<第4作戦:ギガンティックピルグリムを倒せ 第3ターン>
●倒されるべき者の名は
効いているのか、いないのか。
攻撃は通じているのか、この想像を絶する生き物は死ぬのだろうか。
勝てるのだろうか、勝てるのだろうか、と何度も自身に問いかけ。
いや勝たねばならないと、部隊員達は何度も打ち消す。
それ程までに、ギガンティックピルグリムの力は圧倒的だった。
鎌状の腕が振るわれる。地上にいる僚友達が塵芥の様に引き裂かれる。
己の肉ごと抉る勢いで、体に取り付いて攻撃を加える部隊員達を薙ぎ払いに掛かるギガンティックピルグリム。
ギガンティックピルグリムのどこまでも白い、仲間の露出した骨よりも白い体に飛び散る自分の血と体液と肉片を見る。
激痛を堪えて身を起し、術を撃ち付け、切り裂き叩き潰す。
辛うじて。本当に辛うじて皆が生きている事だけは分かった。
もし誰かが死ななければならないのならば、それは自分であって欲しいと誰もが思っていたから、誰もが生きていた。
護衛のピルグリムごとギガンティックピルグリムに一撃を食らわせ、目に入った血を拭う嫉妬殿下・シヤン(a07850)。
ぼんやりと、あー、シリアスなキャラじゃねぇしと思う。そうじゃなくて、本当はアフロだしネタ塗れの人間の筈なのに――こんな所で命を掛けて切った張ったをしている――。
何故だろう。
ああそれは、借りを返す為だ。
シヤンは狂竜の翼斧を握り直して、ギガンティックピルグリムの露出した傷口を見据えた。溶けて広がって行く傷口の内側から外に手を掛けて、何十何百という無数のピルグリムが一斉に此方を凝視し返す。
風切り・エイミー(a01378)が粘り蜘蛛糸を浴びせ掛けて傷口を塞いだ所で、唸る豪腕・ログナー(a08611)が荒れ狂う針で強かにピルグリムの群れを叩いた。
エイミーとログナーの攻撃を掻い潜って漏れ出た飛行ピルグリムの胴に、シヤンは斧を食い込ませる。勢いに任せてピルグリムごと、斧をギガンティックピルグリムの体に叩き付けて、シヤンは更にもう一度斧を振るった。
不意に暖かな風に包まれて目線だけを向けると、深紅の装束に身を包んだゲンマが、裾を翻す風とギガンティックピルグリムの体動にも負けず巧みにバランスを取り、手を此方へと向け、何時に無く、きっとグドン地域に入って以来一番真剣な眼差しで、励ます様にシヤンを見ていた。
世界に対する借りと、死んで行った者達への借りを返す為、そして共に戦えない人達――後ろの守りに付き、また無事を祈ってくれている人達の為に戦っている。借りを返して、365日脳が蕩ける位ネタに塗れて普通に平和に生きる日常を取り戻す為、今日命を掛けろと言うならば、喜んで戦いましょう。
「そうでしょう?」
ゲンマが笑う。シヤンが血含みの唾を吐き捨てて、真っ赤な口でにやりと笑った。
「だな!」
そういう理由で戦っても良い。何となくゲンマの言わんとした事を悟って、シヤンは斧を振りかぶる。新たに得た活力の限りを尽くして、強烈な一撃で護衛のピルグリムとギガンティックピルグリムを屠り切った。
「来ます!」
エイミーの警告で一斉に身構える部隊員達。
腕の一振りがタワーシールドに直撃し、防ぎ切れぬ衝撃が白妙の鉄祈兵・フィアラル(a07621)の片腕を粉砕する。
鎌状の爪先に腹を裂かれたミィミーが悲鳴を押し殺して腹から溢れ出る血と様々な物を押し止める。
直後ギガンティックピルグリムへ向けられたフィアラルの眼差しもミィミーの眼差しも苛烈な物だった。
迫るもう一撃がミィミーに届く前にその身で押し止めて、フィアラルが食い縛った歯の隙間から言葉を漏らす。
「王国を――王国を築かんとする遺児よ。もはやお前にくれてやるものは何もないのだ。何も渡さない――渡す訳には行かない」
その後姿を見て、負けない――という言葉がミィミーの胸に落ちる。
