<リプレイ>
陽が中天に差し掛かった頃、冒険者達はその館の前に立っていた。
「……ここだな」
いかにも古い、という表現がぴったりくるような建物を見上げて呟いたのは、ヒトの武道家・フィル(a00166)。
「とりあえず、周囲には動くものの気配もないようですね」
あたりを見回しつつ、ストライダーの翔剣士・ミカヅキ(a00678)も、誰に言うでもなく、小さく口を開いた。
──静かだった。
ときおり思い出したかのようにわずかな風が流れ、長年手入れもされず、伸び放題となった庭の雑草を揺らす。聞こえるのは、その時の葉擦れの音くらいだ。
「ともあれ、ぐずぐずしている暇もないだろう。行くか」
エルフの翔剣士・レオンハルト(a01294)の言葉に全員が頷き、一同は屋敷の正面にある扉へと近づいていく。誰かが扉に手をかけ、引いたが……当然のように動かず、鍵ももちろん持ち合わせてはいない。中にいるという娘とその仲間達は、昨夜はどこか他の入口から入ったのだろう。
冒険者達は、一切躊躇をしなかった。
「それじゃあ……始めるぜ!」
威勢のいい声と共に、ヒトの翔剣士・レイ(a01588)がドアを蹴破る。蝶番が弾け飛び、あっさりと木の扉が内側へと倒れた。
そこから、一陣の風のように進入していく一同。
「居たら返事をして下さーい! 助けにきましたから、もう少しの辛抱です!」
ヒトの武道家・カナギ(a01663)が、ただちに内部に向かって呼びかけた。
エルフの医術士・シュヴァルツ(a01239)が、素早くあたりを見回す。
「……」
「……」
返事は、ない。
扉を入ってすぐの場所は、エントランス兼、二階まで吹き抜けのホールになっていた。
正面には階段。左右には奥へと続く通路。
窓と壊れた入口から差し込む光が、全体を薄青く見せている。
その中に、いくつかの黒い影が立っていた。
侵入者へと次々に向き直ると、ゆらりゆらりと揺れながら、歩き始める。
迷える死者──アンデッドだ。
「とりあえずこいつらを片付けながら、迷子のお姫様を捜すしかなさそうだな」
「……ですね。とはいえ、退路を確保しなければなりませんし、相手をする場所も考慮に入れないといけないでしょう」
フィルの台詞に、ミカヅキが言う。
「まずはひと暴れ、だな」
レオンハルトが、レイピアを抜き放つ。
「やもうえませんね。ですが、この者達に時間をかけるわけにもいかないでしょう。ここは速攻あるのみです!」
声と共に、カナギが動いた。
階段を一気に駆け上がると、途中で立ち塞がっていたスケルトンを捕まえ、電光石火の剛鬼投げ。
この技は、相手を遠くに投げ飛ばす技ではなく、その場に『叩きつける』性質のものだ。
ぐしゃりと音がして、乾いた頭蓋骨が床で砕け散る。
後は結果を確かめもせず、ひょいと持ち上げると、二階へと放った。
まっすぐに投げられたスケルトンは、二階でたむろしていた数体のゾンビにまともにぶつかり、よろけさせる。
「はぁっ!」
そこに、今度はレオンハルトが突っ込んでいった。
レイピアが閃くと、ゾンビ達は身体を断たれ、バタバタと倒れていく。
生ける死者といえど、ある程度のダメージを与えれば、再び本当の死者へと還るのだ。
後はそれを全て、一階へと蹴り落とす。通行の邪魔だ。
「二階に通じる階段は、屋敷中央にあるひとつだけです。ですからここさえ押さえれば、下から挟み撃ちにされる恐れはありません」
ミカヅキが、先行した二名にそう声をかけた。
彼女はここに来る前、あらかじめ屋敷の情報を町の人間等に聞いてきている。
「……なるほどな。そういう事なら、こっちもここに近づけさせなきゃいいわけだ」
ゾンビの胸板を拳でぶち抜きつつ、下でそれを聞いたフィルもまた、頷いていた。
「つーわけでおめーら、こっから先は立ち入り禁止だ。この中にでも入ってろ」
