盗賊と眼鏡
 

<盗賊と眼鏡>

マスター:左近江


「何でも連中は、落とし穴にわざと子犬を落としておいて、何事かと近寄ってくる旅人を襲うらしい」
 これは近頃、近隣の小さな森に出没している盗賊団の噂である。
 霊査士の調べによれば、名を『ワックス一家』と言い、恐ろしく元気の良い老婆を先頭に、四人の倅達で構成されているとの事。色々と手をかえては盗みを働くが、最近では、もっぱら子犬を囮にしているそうだ。
 その手段とは、こうである。
 まず、街道に大人がすっぽりはまってしまう深さの穴を掘り、そこに子犬を落としておく。子犬はもちろん、鼻を鳴らし鳴き声を上げる。街道を行く旅人が、足を止めてしまうのも無理はない。そして、助けられないものかと、苦戦している間に、放り出していた荷物が無くなると言う寸法だ。
 ようするに、人が良ければ良いほど、この罠に引っかかり安くなると言う訳である。  酒場に訪れた娘──アリシアも、その一人だった。
「どうか、奪われた荷物を取り返してください。中には大事な……、大事な物が入っているんです!」
 と、アリシアはカウンターに突っ伏して泣き出した。
 あまりにも悲しげな嗚咽に、一人の若者が進み出る。
 白髪に鉢金。口元を布で覆った、『忍び』の少年だ。
「何を盗られたんだ?」
 アリシアは泣き濡れた顔を上げ、若者を見上げた。
「『眼鏡』です」
「め、眼鏡だって?」
 もっと、高価な物を想像していたのだろう。理解しがたいと言うように、マスターは「ううむ」と唸った。
「悪い事は言わねえよ。ワックス一家が、金にもならねえそんなモンを、いつまでも持ってるはずがねえ。もう、きっと捨てちまったさ。諦めて新しいのを手に入れ」
 アリシアは、マスターが言葉を飲む程の勢いで睨み付け、そしてボロボロと涙を流した。
「じゃあ……、じゃあ、捨てた場所に探しに行きます! 私は、眼鏡はかけないけど……。だから、必要は無いものだけど……。でも、でも……母の形見なんです……!」
 これを聞いて、捨て置けるだろうか。
 冒険者達は、次々に名乗りを上げた。
 その最後尾に、若者も名を連ねる。
「何だよぉ……そう言うことなら話は別だ。けど、もっと早く言ってくれよぉ。俺が悪者みてえじゃねえか」
 そう言ってマスターは、頭を掻いた。


参加者: ヒトの紋章術士・シュクリーヌ(a00714)  ヒトの武人・アルヴェーク(a01124)
ヒトの吟遊詩人・エイル (a01172)  ストライダーの邪竜導士・ブロージャ(a01272)
ストライダーの邪竜導士・ルア(a01506)  ヒトの武道家・ラジャス (a01567)
ストライダーの忍び・カリョウ(a01597)  エルフの邪竜導士・メギド(a01606)

 

<リプレイ>


●出立準備
「確かに、預からせてもらうのぅ」
 ヒトの紋章術士・シュクリーヌ(a00714)は、アリシアの手紙を懐に収めた。盗まれたものが、どんなに大事であったのかを綴った文である。
 相手は盗賊だが、そのやり口は人道から外れているとは言い難い。泣き落としが通用するのであれば、これは効果を持つだろう。
 ヒトの武人・アルヴェーク(a01124)は、まだ涙乾かぬ娘を慰めた。
「大丈夫。あなたの荷物は必ず取り戻してきますから」
「それまでマスター、お嬢さんを頼んだぜ」
 気まずそうな顔の酒場の主に、ストライダーの忍び・カリョウ(a01597)は苦笑した。

●調達
 さて、ノソリン車は必ずしも、そこかしこにあるものではない。
「作るか?」
 と、エルフの忍び・スレイは腕をまくる。
 それも手ではあるのだが、今回は運良く、幌付きノソリン車で移動する商人が街に滞在していた。
 ストライダーの邪竜導士・ブロージャ(a01272)は、訳を話して、車の借り出しに成功する。
「すまない。終わるまで待たせる事になるな」
「いや、なに。アンタ達が、森深い遺跡に行くんだったら、止める所だが」
 商人は笑いながら、ノソリン車の持つ苦労を話す。
 帰巣本能が強いノソリンは、道中も替えを見つけながら進まねばならない。整備された街道沿いなら宿場町ごとにいるだろうが、替えの見つからぬ場所では、立ち往生してしまうそうだ。
「目的地が、街道沿いの森で良かったですね」
「あぁ。全く」
 ヒトの吟遊詩人・エイル(a01172)と、ストライダーの邪竜導士・ルア(a01506)は、安堵の顔を見合わせた。

