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深い深い水底から

<オープニング>

 重い重い水桶を、少女は力いっぱい引き上げる。
 水をいっぱいに湛えたそれを足元に置いて、井戸にもたれかかったその時だった。
 石壁に何かがぶつかる音、それから軽い水音。少女の金髪から外れた髪留めが、井戸の中へ落ちてしまったのだ。
「あぁっ……!」
 お父さんに買ってもらった、大事な大事な髪留め。けれども井戸の底は見通せない程深く、暗い。
 それでも諦めきれずに、少女が井戸を覗きこんだその時だった。
「……ねぇ、君も何か落としたの? 僕もそうなんだ。ね、一緒に探さない? 君と僕の落とし物」
 誰かの声が聞こえたと思った瞬間、少女の視界が細かな泡に包まれた。
 肌に触れる冷たさ、纏わりつく服の濡れた感触。するとここは水中なのだろうか? 井戸の底へ落ち込んでしまったのだろうか?
 訳も分からず、少女はもがく。もがいて、もがいて……気が付くと、彼女は家の前に立っていた。
 身体はどこも濡れていない。しかし、髪留めも失くしたままだった。

「よっす、こないだはお疲れさん。けど、本当の平和を作っていくのはこっからだぜ」
 葡萄ジュースを一気に飲み干して、暗殺シューズのスカイランナー・カタリーナ(cn0132)は集まった面々を見渡した。
「さて、その平和への第一歩だ。イマージュ事件だぜ……っと、そう身構えんなよ。マスカレイドとかじゃねぇからさ」
 レムが節操なしに呼び出したイマージュマスカレイドの影響かも知れないけどさ、と続けて、カタリーナは空のコップを手の中でくるりと回す。
「放っといてもすぐに消えちまうんだろうけど……ま、誰かが怖い目見てもあれだしな」
「……それで、相手の情報は?」
「おーう、ばっちり見えたぜ。本体は十歳そこそこの子供のイマージュだ。街外れの井戸に物を落っことすと現れて、一緒に探し物をしようって誘いかけてくるみたいだな」
「本体?」
 訝しげに首を傾げるエンドブレイカーたちに、カタリーナが頷く。
「おう。物を落っことすと同時に、自分がまるで水の中に落ちたみたいな感じになるらしいんだ。つっても周りの風景が井戸の底に変わるだけで、呼吸や行動には影響しないから安心しろや」
 そして彼女に曰く、このイマージュが積極的に攻撃を仕掛けてくることはないという。
 万一そのような状況になったとすれば、弱いながらも星霊術士の技を繰り出してくるだろうという警告付きではあったが。
「坊主のイマージュが何を探してるのかは分からねぇし、そもそも井戸の底に本当に下りる訳じゃないから探しようがねぇ。けど、どうせこの世から消しちまうんなら……最後に、話くらいは聞いてやっても良いかもな」
 最後にふと、そう付け足して。
「今から井戸に向かえば、件のお嬢さんもイマージュにビックリさせられることはねぇだろうよ。ま、いっちょ頑張ってくれや」
 気楽な調子で片手を上げて、カタリーナはエンドブレイカーたちを送り出した。


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参加者
路地裏にある酒場のマスター・リョウ(c00461)
緑の観測者・ゼロ(c00611)
翠緑の竜士・ルヴィウス(c01589)
那由他刀・ルーン(c01799)
白夜・ラビ(c03369)
澪青・スカビオサ(c08039)
花と遊戯・ミシェル(c13099)
夜詩の紡ぎ手・エルシュヴァルツ(c13387)

