<リプレイ>
●ハニーサン・ビレッジ
一行が村にたどり着いたのは、朝食が済んでまもない頃であった。あちこちの煙突からは、白いほのぼのとした煙が立ち上り、パンケーキの甘い残り香が漂っている。
エルフの医術士・リーティア(a00367)と、エルフの邪竜導士・レオ(a00501)は、深く深呼吸してその香りを吸い込んだ。
「んー、良い匂い。早く食べたーい!」
「そうだな! さっさと倒して、美味いモンにありつこうぜ」
天真爛漫と、楽しくをモットーとする二人は、すでに依頼の後の事に思いを馳せているようだ。
「働かざる者食うべからずと言いますし、落ち着いて食べる為にも頑張りましょう」
ヒトの武人・アンリ(a00482)も、微笑を浮かべて頷く。
「皆、げんきんだな。私はパンケーキとミントティーに惹かれた訳ではないのだがね。グドン退治、気を引き締めてかからねば」
「そんな事を言って、リーフスウィンさん。お茶会が楽しみだと、お顔に書いてありますわ」
エルフの医術士・メイ(a00178)に言われて、エルフの狂戦士・リーフスウィン(a00982)は頭を掻いた。リーフスウィンは甘い物に目が無いのだ。
「楽しみ! 楽しみ! 美味いケーキ、ルリラ、食べる!」
犬の尻尾をハタハタと振る、ストライダーの牙狩人・ルリラ(a01174)に、ヒトの牙狩人・メビウス(a00759)は無言で相づちを打つ。さして嬉しげな顔をしていないメビウスだが、単に感情を表に出すのが苦手なだけのようだ。エルフの紋章術士・トゥウィル(a00959)は、様々な反応に微笑んだ。
「見事に全員、動機が不純ね」
だが、目的は一つ。一行は、グドン退治の支度に取りかかった。
●養蜂小屋
小屋は普通の家ほどの大きさがあった。そこに蜂達は飼われている。外にいても、ブウンと言う羽音が、ひっきりなしに聞こえた。
確かに、霊査士・リゼルの言う通り、蜂の家を傷つけると大変な事になりそうだ。怒った蜂が、雨のように体に降り注ぐ事になるだろう。
リーフスウィンとレオは、小屋と、その周囲を細かく調べて回った。まもなく乾いた砂の上に、グドンの足跡を発見する。
「向きが二つあるが、全く逆を向いている。行き、帰りと考えるのが自然か」
「ああ、片方は小屋の方角を向いているしな。間違いないだろう」
二人は小屋の位置と足跡の向きから、グドンの通り道を割り出した。
その足で、レオは囮に使うハチミツの確保に向かう。
「養蜂小屋からグドン達を遠ざける為に、囮が必要なんだ。良かったら、ハチミツを少しわけてもらえないだろうか」
レオの申し出に蜂飼いは快く頷き、取れたてのハチミツと、抱えて持てる大きさの壺を用意してくれた。
一方──
メイは、囮を乗せて移動するのに使う荷車と、誘き寄せに使う果実を探していた。
「どこか調達出来る場所があれば、教えて頂きたいのですが」
「荷車か。それなら、村外れの家へ行ってごらん?」
メイが村人から教わった家は、ハチミツ売りの家だった。男はメイの話しを聞き、二つとも都合をつけようと胸を叩く。
「本当ですか?」
「あぁ、そう言う事なら、売り歩きに使う荷車を持ってお行き。果実は裏庭のリンゴで良いかい? とても良い香りがするから、きっと役に立つと思うよ」
陽は徐々に真上に近づいて行く。
メイは荷車と甘いリンゴを手に入れた。
●穴掘り
一行は、荷車にハチミツ壺を乗せると、それをグドンの通り道に設置した。その周囲には、点々と果実をばら撒く。
「ここなら、少しくらい暴れても、小屋には届きませんわね」
トゥウィルは土塊の下僕を作り出し、穴掘り人足を命じた。本人は高見の見物かと思いきや、トゥウィルは真面目な娘だった。自らも穴掘りに加わって、土にまみれる。
地面は固く、思うように作業は進まない。固く埋もれた石を取り出そうと、土塊人形は唸る。そして、唸りながら消えてしまった。長い作業にはむかない数分間の命だ。トゥウィルは苦笑した。
「小屋の見張りをさせた方が良いかしら……」
それを見ていたリーティアは、やさぐれた。
「私も消えちゃおうかな。体力作業って、嫌いなのよね」
フッ、とシニカルな笑みを漏らすリーティアに、リーフスウィンが笑い出す。
「その分、俺ががんばろう。力仕事は得意でね」
そこへ、村人達がワイワイとやってきた。二十人はいるだろうか。率いているのはアンリだ。
「皆さんにお話して、手を貸して頂ける事になりました」
冒険者達から、賛辞の拍手と歓声が飛ぶ。
たくさんの家を回ったせいなのか、それとも照れているのか。アンリの顔は赤かった。
●グドン来襲
準備万全。
荷車良し、囮壺良し、ばらまいた果実良し、落とし穴も良し。
そして、各々が直ぐに飛び出せる位置に身を潜め、グドンを待った。
ただ待つと言う事は、退屈な事である。いよいよ腹も鳴りだした午後。クマグドンはやってきた。
