<リプレイ>
ルーナムへと向かう峠道の一角。
右手の岩が転がる登りの斜面――それに沿って伸びる峠道の中央に一台の壊れた台車が佇んでいた。殆どの荷物は持ち去られ、壊れたのか口が開いた酒樽が一つだけ放置され、辺りに微かに甘い匂いが漂っている。
溜息をつきながら、 ヒトの吟遊詩人・クロウ(a00586)は遠眼鏡を覗きこんだ。
「全く……酒がなければ祭が始まらないわ……ん、あれね?」
斜面を登りきった高台に数匹、特徴的なブタの頭が遠眼鏡越しに見える。見張りをする程度の知恵はある、ということなのだろう。高台の奥にあるはずの荷物や、詳しい様子はここからでは伺えない。
「皆が楽しむお祭り、ボルードの方が苦労して作られたお酒……返していただかないと」
歩み寄ったエルフの医術士・ヒヅキ(a00023)が空の台車を見つめ、真摯な呟きを漏した。沢山の矢筒を手にしたストライダーの牙狩人・ミリティナ(a00169)も一緒だ。連れてきたノソリンと台車を、離れた場所に繋げて戻って来た所だ。取り返した酒を運ぶ為に、ルーナムの街で借りたものだ。祭が近いのが幸いしたのか、そう苦労せずとも借りることが出来た。
最期にエルフの牙狩人・ナナ(a00225)が抱える程のフック付きロープを持ってやってくるのを確認すると、ストライダーの牙狩人・プミニヤ(a00584)は仲間たちを見回した。
「それじゃいくのね。草汁を塗るの、忘れないようになのね」
頷いて匂い消し(『山の匂い』と言う奴だ)を塗るナナ。隣ではクロウが、仲間たちに耳栓を配り歩いている。
「グドンたちにばれないように、注意しておけよ?」
ヒトの武人・ブルー(a01356)が静かに口を開くと。
ナナが真剣に頷き、クロウが事も無げに笑い、プミニヤが愛用のひょうたんに一口付けて掲げて見せる。
仲間たちに見送られ、峠道を外れた三人。岩と茂み伝いに、高台を大きく迂回して歩き出す。
──策が始まったのだ。
●峠の冒険者たち
峠の一角で、輸送中の台車をブタのグドンが襲った。
彼等は守りやすい高台に荷物を移動して増援を呼び、同時に、取り返しに来るであろう者たちを待ち構えていた。
正面は見通しの良い斜面──そのまま高所から攻撃されれば、多少てこずるかも知れない。だからと言って、背後の崖は無事登れるとは限らないし、万一発見されれば――。
ならば、どうするか?
「簡単だが、こういう作戦はどうだ?」
ブルーの提案、そしてプミニヤたちが立てた策。
それは――こうだ。
正面から無力を装った囮が近付けば、油断したグドンが誘い出されるだろう。そこで戦いを挑み、同時に背後から奇襲をかけるのだ。
プミニヤたちが出発して、暫く過ぎた。直接連絡を取れないので、正確な状況は解らない。
「ヒヅキ、準備は良いかい?」
ヒトの武道家・キヨカズ(a01049)だ。村人風の服装と、背負い袋からは香ばしい燻製肉の匂いが漂ってくる。ヒヅキも同じ物を用意していた。無力な村人を装い、囮となる為にだ。
「……」
小さく頷きを返すヒヅキ。元々、争い事は苦手な彼女――やはり緊張は隠せそうに無い。キヨカズの眼差しに微かに案ずるような色が加わる。
突然、 ヒトの武道家・レオフラウ(a00880)の明るい調子の声が。
「ヒヅキもそう思わない?」
突然名を呼ばれ、驚いて振りかえる。
レオフラウが楽し気に口元に指を当てて、
「チーズも干し肉も捨て難いけどー、するめも外せないよね?」
「……え?」
「だから……お・つ・ま・み! するめの焼きたてを口に入れつつ、お酒をきゅ〜っと。くは〜って感じで。ね、ブルー?」
振られたブルー。鎖帷子で身を包み、じっと眼を閉じたまま傍らの刀を掴んでいる。
と、口の端をほんの少し曲げて。
「……俺は、ブルーチーズと鹿の干し肉が合うと思うぞ」
「そうそう。それで、ブタに飲ませるくらいなら、ボクたちで飲んじゃってさ。幸せ気分のお裾分け……ってね?」
