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暁の奏で

<オープニング>

●暁の奏で
 我に返った時には夜が明けていた。
 冷たい静寂と咽せ返るような血の臭いに満ちた屋敷を抜け出せば、世界を生まれ変わらせるような清冽な陽の光が瞳を射抜く。眩しさに瞳を細めて仰ぐ遥かな星霊建築の天蓋に映しだされた空は、胸締めつけるような彩りに満ちた朝の空。
 澄んだ水に露草の滴を落としたような淡い青の空には霞がかった群青色の影を湛えた雲が幾つも流れ、朝の光が雲の縁を珊瑚の色に、杏の色に染めていく。光で綴ったような雲の輪郭は金の彩。
 ――ああ、瞳に映ったこの空の色を、胸締めつけるようなこの感覚を、心のまま奏でられたなら。
 深山の泉から水が湧きいづるように、胸の奥から自然にそんな想いが溢れだす。
 こんな事態になってもまだそんな感情が自分に残っていることが可笑しくて、少女は掠れた笑みを漏らした。それとも、そんな自分だからこそこんな事態を招くことになったのか。
 清冽すぎるようにも思える曙光が痛くて眩しくて、眦から涙が零れ落ちた。けれど本当に眩しく瞳に痛いのは、曙光ではなくこの手にある金色のフルートの煌きなのかもしれなかった。
 美しく磨きあげられ、光に翳せば凪いだ朝の湖みたいな輝き渡る金のフルート。
 極上の絹で胸の裡を撫でていくような、一度触れてしまえば二度と手放したくなくなってしまうような心蕩かす滑らかな音色を奏でるこのフルートは、少女のものではなかった。
 ――クラヴィーア。
 艶やかなチェリーブロンドと露草色の瞳を持つ、自分と瓜二つの従妹。
 同じ歳、双子のような容姿、挙句親同士の気紛れで名前までがおんなじの、何もかもがそっくりな従妹。もうひとりの自分みたいなクラヴィーア。やっぱり親同士の気紛れで二人は同じフルートの師につけられて、同じ練習を同じだけ繰り返して。
 なのに、何もかも同じだったはずの彼女だけがどんどん高みへ昇っていった。
 懸ける思いも情熱も、何ひとつ劣らないはずなのに、師を唸らせ師が己の後継のためにつくらせた金色のフルートを与えられたのは彼女のほう。
 晩餐のあと、居間で誇らしげにそのフルートの演奏を披露しはじめた彼女が憎らしくて羨ましくて、気づけば彼女の手から金色のフルートを奪い取っていた。すると、手からフルートが離れなくなった。唇に寄せればそこからも離れなくなった。
 もう離さない。
 愛おしさのままに音色を奏でれば従妹も家族も使用人達も次々眠りに落ちていった。豊かな音色が導く高揚のままに旋律を奏でれば、幻の獣が現れ皆を喰い荒らした。
 その光景を心のまま音色で奏でて、心ゆくまで奏でた後は泥のように眠って、そうして朝を迎えて。
 さあ、これからどうしようか。
 広大な庭を歩いて、朝の光にきらきらと輝く水を噴きあげる噴水を越えて、黒金の蔓草模様が彩る門扉を開いて外へと足を踏み出して。
「まあクラヴィーア、こんな朝早くからどうしたの? わかった、フルートの練習ね?」
 掛けられた声にのろりと顔を上げれば、知った顔がそこにあった。
 三つ向こうの屋敷の奥方。夜会の翌朝にも自らの手による愛犬の散歩を欠かさない、優しいひと。
 優しい微笑が恐怖と絶望に染まる様を見たくて、その様を音にしてみたくて。
 少女は奏でた旋律によって現れた獣が奥方と愛犬を喰い散らす様をあますことなく見つめ続けた。

 ――ねえクラヴィーア、今の私の演奏、貴女に負けないくらい素敵だったと思わない?

