<第5競技:ノケット大会 決勝戦>


●決勝戦
 ワイルドファイア、広大な荒野に作られたノケットスタジアム。
 このスタジアムはヒトノソリン達の手により急突貫で作られたスタジアムである。
 より詳しく言えば、適当に働き、大いに遊び、食べ、寝て……木材とかロープとか余ったけど、まあ完成ってことにしておくなぁ〜ん、という見事なやっつけ仕事によって完成されたスタジアムである。
「観客の皆さん、あんまり興奮して暴れたりしないでくださいよ〜。スタンドが崩れたら大変ですからね〜?」
 ツキユーが観客席に声をかけると、わかったなぁ〜んの大合唱だ。ついでにウェーブが始まった。
「本当にわかってるんでしょうかね……」
 首を捻りながら、バックネット裏の実況席にツキユーが座る。

「さて、大変長らくお待たせ致しました。いよいよノケット大会の決勝戦、試合開始までまもなくとなりました。えー、今年もノケ村のカーサさんに解説を務めていただこうと思いましたが、ここはワイルドファイア、一般人であるカーサ氏はランドアースからこっちへ来れませんでした!」
 その日、自宅で体育座りをしているカーサ氏の姿が発見されたが、それはまた別のお話。
「しかしご安心ください、なんとワイルドファイアにもノケットは伝わっていたようなのです! 南方ストライダーのノケット名人、『ナックルボールで200勝』ヴォーレン・ブライアントさんです!」
「どうも、不正投球してました! ヴォーレンですよろしくお願いします」
 しょっぱなから何かカミングアウトするヴォーレンに動揺するツキユー。
「い、いきなり何を言ってるんですか?!」
「あはは、冗談です。もしくは武勇伝です」
「そ、そうなんですか? えーと、いじるとなんか面白そうですが、それ以上に色々と危険な為ここではいじりません! 実況は私、世界のツキユーがお送りします!」
「両軍ベンチレポーターのプルミエールなのです! というか、両軍の取材はキツいんでもう一人レポーターを―――」
「さて、さきほど発表された両軍のスタメンを見てみましょう」
「あれ? もしもーし? きこえてますか?」


【冬の1組】
1番 センター 嫉妬交渉人・レイクス(a24991)
2番 ショート 寒月の舞・エミス(a20226)
3番 ファースト 気ままな銀の風の術士・ユーリア(a00185)
4番 ピッチャー 炎熱の賭博師・ジョーラム(a05559)
5番 キャッチャー 吸魂鬼・ファントム(a05439)
6番 レフト 家政婦見習い・ルチル(a15831)
7番 サード 月下の夜想曲・ファスティ(a20554)
8番 セカンド 月明かりに隠れし緑の影・リンノスケ(a29379)
9番 ライト フリーダムメイド・ティファ(a34944)


【夏の8組】
1番 センター 七色の尾を引くほうき星・パティ(a09068)
2番 ショート 星夜の翼・リィム(a24691)
3番 セカンド 花は生き方を迷わない・マリー(a20057)
4番 キャッチャー 緋の護り手・ウィリアム(a00690)
5番 ライト 碧の異邦人・アリュナス(a05791)
6番 サード 孤高の花・スイレン(a27141)
7番 ファースト 爆耀・フォロン(a23826)
8番 レフト 岩本・ガルガルガ(a24664)
9番 ピッチャー 百合の舞刃・クーヤ(a09971)


「さて、両軍の特徴なんですが、1組はユーリア選手、8組はアリュナス選手と、どちらもリリーバーを用意しているチームなんですね」
「中継ぎも立派な仕事ですよ、ええ」
「とくにトーナメントのような一発勝負では目先をかわす事も必要になるでしょうし、なにより連戦は選手達の疲労を奪っていくはずですしね」
「いや、このような大舞台ではみんな疲れませんよ、適度な緊張状態にあると思います」
「なるほど……1組は準決勝を劇的なサヨナラ勝ち、かたや8組は圧勝で勝ち進んできました。勢いはどちらにあるでしょうか?」
「そりゃあサヨナラを決めた1組の方がやってやるという気持ちにはなっているでしょう、けれど8組だってわかりませんよ」
「つまり、よくわからないと」
「まあ、端的にいえばそうなりますね」
「実況席じっきょうせきー、ジャンケンは8組が勝ったみたいです、8組が後攻ですね」
「8組の選手達がそれぞれの守備位置に散っていきます。まもなくプレイボーイです!」
(「プレイボールですよね……」)

