<リプレイ>
ちりり……
金色の鈴の音が響く。
黒猫はしなやかな尾をピンと立てて草原を進む。
そして、時折振り返る黒猫の大きく見開いた瞳は、こっちへ来て! と冒険者を誘うようだった。
◆
「かわいいわぁ〜」
ストライダーの武道家・ティア(a01463)は抱き上げた黒猫にぐりぐりと頬擦りをした。
さらっとしたその毛並みは、とても気持ちいい。
「このまま抱っこして連れて行ってあげたいわ」
「それじゃ駄目だって査霊士が言ってたでしょ?」
ティアの腕から黒猫を取り上げながらストライダーの吟遊詩人・ネルト(a00645)が言った。
「そうよねぇ……でも、かわいいんですもの」
ティアは少し残念そうに黒猫を見ると、名残惜しげに頭を撫でた。
「ねえ、もうちょっとだけ抱っこしちゃ駄目?」
「駄目!」
ネルトはそう言うと自分の胸にぎゅうっと猫を抱き寄せる。
「あ、ずるいわ! 独り占め!」
ティアがネルトから黒猫を奪い返そうと、ネルトの腕をつかんだとき、ほんの少し戒めが緩み、黒猫はぴょんと道へ飛び出した。
「わわ! ちょっと待って! ねえ! みんな猫が出て行っちゃったよ!」
ちりりりん……
猫は鈴の音を軽やかに鳴らしながら道を先へと歩いていってしまう。
「待って!」
冒険者たちはその後を追うようにして出発した。
◆
猫の後を追いかけるだけの仕事。
それは、他の者たちから見たら冒険ですらないかもしれない。
でも、時折振り向いては愛らしい声で鳴く猫と、暖かな木漏れ日の森の中を歩いてゆくのは、なかなか素敵なひと時だった。
「黒猫様〜♪」
エルフの吟遊詩人・ティアラ(a01140)が尾っぽを立てて歩く黒猫に声をかけると、黒猫はちょこっと耳を寝かせて振り向いた。自分が呼ばれているのはわかるようだ。
ティアラの隣では、先ほどまで草むらに入って何やらごそごそとやっていたストライダーの牙狩人・エルシエーラ(a00853)がまじめな顔で緑色のふさふさを振っている。草むらに生えていた猫じゃらしを摘んで来たのだ。
それをふりふりと左右に振ると、黒猫の視線はそれを追っかける。
「おいで、おいで」
少し道を外れそうになると、冒険者たちは黒猫の気を引こうと色々な手段で黒猫を呼び止めていた。
しかし、もっとも気を引いたのは、猫じゃらしでも、女の子の呼び声でもなく、ストライダーの武道家・シンヤ(a01112)の狐のふんわりとした尾っぽだった。
「イテ! イテテ……おいおい、ちょっと手加減してくれよ」
尻尾に飛び掛り、つめを立ててじゃれ付く黒猫に、満更でもない様子でシンヤは言った。
シンヤの尻尾の先には小さな鈴が結ばれており、それが黒猫の心をひきつけているのだった。
「私の尻尾にも鈴がついてるのにぃ」
同じくストライダーのティアの尻尾にも鈴がついているのだったが、しなやかなその尾っぽにはなかなか振り向かない。
どうやら狐のふさふさ尻尾が良いようだった。
和やかな雰囲気の中、黒猫と冒険者たちは道を進んでいった。
そして、まもなく森も終わりを告げようかという時、それは起こった。
◆
それは一瞬の出来事だった。
木々の間を何か白い丸いものが、ふわりと過ぎった。
黒猫は目ざとくそれを見つけ、それを追うようにして森の中へと駆け出したのだ。
「何だあれは……帽子?」
エルフの紋章術士・キジョウ(a01446)が、猫の先を転がる何かに目を凝らして言う。
どうやら子供用の麦藁帽子のような帽子が、風に飛ばされて転がってゆくようだった。
「暢気にそんなことをいっている場合ではないぞ!」
ヒトの吟遊詩人・モデスト(a01364)はそう言うと黒猫を追って、森の中へと駆け出す。
「私たちも追いましょう」
他の冒険者たちも次々に森の中へと入ってゆく。
危険な獣の気配はない。しかし、足場の悪い場所も多い森の中ゆえ気をつけなくてはならない。
「命持たぬ土塊よ。我が命に従い、其の命を得よ。オブジェクトオペレーションッ!!」
ストライダーの紋章術士・フレスティア(a01323)はアビリティを発動し、小さな土で出来た仮初の生き物に命じた。
「追って! 黒猫を守って!」
仮初の命をもらった土塊が、転がるように黒猫の後を追う。
戦闘力などは弱いが、後を追うくらいはお手のモノだ。
しかし、黒猫はあっという間に冒険者たちを振り切り、その姿をくらましてしまった。
「黒猫ちゃ〜んっ!」
ティアが尻尾の鈴を振りながら、黒猫を呼ぶ。
「黒猫様ぁ〜!」
ティアラの声が森の中に吸い込まれてゆく。