●暁の調べ
 鍵盤楽器の名を持つ少女が、フルートを奏でて悲劇を呼ぶ。
「従妹からフルートを奪った時、彼女はマスカレイドになってしまったのよ。異形化によってフルートは彼女と融合して、彼女が仮面を隠すか彼女に巣食った棘が消える時まで離れない」
 剣の城塞騎士・フローラ(cn0008)が語ったエンディングは、紫煙群塔ラッドシティの都市部の一角、とある屋敷街で起こる悲劇だ。
 夜の悲劇には間に合わない。
 だが、急いで向かえば朝の悲劇は覆せる。
「どうか皆さんの手で、このマスカレイドを討伐し――悲劇のエンディングを覆してきて」

 注意すべきは、今回、犯罪課捜査官の肩書きが意味を成さないことだ。
 現場で遭遇する以前にマスカレイドが悪事を犯したことを立証することは難しく、現場で事件が発生するより前にマスカレイドと戦うわけだから、街の人々に目撃され、自分達が犯罪課の捜査官であることが明らかになれば、人々の目には『犯罪課の捜査官が守るべき市民を殺害した』と映るだろう。
 寧ろ、自分達が捜査官であるとばれないように立ち回る必要がある。
「人目につくのは危険なのよ。急げば彼女が屋敷の玄関から出てくる瞬間に間に合うから、そのまま庭で戦いに持ち込むことをお勧めするわ」
 屋敷とその広大な庭の周りは高い塀で囲まれており、門と屋敷の間では大きな噴水が絶えず水を噴きあげている。噴水の奥で戦うなら、門の外から誰かに見られるようなこともない。
 屋敷内の人々は――マスカレイド以外、皆息絶えてしまっている。
「彼女の力は魔曲使いのそれに似ているわ。強力だから十分気をつけて。それと――皆さんの腕のほどに気づけば、恐らく彼女は配下マスカレイドを召喚してくるはずよ」
 彼女が従えるのは陽光色をしたスズメが二羽。
 淡い金色のスズメは中型犬ほどの大きさで、忍者の使う犬のスピリットのような能力を持つという。
 確実に仕留めて欲しいのと告げ、フローラは改めてエンドブレイカー達を見回した。
「すべてを終わらせたら、誰にも見咎められないよう、素早くその場を立ち去って」
 紫煙群塔の人々は、マスカレイドの存在も、エンドブレイカーの存在も知らないのだから。


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参加者
毒芹の粮・ラグランジュ(c02051)
琥珀の宴・トッド(c02211)
月色菫・ユエル(c03933)
傾陽・イゼ(c06233)
橙の奏者・ククロコ(c07973)
勿忘草・ヴリーズィ(c10269)
蜜契・エミリア(c12784)
太陽の娘・モモ(c16080)
ローディー・シャルロッテ(c19963)
いばらのつるぎ・メロウ(c21370)