●先発隊
 一行は噂の森に辿り着いた。
 先発隊の役割は、まずその罠に気付かぬ振りをして通りすぎる事である。
「よろしいか? 眼鏡とは美。眼鏡とは芸術。眼鏡とは、世界最高の大発明なのだよ」
 エルフの邪竜導士・メギド(a01606)の、熱き眼鏡談義は止まらない。ブロージャは、げんなり顔で遠い目をした。
 眼鏡、眼鏡と言う間に、近づき遠ざかって行く、落とし穴と子犬の声。
 果たしてそれは、本当に気付かぬ振りか。
 それとも、素か。
 さておき、事は順調。
(「うぅ、ここで助けるわけにはいかんのや。……許せ、子犬」)
 ヒトの武道家・ラジャス(a01567)が後ろ髪を引かれ、涙しているのを除いては作戦通りであった。

●囮
 それから間もなく。
 ノソリン車を引き連れたアルヴェークも、落とし穴に差し掛かった。
「確かに……助けたくなりますね」
 穴の底のつぶらな瞳に、アルヴェークも困惑の笑みを隠せない。

 幌車の中では、ルアとスレイが息を殺していた。スレイは、ハイドインシャドウで気配を消し、入口近くにピタリと張り付く。
「寄っかかって、落ちるなよ」
 ルアが幌を指さすと、スレイはコクコクと頷き、親指を立てた。

●後発隊
 幌車の遙か後方では、シュクリーヌとエイルが、車の停車に気がついた。
「止まりましたね」
「どうやら、罠が見つかったようじゃの」
 二人は、左右の森に気を配りながら、ペースを変えず近づいて行く。

●再び先発隊
「つまり眼鏡とい」
「待て、あれは何だ?」
 眼鏡話の止まらないメギドに、ブロージャは肘鉄を食らわせた。
 折り返しとUターンした矢先、先発隊の目に老婆の姿が飛び込んだのである。それは杖を片手に腰を曲げ、ヨチヨチと荷車の方へと歩いて行く。
「妙やな。すれ違ってへんのに……」
 首を傾げるラジャスに、メギドはポンと手を打った。
「恐らく、眼鏡を家に忘れたのだ。それを取りに戻」
 ブロージャの肘が、またしてもメギドの腹に食い込んだ。

●監視
 荷車の傍の草むらに、カリョウは潜んでいた。
 引き返してくる先発隊と、老婆が見える。
「あの婆さん……。いや、いくら何でも、まさかな。実行犯は倅だろう。婆さんが足を運ぶ事はあるまい」
 老婆の足取りはおぼつかない。もしあれが盗賊なら、年寄りの冷や水だと、カリョウは苦笑いした。

●捕り物騒動
「どうしなさった?」
「穴に子犬が……」
 子犬を助けようと手を伸ばすアルヴェークに、老婆は近づいた。
 そして、異変は荷車の脇の草むらから起こったのである。二人の男がそこから現れ、一人が幌車の中へと消えたのだ。残った男も車の淵に手をかける。
「盗賊!」
「急ぐのじゃ!」
 シュクリーヌとエイルは走り出した。

 スレイは侵入者に飛びかかった。ルナが加勢に回る。虚を突かれた男は、もがきながら叫んだ。
「ぐわっ! 罠だ! 逃げろ! お袋、ボンゴ!」

 ドサッと言う音と共に訪れる静けさ。
「ド、ドミニク兄貴!」
 ボンゴと呼ばれた男は動転して踵を返すが、シュクリーヌとエイルがこれを遮った。
「無駄じゃ。少し、大人しくしておれ」
 突きつけられたシュクリーヌのマジックワンドに、男は呆気なく降参の手を上げた。

「罠だって?!」
 曲げていた腰を伸ばし、老婆は舌打ちした。今やステッキが必要のない威勢の良さだ。全て演技だったのだろう。
「やはり、あなたがワックス」
 と、アルヴェークは静かに訊ねた。
「なるほど。アタシを知ってるんだね? それで、どうしようってのさ」
「少し話がしたいのさ」
 ブロージャ、ラジャス、メギドが、アルヴェークに合流する。前後を挟まれたワックスは、仰々しく両手を広げ嘆息した。
「やれやれ、挟み撃ちとはねえ。随分と──」
 そこで言葉を切り、ワックスは空を見上げて固まった。次の瞬間──
「あっ!」
「!?」
 ワックスは突然、頓狂な声で叫んだ。四人は一斉に上を向く。
 サワサワと。
「?」
 穏やかに揺れる緑。
 つまり、何も無い。
 向き直ったラジャスが、老婆の逃走に気がついた。
「あ! こら、婆さん!」
「こんな手に引っかかるヤツがあるかね!」
 俊敏な老婆の背中が、森へと走る。
 だが、そこには。
「観念しろ! 倅達は掴まったぞ」
 カリョウが潜んでいた。
「いったい何人いるんだい!?」
 五人に囲まれたワックスは、呆れた顔で立ち尽くした。

