銀狼の峠
 

<銀狼の峠>

マスター:玄焔


 どこの街にもある冒険者の酒場。
 そこには、日々、冒険者たちが集い、活気が溢れていた。

 ガターンッ!

 不意に、大きな音と共に酒場のドアが開いた。
 酒場に集まっていた冒険者たちが驚いてドアを見ると、一人のストライダーがドアにもたれるように立っている。
「大丈夫ですか?」
 酒場の主が駆け寄り、手を貸そうとすると、ストライダーはぶっきらぼうにそれを断り、冒険者たちに言った。
「俺は、商人たちの護衛に雇われて来た狂戦士のローゼ・ローゼだ。誰か、峠を越えるのに、力を貸してくれないか?」
 ローゼ・ローゼはそういうと、近くの机にどさっと腰を下ろした。
「峠って言うのは、銀狼峠のことか?」
 興味を持った冒険者の一人が、ローゼに話し掛ける。
 街からしばらく道を行き、山を越える所に、銀狼峠と呼ばれる峠があった。
「ああ、そうだ。チクショウ、峠の護衛くらいと油断しちまった。あんなに狼のいる峠だとは思わなかったぜ」
 その言葉を聞いて、酒場にいた冒険者たちがざわめく。
 峠の名こそ銀狼峠とは言うものの、今まで狼たちが人間を襲うというようなことはなかったのだ。
 しかし、この男が嘘をついているとも思えない。
 狂戦士とは言え、多くの狼を相手に苦戦してきたのだろう。ローゼはそこかしこに傷を負い、ひどく疲れた様子だった。
「俺一人じゃ、商人たちを連れて、峠を引き返してくるのが精一杯だった」
 ローゼは、負った傷に持っていた酒を振りかけて消毒しながら言った。
「商人たちは、この先の宿屋で休んでるが……峠からここまで戻るのに、随分、無駄足を食っちまった。これ以上、商人たちの荷物を遅らせるわけにはいかねぇんだ」
 聞けば、商人たちは峠向うの街まで、薬を持って行くのだと言う。
 その薬を必要としている者たちは多い。
「狼たちは……何かに惹かれてやってきているようですね」
 ローゼの話を聞いていた霊査士が、言葉をはさんだ。
 話を聞いていて、感じるものがあったのだろう。
「それが何かわかるか?」
 ローゼは問い返したが、霊査士は首をふった。
「そうですね……強い香りの……薬草のようなもの……その匂いに惹かれて狼たちは襲ってくるのです」
 霊査士に言われてみれば、思い当たるものがある。商人たちが持っている薬草は、包みに収まっているとは言え、ひどく強い匂いのするシロモノだった。
「しかし、狼が薬草につられてくると言われても、そいつを捨てちまうわけにはいかねぇしなぁ……まぁ、仕方ねぇな。狼をぶっ飛ばして通り抜けるしかないだろう」
「すみません、お力になれなくて」
 そう言う霊査士に、ローゼは気にするなと笑った。
 霊査士も全てがわかるわけではない。助言があるだけでも助かるというものだ。
「ということだが……ちょっと荒っぽくなりそうだが、どうだ? 誰かいねぇか?」
 ローゼはそう言うと、酒場にいる冒険者たちをぐるりと見回し、どこか挑発的に笑って見せるのだった。


参加者: ヒトの重騎士・キール(a00004)  ストライダーの翔剣士・ウィンディア(a00356)
エルフの邪竜導士・ユキカゼ(a00540)  ヒトの武人・ウィリアム(a00690)
ストライダーの翔剣士・ナツ(a00925)  ヒトの武道家・シェン(a00974)
ストライダーの翔剣士・キノ(a01016)  ストライダーの狂戦士・カムイ(a01681)

 

