<リプレイ>
ワイボ村にて。
「あー……ちょっと車は無ェだなぁ、済まねけども」
「あら、ありませんの? 荷車」
エルフの紋章術師・アゼル(a00468)に頼み事を持ち掛けられた村人は申し訳無さそうに答える。
「んだ、車輪と軸がありゃぁ別に作るのは何でも無いんだけどな、この二つが曲モンだでよ、うちの村にゃちょい作れる奴ぁ居ねんだ。別に車何ざ使わねぇしなぁ……ほれ、村来る道すらがたがたでよ、車にゃ辛いさ。ま、その代りっちゃぁノソリンはいっぱい居るでよ、其の背に縛りゃいい。ワシ等も付いてくさぁ。まぁ、危ねから森の外で待ってるがよ」
「成る程。そういう事ならば構わないでしょう」
つまり、そういう事に成った。
此処は森の西側。
居るのはエルフの牙狩人・アリス(a00452)、ストライダーの翔剣士・アリエ(a01091)、ヒトの邪竜導士・スイラン(a01628)の三人。
「で、私らは西に回って入ってきた訳だけど……流石村興しのネタにしようってだけあって、随分いるねぇ」
入って直ぐに、遠目で確認出来ただけでも大小問わず結構な数を見て取れる。アリエが感心した様に一人ごちた(因みにこの人、女性の前だと口調が変わる)。
「そうねぇ、これならわざわざ足跡や食事、排泄物の跡を追う必要もなさそう」
「楽チンです〜早く捕まえましょ〜?」
「と言ってもさ、三匹居るっていう大きい奴を探して捕まえたいじゃないかい」
「え〜でも〜、やっぱり数は要るんじゃないですかぁ〜? 此処は〜一つ〜、練習がてら小さめな猪を捕まえてみるというのはどうでしょう〜?」
「其れは良い考えね、じゃぁ早速試しましょうか」
「ん〜、確かに、大物を狙う前の練習は必要だからねぇ」
結局目に付く所から捕まえて行く事となった。こっそりと大猟方向に、スイランの誘導成功である。
一方北側は。
「ふぅ……危なかったなぁ、いきなりこんな目にあうなんて思いもよらないよ」
ストライダーの牙狩人・ヴィン(a01305)が大きく息をつく。
「ホント、こんなになるなんて。いくら猪が多い森だって言っても、多すぎよッ」
「猪って、逃げるのではなく……寧ろ襲ってくるのですね。いきなり追い掛けられるなんて、私も思いませんでした」
パオファの悪態に、ヒトの武道家・メディック(a00026)がそう言葉を返す。そう、彼等は今まで猪に追い掛けられていたのだった。担当した北側は、丁度村の方向の反対に位置する為、南から森に入り真っ直ぐ北へ行こうとしたのだが。その結果がこれである。
「罠仕掛ける暇も無かったし……まぁ、取り合えず北側に来たんだから準備を始めないとっ」
ヴィンが借りて来た網と縄とを担いで、適当な場所を探し始める。
「あ、私も手伝うわ。やっぱり、いくら猪だからって単純に考えちゃ駄目なのかしらねぇ」
軽く舌を出し苦笑い。
「じゃぁ、私はこの辺見回っておきますね。罠が出来たら教えて下さい」
三人は、それぞれの作業を開始した。
森の東側では。
「多少予定と変わりましたが、特に問題はありませんわね」
森の外にノソリンと村人を待たせ、森の東に入ったアゼルは言う。
「ま、多少の食い違いぐらい私がどうにかして見せるから任せなさいよッ」
ストライダーの重騎士・アーシア(a01298)は随分強気な上に乗り気である。先に、ワイボの村を出る際にも、私達に任せろ等とも豪語していた。ただ、この裏には。
(「猪汁……素敵だわッ!」)
なんぞと思っていたという事は、抜群に秘密である。
「では私は、取り合えず樹に登っておきますね」
猪を探し易い様、ストライダーの医術士・メルヴェ(a01620)が見晴らしの良さそうな樹に登り始めた。思いの外危な気無い手付きで、ゆっくりとではあるが確り登って行く。
「じゃぁ、この辺を軽く耕して、ぬかるませれば良いのね」
