消えた少年
 

<消えた少年>

マスター:五十嵐ばさら


 そこは、何所にでもあるような酒場。活気に溢れ、ひとときの安らぎを求めて人々が集う場所。ですが、ここは他の酒場とはすこし違う所があるのです。それは……。

「お願い、誰かジョーイをさがしてっ!」
 喧騒に沸くこの酒場に駆け込んできた少女が、目に涙を浮かべてながら、精一杯の声を上げていた。手には、小さな靴が握り締められている。
「お嬢ちゃん、お名前は? 一体、どうしたんだね?」
 突然の可愛らしい珍入者の出現に、ざわめき立つ客達を制して、店の親父さんが少女に優しく声をかける。
「わたしスージィって言うの。えっとね、弟のジョーイがいなくなっちゃったの。わたしがジョーイとはぐれちゃったから……」
 そう言って、今にも泣き出しそうな様子の少女をどうにかなだめつつ、親父さんは店の一角にたたずむ女性の下へと、少女を導いた。
「スージィちゃん、だったわね? お姉さんにちゃんとお話を聞かせてくれるかしら?」
 優しく微笑みながらその女性、霊査士のリゼルは少女を椅子に座らせた。
 そう、ここは冒険者の酒場。少女の願いを叶える事ができる者が集う場所。そして、新たなる物語が始まる場所なのです。

「スージィの話によると、町の広場で開かれていた旅芸人のサーカスに一緒に出かけて、ジョーイとはぐれてしまったそうなのです。最初のうちは、スージィもちゃんとジョーイの面倒をみていました。でも、つい見世物に夢中になって、ジョーイが居なくなった事に気が付かなかったという話なのです。広場中を捜して、ようやく見つけたのは、ジョーイがお気に入りだったこの靴だけ。他にも色々と心当たりの場所を探してみたそうなのですが、ジョーイを見付ける事はできず、家にも何の連絡も無いそうなのです」
 リゼルの話を興味深げに聞いていた冒険者の一人が、何かを思い出したかのように声を上げる。
「そういえば、子供の失踪事件が相次いでいるって噂を聞いたよ。それも、姿を消したのは可愛い少年ばかりなんだって。そして、ここからがこの噂の味噌なんだけど、失踪事件のあった町や村には、必ずと言っていいほど、蓮っ葉な女座長の率いる旅芸人のサーカス一座が逗留していたって話なんだよ」
 その言葉に静かに頷き、唯一の手掛りである少年の靴を手に、リゼルが話を続ける。
「この靴に宿りし精霊達の言葉からも、旅の一座とその女座長が怪しいように思います。冒険者の皆様、どうか攫われた子供達を救い出してあげてください」
ただ、とリゼルは続ける。
「冒険者が、彼ら誘拐盗賊団を捕らえに来たと知ったら、盗賊達は子供達を人質にしてでも、逃げ出そうとするでしょう。そうなれば、子供達に危険が及んでしまいます」
 確かに、その通りだろう。普通に戦ったならば、冒険者が盗賊ごときに遅れを取る事は有り得無いだろうが、もし子供を人質に取られたならば、かなり不利になってしまうだろう。
 考えたく無い事だが、人質が複数いるのならば、みせしめの為に1人や2人、殺してしまうような事態も有り得るかも知れない。
「という事で『これ』です!」
 考え込んでしまった冒険者の前に、リゼルは一枚のチラシを置いた。
 そこには『サーカス団員募集中! あなたの芸で、みんなを楽しませよう!』と、書かれてあった。
「サーカス団員の見習いになれば、きっと子供達を見つける事もできると思うのです♪」
 リゼルはそう言うと、にっこりと笑った。それはもう、楽しそうに。
 頑張れ、冒険者諸君!
 子供達の未来は、君達の『芸』に掛かっているのだっ!


参加者: ストライダーの吟遊詩人・ハツネ(a00196)  ヒトの吟遊詩人・ニケー(a00301)
ヒトの翔剣士・バイロゥ(a00611)  ストライダーの忍び・ドイル(a00932)
ヒトの武道家・アラシ(a00955)  ストライダーの忍び・カッツェ(a01468)
ストライダーの武人・ファイ(a01508)  エルフの紋章術士・シャルア(a01607)

 

<リプレイ>


●サーカス団員見習のススメ
「早速だけど、芸を披露してもらおうか?」
 座長のドロシーの呼び掛けに真っ先に飛び出したのはストライダーの吟遊詩人・ハツネ(a00196)だ。
「ハツネです。よろしくお願いしま〜す♪」
 彼女が披露したのは歌と踊りだが、流石に手馴れた物である。
「へぇ、やるじゃあないか。よし、合格だ。うちで芸を磨きな!」
 そして……。
 綱渡りを見せたストライダーの忍び・ドイル(a00932)。
 軽快なアクロバットを難なく決めたストライダーの忍び・カッツェ(a01468)。
 力強い踊りや歌を披露したヒトの武道家・アラシ(a00955)。
 ナイフ投げを成功させたストライダーの武人・ファイ(a01508)。
 パントマイムを演じたエルフの紋章術士・シャルア(a01607)。
 彼らの芸もドロシーの眼鏡に適い、全員無事に合格した。しかし、まさか初日から全員が初舞台に立つ事になろうとは……。

