峠の攻防 〜ブタに銘酒は似合わない〜
 

<峠の攻防 〜ブタに銘酒は似合わない〜>

マスター:かのみち一斗


 冒険者の酒場。
 それは、果てしなき冒険への入り口。

 ある時は、人々を救い。
 またある時は、見果てぬ何かを探し求める。
 何事にも負けない、強い思いを武器にして。

 ──そして、新たな者。

 入り口の扉を開ける。
 雑踏と喧騒と歓迎の声が、体を包みこむ。

 眼鏡がよく似合う、すみれ色の髪の娘が微笑みかける。
「冒険者の宿へようこそ。さっそくですが、お願いしたい依頼が入ってますけど?」
 リゼルと名乗った彼女。
 ──霊査士。
 物品に宿る精霊の声を聞いて、旅立つ者に力を貸してくれる。冒険者にとって最も頼りになる仲間の一人だ。

 依頼と聞きつけるなり、集まってくる冒険者たち。
 周囲を見まわして、小さく頷いたリゼルが、ゆっくりと口を開いた。
「実は……」

 さぁ、冒険の始まりです。

     ※

「……名高い銘酒を運んでいた荷車が、グドンに襲われたのです」
 酒造りで名高い村『ボルード』。そこで造られた銘酒──その名も『妖精の息吹』。一口飲めば、絹のような軽い上品な味わいが広がる果実酒だ。
 そして、祭りが近い街『ルーナム』。
『妖精の息吹』をはじめとした沢山の酒を『ルーナム』へと運ぶ道中、峠道の半ばに差し掛かった所でグドンに襲われたのだった。
 グドン──それは、動物の頭を持った亜人間種族だ。無限の食欲の元、群をなして周囲に危機をもたらしている。グリモアの護りも無く、個体では冒険者の敵では無いが、依頼人である酒作りの村人一人では、命からがら逃げ出すので精一杯だったのだ。
 襲ってきたグドン──ブタ顔のソレは、幸いなことに数はそれほど多く無かった。しかも、引いていたノソリンが驚いて暴れた拍子に、荷車の車軸が折れ、簡単にはその場から持ち帰ることができないだろう、との事。
 だが、襲われた場所が悪かった。
 リゼルが、村人が持ち帰った、グドンが投げ付けた石ころに手をあて、精霊の話に耳を傾ける。目を閉じて。時折、小さく語りかける。
「全部持ち帰る為に、どうやら……仲間を呼んでいるようです。リーダーのようなグドンが見えます。……仲間が来るまで、近くの高台で待つようですね」
 多少頭の立つグドンが指示したのだろう、手近な守りやすい高台に荷物を運び上げ、そこで取り返しに来る者を待ち構えているようなのだ。
「高台はちょっとした広場です。正面側は岩場の緩やかな斜面です。後ろ側は険しい……でも木々と茂みの多い崖のようですね……って」
 あっ!
 口元に手を当てて、リゼルが驚いたような声。
「いけないっ、グドンたち……我慢しきれないで荷物に手をつけてしまいそう……。このままじゃ、銘酒が台無しになってしまいます!」

 かくて、急ぎ旅立つ冒険者たち。
 と、見送るリゼルの声。
「あ、どんなに美味しそうでも、お祭りまでは我慢しましょうね?」


参加者: エルフの医術士・ヒヅキ(a00023)  ストライダーの牙狩人・ミリティナ(a00169)
エルフの牙狩人・ナナ(a00225)  ストライダーの牙狩人・プミニヤ(a00584)
ヒトの吟遊詩人・クロウ(a00586)  ヒトの武道家・レオフラウ(a00880)
ヒトの武道家・キヨカズ(a01049)  ヒトの武人・ブルー(a01356)

 

