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桜色アンダンテ

<オープニング>

●祈りの花
 透き通った青を映す球状の硝子小瓶に、桜の花をひとつ入れ込んで。
 そっと噴水に落とすと、桜色を湛える小瓶はするりと浮かび、くるくると廻って水路を流れてゆく。
 水面に流す小瓶は『祈り桜』と呼ばれていて、それを流す時には願いや祈りを共に込める。
 小さな願いなら花はひとひら、大きな願いならたくさんの花を詰めて――。
 中に入れる桜の花が多ければ多いほど、すぐに均衡を崩して沈んでしまうけれど。
 流した小瓶が沈むことなく噴水から続く水路の下まで無事に届けば、願いは叶うと言われている。
 或る人は恋の成就を。或る人は家族の健康を。或る人は、ささやかなしあわせを願って。

 それが、この町で毎年欠かさずに春の季節に行われているお祭りだ。
 この時期には他の町からもたくさんの観光客が訪れ、祈り桜に願いを込めに来る。
 桜咲く噴水広場には、祈り桜の小瓶を売る出店や、桜を使ったお菓子を扱う屋台が並ぶ。
 昼には大道芸で賑わい、街の楽団が緩やかな音色を紡いだりして、催しに彩りを添えてゆく。
 町の人達は日に日に満開に近付く桜を楽しみに眺め、お祭りの日を指折り数えて待っていた。
 しかし当日の早朝、未だ誰も居ない会場の空に招かれざるモノの影が舞い降りた。
 ひらり、ひらりと舞うその姿は花びらの様で。それでいて酷く毒々しい――巨大蝶だった。

●春を祝って
「お祭りの会場に現れるのは、アイズバタフライって呼ばれてる羽に目みたいな模様がある大きな蝶々なの。このままじゃお祭りで巨大蝶が暴れて、折角の祈り桜が流せなくなっちゃうんだ」
 自分が視た未来を語り、杖の星霊術士・アミナは杖を握り締めてふるふると首を振った。
 マスカレイドが関係する事件ではないが、幸せを願う催しが不幸で塗り潰されてはいけない。
「だから朝早くに町に行って巨大蝶を追い払っちゃおうと思うの。えへへ、良い考えだと思わない?」
 みんなも来てくれるかな、と目の前のエンドブレイカー達に問い、アミナは説明を始めた。
 現れる巨大蝶は一体。
 辺りが明るくなる前に向かえば、誰も居ない広場で巨大蝶と戦う事が出来る。
 相手は特に強い訳ではないので、何度か攻撃を仕掛ければ何処かへ飛んで逃げてしまうはずだ。
 町に自分より強いものが居ると分かれば二度と現れないだろうし、最初から全力で掛かれば良い。
 死骸を片付けるにも手間が必要なので、無理に倒すより早々に追い払うのが得策だろう。

「それでね、ね。無事に蝶々を追い払った後は、みんなでお祭りを楽しんでも罰は当たらないよね? お祭りには桜のクリームケーキに桜クッキー、桜のさくさくマカロン。桜餅や桜酒もあるんだって♪」
 未成年の飲酒はダメだよ、と注意しながらもアミナは蕩ける様な幸せ満面の笑顔を向けた。
 最初から甘い物が目的だったのかという突っ込みは横に置き、少女は祈り桜について語る。
「『祈り桜』は、金魚鉢をそのまま小さくしたみたいな硝子小瓶でね。その中に、咲いてる桜の花をひとつ……おっきなお願いがある人はいっぱい入れて、広場の中央にある噴水に流すんだよ」
 桜色を反射して水面でくるくる回る硝子瓶は、ゆっくりとしたリズムを刻んで流れてゆく。
 その光景はとってもほんわかして綺麗だってお話なんだよ、とアミナはふわりと笑った。
「お昼になれば広場で大道芸や楽団の演奏演目も予定されているみたい。お天気も良さそうだから、広場のベンチや桜の木の下の芝生でのーんびりお菓子を食べたり、音楽を聴くのも素敵だよね」
 もちろん巨大蝶を追い払う事も忘れずにね、と少女は付け加え、遊ぶ計画を立て始めた。
 どんな事をしようかと迷うのもまた楽しい。たまには緩やかな心地に浸るのも良いだろう。
 ゆったりした春のひととき。――さぁ、何をして過ごそうか。


