<第1作戦:ソルレオン領進軍>


●ソルレオン
 実に1090名もの人員を擁して向かった先遣救援部隊……その帰還から、ほんの僅かの時を経て編成されたレルヴァ遠征軍は、西方ドリアッドたちを救うために集った義勇の士によって、先遣隊のそれを遥かに凌駕する大軍となっていた。
「良い? 全員、ソルレオン領内ではすべてのアビリティは禁止よ!」
 その大軍の中にあって、白陽の剣士・セラフィード(a00935)、ノソリンに咲く一輪の双風使い・ルシア(a35455)、蒐集者・レスター(a38182)、無垢なる茉莉花・ユリーシャ(a26814)、鈍く輝く漆黒の獣・ハガネ(a40870)、蒼追いし銀・ベルガリウス(a39669)、食歌駆・ナアナ(a34961)など、ソルレオン領を無事に抜けるという目的の為に編成された白い腕章の部隊が、本隊の冒険者たちにアビリティの禁止を告げて廻った。
 もちろん、幸せの運び手や安全な寝袋など、行軍に最適なアビリティをあり、許可を得て使えば……と主張する者も居なくはなかったが、ソルレオン王国の法によれば、同盟国以外の冒険者がアビリティを使用することは侵略行為に値すると公言しているために避ける事にしたのだ。
「荷物が減るだけでも、格段に早くなるのに……」
 仮初めながらも団長を努めるユイノなどは、全く以て不満そうである。
「許可を取る方が、それによる短縮よりも時間が掛かりそうですから」
「たしかに。そんな愚だけは避けねばな……」 
「ああ。どんな事があってもアビリティの使用は阻止して見せるぜ!」
 白銀の星芒術士・アスティル(a00990)、氷炎の武人・ブルー(a01356)、鎖と誇りの睡灰鬼・クーラ(a22413)らが確信を持ってユイノに応えた。
 ソルレオン王国の法を尊重すること――それは、彼らの正義を敬うと言ったような単なる理屈などではない。何よりもここで進軍速度を上げる事こそが、レルヴァにて危機に瀕している多くの命を救う事に繋がる! そう信じる強い想いからであった。

 しかし、この為に多くの冒険者たちは遠征の間に必要となる食糧などを、自ら担いでいかなくてはならなかった。
「良いですか、できるだけ荷物は減らして……少しでも早く赴けるようにお願いします」
 そんな冒険者たちの間を、記録者の眼・フォルムアイ(a00380)や黒の深淵・ギルレイン(a33844)、悠久なる眠りに誘いし夢魔・シルフィー(a38136)らが縫うように歩き回り、皆に携行品のスリム化を訴えて廻る。ドリアッド領まで辿りつけば、アビを使っても構わないから……と。
「少しくらいなら、私がお手伝いしますなぁ〜ん」
 蒼眼銀狼の夢・シェリー(a40049)、どこでもヒトノソリン・メルフィ(a13979)らも、さっそくノソリン形態に変化して皆の荷を引き受けようとし、同時に他のヒトノソリンたちにも同様の協力を仰ぐ。
「軽装の者は極力、他の者たちの負担を減らしてやってくれ。それから体力のある者は、そうでない者たちのペースメーカーに。休み休みではかえって遅くなるからな」
 武勲詩抄・フレッサー(a37890)も、自身がペースメーカーを努めながら告げた。更に、
「済まんな……所属は違うかも知れないが、ちょっと手伝ってくれるか?」
 と、藍青覚醒武装戦乙女・シズナ(a35996)や真星神冥王蒼月覚醒武人・シオン(a12390)たちだけでなく、自らの旅団の面々にも協力を依頼する封心垂血・ディナーハ(a12596)のように所属する作戦に係わらず使える者は何だって使う者も。目的の為なら多少の面子は捨てたし、運送屋・ハンソー(a22844)のように取引という形で貸し借りのない協力関係を築く者も居た。
 それでも、大人数なればこそ法を遵守できない者は居るかも知れない。その時は……と、力づくでも抑える覚悟を持つものまで。