「さあさあ、お集まりの皆さん。テントの外にご注目ください。高く頭上に張られました綱を渡りますのは、期待の新人ドイル。その妙技、とくと御覧あれ〜!」
 司会役に抜擢されたシャルアは、緊張しながらも先輩の団員に教えてもらった口上で、観客を沸かせる。
「……参ったね。あんまり目立ちたくなかったのに」
 そうぼやきつつも、ドイルは綱渡りに集中する。観客の歓声が足元に響き渡った。
「続きましては、軽業師達の競演です。こちらの新人のカッツェにも、ご注目〜♪」
 テント内の舞台の上では、カッツェが軽快なアクロバット技を披露していた。
「うわぁ、すごいすごい〜☆」
 最前席で大はしゃぎしているのは、ヒトの吟遊詩人・ニケー(a00301)だ。癖のある銀髪を飾り紐で1つに束ね、まるっきり男の子のような格好をしている。
「へえ、上玉じゃあないか……」
 ハツネの耳にドロシーの漏らした声が聞こえたが、それを確認する暇も無く彼女の演目が始まった。心の不安を掻き消しながら、ハツネは笑顔で舞台へ飛び出した。アラシやファイも広場の観客を沸かせている。
 実はこの団員見習達の初舞台、ハツネがドロシーに提唱した演目などに関する話から、見世物のマンネリ化を防ぐ為との名目で、急遽実現したものである。
「客受けはいいねぇ。明日も舞台に立ってもらおうか……」
 しかし言葉とは裏腹に、ドロシーの瞳には銀髪の少年しか映っていなかった。

●ヒミツの合図
 公演も終わり、夕闇に紛れて1人っきりで見世物のテントの裏手に近付く銀髪の少年がいた。ニケーだ。不意に、ニケーの前に道化師が現れた。思わず後退るニケーの背後から女の声が響く。
「探す手間が省けたよ、ぼうや」
 座長のドロシーだ。ニケーはぎゅっとリュートを抱きしめると、意を決して声を上げる。
「え、えっとね、家のみんなは反対するんだけど……サーカスって格好いいよね。ボクもお姉さん達みたいに舞台に立ちたいの!」
 ちりりん。
 必死に訴えるニケーの動きに合わせて、飾り紐の鈴の音が鳴り響く。
「可愛い事を言ってくれるねぇ。よし、このドロシー姉さんが手取り足取り仕込んでやるよ。おい、ぼやぼやすんじゃないよ! 誰かに見られちゃ面倒だろう?」
「へい、姐御!」
 が、物陰からその光景を伺う者がいた。荷車に探りを入れに来ていたアラシだ。
「やっぱりな……」
 ニケーが頑丈な方の荷車の中に連れ込まれるのを見届けたアラシは、静かにその場を離れた。

「いいかい、大人しくしてるんだよ?」
 ドロシーは子供達に向かってにんまりと笑みを見せると、防音の為だろう二重になった分厚い扉を閉める。中には4人の少年が囚われていた。その中で金髪の少年は1人だけだ。
「キミがジョーイだね?」
 ニケーは、恐怖と不安に打ち震える金髪の少年に声を掛けた。
「そうだけど……どうして僕の名前を知ってるの?」
 不思議そうな顔をしたジョーイに、にっこりと笑いかけるニケー。その時、コンコン、と床を叩くような音が、足元から小さく響いた。不安がる少年達を制して、ニケーが同じように、コンコン、と軽く返す。すると、ココン、と続け様に叩く音がしてそれっきり静かになった。
「ねえ、今のはなに?」
「ヒミツの合図、ってトコかな? 大丈夫。きっと助けが来るよぉ♪」
 安心して、と少年達に声を掛けると、不安を少しでも和らげてあげようと、ニケーはリュートを取り出して楽しげな曲を奏で始めた。
 見張りの目を避け、荷車の下から這い出て来たのは、忍び装束に身を包んだカッツェだ。
「ニケー、子供達の事、頼みましたよ……」
 ハツネから聞いた合図をニケーに送ったカッツェは、子供達の無事を祈った。

「……という訳さ」
 ドイルは、これまでの一部始終をヒトの翔剣士・バイロゥ(a00611)に語る。1人外部からの工作を試みていたバイロゥだが、団員達の警戒の前に断念せざるを得なかった。
 中継ぎ役に徹しているドイルの元には、ドロシーのショタ疑惑に始まり、団員達の噂話やテント裏の見張りの配置など、様々な情報が集まっていた。
「どうやら団員の半数以上が臨時雇いの旅芸人らしいね。座長の子飼いの6人程が、元からの一座のメンバーって話だよ」
「成る程な。で、何時やるんだ?」
 そう尋ねるバイロゥに、ドイルは簡潔に答える。
「明日の夜、さ」

