<楓華蹂躙>


 楓華列島東部に位置するエミシ州。
 そこで、楓華列島を恐怖に陥れる存在である『鬼』と闘った『楓華の風カザクラ』より緊急の報が各地へと飛んだのは、7月7日の星凛祭を控えた数日前のこと……。
「先の戦で得られた鬼の残した品を霊査して、今判っていることをお伝え致しますわ」
 ドリアッドの霊査士・アヤカ(a90281)は静かに冒険者達を見て。
「エミシ州西部のナミベの国。鬼は、その海岸に巧みに船を着けて、ナミベ本領と第2領、第3領を一度に落とそうと画策していますわ」
 広げられた地図の中で、海岸線の数カ所に印を入れていくアヤカ。
「既に、援軍として参じて戴けたミナモの武士団と、アオバの武士団が配置に就いて戴けていますが、他の国の武士団は数に入れて考えないで宜しいでしょうね……」
 笑みを絶やすことのない霊査士が、沈黙と共に眉根を寄せ。
「……短い時間で、鬼を海岸線で撃退しないといけませんわ。相手はこのナミベの国を支配していた存在。既に抜け道や弱点も承知の上でしょうから、城砦が役に立つとは思えませんわ」
 蹂躙することに長け、人の命を露程にも感じない存在が、今海の上にいる。
 戦船を揃え、海上で備えたくても、トオミフジ州、エミシ州に残存する船舶は戦闘に耐える物ではなく。
 冒険者達が選べた戦術は、水際で鬼の上陸を叩くという策だった。
「鬼は大船団をしつらえて、一度にナミベを攻め滅ぼそうとしています……武具も、ナミベの鉄を使った良質のものを揃えている様子ですわ……苦戦は必死ですが、ここで護れなければ、エミシ州のみならず、一気にキナイまで攻め込まれる可能性がありますわ」
 鬼の驚異を振り返り、アヤカは冒険者達に告げる。
「皆さん。どうぞこのエミシ州を鬼より御守りください。ひいては、それは楓華を護ることに他なりませんわ。どうか……」
 祈る様に。
 願う様に。
 深く、深く頭を垂れるアヤカ。
 時は刻一刻と刻まれ、夜の帳の中に潜む狂気が、今正に解放されんとしていた。