<リプレイ>

「井戸の中で落とし物を探す少年、か……いったい彼は井戸になにを落としたのでしょうか」
 星霊建築の街には珍しい井戸を覗き込んで、花と遊戯・ミシェル(c13099)が呟いた。真下の階層を流れる水路から水を汲み上げる為の井戸は、底が見えぬ程に深い。
「未練を残した存在をそのままにしておくわけにもいけません。戦わずに未練を解決したいものです」
 井戸から少し距離を置くようにして、那由他刀・ルーン(c01799)は鋼の弓をもう一度布でしっかりと包み直す。
 相手はイマージュとは言え、年端も行かない少年だ。怖がらせないよう彼に倣って、翠緑の竜士・ルヴィウス(c01589)も武器をゆったりとした袖口に隠す。
 皆が武器を収め、準備を整えたのをしっかりと見届けて、夜詩の紡ぎ手・エルシュヴァルツ(c13387)が井戸に歩み寄る。宵の口に僅かに残った光を受けて一度きらりと光り、彼の投げ込んだガラス玉が井戸の底へと吸い込まれていく。
 随分と長い間を置いて、水音。すぐ下の層とは言え、かなりの深さがありそうだ。
「……出てこないね」
「さて、どうしたものかな」
 井戸に注意を払っていた緑の観測者・ゼロ(c00611)が短く呟いて首を傾げ、後方で見守っていた路地裏にある酒場のマスター・リョウ(c00461)も煙草を咥え直す。
 白夜・ラビ(c03369)は諦めずに井戸の底を覗き込んでいたが、ややあってゆっくりと顔を上げた。そして、彼が取り出したのは一本の酒瓶。
 ことん、と軽い音を立てて、瓶が井戸の縁に置かれる。
「くうっ、勿体ねぇけど仕方ねぇ……!」
 惜しい気持ちを抑えて、ラビは瓶の首を軽く指で突く。ぐらりと瓶が傾き、深い闇に吸い込まれて――消えた。
 瞬間、全員の世界が水に包まれる。
 否、これは幻影に過ぎない。息を吐けば口から泡が零れ、身体を動かせば視界が透明に揺らぐ。しかし、五感も呼吸も地上でのそれと何ら変わらない。
 澪青・スカビオサ(c08039)がふと振り返ってみると、あどけない顔立ちの少年がじっと彼を見つめていた。

「ねぇ、君も何か落としたの?」
 問う声に、悪意の色は無い。
「僕もそうなんだ。ね、一緒に探さない?」
 金色の双眸が、無邪気にエンドブレイカーたちを見据える。どこか不安そうな色が見えるのは、失くし物のせいだろうか。
 彼にそっと歩み寄って、ゼロが優しく口を開く。
「初めまして、ボクはゼロ、キミの名前は?」
「僕? ……僕は、マーチ」
 瞳の揺らぎは、或いは見知らぬ集団への警戒心か。一緒に探そうと誘いかけておきながらも、少年――マーチの声には、どこか探るような響きが混じっていた。
 エルシュヴァルツが、そんな彼と視線を合わせる為に屈み込む。
「こんな時間に探し物とは偉いな。一人で探し続けたのだろう? 立派だな」
「うん……でも、見つからないんだ」
「一体どんなものを落としたのですか?」
 しょんぼりと肩を落とすマーチに、彼と同じ黄金の瞳を向けてミシェルが問う。
「一体どんな物なの? 良ければ私達にも探すお手伝いをさせてくれないかな」
 彼女に続けて、スカビオサも穏やかに手を伸べる。差し出された手に気付いて顔を上げると、マーチは小さく礼を述べた。
「とても大事なものなんだ。けど、何だったか分からない」
「おいおい、参ったなぁ。んじゃ、どうやって落としたかは覚えてんのかよ?」
 ラビが更に問うが、マーチは首を横に振る。鋭い目付きに射すくめられたのか少々怯えたような表情になった彼に、ゼロが小さく囁いた。
「大丈夫だよ。この人もみんなもすごく頼りになるから、何でも話してみな?」
 年頃の近い彼に笑顔で言われて、少年はようやく安心したように頷いた。
 それを見て、ラビはこっそりと頭を掻く。
(「……まぁ、胡散臭ぇのは分かってっけどな」)
 やはり見かけと口調で怖がらせてしまったか、と思いつつ、彼は辺りに視線を巡らせる。石積みに円く切り取られた空、頭の上を駆け抜けていく水。両側に見える壁は、水路のものだろう。
「うぅむ、分かるのは大事なものだってことだけか。まぁ、探せるだけ探してみるか?」
 リョウのその言葉に、マーチの顔がぱっと輝いた。
「本当? 探してくれるの?」
「こう見えましても、それなりに経験を積んだ狩猟者ですので、探し物は得意なのですよ。私を信じてみてくれませんか」
 マーチの瞳をしっかりと見つめるルーンの隣に、白銀の輝きが舞い降りる。呼び出したシルバーコヨーテの頭に手を乗せて、ルーンは微笑んだ。
 スカビオサが、持っていた照明で暗闇を照らし出す。幻影とは言え井戸の底、光源が無ければ足元を見るのも難しいのだ。
「どんなものを落としたか分からないと言ったな。断片的にでも、分かる事はないか? 色だとか、形、大きさ……」
「ごめんなさい……色も形も、思い出せないや。けど……何だろう。すごく、あったかいものだったと思う」
「あったかい、か。誰かから貰ったものですか?」
「……うん」
 ミシェルの問いに、マーチが初めて頷く。確信を持った表情で、彼はもう一度深く頷いた。
「うん、そう。友達に貰ったんだ。僕の一番の友達!」
 答える声は楽しげで、誇らしげで。しかしその光は、すぐに萎んで沈んでしまう。
「どうして思い出せないのかな……何で落としちゃったのかな……」
「そこで自分を責めても仕方ねぇだろ。坊主、俺たちも探してやっから元気出せって」
「っま、諦めなければ見つかるかもしれん、諦めず探すぞ」
 マーチの両側から、ラビとリョウが次々励ましの声をかける。返事を待たずに左右に分かれて探し物に戻ってしまった男たちの背中を順番にゆっくりと見渡して、マーチは一言。
「ほんと、ゼロさんの言った通りだね。優しい人たちばっかりだ」
 無邪気に笑うマーチに微笑み返しながら、何気ない調子でルヴィウスが問いかける。
「ねぇ、キミの落とし物をくれた友達ってどんな人?」
「え? えっとね……そうだなぁ」
 はにかむような笑みが、少年の頬に浮かぶ。何から話そうか、どこまで話そうか。そんな高揚感と、友達のことを話す気恥かしさが入り混じったような、そんな笑みだった。
 なかなか『友達』について話し出せない彼にちらりと微笑交じりの視線を送ってから、ミシェルは水底に目を凝らす。
 少しでも、彼の力になってやりたい。その思いが、彼女を動かしていた。

