ワイルド・ワイルド・チェリー・ティー
 

<ワイルド・ワイルド・チェリー・ティー>

マスター:羽須美


 ひとりの霊査士の女性が、あなた達の煎り乾かしたお茶の葉を差し出す。テーブルの上に広げられた麻布から薫る芳しさに、あたな方は思わず鼻をヒクつかせるだろう。干し葡萄のような黒い実や半円を描く皺の寄った赤い皮の欠片。どれもが小さく、細かくはあるが酸味の利いた、一度くらいは味わったことのある風味を醸している。
 これは、サクランボだ。
 彼女は春に獲れたサクランボを特殊な製法で加工してお茶の葉にした物だ、と説明を加えた。
 所謂サクランボの紅茶の葉を前に、これがどんな事件を呼び起こしたのだろう? とあなた方が霊査士に疑問を投げかけるのに先んじて彼女は、別の包みを取り出しテーブルに並べた。
 中には黒味を帯びた赤に染まった布の切れ端が入っていた。その匂いは、冒険者であればきっと嗅いだ覚えのある、思わず眉を顰めてしまうような匂い。
「これは…血ですね?」
 誰かが言った言葉に彼女は頷き返す。
「お茶の葉の製法で知られる茶葉作りの名人氏が襲われて、怪我を負わされたの。この茶葉を作る過程で実や皮を日干しにしてる時だったらしいわ。グドン達は干したサクランボを、名人から奪って逃げたのですって。でもグドン達は逃げていなくなったんじゃなくて、その後名人の所有する土地のサクランボの木の林に、棲みついてしまったみたいなの」
 霊査士とは、物に宿る『精霊』から情報を得られる能力を持った者達で、あなた達冒険者の手助けを生業としている。その彼女が、茶葉作り名人の汚れた服の切れ端から襲われた時の記憶を探り出して検証した結果、林に棲みついた亜人種達に辿り着いたのだ。
「どうやら、犬の頭を持つグドンが数匹、林にいるみたい。このグドン達はみんな気が弱くて、集団じゃなきゃヒトも襲えないタイプなのね。だからあなた達が行って、「数の暴力が振るえない」って分からせれば、きっと逃げちゃうと思うわ。無理をして新たな血を流すんじゃなくて、追い払って二度と返って来ないようにできれば…それでいいと思うの」
 グドン。と聞いて何人かが興味を示した。
 獣と人間を掛け合わせたような姿で、ヒトやエルフやストライダーから見れば、低俗と評される種族のことをグドンと呼んでいる。二足歩行でありながら動物の体毛や頭部を持ち合わせ、大概ヒトよりも小柄だが繁殖力が高く割と凶暴であり、集団で他種族を襲うこともしばしば。よく小競り合いなどの原因にもなっている、危険な種族である。
 テーブルを囲む中、話しを聞きながらあなた達の一人は、そのグドンに噛み付かれて破かれた布の匂いを改めて嗅いで確かめたりもしていた。
「名人の話だと「グドン達はサクランボの匂いに誘われて現れたのでは?」ですって。今回のグドン達は犬型の種族みたいだから…ちゃんと『ここは私達の縄張り』だって分かる印をつけれれば、戻ってはこなくなるんじゃないかしら? なんて思うんだけど…どう、この依頼? 頑張ってきて、くれるかな?」
 そう言った彼女は最後に、えくぼを作ってあなた達に微笑んで見せる。駆け出しの冒険者であるあなた達は、互いに顔を見合わせたのだった。
 話を整理すると、この依頼の目的は『犬顔のグドン数匹を、サクランボ林から追い払う』こと。そして二度とこの犬顔のグドン達が戻ってこない様にできれば最高だろう。
 幸いサクランボ林はたいして広くはない。1日、2日、でこなせる仕事になる。何より、紅茶の薫りが依頼報酬の芳しさを、引き立てているように思えるのだった。


参加者: ストライダーの牙狩人・シェリカ(a00034)  ヒトの医術士・ナロン(a00946)
ヒトの吟遊詩人・ランディ(a01027)  ヒトの紋章術士・オルガ(a01145)
エルフの紋章術士・リルミア(a01194)  ストライダーの邪竜導士・アティフ(a01464)
ヒトの武人・ヴァンダー(a01638)  ヒトの牙狩人・バルパス(a01650)

 

