<リプレイ>
●エルヴォーグ中央城砦
青い空と太陽が恋しいと、【聖槍】部隊のその緋剣我が舞姫の為に・ファル(a33563)は空を見上げて思った。
迫る夏を思わす光の下で、葉の緑をますます濃く煌かせる森林と、鮮やかな匂いを抱いて草原を駆け抜ける風。せせらぎの音がして、鳥や獣が鳴き交わす。白い雲を細く棚引かせる蒼穹、地の果てから朱に染まる黄昏時、様々な色を見せるランドアースは遥かに遠い。
「ここの空は相変わらずでござるな」
ファルと並んで、ただ等しく地平を照らす紫の仄かな光を降り注がせる空を見上げ、薄衣と意志を継いで・フィリス(a29867)は微かに寒さの勝る風に双翼をそよがせる。
「襲撃がないといいが……」
エルヴォーグ中央城砦の見張り場に立つファルは、空から眼下に広がる城砦に目を移す。
砦から望む風景に大きく変わる所は無いが、城砦の空気はいつになく張り詰めていた。
それは、円卓の採決如何によっては、戦がすぐそこまで迫っているためだろうか。それとも。
「嵐の前の静けさ、ってヤツ……?」
城砦の最も高い場所でリゥドゥラ領を警戒していた緑翠の雨音・シリル(a45572)が呟く。
「この備えが無用のものであることが、一番だが……」
高所故に強く吹く風。弄られて頬を叩く水の如き髪を押さえ、青の焔・セイエン(a36681)はリゥドゥラ領と同盟領を繋ぐ橋を見た。
橋の同盟側で警備に当たる、恐怖を乗り越えた・ライアット(a16001)は、橋を越えた向こう側に続く街道を見据える。遥かなるエルヴォーグの首都エンデソレイ。円卓で採決の結果によっては、武器を手にこの道を進む事になるのだろう。
太刀を手に、橋を巡回警備していた終の戰風・ヒヅキ(a30896)が、雷獣・テルル(a24625)と橋の中程から戻って来る。
「異常無し、思います」
「そうですね」
2人の様子を確認していた岩壁・リカルド(a40671)は、遠眼鏡を下ろしてライアットを見遣る。応えてライアットは頷いた。
エルヴォーグ中央城砦内の小さな通路に、足音が反響する。砦内の奥まった場所は薄暗い。砦内部を見回るチーム【アルテ1】の足元で、カンテラが投げかける光の輪が揺れる。
「こうも緊張が続くと、疲れてしまいますね〜……」
翠苔を跳ね舞う灰兎・ラピファ(a20668)の呟き声は静かな通路で殊更大きく聞こえた。傍らを歩む深き海と森の詠唱者・エウリューシア(a44181)が、そうですわね、と物柔らかに微笑む。
「もう、一月になりますわね」
終着の地エルヴォーグを制圧する為の戦いがあってから一月、また大きな戦があるのだろうかと、遥かに届く真心の歌声・シェルド(a45558)は物思う。
ふと、中央城砦が陥落し掛けた時に、闇き宝玉・パンドラに率いられて現れたという、同盟冒険者のアンデッド達の話を思い出した。
「いつ何が起こるか分かりませんの……」
海天藍・エルヴィーネ(a36360)の言葉に、共に砦内部を巡回していた【四葉】部隊の冒険者達は頷いた。いつ何時、先の様に敵軍発見の報がもたらされるか分からない。草露白・ケネス(a11757)と軽やかに跳ねる靴音・リューシャ(a06839)の顔を順に見て、その時は自分の手の届く限り癒せるだけ癒そうと、純白の癒し姫・シア(a03214)は思う。
地獄での戦いは何処にも増して、生きて生き続ける事が重要だから、と。
地獄における膠着状態の行方は円卓に委ねられた。会議は開かれる事無く、ユリシアは執務室として使用している部屋に篭っていた。
廊下では【ユリしね】や【百炎】、その他ユリシアの護衛に当たる者達が巡回し、また歩哨に立つ。小休止を取る者達に幸せの運び手を披露する特選・ネコニャンコ(a04550)。柔らかな輝きが護衛達を幸福で満たす。
