<『悪』の旗印 〜悪鬼羅刹〜>


●悪鬼羅刹
「我らの地を、奴らごときに踏みにじらせてはならぬ!」
 ヴァルゴンの号令一下、『悪』の旗を掲げた一団はディグガードを出撃した。
 その数およそ20数余名。しかし、その全てがキマイラと呼ばれる特殊な存在であり、その全貌を知る者は未だ存在しない。
 彼らは、一糸乱れぬ呼吸で散開、一番の脅威となるレイジングの効果を半減させると同時に、剣と鎧に身を包んだ者が仲間を守る盾となって個々のトロウルに当たる。
 一方で攻撃はと言えば、単独のヴァルゴンを含め武道家風の者たちが3人1組となり、斬鉄蹴を中心とした攻撃を仕掛ける。
 そして後方からは術者や牙狩人たちが攻撃と回復に当たり、トロウルが出て来た際には迷わず逃げる。その間にヴァルゴンを含めた前衛のいずれかが戻ってフォローするというシステムになっていた。
「しかし……それだけじゃトロウルは倒せない筈!」
 その読みは正しい。トロウルの体力は尋常ではなく、その上に召喚獣タイラントピラーまでもがある。そこに来て、吟遊詩人を交えた回復要員がいる訳で……まさに底無しである。
 だが……。
「あれは……!?」
 その時、目に入ったのは異形の忍びの姿。トロウル側の数少ない術者の傍らに突然現れた彼らは、シャドウスラッシュやバッドラックシュートを以て、徹底して倒す策。

 一方のトロウル側は、精鋭とは言えど、警衛隊が誘導した24名(8人の冒険者パーティ3組分)である。こちらは漲る体力にモノを言わせた力押しの攻防。回復は後方に控える医術士や吟遊詩人に任せ、攻撃はレイジングを中心としながらも、デストロイブレードやホーリースマッシュ、達人の一撃など……。幾人かが抜けて『悪』の術者を狙うが、それ以外は、ひたすらの全体での前進。取り囲んでのレイジングなどを狙っているのだろうか。

 数はほぼ同数ながら、個々のキャパシティに勝るトロウルと、全体での統率と連携で柔軟な策を展開する『悪』。そしてヴァルゴン。
 時期的なものもあるとは言え、戦場は凄まじいまでの熱気を帯び、両者の戦いは尚も烈しさを増す。
 しかし、先に回復要員を打ち倒したのは『悪』。先に大きな傷を負った仲間のモンスター化を、機を計って成すことで、それまでも利用した非情な戦い方を見せる。
 そしてヴァルゴンだけは、わざと自らの身を敵の前面に晒しつつ、無風の構えを併用して敵を誘う。しかし相手は完全に体に特化したトロウル。8体に二重に包囲された形ではヴァルゴンと言えど完全に攻撃を返すことは出来ないようであったが、共にいる部下とともに確実に1体ずつを打ち倒していく。  
「我が身、悪鬼羅刹となりても、仇なす敵総てを討ち滅ぼさん!!」
 吼える異形の獅子。
 そこには、かつての心は一片も無く……自らの持つ総てを否定し、如何な犠牲を払ってでも敵を滅す。それは誓い……『悪』を掲げてでも果たすべき事。ある意味で頑なソルレオンらしいとも言えよう。

 しかしそれは、捨ててはならぬモノまでも捨てた末路。引き換えに如何なる力を手にしたとしてもそれは……禁断の果実。
 禁断の果実は摘まねばならぬ。そして、今ならそれが適う筈……トロウルと戦い、多少なりとも傷ついた今ならば。
 形勢は次第に『悪』側優位に展開。今や戦場は既に半数以上が遺体かモンスターに成り果てており、いずれトロウルは倒れるか潰走することだろう。そうなれば『悪』はディグガードに退く……。
「こうまでして戦い続けてるのは、ヴァルゴンが光輝の武都を守っているつもりだから…よ。ならばチャンスはディグガードに戻る前の今しかない! 私たちの手で直接引導を渡す事。それが私たちの『ケジメ』でしょ。きっちり決着つけて……皆で帰るわよ!!」
 運命を信じてる霊査士・フォルトゥナ(a90326)は、警衛隊全員の顔を1人ずつ見つめながら、決戦の命を下したのだった……。


!注意!
 このリアルタイムシナリオは、西方プーカ街道機動警衛隊の護衛士専用です。

 

