<第4作戦:ギガンティックピルグリムを倒せ>

 第3作戦部隊の援護を受けて粘り谷の中央に走りこみ、ギガンティックピルグリムを打倒するのが目的となります。

※注意
 この作戦に参加できるのは、第4作戦旅団に所属している冒険者のみとなります。
 この作戦に参加した場合、第3作戦に参加する事はできなくなりますので、注意してください(両方に参加してしまった場合、双方に不利な判定が加わります)。

 なお、第3作戦までで敗北していた場合、突入は行われませんのでリプレイは作成されません。
ギガンティックピルグリム


 

<リプレイ>


●蒼穹
 天は美しい青色をしていた。一番高い場所には紺碧。薄まり藍玉の淡青へと変わる境目を切り取って、打ち合わされて割れた石の切っ先の様な鋭い頂を持つ峻厳な山脈が広がり。
 峻峰に抱かれた粘り谷を望む場所に、希望のグリモアに誓いを立てし同盟の冒険者が集っていた。
 初陣の者も古兵も、先のピルグリム戦争へ参戦した者もそうでない者も、緊張と余裕と合い半ばする表情で谷を見下ろしている。
 武器防具が触れ合う微かな金属音が時折聞こえる以外、何の物音もしない。
 粘り谷の上に掛けられた、白く陽光を照り返して輝く空中回廊の上を徘徊するピルグリムワームの足音が聞こえて来そうだと誰かが思い、岩山羊でも躊躇う様な急勾配を見下ろしてこの斜面を駆け下るのかと誰かが思う。

 あれから1年。
 あれから1年だ。

 遥かな高みに存在する最後の楽園で、ギガンティックピルグリムを逃してから1年。
 そろそろ3分の1でもいいから負債を払う時だ。
 あれから1年。そして――千見の賭博者・ルガート(a03470)は何時もは快活な笑みを浮かべている口をぐいと引き結んで谷を見下ろす。
 長いようで短い1ヶ月だったと思う。本当に怒濤の1ヶ月を死ぬ思いで駆け抜けて、3人もの仲間を失って……それでも、やっとここまで辿り着いた。
 前にここに立った時は、傷つき疲れ果ててただ気力だけで立っていたけれど、今日は力に満ちている気がする。
 峻峰の頂から吹き降ろして来る冷たく渇いた風を吸い込んで、ルガートは僚友達を見遣った。

「全部今日で終わらせよう……強く望んでいながらここに立てなかった奴と、3人と……ピルグリムの脅威によって死んでいった多くの仲間達と人々の為に……」
 そして……と愛しい者の名を呼んで、ルガートは決意の笑みを見せる。
「勿論だ、これで終いにしてやらぁ!!」
 豪快に笑って、ルガートの背中を叩くダース・ザスバ(a19785)。ザスバを中心に笑いの漣が広がり、急速に引く。一度ほぐれた心がより一層引き締る。目に見える程に漲る気力と集中力が頂点に達した瞬間、誰かが突撃喇叭を吹き鳴らした。
 轟と音がした。1136名の冒険者達が次々と急斜面へ身を躍らせる足音だ。鬨の声を上げ砂煙を蹴立てて、手に武器、心に誓いを携え、冒険者達が粘り谷へ駆け下りて行く。
 尖兵が蜘蛛の巣に辿り着く。ピルグリムワームが――本当に巨大なピルグリムワームが前肢を振り上げて迎え撃つ。
 勢い良く振られた上体の一撃受けて巣から転落した冒険者が、眼下に蠢くトゲワームの棘に腹を貫かれて四肢を痙攣させるのが見えた。
 怯まず、ギガンティックピルグリムを目指して突き進むグドン地域強行探索部隊の面々を守るように、第3作戦の勇士達が展開する。
 空中回廊の特に広い場所を選んで3分隊に分かれたグドン地域強行探索部隊と護衛の勇士達は飛ぶ様に走る。
 迫るピルグリムワーム。咆哮も無く、感情の所在を感じさせない無機質な目に冒険者達をただ映し、巣へ進入した敵を排除する蟲めいて無駄の無い動作で、8本の足を蠢かしながら接近して来る。
 緊張に痛い程奥歯を噛み締めて、抜き身の武器を構える冒険者達。ピルグリムワームの正面に立った前衛3人は関節が浮き出る程に強く柄を握り締め、ピルグリムワームの初撃に備える。ピルグリムワームが冒険者に狙いを定めて前肢を掲げた瞬間。