森には夕暮れの薄赤い光が差し込み始めている。
夜になってしまったら、真っ黒な黒猫をこの森の中から見つけるのは不可能だ。
「どうしよう〜っ」
困り顔で冒険者たちは互いの顔を見合わせた。
黒猫が走り始めたとき、捕まえようと思えば捕まえられたかもしれない。
しかし、使命のことが頭を過ぎって、誰もが一瞬躊躇ってしまった。
「松明の明かりが必要ね。いったん街へ抜けて、明かりを用意していた方が良いかしら?」
フレスティアが辺りを見回しながらそう言った。
彼女が放った仮初の土塊の戻ってこない。
留まるか? 街へ行くか? 一同が、最後の判断を迫られた時、森の奥から声が聞こえた。
「おぉー……い……」
「!」
その声はそう遠くないところから聞こえるが……何故か遠い。
「おーい!……下だ!」
その声に冒険者たちははっとした。
声は先ほどから一人だけ姿の見えなかったモデストの声だった。
「下? 下ってどこですの? モデスト様!」
ティアラが声の限りに問い掛けると、モデストはめいっぱいの声で叫び返してきた。
「大木の根元だ! 穴にはまって動けんのだ!」
冒険者たちが見回すと、少し離れた場所に確かに一際大きな木が見える。
その側へ駆け寄ると、木の根元には何かの巣穴が朽ちたのか、大きな穴がぽっかりと口をあけているではないか。
「モデスト! 中にいるの?」
ティアが声をかけると「おお!」と思いのほか元気なモデストの声と共に、にゃ〜んとか細い猫の声も聞こえた。
「猫も無事なのね!」
「ああ、穴に落ちたとき、フレスティアの土塊が下敷きになって猫をかばったんじゃ!」
土塊は見事目的を果たし、再び土に戻っていた。それならば戻れと命じても戻らないのは仕方がない。
「それに黒猫は使命も見事に果たしたぞ。誰か手を貸してくれ!」
「使命を果たした?」
モデストの言葉に首をかしげながら、冒険者たちは、側の木に絡んでいた太い蔦をロープ代わりに穴の中へと投げ込んだ。
そして、穴から出てきたモデストの背には驚くべきものが背負われていた。
「それって……」
背負われた存在を見て、冒険者たちは目を丸くする。
「気を失って居るだけだ。急いで街へつれて行こう」
モデストの背には、泥に汚れてはいるが幼い少女が疲れ果てて眠り込んでいたのだった。
◆
「本当にありがとうございました」
黒猫の飼い主である少女の母親は、冒険者たちに深々と頭を下げて礼を言った。
なんと、穴の中で気を失っていた少女は、黒猫の飼い主の少女だったのだ。
少女は数日前に森へ花を摘みに行って行方不明になっていたのだ。
「私……夢を見てたの……」
目を覚ました少女は暖かなベッドに寝かされ、黒猫をひざに抱えたまま冒険者たちに言った。
「黒猫のチャーが、ボクと一緒にお家に帰ろうって言うの。迎えに来るから大丈夫だよって……そうしたら、お兄さんたちがチャーと一緒にきてくれたの」
少女はそう言って、黒猫(名前はチャーと言うらしい)の頭を撫でる。
黒猫は目を細めて微笑むように少女を見上げた。
◆
「ねぇ。これってどういうことなの?」
ティアは不思議そうな顔をして、少女の家を出た仲間の冒険者たちにたずねた。
「黒猫の使命が、あの女の子を助けることって言うのはわかったんだけど……じゃあ、酒場に依頼に来た少女って誰?」
誰もが疑問に思っていたが、あえて口に出さなかったことだった。
「たまたま、あの黒猫が街で迷子になっているのを見かけた人が、黒猫の家を知っていて届けてもらおうと思った……とかじゃない?」
ネルトが、考えて一番まともそうな意見を口にした。
しかし、何故かその意見は無理やりに聞こえる。
「……黒猫に化かされたのでしょうか?」
エルシエーラが、誰もが思ったが口にしなかったほうの意見を口にした。
「あまり……考えない方が良いのかも知れんな」
シンヤが考えないようにしながら呟いた。
「そうだね……」
みんなも、あまり気にしないようにすることにした。
「たまたま、あの黒猫が街で迷子になってるのを、たまたま家を知ってる人が見つけて依頼したんだよね」
「そうですね、それで一件落着ですね♪」
きわめて明るく振舞いながらエルシエーラがそう言うと、皆はうんうんとうなづいた。
これから暗い森の中を帰らなくてはならないのである。
あまり怖いことは考えたくないものだ。
それが夏の夜の出来事であろうと……。
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