<オープニング>


 パルシアの護衛士によって行われる、ピルグリムマザーとの最終決戦です。
 多くの仲間に支えられ、遂に、ピルグリムマザーとの決着をつける事になります。
 この作戦に参加して生きて帰るためには、相応の力量が必要となります。高い戦闘力と緊密な連携力、そして、強靭な意志力とが試されるでしょう。
 皆様の成功への意志をプレイングに込めて、登録を行いましょう。

 なお、作戦終了までに第4作戦側で『道』を維持する事ができなかった場合、脱出は非常に困難となり多くの冒険者が取り残され、命を落す事態になります。
 この危険については、予め了承した上で参加してください。

※注意事項
 最終作戦参加者は、第4作戦に参加する事は出来ません。参加した場合は、発見次第削除処理を行う事になりますので、そのような事が無いように充分に注意してください。

 

<リプレイ>


●まどろみ
   暖かい闇――。

    最初から存在していたものと。
    己が作り出したものと。
    溶け合い……触れ合い……混ざり合い……。

    繭というほど密接ではなく。
    巣というほど異物でもなく。

    己を守るものであり。
    己自身でもあり。
    己が守るものであり。
    己の目指すものであり。

   大きく大きく大きくなる――。

    ただひたすらにそれを願う。
    願う? 否、それは願いではなく、ただそうあるのみ。

    ……大きくなったら。充分に成長したら。その時は。

   すっ、と身体をぬけだしたあたたかなものは闇に熔け。
   そしてまた、ただ暖かい闇だけがある――。

●突入
 目の前にあるのは白と灰で出来た山であった。山と言うにはそこには生命の息吹はなく、草木一本そよぐことのないその山を構成しているのは、ただピルグリムのみ。
 巨大なコロニーへと足を進めれば、視界はすべて2色に覆われ。
「この中にピルグリムマザーがいるのですわね……」
 妖艶な淫魔・アルシノエ(a09705) は流し目でも送るかのように、緑の瞳を山のように積み重なったピルグリムの集合体に走らせる。目指すマザーはこの中に。だが、コロニーの異質さ、そして湧き上がる危険の予感。全身がこの中に入るなと訴えてくる。コロニーを守るギガンティックピルグリムの巨大さを間近に見れば、それよりも大きいと言われているマザーと戦えるのかどうかの不安も兆す。
 それでも。
「外壁が開いたっ! 今だっ急げ!」
 挙がった声を耳にすれば……此処まで築き上げてきた作戦の道のりを思えば、身体は自然とそちらの方へと走った。
 まだギガンティックピルグリムとの戦闘は続いている。そちらに目を遣りたいのを堪え、パルシア護衛士は外壁に穿たれた開口部へと全力で駆けた。
 傷つきながらもマザーへの道を開いてくれた冒険者たち、否、ホワイトガーデンを救援できる状態になるまで支えてくれたクエスト参加者たちから続く志の終点を、勝利で結べるようにと。
 外壁の異変に気付いたのか、或いは、何処からか指示が飛んだのか。外壁が破壊された場所には侵入者を撃退しようとピルグリムの一群が待ち構えている。
 護衛士団の面々が武器を閃かせたが、一群の冒険者達が、その敵を薙ぎ払って道を切り開く。
「お前達はマザーを倒す決戦兵力だ。こんな所で力を使う事は無い。行けっ!」
 その声に押されるように、パルシアの護衛士達は道の奥へと走りこむ。
 内部へと足を踏み入れた陽光の歌姫・ラピス(a00617)は、足は止めぬまま、軽く眉を寄せた。
「……あまり気持ちの良い場所ではありませんわね」
 べたり、とした床は、柔らかいという程ではないが、一足毎に微妙に沈み込む。周囲で蠢く壁から感じる視線。すべてがピルグリムの身体で作られたコロニーに、生暖かく包まれるその不快感。
 それに耐えて足を進められるのは、背後で通路を確保する為、戦う冒険者がいるからこそ。そして、助けを求めるエンジェルがいるからこそ。
「道が……!」
 背にいるはずの援護の冒険者を振り返った月莱馨・エリス(a02805) は、駆け抜けた後の道が狭まっていくのを見つけ、小さく息を呑んだ。
 斬られた身体が再生してゆくのを凝縮した時間で見せられているかのように、開口部が、道が、どんどん狭まり閉じようとしている。帰り道が消えてしまえば、護衛士たちの生還は叶わないだろう。
 この場に留まり道を確保した方が良いのではないか。
 護衛士の脳裏をよぎった不安を、邪風の黒騎士・ツキト(a02580)の声が吹き払う。
「退路は仲間達が必ず確保してくれる。だから俺たちは前に進むんです!」
 ……本当にそうだろうか?
 己の命を誰とも知れぬ冒険者に預けることの本能的な恐怖が湧き上がるのを、護衛士は飲み下す。
 助ける義理もないホワイトガーデンの為に、力を尽くしてくれようとする冒険者たちがいることを、クエストで、円卓で、肌で感じてきた。
 必ず。
 彼らは退路を守りきってくれる。
 信に支えられ、護衛士は前へ前へと駆けた。
 外壁の開口部から遠ざかるにつれ、周囲は急速に暗くなる。開口部から続く道はコロニーの中でも最下部にあたる。積み重なったピルグリムによって作られるとこしえの闇が満ちている。
 密色の光を擁く月・アンナ(a07431)は明かりを灯したカンテラを掲げた。
「空気は悪くはないですわね」
 明々とカンテラが照らす道の先はうねうねとカーブしており、見通しは利かない。カンテラに照らされる通路は、進むたび、広くなり、狭くなり。そして時折分岐が現れる。
 右? それとも左?
 右の道は平らに続き、左の道は上り坂。
 左の道を選んで進む護衛士たちの殿で、闇に浮かぶ気高き銀の月・エリアノーラ(a10124)は通路に緑の塗料で印を付けた。内部は蟻の巣状になっていると聞いている。ピルグリムマザー捜索に手間取らぬよう、そしてマザーを倒し脱出する際に迷うことのないよう、通路には目印をつけることとしていた。
「これくらい大きく書いておけば充分ですわよね?」
 床のピルグリムはそれほど活性化はしないだろうと予測されていたが、マザーを倒した後でもそれが保たれているのかは不明だ。床の状態が変化した場合でも見分けられるよう、大きくはっきりと。
 その道はしばらく行って唐突に途切れた為、護衛士は目印の場所まで引き返し、印を付け直すと今度は右にだらだらと続く道を小走りに進み始めた。