「飛べ――――っ!!」
 叫びが上がり、それを合図にグドン地域強行探索部隊の部隊員達が宙に身を躍らせた。何の邪魔も存在しない回廊へと飛び移り、更に足を速める部隊員達。
 突然の動きに逸れたピルグリムワームの意識を引き戻す様に、剣と拳とありとあらゆる武器と、紋章の力と黒炎と様々な術力を、冒険者達はピルグリムワームへ叩き込む。
 行け、という声が聞こえる。部隊員の背中へ向かい、何十という声が行けと告げる。
 行って、俺の、僕の、私の分までギガンティックピルグリムへ一撃を喰らわせてやれと、その短い一言は言っている様だった。
 ピルグリムワームの口から吐き出された毒液の直撃を受けて、冒険者の誰かが肉を融かしながら倒れ付す。
 糸に絡められた者へ誰かが毒消しの風を送る。苦痛の絶叫、武器とピルグリムワームの体が噛み合う異音、裂帛の気合の掛け声と、術の力が炸裂する音と。
 戦場を後方に残して、部隊員達はギガンティックピルグリムが待つ決戦の場所を目指す。
「あのな、あのな、うちら探索部隊の人達以外にも〜、色〜んな理由で〜ギガンティックちゃんをやっつけたい思とる人がいるんやなぁ〜ん。せやから〜、うちらは〜そん人達の分もがんばらなあかんのやなぁ〜ん」
 ぴんと立てたピンクのノソリン尻尾の先をゆらゆら揺らしながら、ちょ〜トロい術士・アユム(a14870)は真剣な眼差して先を見据えて呟く。
「ああ。俺達『42人』とその他諸々引き連れて、あのクソッタレを倒しに行くぜ!」
 蒼海の剣諷・ジェイク(a07389)の叫びを受け、別の道を走る破城槌・バートランド(a02640)が吼えた。
「弔い合戦だ、ブチのめそうぜ!」
 おお! と部隊員達は応える。バートランドは片刃刀の柄を握り直す。今まで通りさ、相手が何だろうとな。『凱歌と共に』……だろ? そうさ、絶対に負けやしねぇ。笑うバートランド。
 また、別の道を駆けながらダンディ・クロコ(a22625)は遥か彼方をちらりと振り返る。奇岩地帯。3人が死んだ場所の方角を見遣り、クロコはゲイブ、ミルラ、ゼンガルト……と噛み締める様に名を呼ぶ。

 必ず奴を倒して見せるから、だから、そこから見守っていてくれよ――言葉は心から晴天の空に溶け。様々な思いを乗せて、部隊員達はピルグリムが連なる白き空中回廊を突き進んで行った。

●白き道の果て
 不規則に細くなり広がり、縦横に張り巡らされた道を部隊員達は往く。風景は高速で去り、心は鋼の様に冷静で、体の芯は熱く四肢は羽の様に軽い。
 誰かの目線、道を踏むタイミングと全身の緊張を読み取って、全員が回廊を跳び移る。複雑に絡み合って回廊を成すピルグリムが不意に突き出した腕をかわし、後続の者が流れる様に切り伏せ、また衝撃波で薙いだ。

 あの長き旅からの帰還の際、絶望的な暗闇と風雨の中で部隊員を突き動かした奇妙な感覚が再び部隊を押し包む。
 鼓動が交じり合い、意識の表層に他の者の思考を感じ、一斉に飛び、身を揺らがせた者に殆ど無意識の内に手を伸べ、他の者は周囲を警戒し、また共に走り出す。群れは、熟練の冒険者達の3つの群れは、清流に顔を出した岩々の上を跳ねて行く雄鹿に似て澱む事無く回廊を翔り、巣の中心へと迫る。

 そして、辿り着いた道の果て。
 ギガンティックピルグリムがいた。

 一つの生物として信じ難い大きさのそれは、既に酷く傷ついている様にも見えた。ひしゃげた片羽。体の裂け目。腐敗して溶け爛れた肉めいて熔解している部分もある。

 初めて間近に見た者は、それがこの世界と相容れない存在である事をひしと感じ、再び合間見えた者は再びその異様さを確認して改めて思う。
 倒さなければ。その為にここに来たのだと。

 胃の底にざわつく物を感じながら、空薫・リン(a00070)はギガンティックピルグリムを見下ろす。ホワイトガーデンの惨状を知っている――沢山の者達が犠牲になった。だから、絶対にギガンティックピルグリムを倒さなければと、もう一度己に言い聞かせてリンは杖を握り締める。
「へっへ……ヘバるんじゃねぇぞ、嬢ちゃん?」
 道半ばでヘバる等とは欠片も思っていない口調でからかう様に言って、バートランドはリンの肩を叩いて守ると誓う。リンはその無骨な手にそっと手を重ねて、切れざる絆を確認する様に握った。
「信頼し尊敬する皆さんと共に、どなたも欠ける事の無い帰還を」
 リンが笑う。覚悟に満ちた美しい笑みだ。

「ありがとうございます」
 君を守ると誓われて、月の様にジェイクへ笑み掛けたのは朝月夜・シャルトルーズ(a06954)。
「……絶対に、待っている猫の下へ無事な姿で帰れよ」
 銷夏・ポーラリス(a11761)が涅槃・バルバラ(a90199)の腕を掴んで呟く様に言う。
 守りの術に感謝しながら、バルバラはその真摯な目を見上げ、拳で軽くポーラリスの胸を叩いて当たり前だろうと笑った。
 時間にしてみればほんの僅かだった。全員が生き残る為に最善の策と、前衛の者は後衛の者へ守りを与え、後衛の者は感謝を返し、そして堅固に高められた鎧を纏う。
 部隊員達は考えうる限り最も素早く用意を整えて、ギガンティックピルグリムへ向き直った。

「先ずは露払いってヤツだぜっ!」
 借金まみれなヒトの紋章術士・ガンガルス(a09429)以下術士達が光と針を雨と降らせる。護衛のピルグリム達が叩き落とされた間隙を突いて、黄砂の谷の・レティシア(a10843)が、陽光を照り返して氷の如くに冴え冴えと輝く蒼氷斧を天へと突き上げ、有らん限りの力を込めて号令を下した。