こんなものに、負ける訳には、いかないのよ。
引き結んだ唇から溢れ出る血の様に、決意を滲ませてミィミーは剣を掲げる。
「私は私の戦いを、役目を、果たしましょう。そうよ、果たしてやるわよ。その為に、ここにいるんだから」
斜めに空を切り裂きギガンティックピルグリムの肩口に食い込んだ黒き刃から、不可視の断裂が生まれ、ラードを切り分ける様にその白い肉を引き裂いて行く。
フィアラルがすかさず全体重を掛けて、その傷口に潜り込ませる様に銀剣を突き刺した。
「怪我のことは心配なさらないで大丈夫ですわ、どうぞ目の前の敵に集中して下さいませ!」
癒術の波と共にエィリスが叫ぶ声が聞こえる。痛みが引く。
溶けて崩れ行く傷口の中からまた新たなピルグリムが沸き出て来ようが、故郷を奪われもう何も奪わせやしないと誓ったエィリスが後ろに控えているのならばこれ以上に心強い事は無い。
血塗れで、傷だらけで、それでも武器を握り締め、フィアラルとミィミーは次こそはと今出来たばかりの傷口に切り掛かる。その上に、影。
「ゲァハッハッハアッ!!」
ザスバだと気付いて咄嗟に場所を空ける2人の目の前に、剣が落ちて来る。巨大剣スケサダが輝いて見える程に収縮した闘気が、ギガンティックピルグリムの傷口に触れた瞬間爆発した。
白い液が飛び散る。傷口の中へ消えるザスバ。体液なのか肉片なのか判然としない真白のそれを口から吐き出し、体から振るい落として、2人はザスバに続いて武器を振り下ろした。
「いざ、参る!」
「これで――落ちろ!!」
大地すら割る一撃と、見えない刃がザスバの開いた道筋を大きく広げた。腕が――落ちる。信じ難い程に大きな腕が、溶け崩れながら落ちて行く。
「今ですなぁ〜ん!」
戦う事しか出来ないならば、戦えば良い。ずっとそう思って、ずっと引かずに前衛で戦って来た。グドンがいた。ピルグリムグドンがいた。ピルグリムがいて、ピルグリムワームにだって恐れずに掛かって行った。もう――大丈夫。後ろに仲間がいるならば何処までだって戦える。
雪の黒鈴・ルゥム(a15089)の脳裏に、束の間そんな思いが過ぎった。
落ちていない方の腕がルゥムに迫る。バランスを崩したままだ、この上に今一撃を食らわせれば倒れるかも知れない。回避するんじゃない、飛び込んで行け。
ギガンティックピルグリムの腕にあえて胸が斜めに裂かさせて直進するルゥム。肋骨が直接断ち切られる音を無視する。
激痛が目を眩ませたが、それでも足を縺れさせる事無く斜めに傾いだギガンティックピルグリムの脇腹を駆け上がる。更に上を見上げれば、舞い降りて来る護衛のピルグリムが目に入った。
やられる訳には行かない。なのに――。
「そのままだ、そのまま走って下さい!」
靡く黒髪。美しい護刀を手に併走して来たのはクリュウだった。
飛んでいる1匹に肩を入れて体当たりをし、振り向きざまもう1匹に切り付ける。ピルグリムの一群を、その身で引き付けているのだ。
鞭のような触手の一撃をかわし切れず、胸を打たれて血を吐くクリュウ。それでもルゥムを見遣って、何時もの物柔らかで飄々とした笑みを見せた。
「死なせる積りは無いんです。勿論死ぬ積りもね――」
「そういう事です」
斜め上から降下して来た白魔・ユージン(a16008)がちらりと笑みを見せ、ギガンティックピルグリムもピルグリムも巻き込んで、黒き手套に絡め取った理の力を千々に分けて等しく降り注がせる。光となって降り注いた逆巻く力が全てを引き裂く。
「無茶すんねんなぁ〜ん」
やや遅れてユージンの傍らに顔を出したアユムが癒しの力を送れば、クリュウとルゥムの体に刻まれた傷口が穏やかに閉じて行く。
「さあ――大丈夫ですから飛んで!」
はっと目線を先に振り向けると、うねりながら近付いて来るピルグリムの姿があり。