掴みかかってくる新たなゾンビの手を逆に捕まえて、近くの部屋の中に放り込んでやる。
中から外に出ようとしていた奴とまともにぶつかり、転んだのを見届けてから、ドアを閉じてやった。
「よっと」
その扉をのノブを、レイが剣で叩き壊す。
頑丈そうな造りの扉なので、これで簡単には出てこられないだろう。
「あ〜あ、俺って貧乏くじ引いているよな、大体よぉ皆女の子助けるって事しか頭に無くって、こういう裏方の仕事やりたがらねえし」
ぼやきつつ、背後へと振り返るフィル。
そこには、まだまだたくさんのアンデット達がいる。
「よぉ、せめておめーらの中に、元可愛い女の子ってのはいねーか?」
などと聞いてはみたが……返事があるわけもない。
「……ま、そうだよな。通じるわきゃねえか」
苦笑しつつ、頭を掻く。
「そんな事言っている場合か」
「ああ、場合じゃねえな」
レイと二人、あとは真面目にその場のアンデッドの相手をするフィルであった。
「……始まったようですね」
「そのようだな」
一方、屋敷の屋根の上で待機している者達もいた。
ストライダーの翔剣士・エン(a00389)と、エルフの忍び・ミスト(a00792)である。
「では、こちらも行きましょう」
「了解だ」
屋根の飾りに結んだロープの具合を二、三度引いて確かめると、縁の方へと降りていく。
そして──。
「それっ!」
「行くぞ!」
それぞれの掛け声と共に、身を翻した。
落下しかけた身体は手にしたロープに支えられ、振り子の要領で弧を描きながら二階の窓へと吸い込まれていく。
破壊音を上げて内部へと突入した彼等は、床の上で一回転しつつすぐに立ち上がると、ほぼ同時に武器を抜き放っていた。この辺の身のこなしは、さすがに冒険者といった所だ。
しかし……。
「……誰もいませんか」
鋭い目で四方を見回し、エンが呟いた。
「どうやら当てが外れたか……おおーい! 助けにきたぞ! いるなら返事をしろー!!」
と、呼びかけるミスト。
やや間を置いて……。
「──本当! こっちよ! 早く来て!!」
聞こえてきた声に、顔を見合わせる二人だった。
近い。おそらくは隣の部屋だろう。
すぐさま二人は廊下に出るべく部屋の入口へと向かったが、
「……!」
そのドアが向こうの方から勝手に開いた。
軋みを上げつつ隙間が広がっていくと、そこから現れたのはゾンビの群れ。
「……君達はお呼びじゃないんだけどね……」
「まったくだ」
ぐずぐずしている暇はない。
こちらの声を聞きつけて彼等がやって来たのだとすれば、今大きな声を上げた目的の娘の元にも、アンデッドが向かう恐れが十分にある。
迷わず、エンとミストは死者の群れの中に飛び込んでいった。
「汚い手で触れてもらったら困るよ!」
ライクアフェザーを発動させ、伸ばしてくる手を次々とかわし、エンが先へと進む。
「どけ! 貴様等!!」
ミストはダガーを振るい、ゾンビの首を切り飛ばして応戦した。
そちらを振り返り、彼一人でもなんとかなりそうだと判断したエンが、隣の部屋のドアの前へと到達する。
手を伸ばしかけ……すぐに引っ込めた。
一瞬遅れて、ぶん、という風を切る音がして、巨大な刃がドアの表面に食い込む。
「きゃぁぁ!」
破片が飛び散り、中から悲鳴が聞こえてくる。
顔を上げると、目の前に他のゾンビよりも一回り大きなのが、のっそりと立っていた。
ドアに半ばまでめり込んだ斧をあっさりと引き抜くと、頭の上に振りかぶる。
生前はきこりか何かだったのかもしれない。そう思わせる程に、構えが堂に入っていた。
「邪魔しないでくれるかい!」
こちらの剣と、相手の斧が同時に振られる。
二条の光が交錯し、流れた。
「……くそ」
相手の攻撃は外れたが、こちらの攻撃も相手の肩をかすめただけだ。踏み込みが少々甘かった。
さて、どうする……?
