ステータス画面

カッサンドラの嘆き唄

<オープニング>

●翼得られぬまま
「本来『黒鳥』とは我のためにあった称号、コゼットの手に負えるものではなかったのだ」
 重い吐息と共に零れた声音は思わず人を惹きつける美しいものだった。
 派手に巻いた赤毛を揺らし、若い女は愚痴る。年の頃は十八、九くらいだろうか。年若いのに落ち着いた空気を纏う彼女は、一目でゴンドラ乗りと解る黒衣を纏う。怒りを露わにした表情は美しいが、勝ち気な性格を表すかのように、赤銅色の瞳は冷たく鋭い光を宿していた。
 そう、彼女はコゼットと行動を共にしていたが、決戦の折、招集を無視し星の霊廟に向かわなかった者の一人。
 コゼット亡き後、『黒鳥』となるためにささやかながら反逆したわけだが、同じ事を考えたのは彼女一人ではなかった――然し、他者がどうであれ次なる『黒鳥』は己である――それだけの評価を過去に為されてきたと、彼女は自負していた。
 それさえ他のゴンドラ乗りと、変わらぬという事実を彼女は識らず、また認めない。
「案の定コゼットの小娘が惨めを晒し、我が時代が来るかと思えば……そもそも、我がどうしてあの小娘達に敗れればならぬのだ」
 ぶつぶつと愚痴をこぼしながらも、迷い無い彼女の操舵は美しい。
 真っ直ぐな水路には停留する他のゴンドラ乗りもいるのだが、彼女は恐るべき速度で躱し、通り抜けていく。
「こんなにも美しく、鮮やかに、ゴンドラを乗りこなすというのに。ああ、しかし、エンドブレイカーは厄介だな。あれだけの力を得たコゼットやらを見事撃破してみせたのだから……早々に脱出しなければ」
 しかし何が立ち塞がろうと、必ず、アクエリオを脱出し、新しい地で栄光を掴み取ってみせる。
 そのためには何だってしよう――決意を胸に、彼女は己を鼓舞するための唄を口ずさんだ。

●水路追撃
「アクエリオのエンディングは、知っているな」
 葬唄の城塞騎士・ヘーゼル(cn0021)は問うた。
 拒絶体マスカレイドとなってしまった水神アクエリオと、魔王の部位を持つマスカレイド達により、アクエリオの覇権を争う戦いが始まろうとしている――そして、多くのマスカレイドが決戦に向けて姿を隠した。
 だがすべてのマスカレイドが姿を隠したわけではない。
「……『黒鳥』コゼットの配下の中で、霊廟の戦いの時点でコゼットを見限り、アクエリオ内に潜伏していた者がアクエリオからの脱出を目論んでいるようだ。コゼット亡き後、己こそが『黒鳥』と思っていたようだが、それは叶わず、結局そのまま逃亡を開始したらしい」
 マスカレイドはゴンドラにて水路を逃れ、他の都市へ逃れようとしている――それを阻止するのが、今回の任務である。
 そのマスカレイドの名はカッサンドラ。
 歌を得意とした過去より、現在も様々な災いをもたらす歌を歌う。威力よりも――痺れや眠り、精神を不安にさせるような、そういう力に強く、無論単体でみれば彼女の力は十分脅威と言えるのだが、配下を持たぬ彼女を追い込むのは難しい話ではない。
「しかし、カッサンドラはゴンドラ乗りらしく水路を逃げている。残念ながら地の利も技術も、奴の方が上……つまり、こちらは知恵を働かせねばならぬ」
 彼女は追っ手を恐れ、大きな水路から繋がる細い入り組んだ路地に入っていったらしい。水路をそのまま追いかけるのも良いが、建物などからの偵察情報もあれば、更に追いやすいだろう。
 またアクエリオを脱するにはいずれその大きな水路に戻ってこなければならないという――多くのエンドブレイカーが待機していた場合、彼女は別の手段を選ぶであろうが、その事実は記憶に留めておくべきだろう。
「追い詰められた際、カッサンドラは恐らく赦しを乞うだろう。だが最早……倒す事しか我らの取るべき道はない」
 此処で彼女を見逃せば追尾は不可能――逃げ延びたマスカレイドは、他の都市に災いをもたらすだろう。
「アクエリオに安寧と、他の秩序を乱さぬために……お前達の力を貸してほしい」
 ヘーゼルはそこまで語ると、静かに同行の意を告げるのだった。


