<第5競技:ウェンブリン大会 決勝戦>


●前半
 最後の一試合、決勝の開始をを告げる鐘が鳴り響いた。
 
「うぉぉぉ〜〜〜! 行けえ〜〜〜!」
 競技場のスタンドで、一際うるさいのは、ウェンブリンに詳しい解説のおじさんサンシーロ氏だ。
 その隣では、赤い瞳をきらきらとさせながらゲームに見入る、時は滴り落ちる・フィオナの姿もある。実況を担当するのは彼女だ。
「さて、とうとう、ウェンブリンの対決も決勝戦となりましたー。解説のサンシーロさん、決戦に臨むふたつのチームの解説をお願いします」
「うぉおおお〜〜〜!」
「あーっ! 秋の9組、左サイドの鶴翼に入ったシャピロから、逆サイドに張っていた右の鶴翼マークにまで、競技場を横断するようなすごいパスが通りましたー」
 サンシーロが解説する。
「いや〜、度肝を抜かれるサイドチェンジでした」
 
「前半、まだお互いのゴールはありません。サンシーロさん、ボールを長く持っているのは、冬の2組のほうですか?」
「そうですな〜、主将を務めるグレイが中盤でしっかりとキープして、ためを作りだしておりますぞ。この停滞から、いっきにサイドへとボールが出れば緩急がついた攻めに……おお〜!」
「グレイから、右の長矛アーベントにスルーパスです! アヴルを経由して、嚆矢のキルレインへー……パスがー……通りましたー!」
「裏を付く鋭い動きですぞ〜、シュートだぁぁ〜!!」
「あー!」
「惜しい!」
「だけど、見事な攻撃でしたー」
 
●前半ロスタイム
 フィオナが実況を続ける隣の席で、サンシーロはもう髪を振り乱して、すっかりゲームに入り込んでしまっている。
「前半もいよいよ残りわずかとなりました。サンシーロさん、冬の2組に惜しいチャンスがありました」
「秋の9組のほうは、防壁のラグナスが間一髪でシュートを防ぎましたなー。裏を取られたものの、よく追い付いて、コースを塞いだ見事なディフェンスでしたぞ」
「守護のセリオスも、すごいセービングを連発しています」
「忙しい前半ですが、無失点でいけるならばいいことです。ん……」
 サンシーロの目が、セリオスからボールを受けるなりドリブルを開始したアリサに釘付けとなっている。
「あーっ、すごい! 最終ラインで守っていた自由のアリサが、競技場の中央をドリブルで駆け上がっていきます」
「中盤にぽっかりと穴が空いておったんですな! 冬の2組は、カウンターを狙った分だけ人数が前がかりになっていて……おおっと!」
「アリサが止められましたー、だけど、シシルがフォロー! ドリブルでひとりを交わして、中に切れ込むと見せかけて右サイドへー」
「走り込んだのはマークですぞ〜」
「速いー、マークがすごい加速で相手を振りきりましたー。そこから、クロスボールが入ります」
 サンシーロが立ち上がった。
「ゴォォオォルル!!! ゴォォォルルルウ!!!」
 彼もすごくうるさいが、スタンドの歓声もすごい。
 耳を抑えながら、フィオナが実況を続ける。
「合わせたのは……パステルです。主戦のパステルが決めましたー」
「くぅぅ! 身体ごとボールに合わせた、気持ちのシュートでしたなぁ〜」
 そこへ、前半の終了を知らせる鐘が鳴り響く。
「ここで、鐘が鳴ってしまいましたー。前半が終了です。スコアは、1−0。秋の9組が、前半ロスタイムの得点で、秋の2組から1点のリードを奪っています」
「いや〜、まだまだわかりませんぞ〜」
「それでは、後半戦に入る前にハーフタイムです。そちらでは、ゲストの方に加わっていただいて、サンシーロさんと解説していただきます。お楽しみにー」
 小首を傾げ、フィオナは微笑を浮べた。
 
