大蛇が潜む薬草採取
 

<大蛇が潜む薬草採取>

マスター:七海真砂


「こんにちは。何か依頼はありませんか?」
 冒険者の酒場を訪れたヒトの紋章術士・エルルは、酒場の主に声をかけながら、カウンターへと近付いた。
「ああ、丁度いい。実は急ぎで頼みたい依頼があってな」
 酒場の主は、とある依頼について説明を始めようとしていた所だったらしい。エルルは集まっていた冒険者達の中に加わると、その言葉に耳を傾ける。
「で、依頼だが……。薬草を採取して、それを東の村まで届けて欲しいんだ」

 東の村では、とある病が流行っていた。主な症状は、高熱と発疹。放っておいても熱は一週間で下がり、発疹は一ヶ月ほどで消え去るが、それを三日ほどで完治させてしまう薬草がある。
 それは、ここから南に行った所にある、ガルガドの沼のそばにだけ生えているもので、とある東の村の住民が、代表して親戚に薬草を届けて欲しいという手紙を送って来た。
 その親戚は、すぐにガルガドの沼へと向かった。……が、薬草を手に入れることはできなかった。それどころか、命の危機に見舞われながら、逃げ帰ってきたのである。
 何故なら、ガルガドの沼に住む大蛇に襲われたからだ。
「大蛇は、沼の奥を縄張りとしているのですが、どうやら最近、餌不足から沼の周囲に現れるているようですね。おそらく、沼を水場としている動物を狙っての事でしょう」
 助言を求められた霊査士のリゼルは、大蛇について、冒険者たちに語っていく。
「大蛇は茂った草や蔦、木などに紛れて身を隠して待ち、現れた獲物に忍び寄って、襲い掛かるようです。といっても、人間を丸呑みできるほど大きくはありませんから、皆さんが食べられてしまう心配は無いでしょう」
 ただ、大蛇が冒険者の事を『縄張りに踏み入って食事の邪魔をする連中』と認識して攻撃して来る事は十分にありえるため、注意が必要だろうと、リゼルは告げた。

「大蛇と遭遇して、無事に戻って来られる保証は無い。だが、それでも誰か、引き受けても良いって奴はいないか?」
 リゼルの助言が済んだ所で、酒場の主が冒険者達に声をかける。
「私、行きます」
 エルルは真っ先に声を上げた。例え危険だとしても、薬草を待っている人たちがいるなら、それを届けてあげたいと。
 だが……勿論、大蛇が待ち構えている沼に、一人で行って無事に戻って来る自信は無い。
「……皆さんも、一緒に行ってくれます……よね?」
 他の人達が全員断ったりしたらどうしよう、と一抹の不安を感じながら、エルルは周囲の冒険者達を見回すのだった。


参加者: ヒトの牙狩人・シャンナ(a00062)  エルフの紋章術士・エステル(a00181)
ヒトの医術士・ヴィヴァーチェ(a00191)  ヒトの忍び・キッド(a00652)
ヒトの邪竜導士・ツカサ(a00973)  ストライダーの翔剣士・チェリー(a01129)
ヒトの武人・シリュウ(a01390)  ヒトの紋章術士・ヒナタ(a01426)

 

<リプレイ>


「私も一緒に行くから心配しないで良いよ♪ ……私はシャンナ・ルーミス、山育ちの牙狩人です。だから少しはお役にたてると思います」
 不安そうな様子のエルルに笑いかけると、ヒトの牙狩人・シャンナ(a00062)は周囲の冒険者達に名乗った。
(「私は危険だと言われて気が引けちゃったけど……でも、そうだね。それじゃいけないよね」)
 真っ先に名乗り出たエルルの様子に、凄いと感心したエルフの紋章術士・エステル(a00181)は、もう今までとは違い、今の私は冒険者なのだから……と、依頼を引き受ける事を決意する。
「あ、あの。一つ提案が……」
 そんな中、恐る恐るヒトの紋章術士・ヒナタ(a01426)が声を上げる。
 今から出発しても、ガルカドの沼に到着する頃には真夜中になりかねない。急いで出発するよりも、しっかり準備をして明朝出発してはどうか、と。
「そうですね。情報収集は、冒険の基本ですし」
 元より、行動は情報収集を終えてからの方が良いと考えていたヒトの医術士・ヴィヴァーチェ(a00191)は、ヒナタの意見に頷く。
「急いては事を仕損じる、という言葉もありますしね」
 少しでも早く病人を救いたい、と考えていたヒトの武人・シリュウ(a01390)も、一理あるといった様子で二人の意見に頷く。今すぐ出発したとしても、薬草の入手に失敗すれば、元も子もないからだ。
「必要な物の準備や、どの道を通るか考えれば良いでしょうか?」
「大蛇について、それに薬草の特徴も聞いておいた方が良いでしょう」
 冒険者達は輪になって相談を行なうと、それぞれ手分けをしながら、明日のための準備に取り掛かるのだった。

