名声と栄誉を求めて ボクらは第一歩を踏み出す
 

<名声と栄誉を求めて ボクらは第一歩を踏み出す>

マスター:羽須美


 冒険者達がごった返していてガヤガヤと騒がしい酒場へ勇気を持って足を踏み入れた丁度その時、汗だくの息を切らせた男が大慌てで走ってきた。
 酒場の入り口付近にいたあなた達へ血走った目を泳がせるその男性の第一声は、危険な事件を報せるものだった。
「助けてくれ! 村が、村が…大変なんだっ。酷い有り様でっ」
 言いながら膝を崩し倒れる男性の肩に、冒険者の一人が手を回して支え上げた。
 周囲からも「落ちついて、話しを詳しく」といった声が掛けられる。ひととき騒然とすると、周りに緊迫した空気が広がっていくのを、あなた達も肌で感じていた。
 男性は隣り村の住人だった。折れた木の棒を握り、服の前は肌蹴ていて胸は引っ掻き傷があり血が滲んでいる。男性は治療も兼ねて軒下の日陰に横たえられる。
 冒険者の中から医術士が寄り添い、治癒が施された。傷口が塞がると男性も少し落ちつきを取り戻し、冒険者達を見上げながら事情を語り始める。話しから分かったのは、次のような事柄だった。
・一昨日の明け方、村に異形の化物が現れ村人を襲った。
・最初に野菜の朝積みの仕事に出ていた若者が襲われた。なんとか逃げきったが、化物は若者を追い掛けて村に入ってきてしまう。村は大騒ぎになった。
・化物は村人を追いかけ、がなり声を上げながら石造りの一軒家へと飛び込んだ。
・その家は出入り口が一箇所だけの簡素な作りで、化物はその家の奥で散々暴れ回る。その隙をついて機転を利かせた者が入り口を荷車や酒樽、木の板や石などで塞ぎ、化物をなんとか閉じ込めることに成功した。
・丸1日かけて村中から入り口を塞げる材料を持ち合い、今尚家から出さないように封鎖し続けている筈だ。自分はそのことを伝えに、大急ぎで駆け付けたのである。
「誰か、村に出たあの化物を、退治してくれ」
 そんな男性の悲痛な呼び掛けが言い終わると同時に、杖を握り締めた黒い塊がのっそりと立ち上がる。冒険者達の一人がその黒いローブ姿の肩を掴んで止めた。
「離せ。急ぎ、助けに行く」
 ローブの男はフードの奥から睨みつけ掴んだ手を振り払う。あなた達も同じ思いだったが、それよりも慌ててミスを犯すことを拒んだ。しかし男は尚も小声で付け加えた。
「(怪物退治だ。名をあげる、チャンスだぞ?)」
 ざわめきの中、男のほかにも名乗りを上げる冒険者達が出始める。その勇猛果敢な声を聞き、伝令役の男性も少し安心したのか大口を開け溜息をついた。と、その傍らに霊査士の女性が寄り添い、男性の硬い拳をそっと開き、握られていた棒っ切れを手放させた。それは農作業用の鍬の残骸だった。
 みんなの視線が霊査士の女性に集まる。
「化物の攻撃を防ごうとして、折られたのか?」
 誰かが聞いた。男性は頷いていた。霊査士はその能力でゆっくりと、折られた桑の柄から精霊の記憶を手繰り出す。そうして思わず身震いをしたのだった。
「村に現れたモンスターは人に近い姿はしているけれど…これは…グリモアを失って力を暴走させてしまった列強種族か何かよ。異様に発達したカギ爪が両手にある、人型の化物…何処からか迷い込んできて偶然村に現れたのね、きっと。でも、この鍬を叩き折った時の様子からみて…どうかしら、弱っているようにも見えるけれど…。油断は禁物よね。退治するのには相当の覚悟が必要だと思うわ」
 霊査士の話しを聞き終えたあなた達は、改めて怪物退治に名乗りを上げる。
「……オレは、譲らぬからな…」
 杖を翳し、先ほどの男も怪物退治に加わることを譲らない。こうして急遽、村の一軒家に閉じ込められているモンスターを退治する為に、冒険者の一団が組まれることとなったのだった。

