<第5競技:ノケット大会 決勝戦>
●決勝戦、試合前
快晴の青空の下のノケット場、バックネット下にあるVIP観客席に見える二人の人影。
「はいどうも、実況のツキユーです」
「ノケ村3軍コーチで解説のカーザ・ウォーカーと申します」
「元々カーザさんはノケットの選手だったんですよね?」
「ええ、ある試合で冒険者の放ったライナーを受け止めたらそれきり腕が上がらなくなりましてね。鍬も持てないし今は怪我した選手への専門コーチやってますよ」
「そ、そうですか……」
当たり障りのない話をしようとして見事に失敗したツキユーの耳へ聞こえてくるほら貝の音。試合開始が近い合図だ。
整列していた秋の11組チームと夏の8組チームは礼をし、それぞれの守備位置へと散っていく。
「さて、それでは各チームのオーダーを確認しましょう」
ツキユーはフリップを出す。そこにはオーダーが書かれていた。
先攻 秋の11組
1番:ルガート(レフト)
2番:ガス(ショート)
3番:蒼天の守護拳匠・シェード(a10012)(センター)
4番:ワイドリィ(サード)
5番:アレス(キャッチャー)
6番:ナル(セカンド)
7番:村人(ファースト)
8番:ドレイク(ライト)
9番:ロザリンド(ピッチャー)
後攻 夏の8組
1番:冷風の剣士・タカトール(a12435)(ショート)
2番:ナタク(ライト)
3番:フェイロン(センター)
4番:カゲキヨ(キャッチャー)
5番:ファントム(ファースト)
6番:ウィリアム(レフト)
7番:オウリ(サード)
8番:ロック(セカンド)
9番:クーヤ(ピッチャー)
「こうして見ると、2チームとも正攻法なチームですね」
「そうなんですか?」
首をかしげるツキユーへ説明するカーザ。
「ええ。2チームともピッチャーを9番に持っていっていますし、11組も一見村人が7番? と思いますがピッチャーは投球に専念する表れですね。ドレイクがストッパーを勤める関係上7、8、9番の3アウトで一回を終わらせ、区切りよく新しい回を迎えるという事でしょう。それに8組の一番ショートや11組の4番サードにも好感が持てます……」
延々と続くカーザの解説の最中、ルガートがバッターボックスに立つ。ここぞとばかりに話をぶったぎって解説を始めるツキユー。
「そうですか。さあバッターボックスに立った1番ルガート。今、主審の手が上がりプレイボールが掛かりました!」
●決勝戦1回の攻防
「いくぜ!」
空を切るルガールのバット。横へスライドして逃げていくボール。
「ストラック、バッターアウト!」
バットを叩きつけて悔しがるルガールの後ろ、カゲキヨが1アウトを示す一本の指を上げる。
声をだして答える8組内野陣、クーヤは最初の打者を抑えた安堵か帽子を取って額の汗を拭う。
「ここまで防御率約1.7のクーヤ投手ですが、流石に安定感がありますね」
「でも、序盤に失点する傾向があるようですけど……」
カーザの解説に異を唱えるツキユー。
「それはデータを揃える為のものですから決勝戦では大丈夫ではないでしょうか。準決勝第2試合を観戦してデータを集めていない訳がないでしょうし」
その言葉通りクーヤは2番のガスをセカンドフライ、3番のシェードを空振り三振に仕留め上々の立ち上がりを見せた。
1回裏、8組の攻撃。
「ストラーイク!」
響く審判の声に微動だにしないタカトール。彼は決して2ストライクになるまで無理に手を出さない。
「自分、そして続くバッターの為に球数を多く投げさせる。一番打者として大事な役割ですね」
結局タカトールはショートゴロに終わるが11組投手、ロザリンドに8球を投げさせる事に成功した。
次打者は左打席に立つナタク。彼女はスイッチヒッターだ。
彼女も粘り、7球目の速球を弾き返すと打球はレフト前へと抜けていく。
「俗に右打者の右打ちは綺麗と言われ、左打者の左打ちは不細工だと言われますがそんな事はない、見事なヒットです」
フェイロンはスローカーブ後の直球に振り遅れポップフライ、カゲキヨはフォークに三振でチェンジ。
先制点はどちらのチームにも生まれず、2回の攻防へ移る事となった。
秋の11組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
夏の8組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
●決勝戦2回の攻防
例によってクーヤは厳しいコースにボールを投げ分けていく。
4番のワイドリィは空振り三振、派手に転んでヘルメットが宙に舞う。本人曰く情熱的、らしい。
「観客を魅了するようなプレーをワイドリィは考えているそうです」
資料を見ながら話すツキユー。
「ははは、昔いたノケットの名選手も似たような事をやっていましたよ」
