ステータス画面

君の声が聞きたい

<オープニング>

●君に逢いたい
 人里離れた山のふもとの一軒家で、『彼』はずっと、ただ一人を待ち続けていた。
 彼の唯一の遊び相手であり、兄弟のようでもあり、時には親のようですらあった大切な家族。しかしその人は、街に買い出しに出掛けてから、彼を残したまま一年も戻らない。
 会いたいな。
 遊びたい。
 彼の家は近くに農地を持ち作物を育てていたから、彼はお腹を空かせながらも何とか飢えを凌ぐことができた。どんどん食べられるものも減って辛かったけれど、大切な人が帰ってくるのをずーっと待った。
 待って、待って、待ち続けて。
 茹だるような暑さが過ぎて、美しい紅葉が散り、湖の氷が溶け、山を染める薄紅の桜は緑色に変わろうとしている。
 ……もう、季節が一巡りしてしまった。
 とても哀しくて、とても苦しくて……それから、思った。「あの人が帰ってこないのは、街のせいなんじゃないのかな」、と。彼は心の中で、家族が自分を迎えに来ない寂しさより、家族を返してくれない街への憎しみをどんどん募らせていった。
 だから彼は、街へ出向こうと思ったのだ。今は痩せこけてしまった愛らしい顔に白い仮面を張り付けて。

 ――お腹も空いたし、憎い街を食い散らかしてやる。

●不幸の皺寄せ
 新しいエンディングを見ました、と竪琴の魔曲使い・ミラは悲しげに視線を落とす。
「あるおうちの飼い犬が、マスカレイドになってしまいました」
 マスカレイドは街へ向かおうとしており、このままではたくさんの人々が食い荒らされてしまうと言う。
 けれど、事件はまだ起きていない。今ならマスカレイドと化した犬――ぶち模様で、チップと呼ばれていたらしい――が自分の家から離れる前に、こちらから討ちに行くことができるだろう。
 マスカレイドとして変異したチップは人の二倍ほどにまで大きくなり、空いた腹を満たそうと鋭い牙で噛み付いてくる。また、前足の爪による攻撃も注意が必要だ。
 また、配下マスカレイドとして周辺の山で死んだ小動物のアンデッドが数体現れ、こちらも噛み付きや引っ掻きで攻撃してくるようだ。
 それから、とミラはエンドブレイカー達に説明を続ける。
「彼の飼い主さんなのですが……実は、既に亡くなっていて……」
 街に日用品を買いに来た際に酔っ払い同士の喧嘩に巻き込まれ、運悪く亡くなってしまったそうだ。正義感の強い人だったようで、見ず知らずの人々の喧嘩を仲裁しようと割って入った結果の不幸だった。
 愛しい人が帰ってこないのは街のせい。チップが考えたことは、ある意味正解だったと言える。
「お願いします。どうか、これ以上わんちゃんが苦しむことのないように……」
 悲しみの連鎖を、断ち切ってあげてください。
 ミラは一礼すると、祈るように胸の前で指を重ねた。


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参加者
杖の星霊術士・フェリス(c00636)
剣の魔法剣士・キース(c00638)
竪琴のデモニスタ・ホリー(c02029)
アックスソードの魔獣戦士・サンディ(c02629)
太刀の魔法剣士・フィオレ(c02690)
エアシューズのスカイランナー・クロワ(c05597)
ハンマーの魔獣戦士・メリー(c09315)
ソードハープのデモニスタ・タビー(c10911)

<リプレイ>

●待つ心
 一同が戦場に選んだのは、件の家の前に広がる平地。
 数が多いと聞いた敵に対応するため陣形を整え、彼らはふもとの一軒家を見据えた。
(「置いて逝かれた境遇は同じだけどね」)
 さらりと、ソードハープのデモニスタ・タビー(c10911)の黒髪を風が撫でる。マスカレイドになってしまった犬――チップと境遇は似ている、けれど、だからこそ彼女は悼んだりはしないのだろう。
「えっと、その、よろしく、お願いします……足は引っ張りませんので……」
 目線を逸らし、ぼそぼそとなんとか言葉を紡ぐアックスソードの魔獣戦士・サンディ(c02629)に、タビーはいつも通りの笑顔を見せた。
 緑の多い、良い場所だ。チップはこの地で、飼い主とのどかに暮らしていたのだろう。
 主人を待ち続ける忠誠心は立派だ、と太刀の魔法剣士・フィオレ(c02690)は思う。だが。
(「マスカレイドとなって街を襲うのであれば我々は黙って見過ごすわけには行かない」)
 形の良い眉をほんの僅かに寄せ、表情を引き締めた。心苦しいが、こうなっては『退治』しか術がないのだ。
 待ち構えるエンドブレイカー達の耳に、
『――――!!!!』
 ビリビリと鼓膜を揺らす高い咆哮が響く。狼のようなそれは紛うことなく見つめる先から発せられていた。
 家を飛び出した犬が肥大化していく。顔に張り付いた仮面の模様は笑みを描いていても、彼の身体からは恨みや悲哀の感情がゆらゆら立ち昇っているように思えた。
(「こうゆうのは……気が進みませんねぇ……」)
 マスカレイドを戦場へ誘導する役を請け負ったエアシューズのスカイランナー・クロワ(c05597)が逸早く射程距離内へ駆け、チップに狙いを定める。表情にこそ出さないが、クロワは悲しい気持ちを抑えていた。
「ごめんね……恨んでくれて構わないから」
 呟いた言葉は、届くかは判らないけれど。
 巨大に変貌した犬に挑発の衝撃波を撃ち出し、そのまま一定距離を保ちながら誘導する。追ってくる犬は唸りながら牙を剥く。ふとチップの背後を見遣ると、ボゴボゴと土気色の獣達が後に付いて来ているようだった。あれらが配下なのだろう。
 動物が苦しむのを見るのはつらい。けれど、その苦しみを和らげることができるのならば。
「チップ、おいで。もう終わりにしよう」
 せめて君が誰も傷つけることのないうちに。
 呼び掛けて、剣の魔法剣士・キース(c00638)は武器を構えた。

