≪饅頭屋 【桃膳】≫陽だまりの家



     


<オープニング>


●丘の上のログハウス
 緩やかに吹く風には、微かな花の香が乗っていた。
 心地よい微睡の海からゆるりと意識を浮上させた傾奇者・ボサツ(a15733)は、何処かでもう梅が咲いているのだろうかねと軽く目を擦りつつ身を起こそうとして、がくりと足を滑らせる。
 頬を撫でる柔らかな陽射しと眼下に見下ろすログハウスの屋根に目を瞬かせれば、ようやく微睡に沈む前の記憶が戻ってきた。そうそう、ログハウスの傍にある木に登ってみれば案外陽射しが暖かかったものだから、いつの間にかうとうとしてしまったんだっけ。
 ちなみに、木に登ったのは何となくなのだ。
 豆をぶつけられそうになったから逃げたとか、でこぴんが怖くて隠れてたとかでは決してないのだ。
 などと胸の内でよくわからない言い訳をしながら、ボサツは己の体温ですっかり温もってしまった木の枝から飛び降りた。眠りに落ちる前に考えていたのは、目の前にあるログハウスのこと。
 見晴らしのいい丘の上に、皆で力をあわせてこつこつと作り上げたログハウス。饅頭屋は閉めてしまうことにしたけれど、それでここが無人になってしまうのは何だか切ないような気がした。
 考えた末に思いついたのは、丘の麓にある村の子供達が遊んだり勉強する場所として開放することだった。自分達がいなくなった後もこの場所が楽しい笑い声に溢れ続けるならば、それはきっと自分達にもログハウスにもこの上なく幸せなことなのだろう。
 優しい温もりを抱いた陽射しが、ログハウスの壁を照らす。
 大好きなひと達と暖かで幸せな時間を過ごしてきた――大切な場所。

●陽だまりの家
 そうと決まれば、徹底的にこのログハウスを磨き上げよう。
 皆にそう告げるべく玄関の扉を開いた途端、正面からすっ飛んできた茶筒が額にぶつかってきた。
 ざらざらと零れるお茶の葉を被っていると、「ごっ、ごめんなさいなぁ〜ん!」と入ってすぐの場所にある台所から蒼天を旅する花雲・ニノン(a27120)が駆けてくる。ニノンはそそっかしいな、と微かな笑みを浮かべて顔を覗かせた冽月の蝶・ユズリア(a41644)が、惨状を目にして「……大丈夫か?」と目を瞬かせた。彼女が湯気を立てた薬缶を手にしているところからして、どうやら二人でお茶を淹れている最中だったらしい。
 散乱した茶葉を二人に任せて板張りの部屋へ上がれば、奥にある楓華風の畳の間から何やら歌が聴こえてくる。楽しげな歌声に気を惹かれて畳の間を覗けば、金魚れんじゃーレッド・メロー(a48163)とナッハ〜〜ン・テイルズ(a48504)が、即興で作ったらしい饅頭の歌を口ずさみつつ幾つもの饅頭を卓に並べていた。卓の前では何処からか座布団を引っ張り出してきたらしい蒼の閃剣・シュウ(a00014)が正座して「頂きますもじゃ」とちゃっかり手を合わせている。「お茶が来るまでダメなのー」と彼の前から饅頭を取り上げた孤独な嘘と狼少年・ショーティ(a55613)が此方に気づき、向こうの人達を呼んできて欲しいの、と笑った。
 向こうとは縁側の方だろうかと振り返れば、板張りの部屋と縁側の境目で、堂々たる大の字になった聖なる道化師・ホークアイ(a42047)が規則正しい寝息を立てていた。柔らかな陽光に照らされた彼の目蓋には墨でパッチリおめめが描かれている。よくよく見れば彼の向こうでは、春を待つ春告げ鳥・ソウェル(a34111)や湖畔のマダム・アデイラ(a90274)までもが幸せそうな顔で眠っていた。「かっこよくお豆を投げるですよー」とかいう寝言や、手に握られた筆には気づかなかったことにする。
 このままでは風邪をひいてしまうのですわ、と黒玻璃の月華・ルレイア(a34066)がくすくす笑いつつ毛布を運んできたが、あまりにも三人が気持ち良さそうだったからか、彼女も毛布にくるまってころんと横になってしまう。「これは四人纏めて撫でぎゅーぎゅーのチャンス……のわーーーー!!??」という叫びに縁側を覗いてみれば、案の定色事師・ポワソン(a47140)が布団巻きの刑に処されていた。
 今日も無邪気にえげつないふとん巻き大好き・キヤカ(a37593)が、情け容赦ないくすぐり攻撃で彼を悶絶させる。青き憧憬・シファ(a40333)は「ポワソンさんには南無だのぅ」と声音だけは気の毒そうに呟きつつ、羽ペンで彼の顔をつついていた。「けどこれだけふとん巻きが似合うってのも才能だと思うな」と感心したように頷く群青レプリカ・ルルチェ(a51020)は、全く悪気のない顔でキヤカにロープを手渡している。更に締め上げられてしまうのか。
 頑張って脱出してくださいねぇと笑う声に視線を巡らせれば、陽だまりになった縁側の隅で御茶菓子・カンノン(a32366)がのんびりと編み物をしていた。傍で御庭番・ゼロ(a15320)が喜びのちん舞を踊っているところからして、恐らく彼の部屋履きか何かが作成されているのであろう。
 カンノンのすぐ後ろで何くれとなく世話を焼き、「お疲れになったらすぐ肩をお揉みしますよ」と待機している白魔・ユージン(a16008)は、きっと次回作を狙っているのに違いない。その向こうでぱたりと揺れた紫の尾の先を覗き込めば、一番に編み上がったらしい萌黄色の大きな膝掛けにすっかり安心しきった様子でくるまった、清閑たる紅玉の獣・レーダ(a21626)のあどけない寝顔が見えた。