 楓華列島の夜。
 満ちた月が徐々に欠けてゆく夜。

 だが、今は天に輝く月明かりが、灯火無くとも足下を煌々と照らし、海行く船も暗礁を知ることができる程に。


 草木も眠る時刻――。
 時は満ちた。
 死んだ者達――。
 我が父。
 我が母。
 我が子――。

 何故、死なねばならぬ。
 何故、俺だけが生きている。

 この手を染めるは、憎き貴奴の血潮。
 この乾きを潤すは、阿鼻叫喚の地獄絵巻。

 額に伸びるこの角は、貴奴らへの怒り。
 怒りと。
 憎しみと。
 絶望が頭蓋を割って伸びた、誓いの証――。

 怒りは、全て仇に。
 腕を引き裂き、足をもぎ取り。
 頭蓋を断ち割り、臓腑を掴み出し。
 癒えぬ乾きを満たす為。怒りの矛を貫く為に。
 俺は来た。
 全ての元凶、天子に尾を振る者共を、この世より消し去る為に。
「全軍、我に続け! 天子に尾を振る狗共を抹殺し、我等が怒りの深さを知らしめよ! 我等が悲しみを刃にし、狗共を引き裂くのだ!」
 2の将。
 鬼の軍を任された、赤色の肌に筋骨逞しい四肢を持つ戦士、ガドウ。
 エミシ州の破壊と、楓華の掌握を命ぜられた鬼の将達の要の1つ。
「ガドウが動いたか。我等も行くぞ。船団に前進を伝えよ!」
 1の将。
 2の将配下の精鋭部隊の3倍にもなろうかという本隊を指揮する、鬼の軍勢随一の参謀にして、大王の覚え厚き知将、ショウキ。
 キナイのドリアッド抹殺を命じられ、手始めにアオバの『八門遁甲結界』を破って見せた知将でもあり。
 彼らの見やるは、月明かりに浮かび上がるナミベの海岸。
「後れを取るな! 天子の狗がどれ程のものぞ! ガドウやショウキに我等が船団が引けは取らぬ!」
 海岸の制圧、海上での戦闘に長けた賊将ラゴウ率いる海賊船団。
 規律や規範など無き、無法者の中の無法者達が操る船は、小型ながら1の将、2の将の船を抜き去り、白波を蹴立てる速度で進み。
「……やれやれだ。男共はことある毎に死にに行きたがる……生き残らないで、何が勝利だい」
 3の将。
 冒険者達がエミシを訪れ、初めに会ったかった女将軍スズカ。
 戦で強者との戦いを好み、面倒ことを嫌うが故に、1の将と反目も多いが歴戦の強者。
 長い黒髪を風になびかせ、手勢を率いて挑む。
 怒りと、憎しみと、恩讐の権化達。
 血湧き、肉躍る『宴』が始まろうとしていた。



■参加作戦選択解説

(1)湾中央部の海岸線を封鎖する
 海岸線を封鎖し、1の将ショウキが指揮する鬼の本隊の上陸を阻止します。
 最も多くの鬼達が上陸を目指す地点となりますので、水際での攻防にはかなりの激戦が予想され、数多くの熟達した冒険者の参加が必要になるでしょう。
