<ワートゥールの間防衛戦>
●ドラゴンアタック再び
ゲート転送の基点であるドラゴンズゲート、インフィニティゲートの奥には、普段冒険者達が探索しているよりもさらに深い階層が存在している。
その事実を冒険者達に最初に知らしめたのは、ワートゥール、ストームゲイザー、カダスフィアという3体の強敵だった。
冒険者達は、インフィニティゲートの奥に潜んでいたそれら3体の強敵が棲んでいた広間へと攻め込み、その脅威を掃ったのである。
そして、その戦いから3年以上を経た今、冒険者達は再び同じ場所で戦うこととなった。
希望のグリモアを破壊するという使命を帯びたドラゴン、蒼き光流ザムザグリードは、3つの広間のさらに奥深く、冒険者達が魂の回廊に至るきっかけとなった黄金の女神型ギア、エンプレスマインドのいた場所を目指している。
だが、それは、同盟諸国の冒険者達にとって攻撃のチャンスがあることをも意味していた。
地上での攻撃も僅かながらドラゴンに手傷を負わせていたが、遥か高空を飛ぶことの出来るドラゴンを相手にして有効なダメージを与えるには、ドラゴンが確実に冒険者達のアビリティに収まる地下空洞での戦いこそが有効なものとなるのだ。
冒険者達はドラゴンを迎え撃つべく、かつて強敵が潜んでいた広間でその準備を進めていた。
●泥濘の中で
「相変わらず、酷い臭いだね……」
かつてこの場で行われた戦いの事を思い出し、天紫蝶・リゼン(a01291)はそう苦笑すると周囲を見渡した。
迎撃戦の行われる3つの広間のうち、最も地上に近いワートゥールの間は、酷い腐臭で満ちていた。
腐臭の源は、冒険者達の足元を満たす腐敗した泥濘だ。
普段は近付きたくもない泥濘。
しかし、今その泥濘こそが、この広間でドラゴンを迎え撃つ上での最大の利点となっていた。
冒険者達のおよそ10倍という長い射程を有するドラゴンに対するには、いかに接近するかが重要となる。
泥濘によって自分の姿を隠すとともに、出口を塞いでしまうのが、この場における防衛線の骨子だった。
その計略あればこそ、この広間は最も効果的にドラゴンにダメージを与えられると判断され、そして現在、この広間には725人の冒険者達が集い、ドラゴンを待ち受けていた。
しかし、悪臭に不平を述べている余裕は無い。希望のグリモアの街を破壊したドラゴンは、ワートゥールの間へと近付いて来ているのだ。
それを示すかの如くに、遠く轟音が響いている。
その轟音の源は、通路を潜り抜けて来るザムザグリードが立てる足音に他ならない。
「ですが、こちらも準備は万端です」
既に冒険者達の手によって、ストームゲイザーの間とカダスフィアの間に控える冒険者達が進んだ後、広間の出口は完全に塞がれていた。
作業は迅速に進んだのには、 【アルテ】や【蒼空の剣】、【虚龍一】といった、大人数の部隊同士が連携しあったことが大きかっただろう。
さらに【雲燿1】の猛き赤鱗・フレア(a41325)の呼びかけによって、本物の通路以外の壁のあちこちにも、泥濘は塗りたくられていた。
「こうすれば、一見してどこが通路かなんて分からないだろう?」
彼女の策は、確かにその通りであった。
あとは冒険者達がそれによって生まれる隙を突くことが出来るか、それにかかっている。
「来ます……」
迫り来るドラゴンの音を聞き、小さき盾・リーリ(a03621)は短くそう告げた。
旅人の篝火・マイト(a12506)は、チャドルとマントで顔を包み、悪臭を防ぎながら泥の中へと潜んだ。
全身が汚泥に塗れ、一層の悪臭がとうに感覚の麻痺しかけた鼻をつく。
だが、希望のグリモアの危機を前に、それを気にするのは後回しだ。
そしてドラゴンは、待ち受ける冒険者達の視線の中に姿を現した。
●死闘のはじまり
ドラゴンは首をもたげてワートゥールの間を睥睨する。