●蟻の巣を辿り
 第4作戦旅団所属の冒険者が援護をしてくれている為、ピルグリムの意識はそちらへ向いている。激しい戦闘が行われている箇所へとピルグリムが集中しているうちに、護衛士は戦闘に時間を費やす事無く、通路を進んで行くことができた。
 不規則なカーブ。波打つような壁。気ままな大きさで続く空間。べたつく足下は微妙に上り下りを繰り返し。ゆらゆらと壁にカンテラが投げる光が作り出す陰影。
 道は今、上りなのだろうか。それとも下り? 揺れているのは壁なのだろうか。それとも自分?
「酔ってしまいそうな道じゃのう……」
 眩暈に似た感覚に包まれ、自分が今どうしているのかも判らなくなり、不幸の星を持つ竜・ト(a11973)は強く目を擦った。
 指標のない空間に長時間いると、己の位置を見失う。目に入るもの、足に感じるものに混乱させられた身体があげる呻きが、胃の腑をかき回す。
 ピルグリムの注意をひかぬよう、音が顰められている為、閉塞感は増し。
 コロニーの中は人の心の根元をかき乱す空間だった。共に戦わんとついてきているエンジェルたちも、不安げに翼を震わせ。微かなはずのその音が、静寂に慣れた耳にやたらと大きく聞こえ。
 それでもその混沌に捕らえられぬようにしっかりと唇を引き結び、銀麗月華・ネフェル(a02933)は己を励ますように、大きく通路に塗料の印を付けた。必ずマザーを倒し、そして誰1人欠ける事なくこの印を辿って帰る。その為にもこの試練に耐え、マザーのいる広間を必ず探し出す……その誓いをこめて。
 幸い、この蟻の巣の分岐はそれほど多くはなかった。だが、蠢く壁は分岐を進み、戻る間にも通路の広さを変えた。もし目印をつけることなく中を進んでいれば、帰り道どころか、自分たちが通ってきた道さえ見失ってしまったかも知れない。
 カンテラが照らす無彩色の中、太く描かれた緑の印だけが、護衛士をピルグリムの世界ではなく、人の世界に繋ぎ止めてでもいるようだった。