 翌朝、夜明け前に出発した一行は、ガルカドの沼を目指して進んでいた。
「先にお行きなさい」
 エステルは土塊の下僕に命じて、大蛇に対する囮役として先頭を歩かせる。その後ろを歩くヒトの忍び・キッド(a00652)は、木の上を中心に大蛇が居ないかを確認しながら、慎重に進む。
(「果たして倒した方が良いのか……」)
 道を歩きながら、ヒトの邪竜導士・ツカサ(a00973)は考え込んでいた。この大蛇は、元々の餌場が餌不足だから沼まで姿を現したに過ぎない。果たして退治するべきなのか、それとも追い払うに留めた方が良いのか……。
(「……とにかく、警戒だけは怠らないようにしなくては……」)
 軽く首を振って、ツカサは考えるのを止めた。悩んでいる隙を突かれて、大蛇に襲われては大変だからだ。足元に視線を落とすと、草茂みの合間に怪しい姿が無いか警戒する。
 そうして進むうちに、冒険者達の目にガルカドの沼が映る。この沼の淵に、薬草は生えているはずだ。
「10センチ程の、小さな丸い葉が沢山ある草……」
 半数ほどの冒険者が大蛇を警戒する一方で、残りの者が沼の周囲を調べ始める。話に聞いた特徴を思い返しながら、それに該当する植物がないか、地道に確認を行なう。  大蛇を刺激しないように、出来るだけ音を立てないよう気を配るが、それでも周囲には、ガサガサと草を分ける音が響く。
(「あれは……」)
 周囲を警戒していたシリュウは、仲間とは別の方向から草が鳴ったのに気付く。草茂みの中を目で探るうちに、大蛇が通った真新しい跡を見つけ……そして。
「来るぞ!」
 目にしたのは接近して来る一匹の大蛇。2mを越える大柄な体を生かして、両腕を広げながら威嚇するシリュウだが、大蛇は怯むことなくシリュウに飛び掛ってくる。
「く……」
 大蛇はガブリとシリュウの腕に喰らいつき、深々と牙を立てる。
「やあっ!」
 ストライダーの翔剣士・チェリー(a01129)は引き抜いたレイピアを素早く振るうと、それを大蛇の背に突き刺す。シリュウはその攻撃によって大蛇の力が弱まった隙に、空いている片腕で大蛇の顎を掴むと、捕らえられていた腕から引き離す。
「大丈夫ですか? 傷を……」
「これ位なら大丈夫だ。それよりも早く薬草を」
 駆け寄ろうとしたヴィヴァーチェだが、シリュウはそれを制止する。それよりも、まだ見つかっていない薬草を早く探し、採取する方を優先して欲しい、と。v  あくまでも目的は薬草の採取で、大蛇を殺す事ではない。シリュウは長剣を構えると、大蛇を牽制しながら仲間が薬草を採取する時間を稼ぐ。
「ありました!」
 聞いた特徴と同じ草を発見したシャンナが声を上げる。他の者達もそれを確認するが、おそらく、これが頼まれた薬草で間違いないだろう。
「急いで集めましょう」
 薬草を痛めないように気をつけながら、けれど出来るだけ早く薬草を摘み集める。病に倒れた人々の全員に薬草を行き渡らせるためには、エルルが持っている籠一つ分の薬草が必要だ。それが一杯になるまでには、もうしばらく時間が必要になるだろう。
「いけない」
 そんな中、彼女等の近くで鈴の音が響く。それは、ヒナタが用意した仕掛け、餌に結びつけた鈴の物だ。
「きゃあっ!」
 大蛇の居場所を探るが、見つける前に大蛇の方から姿を現した。木の上を移動しながら接近してきた大蛇が、エルルに襲い掛かったのだ。咄嗟に薬草だけでも守ろうと丸くなるエルルと、そして……。
「エステルさん!」
 エルルを庇う為に割って入ったエステルの腹部に、大蛇の牙が突き刺さる。
「く……」
 体に走る痛みに顔を歪めるエステル。だが、エルルの姿に傷一つ無いことを確認すると、その表情が安堵から少しだけ和らぐ。人々のためにと、真っ先に依頼を引き受けようと名乗りを上げた、そんな立派なエルルが傷付く所は、見たくなかったから……。
「ブラックフレイム!」
 ツカサはエステルに噛みついた大蛇に黒い炎の蛇を撃ち出す。大蛇は衝撃によって傷付き、そして炎によって傷口を焼かれ、エステルから口を離すと、苦悶の声を上げる。
「大丈夫ですか?」
 その大蛇の正面にキッドがダガーを構えながら立ち、大蛇の次の行動に備え、いつでも返り討ちに出来るような体勢をとる。
「すぐ治します」
 ヴィヴァーチェの生み出した癒しの水滴によって、エステルが負った傷はみるみる癒されていく。
「良かった……」
 その様子にエルルは安堵に胸を撫で下ろし、再び周囲の薬草を摘む作業に取りかかる。
「え、えっと……」
 その間にも三匹目の大蛇が出現し、警戒に当たっていた土塊の下僕が体当たりによって粉々に破壊される。アビリティは敵を混乱させるマリオネットコンヒューズだから迂闊に使う事が出来ず、かといって他に戦う術があるわけではないヒナタは、どうしたものかと焦りながら、蛇の餌として用意した物が詰まった鞄の中を漁る。
「こ、これでどうだ!」
 なにやら固い物を握ったヒナタは、咄嗟にそれを大蛇に向かって投げる。見事頭に命中して転がったのは、赤くて丸い物体……林檎だ。
「り、林檎? じゃあコレ……バナナ!?」
 昨日、準備をしていた時の自分が一体何を考えていたのだろうかと悔いながらも、ヒナタはレモンにカボチャに大根と、掴んだ物を片っ端から投げていく。
「こ、今度こそ。これならどうだ!?」
 今度こそ何か出てきてくれと祈りながらヒナタが投げたのは、紙に包まれた獣肉だった。今までずっと固そうな物を投げつけられていた大蛇は、敵意満々でヒナタに飛び掛ろうとしていたが、獣肉を目にして、その動きを止める。
「……………」
 獣肉を咥えた大蛇は、様子を探るようにヒナタを睨み、ヒナタはどうしたものかと迷い動けなくなる。
「終わりました!」
 三匹の大蛇と睨みあう中、籠一つ分の薬草採取がようやく終わる。エルル達は即座に来た道を引き返し、大蛇と対峙していた者達も、大蛇を牽制しながら少しずつ後退していく。
「……よし、急ごう」
 バックラーを構えながら最後尾についていたシリュウは、大蛇の足が止まり追って来なくなった事を確認すると、沼に背を向けて、仲間達と共にガルカドの沼をあとにした。