●決勝戦〜前半戦〜
 試合開始を示すほら貝の音が、スタジアムに響き渡る。
「よろしくお願いします」
 レイクスはヘルメットを取り、一礼してバッターボックスに立った。
「プレイボール!!」
 審判の掛け声と共に、マウンドのクーヤは振りかぶる。
 左腕から繰り出される第一球はボール。外角低めのスプリットをレイクスは悠然と見送った。
「慎重な立ち上がりですね」
 ツキユーはそう解説するヴォーレンに早速尋ねる。
「今のはなんてボールですか?」
「速くて落ちる球です」
「いや、あの、球種を……」
「カットボールか、ツーシームか、スプリットか……最近のノケットは球種が多すぎて我々にも良くわからんのですよ。本場ではストレートと変化球としか分けませんしね」
 ノケ村とケット村が本場のはずなのに、いつの間にかワイルドファイアが本場になってるなあ、ツキユーはそんな疑問を胸の奥にしまいこんだ。
 スプリットというのは、フォークボールより落差が少ない分、球速が出る球だ。
 そうこうしているうちに、レイクスがスライダーを引っ掛け、ショートゴロに終わった。
「おーっし! まずはワンナウトだぜ! オッケーオッケー!!」
 送球したショート、リィムの声にナインが呼応する。
「ひとつ取って、これでピッチャー、安心しますね」
 ヴォーレンの解説どおり、緊張のほぐれたクーヤは続くエミスとユーリアもなんなく打ち取ってチェンジ。1回の表は無得点に終わる。
「さあ、次は1回裏、8組の攻撃です」
 1組ピッチャー、ジョーラムも無難な立ち上がりを見せ、3人でスリーアウトを奪う。
「どうですかヴォーレンさん、1回の両投手の投球を見て」
「そうですねー、どちらの打線も大きいのよりもつなげて連打を狙ってきてますね。この打線をどこまでかわし切れるかが鍵になるんじゃないでしょうか」
 2回はともに三者凡退、3回の表、試合が動き始める。
「ここですっ!」
 7番ファスティのフルスイングは、詰まりながらもフェンス直撃の二塁打になる。
 変化球に芯を外されていなければ、そのままスタンドへと飛び込んでいただろう。
「下位打線という事もあり、無意識に油断しましたね」
 8番リンノスケの打球はファーストへと飛び、結果的に走者を進めるバッティングとなって1死三塁という状況に。
 9番はティファ。逆らわずに右方向へと流す狙いがありありと構えに見て取れた。
 キャッチャーであるウィリアムのサインに頷くクーヤ。外角に球を散らしてくる。
「上手いですね。外角に放られると、バットのヘッドを返すのは難しいですから。外角ならば一発の恐怖もないですし。内には絶対放りませんよ、これは」
 ヴォーレンの言葉通り、徹底した外角攻めの前にティファのバットは空を切った。2死三塁。
 続くレイクス、初球を流し打ちにした。
 ヒット性の打球だったが、小気味良い捕球音が響く。
 打球に反応していたファーストのフォロンが、横っ飛びで好捕していた。
 歓声に沸くスタジアム。結局3回の表、冬の1組は無得点。
 こうなると序盤の流れは8組へと傾き始める。
 3回の裏、ファインプレーで波に乗ったフォロンが先頭打者として出塁すると、ガルガルガがバントで確実に送る。
 クーヤも送り、2死三塁で1番打者パティへと打順が戻ってきた。
「いっただきぃ☆」
 初球だった、いきなりのセーフティバント。
「なんだとっ?!」
 打球は一塁側へと転がっていく。マウンドを駆け下りるジョーラム、一塁手のユーリアも打球を追う。
 追いついたジョーラムの送球、一塁のカバーに入ったリンノスケがタッチするも、既にパティはファーストベースを駆け抜けていた。勿論三塁ランナーのフォロンは生還している。
「8組、1点先制!! いやー、ヴォーレンさん。セーフティバントが決まりましたね!」
「よく守備位置を見てましたね。ピッチャーはここで動揺せず、1点に抑えなきゃいけませんよ」
 続く打者リィムをジョーラムはしっかりと抑え、3回までの攻防は8組の1点リードで終了した。