 何かあったか、と問いかけるリョウの視線に、ルーンは首を横に振る。行動を共にするコヨーテも、彼に合わせて詫びるように首を縮めた。
 問い返すような視線に、肩をすくめて。ルーンが去ってから、リョウは小さく息をついた。
(「戯言でも」)
 そうであろうとも、実体化してしまうほどの想いなのだ。ならば付き合ってやろうと、リョウは誰にも気付かれないように利き手を握る。
 この深い井戸の底は、所詮幻影。少年の落とし物が見つかる可能性は、限りなく無に近いだろう。或いは、始めからそんな可能性など無いのかも知れない。
 それでも、思い残しがないようにしてやりたい。
 そう願うのは、彼一人だけではあるまい。
「見つかりませんね……」
 呟き、スカビオサが額を拭う。浅く頷いて、エルシュヴァルツは円い空を仰いだ。
 彼の手元のメモには、ただ一言『大切な友人からの贈り物』という文字だけが走り書きされている。色も形も大きさも分からない失せ物を探す。とんだ難題だが、諦めるという選択肢は彼らの中には無い。
 ……いや、『無かった』と言うべきか。
 探せども探せども見つからない、大切な何か。時間が過ぎれば過ぎる程、それが見つからないという予感は確信へと近づいていく。
 もうどうしても見つけ出せないのならば――諦めることも、また肝要だ。
 何度目かの悲しげな溜息をついたマーチの瞳を、ゼロが覗き込む。
「……ねぇ、マーチ。キミがそれを見つけたいのはその物が大事だから?」
 問いかける口ぶりは変わらず穏やかだが、漆黒の瞳に宿す光は真剣だ。
 顔を上げ、しかしマーチは答えない。驚いたように見つめ返してくる彼に向けて、ゼロは言葉を続ける。
「それとも、その物にまつわる思い出が大事だから?」
「……それは……」
 顔を伏せ、ぽそりと、しかし確かに少年はその答えを呟いた。
 それを聞き届けたルヴィウスが、さらに問いを重ねる。
「キミの友達、話を聞くとすごく優しい人みたいだよね。ワザと失くした訳じゃないのに、君を怒る様な人なのかな?」
「そんなことない!」
 即座に、マーチが答える。殆ど叫びのような答えに、ルヴィウスは彼を落ち着かせるように微笑んでみせる。
「だったら、素直にその人に言ってみたら? 正直に言えば、きっと分かってくれるよ」
「うん……それは、分かるよ。きっと許してくれる。けど……」
「大切な思い出の品だから、見つけたい……か?」
 急に降ってきた問い。いつの間にか隣に立っていたエルシュヴァルツを、マーチは驚いた顔で見上げて――何も言わず、頷いた。じわり、その目に涙が浮かぶ。
 怖がらせないよう、慎重に。そう気を付けながら、ラビが彼に言葉をかけようとした時だった。
「それに……みんなが、こんなに探してくれてるのに。出てこなかったら、何だか……悪いよ」
 その言葉に、全員が瞬いた。
 意外な言葉に固まる面々を、少年の目がじっと見つめている。
 それを受けて、最初に動いたのはミシェルだった。
「……キミも、優しいんですね。そんなこと、気にしなくて良いのに」
「そうですよ。困った時はお互い様です」
 ミシェルの言葉を受けて、ルーンが少年の髪をそっと撫でる。
「皆でこんなに探しても見つからないから、もしかしたら違う所で無くしたのかもしれない。ずっとここにいると君の家族が心配してしまうから家にお帰り」
 促すスカビオサに頷きかける少年。しかし、寸前でその視線は真下に落ちた。
「諦められんか。……なぁ、マーチ。どうしてそんなにそれが大事なんだ?」
 リョウの問いを、マーチはどう受け取ったのだろうか。謝るように見上げる彼に、リョウは片目を細めて呟いた。
「っと、言い方が悪かったな」
