娘さんを救え!
 

<娘さんを救え!>

マスター:U.C


「よお、急な依頼が入ってきてるぜ」
 冒険者の酒場に入ると、カウンターの向こうから店の親父がそう声をかけてきた。
「町外れに、今は誰も住んでいない大きな屋敷があるんだが、昨夜、そこに肝試しに娘が数人入っていったらしい。そしたら、中にはアンデッド達が巣食っていて、慌てて逃げ出したんだそうだ。が、その内の一人が逃げ遅れて、取り残されちまった。そいつを助けて欲しいって仕事さ」
 こちらをじっと見ながら、親父がさらに説明を続ける……
「霊査士の話じゃ、娘はもちろんまだ生きていて、二階のどこかの部屋で動けずにいるらしい。アンデッド共は屋敷中に散らばっていて、数は約二十くらいって事だ。昼間に行けば、奴等も動きは鈍いだろうから、それほど苦労もしないだろう。問題なのは、やっぱり娘の方だな。早く助けに行かないと、どうなるかわからん。どうだい、引き受けるか?」
 親父が、貴方に尋ねる。
 どうするかは……貴方次第だ。


参加者: ヒトの武道家・フィル(a00166)  ストライダーの翔剣士・エン(a00389)
ストライダーの翔剣士・ミカヅキ(a00678)  エルフの忍び・ミスト (a00792)
エルフの医術士・シュヴァルツ(a01239)  エルフの翔剣士・レオンハルト(a01294)
ヒトの翔剣士・レイ(a01588) ヒトの武道家・カナギ(a01663)

 

