ハニーサン・ビレッジ
 

<ハニーサン・ビレッジ>

マスター:左近江


「なぁ、アンタ達、ハチミツは好きかい? 美味いお茶と、ケーキがたらふく食えそうな依頼があるんだが……」
 賑わう酒場のカウンター越し。マスターはそう言って、片目をつぶった。
 何だか心の浮くような話だが。
「ハハ、好きか。顔に出たな。んじゃ、詳しく話してやろう。リゼル、頼めるか?」
 カウンターの端の席を陣取っていた霊査士の娘は、コクリと頷き読んでいた本を閉じた。
 近隣の、とある村からの依頼だそうだ。
「あの村は、『蜂飼い』がたくさんいて、養蜂で生計を立てています。村外れには養蜂小屋があり、蜂飼い達は、そこで蜂を飼っていました。ところが、ここ数日、毎日のように何者かが小屋を襲い、中にあるハチミツ壺をちょっとづつ盗んでいくようになったんです」
 持ち込まれたのは、現場に残された一撮みの毛。リゼルが霊査を行った所、三体のクマグドンが犯人だと分かった。
「どうやら、どこからか迷い込んだグドン達が、あの地に住み着いてしまったようなのです。グドンは子供ほどの身長があり、荒っぽく力任せですが、大した数ではありません。皆さんなら、手を焼く事も無いでしょう。ただ、小屋の中で暴れて蜂達の巣を壊してしまうと、大変な事態になりますから、グドンを襲うタイミングに気をつけて下さいね」
 話し終えたリゼルは、再び本の世界へ戻って行った。
「ありがとよ、リゼル。と言うことで、村の連中から頼まれたのは、グドン退治だ。終わったら、美味いハニーミントティーと、ハチミツ漬けの木イチゴジャムを添えたパンケーキを、どっさりご馳走してくれるとさ」
 そう言ってマスターは、冒険者達に笑いかけた。


参加者: エルフの医術士・メイ(a00178)  エルフの医術士・リーティア(a00367)
ヒトの武人・アンリ(a00482)  エルフの邪竜導士・レオ(a00501)
ヒトの牙狩人・メビウス(a00759)  エルフの紋章術士・トゥウィル(a00959)
エルフの狂戦士・リーフスウィン(a00982)  ストライダーの牙狩人・ルリラ(a01174)

 

<リプレイ>


●ハニーサン・ビレッジ
 一行が村にたどり着いたのは、朝食が済んでまもない頃であった。あちこちの煙突からは、白いほのぼのとした煙が立ち上り、パンケーキの甘い残り香が漂っている。
 エルフの医術士・リーティア(a00367)と、エルフの邪竜導士・レオ(a00501)は、深く深呼吸してその香りを吸い込んだ。
「んー、良い匂い。早く食べたーい!」
「そうだな! さっさと倒して、美味いモンにありつこうぜ」
 天真爛漫と、楽しくをモットーとする二人は、すでに依頼の後の事に思いを馳せているようだ。
「働かざる者食うべからずと言いますし、落ち着いて食べる為にも頑張りましょう」
 ヒトの武人・アンリ(a00482)も、微笑を浮かべて頷く。
「皆、げんきんだな。私はパンケーキとミントティーに惹かれた訳ではないのだがね。グドン退治、気を引き締めてかからねば」
「そんな事を言って、リーフスウィンさん。お茶会が楽しみだと、お顔に書いてありますわ」
 エルフの医術士・メイ(a00178)に言われて、エルフの狂戦士・リーフスウィン(a00982)は頭を掻いた。リーフスウィンは甘い物に目が無いのだ。
「楽しみ! 楽しみ! 美味いケーキ、ルリラ、食べる!」
 犬の尻尾をハタハタと振る、ストライダーの牙狩人・ルリラ(a01174)に、ヒトの牙狩人・メビウス(a00759)は無言で相づちを打つ。さして嬉しげな顔をしていないメビウスだが、単に感情を表に出すのが苦手なだけのようだ。エルフの紋章術士・トゥウィル(a00959)は、様々な反応に微笑んだ。
「見事に全員、動機が不純ね」
 だが、目的は一つ。一行は、グドン退治の支度に取りかかった。