「うむ、作戦的にはOK!」
寝転がって芋羊羹を食べながら、有事の備えての脳内シミュレーションを欠かさない甲斐の・チアキ(a07495)。同じく寝転がり芋羊羹に手を伸ばす小早川・ラスキュー(a14869)がうんうんと頷く。
城内外の様子について情報を交換しながら、そんな2人を無造作に踏んで行く快傑・デュランダール(a03764)と灼眼の・ウヅキ(a03612)。後ろでむぎゅうと情けない声が上がった。
部屋の扉を叩くと狂刃鉄・ジズ(a24565)の誰何する声があった。遣り取りの後、扉が開かれ地捷星・ミリィ(a02184)の緊張した顔が覗く。
ウヅキとデュランダールの姿と、紅茶の乗った盆を見止めてミリィが緊張を解いて笑い、2人を室内に招き入れる。
執務室代わりに使われている部屋の中には、様々な物が置かれていた。石くれや布の切れ端、武器、小物、それから何とも知れない物まで、ユリシアの護衛の者達の手で発見場所に分けられて几帳面に整理されて、所狭しと並べられている。
円卓で行われる採決の後の為に、様々な情報を霊査していたのだろう。ユリシアが座る机の上にも、霊査の材料としていたと思しき物が置かれていた。書き物をする手を止めて、ユリシアがジズらを見る。
「そろそろ休憩としましょう。城砦の様子はどうですか?」
城砦内の緊張を感じてか、報告に来た者達をティーテーブルへと促すユリシア。
それから、穏やかな表情に真摯な眼差しでユリシアは報告に聞き入るのだった。
●地獄の日々
天上から注ぐ紫がかった光を受け、緩やかにうねりながら続く紫暗の荒野の遠くに、アビリティの光が閃いた。万寿菊の絆・リツ(a07264)が放ったエンブレムシャワーだ。白くて背の高い花・フィード(a35267)が急ぎ駆け寄り、範囲から逃れた1体を鋼糸で搦めて切り捨てる。
杖をぎゅっと握り締め暫く周囲を警戒した後、やっと緊張を解いてリツはぺこりと頭を下げる。
「ああ、ありがとうございます」
「いえいえ」
穏やかに笑み返すフィード。遭遇する頻度が減ったとはいえ、アンデッドが尽きる事は無く。巡回し、見つけ、倒す。補給線のアンデッド退治は徐々に、地獄における日常の風景の一部になりつつあった。
リツとフィードが発見したアンデッドやその頻度について情報を交換していると、遠くから呼ばれる声がした。2人が振り向くと、覇喰者・オルド(a08197)が大きく手を振り、歩み寄って来た。
「そこのお2人さん、ちょっと手を貸してくれない?」
「大きな骨の山を見つけましたの」
オルドと共に補給線を巡回していた恋蒼猫・コーシュカ(a14473)がそう捕捉した。ノスフェラトゥの斥候や工作員はいないかと警戒していたところ、それらは見つからなかったが変わりに大きな骨の山を見つけたのだと言う。
「まだ退治されていなければ……」
「……巨大なアンデッドがいる可能性もあるね」
今まで冒険者達が作成し、ユリシアの霊査結果も足した簡素な地図の写しを広げるリツと、覗き込むフィード。オルドが位置を指し示し、コーシュカが見てきた状況を言い添える。そして4人はアビリティの残数を確認すると、もう何人か必要だろうと結論付け、仲間を募るために冒険者達が良く立ち寄る避難所へと向かった。
同盟領の、マルヴァス領に近い亀裂の付近を行く【探偵社】の黒衣の閃迅・レオニード(a00585)と孤山の老木・ヴァルター(a34611)。同じ様にマルヴァス領側を重点的に警戒していた【礫】部隊の者達と行き逢い、地図を広げての情報交換をする。崖を示す線を指先で辿る白華遊夜・アッシュ(a41845)。
