＜銀水晶の都の結婚式＞ ●銀水晶の都 　セイレーン領の青い青い海の中に、一際色の深い海域があります。 　蒼い金剛石の如く輝く海の底には、遠い昔に滅び去った、伝説の都が沈んでいます。 　栄華と繁栄を誇ったというその都は、何の前触れもなく深い海の底へと沈んだとされています。 　けれどその都は今でも、風の無い新月の晩にだけ、引き潮と共にその神秘的な姿を現し、セイレーン達の心を魅了し続けています。 　海が蒼く静まった夜、星明かりの下に、引き潮に導かれ銀色に輝く道が姿を現すのです。 　忘れられた都へ続く道は、風化した銀水晶に形作られたバージンロード。 　夢に沈んだ幻想の世界。夜空を埋め尽くす綺羅星の下、波音も無い沈黙の夜に二人だけの愛を囁く場所。街の中央には『聖堂』と呼ばれる美しい宝玉の間が隠されており、蒼い輝きが周囲をうすぼんやりと照らし続けます。 　水晶で作られた滅びし都の中央で、唯一完全な形を保っている聖堂。此処で新たな夫婦が契りを交わすとき、優しい海風が水晶の砂を巻き上げ、空気中できらきらと煌くと伝えられています。 　セイレーンの中でも特に高貴な血筋の者だけがこの都に踏み入ることを許され、新月の晩に契りを交わす場所とされているのです。セイレーンの女性の中で、この島でウェディングを、と思ったことが一度として無い女性などいないと言っても良いでしょう。 　結婚式にはセイレーンの額の宝玉を思わせる、薄蒼く輝くウェディングヴェールが伝統として使用されています。この伝統は幸せを次の夫婦へ伝えるためとも言われ、今までこの島で結婚をした恋人達の中で、不幸の道を歩んだ者は誰一人としていないとさえ言い伝えられているのでした。 　そしてまた、新月の夜が近づいてきました。 　セイレーン王国運動会の水着コンテスト無差別部門で優勝し、『銀水晶の都』での式を挙げるチケットを受け取った一人の女性が、大切な男性と共に、セイレーン王国へとやってきたのです。 　美しい都が現れる、その場所へと………。

＜リプレイ＞ ●忘れかけたチケットと淡い思い出 　がたがたと、慌ただしい音が部屋に響く。 　黒葬華・フローライト（a10629）は、新年を迎えるために自分の部屋の大掃除をしていた。 「あー今年ももうすぐ終わりか、色んな事の多かった一年だねえ」 　手を休め、ふと今までの事を思い出すフローライト。 「ええ、そうですね」 　フローライトの言葉に、新たな声がかかる。薫風の護り手・ジラルド（a07099）。 「ジル、終わったのか？」 「ええ。一段落ついでに、お茶でもと思いまして」 　お茶という響きに、フローライトの耳がぴくりと動く。 「ちょ、ちょっと待っててくれ。これを片付けたら、そっちに行くから」 「お待ちしていますよ」 　そういい残し、ジラルドは部屋を後にする。 　フローライトはばたばたと手に持っていたものを片付けると、そそくさとジラルドの後を追った。 「お、これ美味いな♪」 　三色の串団子を頬張りながら、フローライトは幸せそうな笑みを浮かべる。 「それはよかったです。あ、まだ食べますか？　ちょっと多めに買って来ましたからおかわりもありますよ」 「じゃあ、後３本！」 　ジラルドから、三本の串が乗せられた皿を受け取るフローライト。 　と、その手が止まる。 「そういえば……前にもこんなのがあったような……」 「そうでしたっけ？」 　首を傾げるジラルドにフローライトが頷く。 「確かあれは………」 　静か、だった。 　聞こえるのは風の音。 　竹の葉が揺れる音。 　そして、静かな夜。 　時折、風に乗って賑やかな祭りの音が聞こえた。 　何の音だろう？ 　とにかく楽しげで、聞いているだけでも心が躍る。 　フローライトは、月下の高台で酒を片手に、瞳に映る笹舟橋を見ていた。 　数多くの恋人達が、願いを込めて笹舟を流していく。 「で、俺はどうしてお前と一緒にいるんだ？」 「……僕に聞かないで下さいよ」 　フローライトはジラルドと共にいた。 　どうして、こうなったのかは、もう忘れてしまった。 　気づけば、ジラルドは隣に居て。 　気づけば、手には酒を持っていた。 　そういえば、こうして二人きりを過ごしたのは、いつの日のことか。 　と、そこへふわりと、フローライトの目の前を横切る何かを見つけた。 　蛍。 　暗闇の中、ふわふわと漂うその様は、とても美しかった。 「まあ……ただ静かに蛍を眺めるのも悪くないか」 「そう、ですね。お酒も少し戴きますか？」 　盃を差し出すジラルドに、フローライトはニヤリと笑い返した。 「ああ、星凛祭だ」 　思い出したようにフローライトが声をあげた。 