●養蜂小屋
 小屋は普通の家ほどの大きさがあった。そこに蜂達は飼われている。外にいても、ブウンと言う羽音が、ひっきりなしに聞こえた。
 確かに、霊査士・リゼルの言う通り、蜂の家を傷つけると大変な事になりそうだ。怒った蜂が、雨のように体に降り注ぐ事になるだろう。
 リーフスウィンとレオは、小屋と、その周囲を細かく調べて回った。まもなく乾いた砂の上に、グドンの足跡を発見する。
「向きが二つあるが、全く逆を向いている。行き、帰りと考えるのが自然か」
「ああ、片方は小屋の方角を向いているしな。間違いないだろう」
 二人は小屋の位置と足跡の向きから、グドンの通り道を割り出した。
 その足で、レオは囮に使うハチミツの確保に向かう。
「養蜂小屋からグドン達を遠ざける為に、囮が必要なんだ。良かったら、ハチミツを少しわけてもらえないだろうか」
 レオの申し出に蜂飼いは快く頷き、取れたてのハチミツと、抱えて持てる大きさの壺を用意してくれた。

 一方──
 メイは、囮を乗せて移動するのに使う荷車と、誘き寄せに使う果実を探していた。
「どこか調達出来る場所があれば、教えて頂きたいのですが」
「荷車か。それなら、村外れの家へ行ってごらん?」
 メイが村人から教わった家は、ハチミツ売りの家だった。男はメイの話しを聞き、二つとも都合をつけようと胸を叩く。
「本当ですか?」
「あぁ、そう言う事なら、売り歩きに使う荷車を持ってお行き。果実は裏庭のリンゴで良いかい? とても良い香りがするから、きっと役に立つと思うよ」
 陽は徐々に真上に近づいて行く。
 メイは荷車と甘いリンゴを手に入れた。

●穴掘り
 一行は、荷車にハチミツ壺を乗せると、それをグドンの通り道に設置した。その周囲には、点々と果実をばら撒く。
「ここなら、少しくらい暴れても、小屋には届きませんわね」
 トゥウィルは土塊の下僕を作り出し、穴掘り人足を命じた。本人は高見の見物かと思いきや、トゥウィルは真面目な娘だった。自らも穴掘りに加わって、土にまみれる。
 地面は固く、思うように作業は進まない。固く埋もれた石を取り出そうと、土塊人形は唸る。そして、唸りながら消えてしまった。長い作業にはむかない数分間の命だ。トゥウィルは苦笑した。
「小屋の見張りをさせた方が良いかしら……」
 それを見ていたリーティアは、やさぐれた。
「私も消えちゃおうかな。体力作業って、嫌いなのよね」
 フッ、とシニカルな笑みを漏らすリーティアに、リーフスウィンが笑い出す。
「その分、俺ががんばろう。力仕事は得意でね」
 そこへ、村人達がワイワイとやってきた。二十人はいるだろうか。率いているのはアンリだ。
「皆さんにお話して、手を貸して頂ける事になりました」
 冒険者達から、賛辞の拍手と歓声が飛ぶ。
 たくさんの家を回ったせいなのか、それとも照れているのか。アンリの顔は赤かった。

●グドン来襲
 準備万全。
 荷車良し、囮壺良し、ばらまいた果実良し、落とし穴も良し。
 そして、各々が直ぐに飛び出せる位置に身を潜め、グドンを待った。
 ただ待つと言う事は、退屈な事である。いよいよ腹も鳴りだした午後。クマグドンはやってきた。
「!」
「グドン、来た!」
 通り道に落ちている果実に奇声を上げて食らい付き、荷車に近づいて行く三つの怪物。
 二方向に潜んでいたハンターが先制の矢を放った。それは全く異なる線を描いて、グドンに命中する。
 メビウスの貫き通す矢は、真っ直ぐにグドン一体の肩を射抜いた。苦悶する仲間に驚いた二体のうち一体は、逃げて自ら落とし穴に転落した。残ったグドンは、ルリラのホーミングアローに追い立てられ、尻に矢を刺したまま逃げ惑った。総崩れである。
 レオは穴の中でもがく無傷のグドンに向けて、ブラックフレイムを撃ち出した。黒炎の蛇が地を這い、グドンに襲いかかる。リーティアはすかさず追撃した。穴の淵に立って、一心不乱に何かを放る。
「い、石!?」
「そうよ! ちっちゃい頃はこうしてよく的当てをしたの!」
 えいえい、と投げ込まれていく石に、グドンは悲鳴を上げた。
 ルリラは高々と矢を放つ。放物線を描いた矢が、泣き叫ぶグドンの額に突き刺さった。