●数多の爪牙
 マスカレイドに二人、九体のアンデッドには残りの六人を二分した『分隊A』『分隊B』の二班が対峙する。クロワを追う犬をキースが引き受け、その剣で鋭い爪を受け止めた。
「とってもとってもだいすきな、人。とっても哀しくて、寂しい、ね」
 キースと組み、癒しの旋律を奏でる竪琴のデモニスタ・ホリー(c02029)は紅色の幼い瞳に決意を秘める。
「チップのだいすきな人の所に送ってあげる、ね」
 可哀想だと思う心よりも、愛する飼い主の元へチップを送ってあげたい気持ちを、彼女は強く抱く。
 配下担当の二班は互いに声を掛け合い、一方に敵の数が偏らないように戦況を調整していた。杖の星霊術士・フェリス(c00636)は同じA班の仲間の消耗具合を確認しつつ杖を掲げ、
「悲しいエンディングは増やさせません、バルカンさん!」
 フィオレが剣戟を振るう生ける屍へと火炎弾を走らせる。
「これ以上の悲劇を生み出す訳には行きません」
「主人への想いが強いだけあって強敵に違いない、気を引き締めて行こう」
 醜悪に姿を変えてしまったチップを目の端で捉え、凶行を止めなければと杖を、太刀をしっかりと握り直した。
 数が多いため混戦状態にはなるが、班分けしたのは賢い選択だったと言えるだろう。それぞれが敵からの集中攻撃を避けることができるので、後衛に位置するフェリスやタビーは戦況を把握しやすい。
 サンディの内気な性格は人間に対してだけのようで、彼女はアンデッドに臆することなく獣の腕を振り下ろす。
「あなたたち、邪魔……潰れて……」
 叩き潰された腐肉と骨が地面を汚した。そのまま勢いを殺すことなく、サンディは戦場全体へ視線を巡らせる。もしも敵が逃げるようなことがあれば、その華奢な身体に似合わぬ大鉈を投げ付けるつもりだ。
 サンディと同じく獣の腕でアンデッドを薙ぐハンマーの魔獣戦士・メリー(c09315)も、目の前の一体を裂いて散らすと別の一体へと素早く駆ける。まるで彼女自身が獣であるかの如く歯を剥き、ハンマーを乱暴に振り回して威嚇してみせる。
 すぐに次の標的を狙えるようにと意識した立ち位置は、常に敵からも狙われやすいというデメリットも含んでいたが、その分、彼女の前衛としての功績はとても大きい。
 二体目――全体で見れば七体目を倒してから、メリーはチップを見上げ、
「……でかい」
 改めて、率直な感想をこぼす。……たとえチップの飼い主が健在でも、今の彼には会わせてあげられない。
 少し下がった場所から黒炎を撃ち出すタビーの唇からあふれるのは、詠唱の呪文ではなく優しい子守唄。穏やかな笑みを浮かべ、柔らかな歌声は棘(ソーン)に叩き起こされてしまったアンデッドを再び永遠の眠りへと誘う。
「もう迷わなくていいよ。空まで眠れ」
 焼かれて僅かな灰に変わった亡骸は風に流され空気へと溶けた。
 最後のアンデッドがクロワの衝撃波で砕け、残る仮面の主に一同は意識を集中させる。
 ズンッ――と踏み出される重厚な前足。響く遠吠えは、やはり憎しみに彩られているように感じた。

