<≪破軍の剣アンサラー≫捕虜尋問>


 同盟諸国の敗北に終わったリアルタイムイベント『ザンギャバス包囲網』。
 ミュントス冒険者による略奪行為が行われる中、最前線を護るアンサラー護衛士団の護衛士達は、霊査士の霊視の情報を得て、一人のノスフェラトゥ冒険者を捕虜とする事に成功していた。
 その冒険者『闇き宝玉・パンドラ』を尋問し、得られた情報を円卓の間に提出する。
 それは、対ノスフェラトゥの今後を決める、護衛士団の重要な任務であった。

⇒⇒⇒関連リプレイ:≪破軍の剣アンサラー≫落日

 

<リプレイ>


●尋問の始まり
 護衛士達と向き合うは闇き宝玉・パンドラ、同盟に様々な戦いを持ち込んだ因縁深い相手である。
 拘束の類は見当たらないが、彼女は今全ての武器を奪われている――少なくとも護衛士達はそのつもりであるし、万一彼女が暴れたとして、護衛士達が集っているのだ、問題があろうか――護衛士達は当然ながら武装しているのだ。
 しかしこの状況に置いて、パンドラに怖じ気づいたような様子はないし、その堂々たる態度や――要するにそれを当然と見なしているらしい。一国の正式な大使であるかのような態度は、感嘆に値する。
 双方、未だ一言も発せず、時を待っている。
「さて、パンドラ――何か言っておきたいことは?」
 誰とも無しに問う。
「私は毒でも薬でもありません。私の返答を利用するのは、あなた方。そして私、パンドラ・アルナリスはあくまで一冒険者としての矜持をもって此処にいます。麗冥帝・リゥドゥラ様の名において、あなた方をわざと欺くつもりはありませんし、同時にリゥドゥラ様への侮辱は許しません」
 パンドラは愛想もなくこう答えた。
 こうして尋問が始まった。

●ザンギャバス包囲網、ミュントス軍
 皆の問いは後にも先にもザンギャバス――目下一番の敵である彼に集中した。
 柄じゃねえが、先貰うよと緋炎暴牛・ゴウラン(a05773)はパンドラを睨み付けながら問い掛ける。
「手前ぇらから話を持ちかけておいて、なぜ先の包囲戦でエルヴォーグは予定通りに動かなかった? 最初っからアタシ達同盟を当て馬にするつもりだったのかい?」
「当然でしょう? 私達は背を任せて戦う間柄ですか?」
「手前ぇ!」
 パンドラの胸倉をつかみ掛かりそうな彼女を焔抱刃・コテツ(a02120) と琳瑯紅華・シュコウ(a04811)が制す。
 冗談ですと、パンドラはにこりともせずに告げる。
「作戦を立て、行動したのはあなた方。その手際の悪さを私達の責任にされても困ります。私の目的を思い出してください……私は『ザンギャバス殿下を孤立させ、包囲殲滅』をあなた方に提案しました。エルヴォーグの謀反を知られては意味がないのですから、勝ち目のない状況で何故殿下に刃を向けろと?」
 こう言われては、ぐうの音もない。
 というよりも彼女も、他の者もわかっていることなのだ。
「自己満足な戦いをもって、約束を交わした相手と共に死ぬことで満足できるなら……貴女は何か間違えているのではありませんか?」
 刺さる言葉。捕らわれてもなお、パンドラは堂々としていた。

「あなた方の目的が何かは存じませんが同盟は捨石になるつもりはありませんよ。先の戦いで同盟の戦力はお分りかと思いますが、あなた方の目的を達する為に同盟の戦力を借りたとして足りるのですか?」
 看護商人・マーチェリッカ(a03587)の問いにも平然としている。
「あれが同盟諸国の全軍で無い事は知っていますよ。もし、同盟諸国の全軍がザンギャバス殿下一人に適しないのであれば、同盟諸国の滅亡は免れないでしょうね」
 さも他人事、それくらいに冷淡で――冷静だった。

 次に口を開いたは紅天黒神戎王孫・ガンバートル(a00727) である。
「この状況下で、何故大幹部の貴様が自ら動き回る? 貴様には信用できる部下すらいないのか? 先日の包囲戦で、エルヴォーグはどんな影響を受けた? 貴様が動く事こそ、リゥドゥラの地位と戦力減退の証明ではないか?」
 この問いに、パンドラは首を傾げた。
「私に信頼できる部下……ソレを貴方は信頼できるのですか? 名も知らぬノスフェラトゥが突然やってきて、あなた方はこの前、私を捕らえたような方法を実行できるのですか? それがリゥドゥラ様の部下であるかも判らない者をあなた方がどう判断するのか、聞かせて下さい」
 言って、彼女は頭を振った。
「立場ある者が果たす責務。それがないあなた方にはわからないかもしれませんけども……私をおいて交渉に値するノスフェラトゥがいるなら、その名を示しなさい」
 もっともであった。