 但し、鬼との戦いに於いて、実力を伴わない蛮勇は死を意味しますのでご注意ください。
(40レベル以上推奨)

(2)湾左側で敵を迎え撃つ
 湾左側に展開して、別働隊として上陸を目指す2の将ガドウ率いる鬼の精鋭部隊を迎え撃ちます。
 ここの守りを突破され、別働隊の上陸を許せば、鬼の本隊との挟撃を許すこととなり、戦況は著しく不利になります。
 相当の実力者でなければ、逆に返り討ちにあうことも予想されます。
 持てる実力を如何なく発揮して、鬼部隊の上陸を阻止するべく全力を尽くしてください。
(50レベル以上推奨)

(3)湾右側からの上陸を阻止する
 湾右側の守りを固めて、賊将ラゴウ配下の鬼の海賊兵団が上陸するのを防ぎます。
 他の上陸部隊と比べて錬度はやや低いものの、水練を得意とする者も多く、水際での戦いには長けていますので油断は禁物でしょう。
 湾左側と同様に、海賊兵団の上陸を許せば、鬼の本隊との挟撃を許すこととなります。
(31レベル以上推奨)

(4)後方を警戒する
 エミシ州に潜んでいるだろう鬼達による奇襲に備えて、後方の守りを固めます。
 現在、3の将スズカ率いる鬼の遊撃部隊の動向が依然として不明となっており、大規模な奇襲なども十分に予想されますので、こちらにも人数を裂いておく必要があります。
 また、後方の守りが堅ければ、挟撃を受けた時に被る被害を抑えることができるでしょう。
(31レベル以上推奨)


 

<リプレイ>

●賊将・ラゴウ
 楓華列はエミシ州。
 ナミベの国を襲う大軍団。
 湾全体を埋め尽くす様なその船団は、
 その一翼を担う艦船を指揮するのは、海賊上がりの将、ラゴウ。
 戦の功を焦ったためか、若干先んじて陸に揚がろうとしたところを、見知らぬ集団によって第一艦艇が沈没間際に追い込まれた。
「ガドウが見ておるのだ! 無様は晒せん!」
 自ら討って出ると、敵の数は僅かに自らが指揮する部隊に勝る程度。
 僅かその程度の劣勢の筈が、先頭を行く第一艦艇を沈められたことで大きく変わっていった。
「重軽傷? そんな数は一々報告せんで良い! 死んだ数だけ言え!」
 歯ぎしりの音も響く操舵室で、ラゴウは五名が既に海の底に沈んだと聞いて烈火の如く怒りを露わにする。
「ラゴウ様。ここは一端体勢を立て直し、本隊と同時に打って出るべきだと……」
「巫山戯るな! 先陣を切る栄光を目の前にして、何故下がらねばならん?! そんなことをすれば、ガドウにわざわざ先陣の手柄を譲ることになるのだぞ! 敵の数はこちらと五分! よく見定めて攻めればまだまだこちらに分がある!」