 すべてはたったひとつ……
「目指すはディグガードの北街道。とにかく……最速での到達を目指す! レルヴァに暮らす者たちの命を救うんだ!!」
 ……ただ、それだけの為に。

●先触れ
「私たちは東方同盟義勇軍を代表し、この地において、貴国の法を則ることを誓います」
 礼儀正しく挨拶を交わした後、声高に宣言したのは旅人の篝火・マイト(a12506)。
 彼を含む12名あまりの冒険者たちは、先触れの任を買って出、本隊に先立ってディグガードを訪れていた。
 先遣救援部隊の事もあって優先的に面会を認められた彼らは、さっそくこのように告げ、現在、こちらに向けて同盟の本隊が進軍中である旨を伝える。
 ソルレオン国と争う意思はなく、無論その国の住民たちにも一切の危害を加えることはないという旨、そして、刻も早くレルヴァへと到達しドリアッドたちの危機を救いたいという想いを付け加えると共に、その為にディグガードと彼らソルレオンの誇る北街道の使用許可をお願いしたい……と、無愛想な女スパイ・リンダ(a41513)が続けた。
 彼女らは、軍の規模や進軍予定のルート、そして軍全体に浸透させるべき規律事項や監視体制など……尋ねられた事には、すべて淀みなく答える。
 ソルレオンの前には嘘偽りは厳禁……そのことは、今回の遠征に関わらず、ランドアースに暮らす冒険者たちの間では、ほぼ『常識』と化していたから。
「貴兄らの言葉に嘘はない。そして……先の救援部隊派遣の件や此度の遠征について予め伝えに訪れた事、そして我らソルレオンの許可を取ろうとするその姿勢には敬意を表しよう。しかし……その事と貴兄らの軍がここを通る事は別問題。我らがグリモアの御許を他国の軍が訪れること、認める訳にはいかぬ!」
 尤もな理屈であった。同盟本隊の規模は救援部隊のそれとは比較にならないものである。それは即ち、万が一その気になれば一国の……つまりソルレオン王国のグリモアを奪う事も可能な規模であるのだから。
 そして、過去に同盟が見せた姿勢は常に一貫性を持つものである……とは言い難い。その2点において、ソルレオンたちは一部の冒険者たちの言葉だけを鵜呑みにするまでは至らないのであった。
(「誠意をもって接すれば分かってくれると信じていましたが……」)
 白夜の医術士・グレイ(a09592)が歯噛みした。――これが今回の僅かな誤算。
 ソルレオンたちは俄かな姿勢や態度、そして言葉だけで他を信じるほど愚かではない。信頼は礼節と行動という実績の積み重ねでしか得られないものであり、それを得た者がソルレオンとの同盟を結ぶ西方ドリアッドやプーカたちなのである。
「レルヴァの人々を守るには、トロウルよりも先に着かなくてはならないんです」
「どうか……お願いします。本隊の人たちにも誓いを徹底させますから」
 癒しの風・ウィンディア(a34572)が、そして夢に微笑む巫女姫・スイ(a13578)が懸命に訴える。
「何なら我々がここに残ったって構わない。何かあればその時は……」
 静寂の道化師・エース(a43012)などは自らの首をも差し出しかねない様子。
 そんな彼らの必死な様が、さすがのソルレオンたちにも伝わったのだろうか。いや、事態が事態だけに無碍にも出来ない心情が働いたのかも知れないが、ともかく無言で頭を振るだけだった彼らが、ようやく口を開いた。
「……それでは、暫し待つが良い。我らの協議の結果、認めるという結論が出るならば通行の許可を出そう」と。

