<リプレイ>
●作戦開始
冒険者たちはドラゴン界を目指し進軍を開始した。
カダスフィアフォート跡に生まれた、闇色の球体が遥か地平より覗く。
西方ドリアッド領を覆う森を抜けて、『第1次ドラゴン界侵攻作戦』の先駆けとして、【第1作戦】ドラゴン界突入作戦旅団に所属する約200名の冒険者が動き始めたのだった。
遠い空を、濃紺の点が飛んでいる。
ドラゴン界から定時的に出現するという、偵察を担ったドラゴンだ。
霊査士の霊視によりその情報を得た正面突破型・ストルモサ(a63322)らは、その巡回軌道を探ろうと身を潜めている。ドラゴンは恐るべき相手だ。幾ら隠匿しようとも、距離を狭めれば簡単にこちらの存在が露見してしまうだろう。
絶対に安全だと言い切れる隠れ場所は無いことを見て取り、ストルモサは巡回ドラゴン対応斑の面々を振り返る。光風霽月・レム(a35189)は真剣な面持ちで彼に問い掛け確認した。
「ドラゴンの巡回軌道下で潜伏することは難しいでしょうか?」
「……僕は、そう思います」
であれば早駆けで距離を詰め、こちらに気付くだろう敵がドラゴン界に飛び込むより早く、ドラゴンウォリアーが作り出した擬似ドラゴン界に引き込むしかない。
冒険者にはドラゴンウォリアーの力がある。
ただの人間の身では抗えぬ圧倒的な暴力さえ、封じ込める強き魂の力がある。
対応斑が偵察ドラゴンを擬似ドラゴン界に引き込めば、作戦の第一段階が完了する。倒す倒さないなど些細な問題だ。後ろには多くの仲間が居る。彼らに繋げることが、対応斑10名の役割だった。
ドラゴン界の向こう側に濃紺の点が入り込んだ瞬間。
グランスティードは冒険者を乗せ、荒れた大地を疾く駆けた。
ぐるりと巡り来たドラゴンが冒険者に気付き、報告のため身を反転させんとしたところで対応斑の擬似ドラゴン界が展開される。ドラゴンウォリアーと化した蒼翠弓・ハジ(a26881)が背丈ほどもある弦を引き絞り、闇色に透き通った鋭い矢を射れば、それが始まりの合図となった。
「この足でその地に立ち、この目でその空を見る為に」
必ず、と薄い唇を震わせ息を吐く。
「切り拓くさ」
蒼の閃剣・シュウ(a00014)の掲げた蛮刀は、真昼の月のように白く柔らかに煌いた。
「……勝利への道筋をね」
まして撤退など、意識の隅にも無い。意志と共に刃を振るえば、神の裁きを思わせる稲光が轟音と共に降り注ぐ。剛力のグリモアから新たに齎された力は、既に同盟冒険者の一部となっていた。
怒れるドラゴンが吐き出す青い炎の息すらもハジには届かず、四葉のクローバーが刻印された盾を翳すエンジェルの重騎士・メイフェア(a18529)が身を揺るがすことなく防ぎ切る。
この力が多くのドラゴンを屠り、彼らの帰還を叶わぬものとした。
その事実に思い至り、濃紺のドラゴンは深く戦慄する。
擬似ドラゴン界の内部では、激戦が繰り広げられているのだろう。
見えぬ内部を思いはすれど、岩鉄の刃・エリアン(a28689)が案じることはない。
導かれる結末など既に知っていた。彼らは何れ勝利し、本隊への合流を果たすだろう。
だからこそエリアンは、ただ自らの責務を果たすべく、酷く無骨な一振りの剣を手元に呼び出す。これが第1作戦旅団による「ドラゴン界突入」作戦開始を知らせる鐘声となった。
●ドラゴン界突入
手元から武器が消失する。
「第1作戦本隊、ドラゴン界に突入開始なのだよ!」
合図に応じて傾奇者・ボサツ(a15733)は声を張り上げた。突入後は各自小班を組んで動くよう喚起しながら、ボサツらは森を駆け抜け真っ直ぐにドラゴン界へ接近する。
誓花・メロス(a38133)は布を繋げた大振りな旗を作り、後に続く仲間たちへの導とした。
大軍の移動を容易とする、平坦な地より冒険者らは突入する。