<リプレイ>


 ルーナムへと向かう峠道の一角。
 右手の岩が転がる登りの斜面――それに沿って伸びる峠道の中央に一台の壊れた台車が佇んでいた。殆どの荷物は持ち去られ、壊れたのか口が開いた酒樽が一つだけ放置され、辺りに微かに甘い匂いが漂っている。
 溜息をつきながら、 ヒトの吟遊詩人・クロウ(a00586)は遠眼鏡を覗きこんだ。
「全く……酒がなければ祭が始まらないわ……ん、あれね?」
 斜面を登りきった高台に数匹、特徴的なブタの頭が遠眼鏡越しに見える。見張りをする程度の知恵はある、ということなのだろう。高台の奥にあるはずの荷物や、詳しい様子はここからでは伺えない。
「皆が楽しむお祭り、ボルードの方が苦労して作られたお酒……返していただかないと」
 歩み寄ったエルフの医術士・ヒヅキ(a00023)が空の台車を見つめ、真摯な呟きを漏した。沢山の矢筒を手にしたストライダーの牙狩人・ミリティナ(a00169)も一緒だ。連れてきたノソリンと台車を、離れた場所に繋げて戻って来た所だ。取り返した酒を運ぶ為に、ルーナムの街で借りたものだ。祭が近いのが幸いしたのか、そう苦労せずとも借りることが出来た。
 最期にエルフの牙狩人・ナナ(a00225)が抱える程のフック付きロープを持ってやってくるのを確認すると、ストライダーの牙狩人・プミニヤ(a00584)は仲間たちを見回した。
「それじゃいくのね。草汁を塗るの、忘れないようになのね」
 頷いて匂い消し(『山の匂い』と言う奴だ)を塗るナナ。隣ではクロウが、仲間たちに耳栓を配り歩いている。
「グドンたちにばれないように、注意しておけよ?」
 ヒトの武人・ブルー(a01356)が静かに口を開くと。
 ナナが真剣に頷き、クロウが事も無げに笑い、プミニヤが愛用のひょうたんに一口付けて掲げて見せる。
 仲間たちに見送られ、峠道を外れた三人。岩と茂み伝いに、高台を大きく迂回して歩き出す。

 ──策が始まったのだ。

●峠の冒険者たち
 峠の一角で、輸送中の台車をブタのグドンが襲った。
 彼等は守りやすい高台に荷物を移動して増援を呼び、同時に、取り返しに来るであろう者たちを待ち構えていた。
 正面は見通しの良い斜面──そのまま高所から攻撃されれば、多少てこずるかも知れない。だからと言って、背後の崖は無事登れるとは限らないし、万一発見されれば――。
 ならば、どうするか?
「簡単だが、こういう作戦はどうだ?」
 ブルーの提案、そしてプミニヤたちが立てた策。
 それは――こうだ。
 正面から無力を装った囮が近付けば、油断したグドンが誘い出されるだろう。そこで戦いを挑み、同時に背後から奇襲をかけるのだ。

 プミニヤたちが出発して、暫く過ぎた。直接連絡を取れないので、正確な状況は解らない。
「ヒヅキ、準備は良いかい?」
 ヒトの武道家・キヨカズ(a01049)だ。村人風の服装と、背負い袋からは香ばしい燻製肉の匂いが漂ってくる。ヒヅキも同じ物を用意していた。無力な村人を装い、囮となる為にだ。
「……」
 小さく頷きを返すヒヅキ。元々、争い事は苦手な彼女――やはり緊張は隠せそうに無い。キヨカズの眼差しに微かに案ずるような色が加わる。
 突然、 ヒトの武道家・レオフラウ(a00880)の明るい調子の声が。
「ヒヅキもそう思わない?」
 突然名を呼ばれ、驚いて振りかえる。
 レオフラウが楽し気に口元に指を当てて、
「チーズも干し肉も捨て難いけどー、するめも外せないよね?」
「……え?」
「だから……お・つ・ま・み! するめの焼きたてを口に入れつつ、お酒をきゅ〜っと。くは〜って感じで。ね、ブルー?」
 振られたブルー。鎖帷子で身を包み、じっと眼を閉じたまま傍らの刀を掴んでいる。
 と、口の端をほんの少し曲げて。
「……俺は、ブルーチーズと鹿の干し肉が合うと思うぞ」
「そうそう。それで、ブタに飲ませるくらいなら、ボクたちで飲んじゃってさ。幸せ気分のお裾分け……ってね?」
 覗きこむように、 ストライダーの牙狩人・ミリティナ(a00169)が片目を瞑って、悪戯っぽく笑う。
 一瞬、あっけに取られたヒヅキ。だけど、レオフラウが笑い出して、キヨカズが吹き出して――ブルーまでが相貌を崩すと。
 つい、小さく笑い――次の瞬間にはこぼれるような笑い声が溢れていた。