●ハーフタイム解説
「はい、前半戦が終わって、ハーフタイムです。それでは、さっそくですが、ゲストの方をご紹介いたしましょうー。準決勝で惜しくも冬の2組に負けてしまいました、春の5組からストライクさんとヴァランさんです」
 サンシーロが二人に声をかける。
「いやー、ナイスプレーでしたぞー」
 まず、フィオナが尋ねたのはヴァランだった。
「ヴァランさんがご覧になって、冬の2組はどんなチームでしたかー?」
「まず最初に、春の5組の皆に、感謝の意を伝えたいと思います。とても楽しい試合でした。どうもありがとう。ご質問の答えですが、冬の2組は良くも悪くも、幻想のグレイさんを中心にしたチームですね」
「ありがとうございます。それでは、ストライクさん。あなたは、秋の9組が冬の2組に勝つためにはどうすればいいと思いますかー?」
 ヘラヘラと笑いながら、ストライクが答える。
「今、秋の9組がやってるようなウェンブリンをすればいいと思うぜ。冬の2組は組織のプレーだけど、秋の9組には個人のテクニックがあるからな」
 感心して首肯いていたサンシーロが、口を開いた。
「確かに……この決勝戦は、組織対個人といった趣がありますな」
 
「それでは、引き続いて新しいゲストの方にご登場願いましょうー。準決勝で秋の9組と対戦した、夏の8組から、ゲイル、ゴウマ、ハロルドのお三方です。よろしくお願いします」
 フィオナとサンシーロに拍手で迎えられた三人が、スタンドのベンチに腰掛けた。
 サンシーロがこれを聞きたかったんだと言わんばかりに、ゴウマに質問した。
「ゴウマ殿、秋の9組はサイド攻撃が主体のチームだと思うのですが、同じ鶴翼のポジションとしては、あなたはどう見られておったのです?」
「そうだねー、俺は左のシャピロと対決することが多かったんだけど、あのチームで強烈だったのはやっぱり右サイドかなー」
「シシルとマークですな」
「あの二人には、苦労すると思うぜ」
 サンシーロが次に質問したのは、ゲイルだった。
「主戦を務めておられたゲイル殿からして、秋の9組の守備陣はどのように映っておりましたかな?」
「……要は、ヴァイオレットと感じたが」
「と言いますと?」
「ボールを持ち込んでも、パスあるいはシュートと彼女は上手く対応していたからな」
「なるほど」
 サンシーロが続ける。
「それでは、最後にハロルド殿におうかがいたしましょう。秋の9組が勝つと思われますかな?」
 シュートを身を挺して防いだために、未だに痛む腹をさすりながら、ハロルドは言った。
「うーん、わかんねえけど、チームワークがあってこそだな! どちらもいいチームだから、後半も退屈させない試合になることは間違いないと思うぜ」
 フィオナが鐘のある塔を気にしている。
 そろそろ、後半開始の時が近づいているのだ。
「ゲストの皆さん、どうもありがとうございましたー。それでは間もなく、決勝戦の後半、キックオフです!」
 
●後半
 サンシーロが既にヒートアップして出来上がってしまっている。
「おおー! 見ましたかーフィオナ殿! ロアンのプレーを」
「はい! 冬の2組、左の長矛に入ったロアンが、サイドギリギリを突破していきます。そこから中へボールを折り返しますが……あー残念、人がいません」
「でも素晴らしいオーバーラップでしたぞ」
「秋の9組、ロテがボールを拾います。大きな声を出して、仲間に指示を送っています」
「苦しい時間帯でも、きっちりと声を出していくことは大事なことですぞ」
「ロテからミリファへ、ミリファは……エマと細かなパスを交換して、敵陣深くへと突破を図っています」
 