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参加者
弓の狩猟者・ショーティ(c01093)
エアシューズのスカイランナー・ウィンディア(c01344)
アックスソードの魔獣戦士・セラエ(c02074)
アイスレイピアの魔法剣士・ハルネス(c02136)
竪琴の星霊術士・ミメイ(c02516)
竪琴の魔曲使い・アリア(c07162)
竪琴の魔法剣士・メルフィーネ(c08037)
鞭のデモニスタ・ニルバート(c08371)
NPC:杖の星霊術士・アミナ(cn0004)

<リプレイ>


 ――早朝。朧に夜を映し込む天明の中、しんと静まり返る町の広場。
 仄暗さに瞳を凝らして辺りを見渡せば、通りには幌を被った屋台が並び、中心には穏やかに水を湛える噴水が佇む光景が目に映る。自分達以外には未だ誰も居ない、祭りの前の静けさ。
「ふぁ……。ん、御出ましのようだね」
 欠伸を噛み殺しつつ、アイスレイピアの魔法剣士・ハルネス(c02136)が上空を見上げる。
「……あんな蝶々は控え目に見ても、頂けません」
 同様に視線を向けて呟いた弓の狩猟者・ショーティ(c01093)達の視界に入ったのは、毒々しい色の巨大な蝶。翅を羽ばたかせて向かい来るその姿を見据え、エンドブレイカー達は武器を構えた。
「さっさと追い払っちゃおう。ケーキが僕たちを待ってるよ!」
「面妖な模様だが、私は恐れぬのだ。竪琴が奏でるだけのモノと思うな!」
 竪琴の魔曲使い・アリア(c07162)が警戒心を奪う魔曲を奏で、竪琴の魔法剣士・メルフィーネ(c08037)が高速で斬撃――否、べしべしと殴打する勢いで攻撃していく。
「折角来てくれた所悪いけど……祭りの邪魔だよ」
 蝶の正面へと駆けたアックスソードの魔獣戦士・セラエ(c02074)が獣化した爪で相手の体を薙ぎ、其処に補助に駆け付けたティールとルーウェンが続けて槍の一撃を見舞う。町まで傷付けぬ様にと周囲を見張るカレンの隣、ツラッラは鷹を飛ばして蝶の進路を妨害する。
 その隙を狙い、エアシューズのスカイランナー・ウィンディア(c01344)が上空に高く飛び上がった。
「楽しいお祭りを邪魔させはしませんわよ」
 跳躍を重ねた急降下突きは蝶を地に叩き付けたが、すぐに体勢を立て直した相手は体当たりを仕掛けに動く。咄嗟に「やらせねぇぜ!」とレイジが前に出て仲間を庇い、アルマは杖の星霊術士・アミナ(cn0004)の手を引く。機を見計らうライと共にアミナは魔法の矢を放ち、後方に控えるダヴィーナがすかさず傷を負った仲間へ癒しの力を解放した。
 多数対一羽、よろめく巨大蝶は既に逃げ腰だ。
「お祭りを台無しにさせるわけにはいかないからね。どっかいっちゃえー!」
 そして、最後の決め手となったのは鞭のデモニスタ・ニルバート(c08371)のレギオスブレイド。
 襲い来る虚無の剣に大幅に体力を奪われた巨大蝶は慌てて上空へ舞い、町の外へ飛び去ってゆく。ルーンが蝶を見送る傍、プレノアはドローブラウニーの力で荒れた広場の掃除を終えた。
 これにて、任務完了。
 竪琴の星霊術士・ミメイ(c02516)は、無事に蝶々を追い払えた事にほっと安堵の息を吐く。
 気付けば辺りは次第に澄んだ色に変わり、清々しい朝の空気を帯びていて。
 射し始めた陽の光は今日の祭を祝福するかのように暖かく、実に心地良く身に沁みた。