<リプレイ>


 ローゼの願いに集まった冒険者たちは、準備を整え、翌日には出発することになった。

 出発前。
 冒険者たちは商人に、その持っている薬を分けてもらえないだろうかと申し出た。
「すみません、この薬草はとても貴重なもので、私たちも手持ちがこれだけしかないのです」
 商人が背負った荷物の中から小さな包みを取り出すと、開いて見せた。
「うぐぅっ!」
 包みが開かれた瞬間、それを覗き込んでいたヒトの重騎士・キール(a00004)とストライダーの翔剣士・キノ(a01016)は鼻を押さえて仰け反った。
 包みの中には一束の草があるだけだと言うのに、物凄い臭いなのだ。
 確かに、商人たちは薬臭さを匂わせていたが、実物がこれほどのものとは。
「こ、これは、確かにすごい臭いだ」
 キールが顔をしかめたまま言った。
「これしかないのでは、分けてもらうわけには行かないな……」
「あ、もし、臭いだけでよろしければ、この草は擦りつけると更に強い臭いを発しますから、皆さんの服に少し擦り付ければ、臭いは移りますよ」
 商人はそう言うと、小さな草の一片を渡した。
「なるほど……」
 キノがそれを受け取り、自分の服の袖に少し擦りつけた。
「うっ、何だこの臭いは?」
 ローゼの傷の手当てを済ませたストライダーの翔剣士・ナツ(a00925)が、近づいてきて思わず声をあげた。
「狼をおびき寄せている薬草の臭いだ」
 ローゼが嗅ぎ慣れた匂いをナツに説明する。
「こいつが臭った途端に、狼どもが狂ったように襲ってくるんだ。なかなか厄介なもんだぜ」
「これは特殊な病気に必要な薬草なので、普通の旅人は持たないような品物なのです。今回も特別に輸送することになったんですよ」
 商人が、再び包みを戻しながら言った。
 結局、みな、一片ずつ薬草を受け取り、その身に付けたが、それだけでも物凄い臭いを漂わせていた。



「狼に襲われた場所はそろそろでしょうか?」
 先行のキノたちの姿は見えなくなり、大分森も深くなってきた頃、ストライダーの翔剣士・ウィンディア(a00356)がたずねた。
 先行して峠に入っていった冒険者たちに続いて、やや遅れ気味に商人と護衛の冒険者が進んでいた。
 森の中は薄暗く、夜目の利くエルフの邪竜導士・ユキカゼ(a00540)が気配を探りながら進んでいたが、どこか不安な気持ちになる場所だった。
「もう少し先の少し開けた場所でしたが……」
 商人は不安の色を濃くしながら、護衛の冒険者の陰に隠れるようにして歩いている。
「先に入った連中に誘き寄せられているのか? 今日は狼の気配がねぇな……」
 ローゼは辺りを見回していった。
「この前ん時は、もうこの辺で狼どもの唸りが聞こえてたんだ」
「確かに気配はないな」
 前衛に立つヒトの武道家・シェン(a00974)が、そういった途端、前方から獣の叫び声が聞こえてきた!
「!」
 一行はさっと商人を囲むように集まり襲撃に備えたが、自分たちの方を襲ってくる気配はない。
「ちっ、一気に先行した連中の方へ行っちまったか」
 ローゼはそう言うと剣を担いで走り出した。
「ちょっと! ローゼ様!?」
 ウィンディアは商人そっちのけで駆けて行くローゼを唖然と見送った。
「狂戦士とはよく言ったものだな」
 荒事は嫌いではないが、なりふりかまわぬローゼに苦笑しながらナツが言う。
「これで、こっちに狼が来ないといいのだがな」
 戦いになれていない商人と一緒に居る以上、戦いは避けたいと考えていたヒトの武人・ウィリアム(a00690)はそうつぶやいたが、その言葉をストライダーの狂戦士・カムイ(a01681)が打ち消した。
「そうは……行かないようだな……」
 いつの間にか、周囲には金色に輝く双眸に取り囲まれていたのだった。



「てめぇ! ぶっ殺してやる!」
 キノはレイピアを構えると、突進してくる狼に突き立てる!
 狼はその一撃を受けるが、傷がきいていないのか、再びキノに向かってくる。
 先刻からその繰り返しだった。
 最初は狼たちを自分たちに引き付けておくために、あれこれと手段を尽くしていたが、まるでマタタビによった猫のように、際限なく突進してくる狼に、キノはぶち切れモードに入ったのだ。
「雑魚とは言え、多勢に無勢と言う言葉もある、油断は禁物だ。キノ!」
 キールは重厚な鎧に身を包み、狼の攻撃などものともしていなかったが、それでもその数におされ気味になる。
 まさしく多勢に無勢。
 メイスを振り下ろして前方の狼を遠退けたが、横から次の狼が襲ってくる。
「切りがねぇっ!」
 苛々しながらキノが叫ぶと、道の向こうから声が聞こえてきた。
「加勢するぜ! キノ! キール!」
 剣を振りかざして駆け寄ってくるローゼだった。



