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牧歌礼讃

<オープニング>

 うららかな春風になでられて、牧草の草海原は香る葉先を青々と波打たせていた。
 鶏、羊、豚、牛。
 広々とした村外れの牧場で育まれる動物たちは、いずれも元気がよく健やかだ。
 夜明けとともに目覚め、涼やかな朝を駆ける。昼下がりには芳しい牧草を存分に食べ、夕暮れと共に牧舎へと戻る。
 そんな動物たちの世話こそ、牧場を営む老夫妻の仕事であり、日常でもあった。

「その日常が壊されつつある――というのが、このご夫妻のお話よ」
 剣の城塞騎士・フローラ(cn0008)は、牧場の老夫妻・タズとドナを紹介して語り始める。曰く夫妻は、『この街の何処かに、困りごとを解決してくれる頼もしい人々が集まる酒場がある』という噂を聞き、牧場からここまで訪れたのだと。
「それではご夫妻、続きのお話を聞かせて頂けますか?」
 フローラに促され、老夫妻は口を開く。
 二人が営む牧場の一角に、動物たちの餌である牧草を栽培する畑があること。
 ある日その牧草畑に、どこからか現れた危険な『歩きサボテン』が居着いてしまったこと。
 『歩きサボテン』は手に弓を持ち、畑に近付くと己の棘を矢のように放ってくるため、牧草の収穫が出来ないこと。
 それらを語り、老夫妻は冷や汗を拭う。
 今はまだ干し草の予備餌があるが、このままではいずれ蓄えも底をつき、動物たちの餌がなくなってしまうという。いよいよとなれば商人から牧草を買うことも出来るが、それでは根本的な解決にならないと、彼らは悩み深い表情を見せた。
「ほんなもので、どうか牧草畑のサボテンを倒して頂けないでしょうかのう……」
「すいませんねえ、お願いしますわ」
 タズとドナが頭を下げる。『任せて下さい』と胸を張り、フローラは卓の一隅にエンドブレイカーたちを集めた。

「……ご夫妻に伝えるのは憚られるけれど……このままだと、お二人は『エンディング』を迎えることになるわ」
 小声で語られる内容は、以下の通り。
 近い将来、干し草の蓄えが尽きる頃、老夫妻は動物たちを飢えから守るため、敵の討伐へ向かうらしい。だが『歩きサボテン』相手では分が悪く、抵抗も虚しく命を落としてしまうそうだ。
「そんな『エンディング』は壊して、牧場の平穏を取り戻してあげましょう」
 敵は、細長い手足を持ち二足歩行をする、不思議で危険な『歩きサボテン』だ。
 攻撃は、矢の雨のごとき鋭い棘。四本・七本と続けざまに飛来することもあるという。
「今回の敵は、マスカレイドと比べれば決して強くはないわ。だけど、攻撃の全てが遠距離まで届くから、後衛に立つ人も注意して欲しいの」

 エンドブレイカー向けの説明を終えると、フローラは『お待たせしました』と老夫妻に向き直る。
「いいですかいのう。大したお礼も出来ませんが、せめて夕飯のおもてなしくらいはさせて頂きますからに」
「ええ、ええ。腕によりをかけて、ご馳走を用意しますわ」
 肉捌きなら任せて下さいと、老夫・タズが手振りを見せれば、老妻・ドナも負けじと腕をまくる。
 卵料理なら、ミルクたっぷりのオムレツに、燻製肉も香ばしい焼きたてのキッシュ。
 歯応え鮮やかな腸詰めと柔らかなハムに、乳製品なら風味豊かなチーズの数々もある。
 水分を切った濃厚なヨーグルトにほろ苦いカラメルの蕩けるプディングと、デザートにもこと欠かさない。
 他にもリクエストがあれば、可能な限り応えると二人は誠意を示した。
「……おいしそうね」
 思わず素の一言をこぼし、フローラはすぐに咳払いをして背筋を伸ばす。
 牧場の動物たちから取れる畜産物をメインに、新鮮な素材を用いた料理の数々を振る舞って貰えるのは有難い。だがそのために何より、敵を倒して老夫妻の日常を取り戻すことが先決だ。
「そして、食材と作り手には感謝と敬意を忘れずに。人として、そうありたいわよね」
 そう言ってフローラは、柔らかな瞳でエンドブレイカーたちを真直ぐに見つめた。
「貴方たちなら、必ず『エンディング』を打破してくれると信じているわ」