 漂泊の剣士・ラクジット(a15762) が挙手する。
「戦役の結果、地上においてミュントスが幅を利かせるよう相成ったわけだが…エルヴォーグの支配地域についてもミュントスの影響力が増大していると言う事があるのではないか?」
「判りません。私が地上に出てからのエルヴォーグの状況を知る手段はありませんでしたから」
 まあ、リゥドゥラ様が其処までを許すほど押されては居ないと思いますがとパンドラは暗い表情を浮かべた。
 何か、ありそうだった。

「え、ええと…リウドゥラさんにパンドラさんが従っておられるように、ザンギャバスさんに従っておられる方もいると思うのですが…ザンギャバスさんに従っておられる方のお名前や特技など、回答できる範囲で教えていただけないでしょうか…?」
 ヒトのダメ吟遊詩人・ナイチチ(a01310) が怖ず怖ずと尋ねた。
「残念ですが……知りません」
「え?」
 きっぱりとパンドラは知らぬと言う。
「……そうですか」
 しゅんと項垂れるナイチチであった。

「……地上にいるミュントス軍の戦力やザンギャバスの動向を知りたい。どちらにしろ我々がミュントスを倒すことはエルヴォーグの利益にもなるだろうし、我々もまたミュントスの情報が少しでもいいので欲しいのでな」
 紫眼の月・ヴァルゴ(a05734) の問いに、パンドラは「私は此処に来る前のことしか知りませんが」と断り、
「ミュントス軍の行動パターンは判っています。現在、彼らは多くのアンデッドを使って『ザンギャバス城』を建設している事でしょう。完成までおそらく1月程。戦時城砦であるザンギャバス城が完成すれば、そのまま鉄壁の防御力を誇る移動城砦となります。そして、その移動城砦ごと、全てを踏み潰して前進するのが、ミュントス軍の常勝の戦い方です」
「大胆だな」
 ヴァルゴが何とも言えない表情をした。パンドラは無表情で頷いた。
「スマートな戦略も彼らは必要としませんし、またそんなもの、ザンギャバス殿下がお気に召されることもありません。第一、実行できませんから」


求道者・ギー(a00041)が問う。
「ふむ、ザンギャバスの事を訪ねるが何故に精兵を使ってまでなぜ、女子供を集めるのかね? 常頃ミュントスの都やエルヴォーグの地でも同じ事をしておるのかな?」
「エルヴォーグでは流石にありません」
 パンドラははっきり言った上で、アレはザンギャバス殿下の嗜好ですと言う。
「連れ去られた女子供は、ザンギャバス殿下の慰みものになるか、或いはザンギャバス城の広間を飾る装飾にされている事でしょう――ミュントスで育てた奉仕種族をドラゴンズゲート経由で連れてくることはできませんから」

 まあなんだ、と天魁星・シェン(a00974) が張り詰めた雰囲気の中、のんびりと切り出した。
「――これは俺の独り言だが――先の作戦、『エルヴォーグと結託して』ザンギャバスを討ち取るっつー話に纏まってるにも関わらず、ミュントスにエルヴォーグの裏切りを明かし、その隙をついて両者とも討つ――ま、俺の予測に過ぎねぇが、んなことを考えた先走り野郎共が居たよーでよ、あれが同盟の総意だとは思わんで貰いてぇもんだ、リゥドゥラには」
「よく知っています……そんな余裕もありませんから、リゥドゥラ様には戦いの結果をご報告していませんが」
 パンドラの問いに、おや、という表情を見せた者もいる。
 うんうんと頷いて、シェンは続ける。
「…んで、こっからが本題だが。ザンギャバスのあの変態能力、ありゃ一体どういう理屈で起こるもんなんだ? 加えて、仮に死の祭壇、またどの程度が範囲なのかは判らんがその周辺までがノスフェラトゥの領域だとして、その領域内のみで使える能力と見て良いんだな? 先の大戦時、お前ぇらが祭壇から引き離せと言ったことから察するに」
「まずひとつ、あれはザンギャバス殿下ご自身の力です。祭壇も地獄も関係ありません」
「……ほう」
「しかしあの力、殿下ご自身も何故あれほどの力を持っているのか、御存知無いでしょう。我々も然り――御存知であられる方がいるとしたら、唯一人」
 彼女はそこで一度言葉を切った。
「国王代理であられる王妃様お一人でしょう」