 ひらり、ひらり。桜の花が舞う。
 広場は集まった人達の活気に包まれて。今年もまた、町で賑やかな桜祭りの催しが始まる。
「この日の為に無駄遣いしなくてよかった。今日はいっぱい楽しむぞ〜!」
 アリアは財布の中身を覗き込んだ後、満足気な笑みを浮かべて大きく頷いた。
 お小遣いのダルク良し、動きやすい服装良し。勿論、楽しむ準備だって万端に決まっている。
「食べ歩きツアー開始ですよ〜♪ 目指せ、お菓子全制覇です……!」
 淡い桜色に染まる広場から屋台通りを見つめ、ミメイがぐっと掌を握って意気込むと、彼女の頭にちょこんと乗っているスピカ、サファイアも楽しげに尻尾をぱたぱたと振った。
 祭りのために朝食を抜いてきたというミメイの微笑ましい心意気に思わず笑みを浮かべ、メルフィーネも目の前にある甘味の数々に気持ちを募らせて呟く。
「食べ歩き……なんと魅惑的な言葉か。胸躍ってしまうのだ」
「素敵だよね。きっと、みんなで周れば制覇も夢じゃないよ〜!」
 早起きをした眠気も何処へやら、メルフィーネのときめきにも似た期待は隣に居たアミナにも移り、想いを馳せる乙女達は屋台を巡るべく通りに足を踏み入れる。
 そこに彼女達の姿を見掛けたアレクサンドラが自慢の桜ロールケーキを、リアも一緒にどうですかとシュークリームを差し出す。二人の差し入れも仲良くしたいとの申し出も、勿論断る理由はない。

 ただよう甘い香り、色とりどりの屋台。どれもが魅力的に見え、ニルバートは目を輝かせた。
「色んなものがあるんだね。うわ、あれもこれも美味しそー!」
 特に彼の目に留まったのは小さな籠に幾つも詰められて売られていた桜マカロン。
 それは食べるのが勿体ないくらい可愛くて、マカロンが自分を呼んでいるような気までして。
「見てるだけでも楽しいけど……よっし! 買っちゃおうか、トスカ」
 自分の胸の内に宿るデモン、トスカに語りかけながらニルバートが意気揚々と屋台の列に並ぶ。
 品物を受け取り、元気良く「ありがとう!」と店の主人に礼を告げた彼は、ふと視線の先に大量の包みを抱えたウィンディアの姿があることに気付いた。
「ふふ、たくさん買ってきましたの。よろしければ皆さんもどうぞ〜」
 にっこりと笑顔を向けるウィンディアから手渡された菓子の数々に思わず圧倒されるセラエ。
 仲間達の間に、いつの間にこんなに……という思いが浮かぶが、買って来た桜餅をおいしそうに頬張るウィンディアを見ていると此方まで幸せな気分になるようで。
「ん? このお菓子は美味しいね、追加で幾つか買っていこう」
 桜クッキーの包みを開け、味見をしたセラエは上機嫌に仲間達の分も購入していく。
 ケーキの箱にキャンディの袋、桜の蜂蜜漬や塩漬け小瓶、次々に増えていく荷物は幸せの形。
 ラズリィが手伝うよと進んで荷物持ちを引き受け、後で少し分けて欲しいとの期待を抱いたノイズも小さな両手一杯にお菓子の包みを抱える。シャルロットとレオナールの姉弟も互いに笑みを交わすと、和気藹々と広がる和やかな輪の中に加わった。
 不意に視線を感じたアミナが「どうしたの?」と問い掛けると、カイトは慌てて首を振った。少女のずり落ちそうな服……特に胸元を見ていたなんて言えない。言えるわけがない。
 そんな賑やかな様子を横目に、ショーティはマスクの中で微かに口元を緩めた。彼の少し目立つマスクも賑やかな祭りの中では仮装の様に映っているらしく、特に変な目で見られる事もない。
 此処には自分の過去を知る者も居ない。慌てて隠れる必要もなければ、怖くもない。
「お祭りなんて久し振りです」
 冷たい飲み物を手にして土産物を探すショーティがふと呟いた声は、どこか楽しげに聞こえた。
 人々が行き交う中、アステリアは食べ歩き序でに犯罪が起こらぬ様に目を光らせ、会場を見回るミルカもお爺さんに声を掛けたりして。城塞騎士達の密かな見回りのお陰で、時は平穏に過ぎる。
 桜の木の傍でのんびり桜茶を飲むシャオリィは、花を見上げて「綺麗だな」と口にして。
 ――柔らかな風に舞い上がる花弁、暖かい春の日溜まり。
 ひとりベンチに座るハルネスは、楽しげに笑い合う仲間達を目を細めて見つめた。自然と笑みが零れて、彼は桜色に染まるワインのグラスを傾ける。その味は、まるで今日の日和のように甘く感じた。


