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谷底へ落ちた愛

<オープニング>

●谷底へ下りる女
 大きな吊り橋を支える頑丈な杭にロープを結び、何度も何度も引っ張って確かめる。
 解けないことを確認すると、シャナは軽やかな金髪を揺らしてロープの端を吊り橋の下――谷底へと垂らした。見下ろせば、慣れない高さに眩暈がする。
 落ちたとして、谷底に繁る木々が受け止めてくれるかもしれない。運が悪ければ命を落とすだろう。
 そう、あの男は運が悪かったのだ。
 ロープをしっかりと握って少しずつ谷底へと下りる。自身の体重を腕の力だけで支えるのは、思っている以上に厳しいものだ。甘やかされて育ち、力仕事をしたことも無いシャナには無謀ですらあった。
 次第に腕が震え、ロープで擦れた手のひらに鈍い痛みが生まれる。
「……きゃあっ!」
 半分ほど下りた所で、遂にロープから手が離れてしまった。
 幸いにも、落ちたのは木々の枝が重なる箇所。それが緩衝材となった。腕や脚に幾つもの切り傷を作り、強く身体を打ちはしたものの意識はしっかりしている。
 擦り切れた手のひらから、血が滲んでいた。
 初めて経験する痛みに心を弱らせながら、シャナの視線は頭上の吊り橋へと向けられる。
 吊り橋の板が抜け落ちた部分を確認し、痛む脚を引き摺りながらよろよろとその真下へと進んだ。
「ベック……」
 其処にあったのは、愛する男の――否、愛した男の亡骸だった。
 目を剥き、鼻からも口からも流れた血は色を変えていて、一目で息絶えていることが判る。
 ――吊り橋の板が割れて抜け落ち、男が谷底へと落下する光景が、彼が上げた最期の悲鳴と共に鮮烈に思い出された。
 夢にも思わなかった事故。大きな後悔と、少しの安堵。
 蘇った記憶をシャナは必死に振り払った。腐敗も始まっているのだろうか、酷い臭いがする。
 それでも気を奮い立たせて近付き、がたがたと震える腕を懸命に伸ばした。
 零れ落ちそうになる涙を堪え男の懐を探ると、やがてその指先が望みのものを探り当てる。
 しかしそれを掴むよりも先に、シャナの首がぼとりと胴から落ちた。
 彼女はその瞬間まで、後背に巨大な影が忍び寄っていたことに気付いていなかった。

●それを追う
「其処に居るのは『剣豪カマキリ』という……カマキリに似た怪物ですが三メートルくらいはあります。マスカレイド化したものが、谷底をうろついているようです」
 私の倍くらいの大きさですねと、竪琴の魔曲使い・ミラ(cn0007)が手を伸ばしてみせた。
 シャナが襲われるのは、まだ未来の話。防ぐことが可能なのだ。
「よほど到着が遅れなければ、シャナさんがまさに谷底に下りようとしているところで合流が出来ると思います。……彼女が谷底へ下りることを止めるのは、難しそうです」
 シャナは目的があって谷底に下りようとしているのだ。
 そして今、彼女は何らかの原因で他者をとても警戒しているらしい。代わりに用事を済ませてやるという提案も、受け容れさせるのは難しいという。
「獣が出て危ない……という言葉も、説明の仕方によるとは思いますが信じて貰えるか判りません。上手く話を作って『獣が出るので一緒に下りる』と申し出るくらいなら、どうにかなりそうです」
 シャナが信じるかどうかは、選ぶ言葉と与える印象にも左右されるだろう。
 谷底を徘徊するマスカレイド化した剣豪カマキリは三体。
 剣豪の名に相応しく太刀の能力で攻撃してくる。カマキリのような怪物ですが鎌ではないんですと、ミラが素朴な疑問に答えるように呟いた。
「彼らにチームワークのようなものはありません。目の前に敵が迫ってくればそれを優先的に攻撃し、迫ってくる敵が居ない場合には仕留められそうなものを狙う傾向があるようです」
 ただ、知能は劣る。仕留められそうなものが居ても、その手前に誰かが割り込めばそちらを狙う。シャナが傍に居れば、最も狙われ易いのは彼女だろう。
「……どうか、お気を付けて」