「ザンギャバス、またはミュントス軍に弱点・及びそれに類するもの、行為はあるかな? 例えば部下との連携がなってないとか」
 歯科医・クルティア(a07373) が表面上は冷やかし半分、しかし至極真面目に問うた。
「ミュントス軍の弱点は、ザンギャバス殿下がいなくなると統制を取れない所ですね。ザンギャバス殿下の弱点は、全方位からの攻撃には防御が追いつかない事と思います。あとは、ザンギャバス殿下は感情のままに行動する事が多い事くらいでしょう――リゥドゥラ様曰わく『短慮で醜悪な軍』だそうです」
 それは少々可哀想な表現だと思いますがと満更でもなさそうにパンドラは告げた。

●地獄
「貴方達ノスフェラトゥは、何時から地上の存在に気付いていたのでしょうか? また、地獄において地上の存在はどれだけ認知されているのでしょうか? 可能であれば、地獄の他の列強種族も知っているのか否か… その点についても教えて頂けますか?」
  草原に舞う梟・ウィニア(a02438) が問うた。
「地上の存在に気づいたのは、つい最近の事です。エルヴォーグで発見した古代遺跡の調査を行った結果ですから――最初の報告から、まだ百年は経っていませんね」
 百年、その数字にノスフェラトゥが恐らくドリアッドやエンジェルと同じく長寿であることを判っていながらも衝撃を隠せない。

「その前に、地獄について、一般常識程度、少々お話ししましょう」
 そうでなければ話にならぬと、パンドラは語りだした。

 リゥドゥラ様はロウ・リディアースにお話になられたので、既に御存知かも知れませんが。
 地獄はエルヴォーグの下に幾重にも層に分かれて存在し、それぞれ土地の特色が違います。
 まずあなた方がよく知る『終着の地エルヴォーグ』――これはノスフェラトゥが到達した大陸の終着、という意味です。その上――即ちこの地上――があると知れば、名前も違ったでしょう。
 その下にザンギャバス殿下の治められる『姦淫の都ミュントス』、王妃のいらっしゃいます『至高の宮殿エル=メトラ=カリス』が存在します。
 これらはエルヴォーグに比べると土地が力を持ち、動植物もエルヴォーグよりよく育ちます。
 エルヴォーグの冒険者は比較的勤勉な質ですが、ミュントスの者達は如何に楽をして生活するかがその力の証明とし、奉仕種族を力で押さえつけ、自堕落に生活しています。
 無論我々も力で抑えていることはいますが――
 決定的に違うのは、エルヴォーグの奉仕種族達はノスフェラトゥのために働くことが、結果として己の生活であるということですが、ミュントスでは『商品』であり『道具』として育てられている、ということです。
 彼らは己にとって目的にあった最高の奉仕種族を作り出し、競い合うのです。
 そこに慈悲はありません。たったひとつの欠陥、粗相があればすぐに廃棄される――それがミュントスの奉仕種族です。
 エル=メトラ=カリスは美しい宮殿があります。あまり私のような一介の冒険者には縁がないので、そうだとしか聞いていないのですが――
 それぞれ治める土地が違うのは、王妃が皇子の力量を比べるためと言われています。
 末弟という理由で不毛の地に封じられたリゥドゥラ様も、王妃の命令であればこそ何も仰いません。
 しかし、民が飢えぬ豊かな土地、更なる力が欲しいと思うのは当然のこと。
 リゥドゥラ様は私達にお伽話同然のエルヴォーグの上の世界を探すように命じられた経緯は、其処にあるのです――

「…初め、まして、です」
 霧雛・イーチェン(a07798) はぺこりと頭を下げ、パンドラに向き合った。
「…パンドラさん達は、わたし達の事、秘密も、沢山、知ってる事、あると思うです、けど…ミュントスの人、は、どなので、しょうか。情報、流れちゃったの、かなぁ…。どのくらい、何を、知られちゃってるん、でしょか、ね」
「あなた方が話していなければ、何も知らないでしょう。私達エルヴォーグの者達は何も話していませんから」
 パンドラは言い切った。