●少女の願い
 翌日も団員見習達は舞台に借り出された。初舞台であった昨日とは違い、観客達の表情を伺う余裕もあった。新米のサーカス団員(見習)達は、自分の芸に観客達が一喜一憂し、笑顔と歓声を浴びせてくれる事に、言いようの無い何かを感じ始めていた。
 今日の公演も閉幕となった頃、荷車を引いた行商人の女が、サーカスのテントの裏手に近付いて来た。
「食料の売買から、荷車の修理までなんでもうちに任しとき……」
 裏手に団員は1人。他の団員はシャルアに懇願されて、大道具の撤収作業に借り出されていたのだ。
「悪いが頼む物は何もないな。帰ってくれ」
 荷車は尚も近付く。
「聞こえねえのか! 用は無いから帰れと言ってるんだ!」
 業を煮やした男は行商の荷車に近付き、女を突き飛ばそうとした。
 が、逆に弾き飛ばされたのは男の方だった。
「悪いが、子供は返してもらう。この剣、ティルタクトがお前らに裁きを下す!」
 行商の女―バイロゥは、倒した男の喉元に愛剣の切っ先を突きつけた。騒ぎを聞きつけたのか、数人のサーカス団員が荷車の周りに姿を現す。
「いい所に来た! は、早く助けてくれ!」
「残念でしたね。私はあなたの味方じゃないんですよ」
 カッツェはそう言い放つと、男に駆け寄り後ろ手に縛りあげる。
 子供達が囚われている荷車へと駆け寄るのはアラシとドイルだ。ドイルは荷車に取り付くと扉の開放をアラシに任せ、周囲を警戒する。
「急いでくれ!」
「ああ。よし、もう大丈夫だぞ!」
 アラシは二つの分厚い扉を開け、子供達を助け出す。ニケーに手を引かれて、ジョーイも無事に姿を現した。
「みんな、もう大丈夫だからね♪」
 ニケーの言葉に、少年達は元気に頷く。
「さぁ、今の内だよ」
「早くこっちに来るんだ!」
 ドイルとバイロゥは、他の団員達が姿を現す前に子供達を避難させるのだった。

「裏手が騒がしいねぇ?」
 怪訝そうな表情を浮かべ、ドロシーが団員に見ておいで、と声を掛ける。
「その必要はないさ、座長。いや、年増のドロシー!」
 そのファイの一言に、一瞬にしてドロシーの表情が般若の如く変貌する。 
「こ、この若造が、言うに事を欠いて年増だってぇ?」
 更に、ハツネが追い討ちを掛ける。
「年増に年増って言って何が悪いの? あ、ご免無さぁ〜い。ショタコン年増って言うべきだったかな?」
「キ〜〜ッ! 生意気な小娘だねぇ!」
「若造や小娘って連発するとお年が知れましてよ? 年増の盗賊団長さん♪」
  「誰が、年増のとーぞく……」
 シャルアの言葉に激昂しかけて、はっと我に返るドロシー。
「な、なんで、その事を? ま、まさか、お前達は……ぼ、冒険者かい?」
「その通り。他の団員達からもきっちりと裏は取ったぜ、このショタコン年増盗賊団長め!」
 息巻くファイに気圧され、じりじりと後退るドロシー。
 と、その時。冒険者達の前に数人のサーカス団員が立ち塞がった。
「姐御、あっし達が隙を作りますから、お逃げくだせぇ!」
「お、お前達……」
 と、ホロリと涙を流しつつも、悲しい盗賊の性。既に逃亡準備万端のドロシー。冒険者達が下っ端団員の捨て身の妨害を受ける中、ドロシーは2人の部下と共にスタコラさっさと逃げだした。
「そうは問屋が卸さないぜ!」
 と、部下の1人が、脇から現れた男に投げ飛ばされる。アラシだ。
「子供達は無事に助け出しましたよ!」
 もう1人の部下を打ち倒しつつ、カッツェはドロシーの退路を断つように身構える。
「まだ抵抗する?」
 意地悪そうにハツネが尋ねる。ハツネの『眠りの歌』で、下っ端団員達は眠らされていた。そしてシャルアの呼び出した『土塊の下僕』や、じりじりと間合いを詰める冒険者達を前にして、ついにドロシーは逃亡を諦めた。こうして誘拐盗賊団は一網打尽にされたのだった。
 攫われていた少年達も『無事』に救出する事が出来た。ドロシーも団員達の手前、あまり大胆な行動に出れなかった事も幸いした……らしい。

「家に帰れてよかったな?」
 ジョーイの頭をなでつつ、出迎えたスージィに笑いかけるファイ。子供達への付き添いもこれが最期だ。心なしかファイの表情に名残惜しさが見える。
「みなさん、ありがとうございました!」
 涙を浮かべながら、ぺこりと頭を下げて、精一杯のお礼を述べるスージィ。少女の願いは叶えられたのだ。勇敢で愉快な冒険者達の手によって。

●おまけ
ニケー:「ねぇねぇ。リゼルお姉ちゃん、しょたこんてなぁに?」
リゼル:「えっ!? ニケちゃん、あ、あのね……」

【END】