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参加者
大鎌のデモニスタ・ナナイン(c00084)
大鎌の星霊術士・ナギ(c01245)
アイスレイピアの星霊術士・サクラ(c01646)
鞭の魔獣戦士・リリン(c02664)
斧の魔曲使い・シャンテ(c04516)
ハンマーの城塞騎士・バーミリオン(c04679)
弓の狩猟者・ソアネラ(c04705)
杖の魔曲使い・アレサ(c05153)

<リプレイ>

●接触
 軽やかな金髪を揺らし、恐る恐る谷底を覗き込むシャナの姿があった。
 吊り橋を支える杭には既にロープが結ばれている。
「あの、すみません――」
 声を掛けたのは弓の狩猟者・ソアネラ(c04705)だ。現れた見知らぬ八人に、シャナは身を硬くして顔を強張らせる。谷底へ下りるのかと問えば、ぎこちなく頷きが返された。
 ソアネラは気遣うように、谷底は怪物の根城になっていると説明する。
「怪物……?」
「私達は、その調査と退治を依頼された者です」
 半信半疑といった様子で問うシャナに、ハンマーの城塞騎士・バーミリオン(c04679)が続けた。
 手にした斧をさり気無く見せて、斧の魔曲使い・シャンテ(c04516)も退治に来たことを示した。口を開けば余計なことを言ってしまいそうだ。事情も気になるが「我慢」と自分に言い聞かせて押し黙る。
 シャナの説得には加わらない大鎌のデモニスタ・ナナイン(c00084)達を含め、一行は予め揃いの腕章を身に付けていた。それが行動を同じくする者達だという説明を後押しする。
 ただ、それはあくまで団体性を主張するに過ぎない。盗賊やよからぬものの集まりとも考えられる。勿論その分を言葉で補うことも忘れない。
「出来れば、安全が確認されるまで待って貰いたいのですが」
 ソアネラの言葉に、シャナは判り易く表情を曇らせた。
 警戒を強めなかったのは、ソアネラの物言いがあくまで依頼という形だったからだ。突き放しもせず歩み寄りもせず、落ち着いた声音でバーミリオンも谷底へ下りないようにと頼む。
「何か探しものでも?」
 尋ねたのは鞭の魔獣戦士・リリン(c02664)だ。シャナが真一文字に口を結んだのを見遣りながら、危険を示唆して自分達が探そうかと協力を申し出た。
「いえ、それは」
 シャナは拒むも、不快感をあらわに――ということもなかった。リリンの丁寧な態度に、断ることすら申し訳無く感じているようだ。
 強要していれば彼女は反発しただろう。
 もっとも、この要求が断られることも彼らの想定内だった。
「どうしても谷底に下りるというのでしたら、せめて同行させて下さい」
 バーミリオンが乞う形で述べ、護衛をする旨をリリンが切り出せばシャナは暫し迷う様子を見せた。
 警戒はしているものの、元より他者を信じ易い性質らしい。命令ではなく、依頼であったことが大きくプラスに作用した。
「吊り橋から……知人が、落ちたんです。今もそのままで居ると思うから、せめて……と」
 目を合わせないままの言葉が、了承を意味した。
 改めて名乗ったシャナは、よろしくお願いしますと小さく頭を下げる。
「先に行きます」
 もう怪物が現れているかもしれませんからと杖の魔曲使い・アレサ(c05153)がロープに手を掛け、難無く下りていく。それに続くアイスレイピアの星霊術士・サクラ(c01646)がシャナに断りを入れた。
「周囲の警戒をしておきますね」
 頷き、谷底へ下りていく姿を不安げに見ていたシャナへと、大鎌の星霊術士・ナギ(c01245)が別のロープを差し出す。彼女の命綱だ。
「あたし達がしっかり支えているから」
「……ありがとう」
 気遣いに、シャナが初めて表情を和らげた。身にしっかりとロープを結んでやり、ナギは「慎重にね」と声を掛けながらナナインと共にそれを支える。
 途中、その命綱が先のエンディングで見えたシャナの落下を防ぐことになる。
 彼女が怪我をすることもなく、全員が谷底へと下りた。