<リプレイ>


●鬨の声
 『悪』の旗を掲げし軍団と生粋の戦闘種族トロウルの精鋭たち。早朝から繰り広げられていた激しい戦いは、いよいよ趨勢が決まりつつあった……。

 ―――それを見据えるたくさんの瞳。誘導の後、巧みに戦場を脱した機動警衛隊の面々。
 風が……まるで血の匂いを静かに消し去ろうかというように、穏やかに彼らの周囲を吹き抜けていった。
「また、会おうね。桜の咲き誇る、その季節に」
 大好きな人を思い浮かべる、水鏡に映る蒼月・ミナノ(a37100)
「ろくに相談もせずに一人出てきてごめん。今は自分なりに頑張ってるつもりだからさ…生きて、帰るよ」
 笑顔を浮かべながら呟く両義・シェイ(a12634)。
「帰ったら沢山話そうね。まだ話したい事沢山あるんだ…」
 遠い空の下に居る大切な人に向けて語りかける白い月と澄み渡る青い空・リオネア(a27611)。
 決戦の前には、誰しも感傷的になったとて不思議はない。が、それは弱さの顕れとも取れる。
「…伝えたい言葉は……帰って直接、言う事ね」
 そんな彼らに赦る華・アロイジウス(a31581)が、静かに…力強く微笑んで告げる。全員で無事に凱旋を果たす気があるのなら、そんな事をいう必要はないのだから。覚悟すべきは、命を賭けた必死さと……誰の命も捨てない決意…! と。
「そうだね……必ず、戻ろうね。…羽毛の抱擁が待っているものね? ただいま、ってちゃんと、皆に言わないと」
 が、そんな彼女の更なる内面を見透かしたように、仰望清夜・イーヴ(a14619)が言葉を掛ける。今しか……言ってあげられないから。
「さて…お互い頑張って戻りましょうね? 多分リゼンさんも待ってることでしょうしネェ」
 魔王様・ユウ(a18227)が歯医者・クルティア(a07373)の肩をたたく。それに応えるようにクルティアは、にっかし笑顔を向ける。
「死ぬには良い日かと思っておったが…まだ死ねぬな」と。
 そしてまた、幾人かは団長であるフォルトゥナの元に。万一の場合に巻き込まれることが無いよう、戦場から離れたところへと避難を促す。
「あの大遠征後……私はとても後悔しました。だから今度は後悔しないよう身を尽くします。我侭を叶えて下さって……ありがとう」
 と、銀花紫苑・ヒヅキ(a00023)。
「ココに来て、貴女の元で戦えて誇りに思います」
 フォルトゥナをぎゅっと抱きしめる泪月・キララ(a27645)。
「私ね、会いたい人がいるの。だから…必ず帰りましょうね」
 と、抱きしめたまま滅多に語ることのない本音を覗かせたり。
 そして灰燼・ティーフェ(a35938)は、その活動の多くを共にしたフォルトゥナの手を握り……そして静かに挨拶。
「…沢山の感謝を、貴女へ。…団長と警備隊が、とっても好きです。…それは、ずっと変わらない気持ちです」
 そして、フォルトゥナに僅かの間隠れていることを促す。それが解ける頃にはすべて終わっている筈、と告げながら。
 そんな彼/彼女らにフォルトゥナは、かつてないほど柔和な笑みを向け、頷いたのだった。

 そして、いよいよトロウルたちの軍勢が1/4になろうかという頃……。ついに警衛隊の出番である。
「よしっ! どんな無様な姿になろうと生き残ってみせるぜ……これが最後だ。さぁ、みんなで行こうぜ。この戦いの先へ…!」
 信頼する仲間に、そして新たな死地に赴く自分自身に。迷いを捨て、気合いを込めるように陸王・ブレス(a35451)が叫ぶ。
「サシャさんとフレルさんの弔い合戦だね。きっと2人とも、みんなの無事を望んでくれていると思うんだ。だから、できる事を頑張ろうね」
 蒼穹に舞う翼・アウィス(a24878)も仲間たちに。ただ……視線の中心は、美獣乱舞・エアロ(a23837)に向けて。……『悪』を相手にする彼女が一番無茶をしそうに思えたからだろうか。
「俺なりのケジメってヤツをつけさせてもらうぜ!」
 そんな仲間たち1人1人の姿を見やり、それから邪笑と共に戦場へと目を向ける狂風の・ジョジョ(a12711)。
 そして……屍霊・イセルヴァ(a28534)が合図を出す。
「それでは、此で全てを終わりにさせましょうか」

