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勇気の証

<オープニング>

●勇気の証
 村外れにあるちょっとした岩塊の斜面。
 やんちゃな子供達の格好の遊び場でもあるその場所に、今日も居る。
 お昼時――何処からともなくのそりとやって来て、思う存分日向ぼっこと惰眠を貪り、太陽が黄昏を演出する頃には、いつの間にやら居なくなっている。
 何処が顔だか岩だか解らない厳つい風貌。だが、性格は極めて温厚。
 その大きなトカゲを、子供達は『岩角オオトカゲ』と呼んで親しんだ。
「今日も居るかな、あいつ?」
「『勇気の証』採りに行こーぜー」
 岩場の中腹でじっとしている大トカゲの尻尾の鱗を採る事が、いつしか彼らの『度胸試し』として定着していた。

 岩壁をよじ登り、寝ている大トカゲの尻尾から硬い鱗を一枚拝借。
 なんて危険な遊びだろう、と少年・ラッツは岩肌にしがみつきながら思う。
 落ちたら死ぬ。皆、怖いもの知らずだ。
(「でも、これをやり遂げたら……」)
 皆、少しは自分を見直してくれるだろうか。それから、あの子にも――。
 上を向くと、岩とは少し違う色の、ごつごつしたシルエットが見えた。
 あと少しで手が届く。
 もう少し。
 あと、一歩。
 ――と。
「あっ」
 視界で尻尾が跳ね、弾かれる様に少年の手と足が――岩壁から離れた。

●度胸試しと我慢の限界
「――と、まあ、その村の子供達の間で少々危険な度胸試しが『流行って』いるらしい」
 己が見たエンディングを思い出して、嘆く様に頭を振るトンファーの群竜士・リーの頭上で揺れる奇抜なリーゼント。神妙な面持ちで彼は説明を続ける。
「あまりに子供達が構いすぎて、大トカゲも嫌気が差していたんだろうな、とうとう堪忍袋の緒が切れた。ラッツ少年は運がなかった。どちらも悪気はなかったんだがな……」
 少年達が『勇気の証』と呼ぶ岩角大トカゲの尾の鱗は、表面こそ無骨な岩の如くだが裏は貝殻の様に虹色の輝きを放つパールシルバーで美しい。ちょっとした危険を冒して手に入れた男子諸君にとっては勲章の様な物だろう。少女達にも受けが良い。
 毎日お気に入りの場所に通う大トカゲは、そんな無遠慮な子供達の手から逃がれる様に、落ち着き先を少しずつ上に移していた。
 ラッツ少年はそうとは知らず友人達より高い所に登り、怒れる尻尾にはたかれて――そのまま。
「悲劇は少年の死だけでは終わらない。我慢の限界を超えた大トカゲは、村に降りて散々暴れ倒す。村人を襲い、家を破壊し、畑を踏み荒らす。小さな村だ。被害は甚大、死者も出るかもしれない」
 マスカレイドは関わっていないが、見過ごす訳にも行かないだろう。と、リーは言う。
 岩角オオトカゲは、大人2人が優に背中に乗れそうな巨大なトカゲである。
 太い四肢。岩の様に硬い鱗に護られた表皮。顔面は角の様な突起状の鱗に殆ど覆われていて、じっとしていると岩塊にしか見えない。体躯に見合った体重と力を持ち、太い尾に振り払われるとそれだけで、かなりの痛手を負いかねない。尾は舵取りの役目も果たし、逃げ足は相当速いらしい。
 ちなみに。厳つい顔に似合わず草食で、好物は果物である。
「先にも言ったが、岩角オオトカゲは本来、大人しい性格の持ち主で……余計なちょっかいを出さなければ、昼間の一時をうららかな岩場で静かに過ごして何事もなく帰って行く。むしろ、今回に限っては困った子供達をどうにかしてやる方が早いかもしれないな」
 頭ごなしの注意なんぞは聞きもしないだろう。冒険するのが楽しい、やんちゃなお年頃。それは誰もが通る道ではあるだろうが――死者が出てしまう前に何とかしなくては。
「悲劇のラッツ少年を救ってやってくれ。村を護ってやってくれ。それから――」
 少年を救う事、それは彼の命を救う事のみにあらず。
 気弱なラッツ少年が意を決して『度胸試し』に挑んだのは、自分に自信を持つ為、勇気を得る為だ。
「何か手伝える事があるかもしれないな。もちろん、皆の心次第だが」
 あくまでも人助けだと言い張って、リーは笑顔でエンドブレイカー達の背中を押した。


