わんわんものがたり。
 

<わんわんものがたり。>

マスター:聖京


 むかしむかしあるところに、ちいさないぬがいました。

 いぬはむらのはたけでえさをさがしては、むらびとにおいはらわれていました。

 いくにちかたったころ。

 いぬはすっかりおおきくなり、たくさんのいぬをひきいるぼすいぬとなったのです。

 そうして、いぬはちかくのむらをおそうようになったのでした。

「完。です」
「紙芝居、上手ですね……」
 誰からとも知れぬツッコミに、えへ。と笑う女性。彼女はこれでも立派に霊査士だ。
「お褒めに預かり光栄です」

 すみません。褒めてません。

 といったような言葉はこの際飲み込んで。冒険者たちは、彼女に依頼の内容を尋ねた。
「あぁはいはい…えぇと、簡単に言えば、犬の群れから村を守ってください、ということですね。追い払われ続けた恨みを晴らすために襲ってくるんだろうって、村人さんは怯えてしまっています。一刻も早く、恐怖から開放してあげてください」
 紙芝居に使った紙束をしまいながら、霊査士はにっこり微笑む。
「さっきも言いましたが、村人さんは怯えてしまって、詳しいことは何も聞けなかったのですが…犬の群れは村の近くの森に一箇所に固まっているようです。数がとても多いようですから、くれぐれもお気をつけて」



参加者: エルフの紋章術士・サユーユ(a00074)  ヒトの翔剣士・モナ(a00308)
ストライダーの武道家・セラ(a00475) ヒトの邪竜導士・ヘルガ(a00829)
エルフの邪竜導士・シャワー(a01071) ストライダーの翔剣士・ナル(a01122)
ストライダーの武道家・リック(a01361)  ストライダーの医術士・トウカ(a01522s)

 

<リプレイ>


 そこは村の前。エルフの紋章術士・サユーユ(a00074)は、今回のことを考えていた。
 そう、酒場にて引き受けた、依頼のことだ。
 犬の群れから村を守って。そんな大雑把な依頼だが、ボス犬を殺してしまっては、根本の解決にはならないと、サユーユは考えた。
(何とかしないと、いけませんの)
 思い、サユーユは念入りに脳内シュミレーションを繰り返した。
 メンバーの配置と、その役割。それが実際にはどのように動くのだろう。考えているうちに、それは一本の物語のようになっていく。
 イメージの仲のサユーユが、簡単な魔法を行使する。そして、彼女は……。そこまで考えて、ふと思う。
「私は、どうなるんですの…?」
 首をかしげたところで、嘆くような声が聞こえた。見れば、ストライダーの武道家・セラ(a00475)が、くたっと地べたに座り込んでいる。
「腹減った……」
 どうやら朝食を食べ損ねたようだ。そんな様子に苦笑を浮かべつつも、サユーユはセラを慰め、先に村の中へ入った者たちを追った。
 村人はその多くが屋内に引きこもっていて、まるで寒村のようだった。
「こりゃ、重症だな……」
 ダメ元で村人から情報収集してみようかと思っていたストライダーの武道家・リック(a01361)だが、その様子を見て呆れたように頭を掻く。
「これじゃ、襲ってくれと言っているようなもんじゃないか……」
 ヒトの邪竜導士・ヘルガ(a00829)も、大きく溜息をついた。仕方が無いとばかりに、近くで遊んでいた子供たちに、尋ねる。
 首を傾げてこちらを見ていた子供たちも、犬の群れという言葉を聞いて、哀しそうに顔を歪めた。
「おい、どうしたんだ?」
「ユユはね、僕らの友達だったの」
「いっつもお腹すいてるみたいだったから、お肉とか上げたり、一緒に遊んだりしたの」
 子供たちの言葉に顔を見合わせたリックとヘルガの間から、ストライダーの翔剣士・ナル(a01122)が顔を出した。
「そのユユっていうのは、キミたちの友達の……」
「犬さんだよ」
 その言葉で、村人の『報復』という考えや、それに対する酷い怯え方の理由が判明した。判明したが、それだけではまだ何の解決にもなってはいない。
「とにかく、群れを探さないといけないわね」
 そう呟いたのに皆も頷くのを見ると、ヒトの翔剣士・モナ(a00308)は子供たちに、頼み事をした。