<リプレイ>

●暁の訪れ
 冷たく静まり返った屋敷には、血の臭いと身に染み入るような静寂が満ちていた。
 耳を澄ました少女に聴こえるのは庭の噴水が奏でる飛沫の音色。遠くその向こうに門扉が開く音を聴いた気がして、少女はそうっと外へ足を踏みだした。
 痛いくらい清冽な朝の光に瞳を細めて空を仰げば、その空から降りてきたかの如き唄が耳へ届く。澄んだ水面にも似た空往く雲の間から降る、淡い蜜色に輝く光のような。
 惹かれるように瞳をめぐらせれば、煌く水飛沫を振りまく噴水を背にして見知らぬ娘が立っていた。首を傾げてみせれば彼女は朝の空よりも澄んだ色合いの髪をふわりと風に踊らせて、唄うたいだよと何処か寂しげに笑う。
「……鎮魂歌を捧げに来たよ」
 続けてそう告げると同時に押し寄せた鮮烈な風に乗り、勿忘草・ヴリーズィ(c10269)は眼前の少女――クラヴィーア目掛けて一気に翔けた。
 神風の一撃を受けて大きく揺らぐのは少女の細い肩、娘を持つ身には胸痛む光景だったけど、その肩にこそ、毒芹の粮・ラグランジュ(c02051)の娘と妻の命を奪ったのと同じ仮面が宿る。弱味なんざ見せてたまるかとばかりに固く大鎌の柄を握りしめ、追い風に力を得たラグランジュは迷いを振り切るように星霊ノソリンを駆った。
「俺達の音、悲鳴と絶望を渇望すんなら……やってみやがれ!」
 激しい突撃を重ね、皆の代わりに傷を引き受けるべく声を張った瞬間、たおやかな手と小さな唇を金色の笛と融け合わせた少女が心昂ぶらせるような音色を溢れさせる。
 朝の光の中に忽然と湧き出したのは幻獣の群れ。劈くような呼び声をあげた獣達は少女が奏でる旋律のまま、ラグランジュとヴリーズィ目掛け次々と躍りかかっていく。けれど獣を操る少女の音色が高揚していくほどに何故か寂しげな響きが募るから、太陽の娘・モモ(c16080)は胸を締めつけられる想いで魔鍵を握る手に力を込めた。
 駄目だよ。
 キミの音色で誰かを傷つけるのなんて、絶対にダメ。
 全力で止めてみせると強く誓えば鍵が輝きを帯び、モモは魔鍵の輝きで朝の世界に力強い紋章を描く。
「さーみんないくよーとつげきー!」
 号令とともに顕現したのは幻の黒鉄兵団、攻撃陣形を敷いた力ある幻影達が宙を駆けて、一斉に少女を押し包んだ。
「……好機だ」
「ええ、必ず抑えてみせる!」
 袈裟がけに纏った緻密な紋様踊る外衣を翻し、琥珀の宴・トッド(c02211)が杖を翳せばその先端に強大な魔力が凝っていく。蜜色の髪煽る風が頁を繰るまま力を導いて、蜜契・エミリア(c12784)は数多の蛇影を魔道書から迸らせた。
 庭の敷石を削りながら駆けた魔力の球が少女の薄い腹をも削り真正面で盛大に爆ぜる。その力の余波が消えぬうちに蛇の影が幾重にも少女へ絡みつき、血に汚れた白い脚を石化させる。