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参加者
大剣の城塞騎士・アレクサンドラ(c01258)
剣の魔法剣士・ヴァーグ(c02122)
トンファーのスカイランナー・エミヤ(c03119)
大剣の魔獣戦士・グリード(c03428)
アイスレイピアの魔曲使い・ルーク(c05200)
太刀の魔法剣士・キール(c06094)
アイスレイピアの魔法剣士・ポウ(c07468)
槍の魔法剣士・レナリア(c08109)

<リプレイ>

●大好物を手土産に
 見上げる岩棚にその姿はまだない。大トカゲが現れるには少々早い刻限。
 村はそろそろ昼食時で、いつもここらで遊んでいるという子供達の姿も見えなかった。穏やかに流れる時と風に、親が子を呼ぶ声が微かに紛れて聞こえ来る。麗らかな陽気を注ぐ光が間もなく中天に差し掛かろうかという、丁度そんな頃合にエンドブレイカー達はその地を訪れた。
「今の内、ですね。お気に入りの場所に先回りを」
 籠の中身を確認しながらアイスレイピアの魔曲使い・ルーク(c05200)は言うと、岩壁に手足のかかる場所を探し始めた。
「そうだな。今の内に――あ、上に着くまでその籠、俺が持とう」
 女の子達に重い荷物を持たせる訳には行かない、と男気を見せる最年長、剣の魔法剣士・ヴァーグ(c02122)は、道中、大剣の城塞騎士・アレクサンドラ(c01258)の分も担いで来た様子。一旦その場に降ろした荷物を紐解いて、中身の無事を確認しながら、彼は軽く肩など回している。
 こちらも中身はルークの籠と同じく果物だ。大トカゲが特に好むフルーツの種類が不明な為、彼らは市場に並んだ新鮮な旬の果物の中から旨そうな物を適当に見繕って来た。――よく熟れた色艶の良いもの、香りの良いもの、瑞々しいもの、色々だ。
「これで御機嫌、治してくれると良いですね」
 しかしながら相手は野生動物。接する時には充分気を付けなければならない、と、若干7歳のアレクサンドラも理解はしていたが、うきうきと弾む様な色がその声にも瞳にも表れている。
 それはそれとして。自分達の存在や行動が、大トカゲの気分を更に害してしまっては元も子もないと、各々自覚している。余計な刺激を与えない様に。気を付けるべき事は――。
「ん? あれは――」
 大トカゲに与える果物の余分を確保しながら、何とはなしに村の方に目を向けた太刀の魔法剣士・キール(c06094)が見つけたのは、踵を返す人影だった。『遊び場』に知らない人達が居るのを知って逃げ帰る、その後ろ姿。
 ――ラッツ君?
「どうした?」
 と、振り返ったヴァーグも一瞬だがそれを捉えた。
「……あれは、ラッツか?」
「多分」
 ラッツ少年は、今なら誰もいないと思って下見に来たのだろうか。『勇気の証』を得る為に。
「危険を顧みず行動するのが勇気ではないのですがね……」
 ルークが溜息混じりに呟いた。
 子供達は自覚もなく、恐れてもいないのだろう、その『危険』を。それを『勇気』と称して小さな冒険に日々興じ、そして彼らは、恐怖を知る少年を『意気地なし』『弱虫』と呼ぶのだ。
 だが、悲劇を招くのは悪意ばかりではない事をキールは知っている。好奇心や善意もまた、行き過ぎればその種となり得る。そこに悪意がないからこそ悲劇と呼ばれる結末も存在するという事を。
 ――何にせよ、それが予見してしまった『悲劇』であるならば。
 全力で打ち砕く。その為に彼らはここへやって来たのだ。