「失くし物には、大事な思い出があるんだよね? それ、良ければ聞かせてくれないかな」
 ゼロが続けた言葉に、やっと合点がいったという顔でマーチが頷く。
 両手を後ろに組んで、遠く高く視線を飛ばして、彼は小さな唇を開いた。
「友達がね。引っ越して、もう会えなくなるからって、くれたんだ。例えもう会えなくても、これが僕たちの記念だよって」
 殆ど独り言のような声が、小さく震えている。
 誰も口を挟まない。長い長い間を置いて、マーチは再び言葉を紡ぐ。
「その子と一緒に居れば、楽しかった。何も怖くなかった。だけど、もう会えないよ……だから……」
 そこから先は、声にならなかった。
 ぺたんと座り込んでしまった少年を、皆でどれほどの時間見つめていただろうか。
 ややあって、ラビがきまり悪そうに口を開く。
「あー……その、よ。上手く言えねぇんだが……大事なんは解るけどよ」
 一度言葉を切り、マーチと真っ直ぐに目を合わせる。泣き濡らした瞳は、今度は逸らされなかった。
「……でもその記憶はお前さんの中に残ってやがんだから……悲しむなって、な」
「記憶は、僕の中に……」
 繰り返すマーチの隣に、スカビオサがひょいと腰を下ろす。
「そう。どんなものも、いずれは無くなってしまう。けれど、君がその人のことを忘れない限り……」
「記念は、ずっと残るんだよ」
 言葉を切ったスカビオサの後を引き継いで、ルヴィウスが言い切った。その瞳に浮かぶ笑みは、優しくどこまでも澄み渡っている。
「ね、もう一度聞くよ。キミにとって本当に大事なものは……何?」
 そう問うたゼロの瞳を、金の瞳が捉えた。
 濡れた瞳が、突き抜けるように澄んだ光を放つ。
「失くしたものも、大事だよ……あの子が、心をこめてくれたものだから。……けど」
 一番大事なものは、探さなくてもあったんだね。
 そう言って、マーチは微笑んだ。輝くような笑みが、水の幻影に揺らめく。
「ありがとう……探し物は、見つからなかったけど。一緒に探してくれて、本当に大事なものを見つけてくれて、本当にありがとう……」
 ゆらり、イマージュの姿が揺らめく。視界がぶれる。
 エルシュヴァルツが素早く懐に手を差し入れた。取り出したのは武器ではなく、小さなガラス玉。
「……待て。これを持って行け」
 きらり、透明なガラスが光る。ちょっと首を傾げながらも、マーチはそれに手を伸ばして。
「いいの?」
「ああ。……友情の印だ」
 今度は失くすなよ、と冗談めかして付け加えた言葉に、イマージュは声を立てて笑う。
「あははっ、本当だよね。……大丈夫。一番大事なものは、もうあなたたちからも貰ったし、ね。……それじゃ」
 ――さよなら。
 その言葉が聞こえた瞬間、世界から水が引いていった。

 気付けば夜の帳の下、井戸の前に立っていた。
 辺りを見回して、ミシェルは身に付けた赤薔薇の造花をそっと指で撫でた。ささやかな祈りを託して、細い指先がしなる。
 少年に、この街に、ひとつでも多くの幸せがあらんことを。
 一度井戸の底に目をやって、そう願いをかけて、エルシュヴァルツは歩き出す。
 その祈りはきっと、共に歩く皆のもの。



マスター:猫目みなも 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2011/10/15
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冒険結果:成功!
  • 生死不明:
  • なし
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