伸ばすのを少女は目にした。あどけない唇に勝気な微笑みが浮かぶ。
 太刀・紅蓮桜は軌道を違え、拒む枝の上をすり抜けて真横から幹を両断した。切断面からずるり、滑るように地に沈んだ衝撃が、花吹雪を舞い上げる。見届けて、ようやくぺたりと座りこんだサリシェスは、勝ち鬨を林に響かせた。
「あと一体や!」
 白い花弁を散り急がせ、最後の桜は空へぐんと枝を伸ばした。二回りも大きく見える威容を盾に、花の衣に隠した鋭い枝先で襲い掛かる。膝を強かに打たれたムーンは顔を歪めはしたが、続くもう一打は間一髪で転がり避けた。その目に、セルジュが展開した結界陣の輝きが映る。
「待ってたぞ、さっさと終わらせよう!」
 返事の代わりにセルジュが放った魔法の矢は、熱を残してムーンの傍らを走り抜け、ひとつとして狙いを逸れることなく幹に突き立っていく。
 衝撃で揺るがされた白桜は、根を張り堪える風情を見せた。それでも耐えきれず、ぽとりと一枝が折れ飛んだのを見て、ランシェは強く弓を握り締める。
「雪の様で、見事な桜なのに」
 つがえた矢に惜別の思いを乗せ、静かに手を離す。放たれた矢は真っ直ぐに、幹の中心へと突き刺さった。これを好機と、涼しげな目に軌道を捉え、アイスレイピアを構えたムーンが猛進する。
 刀身を包む氷が、幹を貫く。ぴし、ぴしり、と乾いた音がひと抱えもの幹の表面に広がって、そしてそれが空に広げた枝先にまで達したとき――。
 氷像と化した最後の白桜は、轟音でびりびりと空気と大地を震わせ、とうとう倒れ伏したのだった。

●天上の桜色、地上の雪色
「ラッテはん、無事終わったで!」
 レギネーとヴィヴィスに導かれ、再び桜絨毯を踏んだ花絵師ラッテは、手を振るサリシェスに迎えられほっと吐息を零した。ありがとう、と皆の手を交互に握り締める。
「よかった、これで間に合いそう」
 倒された歩行樹の幹は、ピニア達の手によって、すでに目につかない場所へ運び出されていた。今残るのは頭上を覆う空の青と桜色――そして薄紅色から白へとすっかり塗り替わってしまった、花の絨毯だけ。
 ラッテは白い花弁をひとひら摘み上げると、何か思いついたのかひとつ頷く。
 抱えていた荷物を下ろしてすぐに荷解きを始める彼女へ、セルジュがにっこりと四角い包みを差し出した。
「先に桜の絵を召し上がって、気力を充実させるのは如何でしょうか?」
 首を傾げてラッテが解いた包みに、覗きこんだ皆の口から歓声が漏れる。白いご飯の上にサクラマスのほぐし身で描かれた桜、舞い踊る蝶は薄焼きたまご。刻んだ葉ものの緑が繊細に彩った春の野に、飾り切りを施した野菜の鳥、練りものの動物たちが遊ぶ花見弁当。まさに絵を食すると言うに相応しい仕上がりだ。
「楽しみにしてました……!」
「桜を見ながらこんな素敵なお弁当を食べられるなんて」
 きらきらと目を輝かすランシェにカノン。口にするのが勿体ないほどの食事を極力崩さないように取り分ければ、ムーンは取り分をあっという間に平らげてしまう。早技やね、と笑ったサリシェスが、桜餅を取り皿へ乗せてやった。
「あなたも私や弟と同じ、同志ね。このお弁当には心があるもの」
「絵には自分の心が入るといいますから」
 ラッテの賛辞と仲間のはしゃぎぶりに、セルジュは穏やかに目を細めた。
 咲き誇る桜は戦いの後の癒しに似て、厳しい冬を越したご褒美だ。歓迎をもって迎えられた彼のアート弁当も、仲間の身も心も癒したことだろう。
 ランシェが塩漬けの桜で彩ったお茶を配る中、ひらりと一枚舞い落ちた花弁がヴィヴィスの持つグラスの水面を揺らす。生まれた波紋に口角を上げ、彼女はのんびりと酒を嗜んでいる。
「ん……桜を見ながらの酒は……格別だな」
 凛とした顔立ちが緩み、ゆったりと寛いだ姿は和らいだ印象を与えた。取り出そうとした煙草を、野暮と自ら戒めて懐にしまう様子も慎ましい。
「さぁ、お腹も満たされたところで。ハニィ達、花絵を楽しもうじゃないか!」
 芝居がけて手を広げたレギネーの元へ視線が集まる。その傍らで、請われたラッテは笑顔で画材を差し出していた。

●花の命、留めます
「進み具合はどうだ?」
 自分の絵を背に隠し、ムーンが仲間たちの手元を覗きこむ。
「う、うむ、拙作であるがの……」
 気難しい顔を作ろうとして失敗したようにピニアが笑う。上手よ、と頭を撫でるラッテをよそに、ムーンはちらちらと男性陣の作品を窺い、小さくガッツポーズを決めた。
(「俺の方がイケてる……!」)
 その彼が背に隠したのは、どうにも可愛らしくファンシーなうさぎさん。
「色を合わせるのが中々難しいのだね…しかしながら良い出来だ! ほれぼれするよ!」
 そう言うレギネーの描いたのはやはりファンシーなひつじさんのようなもので、これまた甲乙つけ難いのだが。
 紙を溶かした特殊な糊を薄く伸ばし、花弁を紙と同化させて描かれる絵は、本来の色よりもほんの少し淡く、輪郭のぼやけたものになる。
「う、ラッテさん、助言を頂けませんか……」
 糊用のへらを紙の上で迷わせていると、花の命をどんな姿で残したいか、自分の心に正直に、と答えが返る。暫く考えた末、蕾と開いた沢山の花を紙の中央に配したランシェは、自分の瞳のような深い緑の彩りを花色に添えた。
 カノンは紙全体に桜色を広げたラッテの絵を、注意深く観察していた。降り注ぐ桜雨を捕えては無造作に貼る繰り返しが、厚みや糊の乗せ方で色を微妙に変化させることを知り、自分の絵にも応用してみる。
 絨毯から分けてもらった白い花弁が、ラッテの絵の中、やがて桜色の中で手を繋ぐ二人の子供に変わったとき、カノンはほうと溜息を漏らした。
 人の心と心を繋ぐラッテの気持ちこそ、カノンが彼女から学び取りたい姿勢。
(「皆さんと描いたこの絵もどうか、こんなふうに」)
 花も思い出も一緒に、褪せてなお美しいものであるようにと願い、カノンは桜の下の自分達の姿を絵に込める。
「そうや、村のみんなも呼んで花見にせえへん?」
 ほのぼのと絵本のような空気を醸し出す桜並木を描き上げたサリシェスが、頬に花弁をくっつけたまま駆け出した。満開の桜を背景に踊るように遠ざかっていく少女を素早くスケッチに残しながら、セルジュはゆっくりと頭上を仰ぎ見る。
 桜の雪舞う春の空。――白い桜の命も薄紅の桜の命も、いくつかの絵の中にしっかりと刻みつけられた。



マスター:五月町 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2010/04/11
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