そこへ快音が響いた、右中間へ転々とするボール。5番のアレスは2塁へスライディングする。セーフだ。
「甘く入ったボールを打ちましたね、苦手なコースは一歩間違えると得意なコースですから注意が必要ですよ」
続く6番のナルは打席に入るなりバントの構えを取る。バントシフトを取らない守備陣を見て解説するカーザ。
「彼女はバスターが得意ですからね。やもすると、元からああいう構えなのかもしれませんが」
ナルはやはり初球をバスターで狙い打った、打球はライナーでセカンドのロックのグラブ内へと吸い込まれていく。そのままアレスが戻りきれていないセカンドベースを踏むロック、ダブルプレーだ。
2回裏、6番ウィリアムは見逃し三振、7番オウリは3球目の速球を打ち損じてサードゴロ。
「ロザリンドは後ろにドレイクがいますからね、飛ばして行っているんじゃないでしょうか」
カーザの解説をする暇も無くロックも変化球を打ち損じ三者凡退に終わった。
秋の11組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
夏の8組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
●決勝戦3回の攻防
3回表。村人、ドレイクが三振の後にロザリンドがバントするもののピッチャーゴロで一塁へ転送、チェンジ。
3回の裏。クーヤは見逃し三振、一番に戻ってタカトールは四球を選んだ。
「1死一塁、ここで盗塁はありますかね?」
カーザは腕組み、首を捻る。
「どうですかね、タカトール選手の足が遅いという事はないですし……打者のナタクも足が速いのでヒットエンドランもあるかも知れませんね」
結局タカトールは走らずに送りバントをするナタク。全力疾走するナタクは一塁へヘッドスライディングを見せるがサードのワイドリィが素早くジャンピングスロー、惜しくもアウトとなった。
「あれ、ジャンプする意味あるんですか?」
再びのツキユーの問いに言葉が詰まるカーザ。
「まあ、ない、ですね……」
フェイロンはミート狙いのバッティング、しかしロザリンドのフォークの前にバットは空を切った。
秋の11組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
夏の8組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
●決勝戦4回の攻防
4回の表、ルガートはショートライナーに終わるもののガスがセンター前ヒット、シェードはバントで送る。
2死二塁。
4番の打席に立つのはワイドリィ。ブンブンと豪快な素振りをする。
「恐らく、この場面で一番相手にしたくない相手ですね。何を狙って打ってくるのかわかりませんから」
真剣にサインの交換をするバッテリー。クーヤはうなづき、振りかぶった。
一球目、外角低めに落ちるカーブをファール。
二球目、今度は外角ギリギリに決まるスライダーに手を出すが空振り。
三球目、高めのストレートを見逃す、ボール。
「変化球待ちなんですかね?」
「恐らく、ストライクに来た球を打つ。無心の状態なんでしょう」
四球目、外角高めのスライダーへ一歩踏むこむワイドリィ。
快音を残し、打球は転々と右中間へ抜けていった。手を叩いて帰ってくるガス、先制点は11組だ。
「今のは打ったバッターを褒めるべきですね。見事な流し打ちでした」
打たれた直後、クーヤの初球を狙うアレスだが打ち上げてキャッチャーフライに終わる。
「まだ4回、気合入れて行こう!」
「おう!!」
8組の円陣が組まれてから始まった4回裏の攻撃、いきなりカゲキヨが直球を痛打して2ベース。
しかしファントムはショートゴロで動けず、続くウィリアムは手堅く送りバント、2死三塁に。
7番のオウリは積極的にバットを振るものの、その積極打法が仇となって難しいボールに手を出してしまう。
上がったフライをレフトのルガートがおへその辺りでポケットキャッチ、そのまま観客席にボールを投げ入れて4回は終了した。
秋の11組 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
夏の8組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
●決勝戦5回の攻防
「私、お米が好きなんですよ。カーザさんは何が好きなんですか?」
ツキユーの問いにしばし考え込んでカーザは一言。
「今の時期ならおでんですね。中でも大根と牛すじが好物です」
「ああ、牛すじ良いですねえ。あのツユで雑炊にすると美味しいんですよね、肉の旨みがよく出てて」
「おじやにするんですか、それもなかなかオツなものですね。あとこちらの方ではモツ煮込み料理が旨いんです」