●元気な子供達
「いってきまーす!」
 遊び盛りのやんちゃな子供達は、親のどんな注意も制止の言葉も聞こえない。
 勢い良く家を飛び出す少年少女の中には、まだお昼ご飯が口の中で暴れている者もいる。
 村のメインストリートで合流する仲の良い者同士、遊びの内容はその場の空気と直感で決まる。
「今日も居るかな、あいつ?」
「『勇気の証』採りに行こーぜー」
 いこーぜー! の大合唱。
 わっと走り出す子供達の一人とぶつかりそうになって、思わず身を反るトンファーのスカイランナー・エミヤ(c03119)は、同年代のその子をにこやかに捕まえた。
「ねぇねぇ、あたしとお話しようよ。他のみんなも紹介して貰えたら嬉しいなっ♪」
「え……、ま、いーけどさ」
 明らかに村の人間ではない『旅人』エミヤを戸惑いの目で見つめる少年。やがて、好奇心と女の子に良いカッコしたい気持ちが勝って、彼は彼女を『とっておきの場所』に案内してくれる。

 村はずれの遊び場に子供達が集まっている。
 そこへひょっこりと顔を出すアイスレイピアの魔法剣士・ポウ(c07468)。
「どんな遊びをしてるんだい?」
「ポウさん! 何処に行ってたの?」
 旅の共連れエミヤにポウは「いやあ」と笑みを返した。
「うっかり、お嬢さんの淹れたお茶に呼ばれてしまってな」
 エミヤは彼が村人達に愛想良く、出会う女性を総て『お嬢さん』と呼んでいたのを思い出す。気を良くした何処かの『お嬢さん』宅で、昼食まで呼ばれていたに違いない。
「それはさておき――村の大人達には内緒にするから教えてくれないか?」
 ポウはさらりと流して子供達に向き直る。
「いいよー、おじさん!」
「『おにいさん』だ」
 子供達から見ると28歳も『おじさん』かと、地味にショックを受けるポウ。笑顔で耐えて訂正する事3回。4回目は、諦めた。年齢は彼らと二倍しか違わないのに。二倍以上違う子も居るがそこはそれ。正直な子供達はポウの哀愁には気付きもせずに、岩壁登りの度胸試しを旅人に語る得意満面。岩角オオトカゲの尾の鱗を取って来るのは、少年達にとって到達の証でもある。
「見てろよ、今から採って来――」
 度胸試しの経験豊富な一人の少年が、腕まくりして立ち上がるのをポウとエミヤは同時に止めた。少年はきょとんとしている。先を譲られる様に口を開いたのはエミヤだった。
「あ、えーとね……その大トカゲはとても温厚なんだよね? 鱗を取るのはいじめみたいでかっこ悪い、と思うよ。それに、普段は大人しくても怒ると怖くて、大変な事になっちゃった村を旅の途中で見た事があるから、少し心配……」
 しおらしく語る、中々の役者っぷり。
 『かっこ悪い』『大変な事』の辺りで子供達の間に微かな動揺が走る。
「トカゲが怒って、君達を追いかけて村で暴れたなら、トカゲは退治され殺されてしまうんだ」
 ポウも子供達に言い聞かせる。穏やかな声音でゆっくりと含める様に。子供達の目は、ポウが腰に差しているアイスレイピアに釘付けだ。好敵手を求める眼差しで拳を鳴らす偉丈夫、大剣の魔獣戦士・グリード(c03428)などは黙ってそこに立っているだけで説得力が凄まじい。
「あいつが居なくなるのはヤだな」
 と、誰かが小さく呟いた。「だろう?」と頷いてポウは話を戻す。
「崖を登るのも、鱗を取るのも、度胸のいる事だ。その度胸を見込んで頼みがある」
 ――トカゲを護ってくれないか?
 護る。
 その言葉への理解は未だ遠くとも、岩場の大トカゲを失う事は子供達にとっても望まない事であるのははっきりした。これで、大トカゲを徒に怒らせる様な行為を辞めてくれれば言う事はない。
「あ、ラッツだ」
 その時、また誰かが発した言葉に、子供達の意識は集中した様だ。見れば、遠巻きに佇む少年と、彼に近づく女性――槍の魔法剣士・レナリア(c08109)の姿があった。

