<ストームゲイザーの間防衛戦>
●ストームゲイザーの間
泥濘と腐臭に満ちたワートゥールの間からはうって変わって、ストームゲイザーの間に満ちるのは荒涼とした空気だった。かつてこの広間に巣食っていたドラグナー、ストームゲイザーは気性が極めて荒く、その力を恐れたモンスターすら近付こうとはしなかったという。
生命の気配の感じられないこの広間に集った冒険者達は、第2の防衛線として蒼き光流ザムザグリードを待ち受けていた。
第1の防衛線、ワートゥールの間での戦闘の響きは、遠くこの広間まで聞こえて来ている。
その戦いにかかっている時間からも、通路を塞ぐ詐術、そしてそれに続く奇襲は上手くいったのだろうと思えていた。
だが、ストームゲイザーの間には前の部屋のような遮蔽物は無い。
「勝負は一瞬、瞬きする暇もないか…」
黒蓮・ハワード(a62734)が呟くとおり、冒険者達がザムザグリードに勝負を挑むことが出来るのは、最初の一瞬、それのみだ。
ドラゴンがこの広間に入りこみ、そして翼を広げる……その瞬間こそが、冒険者達の待ち望む時だった。
やがてドラゴンが通路を進む、小さな揺れが冒険者達に届いて来る。
ドラゴンの巨体が生み出す速度は本来極めて速いものだが、窮屈な通路ではそれもままならないのだろう。
冒険者達が息を詰めてドラゴンを待ち受ける冒険者達の目に、通路から首が突き出された。
岩壁を削りながら、侵入して来るその威容に、軽やかに跳ねる靴音・リューシャ(a06839)は一瞬息を呑む。
「ドラゴン……なんて強大な……」
だが、その姿がストームゲイザーの間に侵入して来るにつれ、冒険者達は見た。
凄まじき威容を誇る体のあちこちに傷が穿たれていた。
鱗はところどころが剥げ、そして傷口からは血が溢れ出す。
焼け焦げた鱗は、黒炎が当たった痕跡だ。
今はまだ、それが相手が戦闘を継続するうえで重大な影響を与えているようには見えない。
しかし、傷を負わせたという、その現実はある別の希望を意味する。
「最強生物ドラゴンといえども、俺達が力を結集すれば、傷つけられないわけじゃない」
「このまま傷つけていけば、必ず倒せる!!」
ワートゥールの間、第1防衛線に集った冒険者達の勇戦の成果が、ストームゲイザーの間に集った冒険者達の心を励ます。
やがてドラゴンの体、その全ては冒険者達の眼前に示される。
勝負は一瞬。
ザムザグリードが冷静さを取り戻し、距離を取られれば、自分に勝機は無い。
ドラゴンの吐息や、翼からの衝撃は、こちらのアビリティが届かない上空から、地上の街を破壊するほどの長い射程を持っているのだ。
それを理解したうえで攻撃を仕掛けるならば、
「ドラゴンが翼を広げる寸前こそが、最高の好機……!」
記録者の眼・フォルムアイ(a00380)の目が、すっと細まった。
そして洞窟の大気を巻いて翼が広がらんとした瞬間、
「「攻撃、開始!!」」
冒険者達の喊声が次々に上がり、岩肌の洞窟に反響した。
●一瞬にかける
叫びが、喊声が、静寂に満ちた洞窟の大気をビリビリと震わせる。
そのそれぞれに宿るのは、ドラゴンという名の脅威から希望のグリモアを、そして人々を守らんとする決意と願い。
ドラゴンの持つ巨大な翼が驚愕に動きを止める。
それこそが、同盟諸国の冒険者達にとって待ち望んだ瞬間だ。
「喰らいなさい!」
翠嶂の翔剣士・マーガレット(a28680)の振りかざした凛冽花から、迸るのは不可視の衝撃だ。鱗を貫き血飛沫をあげさせた。
その足取りは軽く、そして速い。
イリュージョンステップのもたらす動きに乗って彼女は行く。
ウェポンオーバーロード、黒炎覚醒、鎧聖降臨。
可能な限りの補助アビリティをかけることで、冒険者達は一瞬のもたらす効果を最大のものにしようとしていた。
「いいか、絶対に死ぬなよ!」
白いマントの黒炎の風・ダグラス(a29693)は、敵の反撃を警戒して仲間達に鎧聖降臨をかけていく。
「みんな、合わせろ……続けていくぞ!!」
探検隊隊長・ワイドリィ(a00708)の手にした斧が堅固な鱗を貫き、ドラゴンの体に突き立った。
ワートゥールの間での戦闘で傷ついていたドラゴンの体に新たな傷が穿たれ、さらなる血の飛沫があがる。
続けざまに黒焔の執行者・レグルス(a20725)が【蒼晶華】の仲間達とともにドラゴンへ接近する。
「一発集中攻撃! そしたら撤退だ!」
ドラゴンの鱗は堅固で、そして滑らかだ。
下手に当てた攻撃は、たやすく逸らされてしまう程。
そして、自分達の為す攻撃に、ドラゴンのような強さは無い。
しかし、その一撃一撃が積み重なる時、そこに現れる威力はいかなる強大な敵をも打ち倒せると、冒険者達は理解していた。
そう、ドラゴンは確かに強大だった。
万寿菊の絆・リツ(a07264)、そして渡り鳥・ヨアフ(a17868)の二人が、エンブレムノヴァを続けざまに放ち痛打を与える。
だが、ドラゴンの目は、確かに二人を捉えていた。
反撃とばかりに吐き出される青白い炎が、二人を含めた周りの冒険者達を飲み込んでいく。
「いけない……!!」
癒しを歌う蒼き天使・フィシス(a18050)が、部隊の仲間達に視線を一瞬向けるとすぐさま彼等を助けに向かう。