 ――数が同じなら、エミシの武士など恐るるに足らぬわ!

 ラゴウの勘は的確だった。
 今までは、の話だ。
 海原を蹴立てて港を襲い、船を襲い。
 近隣にラゴウの海賊船に匹敵する敵など既に無く、無敵の強さを誇っているが故に……。
「異国の狗が味方をしている」
 という、3の将・スズカの言を軽く見てしまったのだ。
「行けい! 飲み込め! 押しつぶせ! 餓鬼共に誰が本当の支配者か、教えてやれ!」
 水のような髪を持つ戦士と切り結び、横に居たヒトの戦士と鍔迫り合い。
 一撃の下で、肉塊に果てる筈の敵が、未だに目の前に立っているのを見て、ラドウに焦りが産まれる。
「! 奴らが、俺と同じ技を?!」
 目の前の敵の武器が。
 後衛に位置する術使いらしき雌の武器が。
 姿を変じ、凶悪な力を蓄える。
「小癪な! 天子と同じく、我等と同じ力を振るうか! 矢張り狗よ! 真似事しか出来ぬ見苦しい屑共が!」
 怒りを武器に乗せ、我が身に振るわれる剣を盾で叩き落とすと、黒髪のヒトに真一文字に一閃を叩き込む。
「そこで寝ておるが良いわ!」
 戦意を失ったヒトをうち捨てて、浜に飛び降りたラゴウを十重二十重の敵が相対して構えている。
「野郎共! 飼い犬共を蹴散らすぞ!」
 先に飛び出そうとする戦士達を手で制し、僅かな回復役と貴重な隠し球を配置に付かせる。
「構えッ!」
「応ッ!」
 隠し球の取った構えに、敵の後方がざわめきを見せる。
「殲術の……」
「……知っていやがったか」
 奥歯を見せて笑うラゴウ。
「蹴散らせぇッ!」

 轟―――ッツ!!

 互いの第一撃が、浜を嵐と爆発と炎で埋め尽くす。
 だが、次の一手に先んじて、ラゴウらの傷は消えていく。
「貴様が先か、化け物ッ!」
 ヒトの姿を取った角の無いムシャリン。
 それ目掛けて、横薙ぎに振るった必罰の金棒は堅い鎧に止められる。
「面妖な! ムシャリンは大人しく尻の下で居ればよい!」
 敵の振るう武器には、頭上の羽毛の様なものの力が宿っているのか、ラゴウの楯を付けた腕がミシリと鳴った。
「ラゴウ様! 1の将様から撤退の命が!」
「何を抜かす! まだ戦える。まだ戦えるぞ!」
 血飛沫を上げながら、振るう金棒に力を注ぎ込むラゴウだが、自らの勝敗は良く分かっていた。
「何人死んだ!?」
 噛み締める歯が鳴る嫌な音が、ラゴウ自身の怒りを物語る。
「20は下りません!」
「……そこまでに……」
 下がったものも含めれば、既に勝敗は決したも同然の数だ。
「ええい、忌々しい。野郎共、撤退だ! ショウキの本部隊に合流する! ガドウの部隊には囮をさせておけ!」
 尻尾を生やした雌が身を分けて攻撃してきたのが、かわす寸での所でラゴウを捕らえる。
「グォォッツ!? 殺られぬ……これしきのことで、殺られはせん!」
 握った金棒を薙ぎに一閃。
 雌諸共、敵の前衛を薙ぎ払う。
 顔を覆う半身の仮面から、血が滴り落ちる。
 回復が、受けた傷に見合わなくなっているのだ。
「ふふふふ……ふははははは! 俺が血を流す? あり得ぬ! 認めぬ! 飼い犬共に、牙を抜かれた狗共に負けはせん!」
 術使いの攻撃がラゴウの身を浸食する。
 炎が四肢を焼き、肺腑までも虹色の炎に焼かれるが如き灼熱の恐怖がラゴウを襲う。
「殺られはせん!」
 噛み締める牙が、己の顎を砕く。
 唸り、吼える。
 敵中央に飛び込んで、術使いと前衛のただ中で己が命を金棒に刻みつけ、敵全てを引き裂けと一閃し……。
「とどめ!」
 周囲を舞い飛ぶ、薔薇の花片がラゴウを死の淵に誘う。
 意識が白い闇の中に落ちる刹那に、鬼の賊将が見たのは、天に浮かぶ赤い月だった。