「希望のグリモアよ……大切な人達を護るため、力をお貸し下さい! ――降下!!」
「オオオオオオォォォォォ――――!」
 振り下ろされる蒼氷斧。それを合図に、近接武器を持つ者達が一斉に跳躍した。
 喊声に空気がワアンと鳴る。地から湧き出すような吼声を伴って飛び降りた部隊員達は、刃に紫電を、また一撃の威力を高める為の有りと有らゆる力を纏わせて、ギガンティックピルグリムの白い皮膚に突き立てた。
 偵察の沙海の萌竜・パステル(a07491)が指し示した降下場所――肩や首周りは思いの外広く、前のめりになっている所為か降り立つ事は然程難しく無かった。
 人の悲鳴に似た声を上げて、振り飛ばそうと身を揺するギガンティックピルグリム。傷口から肉が刮げ取れて谷底に白い染みを広げる。

「跳んで――!」
 四肢に粘る蜘蛛糸を纏わせて足場を確保した光彩の風・スレイツ(a11466)が中空に向けて手を差し伸べた。
 それを切っ掛けに後続の後衛の者達が次々と降りて来た。後衛を回廊の攻撃から守っていたバニーな翔剣士・ミィミー(a00562)が軽やかに降り立ち、一刀の元に護衛のピルグリムを切り伏せる。
 飛び降りて来た緋水想歌・セルディカ(a04923)を双月に捧ぐ矛先・クリュウ(a07682)が引き寄せ、薄明の蒼・ティア(a06427)が白魔・ユージン(a16008)を抱き止めた。護衛ピルグリムを相手取るレンとソウリュウ。
 月下幻想曲・エィリス(a26682)がギガンティックピルグリムの肩の端で足を滑らせる。驚愕に表情が凍る。宙を掻くように伸べられた腕へ、クロコが蜘蛛糸を絡めた手を伸ばした。

「くそっ、絶対に落とさねぇからな!  これ以上誰も死なせて堪るかってんだ!!」
 辛うじて掠った手に蜘蛛糸が巻き付いた事を確認すると、渾身の力でエィリスの体を引き上げ、その細い腰に腕を回して持ち上げる。
「クロコさん、頭を右へ!」
 咄嗟に右へ頭を倒すクロコ。確保された視界の中になるべく多くの迫り来るピルグリムを捉えて、エィリスが力の光を召還する。降り立つのを待たずに放たれたそれは、激烈な力でピルグリムの群れを引き裂いた。
「ありがとうございますわ」
「こちらこそってヤツだな」
 お互いにちらりと笑って、直ぐに周囲に意識を振り向ける。
 第2分隊の降下地点で後続を待ち受けていた傾奇者・ボサツ(a15733)の目の前で、目測を誤り降り損なったアユムの姿が消える。
 凍る様な緊張と共に咄嗟に落ちた先をボサツが見遣ると、鎧聖降臨で作った取っ掛かりが偶然ギガンティックの皮膚へ引っ掛かり、首を摘まれた猫の様にアユムがぶら下っているのが見えた。

「アユム嬢! 動くのでないよ」
「は〜いなぁ〜ん」
 安堵しつつアユムを引っ張り上げるボサツ。

 既に第3分隊はギガンティックピルグリムの体を伝って地上への降下を始めていた。
 大きく身を揺すっていたギガンティックピルグリムが、体に取り付いた部隊員達の動きを探る様に動きを止める。
 決戦はこれからなのだ。
 僅かに揺らぐギガンティックピルグリムの体を不気味に感じながら、部隊員達は一斉に護衛のピルグリムとギガンティックピルグリムへの攻撃を開始した。

●倒されるべき者の名は
 効いているのか、いないのか。
 攻撃は通じているのか、この想像を絶する生き物は死ぬのだろうか。
 勝てるのだろうか、勝てるのだろうか、と何度も自身に問いかけ。
 いや勝たねばならないと、部隊員達は何度も打ち消す。
 それ程までに、ギガンティックピルグリムの力は圧倒的だった。

 鎌状の腕が振るわれる。地上にいる僚友達が塵芥の様に引き裂かれる。
 己の肉ごと抉る勢いで、体に取り付いて攻撃を加える部隊員達を薙ぎ払いに掛かるギガンティックピルグリム。
 ギガンティックピルグリムのどこまでも白い、仲間の露出した骨よりも白い体に飛び散る自分の血と体液と肉片を見る。
 激痛を堪えて身を起し、術を撃ち付け、切り裂き叩き潰す。
 辛うじて。本当に辛うじて皆が生きている事だけは分かった。
 もし誰かが死ななければならないのならば、それは自分であって欲しいと誰もが思っていたから、誰もが生きていた。

 護衛のピルグリムごとギガンティックピルグリムに一撃を食らわせ、目に入った血を拭う嫉妬殿下・シヤン(a07850)。
 ぼんやりと、あー、シリアスなキャラじゃねぇしと思う。そうじゃなくて、本当はアフロだしネタ塗れの人間の筈なのに――こんな所で命を掛けて切った張ったをしている――。