 コロニー深くへと足を進めれば、冒険者たちの援護も届かなくなる。それを報せるかのように壁のピルグリムはざわざわと揺れ……そして何処から何処までが1つの身体とも知れぬ状態のまま、壁から生えた手が、産卵管が、護衛士たちを取り囲むように伸ばされた。
 今にも触れようと伸ばされたそれは、萌笑の愛し児・ニケー(a00301)の眠りの歌に絡めとられ、半分近くのものがたらりと力を失い垂れる。
 そのおぞましい器官に、流転の護竜・シア(a02373)はニードルスピアを撃ち込んだ。
「これ以上犠牲は出させません!」
 両側から包み込もうとする壁ピルグリムが仲間を傷つけることのないようにと、シアは徹底して攻撃を放つ。
 マザーと対する班のアビリティを温存させる為、勝負師・リヴァル(a04494)は盾を構えて敵に突進し、ドゥームブレイカーを勢いに任せて叩き込む。ピルグリムで出来た壁すべてを撃破することは出来ない。攻撃で抑え込んでいるうちに護衛士は通路を進む。通り抜けた後も限りなく湧き出し、通路にあふれ出しているピルグリムを気に病むのは止め。
 今はただ、マザー目指して蟻の巣を駆ける。
 コロニーの中に走る通路は正解もなくただぐるぐると続いているように見えた。
 だが、獄炎黒蝶・マオ(a029151)はある事に気付いて周囲を見回した。
「通路が広くなってないか?」
 手が届きそうだった壁は広く狭くを繰り返しながらも、いつの間にか人が3人並んで通れるほどの幅となっていた。見上げる天井にカンテラが映す影も遠くなっている。
 身体を押し潰すような閉塞感もそれに伴って薄れ。
 そして……。
 周囲に何もなくなったのではないか、というほどの空間がいきなりぽっかりと開けた。
 闇の中、掲げるカンテラの光に浮かぶのは……。
 ずんぐりとした巨大なもの。
 その身体にまとわりついた液体とも固体とも知れぬ白いゲル状のもので壁と繋がれたこれが。
 ピルグリムマザー。
 忌まわしきピルグリムを産み出し、ホワイトガーデンへと送り出している母なのだった。