アーシアが村から借りて来た鍬でザックザックと辺りを掘り起こす。森だけあって地面は腐葉土、軟らかく、水を撒いて簡単にどろどろとぬかるませる事が出来た。メルヴェが水に混ぜた睡眠薬はまぁ、安眠薬と言うべき類であろうか。之で準備は完了である。
「北北西の方に御願いしますッ」
メルヴェの合図のもと、アゼルが呪文を唱え紋章を描く。見る見るうちに地面は盛り上がり四つの小さな人型を形成した。……随分、ずんぐりむっくりではあるが。
「あら尻尾が……まぁいいですわ。さぁ追い立てるのよスーピィー君ッ!」
アゼルの号令の下んごんごと駆け出すスーピィー君。腰丈程も無い其の体躯では、大物を追い立てるのは難しいかも知れない。ともあれ彼等が追い立てたのは、彼等より少し背の高い猪一頭、丁度アーシアの腰程と言った所。真正面真っ直ぐに此方へ駆け来る。
「よ、良しきなッ!」
アーシアが気合を入れた。少しどもっているのは御愛嬌。
正面からぶつかり合うアーシアと猪。ぬかるみの御蔭で多少猪の足は鈍ったが、代りに此方も踏ん張りが利かない。勢いを殺し切れず、共に泥の海を一転。泥だらけに成りつつも、アーシアが上から抑え込む事が出来た。
「今ですわッ! スーピィー君猪の足をロープで縛るのよッ!」
がっちり抑え込まれ、スーピィー君達が足を縛る。先ずは一頭。
「よーしッ!次はッ!?」
一匹捕らえた事に気を良くしたアーシアは、次の獲物を催促する。
「次は西南西の方です、少し大きいかも知れませんッ」
次にスーピィー君に追い立てられた猪……否、スーピィー君を、追い立てている猪は、どうやら此方の胸丈より背が高い。スーピィー君には荷が重過ぎたようだ。追い掛けられ、此方に向かって駆けて来るスーピィー君。
「あぁッ!? スーピィー君ッ!!」
と、見る見るうちにぼろぼろと輪郭が崩れて来た。どうやら術の時間が切れたらしい、土へと環るスーピィー君。猪の突進は止まらない。彼等は確りと役目を果したようだ。
「……ここッ、来ぉーいッ!!」
アーシアの叫びが、響き渡った。
「せーのぉッ!」
又一頭、猪が吊し上げられる。北の三人は好調だった。メディックが、吊し上げられた猪を手早く縛る。縛られたのを確認して、ヴィンとパオファが縄をおろす。
「又捕まえたねえ〜ッ、そう言えば、今何頭目だっけ?」
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……んー、五頭目って所じゃないかしら」
「結構捕まえましたね、まぁ……そんなに大きいものが居ませんが」
確かにこの方法、幾ら石を抱いたとしてもヴィンとパオファの体重では限界がある。其れは仕方の無い所だ。しかしもう一方落とし穴も掘ってみたが、穴の大きさには限界があり、誘い込むことも難しい為余り上手くは行かなかった。穴に落ちかけたとしても、勢いで逃げられる事も多い。それに比べれば任意に罠を発動出来る分、容易に捕まえる事が出来た。メディックが追い掛けられ罠の上を通り、タイミング良く吊るせばそれで済むのである。けれども、其れにそろそろメディックが物足りなさを感じているのも事実である。
……そして、そういう時に真打は登場する物である。
「パオファさんッ!? 出ましたよッ!!」
「如何したのッ!?」
樹の陰からのっそりと姿を現したのは、優にメディックの背丈を越える、巨体であった。
「ハイヤーッ!」
森に響くアリエの声。ロデオ作戦は着実に効果を上げていた。小さい猪から始め、最初は本当に子供の様であったが、今では引っ掛けた縄捌き、地面への弓の威嚇射撃、投石のタイミングで腰丈以上の猪まで引き倒す事が出来る様になっていた、猪の機敏さを逆に突いた術である。
「又一頭です〜っ、今度のは左右への切り返しが鋭かったですね〜」