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参加者
遊悠月・ルゥ(c00315)
奏燿花・ルィン(c01263)
白耀華・ナナリア(c05280)
黒騎士・キースリンド(c07957)
紫眼姫だけの紅眼の守護紅蓮獣・トモヤ(c08696)
銀の腕・ヴァレイシュ(c13222)
煉朱・カイン(c17183)
いばらのつるぎ・メロウ(c21370)
扇の忍者・ゲンアン(c25901)

NPC:葬唄の城塞騎士・ヘーゼル(cn0021)

<リプレイ>

●包囲網
「よう、今回もよろしくなー」
 知った顔へ向けて、銀の腕・ヴァレイシュ(c13222)が軽く挨拶する。
 おう、と奏燿花・ルィン(c01263)が笑い、煉朱・カイン(c17183)は彼をじろりと見た。その鋭い視線は決して睨んでいるのではなく、彼の身を案じたものだった――彼は大体面白可笑しい目に合っているゆえに。
「うまく事が運んだら、酒を奢って貰えるんだっけ」
 人の良い微笑みを浮かべ、遊悠月・ルゥ(c00315)が問うた。
「いや、それは」
 否と言い切るのも景気が悪いので何だが、肯定するのも違う気がする。ヴァレイシュがたじろいだ所で、葬唄の城塞騎士・ヘーゼル(cn0021)が「そこまでにしておけ」と遮った。
 時間はあまりないとでも言いたげな表情であるが、言われるまでもなく、彼らも十分わかっている。道中の些細なやりとりで緊張を解しつつ、後の楽しみを約束し――、
「じゃあ、皆宜しく……気をつけて」
 ひらひらと手を振ってルィンが散開を告げた。

「いやぁ、アクエリオのゴンドラってのは凄いもんだ」
 扇の忍者・ゲンアン(c25901)がぱたぱたと扇ぎながら感嘆した。彼らの乗るゴンドラを繰るのは、カイン。
「此処に来てゴンドラを駆ることになろうとは……」
 緊張もない交ぜの吐息を零す彼女に、いばらのつるぎ・メロウ(c21370)がくすりと微笑んだ。
 左右に白い建造物は例に漏れず星霊建築で高く積み上がり、高い壁を作っている。その中央に青く澄んだ水路が真っ直ぐ伸びる。涼しい風を切るゴンドラの心地よさは、追跡せねばならぬという任務を忘れることはないが、単純に爽快だった。
 大きい水路には行き交う人々がいたが、細い水路に入れば随分と景色が代わり人も疎らになる。
 よっ、とゲンアンがゴンドラ上から道を歩く者に声を掛ける。
「カッサンドラって凄いゴンドラ乗りがいるって聞いたんだけど、見なかったかい?」
「ああ、あの赤い髪の子かな。この道筋を真っ直ぐ、突き当たりの角で曲がったのを見たよ」
 凄い速度だったから、印象に残っていると通行人は告げた。
「この道を来たのは間違いではないようね」
 礼を告げるゲンアンの横、メロウが思案する。一方でヘーゼルはカインの記した地図を手に、榛の瞳を細めていた。
「この先は少し入り組んでいる……地上の者が詳しい情報をくれるとよいが」
「わかった――だが可能な限り、急ぐぞ」
 進路へ強い視線を向け、カインが櫂に力を込めた。

 屋根の上、ルゥは目を細める――建物が作り出す入り組んだ迷路とその合間を流れる水路。そこから赤毛のゴンドラ乗りを見出すのは、中々骨の折れる作業であったが、ルィンや黒騎士・キースリンド(c07957)と相談しつつ場所を移動しながら探索を続けた。
「赤い巻き毛で18〜9歳のゴンドラ乗りなのだが……」
 ルゥがホークアイで周囲を調べる際はある程度足を止める事になるので、その間にキースリンドは近辺の者から聞き込みをする。
「よくある特徴だからなあ」
 ある者からそう返された時、ふと彼は思う。
 カッサンドラは敢えて注目してみれば目立つものの――多に埋没する一に過ぎないのだ、と。
「優秀なゴンドラ乗りがしのぎを削った結果がこれじゃあな」
 同じ事を思ったのだろうか、明るい空を仰いだルィンがぽつりと零す。だからといって慈悲は抱けない――キースリンドは息を吐く。
 ゴンドラ乗りの頂点としてアクエリオの星を目指していたはずが、気付けば黒鳥を目指す。いつからそのように歪んでしまったのか。
 見つけた、程なくしてルゥの声が頭上より響く。
 簡単な地図と仲間との位置関係、キースリンドがすぐに情報を更新し紙に書き付け、彼らが向かうべき地点へと走り出した。