●盗賊と眼鏡
「こんなやり方は好きではありませんが、こうでもしないとお話をするのは難しいかと思いまして」
 人質となった倅達に、ブロージャがナイフを突きつける。森の中では、残りの息子達がウロウロしていた。ワックスはふてくされた態度で、アルヴェークを睨む。
「目的は?」
「取引です。先刻、娘さんから盗んだ荷を、貴方の仲間と交換してください」
「盗んだ荷ぃ? そんなモン、いつまでもある訳がない!」
 がなるワックスを、ラジャスが諫める。
「こんな状況じゃ落ち着け言うても、落ち着けんとは思うけど、わいら、ただ眼鏡を探してるだけなんや」
 シュクリーヌはすかさず、アリシアから預かった手紙をワックスに差し出した。
「これを読むのじゃ。理由が書いてあるからのぅ」
「フン! 字が小さくて、読めないね」
 ワックスはそう言って、懐から眼鏡を取り出した。ルナとエイルはこの成り行きを静かに見守る。メギドの眼だけが異様に輝いた。
「眼鏡とは──ホゲッ!」
 三度目のブロージャの肘鉄が、メギドの腹に沈んだ。同時にブロージャが構えていたナイフが、ボンゴの鼻先で大きく揺れる。メギドとボンゴは、同時に沈黙した。
「こっ、殺されちまうよう!」
「なに、殺しはしないさ。眼鏡を取り戻せさえすれば、すぐにでも解放してやる」
 焦るボンゴに、カリョウは凄みのある微笑を浮かべた。ワックスは手紙をシュクリーヌに返すと、九人の顔を一つ一つ眼で辿った。
「とりあえず、倅達を離しておくれ。じゃないと、大事な形見の在処は教えられないねぇ」
「約束して頂けますね?」
 アルヴェークの声に、ワックスは渋々と言った体で頷く。
「たかが眼鏡の為に、可愛い倅を殺されちゃたまらないからね」
 人質を楯にしたやりとりなど、決して気持ちの良いものでは無い。ラジャスはどこかホッとした表情で、ドミンゴの縄を解いた。
「おとなしゅうな」
 ブロージャもナイフを収め、ボンゴを解放する。
 二人の倅が立ちあがるのを見計らって、ワックスは微笑した。
「全く冗談じゃない。気にいってたんだよ? だが、約束は約束だ。『コイツ』を娘に渡してやりな!」
 レンズに陽射しが反射する。一同は一斉に天を仰いだ。
 ワックスが、かけていた眼鏡を空高く放ったのだ。
「落とすな!」
 スレイが叫んだ。その横を盗賊達が駆け抜ける。
 ハハノカタミナンデス──
 アリシアは、そう言って涙を流した。
 皆、空舞うレンズに神経を注いだ。葉を掠め、枝に跳ね返り、眼鏡が落下する。
 そして──

●結末
「ワックス達にしてやられました」
 アルヴェークの苦笑に、マスターは首を振る。
「いやいや、十分だろう」
 アリシアは母の形見をギュッと抱き締めた。
 ワックスは、皆が眼鏡を放っておかないと言う事を考慮して、空に投げた。
 そしてその読みは外れなかった。皆、その場に釘付けとなり、盗賊達はまんまと逃げおおせたのだ。
 遠くへやらず、真上に放ったのは偶然か、優しさか。
 とにかく眼鏡は無事、皆が差し出した手の中に収まった。
「良かったな、お嬢さん。今度は腹の中にでも、隠しておけよ?」
 カリョウの笑みに、アリシアは頷く。
「本当にありがとうございました。この眼鏡を見ていると、生きていた頃の母を鮮明に思い出せるんです」
「素晴らしい。眼鏡とは、やはり世界最高の発明だ! これからはその眼鏡をかけ、共に世界を──」
 最後までメギドは、眼鏡である。エイルとルアは顔を見合わせた。メギドのストッパーがいないのだ。気付けばブロージャは酒場から、出ていこうとしていた。
「ブロージャさん!」
「待てよ!」
 二人の呼び止めに、ブロージャは顔を背けたまま立ち止まった。人情話に弱いのか、その眼は微かに滲んでいた。
「縁があったら、また会おう」
「行くのかえ?」
「ブロージャはんが止めんと、どこまでも続きよるで」
 スレイが無言で袖を引く。振り返るブロージャに、シュクリーヌとラジャスは微笑した。

 結局。
 皆、人が良いのだろう。
 もしかすると、ワックスの罠に真っ先にかかるのは、冒険者達かもしれない。
 笑い声が酒場に響いた。