 濡れて流れる鮮紅の血は仮面のクラヴィーアのもの、そして乾いてこびりついたまま変色した血はきっと、屋敷の中で骸と成り果てた同じ名前の少女のものだ。
 曙光に煌くチェリーブロンド、瞳に湛えた露草の色。瓜二つだという二人の容姿はひとの手及ばぬ天の采配だけど、同じ名前に同じ楽器という二重の軛に彼女らを繋いだのは大人達。
 その軛さえなければきっとと思えば、鴇色の瞳に翳りが過ぎる。けれど白くしなやかな手に握られた荊棘の剣に還る鞘はないから、いばらのつるぎ・メロウ(c21370)は光の粒子を思わせる鱗粉纏った妖精の翅を背に顕して、滑るように翔け仮面の少女へと斬撃を見舞う。
「大人達の気紛れは……あんまりよ、ね」
 視線が絡み合った拍子に囁けば、クラヴィーアの目元が泣きだしそうに歪んだ。
 誰かを呼ぶような金の笛の音色が響き渡る。
 陽の光凝らせて現れたのは淡い金色に輝く大きな二羽の雀達。笛の音にあわせて仮面持つ翼が翻る。好きにさせるかと敷石を蹴ったのは月色菫・ユエル(c03933)、滑らかに心を撫でていく少女の音色は美しいとは思えずとも唯ひたすら哀しくて、心軋む憐れを呼ぶからこそ、菫色の瞳は少女ではなく金色の雀を真直ぐ捉えた。
「まずは――お前達からだ!」
 一刻でも早く終わりを迎えるために揮われるのは曙光に煌く白金の鍵、血の色咲く薔薇が引く軌跡は七色の輝き帯びて、足ごと腹を横薙ぎにした斬撃が光の雀に痺れを刻む。高い声で鳴き反射的に退いた雀が体勢を整えるよりも先に、傾陽・イゼ(c06233)が邪剣の群れを喚んだ。
 響く笛の音切り裂いて、刃の雨が金色の鳥へ襲いかかる。
「奏でる者の気持ちってのは、同じく奏でる者にしか分からねぇのかもな」
「……どうだろう。でも確かに、エンドブレイカーとしての俺より奏者としての俺の方がより強く、彼女の悲劇を止めたいと願ってる気はするよ」
 何かを希うような、乞い求めるような音色に、僅か歪めたイゼの唇から淡い苦さの滲む言葉が零れ落ちた。夕陽色の瞳に痛ましさを乗せた橙の奏者・ククロコ(c07973)は、鳥の唄思わす音色奏でる剣の琴へ掠めるように触れて、けれどその手で添い始めたばかりの扇を開く。
 曙光を透かして煌く荒波とともに一気に雀へと迫ったのはローディー・シャルロッテ(c19963)、打ち鳴らした鉤爪の切っ先は鈍く艶めく猛毒に濡れ、澄んだ波の中でもがく鳥の翼を引き裂いた。
 甲高い鳴き声に、フルートの音色が大きく乱れる。
「さて、ぼくの職業を知っておいでかな?」
 煌く水飛沫と金の羽毛、そして鳥の血が舞う中、深緑と露草の眼差しが重なりあった。
 訊ねるように瞬きをしたクラヴィーアに頷いて、シャルロッテは微かな笑みを返す。
「楽器商人だよ。作成から修繕に調律まで――何でもござれ」
 鍵盤楽器の名を戴きながら、金の笛で歪な旋律を奏でる少女。
 大丈夫。必ず綺麗に調律してあげるから。