●中盤戦 1組 0−1 8組
「ピッチャー振りかぶって投げました……三振!! スイレン選手、大きく縦に割れるカーブに、全くタイミングが合いませんでした! 4回の裏、この回は8組、無得点です」
 実況をするツキユーの横でサキイカをつまみ出すヴォーレン。
「あ、いけませんよヴォーレンさん、試合中におつまみ食べちゃ」
「がははは、ええやん、ちょっとくらい」
「駄目ですって、そんならせめて私にもくださいよ!」
「あのー……」
 実況と解説のケンカの中、申し訳なさそうに話しかけてきたのはベンチリポーターのプルミエールだった。
「あれ、プルミーさん、なんですか?」
「先頭打者がフォアボールで塁に出たのですが……」
 そうこうしているうちに5回の表、ファントムが四球で出塁をしていた。
「あら、珍しいですね。クーヤ投手はこの3試合で四死球は3ですから……1試合に1回出る四死球がここで出た、という事ですかね」
 過去のデータを見ながら慌てて実況するツキユー。プルミエールは帰らない。
「あと、1組のブルペンでユーリアさんが投球練習を始めましたです。過去の試合と同じように7回からマウンドに上がるかもしれませんね」
「なるほど、8組もこれまで通りですと7回に投手交代を行う事になりそうですね」
 ツキユーの言葉を、鈍い音が遮る。
 力なく飛んだ小フライをマリーが大事にキャッチする。ルチルはセカンドポップフライで1死一塁に。
「内角、完全なボール球でしたね。ただ、狙い球だったんで思わず手が出てしまったんでしょう、中途半端なバッティングに終わってしまいました」
 光景を見ていなかったツキユーへ、ヴォーレンが解説してやる。
「なるほどなるほど……さあ、ここで第一打席は二塁打を放ったファスティ選手です。期待が集まるところ!」
 ファスティは、期待に答えてみせた。
 剛球一閃。振り切ったバットから打ち返されるボールは、ピンポン球のようにレフトスタンド上段へと突き刺さる。
 ガッツポーズしながらダイヤモンドを一周するファスティ、1組ベンチから出てきたナインの手荒い祝福を受ける。
「完全に、捕らえた当たりでしたね。打った瞬間にホームランだと判りました……。彼は準決勝では4打数ノーヒットに終わっていたんですがねぇ」
「しかし一回戦では4組の変則左腕からもホームランを放っていましたから、左投手との相性が良いのかもしれませんね」
 結局5回の表の攻撃は9番ティファで終了したが、逆転2ランホームランにより、8組が1点を追いかける展開になった。
 6回は両投手が踏ん張り無得点。
 2対1というロースコアのまま、ついに終盤の7回へとゲームは突入するのだった。

●終盤戦 1組 2−1 8組
 ファントムのバットがアリュナスの速球をとらえた。
「くっ……!」
 ライトへと飛んでいく打球を振り返りもせず、マウンドのアリュナスは唇を噛んだ。
「代わりっぱなの初球、逃さず打ちましたね」
 7回表、無死2塁。
 クーヤに代わってマウンドに立ったアリュナスが、ピンチを招く。
「あうっ」
 続く6番ルチルを球威で押してゴロに打ち取ったが、2打数2安打のファスティを迎える。
 タイムをかけ、ウィリアムがマウンドに駆け寄る。
「大丈夫だ、ここは俺のサインに任せろ!」
 アリュナスは、ウィリアムへ深く頷いてみせた。
 初球、あまり曲がらない変化球の前にタイミングを崩したファスティが空振りする。
「あーっと、危ないボールでした。ホームランボールでしたよ、今の」
 実況するツキユーだが、ヴォーレンは否定した。
「いえ、今のは勇気ある攻めです。これでバッターには『もしかしたら変化球が来るかもしれない』という迷いが生じます。待球を絞りづらくなりましたよ」
 アリュナスは速球で押していくピッチャーだ。迷いがあるうちは、彼の球を打てない。
 そして4球目、ファスティの打った球は大きく弧を描いて飛んでいった。
「打ち上げた、打球は意外と伸びる! だが、あらかじめ後ろに守っていたレフトのガルガルガがなんなくキャッチ! 2アウトになりました!」
 2アウト二塁。
 当たっている打者を押さえホッとしたバッテリー。その一瞬の隙を、つかれた。
 リンノスケの一振り。打球は右中間に深々と突き刺さる。
「ランナーファントム、走る走る! センターのパティがバックホームするが間に合わない、ホームイン! 1組が追加点です!」
 3−1。
 後半になり、バッティングスタイルを変えたリンノスケに捉えられてしまったのだ。
「まだまだ! 気持ちを切らさず行こうぜ!!」
 ショートの守備についているリィムの檄が飛ぶ。
 リィムの大声に後押しされるかのように、アリュナスはなんとか粘るティファを三振に切ってとった。
 意気の上がった8組はその裏、逆襲に転じる。
 逃げ切り体勢に入り、投手をユーリアにスイッチした1組を、狙い打つ。
 マリー、ウィリアムと連続ヒットで無死一、三塁。打席には失点をバットで取り返すべく、5番のアリュナスが立っている。
「ユーリア投手、打たれていますが内野はゲッツー体制ですね。1点はやってもいい、という事ですか?」
「そう、ですね。これが吉と出るか凶と出るか―――」
 アリュナスは、変化球を引っ掛けて1組の作戦通りダブルプレーに打ち取られてしまう。
 だが、その間にマリーがホームインし、1点を入れた。
 この1点が、後に1組に大きくのしかかるのだ。
 3−2で迎えた8回裏、その1発は飛び出した。
「行ったーー!!! ガルガルガ選手、起死回生、同点ソロホームランです!!」
 呆然とライトスタンドへ消えていくボールを見送るユーリア。観客のヒトノソリン達がホームランボールを奪い合う。
「やられたな……」
 お祭り騒ぎのような8組のベンチを横目に、キャッチャーのファントムはタイムをかけてマスクを脱いだ。
 今日、ユーリアの一番良い球はカーブだった、ガルガルガはそのカーブを狙い打ったのだ。
(「こりゃあ、次にガルガルガに回った時は、ジョーラムにチェンジだな」)
 この試合、長くなる。
 ファントムはそう直感していたし、それは現実の事となった。
「ストラック、バッターアウト!」
 テンポの良い投球をさせ、ユーリアのリズムを引き出させるファントム。
 投手のリズムは、守備のリズムも生む。
 同点で迎えた9回裏、マリーのヒット性の当たりをライトのティファが、背走しながらの好捕を見せる。
 美技に拍手を送る観客達。それは同時に、試合が延長戦へと突入する事を意味していた。