 騒がしくも賑やかな時は過ぎ、アリア達は用意した茣蓙の上で休憩を取っていた。
 まずは蝶退治成功を祝って、桜茶で乾杯。
 頭上には満開の桜の木、風にそよぐ緑の芝生。すぐ近くでは既に大道芸の催しが始まっていて、飛び入り自由のパフォーマンス広場ではミルシェリスが軽業を披露している。
「桜のクリーム、絶品だね。桜もひらひら舞ってとっても綺麗」
 父や旅団の仲間に買ったお土産を大事に傍に置いて。胸の奥をくすぐる甘い香りに身を委ね、舞い散る花弁を見上げてアリアは甘味を楽しむ。
 そっちのそれも食べていいかと問い掛けながら、メルフィーネは桜マカロンを摘んだ。
 広場では楽団の演奏が始まり、ゆったりした音楽が辺りに響き始めている。メルフィーネは音楽を楽しみながらマカロンを少しずつ大切に味わう。
「……幸せを感じるのだ。きっと、友と一緒に食べるからいつもより美味いのだな!」
「綺麗な桜の下だと、食べ物もひときわ美味しく感じられますね〜」
 好物の桜餅に顔を綻ばせ幸せを噛み締めるメルフィーネに、ミメイもケーキを口に運びつつ頷く。
 見かけに反して相当な量を食べているミメイにサファイアは心配そうな瞳を向けたが、セラエからそっとお菓子を差し出されると喜んで飛び付いた。すぴきゅっと鳴くスピカを優しく撫でながら、セラエは桜香る紅茶に口を付ける。
「お酒は飲める歳だけど、酔っちゃうと勿体無いからね」
 ふふ、と柔らかな笑みを浮かべるセラエに釣られ、アミナも笑顔を返した。
「確かにそうかも、今はあま〜いお菓子に酔う方が素敵だもんね」
 その隣で菓子の山を次々と平らげていくウィンディアは今まさに幸せの絶頂。そして少女達はフォルティとミューティアが奏でる、ゆるりと溶けるような春の歌が響く様を眺める。
 ふわりと目の前に落ちてくるのは桜花の雨。ハルネスは顔を上げ、柔らかく呟いた。
「これこそ至上の音楽ってやつかなー」
 事前に前評判を調べておいた桜香の燻製チーズを摘み、ハルネスは更に耳を澄ます。
 楽器と人々の笑い声が奏でる音。これが幸せの音色なのだろうかと、彼は小さく独り言ちた。
 ぱちぱちと拍手を送る彼らと観客の向こう、会場の片隅ではヴァールハイトも歌を謡っていて。
 楽団に混じるのはロンドとソナタの兄弟。楽器の音が出ないと告げる兄に弟の突っ込みが入った所でチマがすかさず鈴を渡す。三人の小さな楽団が演奏、もとい漫才をする様子にリヴィルドはふっと笑みを漏らした。
「お陰で楽しい祭りになってるぜ、お疲れさん」
 セラエ達の姿を見つけて手を振る彼から掛けられたのは、朝方の戦闘を労う言葉。
 頑張った甲斐がありましたね、と微笑んだウィンディアに頷く一同は緩やかに笑みを交し合った。
 お金や物、確かな形としての報酬はないけれど――行き交う人々の笑顔は何より幸せそうだ。
 エンドブレイカー達にとっては、瞳に映るこのかけがえのない平和こそが報酬なのかもしれない。