 アクアとジェナスが水と戯れるのを背景に、宙にはスピカを漂わせた白耀華・ナナリア(c05280)は問いかける。
「赤毛で黒服のカッサンドラさんという方、どこにいらっしゃるかご存知? とても早くゴンドラが動かせると伺ったのだけど」
 ゴンドラ乗りはそれぞれ顔を見合わせ頷いた。
「さっきそのあたりで見かけたって聴いたけどな。……妙に飛ばしてたんで、皆何があったんだろう、ってな」
 そうですか、ナナリアは頷き、振り返る。
「合図はまだ聞こえないが、ちょっと移動しとくか」
 ゴンドラ乗り達の肩を揉みながら世間話してきたヴァレイシュの情報と合わせて、大体の方向を割り出す。
「任せてっ」
 嬉しそうに紫眼姫だけの紅眼の守護紅蓮獣・トモヤ(c08696)がゴンドラを動かす。
 準備は整った――後は仲間が巧く追い詰めてくれるかどうかだ。

●水上競走
 カッサンドラは不穏な空気を感じ取っていた。否、逃走を開始した時からずっと不安に苛まれている。
「いたぞ」
 ゲンアンが扇を前方に向けた。地上班から連絡を受けて進路を定めたカインのゴンドラが長い直線でカッサンドラの後ろ姿を捉えた時、アラームは皆へ伝わったか。
「やはり来たか……然し、付け焼き刃の操舵で私に追いつけると思うな!」
 苦々しい表情を浮かべたカッサンドラは美しい歌を紡ぎ、柔らかな動きで櫂を操る。応えるゴンドラもとても滑らかに走った。
 カインのゴンドラはカッサンドラでさえ侮りがたい速度を誇っていた。ライン取りの精度も高い。だが、カッサンドラがゴンドラ乗りとして集中すれば、それ以上の距離を詰めるどころか、離していく。
 あまり得意ではない歌を口ずさみながら、何とか視界に彼女の姿を留めるよう務めるカインを援護すべく、メロウは妖精を放った。まずは一手とヘーゼルも倣い攻撃を仕掛ける傍、ゲンアンはホークアイを使いカッサンドラの挙動を報告する。
 世界樹の弾丸はその脚を掠め、放たれた斧は肩を掠めた。もう少し近ければ命中しただろうと僅かに表情を歪めたカインへ、メロウは「気にしないで」と告げる。
 相変わらずカッサンドラは操舵に集中している。やはり単独で追うのは難しいか――彼らが思った瞬間、前方の建物より飛び出した影があった。カッサンドラは何の気無しに見つめたが、その一人が何かを投げつけてきた。その意味に気付いたのは、ややあってのこと。
 ルィンのチェイスが成功すると同時、キースリンドの投げたハルバードがカッサンドラの頬を掠める。
「……っ!」
 その衝撃に肌が粟立つも、彼女は姿勢を崩さない。
「何処に行く気か知らないけど、この先通さないよ」
 静かに告げたのは、ルゥ。言葉と共に背から迫った手裏剣を避けるために身を屈めれば、後方からの追撃を躱せなくなる。
 苦痛を堪え悲鳴を歌声に変えて、彼女は必死に逃げる。
 だが、その一瞬、彼女は判断を誤った――より逃げやすい複雑な道へ曲がろうと思っていたにも関わらず、攻撃に怯んでその反対側へと進んでしまったのだ。
(「しかしこの先は大通り。この速度であれば逃げ切れる!」)
 ずきずきと痛む傷は逃げ切った後で癒せばいい。今は怖くて患部を直視する事も出来ないが。
 腹を据えた彼女のゴンドラはより速度を増し、みるみる距離を開けていく。彼女が水路に残す美しい軌跡。真っ直ぐ背を伸ばした操舵姿は、確かに美しい。
 耳に届く笛の音が何を意味するのか、彼女は知らぬ儘、水路であれば負ける事はないと頑なに信じて速度を上げる。
 後ひと掻き、それで大通りに――、カッサンドラの祈るような歌声は不意に途切れる。
 彼女が大通りに飛び出そうという瞬間に、別のゴンドラの横っ面が見えたのだ。ぶつかる――否、ぶつけててでも突破するか、一瞬の逡巡を突き、
「残念でしたっ!」
 明るい声音がその僅かな希望を断った。完全に道を塞いだトモヤのゴンドラ。
 ぶんと眼前で空を切ったのは、ヴァレイシュの鉄塊。バルカンのしなやかな跳躍と、放たれる炎の熱。ナナリアの冷たい視線が彼女を射る。
「残念ながら逃がしてやるわけにはいかねえんだ」
 にっとヴァレイシュが笑って、彼女の鼻先へと突き付けた。