●母なるもの 子なるもの
 ピルグリムマザーはあまりに巨大であり、暗闇の中ではその全貌を把握することが困難だった。
 清き新緑の護姫・ヴィーヴル(a04189)がかけたフォーチュンフィールドが、淡い光を丸く浮かばせ。その中にマザーの巨体が浮かび上がり。
 光の中に見えたものにヴィーヴルは悲鳴をかみ殺した。だが、共にここまで来たエンジェルの冒険者達はか細い悲鳴。あるいはため息、思わず漏れる声を抑えることは出来なかった。そこにあるのは彼らにとって、あまりにも耐え難いものだったのだから。
 大きく膨れあがった腹部。その表皮は半透明であり、その向こうに透けて見えるのは。
 詰め込まれたエンジェルたちの姿。
 ぐったりと手足を投げ出すように浮かんでいる者もあれば、叫んでいるかのように両頬に手を当て口を開けている者もあり。……動いている者もいる。
「まだ生きて……います」
 それを僥倖と言うべきか、あるいは……残酷と言うべきか。花の導士・アキレギア(a04072)が呆然として呟くその横で、ぎり、とエリアードはサーベルの柄を握りしめる。
「生きて捕らえられていたのですね。おそらくは……ピルグリムを生み出す為の素材として」
 その声は冷静さを保ってはいたけれど。微かに震えた語尾には怒りが滲んでいた。
 マザーの腹の中にいるエンジェルは数百、あるいは数千。
「なんとかして助けられないものでしょうか?」
 和らぐ音色・リン(a00070)の問いに答えられる者はない。マザーの腹を切り開くことができればあるいは。だが、その先、どうなるかは判らない。
 絶望的と思える数多くの命を前に、サーベルにかけたエリアードの手は白く血の気を失っていたが、それでも彼は気丈に言う。
「今は一刻も早くマザーを倒す事です。同盟の皆様、どうか彼らを生きながら利用される運命より解放して下さい」
「……役目、果たさせてもらうゼ……覚悟しろよ!」
 宣戦布告として白狼の傭兵騎士・シーナ(a02280)がマザーにアクスを振るったその時。
 頭上高くに赤の光が灯った。
 浮かぶ光は確認できるものだけで5つ。目、なのだろうか。
 それが灯ったのと同時に、周囲の壁からどろりと熔け溢れるようにピルグリムが次々に出現し、マザーに害為すものを屠らんと殺到してくる。まだ一部を壁と結ばれながらもピルグリムは捨て身で護衛士を攻撃してきた。
「こちらは僕達が抑えるよ。だからマザーの方は頼む」
 ピルグリム殲滅班の暖かなる風纏いし賢者・リスリム(a05873)はマザー班の背を守り、エンブレムシャワーを放った。光の雨はまだ固体となりきっていない身体をだらりと歪な形にえぐる。
 哉生明・イングリド(a03908)は後衛の弾幕が途切れぬようにと、リスリムに続いてエンブレムの雨を降らせた。
「1体も行かせるわけには参りませんの。エンジェルの、そしてあたくしたちの未来の為に」
 ずるりと熔けかかった尾で、ピルグリムは黄金の旗手・メノアリア(a00666)を打ち据えた。メノアリアは鎧進化で高めた防御でその攻撃に耐え、反対にデュアルアクスをその脳天に打ち下ろす。
「マザーと戦う皆はやらせないです!!」
 気合いをこめるその下で、ピルグリムは粘液を撒き散らしながら潰れるように床に熔けた。
 エリスの気高き銀郎がピルグリムに喰らいつき、その動きを止め。
「ったく……次から次へと湧いてきやがって」
 リヴァルはピルグリムが後衛に抜けて行かぬよう、素早く斬りつけ、攻撃で仲間の盾となる。
 エリアノーラの作り出したリングスラッシャーがピルグリムを狙って広間を飛び。
「頭の上! 来るぜ」
 天井と化しているピルグリムは壁のものよりも動きが鈍い。のろのろと天井から抜け出して来ようとするのに気付いた蒼空を渡る翼・ジェイ(a00838)の手から刃が続けざまに放たれた。風をきる飛燕連撃は頭上のピルグリムを牽制し、上から長く垂れてくるピルグリムからの不意打ちを防いだ。
 それに白キ死剣皇・レイル(a00842)のスキュラフレイムが追い打ちをかけ。絶命したピルグリムは粘りのある液体となり、ぼたぼたと護衛士の頭上から降った。
 エンジェルの冒険者も共に戦ってはいるが、護衛士と比べるとその能力の差は歴然としていた。依頼で、あるいはゲートでの戦闘で鍛えられてきた護衛士と、平和の中にいたエンジェルの冒険者と。違いが出るのも致し方ないことか。
 戦力として役立たないのではないが、戦いの邪魔になることも少なくはない。
「そこ、無茶するんじゃないよ」
 無謀に突っ込もうとしたエンジェルを護りの天使をかけた身で庇うと、怒濤癒波・キアーロ(a12908)はその頭を軽く小突いた。マザー班と比べ、ピルグリム群班には回復に携わる者が少ない。それを補う為、キアーロは範囲を考えながら広間で戦う人々の間をくまなく移動し、ヒーリングウェーブをかけ続け、危険なことをしている者がいないかどうか気を配り。
 だがそれは、自身に対する注意力を散らす行為でもあった。倒れた者の上にかがみ込み、癒しをかけようとしたキアーロに、ピルグリムの鋭い爪が迫る。
 その爪はすんでの処で藍鱗紋章術士・ヴァルス(a08846)のエンブレムシュートによって吹き飛ばされた。星の刻印を刻まれながらも、ヴァルスはまだ発熱しておらず、その能力にも変化はない。体内に危惧を抱えながらも、ヴァルスは自分に運命を刻んだものたちへと、立ち向かった。

