ステータス画面

ショウケイ

<オープニング>

 先へ。もっと先へ。もっともっと先へ。
 血塗れで手を伸ばす。転んで泣いて喉を嗄らして、それでも唯手を伸ばし続ける。
 どうかきっと次こそは、満たされることがありますように。
 どうかきっと明日こそは、この渇きが癒えますように。
 そうして何にかつえているのかも解らぬまま、何処を目指すのかも知れぬまま、
 満たされたいと走り続ける。

 風の強い夕方だった。
 赤銅色の髪を頭の上、二つに纏めた少女がいた。年の頃18前後。癖の強い髪ははためいてその表情を隠していた。
 そこは小さな野外音楽堂。屋根なんてあってないようなものだ。粗末な作りの建物で、客席も少なく、有名な歌い手を呼ぶわけではないけれど。音楽が好きな人々が集まって日々歌のたえることがなかった場所だった。
 遠くに水の流れる音がする。少女の足元には血だまり。よく見れば足元に幾人もの死体が転がっているのが解るだろう。
 血の跡は舞台の上点々と広がっている。死んだと思っていた一人が動いた。地べたに這い蹲り必死に彼女に手を伸ばす。その右足を掴んだ。
「どうして……」
 どうしてだと、苦しげに言った。少女は右手を上げる。その手には血で染まった太刀が握りしめられていた。
「なんで」
「わかんない。あたしもよくわかんない。ごめん」
「そんな……!」
 少女の返答に悲鳴じみた声が上がる。ごめん。と、もう一度呟いて太刀を少女は翻す。真っ直ぐに脚を掴む少女の背に突き刺した。一度痙攣して、それは動かなくなった。
 死体の手を振り払って、舞台の真ん中に立ってみる。小さい客席。小さな世界。今は観客もない。唯静かなだけの世界。
 小さく歌を口ずさむ。自分の歌。大好きな歌。頬を伝う、一筋の涙。
「……足りない。こんな歌声じゃ、足元にも及ばない」
 今殺した彼女より。
「こんなんじゃない。こんなんじゃ足りない。もっともっと、もっと……」
 もっともっと。先へ。見たこともない何かへ。もっとずっと遠いところへ。
「行こう……ショウケイ」
 名を呼ぶと、死体に遊ぶよう噛みついていた巨大な魚が飛んだ。狼ほどもある、真っ赤な魚が二匹、彼女の太刀の中吸い込まれるようにして消えていった。

「人間って」
 群竜士・ベル(cn0022)がふっと呟いた。酒場の隅のテーブルからは、人の姿がよく見えた。
「不思議だね。そんなもの、喰らってしまえば良かったのに」
 何を、と誰かが問うた。ベルはしばし考え込み、地図の余白にこう書いた。『憧憬』と……。
「まあ例えその憧れを越えても、どうせ次の『上』を見つけるんだろうけどね。この闘争心の塊みたいな僕が言うんだから間違いない」
 冷めた珈琲をいつもの何を考えているのか解らない顔で啜って、ベルは一つ息をついた。
「彼女の名前をキミカ。小さな野外音楽堂で定期的に歌を歌ってた。ある日同年代の、似たような歌い手と一緒に歌を歌う仕事が入って、その練習の最中に彼女を殺してしまう。演奏の手伝いをしてた人達も一緒にね」
 衝動的というには落ち着いた犯行だったけれども、その直前まで普通に親しげに話をしていたんだよね。と、ベルは付け足した。
「才能に嫉妬したといえば、簡単なのかもしれないね。でも、本当のところはよく解らない。んー」
 考え込むように、机の上の紙をペンで叩いた。そこには野外音楽堂の見取り図と、『憧憬』という文字が書いてあった。
「嫉妬といえば嫉妬だけど」
 規則正しくペンは音を刻む。
「もしかしたら対象はその殺した彼女の歌声じゃないのかもしれない。ただすごく」
 渇いている感じがした、と、ベルは呟いた。
「まあそれは置いて置いて。ええと、彼女は犯行の少し前、昼くらいからそこにいるから声をかけて誘い出すか、もしくは犯行直前に直接割って入るかのどちらかになると思う。そんなに小難しいことは言わないけれども、嘘をついたりしておびき寄せるなら多少は不自然にならないようにするべきかもしれないね」
 割って入るなら出来る限り被害者となる予定の人達を守ってあげて欲しいとベルは続ける。
「太刀を持っていて、配下として魚を二匹召喚する。魚は能力としてはバルカンに似てたかな。本人の方が強いみたいだったけど、油断はしないでね」
 そう言って簡単な敵の能力を紙に書いてから、
「僕は全く残念じゃないけど、マスカレイド化した人を元に戻すことは出来ないんだ。だから、倒しに行こうか。僕も行くよ」
 そう言ってもう一度、ベルは軽く紙をペンで叩いた。
「何かを」
 感情の籠もらない声音で、
「追い求める。でも何を追い求めてるのかは解らない。多分満たされたいんだなあとは思うんだけど、どうしたら満たされるのかは解らない」
 賞賛か。名誉か地位か。どれも近いけれどもどれも違う。唯漠然とした渇きを胸に走り続ける。
「それはとても、たちの悪いことなんだろうね」
 だからどこまで行ってもきっと果てがないのだろうと、ベルは静かに締めくくった。