「ラッツくんって君?」
 突然声をかけられ、少年は驚いた様に振り返る。
「私達、危険なことしてる子達がいるって聞いたから来てみたの」
 レナリアは優しく声をかけたつもりだったが、誰がどの様に声をかけても彼は息を止めただろう。遊び場に大勢いるのを見て、そこへ行くのを躊躇する様な少年である。
「今から岩登り?」
 レナリアの問いにラッツは答えない。彼女の視線を躱す様に地面を見つめたまま。
「勇気があるって思って欲しいの? でも、大人しい子に嫌なことするのが勇気の証になるのかな」
「……俺だって嫌だよ。高い所は怖いんだよ。危ないし。でも、子供扱いされたくない。これ以上、皆にダメな奴だって言われたくないんだ。それに、……それにさ」
 何かを堪えて、彼は必死に搾り出そうとするのだが、言葉は巧く出て来ない。レナリアは察して少年の肩を軽く叩いた。男の子はやんちゃなくらいでちょうど良いと、普段なら思う所だけれど。
「私は、誰かが意地悪されてたり困ってる時に助けてあげられる子の方が、ずっと勇敢だと思うわ」
 目線を無理に合わせようとするのは、やめた。この少年が嫌がる事だと知ったから。
 そこにエミヤもやって来る。子供達の相手はポウに任せて、そっと輪を抜けて来たのだ。
 彼女は言う。もしまた危険な遊びに誘われたら、みんなを止めて欲しいと。
「本当の勇気は危険な事をする事じゃない。大事な誰かを護る時にこそ必要なものだと思うよ」
 他の男の子達より貴方の方が解ってもらえる気がしたんだ、と、少し声を潜めるエミヤに、ラッツは困った様な表情。少年の心を解す様にレナリアは微笑して、続けた。
「君はみんなの中で年上の方? それなら、無理に気が強いふりをするより、優しくて思いやりがあるお兄ちゃんになってあげる方が、みんな安心して信頼してくれるんじゃないかな」
 君、優しそうだもの。きっとできると思うわ。――と。

●真なる勇気の証とは
 大好物にまみれた気に入りの寝床から、人の匂いを嗅ぎ取って警戒したのも最初だけ。籠から一つ二つ転がして慎重に踏み潰し、果肉を啜った彼はすぐにその差し入れを気に入ったらしかった。
 そんな岩角オオトカゲ氏、腹を満たしてお昼寝モードの今現在。腹這の姿勢でじっとしている。
 視界外、下の方から聞こえる子供の声に時折尻尾をひくつかせてはいるが、寝床に飛び散った果汁と食べ残しから立ち上る甘い香りに囲まれて、ぽかぽか陽気に夢うつつ。
 不安定な岩場に何とか見つけた身の置き場に隠れる事にもどうにか慣れて、ルークは大トカゲをスケッチして時間を潰す。詩人としても心惹かれる物種だ。
 ヴァーグもまた岩陰から大トカゲを観察中。
 量は充分用意して来たつもりだが――時間をかけてのんびりと、だが用意して来た果物が粗方平らげられたのを見れば、「足りただろうか」と心配になる。ふと、首をもたげる大トカゲ。
 ――おっと危ない。静かに、静かに。
 大トカゲの寝顔を優しい笑顔で見つめていたアレクサンドラが硬直している。唐突に目覚めた(らしい)大トカゲと目が合った……様な気がしたのだ。ごつごつした顔の何処に目があるのかもイマイチ解らなかったが。
 両手をそ〜っと伸ばせるだけ伸ばして果物を置き、ゆっくりと後ずさる。と。大トカゲがむっくりと起き上がり、首を伸ばせるだけ伸ばして果物を食んだ。ゆっくりと食べ終えると、じっと彼女を見つめて来る気配。
「………」
 キールと顔を見合わせるアレクサンドラの瞳は、輝いていた。
「(もしかしたら、て、て、手から食べるかもしれないですよ……!)」
「(とりあえず、もう一つ)」
 だが、くれぐれも。
「(気を付けて。私等が刺激にならないようにね。それは、笑い話にもならない)」
 果物を受け取りながらキールに瞳で頷き、少女は用心深く大トカゲに近づいて行く。
 そろりそろり。今度は足元には置かずに掌に載せたまま、うんとこさ腕を伸ばしてみる。城塞騎士の名の下に、アレクサンドラは万一に備えて子供達との位置関係をちらと確認。
 他の3人も緊急の事態に備えて見守る。緊張が伝わらないよう平静を保ち、岩との同化を目指せるくらいに息を殺した彼らの努力は実り、大トカゲの全神経は目の前の果物に集中したまま逸れる事はなかった。何処かだるそうに巨体を揺らして歩み寄り、舐める様に少女の手から直接果物を受け取った大トカゲからはもう、怒り・苛立ち・人嫌いの気配は感じられない。
 のっし。――と、その場に身を沈め、陽光に微睡む穏やかな呼吸に、確信する。更に手を伸ばしたアレクサンドラが表皮に触れても、大トカゲは寛いだ様子で寝こけていたのだった。
 下から一際大きな声が聞こえて来たのは、岩場の4人が胸を撫で下ろした、正にその時だ。
 身を乗り出して様子を窺うと、多対一にくっきり分かれた人垣が見て取れる。