 何故だろう。
 ああそれは、借りを返す為だ。

 シヤンは狂竜の翼斧を握り直して、ギガンティックピルグリムの露出した傷口を見据えた。溶けて広がって行く傷口の内側から外に手を掛けて、何十何百という無数のピルグリムが一斉に此方を凝視し返す。
 風切り・エイミー(a01378)が粘り蜘蛛糸を浴びせ掛けて傷口を塞いだ所で、唸る豪腕・ログナー(a08611)が荒れ狂う針で強かにピルグリムの群れを叩いた。
 エイミーとログナーの攻撃を掻い潜って漏れ出た飛行ピルグリムの胴に、シヤンは斧を食い込ませる。勢いに任せてピルグリムごと、斧をギガンティックピルグリムの体に叩き付けて、シヤンは更にもう一度斧を振るった。
 不意に暖かな風に包まれて目線だけを向けると、深紅の装束に身を包んだゲンマが、裾を翻す風とギガンティックピルグリムの体動にも負けず巧みにバランスを取り、手を此方へと向け、何時に無く、きっとグドン地域に入って以来一番真剣な眼差しで、励ます様にシヤンを見ていた。
 世界に対する借りと、死んで行った者達への借りを返す為、そして共に戦えない人達――後ろの守りに付き、また無事を祈ってくれている人達の為に戦っている。借りを返して、365日脳が蕩ける位ネタに塗れて普通に平和に生きる日常を取り戻す為、今日命を掛けろと言うならば、喜んで戦いましょう。
「そうでしょう?」
 ゲンマが笑う。シヤンが血含みの唾を吐き捨てて、真っ赤な口でにやりと笑った。
「だな!」
 そういう理由で戦っても良い。何となくゲンマの言わんとした事を悟って、シヤンは斧を振りかぶる。新たに得た活力の限りを尽くして、強烈な一撃で護衛のピルグリムとギガンティックピルグリムを屠り切った。

「来ます!」
 エイミーの警告で一斉に身構える部隊員達。
 腕の一振りがタワーシールドに直撃し、防ぎ切れぬ衝撃が白妙の鉄祈兵・フィアラル(a07621)の片腕を粉砕する。
 鎌状の爪先に腹を裂かれたミィミーが悲鳴を押し殺して腹から溢れ出る血と様々な物を押し止める。
 直後ギガンティックピルグリムへ向けられたフィアラルの眼差しもミィミーの眼差しも苛烈な物だった。
 迫るもう一撃がミィミーに届く前にその身で押し止めて、フィアラルが食い縛った歯の隙間から言葉を漏らす。

「王国を――王国を築かんとする遺児よ。もはやお前にくれてやるものは何もないのだ。何も渡さない――渡す訳には行かない」
 その後姿を見て、負けない――という言葉がミィミーの胸に落ちる。
 こんなものに、負ける訳には、いかないのよ。
 引き結んだ唇から溢れ出る血の様に、決意を滲ませてミィミーは剣を掲げる。
「私は私の戦いを、役目を、果たしましょう。そうよ、果たしてやるわよ。その為に、ここにいるんだから」
 斜めに空を切り裂きギガンティックピルグリムの肩口に食い込んだ黒き刃から、不可視の断裂が生まれ、ラードを切り分ける様にその白い肉を引き裂いて行く。
 フィアラルがすかさず全体重を掛けて、その傷口に潜り込ませる様に銀剣を突き刺した。

「怪我のことは心配なさらないで大丈夫ですわ、どうぞ目の前の敵に集中して下さいませ!」
 癒術の波と共にエィリスが叫ぶ声が聞こえる。痛みが引く。
 溶けて崩れ行く傷口の中からまた新たなピルグリムが沸き出て来ようが、故郷を奪われもう何も奪わせやしないと誓ったエィリスが後ろに控えているのならばこれ以上に心強い事は無い。
 血塗れで、傷だらけで、それでも武器を握り締め、フィアラルとミィミーは次こそはと今出来たばかりの傷口に切り掛かる。その上に、影。
「ゲァハッハッハアッ!!」
 ザスバだと気付いて咄嗟に場所を空ける2人の目の前に、剣が落ちて来る。巨大剣スケサダが輝いて見える程に収縮した闘気が、ギガンティックピルグリムの傷口に触れた瞬間爆発した。
 白い液が飛び散る。傷口の中へ消えるザスバ。体液なのか肉片なのか判然としない真白のそれを口から吐き出し、体から振るい落として、2人はザスバに続いて武器を振り下ろした。
「いざ、参る!」
「これで――落ちろ!!」
 大地すら割る一撃と、見えない刃がザスバの開いた道筋を大きく広げた。腕が――落ちる。信じ難い程に大きな腕が、溶け崩れながら落ちて行く。
「今ですなぁ〜ん!」
 戦う事しか出来ないならば、戦えば良い。ずっとそう思って、ずっと引かずに前衛で戦って来た。グドンがいた。ピルグリムグドンがいた。ピルグリムがいて、ピルグリムワームにだって恐れずに掛かって行った。もう――大丈夫。後ろに仲間がいるならば何処までだって戦える。
 雪の黒鈴・ルゥム(a15089)の脳裏に、束の間そんな思いが過ぎった。
 落ちていない方の腕がルゥムに迫る。バランスを崩したままだ、この上に今一撃を食らわせれば倒れるかも知れない。回避するんじゃない、飛び込んで行け。
 ギガンティックピルグリムの腕にあえて胸が斜めに裂かさせて直進するルゥム。肋骨が直接断ち切られる音を無視する。
 激痛が目を眩ませたが、それでも足を縺れさせる事無く斜めに傾いだギガンティックピルグリムの脇腹を駆け上がる。更に上を見上げれば、舞い降りて来る護衛のピルグリムが目に入った。
 やられる訳には行かない。なのに――。
「そのままだ、そのまま走って下さい!」
 靡く黒髪。美しい護刀を手に併走して来たのはクリュウだった。
 飛んでいる1匹に肩を入れて体当たりをし、振り向きざまもう1匹に切り付ける。ピルグリムの一群を、その身で引き付けているのだ。
 鞭のような触手の一撃をかわし切れず、胸を打たれて血を吐くクリュウ。それでもルゥムを見遣って、何時もの物柔らかで飄々とした笑みを見せた。
「死なせる積りは無いんです。勿論死ぬ積りもね――」
「そういう事です」
 斜め上から降下して来た白魔・ユージン(a16008)がちらりと笑みを見せ、ギガンティックピルグリムもピルグリムも巻き込んで、黒き手套に絡め取った理の力を千々に分けて等しく降り注がせる。光となって降り注いた逆巻く力が全てを引き裂く。