●虚しき哀願
 程なくして後方よりカインのゴンドラが追いつく。地上を駆ける三人も合流し、カッサンドラは完全に追い詰められた。
 悟った彼女は攻撃されるよりも前に、哀願する。
「頼む、見逃してくれ!」
 悲痛な声音に似合うように、表情も悲哀に歪む。
 エンドブレイカーは驚く事でもなく、ひとまず聴いてやるかという視線を送りながら、配置を詰めていく。
「我はまだ何も悪い事はしてない……多少乱暴な手段はとったが、人も殺してはいない」
 それが嘘であるかは解らないが、事実であるか否かも解らない。
 美しい頬を伝う輝く光、思わず零れた涙に、偽りはないかもしれない。メロウは軽く目を伏せた。
 ――彼女は、まだ言葉で何か状況を変えられると信じているのだ。
 不幸な思い込みに対する小さな吐息と対照的に、にこりと柔らかな微笑みを浮かべたナナリアが僅かに首を傾げた。銀髪がさらりと揺れて音を立てる。
 その微笑みにカッサンドラは期待した。希望が灯った瞳を真っ直ぐ見つめ、ナナリアは言い放つ。
「私達、貴方を許す為に追いかけた訳じゃありませんの」
 澄んだ青い瞳に映った彼女は、目を見開く。
 どん、とゴンドラが揺れた気がした――飛び乗ったルィンが、曖昧な笑みを口元に刻む。
「わりぃな。どんだけ美人でも泣いてもアンタの仮面で台無しだ」
 にべもない一言に、力なく彼女は俯く。
「命乞いとは、無様だな……コゼットに代わり黒鳥の名を欲する者の姿が其れか。貴様の誇りはその程度か? お前の力を見せてみろ」
 私はゴンドラ乗りとしての誇りを持ったお前と、戦いたい――カインは項垂れた赤毛の女を挑発した。
 それを契機に、メロウは黙ったまま静かに剣を向ける。同じくして、ゲンアンの召喚した忍犬が跳び掛かる。
 水面が激しく揺れ、それぞれのゴンドラの乗り手は支えるための操舵に移る。
 涙さえ枯れたカッサンドラは顔を上げた。希望から絶望、絶望から怒りに表情を変えると、美しい声で叫ぶ。
「諦めるものか!」
 ゴンドラ二艘、振り切れば逃げ切ってみせると、攻撃の意志を持って歌い始める。意図を読み、トモヤがゴンドラをやや旋回させるようにして、今度こそ彼女のゴンドラにぶつけた。
「ぼくから逃げれると思わないで」
 忌々しげな睥睨へ、彼は不敵に言い放つ。
 繋がったゴンドラを蹴り、ヴァレイシュの跳躍からの一撃。無造作に振り下ろされた鉄塊は、カッサンドラの手元を狙う――櫂を落とせば、ゴンドラを動かす事はできぬ。
 瞬間的に危機を察し、彼女は櫂ごと身を翻す。タロ、とゲンアンが忍犬の名を呼び、彼女の頭上へと嗾ける。本人もひょいひょいと身軽にゴンドラの上を移動し立ち回る。
(「数が多い。しかしゴンドラ乗りを何とかすれば……!」)
 ゴンドラが不安定になれば状況は一転するはずと、カッサンドラは狙いをもっとも邪魔なトモヤに定めて、歌を向ける。眠ってしまえ、と不気味な魅力のある声が水上に響く。
 堪えたが、気付けばするりと力が抜けて、トモヤが崩れそうになる。ぐらりと揺れたゴンドラの中で身を屈め、ナナリアは僅かに眉を寄せた。だがカッサンドラの目的は果たされない。向かいから放たれた癒しの拳が彼を目覚めさせ、転覆を阻止する。
「案ずるな、行け」
 ヘーゼルが短く請け負う。
「本当に、小賢しいですね」
 小さな吐息を合図に、燃えさかるバルカンの尾から放たれた熱。ナナリアの正面からの攻撃とクロスするように、メロウの放った世界樹の弾丸が、カッサンドラの肩を貫いた。
「何故だ! 我は特別な存在のはず……美しく、才能に恵まれ……どうしてこんな所で死ななければならない!」
 悲鳴と、今更ながらの運命への罵倒。エンドブレイカー達にも及ぶ、聴くに堪えない言葉。声音は美しいからこそ、耳障りでしかない。
「人殺しとでもろくでなしとでも言ってくれて構わんよ。恨むなと言うつもりもない」
 投擲の姿勢を見せながら、キースリンドは低く告げる。
「だが、悔やむのであれば身に過ぎた野望に溺れた過去の自分を悔やむんだな……名誉も称号も奪い取るものではないのだから」
 放たれるハルバードの刃と、もう一頭の忍犬がルゥの命に従って、地上より跳び掛かる。
「赦しはコゼットにでも乞うてくれ」
 黒鳥の生み出した歪みは、黒鳥へ還せと。
 カッサンドラのゴンドラの前方が、深く沈んだ――ヴァレイシュが、思い切り踏み込んできたのだ。だが背後から、ルィンが既に刃を振り下ろしている。腕も上がらぬ程消耗したカッサンドラは、黒い衣類を更に黒く染めて、最後の歌を口にする。
 眩しそうに目を細めたのは、カイン。
「……正直、歌は不得手でな。お前の歌が攻撃のもので無ければさぞ美しく響いただろうことを思うと、羨ましいぞ」
 豪快なヴァレイシュの鉄塊が櫂を叩き折り、ルィンの剣戟は見えぬほどに早く――はらはらと水路に薔薇の幻影が落ちていく様は美しかった。