●甘き香りがいざなうもの
 コロニーから出現し続けるピルグリム群を護衛士とエンジェルが抑えている為、マザー班はピルグリムマザー撃破に専念出来ていた。
 光の射さぬ広間の中、視界を確保する為に、ストライダーの邪竜導士・アティフ(a01464)はカンテラを掲げ持ち続けた。ほとんどの者が戦闘をしている為、マザーを照らす明かりは少なく視界は悪い。その中でもマザーの腹越しに助けてくれというかのように手を動かしているエンジェルが微かに見え。
 こんなことを許してはおけない。その為にもマザーは倒さねばならない。それが第一目標ではあるのだが。
「きっと皆で……パルシアに帰りましょう」
 アティフは祈るような気持ちで戦いを見つめ、危険があればすぐにスキュラフレイムを放とうと身構える。
「あんまり大きくて、効いているかも解りませんわね……」
 闇の灯・シャア(a12391)は飛燕連撃をマザーに叩き込み続けていたのだが、ダメージが入っているかも判らぬほど、相手は大きな存在だった。
「足ってどこだろう」
 巨体を倒す為に足を狙おうと双翼天帝・ネオン(a01884)はマザーを眺めたが、マザーの底にあたる部分は熔けて床と融合しており、周囲から伸びた粘液の帯がその身体を固定し。どこに斬りつけても倒れそうもない。電刃衝で床と接している部分を斬りつけてみたが、バランスを崩す気配もない。
 ツキトも電刃衝を何度もマザーにみまっているが、その動きを止めることは能わず。
 天狼の黒魔女・サクヤ(a02328)はマザーを眠らせようと、声を限りに眠りの歌を歌ったが、その赤い目を閉じさせることは出来なかった。一瞬でも押さえ込めたら攻撃を、と考えていたのだが、その隙はなく。
 翡翠色のレスキュー戦乙女・ナタク(a00229)は、マザーに拳で語りかけた。
 生態は? 星痣の治療法は?
 ひと殴りごとに問いかけるが、マザーはそれに答えようとはしない。意思の疎通の出来ない相手に容赦はいらないとばかりに、ナタクは攻撃をワイルドラッシュに切り替えた。
「ミナさんは救えなかったけど……もう誰も失わせないよ!」
 自分の弱さへの怒りと決別をこめ。
 攻撃を加えてくる護衛士へとマザーから放たれる怒りの波動が、広間全周に波紋のように広がった。
 大槌の紋章術士・メセル(a02777)が防御壁にと呼び出しておいた土塊の下僕はあっけなく崩れ。
 波動が作り出した細かな真空が護衛士を裂き、細かな無数の傷を刻む。その傷は目には軽く見えたが、受けたものに激痛を与え、傷から滲み滴る血が護衛士の体力を奪って床に吸われ。
「親玉だけあって厄介ね」
 放浪する護衛士ー武官薬物士・フーリィ(a00685)はヒーリングウェーブでの回復をしつつ、戦闘に参加する皆の様子を見渡した。向こうで光を放つのはラピスの使ったヒーリングの波。
 高いレベルの前衛がマザーが打ち振るう鞭のような触手の攻撃の壁となり、後衛の者はアビリティ全開でマザーを撃ち。
 さすが、と言うべきか。バランスの取れた布陣で護衛士たちはじりじりと戦闘を有利へと押してゆく。このままなら……勝てる。
 フーリィがそう思った時。
 周囲に甘い香りが漂った。花の持つ植物的な甘さではなく、動物の放つ蠱惑の香りのような……心揺さぶる魅力を持ちながらも人によってはその強さに息を詰めたくなるような、そんな香りが。