覗きこむように、 ストライダーの牙狩人・ミリティナ(a00169)が片目を瞑って、悪戯っぽく笑う。
一瞬、あっけに取られたヒヅキ。だけど、レオフラウが笑い出して、キヨカズが吹き出して――ブルーまでが相貌を崩すと。
つい、小さく笑い――次の瞬間にはこぼれるような笑い声が溢れていた。
ひとしきり笑い合う冒険者たち──。
ミリティナが一つ伸びをすると、傍らに置かれたシールドボウを取りあげ、軽やかに立ちあがった。
そうして。
「さぁて、始めよっか?」
冒険者たちは頷いた。
●囮――拠点攻略
「(いいぞっ……もっと近付いて来いっ!)」
岩越しに近づいてくるグドンを見詰め、キヨカズは小さく呟いた。傍らにはヒヅキの姿。
腰ほどもある岩が点在する斜面の一角。
既に高台は指呼の間。おびき寄せられたニ体のグドンが、こちらへと近付いて来る。
十分におびき寄せたのを確認し、振りかえる──頷くヒヅキ──次の瞬間、息を合わせて荷物をその場に放り捨て、踵を返して走り出す。
やってきたニ体のグドン。肉の匂いに涎を垂らしてその荷物にとりつこうとした刹那、岩影に待ち構えていたレオフラウが駆け出た。同時に、拳が空を裂く。
ズンッ!
「ギャウ!」
完全に無防備なまま腹部に強烈な一撃を受け、吹き飛んだグドンがそのまま岩に叩きつけられた。そのままピクリとも動かなくなる。
「いいかい? ブタが獅子に敵うはずがないんだよ?」
豪奢な黄金の髪が、鬣の如く揺れる。静かなレオフラウの呟きに、もう一体のグドンが怯え、逃げようとして、
「逃がさん」
ブルーの呟き。驚いて振りかえろうとするが――遅い!
鯉口を切る。鞘走りと同時に放たれた刃。
「『氷炎』よ! 我が一刀を閃かせよ!?」
居合斬りが、グドンを薙ぐ。喉笛を切り裂かれ、空気の漏れる細い音だけを残し、その場に崩れ落ちる。
一撃で屠ったブルー。だが、その眼差しが険しさを増した──おびき寄せたのは二体だけ。残り6体──どうする?
かさばる村人の上着を、キヨカズが脱ぎ捨てた。拳を握り締め、
「急ごう。出来るだけこっちに気を引かないと」
冒険者たちが頷くが早いか、微かな空気を裂く音と共に、上方より飛礫の群れが襲い掛かった。高台のグドンたちの投石──高所から低所へ放たれるソレは、侮ることは出来ない。
かさにかかり、さらに石を投げ続けようとするグドン。その二の腕に――大きく曲って飛び、遮蔽する岩を避けた矢が――突き刺さった。
「ギャン!」
上方から聞こえて来た悲鳴と共に、
「今のうちにっ!」
ミリティナ──遮蔽を無効にする矢、ホーミングアローの放ち手──がシールドボウを引き絞った。
「ほらほらほら! こっちも狙わないと、ずっと打ち続けちゃうよ!!」
次々と新たな矢を放ちながら叫ぶ。
だが、高台の岩に遮蔽されたグドンたちには、ホーミングアローでなければ殆ど命中は望めない。その上、低所から高所へ向かってでは……。せめてあと一人いれば。そうすれば――。
やむなく、再びホーミングアローを放つ。
「(あと……二回!!)」
――高台。
「グッフゥフフフハーッ!」
大柄のグドンのリーダーが、汚らしい乱杭歯を剥き出し、笑い声を上げた。
手下の報告――冒険者たちは投石に出血を強いられている――。
弓に狙われないよう、用心深く岩影から覗く。飛礫の雨の中、斜面を駆け上がる姿──武人風の男はまだしも、素手の女、特にもう一人の女を庇う男が、あちこちに石を受け、血を流しているのが見て取れる。
それを確認すると、奴等の侵入と同時に襲いかかるように命じ、自分自身は一抱えもする岩を持ち上げた。
そうして、もう片方の手で上等な作りのガラス瓶――ラベルは読めなかった――を、周囲に掲げてみせる。途端に歓声を上げるグドンたち。
既に勝利の確信に酔っている彼等。
だから――気付かなかった。
その背後──荷物と数本の木々の向こうに──金属の爪が掛かった微かな音に。忍び寄る影に。引き絞られる弓に。
――そして。
シュッ……、タンっ!