「仲間に入れて欲しかったら、『勇気の証』持って来いよラッツ」
 少年の一人が強気に煽るのを聞いて、ポウは「おいおいおい」と両者の間に割って入りかけた。
(「度胸を試すのは構わない。どんどんやれ。――とは確かに言ったけどな」)
 続きを聞いていなかったのか、理解出来なかったのか?
 しかし、ポウは仲裁に入らなかった。その前にラッツが少年に言い返していたのだ。
「行かないよ――俺は行かない」
「なんだと?!」
「やめようよ。こんな度胸試し……あいつだって本当は嫌がってるかも。大人しくしてるけど鱗剥いだら痛いのかも、しれないし。落ちたら大怪我どころじゃすまなそうだし」
 言いながら、レナリアとエミヤをちらちらと窺うラッツの視線。
「何だよ、何か吹き込まれたのか? 大体、自分が弱虫だからってそんな言い訳――」
「この人達は関係ないよ。ずっと、俺、思ってた事も言えなくて」
 そうだよ言い訳だよ、と開き直ったラッツは、はっきりと彼らに「嫌なんだ」と告げた。物言わぬ生き物を傷つける様な事も、我慢して誰かの言いなりになる事も。
「友達の顔色窺いながら一緒に遊ぶのは、何か違う気がするんだ」
「一度も登った事ない奴が何――」
 ――最後に踏みとどまる勇気を忘れずに持って欲しい。友達を護る為に、止める勇気も。
 ラッツがいない時に一度彼らに話して聞かせたその言葉を、ポウは敢えて繰り返さない。他の少年達には難しかった様だが、ラッツは言うまでもなく解っていた様だから。否、自分ではまだ気付いていないのだろう。だが、彼が『勇気』を知るのはそう遠い日ではない筈だ。
(「それが、今、だと俺は思うよ」)
「友達が落ちて怪我するのも嫌なんだよ、俺!」
「………」
 しん、と辺りが静まり返った。
 ここまではっきり反発するラッツを見た事がない子供達は皆、ぽかんとしている。
「……やるじゃん、ラッツ」
 その集団の中から聞こえた女の子の声にラッツの顔が赤くなった様に見えたのはエミヤの気のせいだろうか。結局、その女の子が誰なのかは解らなかったが――。
「ラッツ君の恋……実るといいね♪」
 過ぎ行く晩春の昼下がり、崖上から吹き降ろす風が甘酸っぱい香りを運んだ。

●またあした
「一人……じゃない、一匹で寛ぐ時間は大切だよなぁ」
 沈み行く陽に背を向けて遠ざかる岩の様な影。手を振って見送るアレクサンドラの満足げな顔を横目に、ヴァーグがしみじみ呟いた。尤も、大トカゲの本日の寛ぎタイムは『いつも通り』ではなかった訳だが――それでも安息を守る事は出来たらしい。
 大トカゲが暴れだす事はなく、少年達は少しだけ大人になった。
「歩み寄れたら、いいんだけどね」
 動物と子供達が仲良く出来たら良いなと思いながらキールは帰り支度。岩棚を降りる前に寝床で拾った小さな鱗を握り締め、アレクサンドラはその感触を確かめながら吐息に言葉を乗せた。
「大切なものは目に見えないって聞いた事があります。きっと……勇気もそうなのでしょうね」
 さもありなん。
 昼間と変わらず穏やかに流れる時と風。夕食の支度を始めた村に、親が子を呼ぶ声が聞こえる――。



マスター:宇世真 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/05/13
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