スイランが嬉々として捕まえた猪に視線を送る。
「ん〜、猪って思ったより急角度で曲がれるのねぇ、さっきは切り返して逆走なんてのもしてくれたし。あんまり動きが予測出来ないから罠も仕掛けられないのよね、特にロデオ中は」
「まぁいいじゃないかい、捕まえてるのだからさ。え〜と、もっと大きいのは居ないかな?」
更なる獲物を求めてアリエが辺りをきょろきょろと見渡す。と。
「……あ〜〜」
スイランが今まで以上に気の抜けた声を漏らす。そして、そん視線の先には。
「見つけたッ!!」
アリエは喜び勇んで其の巨体へと投げ縄を、投付けた。
「くぅぅぅッ! 殺さないで大人しくさせるのは難しいですねッ!?」
「ちょっとコイツ全然動きが止まらないわよッ!?」
巨体を誇る猪と、武道家二人が闘っていた。猪は、其の巨体に物を言わせ、勢いも凄ければ衝撃の重さも半端ではない。二人は既にかなり本気に近く殴ってはいるが、猪の動きは目に見えるほど鈍く成っている様には思えない。其の巨体に比例する、肉の鎧の為か。
「二人とも! ガンバレッ!」
ヴィンが声援を送る。生け捕りにする為には弓は使えない、残念ながらこの場では応援しか出来ぬ様だ。
「パオファさんッ! 気を引いてもらえますかッ!?」
「わかったわッ!」
パオファが猪の脳天へと踵を落とす、しかし猪は首を大きく振り上げ確りと決まらなかった。――其の時。
「ハアァァッ!」
裂帛の気合と共にメディックが持ち上げると、投げ落とす。猪は其のまま転がると……まだ立ち上がる。
「あれでまだ立てるっていうのッ!?」
「影縫いの矢は打ち尽くしたのよッ! 如何するのッ!?」
森を駆けながらアリスが叫ぶ。しかし、アリエには届いていない。猪を御す事に全神経を集中させている様だ。
「猪ぐらい乗りこなせないで……竜が乗れるかっ!? 言う事を……聞けェッ!!」
振落とされない様に、かつ動きを手中に収めようともうかなりの時間闘っている。場所も、かなり移動した。
「あぁッ!? 前ッ! 前ェッ!!」
アリスが叫ぶ。
目の前には。メディックに投げられた。手負いの猪が。居た。
夕暮れ時。空は茜色に染まる。大量のノソリンの上には、更に大量の猪が縛り付けられていた。一日中猪達と戦うのは、思った以上の重労働だった。アーシアが泥だらけで、ノソリンの背で静かな寝息を立てている。其の眠りが深いのは、疲労の所為か、眠り薬の所為か。スイランは相変わらず、集まった猪達を品定めしていた。アゼルはのほほんと村人と話しながら歩いていた。
翌日。村興し決行日。
「行きなさいホクトボア―ッ!」
アゼルの声援が飛ぶ。彼女は初めに捕らえた猪をそう名付けていた。
スイランは此処まで頼まれた訳でも無いのに、競猪の運営進行も大いに手伝っていた。どうやら本気でこの手の物が好きらしい。勝ったのは大方の予想通り巨体の二頭。昨日あれだけ大穴がと言って見ていた割には確り当てていた。
因みに、御金を使うのは貴族や冒険者、商人ぐらいなので配当は現物支給である。村で作った織物であったり、焼き物であったり、エトセトラエトセトラ……
やはり何処まで行っても村興しである。
猪料理が振舞われる前に、アリエがもう一度奴に乗りたいと申し出て行われたロデオショーに、観光客はもう一度大いに沸いた。
そして、最後の締めくくりの猪料理。
アゼルが料理を習いつつ配膳を手伝っている中、他の冒険者達はのんびりと料理に舌鼓を打っていた。特にアーシアは待っていましたと言わんばかりだ。まるで何かを忘れるためにも思われるたべっぷり。
「美味しいですねっ」
ニコニコとメルヴェは今日も笑っていた。
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