<リプレイ>


 陽が中天に差し掛かった頃、冒険者達はその館の前に立っていた。
「……ここだな」
 いかにも古い、という表現がぴったりくるような建物を見上げて呟いたのは、ヒトの武道家・フィル(a00166)。
「とりあえず、周囲には動くものの気配もないようですね」
 あたりを見回しつつ、ストライダーの翔剣士・ミカヅキ(a00678)も、誰に言うでもなく、小さく口を開いた。
 ──静かだった。
 ときおり思い出したかのようにわずかな風が流れ、長年手入れもされず、伸び放題となった庭の雑草を揺らす。聞こえるのは、その時の葉擦れの音くらいだ。
「ともあれ、ぐずぐずしている暇もないだろう。行くか」
 エルフの翔剣士・レオンハルト(a01294)の言葉に全員が頷き、一同は屋敷の正面にある扉へと近づいていく。誰かが扉に手をかけ、引いたが……当然のように動かず、鍵ももちろん持ち合わせてはいない。中にいるという娘とその仲間達は、昨夜はどこか他の入口から入ったのだろう。
 冒険者達は、一切躊躇をしなかった。
「それじゃあ……始めるぜ!」
 威勢のいい声と共に、ヒトの翔剣士・レイ(a01588)がドアを蹴破る。蝶番が弾け飛び、あっさりと木の扉が内側へと倒れた。
 そこから、一陣の風のように進入していく一同。
「居たら返事をして下さーい! 助けにきましたから、もう少しの辛抱です!」
 ヒトの武道家・カナギ(a01663)が、ただちに内部に向かって呼びかけた。
 エルフの医術士・シュヴァルツ(a01239)が、素早くあたりを見回す。
「……」
「……」
 返事は、ない。
 扉を入ってすぐの場所は、エントランス兼、二階まで吹き抜けのホールになっていた。
 正面には階段。左右には奥へと続く通路。
 窓と壊れた入口から差し込む光が、全体を薄青く見せている。
 その中に、いくつかの黒い影が立っていた。
 侵入者へと次々に向き直ると、ゆらりゆらりと揺れながら、歩き始める。
 迷える死者──アンデッドだ。
「とりあえずこいつらを片付けながら、迷子のお姫様を捜すしかなさそうだな」
「……ですね。とはいえ、退路を確保しなければなりませんし、相手をする場所も考慮に入れないといけないでしょう」
 フィルの台詞に、ミカヅキが言う。
「まずはひと暴れ、だな」
 レオンハルトが、レイピアを抜き放つ。
「やもうえませんね。ですが、この者達に時間をかけるわけにもいかないでしょう。ここは速攻あるのみです!」
 声と共に、カナギが動いた。
 階段を一気に駆け上がると、途中で立ち塞がっていたスケルトンを捕まえ、電光石火の剛鬼投げ。  この技は、相手を遠くに投げ飛ばす技ではなく、その場に『叩きつける』性質のものだ。
 ぐしゃりと音がして、乾いた頭蓋骨が床で砕け散る。
 後は結果を確かめもせず、ひょいと持ち上げると、二階へと放った。
 まっすぐに投げられたスケルトンは、二階でたむろしていた数体のゾンビにまともにぶつかり、よろけさせる。
「はぁっ!」
 そこに、今度はレオンハルトが突っ込んでいった。
 レイピアが閃くと、ゾンビ達は身体を断たれ、バタバタと倒れていく。
 生ける死者といえど、ある程度のダメージを与えれば、再び本当の死者へと還るのだ。
 後はそれを全て、一階へと蹴り落とす。通行の邪魔だ。
「二階に通じる階段は、屋敷中央にあるひとつだけです。ですからここさえ押さえれば、下から挟み撃ちにされる恐れはありません」
 ミカヅキが、先行した二名にそう声をかけた。
 彼女はここに来る前、あらかじめ屋敷の情報を町の人間等に聞いてきている。
「……なるほどな。そういう事なら、こっちもここに近づけさせなきゃいいわけだ」
 ゾンビの胸板を拳でぶち抜きつつ、下でそれを聞いたフィルもまた、頷いていた。
「つーわけでおめーら、こっから先は立ち入り禁止だ。この中にでも入ってろ」
 掴みかかってくる新たなゾンビの手を逆に捕まえて、近くの部屋の中に放り込んでやる。
 中から外に出ようとしていた奴とまともにぶつかり、転んだのを見届けてから、ドアを閉じてやった。
「よっと」
 その扉をのノブを、レイが剣で叩き壊す。
 頑丈そうな造りの扉なので、これで簡単には出てこられないだろう。
「あ〜あ、俺って貧乏くじ引いているよな、大体よぉ皆女の子助けるって事しか頭に無くって、こういう裏方の仕事やりたがらねえし」
 ぼやきつつ、背後へと振り返るフィル。
 そこには、まだまだたくさんのアンデット達がいる。
「よぉ、せめておめーらの中に、元可愛い女の子ってのはいねーか?」
 などと聞いてはみたが……返事があるわけもない。
「……ま、そうだよな。通じるわきゃねえか」
 苦笑しつつ、頭を掻く。
「そんな事言っている場合か」
「ああ、場合じゃねえな」
 レイと二人、あとは真面目にその場のアンデッドの相手をするフィルであった。