「すみません……」
「今、助けますから!」
ブレスの強さに戦慄を覚えつつ、冒険者達は攻撃を繰り出していく。彼等を心配するよりも速く、為さねばならないことがあると知っていた。
「どんなに丈夫な相手だって必ず弱点はあるはず……必ず打倒できる!」
ドラゴンの体を覆う鱗へと、白牙・ミルミリオン(a26728)は不可視の衝撃をぶちこんだ。
瞬間、鱗の下から血が溢れ出し、ドラゴンがあげた声は、まさしく苦痛を帯びたものだ。
「貴様に手強いと思ってる暇は無い!! 特務の連中の帰る場所を守る為にもな!!」
天に抗う蒼き抜剣者・ラス(a52420)はドラゴンの傷口に武器を叩き込みながら叫び、そして気付いた。
その傷は、この広間、ストームゲイザーの間でついた傷ではない。
より上の階層での戦い、おそらくはワートゥールの間での戦いで、冒険者達が負わせた傷だ。
そう、戦っているのは、自分達だけではない。
地上で人々を助けている者、そしてワートゥールの間で攻撃を行った者。
自分達は彼等の為した戦果を受け継ぎ、増やし、そして最終防衛ライン、カダスフィアの間で待つ者達に、その成果を繋がねばならないのだ。
だから、冒険者達は一瞬を最大限に使い切る。
●嵐の如く
ストームゲイザーの間に集った冒険者達は、その数585名。
彼等は広間のかつての主の名の如く、まさに嵐と化してドラゴンへと襲い掛かった。
それぞれの冒険者が己の為しうる最大の攻撃を繰り出し、そしてそれらはドラゴンの体に傷として示される。
しかし、2連続の迎撃戦で総身に傷を帯びながらも、ドラゴンは動きを止めようとはしなかった。
「なんて奴だ……」
冒険者達は、ドラゴンの肉体の頑強さに内心で舌を巻いた。
これだけの傷を負いながらも衰えぬ戦意、そして戦闘能力の高さ。
大神ザウスが、この世界からドラゴンを放逐したのも頷ける。
「だが、1体で俺達に勝てると思ったのが間違いだってことを教えてやる!」
「力を束ねる者の強さを見せましょう……みんな、前へ!!」
【薫柚隊】、【灯火】、【白光1班】といった、多数の隊員を持つ部隊が一斉の突撃を仕掛けたのだ。
連携のもたらす威力は、一人一人の生むそれとは比べ物にならないほどに、大きい。
ドラゴンの体にそれぞれの攻撃は収束され、そして闘気と魔法の爆発が巻き起こった。
ザムザグリードの体がぐらりと揺れ、歓声が沸きあがる。
「竜の力。神すらも超えた極致。だが来るべき場所を間違えたな」
「美しくあるな。されどその姿も所詮は破壊の術であるか」
我が邪炎に滅せぬは唯一つ・イールード(a25380)と悠久より深き刹那・ウルカ(a38284)は、続けざまに攻撃を繰り出すとグランスティードの能力を発動させ、ストームゲイザーの間を駆け抜けた。
だが、ついに冒険者達が恐れたその時は訪れた。
ドラゴンが翼を広げ切ると、宙に舞い上がったのだ。
「矮小な虫ケラどもが……調子に乗り過ぎた己の愚かさを悔いるがいい!!」
「皆さん、攻撃が来ます!!」
風宵遊戯・ヨキ(a28161)の上げた警告の叫びと同時、羽ばたきによって生まれた風は衝撃として冒険者達を転倒させ、そして吹き飛ばす。
ブレスが次々に吐き出されると共にあちこちで苦痛の呻きが上がり、岩陰へと隠れた冒険者達は翼の風に吹き飛ばされぬよう、必死で岩にしがみついた。
もはや、飛び上がったドラゴンに剣を届かせるのは難しい。
そして、冒険者達とは異なり、ドラゴンにはそれ以上の距離からの攻撃が許されるのだ。
畳まれていた翼が、一方的にやられていたこれまでの憤懣を洞窟の大気へと叩きつけた。
空気を叩き、乾いた音を立てた翼は速度を生み、ドラゴンの巨体はもはや冒険者達の誰もが攻撃を届けることの出来ぬ距離へと離れている。
羽ばたき、振り返り、一度咆哮したドラゴンは、己に攻撃を届かせる術を持たない冒険者達を蹂躙せんと口を開く。
しかし、もはやドラゴンが手の届かぬ距離に離れたと判断した瞬間、冒険者達の行動は一気に切り替わっていた。
「ここから先は、侵攻不可! 退去勧告!」
ぼくの・マリー(a20057)が、声を張り上げる。
全ては作戦の通り。
ドラゴンが本格的な反撃を開始するその前に、冒険者達は広間の出口へと殺到する。
ドラゴンの反撃で重傷を負った者には別の誰かが肩を貸し、上へと続く通路、ドラゴンの移動によって壁が削り取られたそこを、冒険者達は駆け上がっていく。
「おのれ……またしてもか!」
この動きは、ザムザグリードの憎しみを煽った。
だが、ブレスが吐き出された時には、既に大方の冒険者達が撤退を終えていたのだ。
僅かに巻き込まれた者達もすぐに救助され、死者は誰一人として出ない。
「群れを成さねば何も出来ぬ弱きものどもめ……その抵抗が、儚いものだと何故分からぬ!!」
撤退する冒険者達の耳に、ドラゴンの上げる咆哮が届いた。
恐慌すらもたらしたかもしれないその咆哮に、しかし冒険者達は怖気づくことなく、ただ信頼の言葉をここにはいない者達へと向けた。
「いよいよ、最後だ……頼むぞ、必ずあいつを止めてくれ!!」
|
|