 地上の存在を知って百年程度と言いますが、エルフな紋章術士・サリナ(a01642)が問う。
「地獄門が開通する前にどこから同盟に入ってきたんですか? それが気になるんです……」
「……本気で言っているのですか?」
 だとすれば余程人が善いのかその目は節穴かとパンドラは問う。
「当然、地獄門からです。しかし攻め込まれるかも知れない扉をどうして放っておくと?」
「……ということは」
「あなた方がこじ開けた封印は我々がかけたのです」
 至極当然と言わんばかりに答えた。
「そういえば、竜脈坑道の地下水脈。あれを組み替えてしまったのは一体誰なんでしょうね?」
「知りません」
 嘆息して、パンドラはノスフェラトゥの関与を否定するのだった。

「よろしかったら、どうぞ」
 木陰の医術士・シュシュ(a09463) お茶をさしだした。
 訝しげに見ることもなく――確かにこの段階に置いて毒殺云々は無意味だ――パンドラはそれを手に取った。
 彼女が茶を飲むのを待って、シュシュは口を開く。
「ノスフェラトゥの方たちが亡くなった場合、その亡骸を、ノスフェラトゥの特殊能力でアンデッド化することは可能なのでしょうか?」
「死体ならば」
 不可能ではないとパンドラは言う。

「ザンギャバスはノスフェラトゥでも特異な存在のようですが、彼が亡くなった場合でも、アンデッドにすることは出来得るのですか?」
「ただ、王族は普通の死体とはならないとも伝えられています」
 リゥドゥラ様が如何に機転の効く方であっても、護衛士達の視線に何かを察した彼女はそう続け「ノスフェラトゥにはノスフェラトゥのルールがあるものです」と頭を振った。

「なぜザンギャバスだけが、キマイラ化するのかな? 後継とか王だけができるもんだったりするのかねぇ…」
 黒紋の灰虎・カラベルク(a03076)の問いにパンドラは簡潔に答える。
「ああいった力を持つ者は普通の――王族でない、といいかえられますが――ノスフェラトゥにも存在します。ただザンギャバス殿下とは比べものになりません。何せ殿下はノスフェラトゥ始まって以来、恐らく最強の力を持っている方ですから」
 いるのですか……と似たような問い掛けを用意していた輝銀の胡蝶・ミク(a18077) は口を噤んだ。

「政権争いをしているという以上、何時かはリゥドゥラ殿もザンギャバス殿と骨肉の争いを演じることになるのでしょう?なら何故今それをしない? 今出来ない理由がおありだから、ですか?」
 夢魔の王・オズリック(a10046)の問いに、「王妃様が決められることですから」と先にパンドラは答えて、
「ザンギャバス殿下を倒そうが倒すまいが、王は王妃が決められます。それで全て、振り上げた剣も収まるのです。もしもあなた方を無視して双方が戦争を起こしても、王妃が止めるように命ずればザンギャバス殿下とて止まります。それがノスフェラトゥ王家の力関係です」

「…パンドラさん、ザンギャバスの、命を、地獄の中で奪うのは、不可能って、言ってた、よね。…どうして、地獄では、殺せない、の? …どうして、地上では、それができる、の? …教えて、ほしい、な」
 灰銀の旋律・エンヤ(a18647)の質問にパンドラは簡単なことですと告げる。
「先程言ったとおり、王妃が戦うなと言えば止めねばなりません。それだけです」

 質問の合間を縫って、巨剣の傭兵・アレグロ(a10145) が問うた。
「…『王妃』、そして『国王代理』と呼ばれる者は、お前達に如何なる影響を与えている。一連のザンギャバスの行動とも関連しているのではないか。あのザンギャバスが地上に興味を示し、尚且つ監視を付けてまでお前たちエルヴォーグを牽制するような頭を持っているとは思えないのでな…」
「国王代理であられる王妃様は王族の中の王族。始祖の王族の最後のお一人です」
 パンドラはアレグロに鋭い視線を返す。
「貴方が察したとおり、ザンギャバス殿下は王妃様の言葉に従い、あの方を喜ばせるために出撃したのです。殿下にとって母上であられる王妃様は絶対ですから――いえ、ザンギャバス殿下だけではありません。我々も王妃様と敵対するつもりはありませんし、そんな事は不可能でしょう。また、王妃様の心のうちを洞察する事も不可能です」
(「そう、今は未だ……リゥドゥラ様にもう少し時間と経験があれば――あの方に追いつけることも可能なのかも知れませんが……」)
 パンドラは口を噤んだ。