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参加者
ナイフのスカイランナー・アルシュ(c03069)
大鎌の魔獣戦士・ユギ(c04399)
アイスレイピアの魔法剣士・デディリア(c05291)
ナイフの星霊術士・リーレ(c06410)
杖のデモニスタ・ソルム(c07182)
ナイフのデモニスタ・クニークルス(c08070)
大鎌のデモニスタ・アウル(c08078)
槍の狩猟者・フィル(c09411)

<リプレイ>

●つとめ
 牡丹の柔らかな色に、彩られた草原を歩む。
 牧場に足を踏み入れると、牧草畑で待ち構える敵の姿が見えてきた。
 人型をした大きなサボテン。
 ぽかんとくり抜いたような目と口。
 特徴的な容姿を眺めれば、槍の狩猟者・フィル(c09411)の胸中に好奇心が満ちる。歩くだけでも興味深いのに、人のように振る舞うとは尚興味深い。
 ――というか、何故サボテンがこんな所に。
 大鎌の魔獣戦士・ユギ(c04399)は、関心のみならず疑問を浮かべた。とぼけた顔つきをした敵は、当然答を返さない。
 おいしいおにくを。
 おいしいご飯を。
 杖のデモニスタ・ソルム(c07182)と、ナイフのデモニスタ・クニークルス(c08070)の胸中には、似通った思いがあった。
(「……じゃなくって」)
(「……じゃなくて、ご夫婦の、当たり前の日常のために」)
 ソルムは小さくかぶりを振るい、二つに結わえた長春色の髪を揺らす。クニークルスも長く瞬き、二人は雑念を払った。
 気を取り直して敵を見ると、そこはかとなく愛嬌を感じてソルムは青い瞳を瞬かせる。
「意外と可愛い顔してるのね。仲よくなれるんじゃない?」
「ええ。人型のサボテン、なんて、斬新でいっそ愛らしいと思うのだけれど……」
 クニークルスも、柔和な笑みを浮かべた。外見だけなら好意も覚えるが、老夫妻たちの困り果てた表情を思い出すと、心の底は静かに冷たく冴えてゆく。
 アイスレイピアの魔法剣士・デディリア(c05291)は足を止め、敵の様子をうかがった。事前に聞いたとおり、牧草畑に近付かなければ襲っては来ないらしい。
「できる限り、皆でリーレを守ろう」
 デディリアの凛々しい声が告げると、一同はうなずいて並び立つ。
「ありがとう」
 ナイフの星霊術士・リーレ(c06410)は眉根を下げつつも、微笑みを浮かべて感謝を述べた。

「さて。マスカレイドは関わらぬが、油断なく行かねばな」
 大鎌のデモニスタ・アウル(c08078)が、淡々とした言葉を唇に乗せた。薄色の手袋に包まれた掌が、柄から刃まで純白の大鎌を握って振るう。真白の刃に黒光が集い、圧縮された呪詛の黒弾となって放たれる。敵の胸部に闇の色が弾けた。続けて描かれる四連の軌跡を、鋭い藍の瞳が見送る。額に上げた銀髪の数筋を、微風がわずかに乱した。
 ナイフのスカイランナー・アルシュ(c03069)が、疾走して間合いを詰める。宙から急降下するナイフが果肉を抉った。そのまま切っ先を回転させ、果皮を削ぐ。
 広々とした牧草畑に身を隠す場所はなさそうだが、逆を言えば敵が潜む心配もない。ソルムはアウルと共に、リーレの前に立つ。『ご褒美』を思えば、腹が鳴るのは否めない。だがまずは、悲しいエンディングを止めることこそエンドブレイカーの宿命だ。
「棘一本触れさせないわ!」
 ドレスをまとった華奢な腕を掲げ、虚無から召喚する邪剣の一群。黒霊の剣に斬られながら、敵は次々と棘の矢を天に放つ。
「危ない危ない!」
 頭上から迫る、四本の棘。矢の降り注ぐ領域は拡大し、ともにリーレを庇い立つアウルの肩も貫いた。
「ちょっと急に何よあいつ! ただじゃおかないわ!」
 腕に足に傷を負い、負けず嫌いの少女は勝ち気な声で叫ぶ。乱舞する邪剣が、敵の中幹をざくりと切った。