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参加者
青空の宅急便・ユースティリア(c01222)
宵待月・キサ(c01964)
森の妖精・ホリー(c02029)
緋凰舞花・サラサ(c02410)
蒼流飛槍・ティール(c02667)
太刀の狩猟者・リーリア(c04032)
舞台に棲み付く赤トカゲ・アンゴ(c04556)
真イケメン魔獣戦士・カイト(c05447)
狂嵐獅子・ミハエル(c10562)

NPC:群竜士・ベル(cn0022)

<リプレイ>

●嘘
 赤銅色の少女は譜面に目を落とし微かに歌を口ずさんでいた。
 時刻は昼間。予定よりかなり早いがいつものことで、夜の公演に備えて準備でもしようかと思っていた矢先のことだった。
「こんにちはっ、キミカさんだよねっ?」
 声がかかり顔を上げる。青空の宅急便・ユースティリア(c01222)の人懐っこい笑顔がそこにあった。
「実は、どうしてもキミカさんの歌を聴きたいって言う人がいて……」
 キミカは首を傾げる。長く演奏をしていると珍しくない事だ。ユースティリアは傍らの女性、太刀の狩猟者・リーリア(c04032)に視線をやる。
「……私の知り合いが」
 落ち着いた声音でリーリアは言った。
「貴方のファンなの。貴方の歌を聞いて、病気と闘う勇気が出たって。具合が悪くてここまで来れないけれど、会ってあげて欲しいの」
 キミカは一度地面に目を落として、
「名前は?」
「えっ」
「その子」
「あ、ホリーよ」
 リーリアがとっさに付け足す。キミカの聞いたことのない名前だったけれど、
「夜の公演があるから、明日じゃ駄目?」
「その子も長くいられなくて。そんなに遠くない所だし、1曲だけで良いからそんなに時間も取らせないし……お願いっ!」
 ユースティリアが両手を合わせて言った。その言葉にキミカは地面から目を上げて、
「……わかった」
 どっち。と尋ねる声音はどこか嬉しそうで、
 その背中に気取られぬ様微かに目を伏せ、ユースティリアはあっちと歩き出した。

 宵待月・キサ(c01964)がこの辺と探した場所は、音楽堂から離れすぎない人気のない路地だった。
「人目は……少ないはず」
 小さく確認するよう頷く。場所探しを手伝っていた蒼流飛槍・ティール(c02667)が周囲を確認しながら、
「この陰と……あちらの方に隠れたら、奇襲しやすいと思います」
「イッコはここあたりが良さげじゃね? 退路塞ぐような感じになるし」
 真イケメン魔獣戦士・カイト(c05447)も微妙に真剣に位置取りを決めている。
「なるほどここならばうってつけの戦場だ。……この木箱を除けてボロでも纏えば見つかることはあるまい」
 狂嵐獅子・ミハエル(c10562)が低い声で呟く。後半の声が不機嫌そうな音になったのは、自分の声が思いの外弾んでいる気がしたからだ。
「ぉぉー。なんか皆、しっかりしてるなぁ。頼りにしてるぜ♪」
 舞台に棲み付く赤トカゲ・アンゴ(c04556)が場所確認しつつ隠れ敢て明るい口調で言うと、緋凰舞花・サラサ(c02410)も頷いた。
「うんうん。頼れる男の子ってやっぱりいいわねえ♪」
「……そ、そこまで頼りにしてもらっても、困るよ」
 キサはそっぽを向いて鼻の頭をこする。カイトが笑ってその背を軽く叩いた。
「良いじゃん。実際頼りになるんだからさ! ほら、早く隠れちゃわないとな」
「……見えてる?」
 森の妖精・ホリー(c02029)が木箱の裏に隠れると、
「帽子が見えてるよ」
 と群竜士・ベル(cn0022)が簡単にチェックして、
 一同が路地に隠れると、周囲はまた静まり返る。微かに緊張感の残るその場所で、
 足音がした。