迅速に動いた者たちが、先陣を切って黒き球体に雪崩れ込んで行く。
世界が逆転するような、不可思議な感覚が生じた。
吐き気を催すような、腸が煮えくり返るような、世界が変じる感触と共にドラゴン界へ至る。
ひとりのドラゴンウォリアーが、雪原にも似た白い砂地を踏み締めた。
空が黒い。
星のような瞬きが見える。
肌に触れるものに熱はなく、世界が内包するのは沈み込むような虚無だった。
もしもひとり取り残されたのなら、その孤独には気が狂う想いだろう。人の身であれば生き抜けぬ暴虐の地に、冒険者は今、ひとりのドラゴンウォリアーとして立っている。身に宿された魂の力は、もはや何者にも侵されることはない。
多くの仲間が居る。
だからこそ、その先駆けとなろう。
彼らもまた、そう信じていたに違いないのだ。
「……手出しは、させん」
噛み締めるように呟いた玄鱗屠竜道士・バジヤベル(a08014)は、薙刀を思わせる杖を構えて黒く鋭い針を生み出す。無数の棘が狙うのは、ドラゴン界の端で作業に勤しむドラグナーたちだ。彼らは突如現れた存在に目を見開いたところで、バジヤベルの一撃に、腕を脚を頭を砕かれ崩れ落ちる。
ドラグナーなど、ドラゴンウォリアーの敵ではない。
凶っ風・ライル(a04324)が地を蹴り、その風圧で砂地を陥没させながら、ドラグナーらが積み重ねていた立方体の岩に太刀を突き立てる。さくり、と手応えもなく断たれた岩が腹の底に響く音を立て砂地に沈む。異物を排除しつつ、冒険者たちは境界よりも奥へと進んだ。
「この地を、私たちの橋頭堡と致しましょう」
黒い壁からの距離を目算し、願いの言葉・ラグ(a09557)は穏やかな声音で呼びかける。
ドラゴンの姿は見えないが、この猶予は決して多いものではない。
巡回していたドラゴンが戻らないとなれば、異変はすぐに察知されるだろう。
癒しを紡ぐひとりとして、回復を行う者が偏らぬよう注意しながらラグは仲間を援護する。
「逃がすな!」
警戒斑に属する【黎明】チームの面々は、行雲流水・ケイン(a05024)の張り上げた声に従った。背を向けたドラグナーにいとも容易く追い縋る。ケイン自身も頑丈さが自慢の蛮刀を居合いの要領で抜き放ち、纏った烈風の加護により可能とされた素早い行動速度を生かして先手を取った。
「帰る場所が、あるんだ」
それは、白と黒で覆われた、虚無と隣り合わせの世界ではない。
ここではない場所に帰るため、灼光の銀槍・ミズキ(a31070)は突撃槍を握り締めた。
「……踏み越える!」
内より湧き出る破壊の衝動を、切り開くための力に変えて、刃状のランスを振り落とす。
●橋頭堡の確保
周辺の敵を掃討し終えれば、今度は本陣の設営作業が始まる。
戦闘を続行するだけの体力を失った仲間たちを、収容するための場所を作るのだ。
簡素な設営だからこそ作業を終えることが出来る。
「テントとテントの間に、一定の間隔を空けてください」
浄火の紋章術師・グレイ(a04597)の冷静な声が響き渡った。
【設営C斑】に所属するグレイらが、確保した通路を明示するためにロープを伸ばしていたとき、警戒に当たっていた仲間たちがドラゴンの襲来を大声で告げる。数匹のドラゴンがこちらに向けて距離を詰め、その炎を本陣に向けて降らさんとするも、警戒斑の面々が身体を張って防ごうとした。
しかし、ドラゴンの攻撃は余りにも強大な力を秘めている。羽ばたきが大気を掻き回せば、ドラゴンウォリアーにとっては余波にも至らない微風が生まれて並べたテントが薙ぎ倒された。咄嗟に飛び立つドラゴンウォリアーが地を蹴った、その風圧で倒壊するテントすらある。
「こんな初っ端から倒れんなよ!」
何せ、まだ始まったばかりだ。