 光輝の武都ディグガードの側から『悪』の後背目掛け、機動警衛隊の鬨の声が揚がった。

●悪の旗
「気を乱すな! どうせトロウルどもは終わりだ。モンスター化した者のみを残し、順に後背へ移行しろ!」
 『悪』の面々は鬨の声に一瞬戸惑った様子を見せたものの、ヴァルゴンの一声に我を取り戻し、流れるような所作で警衛隊の方へ陣を向け始めた。
 『悪』の勢力はこの時点で十数人。トロウル相手に優勢に戦況を運んでいたとは言え、奴らの力も尋常ではない。被害なく……とは行かなかったよう。
「…全員、無事で戻ろう? サシャとフレル、2人のためにも、絶対…」
 走りながら、暁ノ空を舞う謳風・クロノス(a33979)が仲間に向かって言った。
「何でも良いんだよ。こっからが漸くのお楽しみってな! お前ら……簡単に潰れてんじゃねぇぞ! せいぜい俺を楽しませろ!」
 先陣を切って敵中に飛び込んでいったのは、暴風の・オーソン(a00242)。
 巨大剣を易々とぶん回し、まさしく暴風の如く吹き荒れる。
 そこへ走り込んで行った剣嵐武踏を舞う戦竜・ソウリュウ(a17212)は、オーバーロードした『覇竜』を流水を切るように鋭く薙ぐと、巧みにオーソンの方へと追い込む。
「貴様らの行為が、かつての大遠征で最期まで勇敢に戦った同胞や同盟の冒険者の全てを冒涜する事すら気付かんか!」
 追い込みながらも、奴らの『正気』の部分を探るように言葉を掛けるソウリュウ。
「……惑わされるな! 最期になったのは、彼奴らが遠征を唆したからだ。我らの国を滅亡へと導き、今また聖地を穢す怨敵を討つことに集中せよ!」
 饒舌に反論を見せるヴァルゴン。同時にソウリュウの二の腕を斬鉄蹴で切り裂く。真っ赤な血が噴き出すも、休んでいる暇はない。さらに他の『悪』からの追撃が迫る。
「ゴタクなんざどうだっていいんだよ。…喧嘩上等御意見無用!」
 所詮平行線にしかならないだろう言い合いに嫌気が差したか、前に出たエアロが癒しの波動を以て傷を癒す。
 が、彼女を癒し手と認知したヴァルゴンがエアロを標的にするよう指し示すと3人1組となった『悪』が距離を詰める。
「あぶないなぁ〜ん!」
 すかさずエアロのフォローに回った恋を探して東西南北・フェイム(a14930)と猛り狂いし紅蓮の大嵐・マディン(a34736)が間に入り、その3人を抑える。
 2人の機転でエアロへの攻撃は避けられたものの、『悪』の連携はなかなかに巧み。2人が体に秀でていると見るや、一方のマディンの側にのみ向けて斬鉄蹴の3連発。これでは躱す余地もなく、フェイムの鎧聖もささやかな助けにしかならない。
 が、2人の本領はそれだけではない。マディンは巨大剣を振りかぶると、その身に宿る闘気を一振りに込め、一息に叩き付ける。それは『悪』の1人に当たった瞬間、激しく爆ぜる。わずか一撃で瀕死に追い込まれた敵は、仲間に救いを求める視線を向けるも、そこに癒し手の姿はなく、次いで叩き付けられたフェイムの専用バトルアックスによる聖なる一撃によって倒れる。
 しかし、そこからがキマイラの恐ろしさ。瞬く間にその姿は獣と化し、再び襲い掛かる。『悪』の2人はトロウルたちとの戦いの中でも慣れたのか、モンスターの死角へとと回り込みつつ、戦い続ける。そこには、かつてのような恐怖はなく、ただヴァルゴンの命に従うことと、眼前の敵を斃すというソルレオン軍本来の姿が窺えた。
 が、その『悪』を、幽明境異・クレア(a05571)のスキュラフレイムが襲う。黒炎とヴァイパーのガスによって強化されたそれは、『悪』を焼き、その身を裂いて毒を流し込む。いずれ倒れるのも時間の問題だろう。
 2体目までもがモンスター化すれば、残る1匹は死角に逃れることはできない。半ば自棄になってクレアを狙おうと走るもまだ距離があり、彼女の元に到達するより早く、風塵乱舞の・ヤチヨ(a14410)が前に立ちはだかって蜘蛛糸を放つ。
「うちは賢くないし強くもない。せやけど、うちにしか守れへん物もあるって信じたいんや!」
 それは勿論、クレア1人のことじゃなく……愛する仲間たちや親しい友人、そしてクエストを切り拓きながらプーカ領を目指す同胞たち。
 そんなヤチヨが拘束した『悪』の後ろに、同じ忍びのハトの・アヤ(a13417)が姿を見せた。その瞬間、彼女のボウイ・ナイフが閃き、影の刃が敵を切る。
「どんな理由があっても、命取られる側からすれば取る側は絶対に悪。だから正義だ悪だと掲げる事自体、無駄なんだ」
 それは『悪』を掲げる彼らに向けての台詞だが、自分自身にも当て嵌まる事は承知の上。
「それじゃ、殺すよ」
 それだけを短く宣告すると共に再びナイフが一閃……瞬く間に3匹目もモンスターと化した。
 勿論、今回ばかりはモンスターと化しただけで終わらせるつもりはない。
「…これで、この戦いで最後にするでござる。これまでに潰えた全ての命のために…我は貴殿らを滅する!」
 修行中の武騎士・アレスタ(a32233)が宣言しつつ兜割り。そして更に氷刃・シュン(a27156)が雷を纏いし矢を放つ。
「射抜かせて貰う!」
 が、そんな風に後ろに下がっている彼の元には、既に例の忍びが放たれていた。
「そこだぜ!」
 が、初手の後退がっていたエアロが一か八かで当たりをつけて、ニードルスピアを乱射。燻り出された敵が襲い来るところへ、斬徹剣・オニマル(a47970)がヴァイパーのガスをに包まれた鋭い咆哮を放つ。
 身動き1つ出来ない『悪』……いや、1人足りない。
 降り注ぐ針を逃れたヤツが、エアロを背後から切る。翼の付け根から滴る鮮血……。
「それ以上はやらせぬでござる」
 オーバーロードした野牛・コジロー(a49459)の鬼斬丸が雷と共に空を疾り『悪』を斬る。さらには錫蘭肉桂・シンナム(a04618)の描くエンブレムが激しい光と音を発しながら、敵を貫く……強化されたノヴァの力。
 それと同時にシュンの方も自らの元に来た一方に向け斬鉄蹴。これは敵も少々予想外だった模様。
「すまんが、遠距離専門じゃないんでな!」
 その間もイーヴがエアロを癒す。全ての力を賭け、誰一人喪わせないとの誓いを胸に抱きながら。