<リプレイ>


 茶葉作りの名人宅にて。
 名人との面会を済ませると早速、犬顔グドン追い払い作戦の支度が始まった。道中の話し合いで決まった作戦は、どうにかしてサクランボの実の匂いを衣服等に沁み込ませて、その服を着て撃退することでサクランボの匂いを警戒臭として犬顔グドン達に刷り込もうというものだった。
「よかったですわ、怪我も酷くなくて。こうして包帯を替えておけば、治りも早くなりますから」
 道すがら薬草を集めていたエルフの紋章術士・リルミア(a01194)は、みんなが支度している間に薬膏を名人に湿布し包帯の取り替えも行っていた。医術士のアビリティのように傷をすぐに塞ぐ効果はないが、こうしたリルミアの心遣いに名人は喜びふくよかな笑顔を見せてくれた。
「まあまあ。ほんとにすまないわねえ」
 茶葉作りの名人は、恰幅が良く笑顔の可愛い中年おばさんだった。
 犬顔グドンを退治しに来てもらっただけなのに……と始まり年代特有の世間話が続いていくが、長くなるので割愛しよう。とにかく怪我の処置などで名人に好印象を与えたのは、幸先が良かった。
 名人は腕に負った怪我で、茶葉作りの行程を中断しなければならなかったようで、作業場兼用の自宅にはまだお茶の葉としては不充分な品々が笊や壷に入れられ所狭しと放置されていた。様々な薫りが織り交ざり、素人にはどれがサクランボの物なのか良く分からない程だった。
「でも、大好きな香りが確かにありますわ〜」
 ストライダーの邪竜導士・アティフ(a01464)は胸一杯に吸い込み香りを楽しんでいた。横では、どれだろう? とストライダーの牙狩人・シェリカ(a00034)が様々な茶葉を興味津々と覗いている。
 ここでリルミアやヒトの武人・ヴァンダー(a01638)が、改めて香りを付ける方法についてアイディアを出し合う。名人にも作戦の概要を伝え了承を得た。すると名人は一見乱雑な中からいとも簡単にサクランボの半乾燥の実や、漬けた自家製のジャムなどを取り出して協力してくれる。
 燻した煙の匂いでは効果が薄いだろう、という話しになり最終的にリルミアの案が採用される。
 完熟したサクランボを乾燥させた物を濃く煎じて作った液の中に、長めの布を浸して香り付けするという方法だ。これなら布に水気がある限り淡い香りも残り続けるだろう。はたして犬顔グドンが普通の犬同様に嗅覚が優れているか詳しくは分からないが、香りの扱いやすさの点ではこのアイディアが一番だった。
 その後、てんやわんやと支度を済ませた8人は、布を纏ったり着せたり抱えたりとそれぞれに用意して、いよいよサクランボ林での駆逐作戦を開始する。
「さっさと終らせてお茶会、といきたいところだけど、油断は禁物。気をつけないと……」
 ぽわん、と白くてぽわぽわもふもふとした感じの球体をふよふよと傍らに浮かべ、ヒトの医術士・ナロン(a00946)が気を引き締める。ナロンは護りの天使の効果を盾に、多少無理をしてでも前に立って戦おうと気合を入れていたのだ。がそのぷわぷわを見た名人は、まあ可愛らしい、と自宅の窓から歓喜の声を上げて手を振ったりしていた。
 もしかすると仲間うちの誰かも、目をハートにして見上げていたかもしれない‥‥。
「ほな、そろそろ行こか?」
 ヒトの牙狩人・バルパス(a01650)が弓をビィィンと鳴らし、それを合図に全員が散って行く。
 サクランボ林はさほど広くはないとはいえ、全員が纏まって行動しては効率も悪く、また名人宅方面へ犬顔グドンが逃げてこられても困るため、8人はそれぞれに持ち場を作り別々に行動することにしたのだ。
 ヒトの紋章術士・オルガ(a01145)は自分の特性を見極め、地味ながらも雇われの冒険者にとってはもっとも大切な『依頼主を守る』ための配置についた。つまり名人宅と林の間で万が一逃げて来た犬顔グドンを追い払い、これ以上名人に危害が加わらないようにする役目だ。
 オルガは名人から鍋を2つ借りると、音でも威嚇できるようにと構えジィッと待ち続ける。土塊の下僕達と一緒に待機しようともしたが、土人形は数分で崩れ去ってしまうのでこれは一体ずつの作成に止め、ペタンと座ると後は気長に待ち続けることにする。
 追い出し作戦はまず、ヴァンダーによる誘導から始まった。
 上着代わりに濡れた布を首から羽織り、匂いを振り撒きながら犬顔グドン達を探す。するとそのうち何処からともなく、荒く細かく息を吐き舌をだらんと垂らした人型の異形が数体現れる。背丈はオルガと変らないか、それより低いくらいかもしれない。全身が短い体毛で覆われており頭部は確かに犬だ。
 フンフンと鼻を鳴らし、時には吠え、唸り声でヴァンダーを威嚇しながら近づいてくる。
 距離が縮まった1体へ、ヴァンダーはいきなり走り込んで間合いを無くし瞬時に居合い斬りで犬顔グドンの胴体を打ち叩いた。不意打ちという程ではなかったが、その勢いに吹き飛ばされキャヒィンと声をあげた1体が転がり倒れる。
 木々の合間に見えるだけで4体の犬顔グドンがいたのだが、この攻撃で弾けたように牙を剥き唸りを上げ肩を怒らせ一斉に警戒姿勢をとる。
 ヴァンダーはぐっと腰を落し構えるとジリジリと下がり、林が間切れて広くなる場所へと移動していく。そこにはアティフが何時でも術を放てるように待ち構えていた。  そこからは根気のいる作業となった。
 犬顔グドン達はすでに縄張りとなったサクランボ林に入って来た冒険者達を排除しようと動くのだが、ヴァンダーの最初の一撃が効いたのか中々近付きはしない。一方追い出すのが目的のため、ただ倒しに行けば良いという物でもなくヴァンダーも間合いを詰める事を躊躇った。犬顔グドンは大した敵ではないと見切ってはいたが、下手に突っ掛かっていって数匹に囲まれてしまうのは愚かな行為だとも分かっていた。
 そこで活躍したのが、少しずつ包囲網を狭めていったシェリカとバルパスのハンターコンビと、木製の横笛を吹きながら現れたヒトの吟遊詩人・ランディ(a01027)だった。
 別方向から流れる音楽が近付いてくるにつれ、犬顔グドンのうち2体はそちらに気を取られ、威嚇のために寄って行く。するとあらぬ方角から飛んで来た矢が、1体の足元に勢い良く突き刺さった。何事かと飛び跳ねた犬顔グドンは、怒りを露わにしてランディの方へ走り出す。
 それを再びシェリカがホーミングアローで狙う。木を迂回して飛んだ矢は、今度は見事1体の太腿を貫いた。転がりコケるのを確認してシェリカがグッと親指を立て、すかさず檄を飛ばす。
「バルパスくん、お願いねっ」
「任せとき!」
 言うが早いかバルパスはランディの方へ駆け出る。走って来る犬顔グドンを前に、ランディは横笛を構えたまま硬直していた。犬顔グドンとの差がぐんぐんと縮まる。今にも飛び上がって襲い掛かるのでは、と思ったその時、パルパスの放った矢が犬顔グドンの影を射抜いていた。
 まるで影に引っ張られたようにつんのめり、犬顔グドンの動きが止まる。影縫いの矢の効果だ。
 意気揚揚と近付いたバルパスは、抱えていた布を動けない犬顔グドンにバサリと被せた。情けなく唸りながらもがく影。だが犬顔グドンはなかなかその状態から脱出できなずもがき続ける。
「しっかり覚えや〜。この匂いやで〜」
 バルパスはコケているもう1体にも同じ事をして、犬顔グドンを精神的にも痛めつけ(?)た。
 それからはもう冒険者達のペースだった。
「この掌中より生まれる、のたうつ黒炎の蛇よ……」
 ヴァンダーに守ってもらいアティフが悠々とブラックフレイムを打てば、体毛や尻尾を焦がされて一体ずつ後ずさり。殺されてはいないとはいえ動ける数が減ってしまったために、ナロンやリルミア(と土塊の下僕達)に追い立てられると、キャンキャンと泣き声を上げながら尻尾を丸めて逃走し始める。遂には林から全ての犬顔グドンを追い払う事に成功する。
「……終ったみたいです……お勤めご苦労さま」
 草むらに座って様子を見続けていたオルガは、笑顔で帰って来たバルパス達を見て、土塊の下僕の頭を撫でて微笑んだのだった。