「星凛祭、ですか？」 「そう、星凛祭。あのときと似ていないか？　こうして、お前と一緒にいるって……」 　ジラルドと目が合う。思わず、フローライトは僅かに視線をずらした。 「あのときは確かに一緒にいましたが……ちょっと違いませんか？」 「そう、だったか？」 「でも……あなたがそういうのなら、そうなのかもしれませんね」 　そう言って優しく微笑みかける。 「そうだと思ったんだけどなぁ………」 　いまだぶつぶつと独り言を呟きながら、フローライトは最後の一本を口に入れた。 　そのとき、はらりと何かが落ちた。 「フローライト、何か落ちましたよ？」 　ジラルドがひょいっと拾い上げる。 「ふぐふぐ？」 　口の中に入った団子を飲み込み、フローライトはジラルドの手を見た。 「あっ……そういや、こんなの貰ってたんだっけ」 　一枚のチケット。 　それは、水着コンテストの各部門で優勝した者のみに与えられる特別なものだった。 　このチケットで、女のセイレーン達が憧れる銀水晶の都で式を挙げることができるのだ。 　ジラルドから受け取ったチケットを、フローライトは凝視する。 「有効期限もうすぐ切れるじゃん……って、どうしようか、これ……」 　思わず隣にいたジラルドに訊ねる。 「行ったらどうですか？　滅多にない機会ですし」 　そっけなくジラルドは答える。 　その言葉にフローライトは気づくこともなく。 「むー……折角だから、旅行くらいは行ってみるか？」 　それはジラルドに向けられた言葉。 　そう、フローライトはジラルドを誘ったのだ。 「旅行ですか。構いませんよ」 　ジラルドはそう答えた。 「……って、本当にいいのか？！」 「ええ」 　フローライトは思わず、声を張り上げた。 「それとも、僕と一緒では嫌ですか？」 「いや、別に嫌じゃないけど、うん……」 　何かをごまかすように、フローライトは続ける。 「あ、まだ掃除が終わってなかったな。ジル、団子美味かったよ。ごちそうさま」 「フローライト？」 　フローライトはそそくさとその場を去る。 　その顔がほのかに紅く火照っていた。 ●迷い……そして、再会 　歴史的な建物が立ち並ぶ街。 　あれから数日後。 　フローライトとジラルドの二人は、セイレーン王国に来ていた。 「ジル、あれはなんだろうな？　なあ、あれも凄いなっ！」 　はしゃぐフローライト。 　様々な建物の中に入り、楽しげに見て回っている。 　周りに気づかず、どんどんどんどん先へと進んでいく。 「今度はあそこに行こうか、ジル！　……あれ？」 　フローライトは、きょろきょろと辺りを見渡す。 「ジルは……いつの間に居なくなったんだ？」 　気が付けば、フローライトは１人になっていた。 「う〜……何か俺、また浮かれ過ぎちゃったのかな……」 　久しぶりの旅行。 　二人きりの時間。 　自分からも、相手からも自分の気持ちをきちんと言ってはいなかった。 　ただ、側にいる。 　それだけで、充分だった。 　だが。 　こうして、１人きりになってしまって、改めて相手の存在の大きさに気づいてしまう。 「どうして俺っていつもこうなんだろう……こんな時まであいつに迷惑かけちゃって」 　ふうっとため息が零れてしまう。 「とりあえず何とかして合流しないと！」 　顔を上げ、駆け出そうとしたのだが、その足はすぐに止まってしまった。 「………どうやって探せばいいんだ？」 　焦りだけが募っていく。 　どうすればいい？　どうすれば……。 「ジルの好きそうな場所っ！」 　やっと目的地が定まったようだ。 　フローライトは嬉しそうに駆け出す。 　彼女が進んだ先……そこは骨董店であった。 　一方、当のジラルドは。 「何故すぐ迷子になるんですか、あの子は……」 　気づけば、ジラルドもフローライトの姿を見失っていた。 　楽しそうにはしゃぐ姿を見て、なかなか止める事ができなかった。 「何か興味のあるものでも見つけましたかねえ？」 　足早にフローライトが興味を示す場所を見て回っていく。 　もちろん、自分の気になる骨董店もちょっと覗きながら。 　けれども、フローライトの姿は見当たらなかった。 　見当たらないからといって、ジラルドは焦ったりはしない。 　落ち着いた表情で、次々とフローライトの行きそうな場所へと向かう。 　だが、見当たらない。 「……後は……」 　ジラルドの視線の先にあるのは、甘いケーキが並ぶカフェ。 「こことかですかね？」 　と、そのとき。 「やっと会えた〜っ！！」 　後ろから、突然フローライトの声が聞こえ。 「フローライト」 　ジラルドに抱きついた。 　ぎゅっと力強く。 　