 判ってはいると思うがと琳瑯紅華・シュコウ(a04811) が切り出す。
「皆が皆、同じ想いという訳ではなくてな。それはお互いやも識れぬが…エルヴォーグとミュントス以外に、軍はあるのか? 若しくは、軍単位の物ではなく二人の王子をそれぞれ擁立する派閥に別れ、意識レベルで対立しているのか?」
「あるでしょう。ただ、それは何処の派閥においても当然のことですから……しかしあなた方の前にソレを持ちかける者は居ないでしょう。貴女の質問は、私達リゥドゥラ様の部下には無意味な質問ですから」
 どちらにせよ答えようがない、パンドラは頭を振った。

「お疲れの所申し訳有りません、ミュントスとエルヴォーグの人口及び軍事力を比較すると、どちらが大きいか?又、地獄の内部勢力においてはザンギャバス・リゥドゥラどちらの支持が高いのでしょうか?」
 朱焔の武を目指すもの・オウリ(a15360) が継いで問うと、パンドラは頭を振った。
「比べようもありませんし、比べたこともありませんから――判りません」
 ぽやぽや突撃姫・エフィリフィア(a21317)が続けて問う。
「そういえば何時もこっちの方にちょっかいだしてるみたいなぁ〜んけど地獄方面では仲良く、または一時的にでも協力してくれそうな勢力はないのかなぁ〜ん?」
「ノスフェラトゥ以外の列強種族ですか、少なくとも、エルヴォーグにもミュントスにも、エル=メトラ=カリスにも、そのような存在はありません」

 謎の丼を差し出しながらウェイトレスの大魔術師・ルーシア(a01033) は問い掛ける。
「虎を連れたゴスロリ――アレって何者です? 立場とか、名前とか、ゴスロリ服や貴方の下着は制服なのか趣味なのか?」
「私は服装は一切デザイナーに任せていますから。全く趣味じゃないとは言いませんが」
 自分のことを告げて、ゴスロリ、と言う言葉に首を傾げた。
「ミュントス軍が拘束服やらやけに身体を締め付ける服装を好むのは、ザンギャバス殿下への服従の証です。そしてゴスロリ、と言う方々に関しては、王妃様の目であり耳である者です。ああいった服装を好むのは王妃様への尊敬でしょう、王妃様が好まれますから。エルヴォーグの者にもああいう服装を好む者も居ますが、其方はそう言った意味合いではなさそうですね」
 苺丼は遠ざけつつ、パンドラは答えた。

「政権争いをしてるって話だけど、どうして先王は亡くなったのかな? ノスフェラトゥってそう関単に死なないと思ってからさ。まぁ深い事情があるとは思うけど、その辺聞かせてくれるとお互いもっと理解しやすいだろうからね」
 夢葉ノ風・アリエ(a01091) が問い掛ける。
「私達は不老ではありますが不死ではありません。数千年生きる者は、ノスフェラトゥでも稀ですね。先王も千年以上の治世を治めておりましたから、それ程、不思議では無いでしょう」
 パンドラの答えはあっさりしたものだった。

「とりあえずは、お疲れ様です。私からの質問ですが、エルヴォーグ及びミュントスの冒険者が使用できる独自のアビリティは何かありますか?」
 穏やかなる傍観者・レイク(a05680)が問うと、
「あなた方が私達から見て真に信用に足る者達となれば、いずれお教えすることもあるでしょう――」
 パンドラは語る気はないようであった。

「兵としてたくさんのアンデッドを下に置かれていますが、どうやって使役にたる存在になさっているのでしょう? 兵を増やす為に人を殺す事もあるのでしょうか…」
 生前の意志は関係ないのですよね――静穏なる陽射し・レンリ(a05066) が問う。
「アンデッドであるのならば、ノスフェラトゥの意志に従うのは当然の事です。その死に方に関わりはありません。現実には生きたまま出撃させ、死んでも兵として扱うことの方が色々便利ですが……何にせよノスフェラトゥ同士、または冒険者同士の戦いには関係ありませんね」

 ふむ、とレンリの問いへの返答を興味深そうに聞いて、浮世の淡夢・カクラ(a09664)が切り出す。
「君達はアンデッドを作り出す力を持っているようだけれど、それは冒険者のアビリティなのかな? アビリティだとしたら…アンデッドを作り出す為の条件や、制限みたいなものはあるのかい?」
「アンデッドが発生するのは地獄という世界の法則です。私達は、地獄の法則を一時的に地上に呼び寄せているだけです」
「すると……」
 カクラは己の内で呟いた。
 ノスフェラトゥに関わらず発生するアンデッドは――?
 おまけとばかりに眠い目を擦りながらアンサラーの吟遊詩人・ライラブーケ(a04505)が問うた。
「あと、それでアンデット化するのって数に制限があるのかな?」
「無限であり、有限です」
 禅門問のようになってしまった。