 が、その時……武都ディグガードの方から、アロイジウスが新手の『悪』を引き連れて、やって来た。どやら住民非難班が無事に潜入できるよう手筈を整えてきたのだ。
 そして、それを待っていたかのように狙い済ましたユウのデモニックフレイムが、瀕死のモンスターを焼き尽くし、闇の炎を衣とした醜悪なモンスターが再び起き上がる。
 僅かに戦力が増したとは言え、『悪』はまだまだ片付いた分けではない。この戦いはまだほんの序盤戦に過ぎなかった。

●光輝の武都
「例え、ここで命を落とすことになっても……僕は退かない」
 アロイジウスと共に、斬鉄蹴で切り拓いた外壁の一部からディグガードの内部に入った朱ぬ運命の復讐姫・シュゼット(a02935)は、新たに現れた残留組の『悪』2人を前に言い放った。
「さすがに全部は挑発に乗らなかった……って事だね」
 と、ミナノ。すぐさまナパームを以って補修中の外壁を崩し敵との間の視界を遮る。
「今のうちに……奉仕種族の人たちを連れて逃げてよ!」
「分かったわ。任せたわよ!」
 朱の刀姫・ラーシュ(a41928)は答えを返すと、迷うことなく彼女に背を向ける。その姿に、僅かな躊躇いを見せつつも、ミナノも付き従う。そしてティーフェも、
「たいした事は出来ませんが……」
 と、一方の敵を蜘蛛糸に絡み取った上で、2人の方へついて行くのだった。

「トロウルが攻めてきました。全員殺されるから、逃げてください!」
「あっちなら、助かるよ!」
 戦場を覗くこともままならない奉仕種族たちに、半分だけの真実を誇張して伝える3人。そのまま、反対側の城門の方を指し、この街を後にするよう促す。
 いずれも他の地域から連れて来られた者たちゆえ、これに従わない選択肢などない。
「これなら何とか、間に合いそうね……」
 想定していたような最悪の事態は回避……何とか住民たち多くは助けることが出来そうな気がしてきた。
「後は……シュゼット様だけなのですが」
 しかし、今それを確かめている暇は……ない。