 ひとしきり笑い合う冒険者たち──。

 ミリティナが一つ伸びをすると、傍らに置かれたシールドボウを取りあげ、軽やかに立ちあがった。
 そうして。
「さぁて、始めよっか?」

 冒険者たちは頷いた。

●囮――拠点攻略
「(いいぞっ……もっと近付いて来いっ!)」
 岩越しに近づいてくるグドンを見詰め、キヨカズは小さく呟いた。傍らにはヒヅキの姿。
 腰ほどもある岩が点在する斜面の一角。
 既に高台は指呼の間。おびき寄せられたニ体のグドンが、こちらへと近付いて来る。
 十分におびき寄せたのを確認し、振りかえる──頷くヒヅキ──次の瞬間、息を合わせて荷物をその場に放り捨て、踵を返して走り出す。
 やってきたニ体のグドン。肉の匂いに涎を垂らしてその荷物にとりつこうとした刹那、岩影に待ち構えていたレオフラウが駆け出た。同時に、拳が空を裂く。
 ズンッ!
「ギャウ!」
 完全に無防備なまま腹部に強烈な一撃を受け、吹き飛んだグドンがそのまま岩に叩きつけられた。そのままピクリとも動かなくなる。
「いいかい? ブタが獅子に敵うはずがないんだよ?」
 豪奢な黄金の髪が、鬣の如く揺れる。静かなレオフラウの呟きに、もう一体のグドンが怯え、逃げようとして、
「逃がさん」
 ブルーの呟き。驚いて振りかえろうとするが――遅い!
 鯉口を切る。鞘走りと同時に放たれた刃。
「『氷炎』よ! 我が一刀を閃かせよ!?」
 居合斬りが、グドンを薙ぐ。喉笛を切り裂かれ、空気の漏れる細い音だけを残し、その場に崩れ落ちる。 
 一撃で屠ったブルー。だが、その眼差しが険しさを増した──おびき寄せたのは二体だけ。残り6体──どうする?
 かさばる村人の上着を、キヨカズが脱ぎ捨てた。拳を握り締め、
「急ごう。出来るだけこっちに気を引かないと」
 冒険者たちが頷くが早いか、微かな空気を裂く音と共に、上方より飛礫の群れが襲い掛かった。高台のグドンたちの投石──高所から低所へ放たれるソレは、侮ることは出来ない。
 かさにかかり、さらに石を投げ続けようとするグドン。その二の腕に――大きく曲って飛び、遮蔽する岩を避けた矢が――突き刺さった。
「ギャン!」
 上方から聞こえて来た悲鳴と共に、
「今のうちにっ!」
 ミリティナ──遮蔽を無効にする矢、ホーミングアローの放ち手──がシールドボウを引き絞った。
「ほらほらほら! こっちも狙わないと、ずっと打ち続けちゃうよ!!」
 次々と新たな矢を放ちながら叫ぶ。
 だが、高台の岩に遮蔽されたグドンたちには、ホーミングアローでなければ殆ど命中は望めない。その上、低所から高所へ向かってでは……。せめてあと一人いれば。そうすれば――。
 やむなく、再びホーミングアローを放つ。
「(あと……二回!!)」

 ――高台。
「グッフゥフフフハーッ!」
 大柄のグドンのリーダーが、汚らしい乱杭歯を剥き出し、笑い声を上げた。
 手下の報告――冒険者たちは投石に出血を強いられている――。
 弓に狙われないよう、用心深く岩影から覗く。飛礫の雨の中、斜面を駆け上がる姿──武人風の男はまだしも、素手の女、特にもう一人の女を庇う男が、あちこちに石を受け、血を流しているのが見て取れる。
 それを確認すると、奴等の侵入と同時に襲いかかるように命じ、自分自身は一抱えもする岩を持ち上げた。
 そうして、もう片方の手で上等な作りのガラス瓶――ラベルは読めなかった――を、周囲に掲げてみせる。途端に歓声を上げるグドンたち。
 既に勝利の確信に酔っている彼等。
 だから――気付かなかった。
 その背後──荷物と数本の木々の向こうに──金属の爪が掛かった微かな音に。忍び寄る影に。引き絞られる弓に。