「……始まったようですね」
「そのようだな」
 一方、屋敷の屋根の上で待機している者達もいた。
 ストライダーの翔剣士・エン(a00389)と、エルフの忍び・ミスト(a00792)である。
「では、こちらも行きましょう」
「了解だ」
 屋根の飾りに結んだロープの具合を二、三度引いて確かめると、縁の方へと降りていく。
 そして──。
「それっ!」
「行くぞ!」
 それぞれの掛け声と共に、身を翻した。
 落下しかけた身体は手にしたロープに支えられ、振り子の要領で弧を描きながら二階の窓へと吸い込まれていく。
 破壊音を上げて内部へと突入した彼等は、床の上で一回転しつつすぐに立ち上がると、ほぼ同時に武器を抜き放っていた。この辺の身のこなしは、さすがに冒険者といった所だ。
 しかし……。
「……誰もいませんか」
 鋭い目で四方を見回し、エンが呟いた。
「どうやら当てが外れたか……おおーい! 助けにきたぞ! いるなら返事をしろー!!」
 と、呼びかけるミスト。
 やや間を置いて……。
「──本当! こっちよ! 早く来て!!」
 聞こえてきた声に、顔を見合わせる二人だった。
 近い。おそらくは隣の部屋だろう。
 すぐさま二人は廊下に出るべく部屋の入口へと向かったが、
「……!」
 そのドアが向こうの方から勝手に開いた。
 軋みを上げつつ隙間が広がっていくと、そこから現れたのはゾンビの群れ。
「……君達はお呼びじゃないんだけどね……」
「まったくだ」
 ぐずぐずしている暇はない。
 こちらの声を聞きつけて彼等がやって来たのだとすれば、今大きな声を上げた目的の娘の元にも、アンデッドが向かう恐れが十分にある。
 迷わず、エンとミストは死者の群れの中に飛び込んでいった。
「汚い手で触れてもらったら困るよ!」
 ライクアフェザーを発動させ、伸ばしてくる手を次々とかわし、エンが先へと進む。 「どけ! 貴様等!!」
 ミストはダガーを振るい、ゾンビの首を切り飛ばして応戦した。
 そちらを振り返り、彼一人でもなんとかなりそうだと判断したエンが、隣の部屋のドアの前へと到達する。
 手を伸ばしかけ……すぐに引っ込めた。
 一瞬遅れて、ぶん、という風を切る音がして、巨大な刃がドアの表面に食い込む。
「きゃぁぁ!」
 破片が飛び散り、中から悲鳴が聞こえてくる。
 顔を上げると、目の前に他のゾンビよりも一回り大きなのが、のっそりと立っていた。
 ドアに半ばまでめり込んだ斧をあっさりと引き抜くと、頭の上に振りかぶる。
 生前はきこりか何かだったのかもしれない。そう思わせる程に、構えが堂に入っていた。
「邪魔しないでくれるかい!」
 こちらの剣と、相手の斧が同時に振られる。
 二条の光が交錯し、流れた。
「……くそ」
 相手の攻撃は外れたが、こちらの攻撃も相手の肩をかすめただけだ。踏み込みが少々甘かった。
 さて、どうする……?
 そう思った時、大男の背後で新たな足音。
「助太刀します! そちらは早く娘さんの元へ!」
 ……ミカヅキだった。彼女も悲鳴を聞きつけて、駆けつけてきたのだ。
「すまない、頼む!」
 素直にその言葉を受け入れ、ドアへと向き直る。
 大男ゾンビがそんなエンを見て斧を振り上げたが、
「貴方の相手はこちらです!」
 ミカヅキの剣が銀の軌跡を宙に刻み、背中を一文字に切り裂いていた。
 生者ならばそれでひるんだろう。が、大男は上体を捻りつつ、すぐさま横殴りに彼女へと斧を叩きつけた。
「なんのっ!」
 身を沈めてそれをかわし、下から上へとミカヅキが切り上げる。
 ドン、と重い音を上げて、大男の鋼の刃は壁へとめり込んだ。
「……」
 両者の動きが、そこで一旦止まる。
 やがて……よろりと背後によろける大男の身体。
 斧を手にした片腕は、その根元から断ち切られていた。
「これで……終わりです!」
 飛燕の速度で放たれる、ミカヅキの一刀。
 肩口から腹へと袈裟懸けの斬撃をまともに喰らい、弾き飛ばされた大男ゾンビは、背後の窓を打ち壊して、そのまま外へと落ちていく。
「……」
 そちらに背を向けつつ、静かに息を吐き、刀を納めるミカヅキ。
 頭の後ろで、ポニーテールにした長い髪が、ふわりと揺れていた。