 再び場面は茶葉作り名人の家に。
「ジャーンっ」
 とナロンがリルミアと、篭一杯に入れた焼き菓子をテーブルへと持ってくる。名人の竈を使わせてもらいお茶会用のお菓子を作ったのだ。
 勿論、席に着いたみんなの前には、芳しいサクランボの香りを漂わせたお茶が。しかし残念なことに1杯ずつの、ほんの気持ちでしかないようだ。
「ごめんなさいね。イツもならもう出来上がってるんだけど……」
 怪我をした部分を摩り名人は朗らかな笑顔を見せていた。
「今度いらした時には、最高の茶葉に仕上げておくわ」
「ほんとう? じゃぁボク、それを分けてもらいに、またきます!」
 ナロンは確約を取りつけ……次に来訪した時にはきっと、サクランボの茶葉を手に入れるだろう。
「やーでも、このチェリーティー、なかなかのシロモノやで!」
 香りを楽しんでいるのはシェリカだけではなく、バルパスもまたその選別眼を利かせている。名人はでも、今回はサクランボだけでなく他の花の葉なども入れているのだと説明した。言われてみれば確かに、お茶は仄かなピンクではなく色が少し濃く、ワインレッドといった感じで、味も酸味が強く幾分複雑だった。
「あら? アティフさんとヴァンダーさんは?」
 いない2人に気付きシェリカが訊ねると。
 その頃2人はサクランボ林の外周を回っていた。
 アティフは一本の木の前で腕を組んでいる。
(「人々にとって……お守り代わりに。幸せのおまじないとなりますように♪ そして、グドンたちにとっては。無用な戦いや死を招かぬ為の忌避すべき印として……」)
 木々に吊るされた布を横目に、ヴァンダーはグドンが戻って来ないか油断なく見回りをしていた。
 その2人を呼ぶ仲間の暖かな声が、夏の空に木霊していた。