●エルヴォーグ、そしてリゥドゥラ――
 地獄の内情について、僅かながらも情報を得た上で、
「リゥドゥラは奉仕種族の安全を保護しているというが、ではノスフェラトゥ戦役で奉仕種族を盾にしたのは何故か? また、奉仕種族を保護するリゥドゥラの統治はノスフェラトゥの中では特殊なのか?」
 浄火の紋章術師・グレイ(a04597) がそう問い掛けた。
「まず、先のエルヴォーグの事についてですが、奉仕種族を前線へ駆り出すよう命じたのは私でもあります」
 護衛士達はどよめく。あの衝撃は忘れがたい――同盟にとっては最も無視しがたい出来事だ。
 正気の沙汰か、グレイは不可解そうな表情を浮かべた。
 しかしながら、彼女は悠然と問い掛けた。
「侵略者を止める手だてを責められる筋合いはない……これはお互い様じゃありませんか?」
「……」
 返答はない。何を返してもお互いに失笑を招くだけだ。

「エルヴォーグにおいて奉仕種族はかなり寛容な扱いを受けています。しかしそれはあくまで奉仕種族としてであり、所詮支配された元での権利。自由であり力を持つあなた方がヘタに接触を持ち、彼らが叛乱を起こせば我々も奉仕種族達を討伐せねばなりません。……なれば、あの状況の何倍の犠牲者が出たか――しかしそれはリゥドゥラ様の叡智により、回避されました。あなた方は犠牲の程度を計ることを避けたがるようですが――遠い日の多くの犠牲者を無視し、近くの犠牲者を救う事で満足する、その心が今の状況を引き起こした。それは努々お忘れなく」
「……認めるつもりはありませんが、謙虚に受け止めましょう」
 グレイは感情を殺し、そう答える。中にはパンドラに食ってかかろうとする者も居たのだが、それは止められている。
「そしてもうひとつ。もしもザンギャバス殿下ならば。民心を離反させない方法など考えず『逆らったら全部殺す』という方法を取ったことでしょう」
 その差だけははっきりしている、パンドラは断言した。

「聞いていて思ったんだが……」
 緋の護り手・ウィリアム(a00690)が口を開く。
「エルヴォーグにおける奉仕種族の扱いや、彼らの生活などが気になったんだが…地上と変わりない生活水準が、得られているのかな?彼らを虐待しているとは思っては居ないが、栄養水準とか、ふと気になってな…」
「太陽が無いという一点において劣っているでしょう。しかし、ノスフェラトゥの庇護下にある奉仕種族は安逸に暮らす事ができています。私がみた範囲では、リザードマン王国の奉仕種族よりも数倍マシな暮らしを保障されています」
 それは自信を持って言えることだと、彼女は言う。
 リザードマンを抱え、同時に旧リザードマン領の支配体制を知る同盟としては困ったような笑みを返すしかないのであるが。

 様子を窺いつつ、挙手した北刃の眠月・コーリア(a00497)が促され問い掛ける。
「エルヴォーグ側とそれを率いるリゥドゥラさんは何故、地上を気にかけてらっしゃるのですか? 死の国の地を割譲したとして、さして足しにならない気がしますけれど…何か、地上でなくてはダメな点でもあるのでしょうか?」
「地上には太陽がある、それだけでは理由になりませんか?」
「……はあ」
 言われてみればそうなのだが――何となく、アンデッドと太陽のイメージが一致せず、コーリアは妙な返事を返してしまった。

「さて、精神論でも如何か? …『他者の生は蹂躙し強奪するもの、死は嘲笑し利用するもの』…が、拙者が考える貴様等ノスフェラトゥの性根であるが、相違ござらぬかな? 貴様等の性根を知ろうと思うてな…我等のそれは知れて居ろう? …『愚かしいまでに甘い』とな」
 澪標・ハンゾー(a08367) が問うた。
「ええ、確かに、そうかもしれませんね。そういう者もいると思います」
 パンドラはあっさりと頷く。だがその表情は何処か嘲りを感じさせた。
「貴方の主観を否定することはしません。しかしそれは貴方が貴方一人の言葉であるように、私の言葉を「貴様等」と括られるのは好めた見方ではありません……その証拠にあなた達の中にも、他者の命を奪って強奪する者はいるのですから。もしもこの先、己の道を歩む冒険者でありたいなら、その考えの在り方を見直すべきでしょう、余計なお世話ですが」
「……この期に及んで」
 呟きを不自然に切って、ハンゾーは口を噤んだ。これ以上の言葉は無為。
 彼の用は済んだ、という合図であった。