●暁の調べ
 淡青の空に流れる雲がほのかな珊瑚の色に染まる。
 雲の縁煌かす金の曙光降る庭に同じ色の羽毛を振りまいた雀がシャルロッテに突撃した。澄んだ声で囀るのは全く同じ姿をしたもう一羽の雀、対成すような陽光色の鳥達は齢を重ねた楽師の瞳にまるで二人の少女達のようにも映る。
 二人のクラヴィーア。
 小鳥が囀り交わすように無邪気に笑い合い、ひとかけらの気負いも気兼ねもなく共に音色を重ねあった日もあったろう。小さく、けれどきらきら輝く想い出の音色が心の奥底に残るからこそ、少女はこの光の雀達を生み出したのではないか。そう思えば惜しむような憐れむような想いがトッドの胸に広がった。
 彼女が遠い日の協奏曲を恋うるなら、己が音色を重ねても満たしてやれはしないけど。
 叶わぬと知りつつ彼は象牙色のファゴットを抱え、豊かに艶めく響きの魔曲で幻の獣を生み出した。
 躍りかかった幻獣達がたちまち金の雀の命ごと白い仮面を喰い破る。もう一羽の雀は幻獣に引き裂かれながらも主の前に立つ者達を狙ったが、金の翼が翔けるよりも速くユエルが跳んだ。刃の如く鋭い嘴に腿を抉られながら虹色の斬撃を叩き込むけれど、雀は合図のように囀って、クラヴィーアに力を与える。
「――!!」
 即座に少女を狙い定めたエミリアが不可視の衝撃を撃ち込んで、金の笛を強く弾いて陽光雀の力を霧散させた。燈りの色の瞳が映した光景は、優しい微笑で力を増さんとした少女の顔が強張る様と、その前に立つヴリーズィの背に妖精の碧羽が広がっていく様子。
 儚げで、けれど靭くしなやかな翅はいつかの蝶達を、光を透かす翅から零れる淡い煌きはいつかの氷唄を思い起こさせた。けれど其れらの記憶を共に重ねた暁よりも。
 ――もっと、リズを信じてる。
「うん。翔けぬけてみせるよ」
 暖かな黄昏の波にも似た彼女の想いを感じて碧羽を震わせれば、身も心も侵食し続けていた獣の声が消える。クラヴィーアが奏でる子守唄が齎す眠気に抗うように微笑んで、ヴリーズィはまっすぐに少女へと斬りかかった。
 悲劇の終焉を打ち砕く。
 誓いの如き志を共にする仲間の誰をも倒れさせるわけにはいかなくて、ククロコは戦いに昂揚する心を鎮めて神楽を舞った。浄化の足踏みと癒しの祝福が鈴の音に乗って、ヴリーズィとラグランジュを清麗な力で包み込む。その様に小さく安堵の息をつき、残る一羽の雀を瞳に捉えたメロウが妖精の翅で翔けた。恋も聖句も綯い交ぜに刻む骸布が翻ると同時、冴えるように煌く細身の刃が幾重にも剣閃を躍らせる。
 羽毛と血飛沫舞う風を裂いてシャルロッテが雀との距離を殺す。棘を狩る彼女の爪が乱舞すれば金の羽毛と紅の血がひときわ鮮やかに舞い散った。真昼の青空湛えた瞳でしっかり雀の姿を捉え、モモが展開するのは咲き誇る名華の紋章陣。
「おいで、私の歌姫さん」
 囁きかけた少女の陽光色した髪に輝き渡らせて、光を溢れさせた紋章陣は力に満ちた歌声を朝の世界に響かせた。壮大な叙事詩を繰り返した歌声が、悲劇を紡いで雀へと襲いかかる。
 天をも揺るがす美しい歌声は、きっとクラヴィーアの心をも強く惹いた。
 誰もが魅了されずにはいられない響きを乞うように、金の笛携えた少女も自らの音色を奏でだす。響きを重ねて深めてより高みへ昇らんと紡がれる旋律に、イゼは苦い自嘲を帯びた笑みを刻む。
 奏者の気持ちは理解できずとも、求め焦がれて、灼けつくような想いで手を伸ばす者の気持ちなら理解できた。――けれど、そんな彼女の気持ちを認めれば、己の刃は鈍ってしまうから。
 心を押し殺して解き放った邪剣が嵐となって荒れ狂い、雀の命と仮面を滅ぼした勢いのまま少女の全身を刺し貫く。着実に命を削られつつある少女にイゼが手向けられる言葉はこれだけだ。
「――最高の旋律を聴かせてくれよ」
 瞳を濡らす雫を溢れさせ、クラヴィーアが慟哭めいた旋律を響かせた。
 現れた幻獣がラグランジュ目掛けて疾駆せんとしたが、麻痺を負った少女は巧く音色を紡げない。続け様に乱舞した幻獣の一撃は盾となった星霊ノソリンが弾き飛ばした。
 少女が泣いている。
 本来なら護ってやらねばならない少女が傷だらけで泣いている。
 だが棘に蝕まれた彼女に自分ができることは、悲しみを重ねる前に終わらせてやることだけ。
「あんたの獣、俺のノソリンに比べて愛らしさが足らねぇよ!」
 吼えるように叫んだ男を乗せて突撃した星霊が、唸りをあげて風を切った尾で少女を打ち据えた。挑発めいたラグランジュの言葉はクラヴィーアの攻撃をこの身に引き受けるためのもの。
 眼前の少女は護れずとも、共に戦う仲間達を護れるように。