獰猛な笑みを薄く浮かべて竜喰みの颶風・エーベルハルト(a65393)は、【設営A斑】の面々を鼓舞していた。しかし他斑との相談が必要かと察すれば、中空で宙返りしてグレイのもとまで降下して来る。情報伝達を円滑にすることを目的として設営に当たっていた灰色の貴人・ハルト(a00681)も、エーベルハルトらが何を考えているのかを察して近付いて来た。
「まずは警戒斑の援護に回ろう」
戦闘が本陣付近で続く限り、恐らく設営は完了出来ない。
しかし、簡素な設営だからこそ、簡単に立て直すことも出来る。
元より設営斑も、必要が生じればすぐに警戒斑を援護に向かう役割なのだ。行うべき事柄が見えているだけに冒険者の判断は早く、伝達もまた迅速に行われる。
特に警戒斑が苦戦を強いられているようだと知れば、揺籃の涙・アシェリー(a49104)は【設営D斑】の班員に声をかけ、自らも伝令役として空を翔けた。
【設営B斑】では風緑花紅・カイジ(a50823)が赤いホーリーライトを燈し、周囲に戦闘開始の合図を送る。光を浮かべた彼は自然と目立つも、癒しを担う存在の重要性は特に知っていた。だからこそ花紅風緑・ルラ(a27865)は一層の気合を篭めて野獣のように咆哮し、己の両腕から収束された気を解き放つ。向かい来るドラゴンに気の塊が命中すれば、敵は僅かに体勢を崩した。
「――迅速に、確実に」
自らに言い聞かせるように呟いて、双天牙・マサキ(a21623)はその隙を逃さずに接敵する。神経を極限にまで集中させた指先を、ドラゴンの首筋に深く突き刺した。返り血を浴びたマサキは、喧しく叫ぶドラゴンの爪に晒される。咄嗟に翳した腕が切り裂かれる痛みに顔を顰めた。
それを見た回復屋さん・ルシルク(a50996)は、小さな羽根のついた白手袋を嵌めた片手を高く翳して、柔らかく光る癒しの波を生み出して行く。そして、頭上に浮かべたホーリーライトの輝きを、赤い光から青い光にと変じさせ応援の要請を行った。
光を目にした米・ラフィキ(a50127)は、【設営E斑】の面々に声を掛け、班の面々と共に応援へ向かう。黒鴉韻帝・ルワ(a37117)の先導で後方よりの遊撃を続けていた【警戒D斑】は、素早く一匹のドラゴンを撃破すると、他に交戦中であるドラゴンを見定めてすぐさま再度の戦闘を開始した。
「攻撃を集中させて、一体ずつ確実に倒せ!」
戦の中に身を置いた黒銀の闘士・シルフィード(a46196)は、朗とした声音で呼びかける。
味方を鼓舞するルワの気合に満ちた熱い歌声を聞きながら、武人の厳然たる決意と覚悟を力に変え、シルフィードは新たなるドラゴンに鋭く攻撃を打ち込んだ。
●本陣の防衛
第1作戦の仕事である「突入」は完了している。
倒れたテントを直すのさえも瞬きの間だ。
後はもう少し、大作戦を行う冒険者すべてが集うまでの時間を稼ぎたい。
「皆さん、気をつけて。慎重に行きましょう」
目覚しい戦果を上げているチーム【四葉】のひとり、木陰の詩歌いは残月を見上げて・ユリアス(a23855)が小さく微笑んで味方の孤立が生じないよう周囲を促す。彼が空中に紋章を描き、目映い光の雨を降らせる横で、桃華の歌姫・アユナ(a45615)は仲間に残された癒しの力を確認していた。
「大丈夫です、まだ行けます!」
味方の後方に佇み、高らかに凱歌を歌い上げる。
現在の被弾状況は、チームが課した撤退条件に遠く及ばないままだ。
鉄槌の騎士・ヴィータ(a50601)ら【警戒A斑】は、上空から戦域を眺めている。戦況が不利かと思われる位置があれば、紅の鉄槌を振り翳し、編んだ淡い金色の髪を靡かせて、仲間の加勢に向かうのだ。同斑に属している闇に踊るコッペリア・クーヤ(a40762)は黒炎を纏い、新たな敵に突撃して行くヴィーダたちを支えるように癒しを放つ。
「……援軍は、暫く無さそうね」
【警戒B斑】の蒼悲天翼・ユウリ(a18708)は周囲を見回しながら呟いた。