これまでの不安を吹き飛ばすように……。 　ジラルドは少し驚きながらも、抱きつくフローライトを優しく受け止める。 「無事見つかってよかったですよ」 　そして、その頭をそっと撫でた。 　そのジラルドの手のぬくもりが、フローライトは嬉しかった。 「えと……その、はぐれちゃってごめんな。……いっつもお前の事、困らせて……」 　迷惑をかけている。 　その一言が言えない。 　フローライトが自覚していることだからこそ、よけいに。 「迷惑なんて思ってませんよ？」 　フローライトの赤い瞳が、大きく見開かれる。 「昔からの事ですし、ね。それに……僕は面倒くさがりなんです。嫌な事とかは絶対にしませんよ」 　そのジラルドの言葉が、フローライトには嬉しかった。 ●二人だけの大切な夜 　静かな夜。 　淡い光が二人を導く。 「うわっ」 「大丈夫ですか？」 　とっさにジラルドが抱きとめる。 　ここは、水が残る銀水晶の都。 　大部分が表に現われているとはいえ、まだ新月ではない日に下見をするのは、ちょっとした冒険かもしれない。 　あたり一面が水浸し。乾いている部分もあるが、油断はできない。 「あ、ああ……大丈夫だ」 　ジラルドに抱きとめられ、フローライトの視線が定まらない。 「ジル」 　フローライトが声をかける。 「綺麗だな」 「ええ……式は明日ですが……これでも充分ですね」 　こっそり前日に下見をしに来ていた二人。 　空からの星明りと水と水晶で、煌びやかに化粧を施されたような都。 　それはいつになく、幻想的な姿を二人に見せ付けていた。 「行きましょうか」 「そうだな」 　二人はまた、歩き出した。 　そして聖堂。 「流石に、これだけ遅いと誰もいないな」 　フローライトの声が聖堂に凛と響いた。 「それに静かですね」 　ふわりと、冷たい風が二人の横を吹く。 「寒いですか？」 「いや。ジルの言うとおり、厚着してきたからな。ジルは？」 「平気ですよ」 　そして、微笑みあう。 「ここにお前と二人っきりでいるのも、変な感じだな……」 「そうですか？」 「そうですかって……まあ、いっか」 　フローライトはそこで、言葉を区切った。 　愛を誓い合う、神聖な場所。 　そこで、フローライトは本当の事を伝えようと思っていた。 　自分の気持ちを。 　大切な、この気持ちをジラルドに伝えたい。 　フローライトの鼓動が早くなる。 　とそのとき。 「……僕はあの誓いの言葉が嫌いなんです」 「え？」 　思わず声が出てしまう。 「誓いの言葉とか、そういうのは柄じゃないからアレだけど、昔っからジルの事は好きだったから！」 　焦るようにまくし立てるように、フローライトは言う。 　その様子にジラルドは、思わず笑みを零した。 「そういうんじゃないんです。ただ……『死が二人を別つまで』という言葉が嫌いなだけですから」 　ジラルドはそういって、フローライトの側に近づく。 「心は移ろい易いもの……それを束縛できるんでしょうか？」 「……………」 　フローライトは不安そうにジラルドを見つめる。 「そうでなくとも僕が、それを誓い、相手をそうやって束縛していい存在だとは思えませんから……。あ、誓う人たちを批判する気はありませんよ？　ただ、そう思うんです。世の中に絶対なんてありませんから……ね」 　それは、ジラルドなりの答えでもあった。 「ジル……」 　そのフローライトの言葉に、ジラルドは続ける。 「フローライト、手を出して下さい」 「手？」 　突然の申し出。 　フローライトは面食らいながらも、右手を差し出す。 「いえ、右ではなくて、左です」 　眉をひそめてフローライトは、次に左手を差し出した。 　左手の小指。 　その指にジラルドは、そっと指輪を通した。 「ジル、これって……」 　ジラルドは微笑み、口を開いた。 「……左の小指は、願いを叶えるそうですから」 　思わず、泣き出しそうな嬉しそうな笑みを浮かべるフローライト。 「この先どうなるか分かんないけど、せめて気持ちが変わらない間は……これからもずっと」 　一生懸命言葉を続ける。 「この絆が永遠に続くように……」 　そして、フローライトはそっと口付けを交わした。 　充分すぎる時間が過ぎ、唇が離れる。 　ジラルドはそっとフローライトの耳元で。 「貴女が僕を見放さない限り、共に在りましょう。一番近くにある、大切な人ですから……」 　優しく囁く声。 　それは、フローライトの耳にしか届かない。 　いや、もうすぐ新月を迎える月には聞こえたかもしれない。 　輝かしい新年を迎えたばかりの１月１日。 　二人だけの夜は、こうしてゆっくりと過ぎていったのであった。