●終幕
「速さのみ求める事がゴンドラ乗りではないでしょうに、視野の狭さが仇ですね」
 穏やかな声音で、ナナリアは辛辣な言葉を贈る。
 彼らのゴンドラはゆっくりと、真っ赤に染まったゴンドラから離れていく。支えを失いそれは静かに沈んでいく――カッサンドラの亡骸と共に。
「埋葬してやりたかったが……ゴンドラ乗りとしてはこのまま水葬するほうが幸せ、か?」
 ルィンの問い掛けにさて、とヘーゼルは曖昧に首を傾げた。
「ゴンドラと共に逝く、それもひとつの弔いだろう。……あれはゴンドラ乗りであることが呪いとなったようにも思えるが」
 榛の瞳を細めた彼にルィンは「そういう考えもあるか」と返すと、空を仰いで、笑う。
 ゴンドラは流れに乗り進み、涼しい風が彼らの間を通り抜けていく。
「よしっ、ヘーゼル、飲もうぜ」
 振り返った彼の誘いにヘーゼルは首肯する。
「では、宜しく頼む、ヴァレイシュ」
「おい、だから俺は奢るとは……」
 いきなり振られて、彼は戸惑う。そりゃあ少しくらい張りたい見栄もあるが、財布には限界がある。
 何とかこの財布の危機を脱出すべく思考を巡らせる彼の肩をぽんと、ルゥが叩いた。
「ごちそうさまです!」
 とても良い笑顔だった。呵々と笑うゲンアンが悠然と扇ぎながら同意し、つられたキースリンドも微笑む。
「楽しみだな」
 皆からの期待にヴァレイシュは思わず後退る――ゴンドラに乗っているということを失念したまま。メロウが「あ」と手を伸ばす。
「危な……」

 ばしゃーん。

「大丈夫犬掻きマスターしてるから!」
 ばしゃばしゃと水路を泳ぐヴァレイシュを一瞥し、カインがぽつりと零す。
「逃げたな」
「逃げましたね」
 ナナリアが頷く。櫂を上げてトモヤが声を上げる。
「大丈夫、ぼくがちゃんと助けるよ!」
 そして幾人かの顔見知りに救助されるまで、ヴァレイシュと二艘のゴンドラの競走が展開されたとか、いないとか――笑い声を吸い込むアクエリオの空は清らかに晴れ渡っていた。



マスター:神崎無月 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2011/10/04
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