●凶敵
「面白い見た目と違い、中々凶悪だな」
「……ですね」
 デディリアとフィルは言葉を交わす。生物としては面白いが、確かに観察している暇はなさそうだ。
「タズさんとドナさんが安心して暮らせるよう、さっさと終わらせてしまいましょう」
 落ち着いた声で告げ、フィルは一念を込めた毒針を撃つ。うつろの目を刺した針が毒を染ませた。
「ああ、二人のためにも退治に尽力しよう」
 鋭く言い放ち、デディリアは敵の元へ走り込む。白い胸元に小さなチョーカーが瞬き、紺染めのバンダナから流れ出る色素の薄い髪がきらめいてなびいた。疾走の勢いを借り、切り抜ける。踏み込んだ足を屈めて身を低くし、氷の剣で敵の脇を下から串刺しにして砕いた。
 ――歩くサボテンですか……。
 銀の鎌を頭上で振るい、ユギは記憶をたどる。かつて東方の書物で、敵と似た外見の像を見たような気がした。だが個人的に興味深いとは言え、害をなす存在ならば致し方ない。水分を抜き取って一夜干しにでもしてくれようと、少年は不敵な笑みで夜鴉姫を振り下ろす。
「鉄の傘ならいいんですが……私のは、ちょっと? 痛いですよ」
 黒い旋風は衝撃波となり、波打つ黒髪は返す風にゆるゆると揺れた。
「退治、しなきゃいけないのね。残念」
 嘘としか思えない、けれど美しい笑み。棘と花散る戦場を、喪服の女が駆ける。
 ――憂鬱は嫌い。
 漆黒の前髪が被る、クニークルスの金の瞳は暗い光を宿す。老夫妻を憂鬱にさせるものは、屠るべき敵。繊細そうな手指は果物ナイフを逆手に持ち、ユギが裂いた傷口を幾度も突き刺す。
「まぁ……。思っていた程強くないなんて、つまらないわ」
 余裕の仕草で迎撃の構えを取り、そそのかす。
「ほれ……悔しければわしに当ててみるがいい」
 そしてつややかな女の声にはアンバランスな、老婆のような口調でひそかにささやく。だが敵は感情の読めぬおもてのまま、次の矢とすべき棘を引き抜くばかり。ならば攻撃に徹するのみ。彼女は敵の頬を切り裂いた。
「素敵な老夫婦の日常を壊すのは、感心できないわ」
 着物の袖から伸びた、柔らかそうな指先がソルムを示す。
「お願いね、スピカ」
 赤い瞳をかすかに細めて告げた。スピカはリーレに従い、血のにじむソルムの膝と腕をなで、くるりと舞った。
 傷の痛みにもつとめて表情を変えず、アウルは無言で腕を掲げる。黒光の霊魔剣が虚無より射出され、敵の腹を抉った。刃は敵から活力を吸収し、主の力を満たす。
「アルシュ!」
 しとやかな声を張り上げ、リーレが注意を促す。同時に数多の棘が飛来した。緑の瞳が見開かれる。
「そんな棘、俺の所には届かねぇ!」
 七連の棘を防ぎきり、荒々しく叫んだアルシュは地を蹴った。
 タズとドナの姿は、もう会うことのない――星になった大好きな家族を思い出させる。老夫妻が作る料理は味は違ってもきっと、懐かしの我が家と似た空気を感じさせてくれるのだろう。
 だから、待ってて。
「悲しいエンディングなんて、ぶち壊してやる!」
 身を旋回させて、敵の背に突撃する。地に足を着いたのも束の間、アルシュは再び跳んで刃をひらめかせた。
 ――サボテンには迷惑な話かもしんねーけど、わがままでも何でもいいや。
 ただもう一度、あの懐かしい料理が食べたかった。
 棘の雨に身を数度貫かれ、ユギは厄介なものだと心でつぶやいた。傷の癒えたソルムは、鮫の刃で敵の肩を斬る。
 リーレを守る陣は厚く、敵の身には既に毒を与えた。
(「それなら……」)
 フィルは即座に判断し、前へと素早く踏み込む。目深な茶の髪の下、あどけなさを残す藍の瞳は確かに敵を捉えた。玉飾りに彩られた細い腕から、繰り出す槍は獲物を逃さない。
 疾風の槍先に、デディリアは氷の剣を連ねる。斬り裂く氷刃が、棘の雨を降らせる攻め手を凍てつかせた。