 普段どおりの、ありふれた風景だった。

 何よりも愛おしい、大切な風景だった。

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参加者
蒼の閃剣・シュウ(a00014)
御庭番・ゼロ(a15320)
傾奇者・ボサツ(a15733)
白魔・ユージン(a16008)
清閑たる紅玉の獣・レーダ(a21626)
蒼天を旅する花雲・ニノン(a27120)
黒玻璃の月華・ルレイア(a34066)
春を待つ春告げ鳥・ソウェル(a34111)
空謳いの・シファ(a40333)
冰綴の蝶・ユズリア(a41644)
聖なる道化師・ホークアイ(a42047)
戀唄・メロー(a48163)
茨冠の想奏・テイルズ(a48504)
群青レプリカ・ルルチェ(a51020)
孤独な嘘と狼少年・ショーティ(a55613)

NPC:湖畔のマダム・アデイラ(a90274)



<リプレイ>

●陽だまりの家――おかえりなさい。そして、ただいま。
 春の匂いを漂わせ始めた空は、咲き初める花のように優しい色に染まる。
 そして、生命の歓び溢れる大地を行く清流のように透きとおっていた。
 世界を柔らかに抱きすくめる優しい青空には陽の光に煌く真白な雲。
 真白な雲はあたたかな陽射しをいっぱいに抱きしめて。
 何処までも続く青空へ、旅に出る。
「さあ、今日は新しい門出の日なんだ」
 なだらかな丘の斜面に萌え始めた、春の草。
 柔らかな萌黄色を眺めていた聖なる道化師・ホークアイ(a42047)が顔を上げる。斜面の上には暖かな樺茶色をした木々で組まれたログハウスが建っていた。
 傍の大きな樹から零れてくる木漏れ日が、屋根に、壁に、窓に踊る。
 瞳を閉じたって目蓋の裏に鮮やかに甦る、見慣れた光景。
「至上の美……オレ達は、その景色を知っているよな」
 何もかもを包む温もりに満ちた、ありふれた日々の営み。その全ては永遠に色褪せず消えもしないと、金魚れんじゃーレッド・メロー(a48163)は眩しげに瞳を細めた。僕らを表す言葉はどれだと思う、と孤独な嘘と狼少年・ショーティ(a55613)が微かに寂しさを滲ませた笑みを向ける。
 家族、兄弟、友達、仲間。どれもが少しずつ違うような気がした。
 けれど、もしかすると。
 その全てを思い切り抱きしめてごちゃまぜにしたような――そんな言葉が相応しいのかもしれない。
「寂しいけど、お別れしなくちゃならない、から。お掃除」
 ショーティの呟きに清閑たる紅玉の獣・レーダ(a21626)は真面目な表情で頷き、盥の水に浸していた雑巾を固く絞った。温かで居心地の良いこの場所を、隅々まで磨き上げよう。
 ログハウスはただの家ではない。
 皆で笑いあい大騒ぎをしつつ基礎から作り上げた、想いの結晶なのだから。
 ふと瞳を緩めたレーダの心が伝わったかのように、蒼天を旅する花雲・ニノン(a27120)の尾が小さく揺れた。皆で力と心を合わせて暖かな居場所を作り出すのは本当に楽しくて幸せで、完成した時にほんの少しだけ寂しく感じたことを思い出す。瞳が潤むのを感じつつ、お掃除始めるなぁ〜んと玄関扉に触れようとした時、後ろから伸ばされた誰かの手が先に扉を開いた。
 ニノンは手の主を振り返り、微笑んで。
「ただいまなぁ〜ん」