「無茶すんねんなぁ〜ん」
 やや遅れてユージンの傍らに顔を出したアユムが癒しの力を送れば、クリュウとルゥムの体に刻まれた傷口が穏やかに閉じて行く。
「さあ――大丈夫ですから飛んで!」
 はっと目線を先に振り向けると、うねりながら近付いて来るピルグリムの姿があり。
 硬くも柔らかくも無いギガンティックピルグリム独特の皮膚の感触を足裏に感じながら、ルゥムは跳躍する。
 飛び越えられたピルグリムが反転する前に、後ろの3人が攻撃を開始したのをのが分かった。ルゥムは振り返らず、更に目指す場所まで駆け上がって渾身の蹴撃をギガンティックピルグリムの側面に叩き込んだ。

 地上で護衛ピルグリム達と死闘を繰り広げていた第3分隊の中で、まずスレイツが気付いた。
「――倒れる!」
 スレイツの声に促されて、第3分隊の面々が散開する。
 白い液体を跳ね上げて、ギガンティックピルグリムが横様に倒れこんで来た。溶けた肉が流れ、直ぐに膝裏辺りまでぬるりと覆う。
 全員が何とかかわした事を確認し、スレイツは更に続ける。結局、他の分隊が地表へ降りる前にギガンティックピルグリムが倒れた。決着を付けるとすれば、上だ。
「僕が道を開くから、続いて上へ!」
 躍り出るスレイツ。分隊員が続いている事を確信して駆け出す。最後の1発だった。慎重に狙いを定め位置を併せて、殆ど祈る様にして放たれた蜘蛛糸は怒涛の如くに押し寄せたピルグリムを拘束してその場に止める。

「今だ!」
 スレイツは叫ぶと同時に地を這うピルグリムを乗り越え、宙で拘束されているピルグリムを足場にギガンティックピルグリムへと登り切る。
 狙って出来る事では無い。直感と幸運でそれを成し遂げたスレイツの後に続いて、第3分隊の分隊員は次々とギガンティックピルグリムの体の上へ登って行く。
 ギガンティックピルグリムの上は正に、地獄の蓋が開いたような有様だった。
 主を守る為にか、次々と解けた傷口から湧き出るピルグリム。宙で旋回して迫る白き群れ。合い間を突いて、ピルグリムも部隊員達も区別無く、ギガンティックピルグリムの鎌腕が一帯を薙ぎ払う。
 しかし怯まない2振りの刃が第3分隊を導き守っていた。

 腕よ剣を振り下ろせ。
 目よ敵を捕らえよ。
 脚よ大地で踊れ。
 身体よ盾となれ。

 祈りを力に変えて、有限と無限のゼロ・マカーブル(a29450)が護衛のピルグリムを纏めて切り伏せる。
 鬼気迫る剣舞だった。あの日、笑顔で去って行った者等への後悔と苦悩が、そのまま祈りを通して力となる。
 思いを同じくして、また少年がピルグリムと相対する。……後背を守ってくれている家族、仲間達に報いる為、彼の地で果てた2人の為にも絶対に負けられない……清閑たる紅玉の獣・レーダ(a21626)はグドン地域の強行軍を通じてずっと共にあり、額から顔を伝う血や体の痛みと同じ様に体に馴染む凶ツ風を振るう。

 道を――皆の進む道を守り切れば、後は仲間がどうにかしてくれる。
 それだけを信じて。
 2人は己の身をただ2振りの刃と化して、第3分隊の仲間達へと託す。
 誰がいつ死んでもおかしくは無い、ぎりぎりのバランスの上に立ち、それでもなお逃げずにその場に留まって戦う事が出来るのは何故だろう。
 平和に暮らす人達を護る為に。
 あの人と交わした約束を守る為に。
 ……失われた命を、無駄にしない為に。

 理由は沢山あった筈だけれど――愛用の弓に雷撃の矢を宿らせて、疲れと痛みに霞む目で永遠の旅人・イオ(a13924)はギガンティックピルグリムの頭に狙いを定める。直後、横合いから視界へ飛び込んで来るピルグリムの影。
「そのままギガンティックピルグリムに一撃を喰らわせてやれ!」
 咄嗟に鏃の向きを変えかけたイオの耳に、ガンガルスの声が飛び込んで来た。次いで、術を駆使してピルグリムを殲滅する音と、前衛の者達が武器を振るう音と。
 ああ、命を預けても惜しくない仲間がいるからだと、極単純な事に気付いてイオは少し微笑みながら矢を手放す。

