スイカを守れ
 

<スイカを守れ>

マスター:矢神かほる


「夏だねえ」
 いやそりゃ言われなくても分かるんですけど。っつーかなんであんたそんな遠い目して夏とか言い出しますか。
 酒場のマスターの吐き出したしみじみとした一言は表情と相俟って冒険者達に内心裏拳を入れさせる。
「という訳でな、夏なんだ」
 更に裏拳状態である。一体どんなわけだと言うのだ。
 紋章術士のアナスタシア・アンブローズが小首をかしげて素直に問い掛ける。
「夏がどうかいたしましたの?」
「最初はグドンだと思ってたんだがなー」
 遥か彼方を見つめる目でマスターは言う。
 近隣の村でスイカ畑が荒らされているという。夜中の内に畑に入り込み、スイカを散々に食い散らかして行くというのだ。
「その被害が頻発しててなあ」
「被害って、それと夏と何の関係があるんですの?」
 はああと、マスターは大きく溜息を付いた。村からの依頼を受け霊査士が探査を行った結果、ろくでもない事実が浮かび上がってきたのだという。
 夏になると蛹から這い出てくる昆虫というのは実に多い。子供が捕まえては自慢げにカゴに入れていたりするものだ。
「虫なんだわ」
「は?」
「突然変異らしいんだが。巨大なカブトムシがスイカ畑を荒らしてってるらしくてな」
「カブトムシって……つまり虫でしょう? そんな大騒ぎするほどのものなんですの?」
 当然の問いかけに、マスターはまた深く深く嘆息した。
「大人の背丈ほどあるそうだ」
「は?」
「大人の背丈ほどもあるようなカブトムシが10匹ほどの群れになってスイカ畑襲ってるらしいんだよ」
 はああああああああ。
 溜息を吐くマスターとは裏腹にアナスタシアを始めとする冒険者達の目は点になった。
 巨大カブトムシの襲来。大人の背丈ほどもある巨大カブトムシの襲来。
「……嘘でしょう?」
 アナスタシアの呟きに総員否やはなかった。


参加者: ヒトの重騎士・バイアス(a00096)  ヒトの医術士・ナタリー(a00199)
ヒトの狂戦士・オーソン(a00242)  ヒトの狂戦士・エルルゥ(a00640)
ストライダーの牙狩人・リウル(a00657)  エルフの邪竜導士・エトワス(a01195)
ヒトの武道家・ゴウリュウ(a01374)  ストライダーの武人・カルエル(a01438)

 

<リプレイ>


●罠に落ちそう
 件の村のスイカ畑は見るも無残な有様だった。
 無事な一角もあるにはあるものの、残骸と化した部分は見事に残骸である。しかも相手は虫、食すと言うか汁を吸っているわけで、瑞々しかったスイカはどうにも気色の悪い按配になってしまっている。
「ぬううん! 農家の人たちが精魂込めて作ったスイカを食い荒らすとは……たとえ天が許しても、このワシが許さんわい!!」
 勇ましく宣言するヒトの重騎士・バイアス(a00096)の視線が未だ見事につやつや実っている無事な西瓜に釘付けになっていることには突っ込まないでおいてあげて欲しい。大人になるということは本音と建前を上手に使いこなすという事なのだ。(待て)
「スイカっ! とってもおいしい夏の風物詩を、虫が荒らすなんて許せないっ!」
 ヒトの医術士・ナタリー(a00199)もまた拳を握り締めて宣言する。幾分こっちは正直である。
 村人達は幾度も幾度も冒険者達に頭を下げ、くれぐれもよろしく頼むといって各々家へと引き上げていく。そろそろ太陽も傾いてきた頃合、どうやら巨大カブトムシが恐ろしいらしい。
 無事な畑を前に一堂が今後の指針を話し合っている所へ近所の雑木林へ探索に出かけていたヒトの狂戦士・オーソン(a00242)がひょっこり戻って来た。
 どうだったと問い質してくる一堂に、オーソンは後頭部をぼりぼりと掻きながらめんどくさそうに答えた。
「あー……なんかいるのは確かだな。木が何本かものの見事にへし折れてたしよ」
 …………沈黙。
「あの、カブトムシ、ですわよね?」
 紋章術士のアナスタシア・アンブローズが小首を傾げる。オーソンは気の毒そうにアナスタシアを見やっていった。
「おーそうだ。……大人並みの大きさのな」
 うむとヒトの武道家・ゴウリュウ(a01374)が大きく頷く。
「噂だとカブトムシは自分の体重の何十倍もの物を引っ張る事が出来るらしい……。そんなものが我と同じ大きさとは……ふっ……! 面白い! 我がミフネ流滅殺拳に敵は無し!! 『熊殺し』に次ぐあだ名として新たに『虫殺し』を手に入れてくれる!」
 っつーか嬉しいのかあんたその称号は。
 なにやら最終的には話が脱線しているがつまりはまあそういう事である。人の大きさ大のカブトムシなら木の一本や二本軽かろう。
 巨大カブトムシ。
 こうして考えると十分恐ろしい。
「……とりあえず10匹も一気に来られたのでは溜まりませんし……罠でも仕掛けに行きますか?」
 生きた奴に手綱をつけて騎乗用に……いや、いっそ体に止まらせてワキワキと……等となんとなく童心に返って喜んでいたエルフの邪竜導士・エトワス(a01195)が冷水でも浴びせられたような顔でそう言った。騎乗用は分からぬまでもワキワキ等させたなら確実に死ねる。
「うーん罠ねえ。カブトムシたちは火は苦手なのかなあ、たいまつをうまく使えば守りやすくならないかな?」  小首を傾げて見せるヒトの狂戦士・エルルゥ(a00640)に懐疑的な目を向けたのはエトワスだった。 「虫は光に集まってきたりもしますし、ここは無難に餌を撒いてとりもちの一つも使うというところでどうでしょう?」
 結局その案が通り、オーソンが下見してきたポイントにとりもちを敷きその上にクズスイカやらきゅうりやら蜂蜜やらをばら撒いて、戦力の分断を図ることと相成った。