「これで皆の病も治ります。皆さん、本当にありがとうございました」
 冒険者達はその足で、集めた薬草を東の村まで送り届けた。それを受け取った村人は、すぐに薬草を煎じると病人達に飲ませていく。
「皆さん、良かったらこれもどうぞ」
 シャンナは来る途中の街道脇で集めたベリーを利用し、ハーブティーを用意すると村の人々に配っていく。
「あの、すいません」
 シリュウは村の男性を呼び止めると、真顔で、それはもう非常に真剣な顔で、一つの問いを投げかけた。
「この村に、女性アレルギーを治す薬草というのは、ありませんか?」
 女性に触られるとジンマシンが出てしまうという、哀れな体質をしているシリュウは、期待の眼差しを男性に注ぐ。
 が。
「そんな物、あるわけなかろう」
 男は、シリュウの期待を斬り捨てるかのように、あっさりと否定した。
「……そうですか……」
 もしかしたらという淡い期待は泡のように消え、シリュウはがっくりと肩を落とす。
「そういえば……エルルさん、どこの旅団に入るか迷ってたわよね?」
 いつだったか、街角で見かけたときの事を思い出しながら、エステルはエルルに、自分が団長をしている旅団に来ないかと誘う。
「エステルさんの所に? じゃあ、今度どんな旅団なのか見に、お邪魔しますね」
 まさか冒険の途中に誘われるとは思っていなかったのだろう。目を丸くして驚いたエルルだったが、すぐににっこりと笑みを浮かべて返事をする。
「あとは、街へ戻るだけだね」
 無事に依頼を達成して、ふぅと息を吐き出しながら、ヒナタは大きく体を伸ばす。
「疲れたけど、楽しかったなぁ。……また、みんなで冒険できるといいね!」
 仲間を振り返って笑うヒナタの言葉に、他の者達は頷き返すのだった。