●ささやかなレクイエム
 臨機応変な牽制や回復でキースを援護しながらも、無数の刃を展開させ配下と対峙する二班を支援していたホリーだが、アンデッドが全て潰えたのを確認すると戦法を攻撃主体に切り替える。
 そんなホリーを守るように剣技を繰り出していたキースの傷は少なくはないが、
「スピカさん! キースさんを癒してください!」
 杖を掲げたフェリスに呼ばれた、跳ねる青空色の星霊のキスとふさふさ尻尾が彼の苦痛を取り除いた。礼を言うキースに、フェリスはにこりと微笑む。鋭い切先の剣を構え直し、ぶち模様の肩へ一閃放つ彼にチップは苛立たしげに低く唸った。
 合流した六人も思い思いにマスカレイドを取り囲む。
「お前が人を襲う前に止める事が、唯一お前と主人に出来る事だ。こんな事しか出来なくてすまんな……」
 華麗に太刀を振るうフィオレの刃が犬の胴に命中した。続け様にサンディの一撃が叩き込まれる。
「だめだよ、街を襲ったら、ご主人様と同じところに逝けない……」
 愛らしかったのであろうチップが、誰かの『害悪』になる前に。
 サンディの白く長い髪が風になびいて軌道を描き、攻撃の勢いを物語る。
 怒りにまみれた犬の眼に映るエンドブレイカー達の表情は様々で、けれど棘に取り憑かれた犬にその思いは届かない。振り上げられた異形の前足は前衛に位置するキースを、メリーを切り裂く。少しだけよろりとよろめくものの、メリーはお返しだとばかりに自らの魔獣の爪でマスカレイドの胸を抉った。
 終わりにしなくちゃ駄目だよと、タビーの炎も犬を焦がす。
 度重なる攻撃に、ついに巨体のマスカレイドにも限界が訪れたらしい。酷く消耗した身体を何とか奮い立たせるように、チップは体勢を保とうとしていた。
 砕けかけた仮面と、朦朧とする意識の中で……もしかしたら、彼はもう判っているのかもしれない。どんなことをしても、もう大好きな人は絶対に帰ってこないこと。こんなことをしても、とても優しかった大好きな人は絶対に喜ばないこと。
 それから、自分の邪魔をするこの人達が、本当は悪い人達じゃないってことも。
 仮面に隠された犬の瞳がゆっくりと閉じた、気がした。
「迷わないで……大好きな人のもとへいっていらっしゃい、ね」
 まるで火葬のように、ホリーの炎がチップを包む。最後に残ったのは、うずくまるように小さくなった、か弱い犬の姿。
「…お疲れさまでしたー。また、飼い主さんとチップさんが再び会えるといいですねー。」
 疲れた仲間を和ませる優しい声音で、フェリスは言う。空を仰ぐように天井を眺める彼女の青い髪は、光を受けてさらさらと輝いていた。

●君に逢いにいくよ
 白に茶色のぶち模様が、チョコチップみたいだから、チップ。
 被毛は畑の泥や埃で汚れてしまって白い部分なんて殆ど見受けられないし、痩せ細った身体はどこも丸くなんてないけれど、この犬に名前を付けた飼い主はきっと心からの親しみを込めてその名を呼んだのだろう。
「ずーっと……こんなになるまで待ってたんですね……」
 悲しみを抑えきれずに空しげな表情を浮かべ、クロワはチップの亡骸を撫でてやる。決して気持ちいいとはいえないけれど、先程まで温かかった名残か、その手触りは柔らかかった。
 飼い主と共にいさせてやれたら、とキースが家の側に掘った墓に、クロワがチップを抱き運ぶ。サンディとホリーも同じ気持ちで、家の中から主人縁の物を持ち出して犬の横に添えた。
(「忠犬チップ号も、棘に叩き起こされた屍たちも、ここでおやすみ」)
 メリーは再び眠りについたアンデッド達の屍も一緒に埋葬する。
(「ご主人の傍じゃなくってごめんね」)
 指先でチップの額を撫で、メリーは静かに想った。
 フェリスやフィオレが土を掛け墓標を立てれば、素朴ながら真心の溢れる墓が出来上がった。
 飼い主とチップの冥福を祈るフェリスの横で、キースが野花で作った簡単なブーケを墓前に供える。
「家族とゆっくり休んで、な」
 弔いの言葉は、ふわりと風に乗る。
 竪琴を爪弾くホリーの静かな歌声は鎮魂歌を奏で、
「いってらっしゃい……」
 チップの旅立ちが幸せなものであることを願う。きっとこれは、誰のせいでもないと思うから。
 少し後方で、タビーは皆の様子を見ながら、いつもと変わらぬ笑みを湛えていた。
(「おやすみ、わんこ」)
 空へ、あたたかい雲の毛布と愛しい腕の元へ。
「さて、僕もご主人様の元に帰るか」
 それから今のマスターを想って、タビーはさっぱりと赤い瞳を瞬かせた。

 暮れゆく明かりに、花びらが揺れる。まるで、優しい囁き声のように。
『大好きな大好きな君のぬくもりに、今から逢いにいくよ』



マスター:桐谷なつみ 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/05/04
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