 矢は飛び行く。雷撃の矢が。
 矢は狙い過たずギガンティックピルグリムの顔面を斜めに射抜き、ギガンティックピルグリムの体に振動が走った。

●物語の結末は
 一瞬、空気が張り詰めるのを誰もが感じた。
 津波の前触れの様だとティアは感じ、一瞬後にその意味を悟る。
「来る――!!」
 叫んだティアは、透き通る水の如き刃を立てて身構えた。
 大気が押し潰される様な衝撃。体の内側を掻き乱す衝撃波がギガンティックピルグリムの体の上を嘗め尽くして、巨躯の横を通り過ぎようとしたトゲワームを数匹巻き込み、地を抉って炸裂する。吹き上がる土塊が、ぱらぱらと部隊員達の体を打った。
 ティアの警告で辛うじて不意打ちにはならなかったが、被害は甚大だった。誰もがギガンティックピルグリムの体の上に臥せり、流れて溜まる程の血を滴らせていた。

 死ぬのだろうか。
 このまま結局ギガンティックピルグリムを倒す事無く。

 部隊員達の脳裏に過ぎる思いを打ち消す様に、パステルの細い声が聞こえた。
「一寸の光もない絶望なんてそうそうにあるものではありまちぇん。諦めなければ必ず見えまちゅ……」
 銀花紫苑・ヒヅキ(a00023)が、手套を穿いた手でパステルの血塗れの手をぎゅっと握り締めた。
 激戦を物語る様に手套は血に塗れて指に張り付き、生乾きのままごわごわしていた。その指先に再び血が染みて濡れるのを感じ、ヒヅキは紫紺の瞳に生気と希望を蘇らせた。
「私であるために……護ります。身を賭してでも守る為に戦う事が私の役目。後背をお任せ頂ける信に応え、欠ける仲間を見たくない……我侭のために。私が何度でも癒しますから、立って――」
 パステルの小さな手を握り締めたヒヅキの手から溢れ出た癒しの力は目に見えないものだけれど、輝いて見える程強い、殆ど奇跡の様な力を感じて部隊員達は次々と目覚める。次いで、リンの声が響いた。
「違います。私は知っています。本当の衝撃波はこんなものじゃない。ギガンティックピルグリムは死に掛けてます――勝てるんです。勝てるんです!」

 最後に歌が聞こえた。セルディカとアージェシカとバルバラが歌っている。グドン地域探索部隊の探索行の全てを込めた凱歌、歌の最後を凱歌で終われる様に紡がれる歌だ。
 願わくば、最後まで歌えますよう。凱歌と共に帰れますよう。死神の手の尽くが仲間に向かうことの無いよう。
 死神の手はいりません、帰って下さい……歌で溢れる心の中に、そっとそんな言葉を滲ませながら、セルディカが願う歌声は癒しの御技となって、部隊員達の沈んだ心を吹き払う。

 貴方たちが成して来た事を私は知っている。アージェシカが歌う。彼等が、そして彼女がどう旅立ったかも。全部見て、それでも立ち止まらずに貴方たちが如何にしてこの決戦の地に赴いたのかを、私達は全て知っている。

 泣く時に嘆かずに、折れそうな心を叱咤して、全力で前進を選び続けた貴方達の覚悟を私は知っている。何時でも、歌い上げる事が出来る。

 死を厭わぬ覚悟と、生き残る覚悟を両手に携え――と老いた霊査士は最後にもう一度言った。
 死を厭わぬ覚悟を胸にここまで戦って来た。
 バルバラが歌う。
 今こそ生き残る覚悟を見せる時だ――。
「必ず――全員で」
 蒼翠弓・ハジ(a26881)が立ち上がり、呟いて弓を引き絞る。

 最後のナパームアローを弓に宿らせて弦を離せば、空を切り裂いて矢は飛び行き、ギガンティックピルグリムの首元に突き刺さって爆音を響かせた。
「必ず全員で言うんだ、ありがとうとお疲れ様を、あの3人に」

 ハジは泣いてはいなかったけれど、その声には慟哭に似た響きが含まれていた。
 生と死の狭間に立ってぎりぎりまで神経を尖らせ、狙いを逸らさずにホーミングアローを打ち込む。その姿は余りにも痛々しく、そして勇壮だった。

 再び衝撃波が炸裂する。
 けれど癒しの手は止まず、また歌も止まない。
 止めるのは死ぬ時だけだ。
 生きている限り、諦めずに癒し続けなければならない。
 何度でも、何度でも、癒しさえすれば何時かは勝てるのだから。

「絶対に……絶対に皆で生きて帰りますの!」
 衝撃波から身を挺してシャルトルーズを庇ったレティシアが、自身の血の中に沈む。
 柔らかく暖かな黄色い鱗は、どこも余さず茶褐色に染まっていた。
 その手をぎゅっと握って離し、細剣を模した杖で体を支えて立ち上がりながら、シャルトルーズは少女の最後の言葉を思い出していた。
 『術士は貴重で、それにミルラは一番弱いから』と少女は言った。