●蒼炎
 一体何処まで行くのだろうか。
 キミカがそろそろ不思議に思いだした頃、リーリアがが不意に足をとめた。少し開けた場所の、真ん中あたりだった。
「ごめんね」
 ゆっくりとユースティリアが振り返る。
「嘘だったんだ」
 その言葉と共に、物陰からティールが飛び出して駆け、槍を叩きつけた。
「……っ!」
 数歩キミカは後ろに下がる。何処からともなく太刀を取り出し鞘を抜き放った。すると太刀から零れ出るかのように巨大な赤い魚が二匹、空を舞ってキミカの前姿を現す。
 リーリアは軽く瞳を伏せ額飾りに触れ誓うような仕草をする。己に恥じない戦いを。その決意のもと顔を上げ、
「誰もが心に飢えた獣を持つものよ。獣に……負けたのは、残念ね」
「騙したのね」
「騙してゴメン」
 キミカの言葉にアンゴが掌を握りしめて言った。唯真っ直ぐに、彼女の目を見て、
「でもこれからする事は謝らねぇ」
「病気の女の子はいなかったんだ、で納得はしないよな」
 魚を盾に後退しようとしたキミカにカイトは駆けた。とっさにキミカは刀を振る。トンファーと刀の合わさる音がした。
「悪いけど、棘に囚われたヤツを放置できないんだ」
 キミカはトンファーを弾く。返す刃で牽制するように反撃して、一歩下がる。
「あたしは」
 キミカは距離を測る。相手の力量を、数を、状況を。勝てる見込みなど何一つ無いような気もするけれども、
「まだ死ねない。こんなところで諦めるくらいなら、最初から手は伸ばしてない」
 刀握る手に力を込めた。
「でも僕達も、逃がすつもりはないけどね」
 そこにベルが風を起こして駆けつける。その援護を受けカイトはにっと楽しげに笑い、
「おせぇよ。折角だ! 合わせていこうぜ。ベル! 今度は遅れんなよ、たまにはかっこいいとこみせてやる」
「それはこっちの台詞だよ。カイトお兄さんこそ、僕の足引っ張らないでね」
「そっちこそ僕のかっこよさに惚れるなよ! さぁ、ちょっとワイルドに行かせてもらうぜ、お嬢さん!」
 カイトの魔獣化した腕が、キミカを刀ごと叩き伏せるように走った。
「……良いわ。全部全部叩き潰す」