●剣豪
 星霊術が施された天井が遠く、降る光は木々に阻まれ谷底は薄暗い。繁る葉の合間からシャナが指差した頭上には、吊り橋の板が抜け落ちたその箇所があった。
 谷底の道無き道を、警戒しながら進む。
 松明を手に自身より先を歩く者にも、シャナは何も言わない。命綱で助けられたことが、ひとつ気を許す要因となったようだ。そしてぽつりと呟きを落とす。
「先ほど、嘘を言いました。……落ちたのは、私の婚約者だった男です」
 助けてくれた相手へ嘘を通すことが憚られたのか、俯きながらシャナが詫びた。
 ふと、シャンテの心に疑問が湧く。何故シャナは谷底へ下りることを強く望むのだろう?
 ただ弔うだけなら、敵を倒すまで待って欲しいという此方の要求は簡単に通ったはずだ。
「……彼は」
 形に成りかけたシャナの言葉を、僅かな物音に注意を払っていたリリンが動作で制した。
「お出ましかな」
 一行が歩みを止める。
 姿を現したのは、見上げるほどの鮮やかな緑色のカマキリだ。哂う仮面はエンドブレイカー達にしか認識出来ない。
 すぐさま、その一体目へとバーミリオンとシャンテが駆ける。
「ほんとは歌と踊りが好きなんだけど、現実は厳しいというか何というか」
 余り使いたくないけれど仕方ない。シャンテは走りながらその斧を構え、防御を固めたバーミリオンが手にしたハンマーを振り下ろす。重い一撃が敵を捉え、同時に――カマキリも、彼らを敵と認識したようだ。強く地を踏み、真横に薙いだシャンテの斧が敵の身を抉る。
「……二体」
 一行の左手、やや離れた喬木の後ろから現れた二つ目の影をナナインが一瞥する。
 現れた順番通りに対応する敵を決めておいた彼らが、慌てることもない。その二体目へと地を蹴り迫るのは、ソアネラとサクラだ。
「剣豪カマキリですか。……この時点で鎌では無いですよね」
 不思議な名称ですねと妙に落ち着いた様子でサクラが呟けば、微かにソアネラが笑う。彼女が喚び出した鷹の生気は宙を旋回し、その翼で敵を切り裂く。
「それでは、行きます」
 踏み込み、凍てる力を帯びてサクラが武器を翳す。斬り抜ければ、切っ先が触れたカマキリの脚が凍り付いた。
 シャナといえば、本当に現れた『怪物』に青褪めて立ち竦むばかりだ。
「諸行無情をナギ払う。いざ参る!」
 彼女を守るように立つナギが星霊バルカンを喚ぶ。金の瞳を持つ黒猫は一鳴きすると、その尾から火炎の塊を放つ。身を焦がす炎にカマキリは悶え、絡む炎は消えずに残った。
 その心情はいかばかりか、ナナインはシャナへ攻撃が及ばない位置を維持しながら、鋭い眼差しで周囲を窺う。まだ、三体目が現れていない。
 ――仕事である以上、命懸けで守ってやる。
 言葉にすれば心強い一言が、彼の心の口から発せられることはない。
「リリンさん、来ました。後ろです」
 他の班をナイフで援護していたアレサがその視界に敵を捉えた。彼らが来た道を塞ぐように現れた三体目。包囲されたとも言えるが、それぞれの班が互いに連携し易いとも言える。
 リリンは敵へと向きながら、赤の瞳を細めて紫煙を燻らせた。
 不味い。面倒事に巻き込まれる時はいつもこうだ。けれど、今日はいつにも増して味が酷い。
「御守りも子守もうんざりだけど。仕事ならば仕方ない」
 冷ややかな言葉と共に赤と黒の仮面を着け、距離を詰める。
 振るった鞭は敵を打ち据えて巻き付き、それよりやや後方でアレサが歌い上げる魔曲が響く。心を振るわせる悲しげな旋律は、彼女の声に比例して大きく響き、余波は他のカマキリへも及んだ。
 谷底に三角形を描き、その中央にシャナを置いて、エンドブレイカー達は布陣した。