 風舞彩月・シリック(a09118)は香りに抵抗しようと、周囲に香水を振りまいた。マザーの甘い香りと、香水の柑橘系の匂いが交じり合い、広間に漂う。
 広間に満ちていたのは香りばかりではなかった。
 マザーの腹の皮を通してさえ漏れ聞こえるエンジェルたちの呻き。
 絶望に充ち満ちたその呻きは……ある瞬間叫びと化した。
 数百数千の悲鳴の中、マザーの中に捕らえられていたエンジェルを食い破り、ピルグリムが誕生する。数百数千の敵が新たに産まれたのだ。
 その香りが鼻腔をくすぐられたヴァルスは身を打つ衝撃にかがみ込んだ。
 気付いた紅雪白華・シルエラ(a90056)が駆け寄り、癒しをかけてその傷を塞いだが、傷は深く、ヴァルスは戦闘不能状態となっていた。
 九里香・アルエットはエンブレムシュートで、ヴァルスの下で蠢くピルグリムを撃ち倒した。
「うに? さっきまでここにピルピルム、いなかったのに〜」
 変なの、と首を傾げた後、アルエットは新たに産まれたピルグリムへと、エンブレムシャワーを浴びせかけ。
 新たにエンジェルから産まれたピルグリムは未成熟であり、その大きさも子犬程度のものから子供程度のものまで。だがその数は広間に溢れかえり、護衛士たちの周囲を埋め尽くす。
 剣をふるうのもままならぬピルグリムの海。
 肩を足をピルグリムに噛まれながら、紫尾の発破娘・スイシャ(a01547)は厳しい目で戦場を検分する。このままでは……絶対に保たない。このまま戦いを続けていては、ここにいるすべての護衛士とエンジェルは全滅してしまう。だが、撤退する隙もない。
「拙者、援軍を呼んで参る!」
 瞬時に判断を下したスイシャは、広間の外へと泳ぐように移動を開始した。その動きに気付いた射干玉の捜索者・カルーア(a01502)と大地の歌い手・フェンネル(a02415)がスイシャを助け、協力して外へと向かい始めた。が、ピルグリム間断なく加えられる攻撃が3人が広間から逃れる道を塞ぎ、進ませてくれない。
 それを見て取った薬師・リルフィールは捨て身でピルグリムの中に分け入った。ピルグリムの意識を自分に集中させようと、派手な攻撃でその目を引きつけ。防御も固めていないリルフィールにとって、多くのピルグリムを相手するのは命取りではあったが、相手が攻撃してきても、まったく引くことはせず、より一層敵の懐へと攻め込み。
 積極的に攻撃してくるリルフィールへと、ピルグリムの注意が移った隙に、3人はがむしゃらに外を目指す。
「今、出口を開けますぞ」
 パルシアの護衛士・バルトロー(a04273)の射た矢は通路を塞ぐピルグリムの群れの真ん中で爆発し。アキレギアのニードルスピアが追い打ちをかけ、ピルグリムの密度を緩んだその場所を3人は突破する。
「必ず援軍を呼んできます。どうかそれまで持ちこたえてくださいませ」
 フェンネルの声がまた集まり始めているピルグリムの間からそう呼びかけ、スイシャとカルーアを追って走り出した。
 だが、援軍を呼ぶ道も楽なものではない。
「目印が移動していますね」
 カルーアは曲がり角に残る目印を見て、眉を寄せた。床のピルグリムは壁のものほど活発ではないが、それでも目印の形を崩してしまう程度には蠢くようだ。
 飛び飛びになり、何ヶ所かは影もない目印の欠片と、記憶と勘。頼れるものすべてを働かせながら、3人は蟻の巣のような通路を外目指して駆けるのだった。