 ――そして。

 シュッ……、タンっ!
 微かな弦の鳴ると共に、飛来した矢が、影に突き刺さった。
「グア? ア、ガ……」
 訝しげな声を上げると同時に、リーダーの体が動かなくなる。間髪空けず放たれた矢が、顔面を僅かにそれ、近くにいたグドンの脇に突き刺さる。
 ツゥ……。
 グドンリーダーの頬が僅かに裂け、血が滴る。驚愕に顔を染め、叫び声を上げる──それしか出来なかったから。
 グドンたちが射手を探し――見つけた。積み上げた荷物の向こう――片膝立ちでシールドボウを構えるプミニヤ、ナナ。
 襲いかかろうと走り始めた所で、何処からか歌声が。次の瞬間、立ち木に近いグドンが雪崩を打って倒れ、眠りこむ。
 その樹上。
「あんまり近付き過ぎないでね。耳栓してても、眠っちゃうくらいなのだから……ね?」
 クロウが、生い茂る葉の影で、艶やかに笑う。彼女の眼下で、牙狩人たちの矢を次々と受け、倒れるグドン。間髪入れず、先ずブルー。続けてヒヅキに傷を癒された、レオフラウ、キヨカズたちが戦場に駆け込んだ。
 リーダーを失い、混乱の渦に叩きこまれたグドンが、冒険者たちによって、次々と屠られていく。
 徹底したナナの影縫いの矢に、逃げる事も出来ないリーダー。眼前。最期のグドンを倒した、キヨカズがゆっくりと構える。
 その叫びが悲鳴に変わり、そして。
 一撃。
 吹き飛ぶ体躯。跳ねあがるワインボトル──それを、空中で受け取ったキヨカズ。不敵に笑い。
「ブタに銘酒は似合わないぜ?」
 ――言い捨てた。

●運ぶ冒険者たち――そして
 勝利した冒険者たち。だが、まだ、本当に。
 ――大仕事が残っていた。
 山積みされた、樽、樽、樽。そして……木箱。急いでやって来たので(グドンが『素面』な分、手強かったのだが)殆ど荒らされていない。
 そして、空けられた木箱から、見るからに高級そうなワインボトルが覗いている。
「うーん、やっぱりここで一本もらう訳にはいかないわよね?」
 クロウが苦笑いを浮かべると、
「折角だからね、祭に顔を出して、銘酒と名高いお酒、飲ませてもらおうよ」
 アレだけ戦ったのに、元気一杯のレオフラウ。
「さぁ、運ぶよ〜! その為に来……(げふんげふん)」
 失言を誤魔化すその向こうでは、ナナがリュックを相手に、如何に沢山詰め込むか、死闘を続けている。
 散々手は焼いたものの、結局、ヒヅキとキヨカズの手押し車が大活躍し、無傷の樽まで殆ど全て持ちかえることが出来そうだ。
 その端から、持ってきたノソリンの荷車に積み込んでいくブルー。
(「俺も顔を出すかな。マルチの奴が欲しがってたし、な」) 
 と、その傍らに矢が突き刺さる――プミニヤとミリティナの報せだ。間もなく、グドンの増援がやって来るのだ。だが、今ならノソリンの早さでも余裕を持って離れられるだろう――。
「せっかくのお祭り、少しばかり遊んでいきましょ。さ、歌うわよ踊るわよ♪」
 前祝とばかりにクロウの歌声。
 揺れるノソリンと台車の上。笑い声も――揺れていた。

 雲一つ無い空。
 明日も、晴れそうだ――。

      ※

 ――暗転。

「シャーッ!!」
 怒りの叫びが、薄暗い森に響き渡る。
 これ見よがしに、木に掲げられたグドンの首――次の瞬間、何処とも無く飛来した炎が襲いかかった。燃え上がる――首。
 音を立てて燃え尽きていくソレに一瞥だにせず、小柄なグドンが振り返った。
 老グドン――幾度も曲がりくねったトネリコの木を杖に――が、何事か呟いた。すかさず、大柄のグドンの一体が差し出した数本の矢。告げられた報告。
 汚れた薄い唇が歪み、呪詛を思わせる呟きが漏れる。怯えたような鳴き声を上げるグドンたち。

 それがもたらすモノは――?

 それは。
 ――別の物語となる。