「オレはウロボロスのイーヴォル。テスラト・イーヴォルだ…」
 ヒトの邪竜導士テスラト・イーヴォルは相変わらず陰気にフードの陰からあなた達のほうを睨み、杖の先で一人ずつを指していく。どうやら自己紹介を促しているようだ。
 夏の陽射しは強く、熱風が吹いていた。村には夕方遅く、幾分涼しくなった頃合には到着出来るだろう。ただそのまま戦いに縺れ込めば、闇夜での戦闘になると予測されるのだった。


参加者: ヒトの翔剣士・エフィリア(a00057)  エルフの紋章術士・イルミナ(a00649)
ストライダーの重騎士・フィレス(a00710)  エルフの紋章術士・ルーシア(a01033)
ストライダーの武人・エイダ(a01155)  ヒトの武人・アオイ(a01192)
ストライダーの忍び・ロフェロス(a01199)  ヒトの邪竜導士・アーテイ(a01201)

 

<リプレイ>


「でもわたし達は冒険者ですからね。世のため人のため、自分の目指す危険で楽しい未来のために、ひたすら頑張ることにしましょう」
 エルフの紋章術士・イルミナ(a00649)の気分の乗ったこの言葉から冒険は始まった。
 選抜された冒険者はヒトの邪竜導士・テスラトを入れて9人。村に確保されている怪物を倒すために話し合いで立てた作戦は、燻りだし戦法だった。
 作戦を確認した9人は先発と後発の二組に分かれて行動を開始する。
「できる限りの情報を集めておくな」
 ヒトの武人・アオイ(a01192)はストライダーの忍び・ロフェロス(a01199)とヒトの翔剣士・エフィリア(a00057)の3人で先遣隊として村へと急いだ。荷物は後発隊に預け3人は走る。
 この判断は功を奏して村へは夕方、日暮れ前に到着できた。
 アオイは村人を集めて現れた怪物の特徴を聞き出すと、夕陽を背に素早くスケッチしていった。すると羊皮紙に浮かび上がったのは、服を破るほど筋肉の肥大した手足に大きな鈎爪を生やした、人間だった。
「ふぇぇ。なんか…スゴイね」
 覗き見たエフィリアは少し嫌な顔をする。
 ロフェロスはアオイが村人から話しを聞いている間に、怪物が閉じ込められた家屋の周囲をぐるりと回り警戒を強めていた。石造りの頑丈そうな家の中からは、狼とも熊ともつかない低い唸り声が時折響いてくる。
「ヤツは昼頃まで暴れていたらしい。やっと静かになったところだそうだ」
「そうか。……逆に不気味だな」
 アオイが得た情報にロフェレスは口元を引き締め、再度周辺調査を行った。家の出入り口は確かに一箇所しかなかった。
 それからアオイの呼び掛けにより、家の前を囲む常設のかがり火が村人の手伝いで用意された。
 ロフェレスはその後も窓から中を覗くなどしてモンスターの確認に努めたが、かがり火に照らされ動き回っている影しか確認できなかった。
 出入り口を塞ぐバリケードには家具なども引き出され立て掛けられていた。村人もモンスターも双方共に攻めぎあった様子がまざまざと残っていて、3人は緊張感を高める。しかし出入り口に落とし穴を掘るまでの余裕はなく、そうこうしているうちに後発隊が到着する。  後発隊はストライダーの重騎士・フィレス(a00710)を中心に、燻り出し用の樹木の枯れ枝や生木の樹皮を集めながらの行進となった。ただこれは後々で気付いたテスラトが呟いた言葉だが、村のどの家庭にもあるだろう焚付け用の薪で十分、だったかもしれない。
「おいおい。そーゆーことは早く言えってのっ」
 とはテスラトに対するヒトの邪竜導士・アーテイ(a01201)の裏平手(ツッコミ)だ。  また当初フィレスは荷物運びに『ノソリン』を用立てようとしたが、これは逆にテスラトからのこんな科白で止められる。
「みかえりに対する費用効果が悪すぎるぜ」
 ボソリと言う彼の科白は、フィレスを一瞬ムッとさせるが……もっともらしい意見ではあった。
 ノソリンの代わりに、というのではないがエルフの紋章術士・ルーシア(a01033)は土塊の下僕を作り出し荷物を運ばせようとする。しかし高くてもルーシアの腰までの背丈しかない土の人形は、効果時間も数分程度と短く荷物運びには適していなかった。
「あんまり、使えないでちゅ……」
 時間を過ぎて脆くも崩れ去った土塊の下僕に、ルーシアは思わず親指の爪を噛んでホロリと涙を滲ませたのだった。
 再び9人が村に揃う。アオイから状況を聞いたフィレス達は作戦に取りかかる。
 ルーシアがかがり火で木を燻すと次々と手渡していく。何人かに行き渡った所で窓から家の中へと一斉に投げ込まれた。炭となった木の切れ端なども同時に投げ入れていく。