●襲来!
 太陽は疾うに姿を消し、外気に冷え冷えとしたものが混ざり始めた頃、それは表れた。
 物見の必要さえなかった。相手は真っ黒、保護色だ。だというのに襲来は哀しいほどにはっきりと一堂に認知された。
 羽音である。
 ほらアレである。普通サイズの蚊だの蝿だのでも妙に羽音というものは耳に着く。大の大人サイズのカブトムシと来ればその羽音は立派な騒音公害だ。
 その音に真っ先に気付き、天を指差したのはストライダーの武人・カルエル(a01438)。カルエルは飛来するその姿を見るなりウキウキと叫んだ。
「うわっ、すっげぇ欲しいぜ! あのカブトムシ!」
 基本的に少年というものはカブトムシだのクワガタムシだのが好きなものである。カルエルもその例に洩れないらしい。
 カブトムシはぐんぐん近付いてくる。しかし数を見ると報告よりも少ない。どうやら取り持ち罠は確かに機能しているようだ。
「さて、いっくよー! ボクの弓に、おまかせッ!」
 ストライダーの牙狩人・リウル(a00657)が真っ先に矢を番える。放たれた矢が大きく弧を描いてカブトムシの一匹に突き刺さる。
 途端にぼたりと落ちてきた何かに、ちょうど落下点に立っていたアナスタシアが高く悲鳴を上げた。
「な、ななななんですの?!」
 何事かと目を見張ると、アナスタシアの体はべっとりと何かに塗れている。
 …………
 ……………………
 ………………………………沈黙。
 一瞬(というか数瞬)一堂はカブトムシの襲来も忘れて棒立ちになった。
 なんか液体。べとっと液体。
 そう、相手はカブトムシ。巨大といえども節足動物。
 つまり!
「た、体液?」
 エルルゥがポツリと吐き出す。
 …………
 ……………………
 ………………………………沈黙。
「いやああぁああぁあっ!!!!!」
 アナスタシアの絶叫がスイカ畑に虚しく響き渡った。