●安堵
「まったく……聞き分けのないサボテンですねぇ。余り私を怒らせないで下さいな……」
 鎖骨の上に刺さった棘を、ユギが抜き捨てる。穏やかな青の瞳に険しい色が灯った。
 ――余り使いたくはありませんが。
 ざわりと全身がざわめく感覚の中、少年は自らの腕を魔獣と化した。
「覚悟はいいか?」
 否応なく、ユギは敵の懐へと飛び込む。頭を足を、千切れよとばかりに殴打した。表皮を破り、食らいつく獣腕が命をすする。血の気が戻る心地を得て、再び振りかぶるとクニークルスが続いた。横一文字を描いた刃が、ひるがえって腹を刺す。
 動物たちと、二人のために。
 リーレがスピカを繰れば、小さな星霊は優しい指先と力強い抱擁でユギを癒した。
 よろめいてうつろの口から体液を吐く、歩きサボテン。
 頭上にナイフを輝かせ、アルシュが跳ぶ。中空から断頭台のように振り下ろされた刃が、毒にうめく敵の首を裂いた。
 止めどなく体液をこぼし、倒れゆくものが最期の棘を撃つ。その一撃はフィルが身に受け、彼の後ろに届くことはなかった。

 牧草畑の保全に努めた甲斐があり、戦いの爪痕はわずかで済んだ。
 リーレは今一度スピカに命じ、フィルの傷を癒す。敵の骸を見下ろせば、クニークルスの胸中にはようやく、人から受けた初の仕事を達成した実感が湧いた。
 遠くの牧舎から、タズとドナが恐る恐る姿を現す。まずは無事討伐を終えたことを教え、老夫妻の安心を取り戻す。敵の遺体を埋葬すべくアウルとデディリアがうかがいを立てると、夫妻は二人の配慮に感謝を示した。
「そしたら料理に取りかかるかのう」
「お好みを教えてくれますかいねえ」
「ビーフストロガノフ!」
 開口一番、ソルムが元気よく答えた。手間な料理だからこそ、真っ先に伝えなければ申し訳ない。そんな配慮はもちろん、彼女のはつらつさも老夫妻を喜ばせた。
「なあ、タズ、ドナ! 豚の味噌焼きってできる? 俺、あれ大好きなんだー」
 アルシュも負けず劣らず、明るく快活に訊ねる。
「それから桜の木で燻製ってできるかな。それはそれで、斬新な『花見』だと思わねぇ?」
 道化て問うとタズは笑い、褐色をした額の上にある橙の髪に掌を軽く乗せる。
「ほしたら味噌焼き食いながら、燻すとこ眺めようなあ」
 頭上の感触に心をくすぐられ、彼は言葉を添えた。
「……そだ。二人が出会った頃、初めて一緒に食べた料理を作ってくれよ」
 幸せの味がしそうだからと笑みをこぼせば、頬を染めた老夫妻は照れ混じりにも快諾した。
「夫妻のご好意ならば、ありがたく頂くか。鶏の料理があれば嬉しいのだが」
「アタシは、チーズキッシュと鶏肉のドリア。チーズをたっぷり入れて頂けると素敵ね」
 アウルとリーレが答えれば、デディリアも鶏料理に一票を投じた。一人だけ違うものを頼むのは気が引けていたが、その心配も要らず何よりだ。
 言うなと言われると、逆に気になるものだろうか。ユギは『お魚メインで』と、しょんぼりワードを口にしてみる。
「おんやまあ」
「どうしましょうねえ」
 彼はすぐに『お茶目な冗談でした』といたずらな出来心を詫び、もしも二人が望む品があれば、商人として配達もいとわないと配慮を添えた。そして土産に持ち来たパッション・フルーツを老夫妻に渡し、改めてお勧めの料理を所望する。
「好き嫌いはないから、お二人がお勧めのメニューが一番嬉しいわ」
「僕も、肉料理や乳製品は何でも好きです」
 クニークルスとフィルも意を合わせると、夫妻はしわしわの笑顔で応じた。

●牧歌礼讃
 吹き抜ける風夕の風が、癖のあるリーレの赤髪を軽く乱した。ゆるりと草原を歩み、女は厨房へ向かう。おいしい料理には、作り手と食材に対する感謝の心が大切だ。
「よろしければ、アタシにもお手伝いさせて下さいな」
 たすきをかけて願い出ると、夫妻は恐縮しながらも受け入れてくれた。