「おかえり。そして……ただいまなのだよ」
「おかえりなさいなぁ〜ん」
 傾奇者・ボサツ(a15733)と言葉を交わし、笑い合った。
 皆が笑顔でただいまとおかえりを言える場所。
 この陽だまりの家が出来たことが、更なる幸せの始まりだった。

 玄関から流れてきた暖かな風に、台所で竈の煤を掻き出していた冽月の蝶・ユズリア(a41644)がふと顔を上げた。煤を集めていた湖畔のマダム・アデイラ(a90274)が瞬きをして、ほっぺに煤がついてるんよ〜とハンカチでユズリアの頬を拭う。いつか頬にキスを貰った時の感触を思い出したユズリアは、えいっとばかりに彼女の頬にキスを返してみた。
 いやぁ〜と嬉しげに抱擁を返してくるアデイラを抱きしめ返し、そう言えばあのひとも沢山撫でて抱きしめてくれたな、とユズリアは板張りの部屋へ目を向ける。そこでは――
「……何をやってるんだ、三人で」
 大きな腕でユズリアを抱きしめてくれたはずの御庭番・ゼロ(a15320)が何故かちんまくなっていて、同じくちんまい白魔・ユージン(a16008)やボサツと三人で一本の箒を握り、じたばたと板張りの上で奮闘していた。一応掃き掃除をしているつもり、らしい。これが俺達なのだよと自慢げにふんぞり返ったボサツの背を、莫迦言ってるんじゃありませんと御茶菓子・カンノン(a32366)がふかふか座布団でぼふりと叩いた。その拍子に日向に干していたらしい座布団からふわりと陽だまりの匂いが溢れ、何やら我慢できなくなったらしい青き憧憬・シファ(a40333)とふとん巻き大好き・キヤカ(a37593)が「ボサツさんラブ!!」と彼の背中に突撃する。「うおっ」とつんのめった彼の手をそっと取り、黒玻璃の月華・ルレイア(a34066)がふわりと微笑んだ。
「兄の様にも、父の様にも想っていましたのですわ。ボサツ様の在り様と優しさが、支えと憧れでした」
 幾許かの照れと、瞳の奥からこみ上げてきそうな何かでボサツの顔が僅かに歪む。
 それには気づかぬ振りをして、ゼロは彼に箒を手渡しちりとりを手に取った。
 辺りに満ちる空気を愛しむように瞳を細め、ユージンはこっそり隠し持っていた雑巾を取り出す。
「隅々まで磨いて、次の皆様にお披露目しなくては。私達みんなが、大好きな場所なんですよ、と」
「誰もが幸せに過ごせる場所だったから、これからもそうあって貰えるように、ね」
 雑巾とちりとりを構えた三十路男二人は、「すみっこまできれいにするですよー♪」とてきぱき箒を動かしていく春を待つ春告げ鳥・ソウェル(a34111)11歳を見習って、楽しげな笑みを湛え黙々と掃除に取り組み始めた。
「おうちがよごれるのは、きれいにしてなかったからじゃなくて、たくさんの時間、みんなでいっしょにすごしたからだと思うです」
 皆でお出かけしたり抱きしめあったりお昼寝したり鍋をつついたり。
 そんなことが『すごくしあわせ』だったと笑うソウェルに雑巾を渡しつつ、ユズリアは「メローが鍋に入れた金魚形の人参は可愛かったな」と笑みを零す。初めは豆腐と野菜しかなかった鍋も、気がつけば皆が持ち寄った様々な食材で溢れんばかりになっていた。
 あの鍋は、桃膳の様子そのままだったような気がする。
 皆がそれぞれの幸せを抱いて集い、その幸せを併せて更に膨らませていく――そんな場所。