●滅ぶ戦鬼
「フレル、あなたと共に戦うわ」
 『悪』の軍を突っ切って、逃走を始めるトロウル軍に追い縋った、白陽の剣士・セラフィード(a00935)は、フレルの形見となったバンダナを頭に結わきながら呟いた。
「無駄にはしない。必ず、生きて帰るから……決して、これ以上、誰も、何も、奪わせやしないから」
 静雪護刃・ノヴァリス(a30662)もまた、誰にともなく宙に向けて誓う。たぶん……つい先日まで同じ道を歩んでいた2人の戦友に向けて。
 そんな彼らの相手は、軍としての体裁が瓦解したトロウルたち。今では僅か6体となったソイツらを前に、殲滅を必定として立ち向かう冒険者たち。
(「自身の選んだ道と選択を悔いず、なすべきと定めた任務を果たす。共に居る仲間へ……絶えず、信頼と感謝の念を。…武運を」)
 春暉・ポーラリス(a11761)が心中で念じる。それは自らの果たす役割への誓いでもあった……。
 そして、駆け抜けたと同時にチャクラムを投じるポーラリス。力に長けている分、それ以外には比較的弱いのがヤツらの弱点なのだから。
 その攻撃に次いで、犬尻尾のおふくろさん・シェネット(a09566)もまたチャクラムを投じる。2人の攻撃に乗っているキルドの魔炎が燃え上がり、魔氷が一瞬に過ぎないがトロウルの足を止めた。
「同じ冒険者なのに、戦う事でしか会話ができないのも虚しいもんだね。国への情報漏洩は阻止させてもらうよ!」
 そして、セラフィード、ブレス、シェイ、アウィス、白いダークエルフの狂戦士・ギーギィ(a02960)、守護の剣・ジーン(a34701)、流浪の武刃・アスカ(a15709)らがその前に出た。
 敵が6体ならば、同数で立ち塞がれば後衛への攻撃はかなり避けられる筈……。
 長剣『残雪』を用いて敵を断ち切るブレス。勿論、前線に出る以上は鎧聖を施してはあるが、些かの不安を拭い去ることは出来ない。……それでも絶対に生き残って見せる!!
「誰も……これ以上、誰も死なせん!」
 全員に鎧聖をかけ終えているジーンは、突っ込んだ勢いを借りて聖なる一撃を放つ。いざとなれば自ら盾に……信頼する仲間を想うその気持ちに嘘は無い。
 そして、シェイは巧みなサーベル捌きを以って、トロウルの堅い防御を打ち破る一撃……いや、死連撃を決める。黒耀『獅月桜牙』の軌跡が大輪の薔薇となり、一瞬にしてトロウルの強大な生命力を根こそぎ奪い去った。
 同様に、オーバーロードした熾煌剣『ソルレイザー』で虹色に輝く美しい衝撃波を当てるセラフィード。
 やはりこれも、トロウル戦には極めて有効な手立てではあるが、それだけではトロウルの無尽蔵とも言える体力を削り取ることは出来ない。
 そこにアスカの斬鉄蹴が加わり、更にはキララとリオネア2人のエンブレムノヴァ…そして聖痕少女・イコン(a45744)と石と祈り・スティファノ(a31802)の2つののデモニックフレイムとが加わる。これ以上はないほどの火力集中。
 燃え上がる漆黒の炎と共に、トロウルと同じ力のクローンが完成。まるで同じ姿を持つ者を憎むかのように、他のトロウルへと襲い掛かっていく。
 そのクローンを助けるかのようにアウィスが眠りの歌を奏でる。単なるソレなら効かなかったかも知れないが、ヴァイパーの力が加わった歌は極めて強力。すぐにトロウルたちを眠りに落とした。
 が、タイラントピラーの力は、当然、眠っていても健在。すぐに眠りも魔氷の拘束も逃れ反撃に移ることに……ここまで来ては、さすがに逃げ切れないと悟ったのだろう。
 だが、そんな風に窮鼠となった敵ほど恐ろしい者はない。
 彼らは力を使い果たして逃亡に移った訳ではなく、殿の1人がレイジング。更にはもう1体がアウィスの懐に入り、達人の一撃。
 散開するためとは言え、さすがに彼の体力で前衛の面々と共に前に出たのは、あまりに不用意……狙われて当然であった。
 しかし、この時、保険の為にと備えていた手が効を奏した……そう、彼の魂が肉体を凌駕したのである。
 そして狙われたのは彼だけではない。前衛に出た者たちの中でも次に体値に劣るシェイ。彼にトロウル凶戦士の闘気が込められたデストロイブレードが叩き付けられ、爆ぜる。 すぐにギーギィのヒーリングウェーブが迸るも間に合わず、一撃で倒した代償に自らも一撃で倒される羽目に。すぐにジーンが駆けつけ、彼を範囲外へと引きずり出そうと試みる。
(「これ以上喰らったら……」)
 そして……更に残るもう1体は、2枚のチャクラムを恐れ、ストリームフィールドを展開。極めて素早い対応を見せる。
「仕方ないわね……」
 そうなると通常の飛び道具は無効。しかし、ポーラリスもシェネットも前例を目にしただけに迂闊には飛び込めない。まして前衛に人数も居る以上、固まるのは不利なことこの上ないのだから。
 そこで2人が選んだ手は『ホーミングアロー』。示し合わせたわけでも合図を送った訳でもなく……完全に戦闘のセンスである。チャクラムの刃が再びトロウルの肌を切り刻む。
 そして再び冒険者たちの攻撃。しかし今度はリオネアやスティファノが少しだけ距離を置いて治療に回り、確実性を増す。
 それでもキララのエンブレムノヴァ、イコンのデモニックフレイムが決まって2体が斃れ、さらにもう1体をあと1歩まで追い込んだ。残り僅かである。しかし次いで繰り返されるトロウルの反撃は懲りずにアウィスを狙うもの。それは、執拗な攻撃が敵の体制を崩すことになる……と知っているかのよう。
 しかしそれを防ぎに回ったのは、アスカだった。
(「たとえ、この身を盾にしても……もう誰も討たせはしない!」)
 初めからそう心に決めていた彼の身体に、無情にも2匹の巨大な得物が叩き付けられる。骨が軋み……そのまま彼は崩れ落ちたのだった。
 そしてまだ、あと少しだけ戦いは続く……。