 深く感謝し、一旦はその場を辞した先触れの冒険者たちであったが、すぐにそれも後悔に変わる。夜まで待ってみても、結論が出されることはなかったからである。
 もう本隊はすぐそこまで来ている事だろう。これでは……急いだ事もすべて無に帰してしまいかねない……。
 翌日、ディグガードは前日にも増して激しい喧騒に塗れていた。
 夜を徹してきたのだろうか、幾人ものソルレオン冒険者たちが街にやって来ていた。まるで……このディグガードが戦地にでもなるかの如き様相。
 先触れの面々はその様子に驚き、すぐに面会を申し出る。すると……。
「協議の結果、我らソルレオンの法と護るべき誠実のグリモアの名において、万が一に備える人員が集まった時点で通行を認める事となった」
 との結論が伝えられた。冒険者の務めとしては当然の事ゆえにそれ以上の反論は出来ない。しかし……これでは許可が下りるのはいつになるのか分からないというのも、明らかな現実であった。戦地に赴いている者たちは、そう簡単には戻れる筈がないのだから。

●命の重さ
 この事実は、すぐに近くまで来ている本隊……そこで警備等にあたる仲間たちに伝えられた。
 しかし、この事態は予想できていなかった為、すぐには対応策を打ち出すことは出来なかった。
「どうするべきか……?」
 全体の作戦を纏める任に当たっていた闇夜に笑う黄金・カルヴァ(a38673)は、これまでで最も頭を捻らせていた。太陽の目・シャスタ(a42693)も、自らが編纂した班員名簿をめくっては、何か打開する策がないものかと考え込む。

 ―――しかし実は彼らには、初めから結論など出ていたのである。

 我らの目的は……『レルヴァに暮らす者たちの命を救う事!!』

 正しい手続きを待って機を逃せば、一生後悔したって足りやしない。拙速は巧遅に勝るとの言葉もあるように『戦争という火急の事態において悠長な事は言っていられない!』という事なのである。
「ルートを変えよう!!」
 北街道を使わないとなると、西か……それともまさか迂回ルートか……?
「いずれにしても時間が……」
「誰が北街道を使わないって? せっかく整備された広い街道……しかも最短ルートとなれば使わない手はあるまい。通らないのはディグガードだけだ」
 つまりディグガードを避け、その周辺を廻り込んで無理やり北街道に入る。そこからは一気にレルヴァを目指して駆け抜ける……という算段。
「了解! それじゃぁ全隊をこっちへ!!」
 決して大柄とは言えないながらも強力な引率で全体を引っ張る鋼鉄の乙女・ジル(a09337)。
 名簿を借りて、テキパキと皆に指示を出しては相当な数に登る本隊を、少しずつ誘導し、ディグガードを回りこむように方向転換していったのである。
「騒がないで……ちゃんと説明するから」
 大規模な軍にありがちな混乱を招きかねない中、翡翠色の歌い手・オルフェ(a32786)、仄暗い月・メリト(a39290)らは、作戦旅団所属の有無に関わらず誠心誠意応対し状況を簡単に説明。
 納得は置くにしても、今起こっている事態だけは理解してもらわねばならないから。
 それでも、予定外のルートを選択せざるを得なかった事で水や食糧に危機感を覚える者や、心中穏やかでは居られない者など、行軍に支障をきたす者たちが現れ、中には計画の甘さを詰め寄る者まで出る始末。
 そんな中にあっても、白霊烈震・アンナ(a05624)や碧澪瀑布・オカミ(a05622)などは努めて冷静に事態の収拾に当たる。労いの言葉を掛けたり、代わりに荷物を担いだり……。
「良かったら、コレ……」
 幸福の護り手・バニット(a34106)、ぷにぷにデストロイ・ティアーユ(a09519)などは、疲れた人の為にと用意した氷砂糖を配り……遅れ始めた者たちに手を貸したりもして、スムーズな進軍を維持する為に懸命に動いていた。
 このような時にイライラしている面々に、高圧的な言動や注意は逆効果。経験などから学んだのか、その心遣いがプラスに働き、他の面々にも同様の対処をするよう伝えていった結果、部隊は徐々に整然とした進軍を取戻していった。
 そして、ようやく悪路を抜けて北街道へ。確かに整備も行き届いた広い街道ではあるが、もちろんこれほどの大軍が一時に通ることを想定して作られたものでない以上、最速の進軍とまではいかない。だが、これまでの悪路とは全く比較にならない。
「それじゃ、一気に駆け抜けましょ! この遅れを取戻すために!!」
 こんなユイノの掛け声のお陰ではないだろうが、街道に出た途端、同盟軍の士気も向上。これでもう、あとは順当にレルヴァへと向かうのみ……か?
 ――いや、そうではない。
 西方ドリアッド領に入るまでにもソルレオンたちの街や村があるし、ソルレオンの冒険者たちと遭遇することもある。
 幸い、街や村などについては、咲き誇りし百合の紋章・ラクシエル(a42144)やウィング・クリス(a24007)、東風に舞う双桜姫・アイシャ(a24015)らと言った先触れの面々が先行しては告知とお願いに当たったお陰で、いずれも事なきを得た。
 しかし冒険者はそうではない。彼らはディグガードへと戻る途中であり、その理由も聞き及んでいる以上、当然の如く彼らを制止しようと試みる。
 しかし多勢に無勢……すかさず歩哨として警戒に当たっていた面々が対応に当たり、話しをしている間に部隊は次々と駆け抜けていく。
 決して歩みを止めることはしない。何より優先すべきは『命』。それを守る事を誓いとして掲げた以上……。