 私は……強いです。
 思いを込めて、杖を差し伸べる。
 癒してくれる人、庇ってくれる人、今までずっと一緒に戦い、助けてくれる仲間達がいるから強いんです。
 助けてくれる分だけ私は力の限りをもって、敵を攻撃して、そうして仲間を助けます。邪竜導士だって仲間を守れると、ミルラさんが教えてくれましたから。

 胸を過ぎる万感と少女への思いを糧とし、シャルトルーズが力を召還すれば、彼女の身の内の混沌から猛る悪魔の如き異貌の黒炎が生まれ出る。
 外気を嫌う様に身を捩らせながら炎は飛び行き、ギガンティックピルグリムを食い破った。
 何かが決壊した様に力が溢れ出るのを、誰もが感じた。滴る寸前の水滴の様な、危うい震えがギガンティックピルグリムの体を包む。

 あと少しだ。
 あと少しだ。

 エンジェルの重騎士・メイフェア(a18529)が2度呟いた。
「遂にこの時が来ましたの……この時を夢見ていましたの」
 ゲイブさん、ゼンガルトさん、ミルラさん……ここに来るまでに失われた命に報いる為に、今を生きる命のために……メイフェアは暴君の慈悲を掲げる。
 その体が揺らいだ。極限の緊張と疲労に体が言う事を効かないのだ。倒れようとする小さなエンジェルの少女の体を支える者がいた。小さき盾・リーリ(a03621)だ。
 かつて――かつてピルグリム戦争に参加した。そして、ギガンティックピルグリムを取り逃した。その苦い思いを噛み締めながら、リーリが静かに告げる。

「この戦いで、すべてが終わるんです……ホワイトガーデンからの因縁……ここで決着をつけましょう!」
 嘗てホワイトガーデンを救った者と救われた者と、2人で振り上げた大槌が纏う力が何なのかを語る言葉は無い。
 嘆きでも怒りでも無く、ただ時が至ったという感覚と共に振り下ろされた槌が、震えるギガンティックピルグリムの体を強かに抉った。

 崩壊。

 ごぼりと音を立てて、ギガンティックピルグリムの体が崩壊を始めた。
 ゆっくりと、ゆっくりと、メイフェアとリーリが叩いた場所から仄かな白光を発してギガンティックピルグリムの体が溶けて行く。
 足を取られて沈み掛けたメイフェアとリーリの体を、走り込んできたポーラリスが掬い上げる。そのまま最後の斬鉄蹴を崩壊点に叩き込めば、崩壊は決定的な物になった。
「よく――頑張ったな」
 驚く程軽い2人の体を抱いたまま、ポーラリスが脆くなる足場から逃れる様に外を目指して走って行く。
「メイフェアは、戦士ですの――……」
「そう……メイフェアさんは戦士で、ボクはその盾だから――」
 2人の呟きは小さくなり、そして微かな震えに取って変わった。

 ゆっくりと崩壊して行くギガンティックピルグリム。
 光は益々強くなり、何か意味を伝えようとするかの様に、規則正しく明滅を繰り返す。熔解し、灼熱するギガンティックピルグリムの体はどこか溶岩にも似ていた。
 ギガンティックピルグリムの異変を察知して惑う護衛のピルグリムも、逃げる間も無く溶けて呑まれて行く。
 しかし、周囲を囲むトゲワームも頭上の空中回廊もピルグリムワームも去る気配が無い。

「あれだね――」
 ボサツの視線の先、溶けて行くギガンティックピルグリムの丁度中心辺りに、一際強い光を放ちながら蠢く柔らかな盛り上がりがあった。あれが芯なのだ。唯一生き残ったギガンティックピルグリムの中心。
 触れるだけで体の芯まで焦がされそうな、灼熱する白の海をあそこまで歩き切って――そして攻撃しなければならない。
 行けば戻れる保証は無く、力尽きれば焼き尽くされるだろう。
「行こうぜ」
 金輝の暁・ディリアス(a16748)は《戦槌》ヘブンズゲートを手に、何もかもが吹っ切れた笑みを浮かべ、重傷者とその護衛を除いて今立っている全ての部隊員を見回した。
 少しだけ、考える。この遠大な道のりを、ここへ至るまでの長く短い旅を。
 些細な理由から入隊した。短くも苛烈な探索行の間、がむしゃらに突っ走ってきた――極限の修羅場を体験して、経験し、仲間を得て、失って……。
 自分達の……全ての人達の協力を無駄にしない為にも、今走らなければならない。

「覚悟はいいか?」
 ジェイクが両手剣エクリプスを手に、常と変わらぬ笑みを浮かべる。
「覚悟? そんなもん、とうの前についてるってヤツだ!」
 ディリアスは槌を構えて笑い返した。
 聖印に黒き術手袋【盟約の刃】を纏う手を当てて、深く呼吸するユージンを見遣るボサツ。
 ユージンを通して部隊の仲間達と帰りを待つ仲間達の姿を見る。
 こんな俺でも帰りを待ちわびてくれている人が居る。もう……誰かの悲しい涙を見るのは嫌だ。俺を信用してくれる仲間が居るのだから、行けない訳が無い。