●悪鬼羅刹
「貴方達が哀れ、だ。…此処には何もない。唯、空虚だけがあるのみ。それでも。護りたいモノがあるというのか?」
「…お前達は…そんな姿になってまで戦争がしたいのかよっ!! 守るために戦ってたんじゃないのかよ!?」
 次々とモンスターに堕ちて行く『悪』の面々を目の当たりにし、ジーンが、マディンが告げた……いくら連中の連携が巧みとは言え、それを既に目にしている上、更には僅かながらも休息を取り人数も先ほどまでのトロウルたちの倍近く居る以上、同盟冒険者の優勢は易々とは動かないだろう。
 ―――易々とは。

 しかし『悪』の側には、唯一その流れを断ち切ることの出来る存在がある。勿論、白き異形の者……ソルレオン軍の元将軍ヴァルゴンである。
 そのヴァルゴンを正面から相手にしているのは、狂気が乱舞の赤ペンギン・ヒナタ(a40516)、機動装攻・ディスティン(a12529)、比翼の残影・ヒルド(a07268)、そしてジョジョ。
 これまでの戦いで、サシで戦ったところで敵うはずもない事を熟知している彼らは、取り囲んだ上での物量作戦を取らざるを得なかったのである。
「くぁ〜はっは〜〜! 歪な命が今終わりを迎える! くらえ! 赤ペン・ファ〜イナル・ダイナミーーック!!」
 オーバーロードした真・トゥーハンデッドハリセンを用いてのデストロイブレード。闘気の爆発がヴァルゴンを襲うが、囲まれても尚、攻撃を躱してのける。
「当たらなければ価値は無い!」
 その攻撃に斬鉄蹴を以って応えるヴァルゴン。
「戦士に言葉は不要…もう、これ以上は語るまい。悪に堕ちたソルレオンの将よ、この機動装攻が引導を渡してくれる!」
 ディスティンのホーリースマッシュ。しかし、それも……。
 さらに、ヒルドのミラージュアタック。防御困難なそれすらも、ほぼ万能とも言える彼の防御を崩すことは容易ではなさそう。そしてジョジョの必殺の一撃もそう簡単には……。
「貴方とは縁がありますね……ですが、もうこれっきりにしましょう」
 星狩人・エトワール(a07250)が影縫いの矢。しかし強化されていても、そもそも当たらないのでは効果も発揮されず。
「……縁? 知らぬな。お前は踏み潰し損ねた蟻をいちいち覚えているか?」
 平然とエトワールを否定するヴァルゴン。だが、それは冷静さを失わせる彼の手でもある。ここで怒っては負けなのである。
「この両手に誓う。フレルさが繋いでくれた希望、願いを…成就させると!! だから、見守ってくれぎゃ!!」
 赤い風・セナ(a07132)が、両の術手袋を見つめながら、ヒーリングウェーブ。次いでクルティア、ヒヅキも同様に癒しの力を以ってヒナタの傷を綺麗に癒す。
「これでもワシには、死んだら泣く者も怒る者もおる…貴様にはいるか、大事な者が?」
 その合間、クルティアが尋ねる。
「ふん……泣くも怒るも弱き故に生まれる感情だ。力なきことは生きる上に置いて無価値。大事な事は我が誓いを果たすことのみ。地位も、信条も、正義も……すべてを捨てて得た『力』を以って、トロウルだけでなく貴様たちも討つ!」
 ヴァルゴンが吼えた……それはまさに力強き獅子の咆哮であった。