「へえ、どんなものなんですか?」
「豚のモツ、つまり内臓を煮込むんですがこれがまた酒が進むんです」
「そうなんですか、私はあんまりお酒はたしなまないんですが」
「お酒を飲まない方でもオススメですよ。このノケットのグラウンドの裏でもモツ煮込みが売ってましてね、これを食べながらのノケット観戦がまた……」
煮込み談義に花が咲く実況席。
それは特に見るべきものがない事を示していた。
5回の表、裏ともに三者凡退。
秋の11組 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
夏の8組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
●決勝戦6回の攻防
後半戦へとさしかかる6回の表、先頭打者のロザリンドが見送り三振に倒れ次の打者、ルガートが打席に立つ。
彼は今のところ2タコ中だが、ようやく相手投手のクーヤが自分の苦手なコースにボールを投げ込んできている事に気付きはじめていた。
(「なるほど、そうくるならこっちも一発賭けてやろーじゃねーか!」)
一旦打席を外して素振りを繰り返すルガート、そして改めて打席に入りなおした。
初球のスライダーを一振りだった。歓声に沸くレフトスタンドへ吸い込まれていく白いボール。
「だ、第一打席に空振りしたのと同じボールですのに!」
興奮で声を荒げるツキユーと冷静にダイヤモンドを闊歩していくルガートを観察するカーザ。
「スライダーにヤマを張りましたね。それとバッターボックスに立ちなおした際、若干ですが内角へ寄っていました。苦手なコースを得意コースに変えた訳です」
続いてまたホームラン時のような歓声が沸いた。
手前に落ちそうなガスの打球をセンターのフェイロンがスライディングで好捕したのだ。フェイロンはクーヤを励ますように内野にボールを回さず、直接ボールを投げてよこす。
それで気分が吹っ切れたのかクーヤは続くシェードをサードフライに打ち取り、6回の表を終了させた。
6回の裏、ナタクが倒れた後の一死走者なしでフェイロンはお返しとばかりに来た球をフルスイングした。
大きい打球がバックスクリーン目掛けて飛んでいく。
センターのシェードがバックスクリーンのフェンスへと走っていく。そして地面を蹴った。
フェンスの向こう側へ消えようとする打球を横取りするように伸びてくるグラブ。
シェードはフェンスをも蹴って飛び上がり、ホームランボールをもぎ取った。スーパープレーに沸く観客と、悔しそうな顔でベンチへ引き上げるフェイロン。
「す、凄いプレーですね」
「シェードは風を読んで一直線に最短距離を走りましたね。恐らく天気や風に対する勘が良いんでしょう。それと武道家ならではの身体能力ですね。三角飛びっていうんですか? アレみたいでしたよ」
感心する実況陣。カゲキヨも凡打に終わり両センターの好守が見られた6回だが、11組が更にリードを広げる結果となった。
秋の11組 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 |
夏の8組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
●決勝7回の攻防
先頭のワイドリィはライトオーバーの打球を放つが塁を欲張りライトのナタクに二塁で刺されてしまう。
「そういえばノケットって『刺す』とか『殺す』とか『三重殺』とか物騒な言葉が多いですよね」
なんとなく漏らしたツキユーの感想がカーザの解説魂に火をつけた。
「ええ、元々ノケットは豊作を祝って行われた球技なんですけよ」
「ほほぅ、と言いますと?」
「豊作になる為には害虫を駆除しなければならないでしょう? 害虫がいなくなるのを願ってそういう単語を使うようになったんです」
「なるほど、そうなんですか。バッターはアレス、ツーエンドワン」
「その成果があったのか、それからはあまり大きな害虫の被害もなく……」
「ピッチャー振りかぶって4球目、投げました! ストラック、バッターアウト!」
「もしもし、聞いてるんですか?」
解説を聞き流して実況するツキユー。次打者のナルも長打狙いのバッティングでレフトへのポップフライに終わり7回の表の攻撃が終了する。
二球目、だった。
先頭打者のファントムがロザリンドのカーブを引き付けて思い切りスイングすると打球はレフトスタンドへと吸い込まれていった。レフトではセンターのフェイロンも捕球しようがない。
続くウィリアムにもヒットを打たれ、たまらずキャッチャーのアレスはタイムを掛けた。
「どうする? 代わるか?」
マウンドのロザリンドへと歩み寄るとそう言ってライトのドレイクをちらりと見た。