●破壊
 鎌首をもたげ、その腕を振るう。
 稲妻の力を帯びた一閃が断ち割るように振り下ろされるも、それをハンマーでいなしたバーミリオンが勢いのまま真っ直ぐに突き出す。衝撃に、カマキリの腹が妙な音を立てた。揺れる体躯に、袈裟に振り下ろしたシャンテの斧が追い打ちを掛ける。
 ソアネラの左腕から放たれた青白い光の猛禽は、サクラの身体を貫いて敵へと急襲する。得た力と共に黒髪を靡かせてサクラが走った。炎を振り解けないままの敵へと武器に氷結の力を宿し貫く。
 反撃とばかりに間合いを測るカマキリは、しかし凍結により稲妻の力を使えない。身を焦がす炎は消えずただ悶えるばかりだ。其処へ更に、ナナインが振るった大鎌から禍々しい呪詛の弾が放たれ襲い掛かる。闇よりも尚濃い黒の塊は食らい付くようにカマキリを覆い、その傷口を広げていく。
 闘気を篭めた一振りが、頭上から落とされた。
 その一撃は強烈だった。防御を崩され、深く斬られた肩から血をしぶかせたリリンの身体が揺らぐ。
 間髪を容れずアレサが紅い石の嵌め込まれた杖を翳せば、その足元に光を放つ円と癒しの紋様が現れる。治癒の光が肉を繋ぎ、血を止めていく。リリンが僅かに片腕を上げ、礼を示した。
 守られることが当然だと思っているわけではない。
 それでもシャナは慣れぬ戦場と怪物に包囲された状況に半ば混乱していた。六人がしっかりと敵を抑え、その攻撃が及ぶことはまず無いのだが、彼女にはそれが判らない。
「大丈夫。守るからね」
 怯える彼女へと、攻撃の手を止めナギは寄り添うように立つ。シャナは思わずその袖を握った。
 護衛が出来る距離をしっかりと保ったまま、ナナインはすぐに意識を戦闘へと戻す。思うことなど何も無いが、ただ自身の手が届く範囲で死なせることは絶対に無い。
 防御に長けるバーミリオンと、一撃の重いシャンテは共に前衛として対峙する。
 二人は攻撃を重ね、敵の攻撃は二人に分散された。その傷はナギが召喚する星霊スピカに、或いは全体の回復を意識に置くアレサが危急に陥る前に癒し、そのいずれも仕留めることが出来ない。
 自身ばかりが崩されていく状況に、知能の劣るカマキリにも焦りのようなものが見て取れた。
 起死回生とばかりに振り下ろされた稲妻の太刀がバーミリオンを捉え、深く肉を割り血を噴く。しかし構う様子もなく彼は踏み込む。
「――終わりにしましょうか」
 突き出された鋭い一撃がハンマーの形そのままに敵を貫いた。仮面が砕け、カマキリの大きな身体がどうと音を立てて倒れる。間を置かず、二人は別の敵へとそれぞれ駆ける。
 形勢が動いた。それぞれ一人で敵を抑えていたサクラとリリンの傷をナギとアレサが癒す。
 敵へと向けたナナインの掌に黒い炎が生み出される。常より少しだけ熱を帯びた瞳で敵を見据え、彼の有る限りの力を乗せた炎が濃紫の火を絡ませて放たれた。
「燃えろ! その終焉ごと消し炭だ!」
 爆ぜるような音を上げながら、黒炎が敵を呑み込む。身に絡む炎にのたうつカマキリへと、アレサの歌い上げる旋律が響いた。甘やかな調べが苦悶の中に居たはずの相手から敵愾心を殺ぐ。カマキリは腕を振り上げるも、雷の力は防御を崩す一撃とはならない。
 機を見て取ったリリンが魔獣の力を腕に宿し、大きく振り被った。
 踊り狂うように薙ぐ爪が敵を抉り、その身深くまで穿つように繰り返される。がくりと傾いたところへ最後の一薙ぎが寄越されれば、その爪の跡を残して崩れるように倒れた。仮面も霧散している。
 バーミリオンの渾身の一撃が断つように敵を撃ち、ソアネラの召喚した鷹のスピリットは大きく弧を描いて旋回すると刺すように最後のカマキリへと降る。
 敵は分が悪いと逃亡を図るも、四囲をエンドブレイカー達に囲まれそれも能わない。ならばせめてと落とす稲妻の力を迸らせた重い斬撃がサクラを捉え、腑に至るその一撃に彼女が血を吐き膝を付く。
 しかしシャンテが幸せを齎す楽しげな舞いを披露すれば、深い傷もたちまち塞がれていった。
「汝、鎌持ちて悪意をかざす無情の刃。我、鎌持ちて無常をはらう一陣の風」
 大鎌を振り回したナギが、詠唱にも似て叫ぶ。
「光に還れ、穢れし御霊よ!」
 召喚されたバルカンが前肢から放つ炎の塊が敵の懐を目掛けて飛来する。揺らぐカマキリへと身の血を拭ったサクラが冷気を纏わせた武器を手に肉薄する。
「この攻撃に耐えられますか?」
 凍る刃が敵を斬り、遂にその腕も凍て付いた。
 それでも尚立つ相手を、短剣を構えたアレサが感情の篭らぬ瞳で見据える。
 言葉も無く、放たれた七の刃。その全てが突き立ち――敵の仮面が割れ落ちた。