「くっ……酔っているのか……」
 カムイは群れの中でも一回り体の大きな狼を見事しとめたが、狼たちの凶状は変わらない。
 群れのボスを落とせば、群れは連携を失う。そのためにパワーブレイクを使って一気にボスと思われる狼を落としたのだが効果はなかった。
「薬草の臭いの所為らしいな」
 狼が飛び掛ってくる隙をついて、見事狼に拳を叩き込んだシェンがカムイに言った。
「薬草の臭いが狼を狂わせているのだ」
 前に商人たちが襲われたときより、数倍強く臭っている薬草の臭いに、狼たちは完全に狂っているのだった。
「これでも嗅いで目を覚ましなさい!」
 ウィンディアが、ずっと大事に抱えていた包みを開くと、中からニンニクが転がりだす。そして、それをエイッと踏みつけて、臭いを回りに振りまいた。
 その臭いにギャンッ! と吼えて、狼たちは一瞬飛びのいたが、それは一瞬の隙を作っただけで、再び冒険者たちに襲い掛かってくる。
 しかし、ウィンディアにはその隙で十分だった。
「ちゃんとお仕事はしませんとね」
 レイピアの一刀が、狼の首を討ち取った。
「しかし、切りがないな!」
 ウィンディアと同じくレイピアで別の狼をしとめたナツがぼやくように言った。
 狼自体は冒険者である彼らにかかれば、恐れるほどの敵ではない。
 しかし、それは一匹であればのこと。
 これだけの数となると、じりじりと追い詰められてくる。
「だからって、諦めるわけにはいかねぇッ……」
 ウィリアムは足場の悪い場所で、商人たちを背後にかばいながら長剣を振り下ろした。
「街で薬を待ってる人が居るんだ! 俺は駆け出しの冒険者だけど、絶対にこの薬を届ける!」
 そんなウィリアムの言葉はみんなの励みとなった。
「そうだな。でも、私たちを置いていったローゼへの貸しは大きいぞ!」
 ナツは気力を振り絞って再びレイピアを構えると、言った。
「じゃあ、その貸しはすぐに返すぜ!」
「!?」
 頭上から声が響く。
 まさかと思って振り仰ぐと、岩場の上からキノとローゼが飛び降りてきた。
「キールもすぐに来るから頑張って!」
 キノはそう言うと戦いに加勢した。
 身軽なキノとローゼは迂回した道ではなく森の中を突っ切り岩場を超えてきたのだと言う。
 先の道で狼を片付けた3人が仲間のもとへもどってきたのだ。



 全員が揃うと、狼は敵ではなかった。
 もっとも、二手に分れず、一気に狼たちが襲って来ていたら話はまた違っていただろう。
 程よく狼の戦力が分散されていたのもあって、狼は退治できたのだ。

「どうも、ありがとうございました」
 無事、街へたどり着いた商人たちは、自分を守ってくれた冒険者たちに深深と頭を下げて礼を言った。
 薬も待ち望んでいた人たちの手に渡り、冒険者たちは無事依頼を果たした。
「このご恩は忘れません。どうぞ、何か御用がありましたら、私たちに言ってください。その時は出来る限りの力になります」
「その時はよろしくお願いします」
 冒険者たちは商人にそう言うと、また別の街へ商いに行くと言う商人たちを見送ったのだった。



「なあ、キール、それって……」
 街への帰り道。
 ふと見ると、機嫌の良い物が一人。
「ん? 何だ?」
 ほわ〜んと幸せ顔で背負った毛皮に頬すりしていたキールが皆を見る。
「その毛皮って……」
 キノが触るとふわりと手触りがよい。
「狼の毛皮?」
「その通り、これを持ち帰って布団にするのだ」
 キールが幸せそうにそう言うと、すかさず他の冒険者たちがその毛皮を奪った。
「キールだけずるい!」
「私が倒した狼だ。ずるいも何もない!」
「ずるい!」
「ずるくない!」
 結局、毛皮をめぐって騒動になってしまったので、話し合いの結果、皆で均等に分けようと言うことになった。
「これではひざ掛けにもならぬ……」
 手元に残ったわずかな毛皮を眺めながら、キールは残念そうにつぶやいた。
 わずかではあったが、狼の毛皮を手に入れて、今度は他の冒険者たちが幸せ顔で家路にとついたのだった。