 リーフスウィンは飛び出すと、逃げるグドンに一気に迫った。長い髪をなびかせ、ソードラッシュを叩き込む。その隙に背後に回り込んだメビウスは、二本目の矢を射った。
 グドンの胸を黒い矢が突き抜ける。バタリと倒れたグドンは、そのまま動かなくなった。

 肩をおさえてうずくまる標的を、アンリは静かに見下ろした。次の瞬間、凄まじい気迫と共に、瞬発力の塊がグドンの頭部に振り下ろされる。
 避ける術も無い。居合い斬りの前に、最後のグドンは倒れた。
「さあ、もう一働きだ! この穴を埋めてしまおう!」
 リーフスウィンの声に、リーティアは目を剥いた。

●ティーパーティー
 晴れた空に、雲が泳ぐ。風は澄んで心地よかった。
 一行の意に反して、お茶会は盛大なものとなった。
 野外に設置されたテーブルには、陽射し色のクロスがかけられた。その上に運ばれてくるのは、焼けたばかりのパンケーキとミントティーだ。川で冷やした冷たい果物も、篭に溢れている。
 目と鼻に嬉しい光景だ。
「うわぁ、美味しそう! はっちみつ、はっちみつ〜♪ ジャムもたくさんあるのね! 迷っちゃう!」
「本当。どれから手をつけようかしら……」
「よぉし! 全部、食べちゃおう!」
 赤にオレンジ、紫色。色とりどりのジャムが入った瓶を手に、リーティアとメイは笑う。
 その傍らでメビウスは、ハチミツとジャムをどっさり乗せたパンケーキをパクつき、ミントティーを口に含んでは、無言で頷いていた。好物二つが並んで、無口なままご満悦のようだ。
 調理場では、トゥイルが窯を覗き込んでいた。
「これ、もう良いかしら」
 出来上がったばかりのパンケーキは、フワフワホクホクと美味そうに膨らんでいる。
「そのまま食べても美味しいのよ」
 村の女に言われて、トゥイルは熱々を手に取りパクリと一口頬張った。タマゴとハチミツの風味が口に広がる。
「本当ですわ。とても優しい味がします」
「ミントティーのおかわり、用意しておくよ」
 中も外も、甘い匂いに満ちている。
 そんな中、割と真面目な顔が二つ。
「うん、美味いなぁ。このハチミツを土産に買って帰れないものだろうか。疲れを癒すのに、丁度良いんだが」
「そうですね。私も所属する旅団が、これを交易品としてやりとりできないかどうか、お願いしてみるつもりです」
 レオとアンリは、薄く焼いたパンケーキに、たっぷりのハチミツと甘いフルーツを添えて食べていた。
 ワイワイと村中を巻き込んで、ティーパーティは盛り上がる。
「ルリラ、ケーキ、食べた! お腹一杯!」
 すっかり食を満たしたルリラはゴロリと地面に転がった。体を丸めてスヤスヤと寝息を立てる。
 ルリラのいたテーブルには、空き皿が山と積まれていた。ナイフとフォークを使った痕跡が無いのは、ご愛敬だろう。
「こんな所で眠ってしまったのか。風邪を引かなければ良いが」
 リーフスウィンは、苦い笑みを浮かべる。
「お兄ちゃん、グドン退治のお話、聞かせて!」
「あぁ、良いとも」
 村の子供達にせがまれて、リーフスウィンは席を立った。
 美味いものと言うものは、心を和ませる。
 リーフスウィンは、ハチミツを作る村の人々に、そっと感謝した。
 食べられないほど食べ、飲めないほど飲んだ一行は、やがて村に暇を告げた。
 それぞれに、綺麗なリボンのついたハチミツ入りの小瓶をお土産にもらう。
 交易を申し出たアンリに、村長は白い髭を撫で微笑んだ。
「ええ、いつでもお好きな時に、いらっしゃって下さい。喜んでお迎え致しましょう」
 ハニーサンビレッジには、ハチミツと笑顔が溢れている。