「偶に骨鳥を見かける位でしたね。崖の幅についても、マルヴァス領に向かったアンサラーの方達が当たりを付けた場所が一番狭いと思われます」
「マルヴァス領へ向かった、ですか」
飛・レン(a29140)は顎に手を当て思案気な声を漏らす。彼等の帰還の事も考えれば、余りマルヴァス領側で動きを見せない方がいいだろう。
「そうだな」
レンの提案に、レオニードは浅く頷く。互いの今後の経路を確認し合い、【探偵社】と【礫】部隊は分かれる。
「あー。しっかし空が懐かしくなってくるよなァ……」
天焔・ヴァイス(a41634)が地図をくるくると器用に巻き取りながら空を仰ぐ。
地獄の空は重く圧し掛かるように、変わらずそこにあった。
紫暗の大地を大きく穿って口を開いた亀裂の淵から身を乗り出し、下を覗く幻焔魔狼・ツキト(a02530)。底知れぬ闇から吹き上がる風が、緩く髪を揺らした。腰にはロープ。谷底に辿り着ければ調査ができるかも知れないと、ツキトは【翼灯】部隊の者達と谷底へ降りようとしていた。
ロープをぎゅっと掴んだ氷結の夜・ラクズ(a14219)が、ツキトにこくりと頷き掛ける。それを合図に、ツキトと天狼の黒魔女・サクヤ(a02328)が谷底へ降りて行く。
「んじゃ、行って来るな」
ひらひらと手を振るサクヤ。その姿を【翼灯】部隊の者達は心配そうな表情を湛えて、見下ろしていた。離れた場所では銀閃の・ウルフェナイト(a04043)もまた、谷底に向けてロープを垂らし、底へと挑んでいた。
しかし、行けども下に見えるのは底無しの闇ばかり。滅多に来ない大きな生き物の生気に反応して、壁に住む虫のアンデッド達が徐々に体に群がり出す。対岸に渡れそうな場所も、取り立てて怪しい場所も見つかる事は無かった。
「奈落……か」
垂らしたロープの端まで降りたウルフェナイトは、そこから下を望みこの谷の底に思いを馳せる。 策も無く落ちれば死は免れないだろう。遠くに聞いた橋の落ちる音と悲鳴と。微かに思い出して肩を竦めると、ウルフェナイトはロープを辿り地上へと戻った。
把握した場所が広い程戦場の憂いは減るだろうと、地図を手に地獄の野辺を行く紅炎の紋商術士・クィンクラウド(a04748)。エンジェルの紋章術士・ミルファ(a23180)がそそり立つ岩山とその頂に茂る森を指差す。不変の虚無『ヴァレアス』の柄に手を掛けたまま油断無く周囲を見遣っている虚無閃剣・リア(a11399)に、轟鋼瀑布・リジュ(a04411)が行くよと声を掛けた。
アンデッド見つけて殲滅し、土地を調査してはまた新たな場所――地図の空白へと向かう。
いつも新しい発見がある訳では無く、戦い以外何事も無い場合が多いけれど、地獄で生きる動物の親子など思いも掛けない存在に触れて淡い感動を覚える事があった。
動物も、ノスフェラトゥ以外の人も、アンデッドが寄り付かない場所を上手く見つけ出し、懸命に生きている。巡回の途中、村人が残る村の様子を見に立ち寄った梅を愛で鶯を慈しむ者・ウィード(a16252)が村人に問うと、そう教えてくれた。もとより、アンデッドが移動してくる事の少ない場所に村を作っているから、来たとしても逃げる事もできるし、直ぐに全滅する事は無いのだと。
「それでも、危険な事は変わり無いのですけれど……ね」
幸せの運び手で彼らを満たし、【今日も行く】部隊の皆と村を立ち去り際に、振り返って子供の姿を見止め、ウィードは呟いた。
「悪い印象は口で言ってもどうこうなるもんでもないから、行動あるのみ、やな」