●想いを乗せて 全てを賭けて
「やっとドリアッド領ですね……」
 深淵の流れに願う・カラシャ(a41931)が安堵したように呟いた。
 無事、誰1人としてアビリティを使用する事無くソルレオン領を抜けた……その気持ちが素直に漏れたのだろう。万が一、奇襲を含む緊急事態があろうと、ここまで来た以上は恐れる事など何もない。
「ここからが勝負ね……」
 さっそく幸せの運び手を以って皆の疲労を軽減すると、赤光爆砕・ミツハ(a05593)を含む面々が改めて気合を入れなおす。
「さぁ、少しでも遅れを取戻さないと……ここまで来た以上、もっと荷物を減らしましょう!」
 更に翠緑のそよ風・マリク(a43864)が告げた。それを受け、一行は余分な荷物を捨て、預けられるものは途中で預け……極限まで荷物を減らした一行は、森の中という悪路をものともせずに、大樹の護符を手に進んで行く。
 ここまで……いや、これからも更に強行軍は続くが、弱音を吐く冒険者などは1人も居ない。
 烏天魂・ストラディ(a16968)、凶ッ風・ライル(a04324)、神風童子・タチ(a22859)などは遅れ始めた者に手を差し伸べ、何とか皆で辿り着こうと懸命。

 そんな並々ならぬ努力の甲斐あってか、ディグガード周辺での遅れをかなりの部分で取戻し……このまま行けば、結果的にレルヴァ到着は十分に早いと言える事だろう。
 しかし、同盟諸国から遠路遥々やって来た彼らの戦いは、着いたところで終わる訳ではない。着いたところから始まるのだ。
 そしてソルレオン王国の法を尊重し、アビリティを使わなかったとは言え、彼らがディグガードを訪れたことにより戦地のソルレオン戦力が減少した事、通行の許可を得ることなく北街道を通ってきた事、ソルレオンの冒険者による制止を振り切った事など、いくつかの新たな問題も残っている。
 もちろんそれらは皆、今日、レルヴァ防衛を果たし、西方ドリアッドたちに勝利をもたらす事さえ出来ればすべては霧散する程度の話。しかし逆に言えば、無様な撤退や敗北などを見せる訳には行かなくなったという事なのである。

 ―――決して負けられない!!

 遠征に加わった全ての冒険者たちが改めて誓う中、レルヴァ方面から幾人かの見知った影……。
 ノルグランド傭兵大隊から来た伝令が、戦況を伝えに来たのだった……。