微かな弦の鳴ると共に、飛来した矢が、影に突き刺さった。
「グア? ア、ガ……」
訝しげな声を上げると同時に、リーダーの体が動かなくなる。間髪空けず放たれた矢が、顔面を僅かにそれ、近くにいたグドンの脇に突き刺さる。
ツゥ……。
グドンリーダーの頬が僅かに裂け、血が滴る。驚愕に顔を染め、叫び声を上げる──それしか出来なかったから。
グドンたちが射手を探し――見つけた。積み上げた荷物の向こう――片膝立ちでシールドボウを構えるプミニヤ、ナナ。
襲いかかろうと走り始めた所で、何処からか歌声が。次の瞬間、立ち木に近いグドンが雪崩を打って倒れ、眠りこむ。
その樹上。
「あんまり近付き過ぎないでね。耳栓してても、眠っちゃうくらいなのだから……ね?」
クロウが、生い茂る葉の影で、艶やかに笑う。彼女の眼下で、牙狩人たちの矢を次々と受け、倒れるグドン。間髪入れず、先ずブルー。続けてヒヅキに傷を癒された、レオフラウ、キヨカズたちが戦場に駆け込んだ。
リーダーを失い、混乱の渦に叩きこまれたグドンが、冒険者たちによって、次々と屠られていく。
徹底したナナの影縫いの矢に、逃げる事も出来ないリーダー。眼前。最期のグドンを倒した、キヨカズがゆっくりと構える。
その叫びが悲鳴に変わり、そして。
一撃。
吹き飛ぶ体躯。跳ねあがるワインボトル──それを、空中で受け取ったキヨカズ。不敵に笑い。
「ブタに銘酒は似合わないぜ?」
――言い捨てた。
●運ぶ冒険者たち――そして
勝利した冒険者たち。だが、まだ、本当に。
――大仕事が残っていた。
山積みされた、樽、樽、樽。そして……木箱。急いでやって来たので(グドンが『素面』な分、手強かったのだが)殆ど荒らされていない。
そして、空けられた木箱から、見るからに高級そうなワインボトルが覗いている。
「うーん、やっぱりここで一本もらう訳にはいかないわよね?」
クロウが苦笑いを浮かべると、
「折角だからね、祭に顔を出して、銘酒と名高いお酒、飲ませてもらおうよ」
アレだけ戦ったのに、元気一杯のレオフラウ。
「さぁ、運ぶよ〜! その為に来……(げふんげふん)」
失言を誤魔化すその向こうでは、ナナがリュックを相手に、如何に沢山詰め込むか、死闘を続けている。
散々手は焼いたものの、結局、ヒヅキとキヨカズの手押し車が大活躍し、無傷の樽まで殆ど全て持ちかえることが出来そうだ。
その端から、持ってきたノソリンの荷車に積み込んでいくブルー。
(「俺も顔を出すかな。マルチの奴が欲しがってたし、な」)
と、その傍らに矢が突き刺さる――プミニヤとミリティナの報せだ。間もなく、グドンの増援がやって来るのだ。だが、今ならノソリンの早さでも余裕を持って離れられるだろう――。
「せっかくのお祭り、少しばかり遊んでいきましょ。さ、歌うわよ踊るわよ♪」
前祝とばかりにクロウの歌声。
揺れるノソリンと台車の上。笑い声も――揺れていた。
雲一つ無い空。
明日も、晴れそうだ――。
※
――暗転。
「シャーッ!!」
怒りの叫びが、薄暗い森に響き渡る。
これ見よがしに、木に掲げられたグドンの首――次の瞬間、何処とも無く飛来した炎が襲いかかった。燃え上がる――首。
音を立てて燃え尽きていくソレに一瞥だにせず、小柄なグドンが振り返った。
老グドン――幾度も曲がりくねったトネリコの木を杖に――が、何事か呟いた。すかさず、大柄のグドンの一体が差し出した数本の矢。告げられた報告。
汚れた薄い唇が歪み、呪詛を思わせる呟きが漏れる。怯えたような鳴き声を上げるグドンたち。
それがもたらすモノは――?
それは。
――別の物語となる。
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