 入れ替わりに帽子を取って一礼するは死徒・ヨハン(a04720)である。
「先程の戦いではお世話になりましたね。次の機会には是非とも本気で愉しみたいものです」
「……」
 パンドラは黙っている。
「貴女…いや、エルヴォーグは我々と殺り合うつもりはないのですかな? 貴女達にとって生とは、そして死とはどういう意味を成すのでしょう?」
「私の生はリゥドゥラ様に捧ぐもの、死も同じ。決して私のために存在するものではありません。――私、そしてサミジマをはじめとするエルヴォーグの者達は、ですが」
 一言切って、彼女は言う。
「無駄な戦いは好みません。先の戦いは侵略のために必要だった――それだけのことです」

 一連の流れを紋章筆記で残しつつ、白銀の星芒術士・アスティル(a00990) が口を開く。
「…堅い地面は耕した方が根を伸ばし易いのは判りますが…その結果として、このようにあなた方の言葉を信用し辛くなっていることは承知しておいて下さいね」
「……」
「ミュントスの冒険者は命を掛けろと命令されなければ基本的に保身が第一のようですが…あなた方エルヴォーグの冒険者は如何なのでしょう? リゥドゥラさんの為ならば命すら惜しみませんか? …あなた方の中にミュントス側に寝返る者がいないと言い切れるでしょうか?」
 じっとパンドラを見つめながらのアスティルの問いに、彼女は薄い笑みを浮かべた。
「命の価値――あなた方はどう考えますか? どうにも私達がアンデッドを兵にし、またその戦略を気に食わないがゆえに、ノスフェラトゥは命を粗末にするのが当然と見なす者が居るようですが」
 笑みを消し、パンドラは続ける。
「私達における命の価値……それは『今後何を成し得るか』です。この後数百年生きて成せる事と、今、危険を冒して行動して成せる事。その両者を比べて、どう動くべきか考えるという事です。あなた方にとっては、命などたかが数十年の使い捨ての道具かもしれません。しかし、私達ノスフェラトゥの命の価値は、あなた方の100倍以上の価値があります。命を惜しむのは当然です。ミュントスの冒険者が命令ならば命を掛けるのは、命令に背けばザンギャバス殿下に殺されるという未来が確定しているからです。確実な死を避ける為には、命がけにもなるでしょう」
 そして、パンドラは言う。
「リゥドゥラ様が死んで成せといったことがリゥドゥラ様のため、己の為になるなら、命は惜しみません。それが既に散ったサミジマであり……今の私なのです。エルヴォーグの者はリゥドゥラ様を裏切りません。ですが生き延びるためにザンギャバス殿下に従うこともあるでしょう」
 あなた方はソレを、主体のないことというのでしょうか。
 だとすればそれこそ、命の価値を理解していない事でしょうと、彼女は言った。

 打って変わって問い掛けは同盟内部のことに至る。
「手荒い歓迎…失礼致しました。まあ、色々お互い様という事で許してくださいな。……ノルグランドでのアンデッドによる洞窟拡張……ご存じない、事はないと思うのですけれど。…何が目的で、誰がしたのか。他にもランドアースでノスフェラトゥが行っている事があるのか…話して頂けますか?」
 白骨夢譚・クララ(a08850) の問いにパンドラはさて、と一瞬考える。
「ランドアースで活動している者は私の部下でしょう。但し度重なる祭壇を挟んだ戦いで連絡の付かない者が数人います。彼らは最初の命令を独断で継続しています。貴方の言う活動も、それでしょう」
 ですから知りません、と断った上で、こう続いた。
「チキンレッグ王国の同盟加入を遅らせる作戦、リザードマン王国での暴動を画策する作戦、同盟諸国とソルレオン王国を戦わせる作戦、北方地域の探索――この四方面の者と連絡が付いていません。これらの部下については、連絡が取れ次第撤収させる事は可能です」
 どのみち殿下をどうにかせねばどうにも動けませんけど――パンドラは念を押した。