 戦いは、かつてないほどに長く続いた。旅人の篝火・マイト(a12506)が隙を誘うようにホーミングアローを射ち続け、同様にイセルヴァは後ろから不吉を象徴せしカードを投げつける。
「たとえ力尽きようとも、ここで退く訳には行きませんっ!」
 マイトが、改めて覚悟を決める。
 その覚悟が通じたのか、幾度も攻撃を繰り返すうち、ようやくホーミングとバッドラックシュートが立て続けに命中、しかし、次いで放たれた貫き通す矢がヤツを貫くことはなく、蜘蛛糸が絡めとる事もない。それより先に不幸を脱したヴァルゴンは、そう簡単にはコンボを決めさせてくれそうにはない。
 ヴァルゴンの得た『力』がとてつもないのだろうが、それに加えてヴァルゴン自身が織り混ぜる無風の構えがそれを助長し、その都度、ダメージを伴う攻撃を控えている為もある。

 しかし、取り囲んでヴァルゴンの動きをかなり制限している上、回復に専念する仲間たちが3人も居る価値は非常に高い。
 かなりの長期戦にも耐え、次第に、単発ながら数発〜十数発に1度はヴァルゴンにHITするようになってきた。
 そして……ヴァルゴン自身の傍に癒し手の姿はない。他の『悪』の旗のキマイラたちは、信頼すべき仲間たちが命を掛けて阻止しているのだった……。
 それから、悠に1時間以上も経った頃だろうか?
 既に攻撃の為のアビリティも尽きた面々が、変わらず攻撃を繰り返しているうち、ついに……ついにヴァルゴンが膝を付く。
「おのれっ! 我の力も……ここまでか!? この『力』を以ってしても、敵わぬ事が……」
 苦悶の表情を浮かべるヴァルゴン。
「誠実のグリモアを裏切りしランドアースの鬼よ。貴殿らが捨てた誇りも、誓いも……我々同盟諸国が綿々と守り続けて行くでござる。安心して眠るが良い……」
 と、コジロー。どうやら自らの職分は果たしてきたようである。

 そして……ついに冒険者たちの剣が、ヴァルゴンの躯を完全に捉える。元将軍ヴァルゴンの最期。しかし……ヴァルゴンが死したとて戦いはまだ終わらない。
 何故ならば……知ってのとおり、ヴァルゴン自身が『キマイラ』なのだから。

●戦の果て……
 かつてヴァルゴンであったモノが、著しい変貌を始めた。
 異形であっても尚、ソルレオンの面影を残していたその姿は、次第に四つ足の獣の姿になり、両の腕に纏っていた炎と吹雪は、それぞれ全身へと影響を及ぼし始め、さらには体躯が巨大になっていく。
 そして。終には完全な獣……巨大な獅子の姿となり、全身に及んだ炎と吹雪がそれぞれ体表を覆い、まるで召喚獣キルドレッドブルーに近い雰囲気を漂わせていた。
 が、変貌はそれだけに止まらず、その雄々しき鬣を湛えた獅子の額からは、再び長い尖角が生え、その上、その背中からは翼……左右それぞれが炎と氷で出来ているかのようなモノまでもが生成されたのである。