その顔に、一瞬不快げな表情が浮かんだのは気のせいだろうか。
ドラゴンは悪臭を拒むかのようにその背の翼を動かしながら、冒険者達の上を通り過ぎていく。
圧倒的な巨体、圧倒的な大きさの翼が生む、その羽ばたきは風を呼んだ。
腐臭に満ちた大気が掻き混ぜられ、しかし悪臭は消えない。
粘り気の強い泥、腐臭の源であるそれは、今だけは冒険者達の味方として、表面を揺らがせることなくドラゴンの目から姿を覆い隠してくれていた。
翼を広げたドラゴンは、そのまま泥濘の上を、広間の奥へと進んでいく。
だが、その進行は、広間の奥の壁に至ったところで止まることになった。
困惑したかのような雰囲気が、ドラゴンから伝わって来る。
(「作戦は、上手くいったようですね……」)
ドジ神様・アルシア(a26691)は、泥を用いて作った隠れ場所からドラゴンの様子を見ながらそう思う。
しばし止まっていたドラゴンが、周囲を見渡す。
最強生物ドラゴン。その姿は、今、たしかに狼狽の気配をたたえていた。
それはすなわち、冒険者達が攻撃を行う隙が出来たということ。
「攻撃、開始!」
泥濘の中から姿を現した冒険者達が、一斉に攻撃を放った。
キノコモリモリ・カルア(a28603)の合図を受け、【夕焼】の天藍石の牙狩人・ユユ(a39253)は泥の中から飛び出した。
猫又・リョウアン(a04794)もまた、己の武器を手にドラゴンへと迫る。
「きちんと狙わないと……」
「あいつには通じない!」
狙いと共に放たれた矢はワートゥールの間の腐臭に満ちた大気を、そして強靭なドラゴンの鱗を貫いた。
冒険者達の放つ矢が、まるで逆さに降る雨のようにドラゴンへと飛んで行く。
「泥の中、だと……!?」
驚愕という名の吐息がこぼれ、ドラゴンのバランスが崩れた。
わずかに高度が落ちたところを飛んでいくのは、術者達の放つ魔法の群れだ。
「これは、効くなぁ〜ん?」
「喧嘩上等だぜ!」
黒炎を纏った哭きの・カイエ(a14201)のスキュラフレイムが、そして美獣の皮を被った悪魔・エアロ(a23837)のデモニックフレイムがドラゴンの体を撃ち据える。
冒険者達の体は、いまや腐臭を放つ泥に塗れている。
だが、その目に宿る凛然たる決意、そして燃え滾る程の闘志はドラゴンの目に宿る怒りなど消し飛ばす程に熱く、そして揺ぎ無いものだ。
「希望のグリモアには色んな種族の想いが詰まってます。それを……潰させたりはしません!」
蒼の旋律・キャルロット(a38277)の叫びは、この場に立つどの冒険者の胸にも等しく抱かれる思いであった。
決意と共に為される攻撃は、ドラゴンの肉体を確実に傷つける。
「狂戦士は、戦うのがお仕事です……!」
終末存在・デス(a29919)は、グランスティードで泥濘の上を跳ぶように渡りながらドラゴンへと迫り、手にした神式機殻刀【KONOHANA-SAKUYA】を渾身の力で叩き付けた。
ドラゴンの鱗が、爆砕される。
だが、その瞳はますます憎悪の色を強めて冒険者達を睥睨していた。
「ブレスが来ます! 気をつけて下さい!」
ドラゴンの喉が一瞬膨らんだことに気付き、恐怖を乗り越えた・ライアット(a16001)はそう叫びを上げた。
一時の衝撃から立ち直ってしまえば、ドラゴンが、その最強生物としての能力を発揮するまでの時間は僅かだった。
ドラゴンが口から吐き出したブレスが、ワートゥールの間に潜んでいた冒険者達を薙ぎ払う。
咄嗟に泥濘の中に潜り込んでブレスを回避せんと試みる。
だが、腐臭を放つ泥濘がブレスの帯びる熱によって一瞬にして乾燥し、代わって広間に満ちるのは冒険者達の苦痛の声だ。
しかし、これが戦いである以上、反撃を受けることは分かり切っている。
ならば、冒険者達がその備えをするのも当然のこと。
「皆さん、頑張って下さい!」