●MOTHER
 圧倒的な数の差に、護衛士はただ耐える事しか出来なかった。周囲の敵から与えられるダメージは小さなものだったが、数が積もれば大きな傷となる。回復の力を持つ者は周囲にいる人々の傷を癒し続けていたが、それもいつまで保つか。
 戦い慣れぬエンジェル冒険者が次々と倒れてゆく中、エリアードだけは善戦していたが、負った深手は傍目にも明らか。護衛士たちにも動けなくなる者が現れ始め。
 撤退を選択すべきか。だが、果たして無数の敵を相手に撤退するだけの力が残っているのだろうか。
 周囲から押し寄せる敵に攻撃をせざるを得ない護衛士の前で、マザーの身体は淡い光に包まれていた。光はこれまでに護衛士が削ったマザーの生命力と周囲に蠢くピルグリムの傷を徐々に回復させてゆく。
 マザーが放つ光はとろりと……暖かい。
 人に取って忌まわしきものを生み出す存在ではあっても、その周囲の光にあるのは母なるもののぬくもりだった。
 光は護衛士を圧倒し、ピルグリムの上に勝利を告げようとするかのように降り注ぐ。
 形勢はピルグリム側へと傾き、護衛士が耐えられるのもあとわずか。
 その時――。
 声が聞こえた。音が聞こえた。
 背にしていた通路からマザーを包む光を押し返す程の明かりが射す。
「間に合ったのですね……」
 援軍を求める3人の呼びかけに答えた冒険者たちがマザーの広間へと次々に駆け込んでくる。
 その数、231名。残存戦力の総てともいえるほどの冒険者たちが、ピルグリム殲滅の目的の元、集結する。ピルグリムとの戦闘を抜けて駆けつけた冒険者は白い体液と己の血にまみれ。それを迎え入れた護衛士もまた、同様にどろどろとした汚れの中にあったが、その顔に安堵の色がよぎる。
「死なせませんよ」
 到着した三日月の導師・キョウマ(a06996)は黒い瞳に意思の微笑をたたえ、白翼銀月の魔杖【The Jehuty of Wisdom】を翳した。
「ピルグリムはこちらに任せて下さい。パルシアの方々はマザーを」
 お願いします、も言い切れず、キョウマをはじめとした援軍は広間とそこから溢れるピルグリムの殲滅に取りかかった。護衛士たちに浴びせかけられていた攻撃は援軍へと振り向けられ。
「今こそマザーを倒す時でございます」
 アンナとヴィーヴルは範囲内に出来る限り多くの仲間を入れるように離れた位置でヒーリングウェーブをかけ、ピルグリムに容赦なく傷つけられた人々の傷を癒した。
「道を空けるからマザーの処に急ぐのね」
 ニケーがエンブレムシャワーを降らせ、赤炎の血薔薇伝説・ルヴィン(a03635)はニードルスピアで道を作る手助けをし。
「マザーを倒して絶対帰るんだ!」
 出来た道に駆け込んた食医の紋章術士・アルト(a11023)は、光のシャワーでよりマザー近くまで道を延ばす。援軍で防ぎきれない分のピルグリムの攻撃が、アルトが進化させた鎧で弱められながらも命中するのをじっと堪え。
 白ネコ戦闘楽師・マルス(a05368)はアルトを攻撃しているピルグリムも巻き込んで、ニードルスピアで掃射する。道が……マザー討伐への道が切り開かれた。
 菫刃の緑風・フィリス(a09051)はできた空間になだれこもうとするピルグリムを流水撃で止めながら、声を張り上げる。
「早く!」
 前衛の者は迷わなかった。
 立ちはだかる巨体へと突撃する。
 ネフェルのミラージュアタックが、シリックのスピードラッシュが、マザーの身体を切り裂く。
「倒れろ!」
 人殺し・コウイチ(a00462)は破鎧掌をマザーのぶよぶよした身体へと叩き込む。
 シャアはマザーをよじ登ろうとしたが、身を震わせたマザーの動きに転落した。
「リューディム……マザーの子宮部を……」
 記録者の眼・フォルムアイ(a00380)は自身も飛燕連撃でマザー下部を狙い撃ちしながら、双静・リューディム(a00279)に呼びかける。
「ん……」
 リューディムは、フォルムアイと息を合わせ、マザーにワイルドラッシュを殺戮の衝動のままに叩きこみ続け。その皮が耐えきれずに破れ、エンジェルごと中から流れ出してもなお、攻撃の手は止めず。
「新たな力で今こそ仲間の仇を討つ!」
 荒野の黒鷹・グリット(a00160)は、ワイルドファイアの地からもたらされたワイルドラッシュをマザーに浴びせかける。新たな仲間は新たな力。このホワイトガーデンの地が同盟に加わり、また新たな力を得て、そうして世界が広がっていく為にも。