嘲う道化・ロウ(a01250)が対の蛇が絡んだ杖から放つ衝撃波。掴み掛かって来た、肉が半分腐れ落ちた人と思しきアンデッドの胸を強かに抉る。避難所の反対側では白光が閃く。円環の治癒師・アルティ(a08063)の手から飛び行った聖槍が、ざんと四足のアンデッドに突き立った。ぐしゃりとその場にくず折れたアンデッドの、頭や骨盤、背骨に当たる場所を発展途上胸・タンゴ(a36142)が太刀で打ち砕く。
避難所に身を寄せている人々も、この光景に慣れつつあった。反目はあれど、守ってくれる者としての同盟の冒険者達を受け入れつつある。それも、避難所の維持に努める冒険者達の働きがあってこその事だった。
【紅幻影隊】の草風の手品師・イコリーナ(a14101)や天上の演奏家・フィーナ(a18985)が、避難所に足りない物は無いかと聞いてまわれば、やはり食料や日常生活に必要な物資が足りてない事が分かる。エルヴォーグ中央城砦には沢山の冒険者が防衛の為に詰めており、運ばれてくる物資もその備蓄に回されるのが殆どだ。地獄の情勢が安定するまでは、難民達はやはり我慢を強いられる事になるのだろう。
別の避難所では求道者・グラス(a50660)が、難民の話に耳を傾けていた。マルヴァス領に連れて行かれた家族はどうなったろうかと、老翁が溜息のように言葉を漏らす。一度誰かが切り出せば、思う所のある難民達は次々と、家族の行方についての不安を口にした。
「できる事は……するから、な」
ぎゅっと拳を握り締めて言うグラス。期待をするでもなく、馬鹿にするでもなく、難民たちの表情にはある種の諦念と忍従が滲んでいた。
【雛鳥】部隊や【静謐】部隊の者達は、避難所を中心に口伝や更に詳しい地獄に纏わる更に詳しい伝承を聞いて回ってみたが、前以上の情報を得る事はできなかった。
様々な情報のお返しに、そして何よりも厳しい状況下にある難民達の心を和ませようと、忘却武人・ラン(a20145)は子等に舞を教え、天使の微笑み・ルミエール(a18165)はフワリンを召喚して見せる。それぞれに方法は違えど、心はどうにか伝わったようで、最初はこわごわと遠巻きに見ていた子供達も次第に打ち解け始める。
「フォルセティ」と名付けたハープを奏でる草原を渡る風のように・エルクルード(a32527)。響きが淡く暖かな輝きとなり聞き手たちを包み込む。苦渋が刻む皺が和み、唇の端に微笑が浮かんだ。 幸福の護り手・バニット(a34106)はアンデッドの討伐を続けながら補給線を辿って避難所を回り、即席の暖かな砂糖菓子を振舞う。
溶かした砂糖から作るそれは、子供、大人問わず舌を潤した。
村を去るしかなく、避難所の生活は決して豊かではなく、家族と離れ離れになった者達もおり、けれどそれでも何とか穏やかな生活を、冒険者達の尽力もあって地獄の人々は取り戻しつつある。その生活が続くのか、激変してしまうのか。
幾多の話し合いを経て円卓へ提出された『地獄大方針』。
戦争と防衛と交渉と。
そして同盟の冒険者達は、終着の地エルヴォーグを平定するの為の戦争を選択した。
戦が起これば、沢山の者が傷付き、また倒れる者もあるだろう。
リゥドゥラ領の、マルヴァス領の民が巻き込まれてしまうかも知れない。
しかし選択は成された。
長きに渡り同盟の表舞台で暗躍して来たノスフェラトゥとの未来を占う戦いの火蓋は、膠着の時を経て切って落とされようとしていた。
<作戦参加>
エルヴォーグ中央城砦でユリシアの護衛任務につく 37
エルヴォーグ中央城砦の防衛を行う 732
補給線や避難所の維持および、離れた場所のアンデッドの掃討と同盟領内の調査を行う 337
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