 驚異的な姿と成り果てたヴァルゴン……その存在感(威圧感)は、冒険者たちがこれまでに経験した中にあっても、かなり上位の畏怖すべき存在。
 ヴァルゴン以外の『悪』を粗方モンスター化させた面々や、トロウルを駆逐した者たちも急ぎ駆けつけるが、それでも……疲弊した今となっては倒せるかどうか……。
「でも、ここで退いちゃ、男じゃねぇよな!」
 ジョジョがオーソンと並び、視線を交わす。
「男も女も関係無いよ」
 アヤも一言だけ付け加えると、最後のハイドに身を委ねた。
「初手は私が引き受けましょう」
 ヒルドが1人、前に出る。同時に…こちらも最後のイリュージョンステップ。
 こうして冒険者たちがヴァルゴンの変貌に気を取られ、残る力を振り絞ろうとしている隙に、僅かに残った『悪』ども、そしてモンスターと化した者どもまでが逃亡を始めた。
 理性を失った者にまで恐怖を植え付けたと言うことだろう。
「貴方たちは……生きすぎたね。桜は、散るからこそ綺麗なんだよ。無粋な獣たちめっ!!」
 逃げ行くモンスターに、クレアの手から悪魔を模したデモニックフレイムが放たれ、1体が倒れ臥す。そうして生み出したクローンをヴァルゴンの方へと向わせる。
 しかし……。
 そいつが近くまで達した途端、その姿を捉えたヴァルゴンが疾駆。次の瞬間には額の尖角によって串刺しとなっていた……。
 そして、物言わぬ骸となったモンスターから尖角を抜いたヴァルゴンが再び冒険者の方へ。
 人数は多くても、これまでの戦いで持てる力の大半を使い果たした冒険者たちには、相当に荷が重い相手である。それでも何とか連携を図り隙を作り出していきたいところだが……。
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 その期待は敢え無く裏切られる事となる。
 ヴァルゴンの半身、吹雪に彩られた部分から極寒の冷気が吹き付け、前衛の冒険者たちの身体を縛り付ける。
 すぐに、後衛に控えし術士たちが凱歌を紡ぎ、拘束を解く。
 再び攻撃に移るが、ヴァルゴンには大したダメージを与えられず。
 逆に続いて噴き上がったのは、もう半身の炎。その炎が後衛に冒険者たちの身体を灼き、疾った痕から血を噴き出させ、毒をもたらす。

 攻撃、回避、そして回復……幾度かそれを繰り返した挙句、ついにアビリティも尽き、激しい火傷を負ったクルティアを庇い、ヒルドがヴァルゴンの爪に捉えられ、押し倒される。
「……志半ばで斃れても、想いを受け継ぐ仲間が居る限り、その想いは必ず果たされます。それが貴方にない我々の…」
 しかし、それは届いているかどうか……そのままヒルドの意識が遠のいてゆく。
 彼を救うべくジョジョが飛び込み巨大剣を叩きつける。
 一太刀浴びせ、ヒルドから爪を離させるもるも、ヴァルゴンの尖角がジョジョを貫く。
「ちっ、しくじったぜ! ……帰るって約束したのになぁ」
 噴き出す血と共に、何故か思わず苦笑が漏れる。
 その時、イセルヴァが激昂……熱い叫びを漏らす。
「認めませんっ! 私の目の前で誰かが死ぬ事など……認めはしませんっ!!」
 万一の場合に残した蜘蛛糸を使い、一瞬の拘束……その隙にジョジョの身体を救い出す。
 が、その直後に拘束から脱したヴァルゴンの炎がイセルヴァを包む。
 ………………更に、仲間が助けに入るより早く両の爪がその身体を抉り、イセルヴァの意識は遠く闇の中へ……。 

 流れる血の匂いに酩酊状態になったのか、それとも冒険者に興醒めしたのか、ヴァルゴンは翼を羽ばたかせるも飛ぶ訳ではなく、大きな跳躍を見せながら戦場を立ち去っていく。
「終わったのか……!?」
「ボクたち、勝ったのかな?」
「勝ったには勝ったみたい……。だけど……」
 遠くから見つめるミナノやティーフェの頬を、知らずに涙が伝う。
「兵どもが夢のあと……か。もしかすると、未来の同盟の姿なのかもしれんね…」
 王都ディグガードを背に、精根尽き果てた様子のギーギィが呟く。ある意味で現実から目を背けるかのように……。

 いずれにせよ……災いの種を残しているとは言えど、三つ巴の大きな戦いに僅か45人の冒険者たちが終止符を打ち、光輝の武都ディグガードにおける決戦は幕を閉じたのだった。

【終わり】