「このっ!」
 一発でドアを蹴破り、エンが部屋へとなだれ込む。
「もう大丈夫だ、君は俺達が必ず護る、無事に家に帰れるから安心しろ!」
 続いて、ミストもそう言いながら入ってきた。
 窓に厚手のカーテンがかかっているせいか、他の部屋よりも少々暗い。
 ややあって……。
「……本当、ですか……?」
 か細い声が、奥の方から流れてくる。
 他には何も動く気配がないのを確認すると、男達は武器を一旦収め、そちらへと駆け寄った。
「僕が来たからにはもう安心して大丈夫だよ。そうだ、甘いものや飲み物なんかもあるんだ。よかったらどう?」
 微笑みかけながら、床の上に座り込んでいるらしい黒い影に向かって、ひとつの包みを差し出すエン。
 その品は、ミカヅキが用意して、突入組の二人にあらかじめ渡していたものだ。
「……あ、ありがとう、ございます……」
 娘の手が、すっと伸びてくる。
 部屋を包む薄闇のせいで、相手のシルエットしか見えなかった。
「暗すぎるな。これでは気分も滅入るだろう」
 ミストが、カーテンに手をかけ、大きく開く。
「そうだね。せっかくの美人も、暗闇の中では台無しというもので……」
 と、そこまでを言いかけて、エンの口が止まった。
「……本当にありがとう、勇者様。床板を踏み抜いてしまって抜けなくて……動く事もできなかったの……」
 瞳をキラキラさせながらエンをみつめる少女は……まるで大きな樽を丸ごと一個飲み込んだみたいな体型をしている。
 紅く染まった頬は膨らみすぎたパンのようで、鼻は上を向き、それでいて口はおちょぼ口。
 …………なかなかに個性的な美人だ。
「怖かったッ!!!」
「ぅわぁっ!?」
 いきなり手を掴まれ、ぐいっと引かれてしがみ付かれる。
「心細かったんです! ありがとう! 本当にありがとうぅぅ〜〜!!」
「わ、わかった! わかったから離せ!!」
 思いっきり抱きつかれて、背骨が悲鳴を上げていた。熊くらいのパワーはあったかもしれない。
「おいっ! 見てないで助けろよっ!!」
「……まあ、その、良かったな、うん」
 感情のない声で、すっと目を逸らすミスト。
「この薄情者〜〜〜!!」
 悲痛な声が、部屋の中にこだまする。
「どうした! 何かあったのか!?」
 それを聞きつけたレオンハルト達がすぐに駆けつけ、部屋の中の光景を目にして……一様に言葉を失った。
「……なるほど。冒険者の宿の主人が、娘さんの特徴等を一切説明しなかったのには、こういう事情があったのですね……」
 呟いて、重々しく頷くカナギ。
「あの、でも、無事でなによりですね……」
 ミカヅキも、なんとなく困ったようにぎこちなく微笑んでいる。
「よぉ、下の奴等も大体片付いたぜ。こっちは随分騒がしいが、誰かヘマでもしたのか?」
 フィルとレイもやってきたが、他の皆と同様、娘の姿を目にすると、一瞬で口をつぐみ、あさっての方向に視線を向ける。
「ありがとうございます勇者様! せめて私の心ばかりのお礼を受け取ってくださいませ〜〜!」
「け、結構! 遠慮するっ!!」
 うっとりと目を閉じ、エンへと向かって唇を突き出す娘。
 エンは必至に顔をそむけ、押し離そうとするが、単純な力は娘の方が上のようで、完全に取り押さえられてしまっている。
 ……危うし、エン・アノレグス。
「危機にいる者を救う……我々は成すべき事を成したのだ。これで一件落着だな」
 レオンハルトが言い、剣を収める。
 皆もそれに倣い、ここにおいて戦いは終了した。
「勇者様ぁ〜ん」
「だったらこっちも助けてくれぇ〜〜!!」
 ……ただし、約一名の戦いだけは、この後もしばらく続いたという。


 それから、五人がかりで娘を踏み抜いた床の穴から引きずり出し、冒険者達は帰途へとついたのだった。
 娘を家まで送る道中では、男が代わる代わる彼女を背負っていったのだが……その時の方が、ゾンビの相手よりもよほど疲れたとの事だ。

■ END ■