 サンシーロが叫ぶ。
「おお〜!!」
「冬の2組、防壁右のレクトが止めましたー」
「身体を投げ出して止めましたな、ハートの篭ったプレーですぞ!」
 うんうんと首肯きながら、フィオナが実況を続ける。
「スライディングでボールを奪ったレクトから、素早いパス。右の長矛アーベントがアヴルとワンツー、さらに切れ込みます!」
「素早い展開です、冬の2組の真骨頂、カウンターですぞ!」
「ボールは中央へ、グレイがワンタッチでボールを前線へ! 山鳴りのボールを……アネットが競り勝ったー! 落とされたボールへ駆け込んだのは、キルレインです! シュートー! すごいっ、入りましたー!」
 冬の2組の選手たちが、ゴールを決めたキルレインを囲み、降り注ぐ歓声の中、輪となっている。
「サンシーロさん、これで、冬の2組が追い付きましたよ」
「いやー、疾風のような攻撃でしたなー。これで、面白くなりましたぞ」
 
「秋の9組からのキックオフです」
「さて、どのような攻撃を見せてくれるやら」
 サンシーロが手に汗握っている。
「期待してしまいますぞ〜〜〜」
 
●後半ロスタイム
 フィオナが時間を気にしている。
 スコアはまだ1−1、引き分けのままだ。
「サンシーロさん、秋の9組は攻め続けていますが、なかなかゴールにならないですねー」
「冬の2組は、下がり目のポジションに多くの選手を配しておりますからな〜、なかなか決定的なチャンスを作らせないわけですな」
「なるほどー。秋の9組、左サイドを嚆矢のエマが突破します! そして、遠くからのシュートーっ! 守護のシャーナがしっかりとセーブします」
「シャーナという選手、危ないシュートを上手く枠外に弾いておりますな〜。冬の2組のピンチをよく防いでおりますぞ」
 
「冬の2組、中盤でパスを繋いでいきます。誰でしょう、あー、アシュレイが上がっていますねー」
「機を見て上がるのが自由というポジションなのですな。冬の2組がよく守っているという状況ではありますがねフィオナ殿、裏を返せば攻めの選択肢が少ないとも言えるのです。それを打開するために上がったのでしょう」
「グレイからロアン、そしてアネットへ。きゃあっ! 惜しい!」
 アネットが相手を背負って反転、鋭いシュートを放ったのだ。
「おおお〜〜! 惜しかったですぞ〜〜あと数センチでゴールでしたな〜!」
「秋の9組の守護、セリオスが辛うじて指先に当てていましたー」
 
「もう時間がありませんな、最後の攻撃にですぞっ!」
「はい! ラグナスが身体を入れて、ボールをヴァイオレットにキープさせています。そこから、ボールが前線へ蹴りだされます! ジャンプしたパステルの頭上を跳ねたボールが越えるー!」
「ああ〜〜! こういうボールが危ない! ああ〜〜!」 
 サンシーロが絶叫している。
 こぼれたボールが、カウンターのためラインをあげていた冬の2組のディフェンスラインと、守護との間にぽっかりと開いたスペースでバウンドする。
「レクトがシシルと競り合います。二人とも倒れたー!」
 折り重なる二人の合間を、小さな影が突き抜けていく。
「一対一ですぞ〜!」
 弾むボールへシャーナが手を伸ばす。
 そこへ、パステルが鼻を突き出して……。
 フィオナが叫んだ。
「危ない!」
 ガチンと音がして交錯する二人、だがボールはコロコロと転がって。
「……ゴール……ゴオォォオルですぞっ〜!!!」
「あーすごいっ! 秋の9組がゴールです! 後半の終了間際に、パステルのゴールが決まりましたー!」
「いやー、尖った鼻の先で押し込んでおりましたぞ!! まさに執念のゴールです!」
 
 その後、沸き上がる歓声の中で、ウェンブリンの終了を告げる鐘が鳴り響いた。
 二度目の鐘に気付いて、フィオナが大声を張り上げる。
「試合の終了です!2−1、スコアは2−1で、秋の9組が勝ちましたー!ウェンブリントーナメントの優勝は、秋の9組です! おめでとー!」
 
 
 勝者も敗者も隔てることのない熱い拍手が、スタンドの観客たちから、両チームの代表へと贈られる。
 それはまだ……今も、鳴り続けている。