 クララ君の質問に前後しますが、流水の道標・グラースプ(a13405)は断って問う。
「戦役以前の行動…竜脈坑道での儀式、ノルグランドやアイギス等での暗躍、骨の城や祭壇での作業…それらの目的は何だったのか?」
「行動の目的と言われれば、地上において力を持つ者達の戦争です。戦略は、時と場合によって変えるものですが、我々からすれば地上の戦力が互いに潰しあってくれた方が良いですから。竜脈坑道の儀式は『ドリアッドの森の強力な結界を消す』為の儀式ですね。リザードマン傀儡政権の権威を高める為には、外征での勝利が必要でしたから」
 それを聞き、焔抱刃・コテツ(a02120)が睨みながら問うた。
「竜脈での儀式、そのための同盟潜伏……貴様らも目的は何だ! そのための犠牲は何のために必要だというのだ!!」
「目的は当然言うまでもなくグリモアと地上を獲得することによる勢力拡大です――戦争に犠牲はつきものです。そうでしょう?」
 パンドラは何を今更という。
「感情を議論する必要はないでしょう。あなた方もそうなのだと、いい加減現実を見なければ、民が哀れです」

 そう活きるなと九天玄女・アゼル(a00436) が皆を諭す。
 儀式と言えば、彼女は静かに問うた。
「祭壇で我々が倒した竜の姿のアンデット。それは何処から連れてきたものか。またノスフェラトウの操るアンデットと認識してよいのか。どうしてあの場にいたのか」
「あれは連れてきた訳ではありません。古代遺跡にある邪竜の力を具象化させた物です。古代遺跡を操る力は、王族の秘術とされています。私達が行えるのは、与えられた秘術を解き放つ事だけです」
「ふむ……」
 アゼルは頷き、何かを考え込む。

 そうそう、思い出したように何かの絵を取り出したのはジョーカーとは違う存在・カリス(a07331) である。そこにはテネレッツァの似顔絵があった。
「…こういう女の子が居るんだが……お前達の身内か?」
「いえ、知りませんね。此処で質問する、と言うことはノスフェラトゥですか?」
 パンドラは眉間に薄く皺を寄せた。
「…言っておくがさらった訳じゃない。何故か…紛れて来てな……若干話が通じ難く、どうしたらいのか迷っているんだよ…」
「本人に会えばわかるかもしれませんが……覚えはありません」
 パンドラは対応に困った様子であった。

↑テネレッツア↑

「……パンドラさん、エルヴォーグのヒトたちはホントは何がしたいの? 昔と今の戦、なんだか目的がかみ合わないの。住んでるトコロが大変なの? 殿下さんの立場が危ないの?」
 地蔵星・シュハク(a01461) の問い掛け。
「状況によって、戦略は変えるものです。先も言いましたが、目的は地上侵攻でした。……東方同盟諸国が、リザードマン王国で伝わっていたような弱小国であったのならば、私達は既に地上を制圧していた事でしょう」
 しかし現実は違った。
 ゆえにこの奇妙な状況に陥ってしまっている。
 沈黙が、場を支配する――次はいよいよ、最後の問い掛けだ。

 天速星・メイプル(a02143) が最後の問い掛けを務めた。
「同盟が護るグリモアは唯一、異なる種族同士でその力を共有できるという特徴が有ります……それをリゥドゥラさんは御存知なのか……もしそうであれば、エルヴォーグが希望のグリモアと共生する意思が有るのかどうか……正直なところをお伺いしたいですね……」
「リゥドゥラ様には私からご報告申し上げましたが」
 護衛士達はパンドラを見つめた。その先を待つ。
「そもそも私達は太陽を浴びる地上の存在自体がお伽話と思い、笑われながらも扉を探したものです……それが実在したのですから、……なんでもありそうな印象を私は持っています。ですがノスフェラトゥの列強グリモアはエル=メトラ=カリスにありますから、エルヴォーグが……という事は不可能かもしれません。この件に関しては、そちらの方が詳しいでしょう」
 ふと脳裡に浮かぶは楓華列島の経緯――
 若干、否、相当違う状況ではあるが、似通った点――殊にグリモアに関しては――は否定できぬ。
「……終わりですね?」
 幾ら背筋を伸ばし、毅然とした態度は保っていたとして、質問に答え続けたパンドラの表情にはやや疲れた様子が窺えた。
 護衛士達は「ご協力有り難う御座いました」と簡単に告げると、その部屋を後にするのだった。
 その結果を円卓に報告するために――