●1の将・ショウキ
 ナミベ本領の湾に浮かぶ大船団の中央。
1の将ショウキ率いる部隊は、先陣を行く賊将ラゴウらの動きを静かに見つめている。
「将軍。此度の戦に、ラゴウを用いたのは、間違いではありませぬか?」
「貴殿、将軍に失礼で有るぞ!」
 憮然とする臣下を手で制して、ショウキは言う。
「お主が、そう思うことも不思議ではない」
「将軍!」
 横に控えた鬼が血相を変える。
「だが、此度の戦には親方様の長年の悲願成就がかかっておる。背に腹は変えられぬとでも、覚えておくが良い」
「御意っ!」
 深く、頭を垂れて、臣下が下がったことを見届けると、ショウキは眼前に広がる湾を見渡して、呟く。
「スズカめ。獅子身中の虫となるか、或いは……」
 船は、静かに湾の中を進む。
 月明かりに照らされて、湾内の浅瀬も彼らには日中に見下ろすが如くありありと分かる。
 鬼達の目指すは海岸線に灯る漁り火。白く明るく海を照らす明りに導かれるように進む船の上で、両翼に展開する2の将ガドウ率いる船団と、賊将ラゴウ率いる船団に異変を察知して、見張りの兵が叫ぶ。
「敵襲! 両翼に敵の攻撃が!」
 兵士の声に、船内にざわめきが走る。
 満月の日を外し、敵に気取られぬ様に細心の注意を払って移動した船団を、こうも容易く見破るとは――。
「狼狽えるな!」
 ショウキの一括が船団に響き渡る。
「将軍……」
 何を言うのか。
 如何なる命令が下されるのか。
 兵士達の表情に、ショウキの次の一言を待つ期待の色が浮かび上がる。
「3の将の報告の通り、敵はエミシの狗のみに非ず! 異国の番犬を手に入れた天子共が、我等が悲願を阻む為に寄越したに過ぎぬ! 貴奴らが如何様な策を弄してこの場に集ったかは知れぬが、憎き天子めに荷担する悪逆の徒共に遅れを取る我らではない!」
 甲板を踏みならし、立ち上がるショウキの目に憎らしくも輝く地上の灯り。
「見よ! 貴奴らのあの貧相な陣構えを! 勝機は我にあり! 2の将ガドウよ、ラゴウに後れを取るな! 本陣、前へ!」
 天高く突き上げられる拳に、鬼達の拳が遅れて突き上げられる。
 天に向けて伸びる腕、腕、腕。
 それは大きく天空に弧を描く月さえ握り取るように、力強くある。
「将軍。3の将の部隊がまだ動きませぬ。あの女、もしや此の期に及んで……」
「案ずるな、奴も戦人よ。猛る血がその身に流れるが故に将にまで登り詰めたる、希に見る手練れ。この一番を目の前にして、闘わずして逃げ帰ることなど、その血が許さぬわ」
 副官を制し、状況報告を次々と聞いては指示を出すショウキの瞳には奇異な敵の姿が映る。
「その身を覆う奇っ怪な三首の大蛇……あれがスズカの報告にあった奴か。弓兵! 貴奴らを討ち取れ! 一匹たりとて逃すな! ……」
 戦場を駆ける敵兵と、自軍の兵士達が切り結ぶ様をつぶさに見届け、敵の動きを見逃すまいと見開かれる3の将の瞳には、敵ながら巧みに技を繰り出す異形の兵士達の姿が見える。
「蜥蜴人間、有翼人種、ムシャリン人……それにキナイのドリアッド共か……いや、あの腰抜け共が戦場に姿を見せる筈もない……何と?!」
 敵兵の、動きをつぶさに見れば見えてくる。
「伝令! 伝令!」
 戦場を駆ける伝令に託された指示が行き渡る頃には、初めの打撃を差し引いて、充分に押し返すに足る余力が産まれてくる。
 見渡す戦場の全てが優位となるや、ショウキはようやく伝えられた各地の戦況を聞いて愕然となる。
「将軍! ラゴウ様討ち死になされました。敵を諸共に薙ぎ倒し、多くの兵が脱する機会を作っての、壮絶、勇猛なる……」
「残った兵を収容し、本陣にて備えさせよ!」
「は!」
 伝令の口を手で制して、近属の鬼に指揮を出すと、伝令に近くに寄る様に手で指し示す。
「将軍……」
「死して何の忠孝か!」
 他に聞こえぬ様に、伝令の首根を掴む様に叱責する。
「親方様より預かりし、最強の兵団に敗北の二文字を刻むは無能の証と知れ!」
「は、はーっ!」
 顔面を蒼白にして、震え上がる伝令を投げ放つ様に離すと、戦場に広がる軍気の流れを読む如く、視線を走らせ。
「見慣れぬ技を使う者共……あれは正しく異国の技。天子め……貴様、国を売って更に我等を生むか! 潰すか! 手段を選ばぬか! 腐りきった老木めが!」
 知将と唄われても、一挙動で全てを察するには戦場は余りに広く、また敵の操る技も多岐に渡り。
 だが、その姿を目に焼き付けて、老将は策を練る。敵を知ることこそが、勝利へ繋がるのだと知っているから。
「将軍!」
「ガドウの部隊が停滞しておるな。ラドウの部隊より帰参した兵を回せ。さて、そろそろか?」
 目を細め、陸上を見るショウキの瞳に燃え上がる敵の陣が見える。
「やりおるわ。スズカめ、この時を計っておったな」
 含み笑いで敵の後方より上がる炎を見定めて、撤退を促すショウキ。
「全軍撤退! ガドウ軍にも通達せよ。我等は一時撤退する!」
 ショウキの命は一斉に伝達される。
 接舷した船を捨て、火矢で焼き落とす準備をする中で、撤退は速やかに、克つ一切の追撃を許さずに行われた。