硬くも柔らかくも無いギガンティックピルグリム独特の皮膚の感触を足裏に感じながら、ルゥムは跳躍する。
飛び越えられたピルグリムが反転する前に、後ろの3人が攻撃を開始したのをのが分かった。ルゥムは振り返らず、更に目指す場所まで駆け上がって渾身の蹴撃をギガンティックピルグリムの側面に叩き込んだ。
地上で護衛ピルグリム達と死闘を繰り広げていた第3分隊の中で、まずスレイツが気付いた。
「――倒れる!」
スレイツの声に促されて、第3分隊の面々が散開する。
白い液体を跳ね上げて、ギガンティックピルグリムが横様に倒れこんで来た。溶けた肉が流れ、直ぐに膝裏辺りまでぬるりと覆う。
全員が何とかかわした事を確認し、スレイツは更に続ける。結局、他の分隊が地表へ降りる前にギガンティックピルグリムが倒れた。決着を付けるとすれば、上だ。
「僕が道を開くから、続いて上へ!」
躍り出るスレイツ。分隊員が続いている事を確信して駆け出す。最後の1発だった。慎重に狙いを定め位置を併せて、殆ど祈る様にして放たれた蜘蛛糸は怒涛の如くに押し寄せたピルグリムを拘束してその場に止める。
「今だ!」
スレイツは叫ぶと同時に地を這うピルグリムを乗り越え、宙で拘束されているピルグリムを足場にギガンティックピルグリムへと登り切る。
狙って出来る事では無い。直感と幸運でそれを成し遂げたスレイツの後に続いて、第3分隊の分隊員は次々とギガンティックピルグリムの体の上へ登って行く。
ギガンティックピルグリムの上は正に、地獄の蓋が開いたような有様だった。
主を守る為にか、次々と解けた傷口から湧き出るピルグリム。宙で旋回して迫る白き群れ。合い間を突いて、ピルグリムも部隊員達も区別無く、ギガンティックピルグリムの鎌腕が一帯を薙ぎ払う。
しかし怯まない2振りの刃が第3分隊を導き守っていた。
腕よ剣を振り下ろせ。
目よ敵を捕らえよ。
脚よ大地で踊れ。
身体よ盾となれ。
祈りを力に変えて、有限と無限のゼロ・マカーブル(a29450)が護衛のピルグリムを纏めて切り伏せる。
鬼気迫る剣舞だった。あの日、笑顔で去って行った者等への後悔と苦悩が、そのまま祈りを通して力となる。
思いを同じくして、また少年がピルグリムと相対する。……後背を守ってくれている家族、仲間達に報いる為、彼の地で果てた2人の為にも絶対に負けられない……清閑たる紅玉の獣・レーダ(a21626)はグドン地域の強行軍を通じてずっと共にあり、額から顔を伝う血や体の痛みと同じ様に体に馴染む凶ツ風を振るう。
道を――皆の進む道を守り切れば、後は仲間がどうにかしてくれる。
それだけを信じて。
2人は己の身をただ2振りの刃と化して、第3分隊の仲間達へと託す。
誰がいつ死んでもおかしくは無い、ぎりぎりのバランスの上に立ち、それでもなお逃げずにその場に留まって戦う事が出来るのは何故だろう。
平和に暮らす人達を護る為に。
あの人と交わした約束を守る為に。
……失われた命を、無駄にしない為に。
理由は沢山あった筈だけれど――愛用の弓に雷撃の矢を宿らせて、疲れと痛みに霞む目で永遠の旅人・イオ(a13924)はギガンティックピルグリムの頭に狙いを定める。直後、横合いから視界へ飛び込んで来るピルグリムの影。
「そのままギガンティックピルグリムに一撃を喰らわせてやれ!」
咄嗟に鏃の向きを変えかけたイオの耳に、ガンガルスの声が飛び込んで来た。次いで、術を駆使してピルグリムを殲滅する音と、前衛の者達が武器を振るう音と。
ああ、命を預けても惜しくない仲間がいるからだと、極単純な事に気付いてイオは少し微笑みながら矢を手放す。
矢は飛び行く。雷撃の矢が。
矢は狙い過たずギガンティックピルグリムの顔面を斜めに射抜き、ギガンティックピルグリムの体に振動が走った。
|
|