 柱や床を丁寧に磨き、そこに傷をひとつ見つけるたびに、思い出が鮮やかに甦ってくる。
 これはニノンが投げた剛速球の豆が穿った傷、あれは誰かに撫でぎゅーぎゅーしようと突撃した色事師・ポワソン(a47140)が作った傷……ひとつひとつを指でなぞりながら、何もかもが愛しいと同じ思いを抱いてシファとルレイアが微笑みあう。
「……おかしいなぁ、拭いても拭いても水が落ちてるの」
 良く昼寝をした縁側の拭き掃除に励んでいたホークアイは瞬きしつつ顔を上げ、同じようにして顔を上げたメローの顔を見て小さく笑った。――そっか、僕も泣いちゃってるんだね。
 瞳を細めた拍子に零れたホークアイの涙も、自分の頬を伝う涙も。
 その小さな雫すら愛しいから、拭う必要はないとメローは思う。
 二人の様子に自分も涙してしまいそうになりながら、それでもナッハ〜〜ン・テイルズ(a48504)は最後まで笑って過ごそうと笑顔を作った。
「いつもいつも楽しくて、時間を忘れてしまうぐらいの場所だったから」
 言葉は唇から零れるうちに、想い出を連ねた歌になる。
 テイルズの柔らかな声にメローの明るい声が重なり、歌が『薔薇のでこぴんの歌』に差し掛かった時、歌詞に怯えた約一名が縁側から庭へと逃げ出した。
「のわーー!?」
 約一名が縁側の傍に立て掛けられていた梯子を薙ぎ倒し、梯子に上っていたポワソンが落下する。ポワソンから修繕の道具を受け取っていた蒼の閃剣・シュウ(a00014)は「うわ、大丈夫!?」と慌てて屋根から彼の落ちた場所を覗き込み、目元を和ませた。
 ポワソンが約一名を下敷きにしている様も微笑ましかったが、それよりも。
「縁側で一気にがーっと雑巾がけをしたいんだ。皆で競争しよう?」
 群青レプリカ・ルルチェ(a51020)のこの一声で、皆が子犬のようにじゃれあいながら雑巾掛け競争を始め出した様子が――何とも可愛らしかったのだ。
 弾けるような笑顔で笑いあい、すぐさま雑巾掛けに夢中になってしまう、愛しいひと達。
 負けん気の強い光を瞳に湛えたルルチェがスタートを切り、ぴんと尾を立てたレーダが真直ぐ彼女を追っていく。歌をやめぬままテイルズも続き、シファはラブと大好きを叫びながら駆け抜けて。皆の拭き残した箇所を、ショーティが感謝を込めて丁寧に拭いていった。
「皆と一緒にやれば、きっとすぐに終わるよね。ちょっとそれも寂しいけど……」
 視線に気づいたように顔を上げたショーティにそう言われ、シュウは瞳を緩めて口の端を擡げる。
 笑ったつもりだけれど、ちゃんと笑顔になっていただろうか。
 どうしようもない寂しさも、この陽だまりの家が温かいからこそのもの。
 ――今まで一杯一杯思い出をありがとう。これから先、子供達の事を見守ってあげてね。
 懐に忍ばせた、ログハウスへ宛てた手紙。
 どこに隠そうかと思ったけれど、何とはなしにこの縁側が良いように思えてきた。