●事実
 吊り橋の真下に、腐り始めた男の亡骸があった。
 シャナは一度立ち止まると、小さくその名を呼ぶ。
「色恋沙汰は物語の中だけで十分だけどね。僕は」
 冷めた目で見遣るリリンの呟きは、恐らく届いていないのだろう。小説ならまだしも、現実のそれは暇潰し以上のものにはならない。そも、他人の存在そのものもリリンには価値の無いものだ。
「……何故、一人で来ようとしたの?」
 助けを求めず単身で来たことが、ナギには不思議だった。事情を尋ねてもいいものかと悩んでいたシャンテも、拒む様子のないシャナへと視線を向ける。
「何があったか話して……頂けますか?」
 尋ねるサクラに、 音も立てずアレサはするりと場を離れた。彼女の事情に興味は無いし暴く必要も感じていない。そして、聞くことも望んでいなかった。
 涙を堪えながら、シャナは震える腕を伸ばして男の懐を探った。
 やがて掴んだそれを両手に乗せて、エンドブレイカー達へとゆっくり振り返る。
「それは……?」
 シャナの手のひらに乗っているのは、大きな青い宝石が嵌め込まれた金鎖のペンダントだった。
 三日月を模した金細工と、星を模した幾つもの小さな宝石もあしらわれている。恐らく、高価なものなのだろう。
「私の両親が唯一、私に遺してくれた財産です」
 愛していたし、愛されていると思っていたと、自嘲を含ませシャナが呟いた。
 このペンダントが盗まれるその日まで、欠片も疑っていなかったとも。
「追い掛けました。そして、吊り橋を渡る彼が見えました。叫んだら、彼は驚いて……走り出した時に板が割れたんです。事故でした。でもあの時に走り出さなければ、彼は死ななかったかもしれない」
 疑問が払拭され、サクラが視線を逸らす。シャナの安堵はこれを取り戻せるという安堵だったのだ。他者を警戒し、一人で谷底へ下りようとしていたのは、これを狙う男には仲間が居るかもしれないと思ったからだと答えた。
 事実に逡巡しながら、ナギが口を開く。
「辛いことを思い出させてごめんね。……あたし達に何か手伝えるなら、言ってね。埋葬も」
 必要無いだろうかと遠慮がちに申し出る。
 堪えきれなくなったシャナの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。震える唇を強く噛み締めて、彼女は大きく頷く。
「……馬鹿ですよね。私はそれでも、まだ……!」
 言葉の最後は、嗚咽に紛れて音にならない。気遣わしげにソアネラが身体を支え、バーミリオンはひとつ溜息を落とした。
 ――現実は残酷だ。愁嘆場など、誰にでも幾らでも訪れる。
 声を掛けるでも語るでもなく、ナナインはただ静かに瞼を閉じる。
「愛するってことは、突き詰めればプライドの問題なのさ」
 それが解ってないのが多いようだけれど。そう揶揄めいて、リリンは男が落ちた吊り橋を見上げた。
 あそこから愛は落ちた。
 すくい上げることは、もう出来ない。



マスター:輿水悠 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/04/17
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