「外で食べるのって良くね?」
「ふふ……素敵ね」
 クニークルスと談話しながら、アルシュはうきうきとした足取りで東屋に向かう。煙の香が満ちすぎないよう、遠めに置かれた燻製器を見やれば、心は更にはずむ。
 素朴な丸太の食卓を囲むと、すぐに飲物が運ばれた。搾ったばかりの牛乳に、果汁で薄めたさらりと飲みやすいヨーグルト。変わり種ではチーズドリンクもある。リーレが木のジョッキに熱々の牛乳を注いでいると、アルシュがひらりと手を上げた。
「俺も、ホットミルク。未成年だから酒飲めねぇし」
「蜂蜜を入れて、バニラエッセンスを一滴垂らすとおいしいと思うわ」
 飲物を選ぶと、待望の料理が並ぶ。まずは生ハムと葉菜のサラダに、焼きたてのチーズキッシュだ。
「すごーい! おいしそう!」
 ソルムはきらきらと瞳を輝かせる。
「頂きますっ!」
「頂きます」
 ユギは細いフォークの先をサラダ皿に向ける。生ハムの塩加減が、オリーブオイルをかけた葉菜の味を引き立てた。キッシュにはほうれん草のソテーに加え、香ばしいベーコンも入っている。続く品は、香草と岩塩をすり込んだ鶏の炙り焼き。アウルは黙々と、余分な脂を炎で落とした肉の旨味を堪能した。
「ん〜っ、おいしいっ!」
 老夫妻自慢の味に、素直な言葉がデディリアの唇から出た。一仕事を終えた後、いつもよりお腹が空いていた所でご馳走になったのだから、自然と心も踊る。
「素材も調理も最高だ。こんなおいしいご飯が食べられるなら、呼んでもらえばいつでも来るぞっ! ……」
 しゃべる内にはしゃぎすぎていたと気付き、デディリアは頬を染める。
「……いや、何もないのが一番だけど」
 紫の瞳も伏せがちに、小声でつぶやく少女の背をドナが軽くなでた。
「わ! そっちもおいしそう! 分けて分けて!」
 小皿とナイフとフォークを手に、ソルムがチキンドリアの皿に歩み寄る。
「こんなに大勢でご飯を食べるのなんて、初めて」
 緩やかなクニークルスの言葉に、リーレはうなずいた。料理を作るのも好きだが、やはり皆で食べるのも楽しくて好きだ。チキンドリアは月桂樹もかぐわしく、軽く焦げたチーズの食感も乙だ。
「どの子もいい食べっぷりねえ」
 肉料理を並べる老夫妻は、満面の笑みだ。『おいしい』という言葉と笑顔は、作り手にとって何よりの喜びなのだろう。
 厚切りの豚ロースを丹念に筋切りし、風味深いたれに漬けた味噌焼き。じっくりと煮込んだビーフストロガノフは柔らかで、サワークリームの酸味もさわやかだ。アルシュとソルムはしばし言葉も忘れ、ナイフとフォークを進める。出て来る品が好物ばかりで、フィルは喜びを感じた。
「それにしても、何だかすごく懐かしい味だな……」
 団らんの一時は否応なく家族や仲間たちを思い出させるが、少年は少しの寂しさを強がりな言葉で包み隠す。
「別に、ホームシックになってるわけじゃないですよ、決して」
 デザートには、小さなカラメル・プディング。聞けばどうやらこのふるふると甘い菓子が、老夫妻の『思い出の味』らしい。
 匙で菓子をすくいながら、アウルはふと七勇者の物語を思い出した。
「……そう言えば」
 先人の知識を頼って物語について訊ねてみるが、老夫妻は申し訳なさそうに頭を垂れる。力になれず残念だが、こんな老いぼれを頼ってくれて嬉しいと二人はうなずいた。

「ごちそうさまでした!」
 至福の終わりに、再び手を合わせて礼を尽くす。
 小さなおとがいを上げてソルムが仰げば、今宵の寝床を探して飛び行く燕の羽根が舞い落ちた。
 こんな幸せな仕事に出会えるなら、自分は幾らでも――何度でも頑張ることができると、暖かな力強さが心に満ちた。



マスター:神坂晶 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/04/30
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冒険結果:成功!
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