 ふぉんと音を立てて巨大な魚は走る。とっさにアンゴは腕を前にして受け止める。肉の焦げる嫌な音が響いた。
「っ、配下じゃなかったら食ってやるのにな。いいぜ魚肉野郎、俺が相手だ!」
 構わず鞭を目の前の魚に巻き付ける。真面目にティールが槍に気魄を乗せて叩きつけた。
「火を吐く魚なんて配下じゃなくてもお腹を壊しますよ」
 魚が離れる。ゆらゆらと静かに空中を泳ぐ。その炎は少女の内面を表すようでティールは息を吐き、
「なんともやるせない話だと思っています。ここまで思い詰める程の気持があれば、それをバネにして違う結末も導けたでしょうに」
「できることなら助けてあげたかったわね。……でも、何の救いも与えられはしないけど、全力でアタシ達はアンタを送るわ。心の渇きも全部すべて、受け止めてそして送ってあげる」
 サラサがもう片方の魚に子守歌を歌う。ホリーが妖精の矢を放ち、
「むずかしいことはわからないけど、自分のこころを精一杯こめれば、きっと誰かが喜んでくれる。そういう風には、思えなかったのかな……」
「……」
 体の一部が樹木化する魚を見て、キサは目を伏せた。
「何処までいったら満足するか、そんなの、俺が一番聞きたい」
 呟きは己に向けてか、他人に向けてか。
 先がない。果てもない。手を伸ばして掴んでも、まだまだ先には上がいる。
 譲れないモノだから諦められない。そんな思いがキサにもあるから。彼が一番キミカの事が解るのかもしれない。キサは邪剣の群れを呼び出す。そこに、
「我が轢殺の轍に、汝らも加えてやろう!」
 獅子の如く咆吼を上げミハエルが魚へと突撃した。炎がミハエルを包むがそれさえも踏み倒すように斧で切り裂いた。同時に剣が突き刺さる。すると、
 魚が消えて炎と化す。吸い込まれるようにキミカの太刀の中へと消えていった。
 残った魚がユースティリアへと火を吐こうとして、
「わたしはここだよっ」
 火を吹いたときにはいなかった。ユースティリアは魚の後ろに回り込んで爪で切り裂く。
「この魚は彼女の憧れの……具現化かしら?」
 そして倒されれば彼女に返るのか。リーリアも冷静に呟いて見えざる手で魚を切り裂いた。ふぉん。とくぐもった声がする。血が流れず代わりに炎がふわりと舞った。
 魚がティールに食らいつく。炎がその身に移っていく。ティールは槍を振るい返すように突き刺す。
「大丈夫、だよ」
 ホリーが魔鍵を翳して傷を癒していく。こんな風に心の傷も癒せたら良かったのにと思ってしまっても仕方のないことだけれど、
「さあ、これで」
「……終わりだ」
 サラサが魔曲を奏で、キサが邪剣の群れを召還し同時に叩きつけた。魚は崩れて炎になる。そして吸い込まれるようにキミカの刀に消え、そして、
 蒼炎纏った刀が現れた。刀がベルに振り下ろされようとしたところをカイトが割って入ってトンファーで止める。そのまま受け流そうとして、だが流しきれずに切り裂かれる。
「って……!」
「くそっ」
 再び蒼炎が走る。二人して間一髪で避ける。抑えながらも徐々に削ってきたので、キミカの傷も深いけれど、蒼炎の太刀は一段と切れ味を増した気がする。そこに、
「いざ」
 巨大な戦斧が車輪のように走った。
「踏み躙りて征かん!」
 爆風と共にミハエルが駆けた。その突撃に驚いたようにキミカが離れる。
「こっからは、俺たち全員が相手だ!」
 アンゴの鞭がキミカの腕に絡みつく。常から勝ち気な表情のアンゴがその時一瞬真剣な顔になり、
「目指して、登って登って……でも届かなくて、そんな感じかもしれねぇけどさ」
 ぽつりと、
「でももがく手に刃物があるのは、ズリィよ」
 ずるいと、もう一度呟いた。
「汝にもまた、満ちたいのだろう?」
 ミハエルが斧を構え直す。
「ならば戦え、争え、抗え。切磋し、琢磨し、競い培う先に渇望は満ちる。その轍こそが生きた証!」
 己もまたそうしてこの上を満たすために戦い続けるのだと、ミハエルは斧を振るう。キミカはそれを受けて数歩下がる。
「大丈夫、風が吹く限り」
 リーリアが風を起こしカイト達の傷を癒す。サンキュ、と礼が帰るとリーリアは微かに微笑んで、
「己の獣を飼い馴らし、その飢えを満たす為に貪欲に努力すべきだった。どれほど飢えてもその牙は己の内に立てるべきだった。……今更、なのだけれど」
 キミカを見据えて、唯静かに言った。感情を伺い知ることが出来ぬ淡々とした声音で。
「唯本当に……残念でならないわ」
「理想は常に大きく、目標は小刻みに。……夢を小さく纏めちゃったらつまらないし、ねっ」
 ふわりとユースティリアは空を駆ける。
「切磋琢磨できればよかったのに」
 空中からの蹴りをすんでの所でかわして避けた。そこにティールの槍が走った。
「間違った方向に爆発してしまった貴方の想い、私が断ち切ってみせましょう!」
 刀でキミカは受ける。ティールの槍と鍔迫り合い、だが迫り負ける。弾かれ後退したところにホリーが針で武装した妖精を突撃させた。
「憧れを見付けられたら大切にしてあげれば良いのかな、って思うの」
 ホリーも辿々しく、精一杯言葉を探す。浮かぶのは憧れた人の顔。
「難しいかもしれないけれど、でもそうしたら自分が大切にした分以上に。私を大切にしてくれるのあーちゃん……アオイおねえちゃんは」
 そしてそれはかけがえのない何かになるのだと。胸に手を当ててホリーは言った。
「歌を愛して、上へと目指すこの子の気持ちはわからないわけじゃない。歌が好きで、歌を生業としてアタシも生きてるから」
 サラサが魔曲を奏でる。人を傷つけるための歌を。そこに矛盾を感じないわけじゃない、けれど。
「できるならもっと他に道を見出してあげたかった。けれど、それはもう叶わないというのなら、別れの歌でアンタを送るわ」
 ごめんね、と、サラサは言った。キミカは傷だらけの手で攻撃を振り払い、踏みこたえる。効いていない訳じゃない。血塗れの手で強く刀を握り、
「……」
 右を見て、
「……」
 左を見て、
 何処にも逃げ場がないことを悟り、投げられた言葉を咀嚼し、
「でもあたし」
 それでも、
「絶対後悔してないから」
 そう、顔を上げて挑むように言った。
「……変だよ。歌って、そんなものなの? もっと楽しいものじゃないの?」
 ユースティリアの言葉にキミカは首を振る。
「あたしにとってはそうじゃない。例えどんな風に死んだとしても、絶対後悔しない。もう一度人生やり直せても、絶対に同じ事をする」
 歌のない人生など考えられず。
 そして歌い続ける限り、きっと同じ光を求めて手を伸ばしてしまうのだろう。
 それこそ楽しい歌なんかでは飽きたらず……。
「それならば、志半ばで倒れようとも満ちるだろう」
 ミハエルの斧が走る。腕を刮げるような攻撃に血と共に太刀が落ちた。
「――死ぬが良い」
 求めて探して妬んで苦しんで。幾ら走っても先が見えない。だってそもそも形無きもの。終着点が見えぬもの。渇望しながら走り続け、前を向いて死ねたならそれで本望だろうと彼は言った。
「ズリィよ」
 アンゴは鞭を振るう。鼻の頭を軽く擦った。
「目の前から消しても、それが消えないぐらい自分が分かってるだろ? 自分で先に行く道を斬っちまったんだアンタ。そんなんで楽になれるわけ無いだろ。ズリィ割にバカなんだよ。ばか。それとも何か。同じ道の仲間全部殺したら気が済むのかよ。違うだろ。アンタの目指してるものは」
 そういうモノじゃないだろう。とアンゴが言いかけて、言葉に詰まる。言いたいことがいっぱいあって。でも口に出すのが凄く下手で。でもこの鞭を振るったら、彼女は死ぬ。
 その手を、カイトが制した。女の子がするのは、辛いだろうと。
「……飲み込めたらよかったんだ。渇望も絶望も。そりゃ、追いかけるほどに遠くなっていくかもしれないけれど」
 彼が言うと、キミカは笑った。
「やだよ。だってあいつらむかつくもん。あたしにないものいっぱい持っててさ……」
 返答と同時に、カイトの魔獣化した腕がキミカを叩き潰していた。
「歌を、聞かせて」
 最後に、キサが表情を歪めながらそう言うと、
 旋律がほんの少し、風に混じって直ぐ消えた。