 すると窓のある一室へ怪物が走り現れ、唸り声を発しながら窓の外へと腕を伸ばしてきた。鋭い鈎爪を振り外壁を削ると、肩先まで窓に入れて何かを捕まえようと腕を乱暴に振り回す。
「クッ。出て、来るのかっ?」
 思わず身を引いて身構えたストライダーの武人・エイダ(a01155)の横へ、アーテイが杖を翳す。
「どきな」
 鋭く発すると蛇にも見える真っ黒い炎を杖の先から打ち出した。ブラックフレイムは怪物の二の腕に直撃し、家から燻り出る煙と共にモンスターの腕を一瞬だけ包み込んだ。  一際大きく暴れた腕が、高鳴る唸り声と同時に家の中に引き戻された。続いて暴れ騒ぐ音がはっきりと響き渡る。
 鈎爪の怪物をアーテイ達が引き付けている隙に、アオイとロフェロスが出入り口を塞ぐ家具や酒樽を左右に移動させ隙間を広げていく。フィレスは片膝立てた状態でメイスを握ると気合を篭めた。不動の鎧で身を硬めるとそのまま出入り口の正面に立つ。一方ロフェロスは怪物の動きを音で感じ取ると、素早く家の壁に背を張りつけて息を殺した。フィレスから少し離れた所ではイルミナが土塊の下僕を作れるだけ作り出していた。  テスラトが腰が引けながらもさらに樹皮を投げ込んだ。窓の下に落ちる音と蒸せ上がる煙から逃げるように、中の影が消える。
「いったぞ」
 テスラトの上ずった声に、一瞬全員が息を飲む。
「油断するなよ」
 次の瞬間アオイの声を邪魔するように板の割れる音が鳴り響く。怪物が立て板に爪を掛け横倒しになっていたテーブルを蹴って押し開いた。筋肉の怪物は脚を掛けてバリケードを一気に乗り越える。
 出入り口からもモクモクと煙が上がる。荒荒しく息を吸って怪物は体を揺らすと、自分を大きく見せ威嚇する獣のように鈎爪の両腕を左右に広げた。
「今よっみんなっ」
 わらわらぽてぽて、走り出す土塊の下僕達。イルミナの指示に従って土の人形が一斉に怪物の脛にしがみつく。足元に絡みつくそれらに怪物は体をよじり不恰好に暴れた。足を擦り上げ、無理な体勢になりつつも土人形を振り払う。後ろへ吹き飛ばされて家の中へと転がり、暗がりに消えていく土塊の下僕。
 体の位置を戻した怪物が周囲を睨みつけた。地に着いた脚に踏ん張りを効かせて今度は腕を振り上げる。その時、背後から飛び込んだロフェロスが怪物の右の脹脛にダガーを突き立てた。横へ転がりすぐさま怪物から離れるロフェロス。
「畳み掛けろ!」
 その言葉を合図に全員が一斉に攻撃へと移る。
 しかし戦闘は思った以上に長引いた。鈎爪モンスターは体力に物を言わせて暴れ回る。フィレスが全面的に盾となってその攻撃を受け止めて、アオイとエイダが執拗に足を狙って攻撃を仕掛けるのだが、しぶとい怪物は倒れなかった。
 エイダは戦いながら『決定的な一瞬が欲しい』と瞬時に思い巡らせる。エフィリアが怪物の後ろを取ろうと走り込むのを見て、フィレスへと言い放った。
「フィレス! 一端離れろっ! 引き付けてくれっ」
 エイダは斜め後ろのルーシアを見た。土塊の下僕と一緒に石ころを構えていた。
 フィレスは無言で応え、鈎爪の攻撃を盾で受けると無理矢理押し返し、それから大きく間を広げ後退した。それを追うように鈎爪モンスターがフィレスへと一歩近付く。
 エイダはわざと怪物の視界に入るように一気に間合いを詰めた。怪物の注意が一瞬逸れる。しかしエイダは攻撃を行わずそこから真横に飛んで逃げた。唸る怪物の鈎爪が空を切った。
 怪物に接触している者がいなくなった。そこに大量の石が投げ当てられる。ルーシアと土塊の下僕の陽動攻撃だった。蝙蝠のような形相の怪物が片目を閉じて、投擲から顔面を腕で庇った。
 ドシュッ。
 鋭い音と共に輝く短い刃が怪物の太い首筋に突き刺さって消えた。ロフェロスが飛燕刃で別の方向から攻撃していた。痛みに身を捩り腕を振り回すと、怪物は一際高く吠えた。その胸板を、今度は黒い炎が打ち抜いた。
「しぶてェなァ」
 ローブの裾を捲りアーテイが渾身を篭めたブラックフレイムをぶつけていた。
 グラリと鈎爪モンスターの身体が揺れる。
 カキンッと2つ、鉄の当たる小さな音。
 先にアオイが低い大勢から深く踏み込んでいた。鋭い抜き打ちが怪物の腕を切った。片腕の鈎爪が飛び、ボトリと落ちる。
「貰うよ」
 続いて厳しい瞳に口元だけの笑みを浮かべたエイダが、アオイと同じ居合い斬りの一閃を決める。
 鈎爪モンスターの蝙蝠顔は、首から上が真横にずれてあらぬ方向を向き、身体は真後ろへと崩れ落ちた。
「悪く思うなよ。強い方が勝つ。これが……戦場の掟だろ?」
 怪物の頭は体から離れ、瓦礫の下へと転がっていったのだった。