 暖かな光と温かな想いを沢山ためこんだ、この場所に。

●陽だまりの家――おかえりなさい。そして、いってらっしゃい。
 空の彼方へ向けて傾き始めた太陽が、穏やかな陽射しを投げかけてくる。
 柔らかな陽の光に照らし出され、皆で徹底的に磨き上げた木の床が、まるで何かを囁きかけるように優しく光った。ころりと横になって床に耳をつけたソウェルが「おうちがいっぱい思い出をうたってる気がするですよー♪」と溢れる幸せのままに笑う。このうたはちゃんと覚えておくです、と軽く拳を握っていると、台所から温かな饅頭の匂いが漂ってきた。
「期待にこたえてもじゃ饅頭用意してみたよ?」
 名前は何だか怪しげだったが、シュウが抱えた何段にも重ねられた蒸篭から立ち上る饅頭の香りは大層食欲をそそる物だった。既に色とりどりの饅頭が数え切れないほど並べられた縁側へ蒸篭を運び、皆の前で蓋を開ける。ふわりと広がる豚肉と野菜、そして馥郁たる醤油の香りに「わぁ」と嬉しげな声が幾つも上がった。
 杯が配られ、其々辛口の米酒や緑茶、番茶に胡麻麦茶で満たされていく。
 乾杯、と合わせられた幾つもの杯から雫が踊り、きらきらと陽だまりの中に舞った。
 輝く光のかけらは心に降り積もり、幸せな笑顔となって内から光を溢れさせる。
 幸せは皆で循環するから、どうか皆いつまでも幸せで。
 またもやちんまくなりつつ、ゼロは皆にくっついて回りながら何度もそう言って笑う。
 何やら怪しげな小皿を持ったアデイラがそうやんねと微笑み、皿を覗き込んだソウェルがいちごチョコ美味しそうですと瞳を輝かせた。ホークアイは「あはは、苺チョコ肉餃子ホイップがほんとに出たよー」と噴き出して、その味を知る者達と笑いあいながらぐいと眦を拭う。
 本当に、何てこの場所は温かいんだろう。
「これも桃膳の歴史の一部……!」
 勢いをつけるように番茶を煽ってから、ルルチェが熊肉を使った小龍包風の饅頭を手に取った。初めに作られたレシピ通りに、塩と砂糖は入れ替えられている。食べられる味ではあるんよと笑うアデイラに抱きついてから、意を決したようにルルチェは饅頭を口へ運んだ。
 この場所が、皆が好きで好きでたまらなくて。大好きが溢れそうで少し怖い。
 けれどだからこそ、真直ぐ皆の瞳を見て言った。
 ――大好きだよ。
 満ちていく優しい空気はいつもどおり温かで、テイルズは誕生日を祝って貰った秋の日のことを思い出した。重ねた幸せの温もりが薄れないよう、詩や歌に紡いで陽だまりの家の記憶の欠片を残していこうと胸に誓う。それはきっと、ここで過ごしてきた自分にしかできないこと。
「さよならなんて言わない。『またね!』って笑って手を振るから」
 らぶとあったかいものに包まれた桃膳と皆が好きだよ、と笑うショーティの言葉に鼻の奥がツンとしてくるのを感じながら、ユズリアは「ここに来て大好きな人が沢山出来た」と微笑んだ。全部ボサツのお陰だ、ありがとうとそっと彼に抱きつけば、オレも抱きついちゃえーとメローが被さってくる。
 それを皮切りに、皆が大好きとありがとうを言い合いながら代わる代わる抱きついてきた。
 眦に溜まっていく熱を堪えつつ皆を受け止めて、ボサツがひとりひとりに「ありがとう」を伝えている内に――暖かなオレンジの夕陽が空の彼方に沈んでいく。
 ただいまとおかえりを言い合いながら、皆は陽だまりの家の中へ戻っていった。
 もうすぐ皆、別々の場所へと散っていくけれど。
 この小さくて暖かなお家は皆の心の中にいつまでもあって。
 そこには変わらない笑顔があって……繋がってる。
「そう信じてるなぁ〜ん」
 縁側と板張りの間を仕切る引き戸を閉める前に、ニノンが名残惜しげに空を仰いだ。
 優しく澄んだ夜空に浮かぶ、お饅頭のような、まるい月。