●憧憬
「中々、辛い仕事ですね。彼女が出るはずだった舞台……観に行きますかね」
 遺体を整えて隠した後、ティールがぽつりと呟いた。ティールの祈りに、サラサも軽く祈って歩き出す。
「アンタの歌、ちゃんと聞きたかったな。……おやすみ、どうかやすらかに」
「自分にないものに、わたしもあこがれることはあるけれど。……どうしてこうなっちゃったんだろう」
 ユースティリアが呟いて、顔を上げた。
「いこっか」
 わざと明るい口調で言うと、リーリアも頷く。
「己の飢えた獣とともに……どこまでも高みを目指せたのに」
 それが惜しくてならない。リーリアの言葉にアンゴも息を一つつき、歩き出した。
「ほんと、もっと小憎たらしい敵だったら、良かったのにな」
「早く、あーちゃんのとこ、帰ろう……」
 ホリーも呟いて歩き出す。大切な人の顔を思い出し、その手を握りしめて。
 ミハエルも戦斧を手に歩き出す。最早動かぬ死体に用も無しとでもいうように、無言でその場から立ち去った。
「ほら行こうぜ、速やかに撤退〜!」
 カイトが促すようにベルの背を叩いた。
「キサさん」
 ベルが最後に残ったキサに声をかけた。キサは口の中で旋律を転がす。短い、本当に短いその歌詞を。
「彼女はきっと、あの人に憧れてたんじゃないと思う」
 少女は最後まで歌うことをやめなかった。
 キサは天を見上げる。手の届かない高い場所に太陽が輝いていた。
 この気持ちもきっと、
 憧憬。



マスター:ふじもりみきや 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2011/06/10
  • 得票数:
  • カッコいい2 
  • せつない12 
冒険結果:成功!
  • 生死不明:
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