周辺に居たドラゴンが逸早く侵入者の存在を知り、攻撃を仕掛けて来た様がこの襲撃に当たるらしい。そのドラゴンたちの一匹が報告に向かうか、もしくは巡回していたドラゴンが戻らないことでドラゴンロードらが異常を察するまでは、まだ少しだけの間があるのだろう。
そして全軍がドラゴン界に至るまでも、まだほんの少しだけ時間が必要だ。
ユウリはタスクリーダーを用いて、今のうちに現在交戦中のドラゴンを全て倒してしまおう、と戦場を同じくする仲間たちに声を飛ばす。【警戒C斑】の迷走大風・マルクドゥ(a66351)は横合いから届いた思念に「了解だ!」と咆えて応えた。彼女は心臓に絶大な負荷を掛けつつも、己の力を最大限にまで高め、蒼き巨大剣を上から下に叩きつける。
黒羽の紫電・ゼロ(a50949)は広大な戦場を移動して、手薄な箇所を見つけるたびに頭上の輝きに赤を燈した。自らも生まれかけた穴を繕うため、前衛としてドラゴンの前に踊り出で、狙い澄ました一撃を繰り出しては敵の体力を削って行く。
「援護に来ましたわ。何かあれば仰ってくださいね?」
指示を仰ぎながら蒼麗癒姫・トリスタン(a43008)は艶やかに微笑んで、ちりちりと鈴の音を鳴らす美しい霊布を靡かせる。鱗を思わせるレオタードで身を包み、額の宝石は黄金色に煌かせ、トリスタンはドラゴンウォリアーとしての力を振るった。
この戦場では、合図を注視している者が多く、すべてに対して迅速な反応がなされていた。槍を持って進む者・ベディヴィア(a63439)らのように穴を埋め合おうとする行動、そして護森人・ガルウェン(a56271)らのように負傷者を庇おうとする者が多い御蔭で戦況は随分と安定して来る。
「若者が先に散るのは我慢ならんなぁ〜ん。ここは見せ場を譲ってもらおうかなぁ〜ん」
ガルウェンは勇猛に笑い、負傷者が抜けた穴を塞いで立った。
怪我を負った者はエンジェルの医術士・アクア(a67143)のような面々が本陣に連れ込み、致命傷までは至らぬようにと休ませている。
「あたしは……、故郷のために、家族のために」
そして、全ての人々のために。
心に宿された瑠璃の輝きを想い、ミナモのおだやかおばあちゃん・リメ(a37894)は魂の色を確かめるように吐息混じりの呟きを洩らした。瑠璃色の連珠を振るい、邪竜の力が凝縮された虚無の手で、ドラゴンの防護を物ともせずに傷を刻み込む。
牙狩人ならではの鋭い洞察力を宿した美惑のカシオペイア・レビーシェ(a20478)は、遠眼鏡で周辺を警戒したまま、10体は居ただろうドラゴンが既に残り1体となっていることを心の声で戦場に伝えた。敵の援軍が飛来する気配は無い。まだ大丈夫だ。
敵の駆逐は、間も無く完了する。
「もう本陣には近付けさせるな。ここで食い止める!」
蒼星の医術士・グレイ(a09592)の力強い声に、【警戒E斑】が行動で応えた。静謐の輝きを広げて祈り続ける彼に、ドラゴンの吐く炎が届かないよう、常時自動誤字スキルは集う・ラキア(a12872)が盾になる。全身に深い傷を負ったそのドラゴンに向けて、ラキアは自らの気を練って作り出した刃を次々と投げつけた。
最後のドラゴンも、息の合った冒険者たちの猛攻を前に力尽きる。
地響きと砂埃を立てて、力を失った巨躯が白い大地に叩きつけられた。
死地とも言えるドラゴン界の中で、戦闘と戦闘の狭間に空白の時間が生まれる。
第1作戦を担った者たちに生み出されたその時間の中で、『第1次ドラゴン界侵攻作戦』に参戦するすべての冒険者たちがドラゴン界に築かれた橋頭堡にまで集結した。
第1作戦「ドラゴン界突入」は、充分な成果を上げて成功したのだった。
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