 楽しい時は流れ、広場を見渡せばちらほらと祈り桜を流す人影が映った。
 誰からともなくそろそろ行こうかと提案が上がり、皆其々の思いを籠めて小瓶に花を詰め始める。
 準備を終えた彼女達が噴水前に訪れると、揺らめく水面には既に沢山の願いの花が咲いていた。
 そんな中、ミメイが取り出した祈り桜の小瓶はふたつ。自分の分とスピカの分だ。
「美味しい物をお腹いっぱい……じゃなくて。私に天啓を下さった星霊さんに出逢えますように」
 沈まぬ様、バランスがよくなるようにと蜂蜜を糊代わりに小瓶の内側に塗り、桜の花をぐるりと一周貼り付けて。出来上がった願いの小瓶からは甘い匂いが香る。
 その工夫に感心するニルバートは半分に欠けた花をふたつ入れ込んだ小瓶を手にしている。
 欠けたもの同士、合わされば綺麗な花になる。ひとつの小瓶に込めるのは二人分の願い。
 これからも、ずっと一緒にいられますように。誰かと問われれば勿論トスカと答える心算で。
「沈んじゃうかもね、愛は重いものだからサ?」
 自分の小瓶を見つめて冗談交じりに笑うニルバートの横では、アリアが水面を眺めていた。
「季節ごとのお祭りにいっぱい参加できますように」
 噴水前に立ったアリアは、明るい祈りを込めながら想いを水上に優しくそっと浮かべる。
 ゆったりとした水の流れに乗り、桜を乗せた小瓶がくるくると円を描く。
 談笑する月詠茶室の面々も祈り桜を手にして。――何時か君の傍へ、シキヤは密かに胸中で願い、憂いなく傍で笑い合えるようにとユストは静かに祈る。薔薇ではない事を残念がるリアルマは僕らしく在れるようにと、緑茶を片手にソウジもこっそりと流してみようかと小さく呟いた。
「これからも一緒にいられますように」
 来ることが出来なかった親友の分も共に、ウィンディアは自分と彼女を模した二枚の花弁を入れて祈った。仲良く居られるようにと願う気持ちは、親友との友情の証だ。
 前のカミさんに見つかりませんようにと願うガルシアは、桜色の髪を褒めながらアミナを口説く。が、微笑む少女はそもそも口説かれていることにすら気付いていなかった。残念無念、見事に玉砕。
 願いは自らの手で叶えるもの、と物思いに耽るカリスも桜の木を見上げて花を楽しむ。

 色々な想いを乗せる祈りの花。揺らぎ、流れて巡る花の淡い色にセラエが目を細める。
「皆の願いも叶うと良いね」
 呟いた彼が密かに願うのは『大切な人が出来ますように』という思い。恋や愛だけではなく、それは言葉通りの意味。共に笑いあえる人が出来る事を願って、セラエは小瓶を見送った。
 自分の小瓶が水中に沈んだ場面を目の当たりにして、ニルバートが不意に小さな声を上げる。だが彼自身は特に気にするでもなく、優しい笑みを浮かべた。
「オレの願いは神様じゃなくて、悪魔が叶えてくれるものだからね」
 この思いは、トスカとオレでしか叶えられないから――と、満足気に。
「過去に追い付かれませんように」
 所々で沈む小瓶を目にしつつ、ショーティも思いを流す。彼が小瓶に入れた想いの花は三輪。
 くるりと円を描く水の軌跡。しかしショーティはその行方を見届けずに踵を返した。
「最後まで見たら、これからの楽しみが無くなっちゃいます」
 漏れた呟きは祭りの喧噪に消える。何処へ往き、何処に着くのか。それは彼自身しか知らない。
 そして、メルフィーネが小瓶に詰めた花弁は今日集った人数分。潰さぬように入れ込まれたそれらは、透明な瓶の中でふわりと広がっていた。
「願わくは此度の縁が永く続くようにな。今後も仲良くしてくれると嬉しいぞ、アミナ」
 掛けられた声にアミナが笑顔で答える。彼女自身も、今日この日の縁について願っていたのだ。
 来年もまた来れたらいいな、とのアリアの言葉に仲間達も頷き合う。
 そこにふと、アミナはハルネス流した小瓶が空のままだったことに首を傾げる。その視線に気付いたハルネスは、いつも浮かべている飄々とした笑みとはほんの少し違う微笑みを返した。
(「自分の中にはまだ、願う想いも祈る想いも存在しないから――」)
 その空っぽの小瓶は、自分の心そのもの。
 曖昧すぎて渇望にも程遠く、でも期待だけは胸の裡に燻り続ける。想いが日に日に増えていくような、浮かべても重くて沈んでしまうような祈りが、いつかこの胸にも落ちてくるようにと。

 微かで小さな思い、強く願われる思い。様々な想いを乗せ、祈り桜は流れゆく。
 揺蕩う願いは、ゆっくりと歩くようなはやさで。水面に舞い落ちる花弁は淡く満ちて――。
 楽しげに響く笑い声。桜色に染まる緩やかな刻は、まだ暫く続くようだ。



マスター:犬彦 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/04/18
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冒険結果:成功!
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