「!」
「グドン、来た!」
通り道に落ちている果実に奇声を上げて食らい付き、荷車に近づいて行く三つの怪物。
二方向に潜んでいたハンターが先制の矢を放った。それは全く異なる線を描いて、グドンに命中する。
メビウスの貫き通す矢は、真っ直ぐにグドン一体の肩を射抜いた。苦悶する仲間に驚いた二体のうち一体は、逃げて自ら落とし穴に転落した。残ったグドンは、ルリラのホーミングアローに追い立てられ、尻に矢を刺したまま逃げ惑った。総崩れである。
レオは穴の中でもがく無傷のグドンに向けて、ブラックフレイムを撃ち出した。黒炎の蛇が地を這い、グドンに襲いかかる。リーティアはすかさず追撃した。穴の淵に立って、一心不乱に何かを放る。
「い、石!?」
「そうよ! ちっちゃい頃はこうしてよく的当てをしたの!」
えいえい、と投げ込まれていく石に、グドンは悲鳴を上げた。
ルリラは高々と矢を放つ。放物線を描いた矢が、泣き叫ぶグドンの額に突き刺さった。
リーフスウィンは飛び出すと、逃げるグドンに一気に迫った。長い髪をなびかせ、ソードラッシュを叩き込む。その隙に背後に回り込んだメビウスは、二本目の矢を射った。
グドンの胸を黒い矢が突き抜ける。バタリと倒れたグドンは、そのまま動かなくなった。
肩をおさえてうずくまる標的を、アンリは静かに見下ろした。次の瞬間、凄まじい気迫と共に、瞬発力の塊がグドンの頭部に振り下ろされる。
避ける術も無い。居合い斬りの前に、最後のグドンは倒れた。
「さあ、もう一働きだ! この穴を埋めてしまおう!」
リーフスウィンの声に、リーティアは目を剥いた。
●ティーパーティー
晴れた空に、雲が泳ぐ。風は澄んで心地よかった。
一行の意に反して、お茶会は盛大なものとなった。
野外に設置されたテーブルには、陽射し色のクロスがかけられた。その上に運ばれてくるのは、焼けたばかりのパンケーキとミントティーだ。川で冷やした冷たい果物も、篭に溢れている。
目と鼻に嬉しい光景だ。
「うわぁ、美味しそう! はっちみつ、はっちみつ〜♪ ジャムもたくさんあるのね! 迷っちゃう!」
「本当。どれから手をつけようかしら……」
「よぉし! 全部、食べちゃおう!」
赤にオレンジ、紫色。色とりどりのジャムが入った瓶を手に、リーティアとメイは笑う。
その傍らでメビウスは、ハチミツとジャムをどっさり乗せたパンケーキをパクつき、ミントティーを口に含んでは、無言で頷いていた。好物二つが並んで、無口なままご満悦のようだ。
調理場では、トゥイルが窯を覗き込んでいた。
「これ、もう良いかしら」
出来上がったばかりのパンケーキは、フワフワホクホクと美味そうに膨らんでいる。
「そのまま食べても美味しいのよ」
村の女に言われて、トゥイルは熱々を手に取りパクリと一口頬張った。タマゴとハチミツの風味が口に広がる。
「本当ですわ。とても優しい味がします」
「ミントティーのおかわり、用意しておくよ」
中も外も、甘い匂いに満ちている。
そんな中、割と真面目な顔が二つ。
「うん、美味いなぁ。このハチミツを土産に買って帰れないものだろうか。疲れを癒すのに、丁度良いんだが」
「そうですね。私も所属する旅団が、これを交易品としてやりとりできないかどうか、お願いしてみるつもりです」
レオとアンリは、薄く焼いたパンケーキに、たっぷりのハチミツと甘いフルーツを添えて食べていた。
ワイワイと村中を巻き込んで、ティーパーティは盛り上がる。
「ルリラ、ケーキ、食べた! お腹一杯!」
すっかり食を満たしたルリラはゴロリと地面に転がった。体を丸めてスヤスヤと寝息を立てる。
ルリラのいたテーブルには、空き皿が山と積まれていた。ナイフとフォークを使った痕跡が無いのは、ご愛敬だろう。
「こんな所で眠ってしまったのか。風邪を引かなければ良いが」
リーフスウィンは、苦い笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん、グドン退治のお話、聞かせて!」
「あぁ、良いとも」
村の子供達にせがまれて、リーフスウィンは席を立った。
美味いものと言うものは、心を和ませる。
リーフスウィンは、ハチミツを作る村の人々に、そっと感謝した。
食べられないほど食べ、飲めないほど飲んだ一行は、やがて村に暇を告げた。
それぞれに、綺麗なリボンのついたハチミツ入りの小瓶をお土産にもらう。
交易を申し出たアンリに、村長は白い髭を撫で微笑んだ。
「ええ、いつでもお好きな時に、いらっしゃって下さい。喜んでお迎え致しましょう」
ハニーサンビレッジには、ハチミツと笑顔が溢れている。
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