「俺の命を預けるのだよ……」
 ぽつりと呟いたボサツへ、絶対の信頼を込めて頷きを返す部隊員達。
 ボサツはギガンティックピルグリムの残骸を改めて見据え、心の中で誓いと決意を繰り返す。……此れ以上、仲間の安らかな眠りを妨げる事は許さない。
「希望のグリモアの加護を!」
 ボサツの一声で4人は一斉に走り出した。
 鉄が煮え滾る坩堝の中に両足を踏み入れた様な身を芯から焦がす激痛が、走り出した4人を襲う。
 白熱するギガンティックピルグリムの残骸を掻き分け、4人はじりじりと中心へ近付いて行く。数十メートルの距離が、余りにも遠かった。一歩進む毎に足裏の生皮を剥がされるような激痛が足を苛んむ。
 前のめりに倒れ込みそうになったユージンを、ボサツが支える。ユージンの足を見て眉を顰め、自分の足がどうなっているかは考えない事にした。
 とにかく辿り付ければ、辿り着ければと、残骸を漕いで先へ進むが、中心への距離は縮まらず、やがてジェイクが足を止め、ディリアスの震える手から武器が落ちた。
 皆で一緒に還るんだ、絶対に。誰一人として残しては行かない。どうか…どうか――。
 何に祈っているのだか判然としないまま、ただ足を動かすボサツ。膝を折ろうとする仲間達に手を伸べる。
 その時、声が聞こえた。

「誰の命も簡単には渡せません。誰もが冒険者としての務めを果たせるように。最後まで戦えるように。だから、進んで下さい――」
 振り返れば、光の海の中に願いの言葉・ラグ(a09557)がいた。ただ穏やかに微笑んでいた。ラグが守護者の名を冠する手袋を穿いた手を差し伸べれば、清かな息吹が残骸の上を翔り、ボサツとユージン、ジェイク、ディリアスを順に包んで癒して行く。

「さあ!」
 勝利を宣言する様なラグの声に押されて、4人は遂に中央へ到達する。
 4方を囲んだ冒険者が武器を振り下ろし、術力を叩き付ける。
 最後に、ジェイクは今一度エクリプスを引いて、振り上げた。
 ホワイトガーデンでその後ろ姿を見送ってからどれくらいの月日が流れ、どの位の血が流れたろうか。
 どの位の命が啜られ、どの位の涙が流され、辛酸を嘗め――それでも。
「結局――俺達の方が強かったって事だ」
 全ての始まりの日、エルドール近郊の広大な台地で最後のピルグリムグドンを倒した時と同じ台詞を口にして、ジェイクは唇の端を擡げた。
 けれど、俺達――という言葉の意味は比較にならない程重かった。
 俺達。
 グドン地域強行探索部隊の部隊員達。
 今日共に戦った同盟の冒険者達と、ランドアースの民人と、全て。
 思いを乗せて、ジェイクは剣を叩き付ける。
 それが、最後だった。

 風が巻き起こった気がした。
 まず、音が去った。
 次に、辺りを取り巻く光が去った。
 ギガンティックピルグリムの中心部を囲んだ4人の部隊員の目の前で、熱い光が渦巻く。
 体の全てを持って行くかと思われる程の衝撃が4人の背後から押し寄せて、次の瞬間眩いばかりの光の柱が立った。
 同時に、熔解したギガンティックピルグリムの体が消えて行く。目に染み入るような刺激を残して、残雪が溶ける様に跡形も無く、ギガンティックピルグリムの体は忍び寄る夜気の中へと溶けて消えた。
 それと同時に。
「光る雪――?」
 アージェシカが空を見上げて呟いた。白く光る何かが音も無く降り注いでいるのだ。星が輝く晴天の夜空、紺碧から濃紺、宵藍へ移り変わる空に瞬く星々が、何かの弾みに零れ落ちたのではないかと錯覚させる、不思議な光景だった。
 トゲワーム達が、そしてピルグリムワーム達が逃げ去って行く。
 不意に静けさを増した粘り谷の底で、アージェシカは泣いていた。そして、谷底にいた誰もが泣いていた。
 それはギガンティックピルグリムが消える際に残していった刺激臭に寄るものかも知れなかったし、安堵、歓喜、哀悼、言葉にならない感情に寄るものかも知れなかった。

「泣いているのかアージェシカ。泣いてねぇで、さ、歌おうぜ。俺達の凱歌を。あの3人にも聞こえる様に……な」
 自身の頬を伝う涙を拭おうともせず、バートランドが笑った。
 静かに泣いていたアージェシカはそのまま、全身を楽器として一音を奏でた。
 こうして、長く紡ぎ続けた歌は凱歌で終る。
 もう癒しの力は無いけれど、アージェシカが歌う歌に皆が唱和する。
 白く輝く雨雪を空かして見る頭上には、共に戦い抜き、退く事無く自分達を支えてくれた冒険者達の、勝利を意味する青と緑の光が灯っていた。

 それはとても、とても幸せな光景だったけれど。
 傷つき過ぎた心を包み込む歌にもう少し浸っていたくて、部隊員達は無心で凱歌を歌う。
 
 心は共にある、冒険者達の為に。
 希望のグリモアに奉じる冒険者として、民の為に。
 部隊員として、誰よりも厳しく温かい、わたしたちの母の元へ帰る為に。
 仲間として、彼らに……あの子に報いる為に。

 戦って、戦って、戦って勝ち取った凱歌だ。
 さあ歌い上げよう。そして願おう。


 ――歌よ、届けと。
   あの遥けき暁と星辰の彼方に。



 歌声の中、静かに降り注ぐ雨雪は何処までも白く美しく。
 けれど、めでたしめでたしの向こう側を暗示している様にも見えた。