 緩やかに、けれど確実に夜は更けていくのに、部屋の中はいつまでも陽だまりの匂いで満ちていた。
 皆で床に転がり一緒に包まった毛布を引っ張り合ったり、カンノンお手製の座布団やクッションを取り合ったりするたびに笑いが弾け、陽だまりの匂いが溢れ出す。
 毛布や座布団から、そしてきっと――皆の笑顔から。
 枕投げの時みたいだとレーダが頬を緩め、あの時会ったマリリンちゃん達は元気かのぅとシファは彼方を見遣るように天井を仰いだ。色んな景色を見て、色んなひとや生き物に出逢いましたよねと口元を綻ばせるユージン。桃膳を通して出逢った全てのものやひとへの感謝も、それらを大好きだと思う気持ちも、途切れることが無い。
 汲めども尽きぬ、楽園の泉のように。
「生き物と言えば……白蛇様は冬眠していらっしゃるのかのぅ」
 懐から取り出した真珠色の鱗が煌く様にシファが瞳を細めれば、そう言えばあの時ボサツさんがとキヤカがくすくす笑い出し、その声に嗚咽が混じり出したのに気づいた皆が慌てて彼女を抱きしめる。

 皆が大好きでたまらなくて、その気持ちを伝えたくて、誰もが誰もを抱きしめた。

 誰かを大好きと想うこと、笑顔でそれを伝えること。
 全てをこの家で覚えたような心地すらしてしまう。
 心を想うことを貴女に教えて頂いたのですわと抱きついてきたルレイアへ抱擁を返すアデイラに、テイルズと抱擁を交わしていたボサツが笑いかける。我儘に付き合ってくれてありがとうと紡げば、我儘を受け止めてくれてありがとうと笑い返されて。
 笑いながら我儘を言い合える、そんな幸せに満ちた家だったのだと改めて思った。
 饅頭対決になった忘年会、白蛇様と共に眺めた八重の桜。
 藤棚の下で物語を紡ぎ笑い転げ、星祭りには皆で金平糖を競って拾い、饅頭を抱えて旅行もした。
「ずっとこうして皆と過ごしていられると思っていたけれど……やはり何事にも終りはくるんだな……」
 真直ぐなレーダの瞳に見つめられ、ボサツは咄嗟に言葉を紡げなかった。けれど。
「でも……多分、これはきっと巣立ちなんだろう」
 少年にそう微笑まれれば、自然と笑みを浮かべることができた。

 皆の身体が帰る場所は此処じゃ無くなるけど、想いが帰る場所は此処であって欲しい。
 欲張りなのは百も承知で、そう願う。
 きっと心は――いつも一緒。
 だから。

 陽だまりの家から、いってらっしゃい。


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