蜜色の光を擁く月・アンナ(a07431)がヒーリングウェーブを発動し、【七色彗星隊】の仲間の傷を癒す。
それと時を同じくして緑風奏でし碧眼の守護櫻花・ミスティー(a18740)をはじめとした者達が高らかなる凱歌を発動させれば、広間は勇壮な歌で満ちた。
「ライトニングアロー、なぁ〜ん!!」
セリカ特戦隊員・リーフラ(a21809)は、【戦華】の仲間達とともに泥濘の中から身を起こすと、構えた矢から雷の矢を放つ。
放たれた矢は、狙いを過たずドラゴンの体に突き立ち、そして消える。
それによる痛みは、ドラゴンの巨体からすれば僅かなものでしかなかっただろう。
だが、
「跡形もなく、この世から消え去るがいい……!!」
「こ、こっち狙ってますなぁ〜ん!?」
ドラゴンの放った吐息に薙ぎ払われ、リーフラは一気に吹き飛ばされた。
自分より遥かに小さく、そして弱い力しか持たない冒険者達にかすかなりとも傷を負わされたという事実を消し去りたいかのように、ドラゴンは攻撃を仕掛けた冒険者達へと執拗に反撃を繰り返す。
だが、それはこのワートゥールの間に集った冒険者達にとっては望むところでもあった。
「あいつが先に進むよりも自分達との戦いに集中してくれるなら、攻撃のチャンスが増える……」
そう、判断は出来る。
しかし、ドラゴンから距離をおいて冒険者達にも、攻撃は容赦なく襲いかかっていた。
ブレスが冒険者達を焼き、さらには翼の羽ばたきが衝撃と化して、ドラゴンを取り囲んだ冒険者達を襲う。
「まだまだ、これからだよ!!」
「その通りです!!」
韓紅の風焔狼・フォン(a14413)と双天牙・マサキ(a21623)は頭から流れた血を片手で拭い、再びドラゴンへとブーメランを投じた。
冒険者達が次々に繰り出す攻撃は、確実にドラゴンの体を傷つけていく。
敵の大きさも、そして飛行能力を持つという事実すらものともせず、同盟諸国の冒険者達は最強生物の体を穿ち、傷つけていた。
だが、ドラゴンが爪を、尾を振り回せば、巨体へと攻撃を繰り返していた冒険者達がばらばらと泥濘の上へと投げ出される。
「こっちの攻撃に、随分とおかんむりみたいだね」
緑陰・ピート(a02226)は、仲間達の傷を癒しながらドラゴンの様子をそう見て取った。
無視出来ないだけの傷を、自分達はザムザグリードに与えている。
だが、ドラゴンによる攻撃によって、冒険者達の側にも重傷を負うものの数は増えつつあった。
「……追撃戦に、備えましょう」
「それがいいと思います」
森の守護者・ペルレ(a48825)が短くそう告げた言葉に、ドジアッドの武道家・サヤ(a30151)も同意する。
この広間での戦いは、既に十分なダメージを与えた。
ここを通しても、ストームゲイザーの間とカダスフィアの間にいる冒険者達なら、必ずドラゴンを止めてくれる……その信頼感が、冒険者達のうちに確かにあった。
その判断に、衝撃の弾幕少女・ユーロ(a39593)は同意の頷きを向けると叫びを放つ。
「頃合いよ、撤退を!!」
それを皮切りに、冒険者達は広間の入り口、ドラゴンが入って来た方へと撤退していった。
冒険者達を追撃せんとしたザムザグリードは、自分の役目を思い出したらしい。
「人間如きが……我に!!」
広間の壁に向き直るドラゴンの口から思わず漏れるのは、憎しみの言葉だ。
次いで、怒りと共に放たれるブレスが広間の壁を撫でる。
その熱波はワートゥールの間を脱出する冒険者達の背にも届き、そして通路を塞いでいた泥濘が吹き飛んだのであろう爆発の響きが耳朶を打つ。
その後に聞こえたドラゴンの咆哮に篭るのは、自分に詐術を仕掛けた冒険者達への怒りに他ならなかった。
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