そう思った時、大男の背後で新たな足音。
「助太刀します! そちらは早く娘さんの元へ!」
……ミカヅキだった。彼女も悲鳴を聞きつけて、駆けつけてきたのだ。
「すまない、頼む!」
素直にその言葉を受け入れ、ドアへと向き直る。
大男ゾンビがそんなエンを見て斧を振り上げたが、
「貴方の相手はこちらです!」
ミカヅキの剣が銀の軌跡を宙に刻み、背中を一文字に切り裂いていた。
生者ならばそれでひるんだろう。が、大男は上体を捻りつつ、すぐさま横殴りに彼女へと斧を叩きつけた。
「なんのっ!」
身を沈めてそれをかわし、下から上へとミカヅキが切り上げる。
ドン、と重い音を上げて、大男の鋼の刃は壁へとめり込んだ。
「……」
両者の動きが、そこで一旦止まる。
やがて……よろりと背後によろける大男の身体。
斧を手にした片腕は、その根元から断ち切られていた。
「これで……終わりです!」
飛燕の速度で放たれる、ミカヅキの一刀。
肩口から腹へと袈裟懸けの斬撃をまともに喰らい、弾き飛ばされた大男ゾンビは、背後の窓を打ち壊して、そのまま外へと落ちていく。
「……」
そちらに背を向けつつ、静かに息を吐き、刀を納めるミカヅキ。
頭の後ろで、ポニーテールにした長い髪が、ふわりと揺れていた。
「このっ!」
一発でドアを蹴破り、エンが部屋へとなだれ込む。
「もう大丈夫だ、君は俺達が必ず護る、無事に家に帰れるから安心しろ!」
続いて、ミストもそう言いながら入ってきた。
窓に厚手のカーテンがかかっているせいか、他の部屋よりも少々暗い。
ややあって……。
「……本当、ですか……?」
か細い声が、奥の方から流れてくる。
他には何も動く気配がないのを確認すると、男達は武器を一旦収め、そちらへと駆け寄った。
「僕が来たからにはもう安心して大丈夫だよ。そうだ、甘いものや飲み物なんかもあるんだ。よかったらどう?」
微笑みかけながら、床の上に座り込んでいるらしい黒い影に向かって、ひとつの包みを差し出すエン。
その品は、ミカヅキが用意して、突入組の二人にあらかじめ渡していたものだ。
「……あ、ありがとう、ございます……」
娘の手が、すっと伸びてくる。
部屋を包む薄闇のせいで、相手のシルエットしか見えなかった。
「暗すぎるな。これでは気分も滅入るだろう」
ミストが、カーテンに手をかけ、大きく開く。
「そうだね。せっかくの美人も、暗闇の中では台無しというもので……」
と、そこまでを言いかけて、エンの口が止まった。
「……本当にありがとう、勇者様。床板を踏み抜いてしまって抜けなくて……動く事もできなかったの……」
瞳をキラキラさせながらエンをみつめる少女は……まるで大きな樽を丸ごと一個飲み込んだみたいな体型をしている。
紅く染まった頬は膨らみすぎたパンのようで、鼻は上を向き、それでいて口はおちょぼ口。
…………なかなかに個性的な美人だ。
「怖かったッ!!!」
「ぅわぁっ!?」
いきなり手を掴まれ、ぐいっと引かれてしがみ付かれる。
「心細かったんです! ありがとう! 本当にありがとうぅぅ〜〜!!」
「わ、わかった! わかったから離せ!!」
思いっきり抱きつかれて、背骨が悲鳴を上げていた。熊くらいのパワーはあったかもしれない。
「おいっ! 見てないで助けろよっ!!」
「……まあ、その、良かったな、うん」
感情のない声で、すっと目を逸らすミスト。
「この薄情者〜〜〜!!」
悲痛な声が、部屋の中にこだまする。
「どうした! 何かあったのか!?」
それを聞きつけたレオンハルト達がすぐに駆けつけ、部屋の中の光景を目にして……一様に言葉を失った。
「……なるほど。冒険者の宿の主人が、娘さんの特徴等を一切説明しなかったのには、こういう事情があったのですね……」
呟いて、重々しく頷くカナギ。
「あの、でも、無事でなによりですね……」
ミカヅキも、なんとなく困ったようにぎこちなく微笑んでいる。
「よぉ、下の奴等も大体片付いたぜ。こっちは随分騒がしいが、誰かヘマでもしたのか?」
フィルとレイもやってきたが、他の皆と同様、娘の姿を目にすると、一瞬で口をつぐみ、あさっての方向に視線を向ける。
「ありがとうございます勇者様! せめて私の心ばかりのお礼を受け取ってくださいませ〜〜!」
「け、結構! 遠慮するっ!!」
うっとりと目を閉じ、エンへと向かって唇を突き出す娘。
エンは必至に顔をそむけ、押し離そうとするが、単純な力は娘の方が上のようで、完全に取り押さえられてしまっている。
……危うし、エン・アノレグス。
「危機にいる者を救う……我々は成すべき事を成したのだ。これで一件落着だな」
レオンハルトが言い、剣を収める。
皆もそれに倣い、ここにおいて戦いは終了した。
「勇者様ぁ〜ん」
「だったらこっちも助けてくれぇ〜〜!!」
……ただし、約一名の戦いだけは、この後もしばらく続いたという。
それから、五人がかりで娘を踏み抜いた床の穴から引きずり出し、冒険者達は帰途へとついたのだった。
娘を家まで送る道中では、男が代わる代わる彼女を背負っていったのだが……その時の方が、ゾンビの相手よりもよほど疲れたとの事だ。
■ END ■
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