 真夜中に松明の輝きが踊り村人達の歓声が止まない中、エイダは割れたテーブルの下から怪物の頭を拾い上げていた。
 イルミナが死体の傍らで、移動させた方が良いのでは? と誰かに呼び掛けようとしたところ。
 ビクンッと死体が動いた。
「ヒゃぁっ」
 突然の出来事に驚き情けない声を上げたイルミナは、思わずワンドから衝撃破を死体へとぶち当ててしまう。
「なに?」
 首を掲げたエイダが近付き、様子を覗き込む。
「あ、あはは。な、なんでもない」
 イルミナは照れ笑いを浮かべた。エイダは首を少し捻った後、何気なく傍にしゃがみ込み。
「……こうなるのはオレかもしれなかったんだ……」
 そう意味深に呟いて、首を元あった位置に添え置いたのだった……。

「ねぇところで。どうして苗字で名乗ったの?」
 イルミナの素朴な疑問に、テスラトはそっぽを向く。
「嫌い、なんだよ。変だろ。こんな名前はよ」
 口を半開きでなんとなく納得したイルミナは細かく頷く。目を逸らすようにテスラトはフードの前を引っ張り顔を隠すのだった。その肩をフィレスがポンと叩いた。
「人付き合いが苦手かもしれないが……どうかな、俺のいる旅団へこないか?」
「は? あぁ……いや……」
「返答は次あった時でいいさ。考えておいてくれ」
 そう微笑んだフィレスの背中に、灼熱の太陽が高々と昇っていく。
 こうして見事怪物退治をやり遂げた9人は、村人達に見送られながら朝焼けの中をゆっくりと帰って行くのだった。