●節足動物の恐怖 「むうっ、侮りがたしカブトムシ!」
 バイアスが顎を滴る汗を拭った。
 でかいし黒いし力強いし固いし。おまけに下手な攻撃を加えると体液が待っている。
 嫌である、かなり嫌である。
 しかしそこに勇者が居た!
「えええいこれでも喰らええぇええい!」
 掛声と共に走り出たゴウリュウが、巨大カブトムシ目掛けて力一杯風呂敷包みを投げつける。風呂敷包みはカブトムシにぶち当たり中身をぶちまける。ねっとりとした白い物体がカブトムシに絡みついた。止まらぬまでも、カブトムシの動きは確実にゆっくりしたものとなる。
 じたばたと地に落ちてもがく巨大カブトムシを見つめ、エトワスがゴウリュウに呆然と問い掛けた。
「なにをしたんです?」
「おうこれよ!」
 どうやら複数用意していたらしい風呂敷包みをゴウリュウは自慢下に翳してみせる。良くわからずにそれを受け取り中を覗きこんだエトワスはなるほどと頷いた。
 なんだなんだと皆がそれを覗き込み、そして納得する。
「っつーかまだもってたんかいおっさん」
 オーソンが呆れたように呟く。
 罠に使ったとりもちの残りにきゅうりとスイカをブレンドした一品である。流石に相手のサイズが大きすぎて完全捕獲とは行かなかったが動きを規制するにはそれで十分だったのだ。
 ゴウリュウはまだ隠し持っていたらしいそれを仲間達の手に押し付け雄叫びを上げた。
「いよおおおおおし! 我に続けええぇええ!」
 カブトムシたちはとっくに降りてきている。人が邪魔でスイカ畑には近寄れないではいたが。
 ゴウリュウはとりもち風呂敷片手にそれに突進した。そのまま容赦のない攻撃をカブトムシに加えだす。
「よーし!」
 リウルは再び矢を番え、エトワスもまた紋章を描き出す。
 が、
「つ、続けって、さあ?」
 真っ青な顔でエルルゥがいう。
 そりゃあ距離をもって攻撃できるものはいいだろう。少なくとも体液とかの被害には合わない。
 しかし、エルルゥ、バイアス、オーソン、カルエルにはそんな手段はない。トドメをさしたくば近くによって得物をカブトムシにぶっ刺さなくてはならないのだ。
 顔を見合わせた一堂はそろーりと背後を振り返った。そこには真っ先に体液の犠牲となったアナスタシアがすっかり自閉してスイカの茎と仲良くなっている姿がある。
 体液をものともせずに『虫殺し』の称号求めて驀進するゴウリュウは兎も角。寧ろアナスタシアの反応のほうが人としては正確なのである。
 よーするに誰が虫の体液なんぞに塗れたいかという事だ。
 ややあってからバイアスが深く溜息をついてカルエルの肩を抱いた。
「……諦めろ」
 体液がなんだ洗えば落ちる!
 最早そう居直るしか四人に道はなかった。その姿にナタリーは涙を禁じえなかったという。

 それから暫く。正確には畑を襲ったカブトムシと罠に引っかかっているカブトムシを相当するまでの間。
 接近戦を得意とするものはゴウリュウを除いて体力以外のものまでも消耗し消耗し消耗する、かなりなんつーか地獄な時間が続いた。

●節足動物の恐怖エンドレス
 少年の夢は儚く消えた。
 そうカブトムシ。
 奴等はあの普通サイズだからこそ愛されたまに飼育されたりするのである。
 嘘だと思うか少年よ。ならば一度目を凝らしてつぶさにカブトムシを観察してみるがいい。
 結局虫なのである。昆虫なのである。
 ピカピカ光る体や立派なツノはかっこよくても、良く見れば……いや深くは語るまい子供が泣く。
 朝の光に照らされるカブトムシの躯に、一堂はその思いを新たにした。
 あぁ僕たちが馬鹿でした。(待て)
「でも良かったねーちゃんと退治できたしスイカは美味しいし」
 リウルが振舞われたスイカにかぶりつきながら無邪気に言う。
 しかしそれは他の一堂には到底納得出来ることではなかった。
 正確にはカブトムシ退治が終わるなりに擦り切れるほどに体を洗った一堂は、である。あの生物が好物としていたものを食す気には少なくとも今はなれそうにない。
 まあそうでないリウルもカブトムシに乗ってみたいだのと言う気は疾うに失せてはいたのだが。
 一人完全に上機嫌のゴウリュウが豪快に笑いながらスイカに被りつく。
「ふははは、我にかかれば虫など赤子も同然よ!」
 ええまあはあ色んな意味で。
 深く溜息をついたエルルゥ、その語尾にはっと反応した。
「……虫……」
「ん? どうした?」
 オーソンの問いかけに、エルルゥは蒼白となって訴える。
「……まさか、繁殖とか、してない、よね」
 ガッキン。
 音まで立てて一堂が凍りついたのは言うまでもない。

 かくして巨大カブトムシの恐怖は終わった。
 …………のかもしれない。