「絶対倒すのっっ!」
 陽光の後胤・ナル(a01122)はサーベルの1本をマザーに突き立てた。一度飛び離れた後、体勢を立て直し、もう1本のサーベルでミラージュアタック。何があっても倒す、という気力のままに斬りつける。
「あこにゃん、行くぞえ」
 宵咲の狂華・ルビーナ(a00172)は無垢なる銀穢す紫藍の十字架・アコナイト(a03039)と共にマザーへとコンビネーション。
「此処で巡礼行は終わりなのじゃ!」
「この銀十字があなたの墓標です!」
 騎士剣【エース・オブ・ハート】、そしてロザリオの兜割り。
 その瞬間――マザーは裂けた。
 そしてスローモーションに感じられるほどゆっくりとだらりと垂れ下がってくる。
 辺りが急に暗くなったように感じたのは、それは頭上に赤く灯っていたマザーの目が光を失い、閉ざされた為。
「倒せたのか?」
 黒衣の閃迅・レオニード(a00585)が訝りながら加えた一撃に、マザーは小さな痙攣だけを返したが、それが最期の生。
 援軍に助けられ、パルシアの護衛士たちは遂にマザーを倒したのだ。
 だがそれを喜ぶ暇はない。
 コロニーを脱出し、安全圏内に出るまでがこの作戦だ。
 護衛士たちは、倒れている冒険者、護衛士、マザーの体内に捕らわれていたエンジェルたちの状態を確かめ、脱出準備に取りかかる。
「まだ息があります!」
 倒れ伏していたエンジェルを抱き起こしたリンが、ぱっと顔を輝かせた。胸骨のあたりが大きく裂けていたが、癒しをかければその傷はふさがり。すべてのエンジェルが、とはいかなかったが、マザーに捕らわれていたエンジェルの中にも数名生存者がいる。生と死を分けたのは、その体内にいたピルグリムの成長度合いのようだ。
「……リル……どうして」
 援軍を呼ぶ際、ピルグリムの攻撃を一身におったリルフィールの生命はもう絶たれており。
 失ったもの、失われなかったもの。
 見出すものに一喜一憂しながら生存者を出口へと促す護衛士の背後で、天井と壁にくっついた部分に支えられたまま、マザーの身体は力無く垂れ……。
「危ない! みんな離れて!」
 メセルは叫びながら、抱えていたエンジェルを引きずるようにして広間の出口に向かって走った。その身体に触れそうな近くで。
 ぐしゃり。
 マザーが千切れ落ちて潰れる。
 マザーの身体が千切れた、と見えたのだが、それが間違いであることはすぐに判った。
 壁が、天井が、床が。融合しいたはずのそれらは、急速に安定を失い、個々に動き出していた。マザーを支えていた壁や天井の結合が離れた為、その身体が落下したのだ。
 ピルグリムマザーの宮殿であったコロニーは崩壊への一途を辿っていた。
 重傷者を抱え、自らの怪我を抱え。
 護衛士と援護の者たちは生存をかけた脱出にかかった。
 壁が崩壊し穴が空き、外から夕暮れの光が射し込んでくる。
 天井が落ちて頭上から降り、道を塞ぐ。
 床が崩れ、足を取られた者が下の通路へと落下する。
 崩れるコロニーから逃れる者たちの殿はレオニード。混乱しているピルグリムの間を抜け、襲いかかってくるものを短剣で牽制し。癒しをかける者も近くにはいない。だがそれでも、レオニードは最後まで、皆が逃げるのを背後から支え続ける。
「約束したんだ、ただいまって言うのを」
 待っている人の為にも、生還しなければ。
 ルヴィンは壁の隙間をくぐり、床にわだかまるピルグリムを乗り越え、床の大穴を飛び越え、穴の中に飛び降り。
 下へ、そして外へ!
 宮殿を構成していたピルグリムが外へ外へと散らばってゆく。
 マザーを討伐し終えた護衛士達が外へ外へと脱出をはかる。
 背後に感じる轟音と気配を振り捨て、ただ生へと向かって駆け。
「外……だ!」
 ピルグリムの気配から解放された身体が外の解放感に息をつく。それでも護衛士たちは足を止めず、抱えたエンジェルの重みを感じながらコロニーから遠ざかるように走り続けた。

 まだ動ける状態のピルグリムがすべて散ると、コロニーは動きを止めた。
 後に残されたのは、ピルグリムの死骸で作られた白と灰のドロドロとした山状の集まりのみ。その下にマザーの身体も埋まっているのだろう。
「…勝ったのですね…」
 フォルムアイは呟き、そして横にいたリューディムの身体に身を預けるように寄りかかった。
 残照が消え、ホワイトガーデンに夜闇が訪れる。
 だがそれは漆黒の闇ではなく。
 星に飾られ、月に見守られた祝福の夜なのだった――。