●3の将・スズカ
「……ラゴウは逝くね……敵を甘く見すぎさね」
「姐さん。では、俺達は?」
 暴れたくて仕方がない。そんな様子の副官を睨め付けて、スズカは唇の端を上げて笑う。
「決まってるだろ? こんな美味しい料理を目の前にして、食べないのは失礼ってもんさ」
 掬い上げるようにして掲げた左の手の平。
 そこに丁度敵の掲げる松明等の光が乗って、まるで掌の上に登った蛍の様に明滅する。
「では、手はずは整えましたぜ?」
「ようし、それじゃ行くよ! 弓隊、よぉく狙うんだよ?」
 林の中を一気に駆ける鬼の軍。
 その軍気を感じ取ったのか、竜頭の戦士達がスズカに殺到せんと武器を構える。
「構えーっ!」
 巨大剣を構えて、叫ぶスズカに合わせて抜刀する鬼、鬼、鬼。
「撃てぇぇぇ−っ!」
 咆吼と同時。
 侵攻の歩を止めた弓持つ鬼が先陣を切る鬼達の頭越しに、敵兵目掛けて矢を射掛ける。
 避けられた矢、命中した矢。
 それが一気に爆発を生み出して、敵兵達を爆発の中に巻き込んでいくが……。
「これしき!」
 一瞬の爆炎を越えて、殺到した敵兵の眼前には奇妙に空いた空間があった。
 鬼達は、前衛の戦闘部隊と共に走る補佐以外には、後陣で矢を射掛ける弓兵とその護衛が大きく二つの陣を構成していた。
「甘いよ!」
 踏み込んだスズカの眼前に、驚愕の表情の術使い達。
「喰らいな!」
 五人の鬼が身構え、直ぐ横を四人の鬼が固める。
「来るぞ!」
 敵兵が叫ぶ。
 背後の仲間に注意を呼びかけたつもりだろうが……。
「そうだよ、逝っちまいな!」
 振り抜く巨大剣。
 豪腕が振るう金剛棒。
 スズカを含む六鬼の生み出した嵐が、敵兵を蹂躙する。
「愉快だよ。ああ、愉快さね!」
 硬直した身をほぐそうと高笑いのスズカの視界に、術使い達が辛うじて攻撃の範囲から逃れていたのが動きの止まったスズカ達目掛け、炎を生み出して放つ。
「甘いねぇ……」
 動かぬ四肢から力を抜いて、嘲笑するスズカの目の前に、剣を構えた鬼が敵との間に潜り込み……。
 炎が、鬼の身体を焼き尽くす前にかき消え、放った術士に不可視の衝撃波が唸りを上げる。
「ふふふふ。あーっはっはっはっは!」
 己の肌を焦がす炎の怪我も、瞬く間に回復していく。
 味方の矢の攻撃も、敵の半端な攻撃も、その身に宿る加護の力で無効となることを知り尽くした上での攻撃。だが、敵を知るが故に、この策が長時間は通用しないこともスズカは知っている。
「こんなに、乙女の柔肌を傷物にしてくれたんだ……死んで詫びる位のことはして貰うよ!」
 手当たり次第。
 振るう巨大剣の餌食としながら、受ける攻撃を時に避け、時に鎧で軽減して走るスズカの目が怪しく輝いた。
「男は、死になっ!」
 術使いの男。その生っ白い首目掛け、血に濡れた巨大剣を叩き落としていく。
 避けきれず、肩に刃が触れた瞬間に、敵は爆発の中心にいて、己がその爆発の源に居たことさえも知覚する前に吹き飛ばされる。
「ち! ……ここまで入れ込むつもりはなかったんだがねぇ……退くよ!」
 有尾の剣士に斬られた服を引き上げて、口内に残る血の塊を吹き出して告げると、スズカは敵に背を向けて撤収を告げる。
 数多くの仲間が傷付きながら、しかし誰一人欠けること無く逃げおおせたことは、大きな意味を持って……。