「うーん、ちょっと早いのだけど……」
その時、ライトから聞こえてくる叫び声。
「諦めるな!」
定位置で腕組みをしたまま仁王立ちするドレイクがいた。
「例え百点差がついても諦めるな! 諦めない限り、負けは無い!」
顔を見合わせるバッテリー。ロザリンドは苦笑いしてユニフォームの袖を捲くった。
「向こうは代わる気ないようだしまだ無死一塁、もうちょっと頑張ってみるのだ」
気合を入れなおすロザリンド、オウリは犠牲バントで走者を二塁に進める。
そして変化球狙いのロックへ変化球をぶつけた。
その変化球は、それまでよりもちょっとだけ変化が大きかった。ショートゴロ、2死二塁。
クーヤはなんとかボールを前に飛ばそうとするがサードファールフライに終わる。しっかりキャッチするワイドリィ。
8組が1点を返し、7回は終了した。
秋の11組 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 |
夏の8組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
●決勝8回の攻防
7番の村人はファーストゴロ。ドレイクとロザリンドも凡打に終わり9回の攻撃に打撃が得意なバッターを集中させる11組。
そして8回裏、マウンドにはドレイクが立っていた。ロザリンドはドレイクの代わりに右翼の守備位置についている。
「さて、いよいよストッパーのドレイク選手の登板です。どうですかカーザさん」
なにがどうなのかよくわからない話の振り方だがカーザは理解しているようだ。
「そうですね、ストッパーになる為の条件は3つあります。まず1つは速球が速いこと、これは満たしていますね、2つ目は……」
「あの、長くなりそうなら端折って頂けませんか」
ドレイクの投球練習は既に終わっていた。
タカトールはバットを構え、ドレイクに対峙する。
「まあ、簡単に言いますと彼はあまりコントロールがありません」
内角高めギリギリの剛速球が決まり、タカトールは思わずのけぞる。ドレイクはど真ん中に放っているつもりだった。
「持ち球もほぼ直球のみですが、荒れ球なので狙いがつけづらいんですね」
タカトールは空振り三振。次の打者はナタク、バットを短く持って単打狙いに徹するが……
「アウト!」
バットがホップするボールの下を叩いてしまう、ショートフライに終わる。
一発狙いのフェイロンも空振り三振を喫しついに勝負は最後の9回の攻防へと向かうのだった。
秋の11組 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 2 |
夏の8組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
●決勝9回の攻防
ルガートは初球を叩いてファーストライナー。
続くガスはしぶとく変化球にくらいつく。ついにクーヤのコントロールが乱れた、フォアボール。
しっかりと犠牲バントを決めるシェード。2死二塁。
肩で息をするクーヤ。これまで3試合を完投している彼女の体力の限界は当に超えていた。
バックからその疲労困憊の姿を見ていて焦ったのだろうか、少しでもランナーを進ませまいとレフトのウィリアムは自らの前に転がってきたワイドリィの打球を走って捕球するとボールを持ち直さずすぐ返球した。
「ああっと、サード捕れない! 悪送球です! 二塁ランナーが三塁を蹴って今ホームイン! 3対1、3対1になりました!」
ツキユーの実況が木霊する。
決勝の土壇場には、重すぎる、1点。
なんとかアレスを打ち取ってチェンジにはしたものの、1点は8組には重圧と、11組には精神的優位を分け与える。
スイスイと投げるドレイクの前にあっさり2アウトを許す8組。
打席には、先ほどエラーを犯したウィリアムが立っていた。
「カーサさん、この2チームの明暗を分けたものはなんだったのでしょうか?」
空振り。
「そうですね、やはり投手を分業制にしたかしなかったか……でしょうかね」
見逃す、ボール。
「ウィリアム選手を責めることが出来るのは、恐らく彼自身のみでしょう。彼のバスターのおかげで8組は準決勝を突破する事が出来たのですから」
ツキユーの実況をバックに、ウィリアムの放った打球はショートを経由し、ファーストミットへと収まるのだった。
秋の11組 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 3 |
夏の8組 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 |
勝利:秋の11組
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