●暁の奏で
 心のまま望みのままに音色を紡ぎたくて、けれど最早己の望む音色がどんなものだか解らない。
 金の笛と融けあうクラヴィーアは自身の涙を拭うこともできぬまま、そんな風に慟哭するかのような旋律を奏で続ける。
 従姉妹のように認められたかっただろう。でもきっと、本当に彼女が奏でたかった音色は従姉妹と同じものでなく、今メロウの前にいるクラヴィーア自身の、彼女だけの音のはず。
 たとえ、大人達が二人を『同じ』にしようとしたのだとしても。
「ずっと音楽と一緒だったクラヴィーアなら、自分だけの音があること、識っているでしょう!?」
「そのフルートの音は美しい。けれど本当のお前の音色の美しさは、お前の中にあったはずだ!」
 淡い光湛えた翅で風を捉え、誰より速く翔けたメロウの刃が少女の脇腹を貫いた。憐れみも憤りも込めた言葉とともに虹色の斬撃を叩きつけたのは微かに目元を歪めたユエル。棘に魅入られた音は幾ら深く豊かに響いても、ひとの心を濁った闇に染めるだけとしか思えない。
 音には色彩が宿るのだと、藍の双眸に複雑な想いを湛えてトッドが頷いた。
 それは瞳に映るよりも深く鮮やかに識る色の彩。
「金の笛を吹こうと金の雀を喚ぼうとも、そなたの心は光に囀ってはおらぬ」
 遠い闇を抱えた心が澱んでいく彩を感じ取れるから、明けへ導くために楽師は己が音を紡ぎだす。
 大地から空へ翔けあがる風にも似た旋律とともに疾駆するのは幻の獣。石化したままの脚を喰い破られ、クラヴィーアの音色が一瞬途切れた機を逃さず呼びかけたのはヴリーズィ。彼女は胸に燈る音色をよすがに少女と向き合った。
「ねえクラヴィーア、貴方の演奏は、誰の為のものだった?」
 貴方の気持ちがわかるなんて言わない。
 けれどかつて母に疎まれ歌声を喪って、それを取り戻した自分は幸せの音色を識っている。
 手を差し伸べてくれたひと、ここにいると言ってくれたひと。
「……誰かと分かち合うから、音を楽しみ愛せるの」
 蜜の色に薄桃の薔薇咲く扇が颶風を招く。迷いも何もかも吹き飛ばすような風に少女の涙が散る。
 途端に響いたフルートの一音が、雲間から射す光の如く澄んだ。
「クラヴィーア、ねえクラヴィーア! まだそこにあるのでしょう!?」
 音色に生み出された数多の幻獣が彼我を駆けめぐる。裂かれた傷から噴き出す血よりも熱い、胸を灼くような少女の想いを感じてエミリアが呼びかける。元には戻せない。もう終わりにしてあげるから、貴女の心のままに奏でてみせて。
 私達が覚えている、忘れないでいる。
「覚えておいてやるから……此処で果てな!」
 迸るエミリアの衝撃を追うように、ラグランジュも星霊ノソリンを駆り全力で少女へ挑む。命を削られながらもクラヴィーアの音色が透明感を増していく。少し羨ましいなと呟いたのはシャルロッテ、楽器を扱えはしても奏でることのできない身には、その激しい感情が眩しくすらあった。
「嫉妬するほど、好きだったんだね」
「君の舞台、最期まで見届けさせてもらうから!」
 羨望滲ませたシャルロッテの爪から幾つもの衝撃波が迸る。重ねて翔けるのはククロコに寄り添う星霊バルカンが放った神の炎、ひときわ鮮烈な火柱が噴き上がれば、その熱さと眩さにぎゅっと目を瞑り、クラヴィーアは更に溢れだした涙に幾度も瞬きを繰り返した。
 あのね、とモモが優しい声音で呼びかける。
「眩しいからじゃない、悲しいから涙が出るんだよ」
 呼吸も音色も一瞬とめて、クラヴィーアがモモを見つめ返した。
 次の瞬間に溢れだしたのは、暁光よりも眩く透きとおった音色。
 やっぱり。
 やっぱり、こんな音を奏でる彼女の胸の奥には元々優しい魂が眠っていたんだ。涙を堪えるようにモモが笑う。けれどこの音色を引き出したのは今ここに立つエンドブレイカー達の心あってこそ。
 澄んだ音色ごと送ってあげたくて、モモは宙に紋章陣を刻む。
 幻の黒鉄兵団が突撃すれば少女の肩の仮面が粉々に砕け散った。
 最期の音色の、暖かな余韻を響かせて、金のフルートが零れ落ちる。
 満たされたように微笑んで、クラヴィーアは己が命の終焉を迎え入れた。

「朝の光に彩られて、最高の演奏場だったじゃねぇか」
 眩しげに瞳を緩めたイゼが少女の亡骸に改めて言葉を贈る。
 それを最後に、暁の奏でを聴き届けた者達は、幕が降りた舞台を誰にも知られぬ内に立ち去った。



マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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作成日:2011/11/16
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