●2の将・ガドウ
「一騎当千の兵は何処! 貴様等が天子の狗でないというならば、我が刃をその身に受けても闘うであろう!」
 本部隊率いるショウキから撤収の知らせが入った。
 だが、ガドウは食い足りない。
 戦い足りない。
 ショウキの報告を聞き、スズカの報告は半分は信じたのだが、戦場に立って剣を交えて判ることもある。
 憎々しげな視線を寄越す敵の中、多少は骨のある存在もいるかと思って来てみれば、造作もない。
 口だけの、似非平和主義者達を一瞥し、己が腕、背にする臣下を信じて剣を振るう。
「敵に兵無し……所詮は狗よ。痛みも、屈辱も、悲しみさえ知らぬ下等な飼い犬共……」
 豪腕一閃。
 片手で振るう刃が敵を引き裂き、纏う鎧は剛健さを増してガドウの身を守る。
「将軍! ラゴウ殿、壮絶なる戦死の報が。また、ショウキ様より撤退の命が出ました」
「そうか……奴も、最後は親方様の兵として逝ったか……」

 ――在る意味、羨ましくもある。

「将軍?」
 呟きを気取られてはいかぬ。
 まさか、戦場で死に場所を得た者を羨む等とはあっては為らぬことだから。
「問題ない。しからば、我等の部隊は殿となって狗共を蹴散らそうではないか!」
 竜頭の戦士。
 有翼の戦士。
 長耳の術士。
 誰もがガドウの身を刻み、突き刺し、焼かんと欲するものの、戦場を駆け続けるガドウを捕らえ続けることは適わず、斬り結んだ剣の重みを介して敵の敵の言葉の端々を感じ取ることが出来るが……。
「スズカが正しい、か……その姿、我等を模倣しても心までは模せぬ様だな狗めが!」
 走狗共を蹴散らして、追いすがる敵兵に渾身の一撃を喰らわせる。
 術士らしき存在が戦士の用いる技を使い、戦士が術士の技を用いる。
 誰が見ても、それは互いを心底は信じられない、狗が叫ぶ『正義』とは程遠い、他者を信じぬ卑しき現れにしかガドウには見られない。
 同胞を数と『正しき』と宣ずる力で貶めてきた存在と、全く同じ匂いを感じるのだ。
「愚かな……己を信じ、友を信じれば何故に人の技を振るうことがあろうか……所詮貴様等は上辺のみ! 死して己の矮小を悔やむが良いわ、飼い狗共め!」
 術士の技も、スズカがもたらした匠の技成る鎧の前にはそよ風の如く、傷付く我が身も一瞬の内に癒され、仲間が回復する。
 ただ眼前の敵を屠ることのみを考えて、臣下と共に突き進めば良い。
 其れだけで、良い。
 立ち止まることはなく、烈風となって戦場を走るガドウに襲いかかる敵兵の中、数号打ち合わせただけの存在の中に興味ある敵も居たが、戦士の礼も弁えぬ数のみの存在には歓喜もなく。
「せめて一太刀なりとて、名乗りを上げて我に挑むは無きや?! 我はガドウ! 2の将也!」
 咆吼は響く。
 ただ戦場の中に。
 鬼の将の名を聞き、一斉に襲いかかる敵を見て、怒髪天を突く怒りがガドウの身を焦がす。
「名乗り無く、数が頼りか! ならばそちらの流儀に従う是非もない!!」
 一瞬、鎧が流麗にして剛健な元の姿を取ったのだが、気合い一つで再び鋼の城と化す。
「墜ちろぉぉぉ!」
 掴んだ剣に、頭上の羽毛の如き存在の力が流れ込む。
 そのまま力を敵に叩き込み、出会ったばかりの敵を一撃の下で粉砕する。
「鎧に助けられたか、それとも……」
 普段のガドウなら一撃の下に肉塊と化した筈が、身を捻った敵は辛うじて一撃を受け止めた様子だ。
 崩れた敵の一角から、囲みを離脱して船に走る。
 既に撤収準備を整えた配下に追いすがる敵を任せ、飛び乗った船上でガドウは波間に浮かぶ同胞を悼み、そして誓う。
「先にあの世で待て。お前達の無念、きっと晴らしてやろう。まだ、終わった訳ではないわ……」
 ショウキの下した撤退命令。
 それは現状を鑑みるに正しい筈だが、ガドウには晴れぬ。
 見上げる赤い月を、同胞の魂泣く姿に重ねて敵を見下ろす。
 無言で、再戦を誓いながら。

 後に、この戦で死んでいった同胞の数は百を下らぬと知り、ガドウはより部隊の強化と鍛錬を命じた。
 珍しく、これに同意したスズカもショウキの許可を取って姿を消したという。

<作戦参加>
湾中央部の海岸線を封鎖する 351
湾左側で敵を迎え撃つ 221
湾右側からの上陸を阻止する 216
後方を警戒する 206
合計 994