 一同は森へ向かう。木々が鬱蒼と生い茂っているが、暗くはない。足元もそう悪い道ではなかった。
 そんな道を行くセラの足取りは軽く、尻尾フリフリ鼻歌を歌っていた。
「楽し、そうですね」
 エルフの邪竜導士・シャワー(a01071)は、行く道行く道に簡単な罠を仕掛けながら尋ねた。と、セラは、じゃん。と言うように、少しばかりの肉を取り出した。
「差し入れ貰ったんだ♪ あの子達に、絶対ユユを連れてくるね、って約束したんだ」
「そうなんですか…えぇ、頑張りましょうね」
 にっこりと笑い返すと同時に、先頭を歩いていたサユーユが止まった。
「たくさん、いますの……」
 笑顔が引きつっている。視界を埋め尽くすような勢いで、低く唸った犬の群れが現れたのだった。
「凄い量だな…」
「私に任せて」
 犬と仲間の間に入ったモナは、手にした麻袋を、中身が飛び散るようにぶちまけた。中身は、子供たちに頼んで用意してもらった香辛料だった。それも、とびきり刺激の強い。
 それを浴びた犬は、きつい刺激に混乱を示す。が、無事だったいくつかは、モナに向かって飛び掛ってきた。
「後は、任せるわ!!」
 犬をひきつけ…というよりは、犬に追いかけられながら。モナは来た道をものすごい勢いで駆けていった。確かに数は減ったのだが、モナの身が心配である。
「早いとこ、何とかしろってか…?」
 モナの背を見送ると、ヘルガはまた頭を掻いた。そんな様子に苦笑しつつもリックはセナとサユーユに目配せし、突貫する。
「皆、あんまり犬達を傷つけないでね!」
 力ずくは嫌。そんな思いを込めつつ、ナルは声を飛ばした。石を括りつけた紐を投げて足を封じるナルの傍から、ヘルガとシャワーも援護する。仕掛け歩いた罠にかかる犬も多く、形勢は有利だった。
 だが、追い払っていった犬は、どれもただの部下のようで、肝心のユユの姿が捉えられない。
「ユーユー!!」
 痺れを切らし、叫んでみる。子供たちが、呼ぶと尻尾を振りながら駆け寄ってくると言っていたから。
 果たして、声に反応した犬がいた。のそりと姿をあらわしたのは、他の犬たちよりも大きい、いや、明らかに野犬サイズではないような、真っ白な犬だった。おそらく、あれがユユだろう。そしてそのユユを守るように、数匹の犬も立ちふさがる。
「ふん、イヌッコロの分際で生意気なんだよ」
 言うと、リックは竹箒を振り回し、前の犬たちを蹴散らした。箒は、子供たちから借りたものであるのだが、その一撃でぽっきりと折れてしまった。
「後で、謝罪ですの」
 思わず苦笑したサユーユ。何だか余裕に見えるのは、犬の数が減ってきているからだろう。
 有利だった形勢は変わらず、やがて彼らは、ユユを捕獲することに成功した。残りの犬も、ボスの敗北によってか、散り散りに逃げていったようだ。
 さてどうするか。話している間にも、のど元で低く唸るユユは、じっとこちらを睨んでいる。
 そんな様子が怖かったのか。ストライダーの医術士・トウカ(a01522)は、ずっと木陰に隠れたままだった。
「えっと…お腹、すいてるんでしょうか……」
 罠にかかった犬たちを、餌を与えつつ解放していたシャワーが、ユユの前に干し肉をちらつかせてみる。けれど、ユユは相変わらず唸ったまま。そんな態度に、少々へこんでしまう。
「きっと、淋しかったんじゃないかなぁ…?」
 哀しそうに微笑み、歩み出るナル。優しく見つめながら、そっと手を出した。ユユは一瞬噛み付く素振りを見せたが、それにも怯まずに頭を撫でてきたナルの手に、急に大人しくなった。
「…このコも、本当はまたあの子達と遊びたいのよ」
 ほとぼりが冷めてようやく戻ってこれたモナも、優しく優しく、ユユを撫でた。その手の暖かさが心地よかったのか。ただ大人しく撫でられるユユは、とても嬉しそうにも見えた。
 再びちらつかせた干し肉にかじりつくユユの姿はもう、村を襲う凶暴な犬のものでは、なかった。
 けれど、ユユはすでに『普通の犬』ではない。今は大人しいとはいえ、いつまた凶暴な獣へとなりかわるかも知れないのだ。
 子供たちにとっては残念な事だが、村へ返すという選択肢を選ぶことは、出来なかった。
「あの村が許せなくても、もう襲っちゃダメなんだよ。どっか、別の場所に行こう?」  諭すように言うナルの言葉を理解しているのかはわからない。だが、放されたユユは、一度だけこちらを振り返ると、山の奥へと去っていった。

「ユユはね、元々お山の動物だったの。帰ってしまうのは残念だけれど、そのほうが、ユユのためなのよ。ね、判ってくれる?」
 再びユユと見えること叶わなかった子供たちは、寂しそうに眉を寄せる。だが、こくりと頷くと、ありがとう。と笑って見せた。
 そんな子供の頭をそっと撫でて顔を上げたモナの目には、村人に説教するかのように語るヘルガの姿が映る。
「そもそも動物というのは怯えたものに反応するんだ。そんな態度でいりゃ、襲ってくれと言ってるようなものだぞ?」
 説教、もとい、説得にはサユーユも加わり、村人の根性を叩きなおすかのように、何度も何度も繰り返し語った。
 そんな様子を見ながら、苦笑を浮かべる冒険者たち。
 その心内に動物たちとの和解、共存を願いながら。彼らは村を後にしたのだった。