●延長戦 1組 3−3 8組
 延長戦は、死闘になった。
 両チームともに、二人の投手をデータや疲労に基づいて巧みに入れ替えていく。
 多くの場合投手交代の多い試合は間が伸びて観客もだれてくるのだが、この試合の緊張感はそんな事を感じさせなかった。
 ゲームは無得点のまま続き、12回の裏、リィムのフルスイングは大きくはずれたボール球に掠りもせず、空を切った。
 だが、これでいい。1塁ベースにいたはずのパティは、素晴らしいスタートを切ったからだ。
「させんっ!」
 ファントムの矢のような送球、セカンドのリンノスケがベースに入るような動きを見せる。
 内側に曲がり、妨害するように足から滑り込むパティだが、ベースカバーに入ったのはリンノスケではなくショートのエミスだった。
 エミスは横っ飛び、空中でファントムの送球をキャッチすると、そのまま2塁ベースとパティの足の間にグラブを挟ませた。
「私だって、ちょっとは活躍しなきゃね☆」
 14回の表、1組は四球で出たユーリアが盗塁、その後送り、1死三塁の形にする。
 打席には5番ファントム。ここさえ抑えれば6番は当たっていないルチルでチェンジにできる。
 逆に言えば、このランナーを出すと、当たっている7番ファスティにまで回ってしまうのだ。
 果敢にホームランを狙うファントム。打ち損じて外野フライになれば儲けモノという意識もあった。
 マウンドには何度目かの再登板になったクーヤ。
「剛球のアリュナス選手より、軟球のクーヤ選手のボールの方が飛ばないはずですからね、的確なスイッチだと思いますよ」
 解説のヴォーレンも、実況のツキユーもすっかり試合に夢中になっていた。
 2球目のスプリットを、ファントムは打った。
 高々とあがるレフトフライ。レフトはガルガルガ、定位置より若干浅いか。
 それでも、1点勝負になるこの状況で、ユーリアは走る姿勢を取った。
「ランナー、走るぞっ!!」
 サードのスイレンが声をかける。ガルガルガがフライをキャッチした瞬間、ユーリアはタッチアップで走りだした。
 三塁線より内側を風のように駆け抜ける。ホームまでの距離がとてつもなく長く感じた。
 ユーリアの足は遅くない。それは先程の盗塁成功で証明している。
 しかし、投手としてのプレーが想像以上にユーリアの体を追い込んでいた。
 ホームベースを目の前にして、足がもつれた。キャッチャーのウィリアムがストライク送球をキャッチする。
 足がもつれるままに、ユーリアは頭からホームへと突入した。クロスプレーになる。
 一瞬の静寂、そしてスタジアムに響く溜息と歓声の渦。
 審判はその光景をしっかりと目に焼きつけ、宣言した。
「スリーアウト、チェンジ!」
 無慈悲にも、ユーリアはウィリアムのブロックの前に跳ね飛ばされていた。
 これで、勝負は決まったようなものだった。
 その裏、ユーリアを休ませる為に登板したジョーラムが打たれ、最後はマリーがあっけなくサヨナラヒットを打った。
 4対3で、延長14回の裏、8組のサヨナラ勝ち。
 良いゲームだったと、観客は万雷の拍手をもって両チームの選手を称えるのだった。
「いやー、良いゲームでしたね」
 ツキユーの言葉に、ヴォーレンも深く頷いた。
「ええ、両チームの素晴らしいプレーは、我々の眼に深く焼き付けられました。流石、決勝戦という名に相応しい 素晴らしいゲームだったと思います」
「それでは、感動冷めやらぬノケットスタジアムですが、そろそろ失礼します。解説はヴォーレンさん、実況は私、ツキユーがお送りいたしました」

決勝戦

冬の1組 3
夏の8組1× 4